連載
posted:2015.8.22 from:兵庫県多可郡多可町 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。
醤油を仕込む“木桶”の大きさは30石が多い。
30石の容量は約5400リットルで、約4000リットルの醤油ができ、
その桶は高さと直径が約2メートルもあるので“大桶”とも呼ばれる。
しかし、足立醸造にそびえ立つ木桶はなんと120石と4倍もある。
醤油屋も驚く大きさだけれど、その桶はいたって真面目な、
「醤油屋として勝負をする」という実直な姿勢がかたちになったもの。
足立醸造はこの120石の桶7本すべてにオーガニックの原料を仕込み、海外に出す。
足立醸造が位置するのは兵庫県奥播州。
緑豊かで、仕込み水にも使うこの土地の水は
江戸時代に播磨十水のひとつとして愛飲されていました。
足立醸造はすべて丸大豆を使い、木桶に仕込みます。
「材料以上のものは造れないからね」と、
有機やオーガニックの材料も積極的に使います。
しかし、3代目の足立達明さんが蔵に入った頃は違いました。
「脱脂加工大豆を使い、アミノ酸液などが入った醤油を使っていました。
手塩にかけて造っても価格が叩かれるうえに、余ったら着払いで返品されるんです」
そんな状況に頭を抱え、やるせない気持ちが募っていました。
そんなとき、神戸の消費者団体から声がかかって一転します。
「出された条件は木桶仕みの有機国産丸大豆醤油を無添加で造ることでした。
僕は日本酒が好きなのですが、アルコールを添加したものではなく、
純米酒が好きなので、この条件に深く共感したんです」
そして木桶に有機の国産丸大豆を仕込み、無添加で販売する態勢へと進化しました。
「いまではいい人間関係のなかで造れていて、やりがいがあります。
醤油も買い取りですし、真っ当な勝負がかけれるようになりました。
こうした気持ちのこもった仕事ができるのはいいですね」
と、足立社長は感慨深く話します。
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有機の醤油に力を入れ始めて約10年後、
海外に木桶で仕込んだオーガニックの醤油を出さないか? と声がかかりました。
詳しく話を聞いてみると、相手が求める量があまりにも多い。
「量を聞いて最初は断念しました。うちの当時の状態では無理だったのです。
でも国内の醤油の消費量は減り続けているからやっぱり海外に販路を持とうと思って」
そこでなんと新工場設立に踏み切ります。
「実はもともと川ぞいに蔵があったので、
『川の氾濫があったらいけない。もう蔵も老朽化も進んでるし』と、
先代が新工場のための土地を買っていたんです。
でも土地は面積が限られていて、求められている量を造ろうとすると
たくさんの桶を並べるのは無理でした。じゃあ上に伸ばすしかないと思って」
そこでできたのが、高さ4メートル、直径3メートル、
24000リットルのもろみを貯蔵する関西最大級の120石の木桶です。
まずは2012年の新工場設立と同時に6本導入し、2015年7月に1本増やして7本に。
その隣に100年以上使ってきた15~30石の桶が並んでいます。
「120石の新桶で仕込んだ経験がある人もいないから、
もういろんな人から意見をもらって探りながらやりました。
さらに100年以上使ってきて菌が住みついているはずの桶も発酵が弱いんです。
よく蔵元に行くと『ここに住んでいる菌が醤油を造る』って言うけれど、
これ本当だったんだよ。醤油は蔵に育ませるものだと実感したね。
麹の仕上がりもイメージと違っていて、移設したときは10キロほど一気に痩せたよ」
足立社長の苦労の甲斐があっていまは安定した状態に。
「もっといい醤油にしなきゃ。まだ一度も『これでいい』って満足したことはない。
最近は醤油の加工品が人気でどんどん増えて、醤油の需要がどんどん減っているけど、
僕は“調味料屋”ではなく“醤油屋”として勝負をする。
一から造らないとものづくりと言えないから麹から造る。
そして経営者である僕自ら、必ず現場に立って自分の手で造ります」
足立さんの言葉は力強い。
そんな足立醸造の濃口醤油は、すっきりとした味わいで、
天然醸造の濃口醤油のなかでは色が淡い。
「ここ兵庫県は淡口醤油の代表産地。僕が造る濃口醤油も
素材本来の色や風味を引きたてる醤油がいいと思っています。
この醤油をドイツに出したら取引先から薄すぎると言われてね。
確かにドイツに出回る醤油はなぜか驚くほど真っ黒なんですよ。
でも説明するとわかってくれて、結局はほかの醤油と差別化ができて支持されています」
さらに、長女と長男、そして次男が蔵を継ごうと次々と帰ってきて、
親の背中を見ながらがんばっています。
「長男だけには継いでほしいと思っていたけれど、
ほかの兄弟にはむしろ反対したよ。いやぁ、こんなに帰ってきてね」
とプレッシャーを顔に出したけれど、やっぱりうれしそう。
足立社長の夢は現役を引退するまでに満足できる醤油を造ること。
透きとおって旨みのあるまろやかな醤油を思い描きます。
「だしの風味が生きる名脇役な醤油がいい。助演賞をとりたいなぁ」
と無邪気な表情を見せます。これからも帰ってきたお子さんたちと一緒に、
醤油屋として勝負をかけていきます。
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足立醸造
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