子どもも大人もシシになる!
鹿踊(ししおどり)の体験を通して
継承の想いを未来につなぐ

伝統ある岩手の「鹿踊」に訪れた危機とは?

世界遺産で知られる平泉町にほど近い、岩手県一関市厳美町の本寺地区。
美しい田園風景が広がるこの地域は、その昔「骨寺村(ほねでらむら)」と呼ばれ、
中尊寺の所領としてお米を納めた荘園だった。
中世の景観がほぼそのままのかたちで維持されていることから、
地域の貴重な遺産として大切に守られている。
こうした歴史を伝える骨寺村荘園交流館で、2021年10月31日、
鹿踊(ししおどり)団体の踊りの披露と体験ワークショップが開催された。

天に向かってすっくと立ち上がるササラが印象的な鹿踊。鹿頭から垂れ下がる喉紋(のどもん)には、伊達家お墨付きの家紋「九曜(くよう)」を染め抜いている団体が多い。地域ごとに衣装や踊りも微妙に異なるという。

天に向かってすっくと立ち上がるササラが印象的な鹿踊。鹿頭から垂れ下がる喉紋(のどもん)には、伊達家お墨付きの家紋「九曜」を染め抜いている団体が多い。地域ごとに衣装や踊りも微妙に異なるという。

鹿踊とは、岩手県と宮城県に広く伝えられている郷土芸能で
岩手県は日本一多くの鹿踊団体が活動する聖地。
その由来や歴史は地域によってさまざまだが、山への感謝と命の供養、
五穀豊穣を祈る芸能として、お盆や祭りの時期に各地で踊り継がれているものだ。
様式は地域によって「幕踊り系」と「太鼓踊り系」に大別され、
一関地域の鹿踊は「太鼓踊り系」。
腹に太鼓を下げ、踊り手自らが歌を歌い、太鼓を打ち鳴らしながら踊るのが特徴で、
ササラと呼ばれる竹を一対つけ、頭上高く掲げているのが印象的である。
装束も独特で、鹿を模した鹿頭(ししがしら)に本物の角を立て、
馬の黒い毛をザイ(髪)とし、さまざまな文様を鮮やかに染め抜いた衣装をまとう。

鹿踊の由来については、狩猟で犠牲になった鹿の命を供養する説、春日大社に起因する説など、地域によってさまざま。説は違えど、自然に対する感謝と畏敬の念が込められているという。

鹿踊の由来については、狩猟で犠牲になった鹿の命を供養する説、春日大社に起因する説など、地域によってさまざま。説は違えど、自然に対する感謝と畏敬の念が込められているという。

「太鼓踊り系」の鹿踊は、ひとり3役。太鼓を叩き、自ら歌い、舞い踊るため、かなり体力を使うハードな踊りである。ダイナミックな跳躍は行山流鹿踊の特徴だ。

「太鼓踊り系」の鹿踊は、ひとり3役。太鼓を叩き、自ら歌い、舞い踊るため、かなり体力を使うハードな踊りである。ダイナミックな跳躍は行山流鹿踊の特徴だ。

ササラを振り、太鼓を叩きながら大地を踏み鳴らし、時にダイナミックに、
時にユーモラスに踊る様子は、鹿たちが戯れ、遊んでいるかのよう。
戦争で一時中断した団体も多かったが、それぞれの地域の努力によって
後継者を育てながら、連綿と受け継がれてきた。
最近は、参加する若者も少しずつ増えるなど、好転しつつあった現況を
大きく変えたのが新型コロナウイルス感染症の感染拡大だった。
各地の祭りや催事の多くが中止・延期になり、鹿踊を披露する機会が激減。
ほとんどの団体が、約2年にわたって活動の自粛に追い込まれたのだ。

writer profile

佐藤利智子 RICHIKO SATO
さとう・りちこ●岩手県盛岡市在住。岩手を中心に各地のあらゆる人、モノ、コトを取材・企画する、フリーランスのライター&編集者。「食と農」をテーマにした小冊子『地から』を発行しているほか、日本酒を愛する女性たちの集まり「盛岡おちょこ組」のメンバーとして、普及活動に勤しんでいる。

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