連載
posted:2015.7.17 from:岐阜県岐阜市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。
〈アイスクリームにかける醤油〉に〈たまごかけごはんのたれ〉、
〈はちみつ醤油バター〉に〈醤油チョコソース〉。
家紋が描かれた黒い暖簾をくぐると、珍しいたまり醤油の加工品が
何十種類と商品棚を飾っていました。
ここ山川醸造は「たまり醤油」を造る蔵元。
行けばたまり醤油があるのだろうと思っていたら、
たまり醤油がどれなのかもわからないほどたまり醤油の加工品が並んでいます。
そもそもたまり醤油自体にあまり親しみがないのに、
その加工品となると未知の世界。
好奇心がくすぐられて次々と商品に手が伸びます。
織田信長とも縁の深い岐阜県の長良川の辺りに山川醸造があります。
岐阜を含む東海地区ではたまり醤油が根づいており、
山川醸造も昭和18年の創業以来3代にわたって「たまり醤油」を造ってきました。
いまでこそさまざまな商品があるけれど
「帰ってきた頃は業務用が100%。名古屋のうどん屋だけで1000軒のお客様がいました。
しかし名古屋のうどん屋自体が3割減り、うちの出荷量はどんどん減っていきました。
たまり醤油を使ってきた愛知やその近辺の人もどんどん濃口醤油に変えているし、
全国に広げようとしても特有の風味があるたまり醤油は選ばれにくい。
なんでうちはよりによってたまり醤油なんだ、って戻った頃は思いましたよ」
と山川醸造3代目の山川晃生さんは振り返ります。
転機になったのは山川さんが「醤油を主役にさせよう」と思ったこと。
醤油は常に脇役。魚を醤油で煮た場合も「魚、おいしい!」と言われても
「醤油、おいしい!」と言われることはなく、意識されることもありません。
そこで、ふりかけをつくる業者に醤油のふりかけを依頼しました。
「つくれると返事が返ってきたものの、
賞味期限半年で最小ロット750本という数字が出されたんです。
売り切れるのだろうか……と悩みに悩みましたよ。
うちは小売の販路は持っていなかったですし。
でもなんとかいまの苦しい状態を打破したかったので、
思い切って商品化に踏み込みました。
すると意外なことに2週間で完売したんです。
さらに発注してつくると、また2週間で完売しました。
“たまり醤油”のままだと東京などの人からは選ばれなかったのに、
ふりかけにしたら日本各地の人が『おいしい!』って買うんですよ。
そして気づいたんです。このふりかけが売れているのは、“濃口醤油”ではなく
“たまり醤油”と、ほかと差別化がはかれているからなんだ。
販売先を全国に広げて、たまり醤油のよさをいかせば短所が長所になるんだ! って」
そこからたまり醤油を生かした商品づくりが次々と始まります。
「まだ“◯◯専用醤油”ってものが少なかった頃に、〈たまごかけごはんのたれ〉をつくって、
始めたばかりのブログで告知すると、個人からどんどん反応がきて、
メディアでもこれまで50回ほど紹介してもらいました。
その後に〈アイスクリームにかける醤油〉をつくると、
200~300本が3か月くらいで完売したんです」
〈アイスクリームにかける醤油〉のニュースは私も何度も見かけ、
山川さんを知るきっかけになりました。
その後も定期的にさまざまな商品を出しては注目され、
個人のお客様から支持されるようになりました。
こうして業務用100%だった生産体制が、いまでは小売が3割を占めるように。
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世に珍しく、そしてたまり醤油特有の濃厚な旨みを生かした商品をつくる姿勢は、
地元をも活気づかせます。
「岐阜の白扇酒造さんが、蔵を一般の人に公開してもてなす“蔵開き”を行うと、
大勢の人が来て喜んでいるのを知って、うちの蔵もやろうと思ったんです。
そして、せっかくなので同じ岐阜市内のスイーツ店と一緒にやろうと思って、
6店舗にたまり醤油を使ったスイーツをつくってもらいました。
すると当日は雨が降って寒かったけれど、
なんと2500~3000人も来てくれて、2時間で完売。
購入するために1時間並ぶ展開になりました。
蔵開きのあとに各スイーツ店で1週間同じ商品を売ってもらったら、
スイーツ店に行列ができてね。スイーツ店からも喜ばれて、
以来7年のつながりがありますよ。最近はスイーツに限らず、
岐阜を代表する〈明宝ハム〉の人気商品〈明宝フランク〉と
うちのたまり醤油がコラボした〈醤油フランク〉をつくったりと、
いろんな地元企業とのコラボ商品も増えてきました」と楽しそうに話します。
そんなおいしさの可能性を広げ続けてきた山川さんのたまり醤油は、
鵜飼で名高い清流、長良川の伏流水を使い、
昔ながらの木桶で2年以上じっくり熟成させて造ったもの。
しかし山川さんと話していても伝統を強調しすぎません。
「うちに戻ってきて10年経った頃でした。
人生の師と仰ぐ方に『文化論を振りかざして売ろうとするのは
メーカーとしてのおごり以外の何ものでもない』と怒られたことがあったんです。
そのときは驚いたのですが、よくよく考えてみたら、
例えば暖房も石炭から石油、そして電気と燃料が変わってきている。
変わっていないのは“冬を快適にするエネルギー”ということ。
つまり僕も“醤油”を売ってはいてはダメだ、
“おいしく楽しく食卓を楽しむ手段”を提供するのが役目だと気づいたんです」
その言葉のとおり、山川醸造のおかげで、これまでたまり醤油に縁がなかった人も
たまり醤油だから出し得るおいしさを楽しむことができています。
また例えば、卵かけ専用醤油を買った人も、卵かけだけでなく
いろんなものにかけて変化を楽しんでいる人が多いそうです。
これから山川さんはどんなお楽しみアイテムをつくってくれるのでしょうか。
いまなお次々と柔軟に商品を開発している山川さんを見ているだけでも
楽しくなってきます。
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山川醸造
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