連載
posted:2015.9.9 from:鹿児島県出水郡長島町 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画やカルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではとにかくおいしいものを食べることに余念がない。
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撮影:水野昭子(ポートレート)
鹿児島県の北西部に位置する長島町。
長島本島ほか大小の島々からなる長島町で副町長を務める井上貴至さんは、
実は総務省から2015年4月に出向してきた官僚だ。
井上さんは長島町を「長島大陸」と呼ぶ。
「長島は海があって山があって大地がある。
そのなかで独自の文化や歴史が育まれていて、九州本土とも全然違うんです。
自然エネルギーも食糧自給率も100%を超えていて、出生率が2.0。
魚が日本一おいしくて、いいところですからぜひ来てください」
と、会うなり長島町の魅力をPRしてくれた。
井上さんは大阪府出身の29歳。
緑が少ない土地で育ち、多くの企業が東京に進出していくのを見て、
地方行政にはもっと可能性があるのではないかと考えていた。
東京大学在学中、地方に行ってさまざまな現場を見て回る楽しさを知った。
大学を卒業して総務省に入り、1年目に愛知県の市町村課に派遣される。
そこでおもしろい地域の人たちに出会い、
「地域には隠れたヒーローがたくさんいるんだな」と感じ、
ますます地域の現場に入ることが好きになったという。
その後、東京に戻るが、週末にはあちこちの地域の現場を訪ねて回った。
「地域で活躍する人はホームグラウンドで最も輝くと思っています。
東京で総務省の官僚という立場で会うこともできますが、
それより現場に行くと深い話ができます。そこは大事だと思っています」
好きな場所には何度も何度も足を運ぶ。
徳島県の神山町や長野県の小布施町は何度訪ねたかわからない。
各地で得たことを、自分なりに考え、まとめてブログで発信してきた。
「地域のいい事例を自分だけのものにしないで、
広げて伝えていくことも大事だなと思ってブログを始めました。
いまの日本は本当にこれでいいのかなともやもやしたものがあったんですが、
震災があってはっきりしました。若手官僚で唯一、実名で書いているので、
いつお叱りを受けるかわかりませんが(笑)」
政府が地方創生を掲げるなか、井上さんは〈地方創生人材支援制度〉を提案。
地方創生に積極的に取り組む市町村に対し、意欲ある国家公務員や研究者などの人材を、
市町村長の補佐役として派遣するというもの。
そこで手を挙げた長島町に赴任してきたというわけだ。
「世の中をよくしていくときに、国は国で役割があると思っています。
いまのシステムや制度には理由があるし、そのしがらみを変えていくのは難しい。
それより地域で新しいものをつくって、小さな成功事例を積み重ねていって、
その輪を広げていくほうがうまくいくんじゃないかと思うんです。
地域には課題もたくさんありますが、それが見えやすいし、プレーヤーも見えやすい。
だから逆に解決しやすいとも言えます。
それと地域の問題は地域の人だけでは解決しにくい。
いろいろな役割の人が必要で、サッカーに例えると、
隣の人にパスしたりドリブルするだけでなく、ロングパスや鋭いパスも必要。
広い視野で俯瞰して、最適なところにパスできる人が、地域にはなかなかいないんです。
僕はより広い範囲にパスが出せるのが強みだと思っています」
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こうして自ら提案した制度で、地域の現場の最前線にやってきた井上さん。
わずか4か月あまりだが、長島町ではもう新しいことが動き始めている。
長島町には高校がなく、若者が進学のために島を離れていき、
そのまま人口が流出してしまうのが最大の課題。
そこで、長島町が養殖産地日本一を誇り、
回遊魚で出世魚であるブリにちなんで考案されたのが〈ぶり奨学プログラム〉。
高校・大学卒業後、地元にUターンして在住しているあいだは、
返済を不要とする奨学金を構築するというものだ。
具体的な制度はこれから設計していくが、
寒ブリが特産品として知られる富山県氷見市とも提携し、
慶應義塾大学SFC研究所社会イノベーション・ラボと共同で研究、推進していく。
「回遊人材を受け止めるまちになりましょうと提言しています。
長島に戻ってくるだけでなく、逆に長島町で修業した人が
地元に戻って地域のリーダーとして活躍してほしい」
また、9月12、13日に開催されるのが〈獅子島の子落とし塾〉。
長島本島の北東、天草諸島に浮かぶ小さな島、獅子島も長島町の一部だが、
ほかの多くの離島と同じように高齢化が進み、学校は次々と廃校になり、
島にはインターネットもない。
ここに全国から高校生を募集し、1泊2日の塾合宿を行うというのだ。
「こんなに静かな場所はない。インターネットがないので逃げ場もない。
まさに勉強するにはうってつけの環境です(笑)。
おまけに若い人が来れば、孫のようにかわいがってくれる
おじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいます。
すべてを逆手にとった試みですが、都会の若者にとってはきっと特別な体験になるはず」
予備校のような塾ではなく、井上さんの後輩も含め、
大学生たちが高校生たちに勉強のやり方を教える。
勉強だけでなく、島の食を味わってもらったり、ホームステイも体験してもらい、
島のよさを知ってもらおうというのだ。
「人も地域もダイヤモンドだと思っています。光の当て方で輝きが変わってくる。
どうすればもっと光が当たるかなと考えます」
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ユニークな発想と、それを実行に移す行動力。そのスピードにも驚きだ。
「スピード感は大事だと思っています。
行政は時間をかけすぎるきらいがありますが、
そんなことしているうちに時代は変わってしまいます。
アイデアは泉のように湧いてくるんですよ(笑)。
それも全国を訪ね歩いた経験がいいインプットになっているのだと思います。
中央も自治体職員も、みんな1、2年旅に出たらいいのにと思いますね」
現場が好き、つまり人に会うのが好き。
いまも島のあちこちに出かけ、インスピレーションを得るという。
そんな井上さんの人柄のせいか、これまで行く先々で出会った人が、
今度は長島町を訪ねてきてくれる。
「各地の仲間たちが、長島がおもしろそうだと来てくれるのはとてもうれしいし、
パワーになります。僕は出会った人や来てくれた人の名刺を、
役場の壁に貼りだして“長島町応援団”と言っているんですが、
町役場の人にもこういう人脈を生かしてほしい。
こんなに遠いところまで、僕に会いにこれだけたくさんの人が
来てくれるのはどうしてか。それは官僚だからじゃないですよ」
行政のなかでも地域のなかでも、巻き込む人を増やしていく。
そうやって、いろいろなところにパスが出せるようになるのだ。
井上さんは、地域おこしには短期的な視点、中期的な視点、
長期的な視点のどれもが必要だと考える。
「中長期的な視点は特に大事だと思っています。
花を咲かせるよりも根をつけるほうが難しい。
でも根がつけば、自然と花も咲きます。
単年度予算の問題は、工夫することでほぼ解決できます。
過疎の市町村が補助金を得ると大きなハコものをつくってしまうのは、
全体・最適を考えていないんですね。もっと大きな視野が欠けている。
建物は維持管理するほうがはるかに難しいですから、
もっと長い目で見て、トータルのコストを考えるのが重要です」
サラリーマンだろうと公務員だろうと、自立することが大事だという。
「国が“地方創生、地方創生”と叫んでいるからではなく、
自分たちで何をしたいのか、何をやるべきか考えていくと、
おのずから見えてくるのではないでしょうか。
組織のなかにしかマーケットがないと思っている人は、組織に埋もれてしまいます。
組織のなかだけで価値を追い求めては、社会に出たらまったく価値がなくなってしまう。
そうではなくて自分なりのポジションを確立すればいい。
公務員こそ、地域のことに没頭すればいいんです。
米Google社で仕事時間の20%は好きなことをやるという“20%ルール”がありますが、
たった20%かと思いました。僕は100%ですよ(笑)。
こんなに楽しい仕事はない。天職だと思っています」
profile
井上貴至
TAKASHI INOUE
1985年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業後、総務省に入省。内閣府地方分権改革推進室主査などを経て、地方創生人材支援制度で2015年4月、鹿児島県長島町副町長に就任。趣味で続ける柔道は二段。
ブログ「地域づくりは楽しい~地域のミツバチ 井上貴至の元気が出るブログ~」
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