活気、泡、生み出す、人々を集わすなどの意味がある
フランス語のことば〈L'Effervescence(レフェルヴェソンス)〉。
東京の表参道に、このことばを冠したレストランがある。
店名には“人々が集い、元気になれる場所を創造していきたい”という思いがこめられている。
今回はこのレストランのエグゼクティブシェフ、
生江史伸(なまえしのぶ)さんにお話を伺った。
生江さんは慶応大学法学部政治学科を卒業後、
東京・広尾にあるイタリアンレストラン〈アクアパッツァ〉で
フロアとして働きながら基礎を学んだ後、2003年に北海道の洞爺湖へ。
フランスに本店があるレストラン〈ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン〉で
シェフとして働きはじめた。
その後、本店での研修を経て2005年よりスーシェフ(副料理長)に就任。
2008年にはイギリスへ渡り、イギリスのレストラン情報誌によるランキング
〈世界のベストレストラン50〉のNo.2に入っていたレストラン
〈ザ・ファットダック〉で働きはじめ、この店でもスーシェフを務めた。
日本に帰国したのは2009年のこと。
その翌年、東京の表参道にレフェルヴェソンスを開き、
時季の野草や花、全国各地から集めた食材を使用し、
目にも舌にも新しい、現代的なフレンチを提供。
徐々に評判が広がり、昨年は〈ミシュランガイド東京2015〉の
二ツ星レストランにも選ばれた。
かつては大学で政治学を学んでいた生江さんが、
料理の道に進んだのは、なぜだったのだろう。

「昔からものをつくることは大好きだったのですが、
特別料理に興味がある子どもというわけでもありませんでした。
料理の道に入ったのは、アルバイトがきっかけです。
僕は大学入学と共に自活をはじめたので、当時は夜中にアルバイトをして学費を稼ぎ、
朝方ちょっと寝てから学校に行くという生活をしていたんです。
そうすると、働きながらおいしいものが食べられる仕事のほうがいいじゃないですか(笑)。
それでイタリアンレストランの厨房で働きはじめたんです。
その時に、自分のつくった料理にその場で反作用があるのがいいなと思ったんです。
すぐにお客さんから反応が返ってくる。
そのことに仕事をしている実感を感じたというか、生きている実感がわいてきたといいますか。
僕はわりと目に見えるもの、体で感じられるものじゃないと、
駄目な性格なのかもしれません。
ほかの仕事を批判するつもりはまったくないのですが、
自分がネクタイをして、流れてきた書類に判子を押してお給料をいただく——、
といったような仕事をするイメージはわかなかったですね」
生江さんは相当忙しくない限り、お客さんに言葉をかけることも忘れない。
「最後の料理を出した後に“今日はいかがでしたか?”と挨拶に行きます。
やっぱり、お客さんの反応は直に感じていたいですね。
また、通常のフランス料理店はクローズド・キッチンなんですけれど、
僕らのレストランでは地下のフロアへ行く階段を降りたところで、
シェフたちが手を動かしているところが見えるようになっています。
顔が見える関係でものをつくるのは、いいことだと思いますね」

ミシェル・ブラスに学んだ、自然を生かす料理法
レフェルヴェソンスの料理には各シーズン30種類あまりの野草や、
山菜採りの名人から取り寄せた山菜など、ふんだんに野の野菜を使う。
たとえば春ならカラスノエンドウやノカンゾウ、タネツケバナ、
かたくりの花、ヤブジラミなどといった野草が登場する。
少々意外な、高級店と野の草花の取り合わせ。
そういった感性は、どこで養われたのだろうか。
「自然のものを取り込む料理方法は、
北海道のミシェル・ブラス トーヤ ジャポンにいた時に身につきました。
その店の本店は、フランスのライヨールにある三ツ星レストランです。
ピレネー山脈の高地に近代建築の宇宙船のような建物がぽつんと建っているんですが、
そのような場所で、市場やスーパーに出回らないような、
周りの大地から採れたものをふんだんに使用した料理を提案しているんです。
当時としては、かなり革新的なレストランでした。
その店のことは、たまたまニューヨークの本屋さんで
ミシェル・ブラスの〈Bras〉という料理本を見つけて知ったのですが、
その料理の写真を見た時に“これだ!”と思ったんです。
それからミシェル・ブラスの二号店が北海道にあるということを知り、
日本に戻ってすぐに現地へ飛び、働きはじめました」
ミシェル・ブラス トーヤ ジャポンが入った
〈ウィンザーホテル〉の目の前は海、後ろは山に囲まれた湖だ。
当時は森に入って摘み草をしたり、
山菜やきのこを採ることが日常であったという。
そこで培われた5年間の経験が、いまの料理にも生きている。
ノーマのレネ・レゼピさんからのリクエスト
生江さんは、今年の1月9日~1月31日まで、
日本橋のマンダリンオリエンタル東京の37階にオープンしていた
レストラン〈ノーマ アット マンダリン オリエンタル ホテル 東京〉の
エグゼクティブシェフ、レネ・レゼピさんに日本の食材を紹介した人物でもある。
デンマークのコペンハーゲンに本店があるノーマは、
世界のベストレストラン50に4年連続でNo.1に選ばれた、
世界でもっとも予約が取りにくいといわれているレストランだ。
蟻を使用した料理など、北欧の自然を生かしたおどろきのある料理で知られている。
日本での営業は、彼らのかねてよりの希望だったという。
2013年末、ノーマのスタッフ一行は開店準備のために来日した。
ノーマ・ジャパンにふさわしい日本の食材を探すためだった。
「レネたちは、僕と会う以前にも一度、来日していたらしいんです。
ところが、その時に案内された大手市場や築地市場の素材からは、
彼らが求めるクオリティの素材や、農家さんの熱心さは見えてこなかった、と。
それで彼らが素材のソーシングを手伝う人を探していた時に
何人かの方が僕の名をあげて下さったらしく、僕のところに連絡がきたのです」
かくして、生江さんはノーマ一行の食材探しの旅を先導することになった。
レネ・レゼピさんが最初に生江さんに
伝えた希望は“山が見たい”ということと、
“熱心な農家さんを紹介してほしい”ということ。
そして、“お寺の食事を見たい”ということだった。
肉や魚を使わず、山のもの、海のものの命をいただくという
概念が基本にある精進料理は、彼らにとって興味深いものだったに違いない。
レネ・レゼピさんは4年間かけてデンマーク、スウェーデン、
フィンランド、ノルウェーをくまなく歩いて食材を探し、
その土地土地にある素晴らしい素材を取り込んだ
北欧料理と呼ばれるスタイルを築いた。
彼は日本でも、そういうことがしたかったのだという。
自然を味わう、ノーマ流・食材探し

レフェルヴェソンスと付き合いのある農家〈エコファーム アサノ〉(千葉県八街市)を訪れた際のワンショット。エコファーム アサノの浅野悦男さん、ノーマのエグゼクティブシェフ、レネ・レゼピさん(右から2番目)、Larsさん、Danさんと。
食材探しは、青森県の白神山地に住むマタギを訪ねる旅から始まり、
四国や九州、沖縄の石垣島まで訪れた。
ノーマのシェフたちが特に興味を持った場所は、長野と沖縄。
長野県では古くから受け継がれてきた昆虫食の文化にシンパシーを感じ、
沖縄県の石垣島では、亜熱帯の植物や風土におどろいた。
石垣島を訪れた時、気になる素材を見つけると
その場で味をたしかめる彼らは、
農家で見つけた肉桂の根っこを掘りおこし、口に入れてみた。
肉桂は、クスノキ科の常緑高木だ。根っこの皮は、強い香りと辛みを発する。
彼らはその味を気に入り、ほぼそのままの姿の肉桂が
チョコレートをかけた醗酵きのこと共に
ノーマ・ジャパンの食卓に上った。
彼らの料理は、自然の中にいる時からはじまっていたのだ。

肉桂と発酵きのこ(Petit four: chocolate and cep mushroom and cinnamon branches)Photo: Satoshi Nagare






























































