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〈レフェルヴェソンス〉シェフ 生江史伸さん

PEOPLE
vol.029

posted:2015.9.14  from:東京都港区  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

editor's profile

Yu Miyakoshi

宮越 裕生

みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。

活気、泡、生み出す、人々を集わすなどの意味がある
フランス語のことば〈L’Effervescence(レフェルヴェソンス)〉。
東京の表参道に、このことばを冠したレストランがある。
店名には“人々が集い、元気になれる場所を創造していきたい”という思いがこめられている。
今回はこのレストランのエグゼクティブシェフ、
生江史伸(なまえしのぶ)さんにお話を伺った。

生江さんは慶応大学法学部政治学科を卒業後、
東京・広尾にあるイタリアンレストラン〈アクアパッツァ〉で
フロアとして働きながら基礎を学んだ後、2003年に北海道の洞爺湖へ。
フランスに本店があるレストラン〈ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン〉で
シェフとして働きはじめた。
その後、本店での研修を経て2005年よりスーシェフ(副料理長)に就任。
2008年にはイギリスへ渡り、イギリスのレストラン情報誌によるランキング
〈世界のベストレストラン50〉のNo.2に入っていたレストラン
〈ザ・ファットダック〉で働きはじめ、この店でもスーシェフを務めた。

日本に帰国したのは2009年のこと。
その翌年、東京の表参道にレフェルヴェソンスを開き、
時季の野草や花、全国各地から集めた食材を使用し、
目にも舌にも新しい、現代的なフレンチを提供。
徐々に評判が広がり、昨年は〈ミシュランガイド東京2015〉の
二ツ星レストランにも選ばれた。

かつては大学で政治学を学んでいた生江さんが、
料理の道に進んだのは、なぜだったのだろう。

「昔からものをつくることは大好きだったのですが、
特別料理に興味がある子どもというわけでもありませんでした。
料理の道に入ったのは、アルバイトがきっかけです。
僕は大学入学と共に自活をはじめたので、当時は夜中にアルバイトをして学費を稼ぎ、
朝方ちょっと寝てから学校に行くという生活をしていたんです。
そうすると、働きながらおいしいものが食べられる仕事のほうがいいじゃないですか(笑)。
それでイタリアンレストランの厨房で働きはじめたんです。
その時に、自分のつくった料理にその場で反作用があるのがいいなと思ったんです。
すぐにお客さんから反応が返ってくる。
そのことに仕事をしている実感を感じたというか、生きている実感がわいてきたといいますか。
僕はわりと目に見えるもの、体で感じられるものじゃないと、
駄目な性格なのかもしれません。
ほかの仕事を批判するつもりはまったくないのですが、
自分がネクタイをして、流れてきた書類に判子を押してお給料をいただく——、
といったような仕事をするイメージはわかなかったですね」

生江さんは相当忙しくない限り、お客さんに言葉をかけることも忘れない。

「最後の料理を出した後に“今日はいかがでしたか?”と挨拶に行きます。
やっぱり、お客さんの反応は直に感じていたいですね。
また、通常のフランス料理店はクローズド・キッチンなんですけれど、
僕らのレストランでは地下のフロアへ行く階段を降りたところで、
シェフたちが手を動かしているところが見えるようになっています。
顔が見える関係でものをつくるのは、いいことだと思いますね」

ミシェル・ブラスに学んだ、自然を生かす料理法

レフェルヴェソンスの料理には各シーズン30種類あまりの野草や、
山菜採りの名人から取り寄せた山菜など、ふんだんに野の野菜を使う。
たとえば春ならカラスノエンドウやノカンゾウ、タネツケバナ、
かたくりの花、ヤブジラミなどといった野草が登場する。
少々意外な、高級店と野の草花の取り合わせ。
そういった感性は、どこで養われたのだろうか。

「自然のものを取り込む料理方法は、
北海道のミシェル・ブラス トーヤ ジャポンにいた時に身につきました。
その店の本店は、フランスのライヨールにある三ツ星レストランです。
ピレネー山脈の高地に近代建築の宇宙船のような建物がぽつんと建っているんですが、
そのような場所で、市場やスーパーに出回らないような、
周りの大地から採れたものをふんだんに使用した料理を提案しているんです。
当時としては、かなり革新的なレストランでした。
その店のことは、たまたまニューヨークの本屋さんで
ミシェル・ブラスの〈Bras〉という料理本を見つけて知ったのですが、
その料理の写真を見た時に“これだ!”と思ったんです。
それからミシェル・ブラスの二号店が北海道にあるということを知り、
日本に戻ってすぐに現地へ飛び、働きはじめました」

ミシェル・ブラス トーヤ ジャポンが入った
〈ウィンザーホテル〉の目の前は海、後ろは山に囲まれた湖だ。
当時は森に入って摘み草をしたり、
山菜やきのこを採ることが日常であったという。
そこで培われた5年間の経験が、いまの料理にも生きている。

ノーマのレネ・レゼピさんからのリクエスト

生江さんは、今年の1月9日~1月31日まで、
日本橋のマンダリンオリエンタル東京の37階にオープンしていた
レストラン〈ノーマ アット マンダリン オリエンタル ホテル 東京〉の
エグゼクティブシェフ、レネ・レゼピさんに日本の食材を紹介した人物でもある。

デンマークのコペンハーゲンに本店があるノーマは、
世界のベストレストラン50に4年連続でNo.1に選ばれた、
世界でもっとも予約が取りにくいといわれているレストランだ。
蟻を使用した料理など、北欧の自然を生かしたおどろきのある料理で知られている。
日本での営業は、彼らのかねてよりの希望だったという。
2013年末、ノーマのスタッフ一行は開店準備のために来日した。
ノーマ・ジャパンにふさわしい日本の食材を探すためだった。

「レネたちは、僕と会う以前にも一度、来日していたらしいんです。
ところが、その時に案内された大手市場や築地市場の素材からは、
彼らが求めるクオリティの素材や、農家さんの熱心さは見えてこなかった、と。
それで彼らが素材のソーシングを手伝う人を探していた時に
何人かの方が僕の名をあげて下さったらしく、僕のところに連絡がきたのです」

かくして、生江さんはノーマ一行の食材探しの旅を先導することになった。
レネ・レゼピさんが最初に生江さんに
伝えた希望は“山が見たい”ということと、
“熱心な農家さんを紹介してほしい”ということ。
そして、“お寺の食事を見たい”ということだった。
肉や魚を使わず、山のもの、海のものの命をいただくという
概念が基本にある精進料理は、彼らにとって興味深いものだったに違いない。

レネ・レゼピさんは4年間かけてデンマーク、スウェーデン、
フィンランド、ノルウェーをくまなく歩いて食材を探し、
その土地土地にある素晴らしい素材を取り込んだ
北欧料理と呼ばれるスタイルを築いた。
彼は日本でも、そういうことがしたかったのだという。

自然を味わう、ノーマ流・食材探し

レフェルヴェソンスと付き合いのある農家〈エコファーム アサノ〉(千葉県八街市)を訪れた際のワンショット。エコファーム アサノの浅野悦男さん、ノーマのエグゼクティブシェフ、レネ・レゼピさん(右から2番目)、Larsさん、Danさんと。

食材探しは、青森県の白神山地に住むマタギを訪ねる旅から始まり、
四国や九州、沖縄の石垣島まで訪れた。
ノーマのシェフたちが特に興味を持った場所は、長野と沖縄。
長野県では古くから受け継がれてきた昆虫食の文化にシンパシーを感じ、
沖縄県の石垣島では、亜熱帯の植物や風土におどろいた。

石垣島を訪れた時、気になる素材を見つけると
その場で味をたしかめる彼らは、
農家で見つけた肉桂の根っこを掘りおこし、口に入れてみた。
肉桂は、クスノキ科の常緑高木だ。根っこの皮は、強い香りと辛みを発する。
彼らはその味を気に入り、ほぼそのままの姿の肉桂が
チョコレートをかけた醗酵きのこと共に
ノーマ・ジャパンの食卓に上った。
彼らの料理は、自然の中にいる時からはじまっていたのだ。

肉桂と発酵きのこ(Petit four: chocolate and cep mushroom and cinnamon branches)Photo: Satoshi Nagare

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日本の麹菌の力

ノーマ・ジャパンでは、日本の作家が今回のために手がけた食器を使用。漆師の赤木明登さんや陶芸家の内田鋼一さんなど、クリエイティブディレクターのソニア・パークさんが選んだ現代作家の食器が揃った。Photo: Satoshi Nagare

北欧の醗酵食品に慣れ親しんできたノーマのシェフたちは
日本の種麹に深い興味を示した。
種麹は、みそや醤油、清酒、焼酎、みりんなどの
醗酵食品をつくるために必要な麹の素である。
蒸したお米に種麹を加えて培養させると、2日ほどで麹ができ上がる。
彼らはこの種麹を大麦やグリーンピース、
レンズ豆など、さまざまなものにふりかけ、ソースをつくったという。

生江さんも種麹を日常的に使用しており、日々研究を重ねている。
「いまは、肉醤(ししびしお)をつくっています。
肉に塩と種麹をふりかけてから暖かいところに置いて醗酵させ、
そこからソースをとります。
それから、かつおぶしの鳥版の“鳥ぶし”。
まず、鳥肉に塩をして軽く火を入れ、3、4日かけて薫製します。
そこへ種麹をかけて菌を居着かせると、菌から根が生えて水分を抜き出し、
同時にタンパク質、すなわち旨味成分を分解します。
そうやって醗酵が進むにつれて、旨味や香りが出てくるんです。
レネたちは“熊ぶし”や“鹿ぶし”をつくったといっていましたよ(笑)」

ノーマ アット マンダリン オリエンタル ホテル 東京のスタッフたち。 Photo: Satoshi Nagare

かくして2014年末、ノーマのスタッフは
ノーマ・ジャパンをオープンさせるために
コペンハーゲンの本店を閉め、スタッフ全員で来日した。
レストラン全体が引越し、訪れた先でその土地のものを使った料理を提供する、
というのが彼らの意図するところだったからだ。

約1か月の営業期間中に用意できる席数、2000席に集まった
予約希望者は、世界中から数万人。
食卓には石垣島のピパーチや、長野県の蟻、
高知県の人参芋にギシギシ、北海道のヨーロッパトウヒなどなど、
日本人も知らないような素材を使用した料理が登場し、
運良く席につけた人たちからは、おどろきと賞賛の声が上がった。

まだ見ぬおいしいものを探して

ゆっくりと時間が流れる、レフェルヴェソンスのダイニングルーム(1階)。このほかに個室やウェイティングルームもある。

生江さんの食材探しの旅は現在も続いている。

「僕は基本的に食いしん坊なので、おいしいものを探しに行く感覚で出かけます。
仕事とプライベートの境目はあんまりないですね。
一番西では、地元で野草を研究している方を訪ねて、沖縄の竹富島に行きました。
沖縄には砂浜で育つハマダイコンなど、
本州では見られない植物がたくさんありますからね。おもしろかったです。
日本には、まだまだ隠された味や香りがあります。
これからもどんどんそういったものが隠されているところを訪ねていって、
新しい味や香りを知る旅を続けていきたいですね」

定休日ともなれば大抵は東京を離れ、生産者や工場、料理人を訪ねる。

「今週末は秋田の酒蔵さんや、しょっつるの工場をまわる予定です。
しょっつるというのは魚に塩をして樽の中で熟成させた、
いわゆる魚醤のことなのですが、味噌や醤油といった穀物の調味料よりも歴史が古いんです。
日本にお米が入ってくる以前からつくられていた調味料ですから。
料理人として、そういった原始的な調味料は気になりますよね」

思い立ったらすぐ行動する、“これだ”と思ったものに夢中になる。
そういった直観に導かれた行動力と探究心が、
生江さんの料理を磨き上げてきたのかもしれない。
レフェルヴェソンスはこれから、どんな店になっていくのだろう。

「僕は料理というものは、色々なこととつながりうるものだと思っているんですね。
たとえば、医療とつながるかもしれないし、アートや住環境とつながるかもしれない。
僕らの店では、そういった可能性にも門を開いていきたいと思っているんです。
ただおいしいものを食べて帰ってもらうだけではなく、
お客さんが何か新しいものを見つけたり、
あるいはそこで新しい感覚を覚えたり……。
レフェルヴェソンスは、何かそういった未知の感覚と出会えるような
集合場所でありたいと思っています」

生江さんによると、最近海外では
まるでオブジェのような、先鋭的な料理が流行っているという。
最後にレフェルヴェソンスでもそういった料理を
つくっていくのですか?と尋ねると、次のように答えてくれた。

「僕らはそこまで料理をつくりこむことは考えていません。
基本的には“おいしい”という感覚を中心に考えたいところがあるので、
あまり料理を擬似化したくはないんです。
心から入り込み、魅了されるのは、やっぱりおいしい料理だと思っているので。
あまり色々なことに気を散らせてしまうよりも、
僕らのレストランは“おいしいものを食べてもらう”
そういうコンセプトでやっています」

profile

NAMAE SHINOBU 
生江史伸

1973年、横浜生まれ。慶応大学法学部政治学科卒業。東京のイタリア料理店〈アクアパッツァ〉で基礎を学んだ後、2003年より北海道の〈ミッシェル・ブラス トーヤ ジャポン〉にて研鑽を積む。2005年、フランス・ライヨール本店での研修を経て、スーシェフに就任。2008年より、イギリス・ロンドン近郊の〈ザ・ファットダック〉にてスーシェフを務める。2010年、東京・表参道に〈レフェルヴェソンス〉オープン。同店のエグゼクティブシェフを務める。

information

L’Effervescence 
レフェルヴェソンス

住所:東京都港区西麻布2-26-4

TEL:03-5766-9500

営業時間:Lunch 12:00〜16:00(LO13:30)Dinner 18:00〜23:30(LO 20:30)

定休日:不定休

http://www.leffervescence.jp/

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