連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
RICHIKO SATO
佐藤利智子
さとう・りちこ●岩手県盛岡市在住。岩手を中心に各地のあらゆる人、モノ、コトを取材・企画する、フリーランスのライター&編集者。「食と農」をテーマにした小冊子『地から』を発行しているほか、日本酒を愛する女性たちの集まり「盛岡おちょこ組」のメンバーとして、普及活動に勤しんでいる。
credit
撮影:川代大輔
世界遺産で知られる平泉町にほど近い、岩手県一関市厳美町の本寺地区。
美しい田園風景が広がるこの地域は、その昔「骨寺村(ほねでらむら)」と呼ばれ、
中尊寺の所領としてお米を納めた荘園だった。
中世の景観がほぼそのままのかたちで維持されていることから、
地域の貴重な遺産として大切に守られている。
こうした歴史を伝える骨寺村荘園交流館で、2021年10月31日、
鹿踊(ししおどり)団体の踊りの披露と体験ワークショップが開催された。
鹿踊とは、岩手県と宮城県に広く伝えられている郷土芸能で
岩手県は日本一多くの鹿踊団体が活動する聖地。
その由来や歴史は地域によってさまざまだが、山への感謝と命の供養、
五穀豊穣を祈る芸能として、お盆や祭りの時期に各地で踊り継がれているものだ。
様式は地域によって「幕踊り系」と「太鼓踊り系」に大別され、
一関地域の鹿踊は「太鼓踊り系」。
腹に太鼓を下げ、踊り手自らが歌を歌い、太鼓を打ち鳴らしながら踊るのが特徴で、
ササラと呼ばれる竹を一対つけ、頭上高く掲げているのが印象的である。
装束も独特で、鹿を模した鹿頭(ししがしら)に本物の角を立て、
馬の黒い毛をザイ(髪)とし、さまざまな文様を鮮やかに染め抜いた衣装をまとう。
ササラを振り、太鼓を叩きながら大地を踏み鳴らし、時にダイナミックに、
時にユーモラスに踊る様子は、鹿たちが戯れ、遊んでいるかのよう。
戦争で一時中断した団体も多かったが、それぞれの地域の努力によって
後継者を育てながら、連綿と受け継がれてきた。
最近は、参加する若者も少しずつ増えるなど、好転しつつあった現況を
大きく変えたのが新型コロナウイルス感染症の感染拡大だった。
各地の祭りや催事の多くが中止・延期になり、鹿踊を披露する機会が激減。
ほとんどの団体が、約2年にわたって活動の自粛に追い込まれたのだ。
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この状況をなんとかできないものか。
練習に集まることもできず、
活動の継続さえままならない鹿踊をはじめとした各芸能団体の現状に胸を痛め、
活動再開のきっかけになることを願って、
東北の地域文化の活動支援や発信を行う〈縦糸横糸合同会社〉が、
一関市で染め物や祭り衣装を手がける〈京屋染物店〉に声がけし、
応援イベントを企画した。
「先の見えない状況に、鹿踊に関わる人たちのモチベーションが下がり、収入も減少。
なかにはこれを機に活動をやめてしまおうかと迷っている団体もいました。
ならば、活動資金をサポートしようと、鹿踊の衣装をモチーフにした手ぬぐいを販売し、
売上の半分を寄付することにしたんです」と話すのは、京屋染物店の蜂谷淳平さん。
鹿踊のシンボルともいえる伊達家の「九曜紋」や扇などの模様を
デザインした手ぬぐいをつくり、購入者だけが参加できる鹿踊のイベントを企画した。
県内はもとより、首都圏からも「鹿踊を応援したい」という人たちが手ぬぐいを購入し、
用意した200枚はすぐさま完売。
SNSでも大きな反響を呼び、多くの励ましの声が寄せられるなど、
鹿踊を応援する人たちの思いが、背中を押してくれたという。
この日のために半年も前から鹿踊団体とコンタクトを取り、
準備してきた縦糸横糸の小岩秀太郎さんは、コロナ禍の自粛期間を
「鹿踊を見つめ直す機会になったのではないか」と振り返る。
「踊れない期間が続いたことで、自分たちにとって鹿踊がどういう存在なのかを
あらためて考えた人が多かったと思います。SNSで届いた多くの人の声が励みになったり、
このイベントが目標になったという人もいました。
前向きな気持ちになってくれたことが、何よりうれしかったですね」
イベントには岩手県と宮城県の6団体が出演し、それぞれの鹿踊を披露した。
小岩さんは、時間の長さも演目も団体に委ね、思う存分、踊ってもらえるよう配慮。
久しぶりの公演を終えた踊り手たちは鹿頭を外して、晴れやかな笑顔を見せ、
観客に向かって感謝の言葉や踊れたことの喜びを語りかけていた。
「あえて顔を見せる時間を設けたのは、応援してくれる人たちとつなげたかったから。
どんな人がどんな想いで取り組んでいるのかがわかると、距離が縮むじゃないですか」
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イベントのもうひとつの目玉は、鹿踊を体験できるワークショップ。
自分の手でオリジナルの“シシガシラ”をこしらえて、いつもは見るだけの鹿踊に参加し、
踊ってみようと企画されたのだ。
参加者は事前に、ダンボールでつくったシシガシラ、太鼓、
九曜紋マスクがセットになった体験キットを購入。
シシガシラは宮城県仙台市のパッケージメーカー〈スマッシュ〉、
太鼓は岩手県一関市の〈小山太鼓店〉に協力してもらった。
ワークショップの当日までにキットを組み立て、シシガシラと太鼓を好きなように
ペイントして、持参することになっていた。
奇しくも、イベントが行われた10月31日はハロウィーン。
鹿踊のシシに「化ける」には、ぴったりの日だ。
鹿踊の披露が終わると、カラフルに色つけしたシシガシラを手にした子どもたちや
大人たちが、続々と広場に集まってきた。
本物の鹿頭はいかつく、少々怖い顔をしているものだが、
子どもたちの手にかかるとどこかかわいらしく、ユーモラスな表情に。
赤や青、緑と色彩も豊かで、小さなアーティストたちがこしらえた
「作品」の数々に思わず笑みがこぼれる。
最初に行われたのは、シシガシラに魂を入れる歌上げの儀式 。
この鹿頭には神様が降りてくるといわれ、鹿頭をつけて踊ることで神様とつながり、
シシとなって自然と交信するための大切な入り口である。
並べられたシシガシラに祈りを捧げ、悪魔を払うと、いよいよ踊りの練習がスタート。
地元の舞川鹿子躍によるお手本の歌が披露されたあと、
「たんたんたこもこたんたん」とリズムに合わせて、太鼓を叩く練習が行われた。
最初はうまく叩けなかった子どもたちも、慣れてくるに従ってテンションもアップ。
楽しそうに太鼓を叩きながら、のどかな農村風景が広がる荘園跡へと繰り出していった。
「子どもたちって、変身するのが大好きですよね。
鹿踊のシシガシラをつけてシシに化けると、心も化ける。
こうした体験をすることで、子どもたちの心のどこかに鹿踊が根づき、
シシになることへの憧れや、ふるさとへの愛着が育っていくといいなと思うんです」
と、蜂谷さんはワークショップを企画した思いを語ってくれた。
子どもたちが練り歩く荘園跡は、800年以上もそのままのかたちで守られてきた風景。
驚くようなスピードで移り変わる時代に流されることなく、
荘園跡を変わらずに守り抜いてきた地域の努力は、
鹿踊の伝統を守り、受け継ぐ人々の姿にもつながっているのかもしれない。
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冬の日差しが照らす荘園跡を練り歩くシシたちの行進が終わると、
ワークショップもいよいよ終盤、踊りの練習が始まった。
参加者が挑戦するのは、鹿の遊び戯れる様子を表現した「鹿の子」という踊り。
指導する踊り手の動きを真似ながら、みんなでステップ。
色とりどりのシシガシラが交わり、大人も子ども輪になって踊る。
ぎこちないながらも一心に踊るシシたちは、鹿踊の新しい仲間になった。
「地域の力だけで鹿踊を守っていくのは限界があります。
年齢も男女もエリアも関係なく、裾野を広げていかなければなりません。
今回、ワークショップを企画したのも、興味を持ってもらうきっかけをつくるため。
特に子どもたちには、シシガシラや太鼓を自分の手でつくることで、
そこにどんな意味があるのかを学んでほしかった。
鹿踊を未来につなげる意味でも、貴重な体験だったのではないでしょうか」
と、小岩さんは語る。
ともすれば、郷土芸能のイベントは踊りの披露だけで終わることが多いもの。
しかし、蜂谷さんと小岩さんたちが仕かけたイベントには、
「体験用キット&ワークショップ」という遊びと学びの要素を組み入れた
新たな試みを取り入れていた。
「体験用キットは、学校の教材としても活用できますし、インバウンド向けに
海外旅行者にも使える。ペイントできるという点では、アーティストとの
コラボも考えられます。ひとつのメディアとしていろんな可能性を秘めていますし、
ほかの郷土芸能でも応用できると思いますね」と、蜂谷さん。
自らつくり、身につけ、踊る。こうした一連の体験を通し、
傍観者から当事者となることで、郷土芸能との距離感が確実に近づいていくのだろう。
「応援する人から踊る人へと想いを“つなぐ”ことが今回のテーマでしたが、
たくさんの人が協力してくれたおかげで、それ以上のものをつなげることができました」
と、充実感をにじませる蜂谷さんと小岩さん。
イベントが終わっても太鼓で遊ぶ子どもたちの姿を見ていると、
未来へつながる種が確かに芽吹いているように感じられた。
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縦糸横糸合同会社
Web:縦糸横糸合同会社
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