連載
posted:2015.6.17 from:石川県輪島市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。
「サクラ醤油」という名で地元で愛される谷川醸造。
代々、地元・輪島に根ざす甘い醤油を造り続けてきたなか、
4代目谷川貴昭さんは、結婚したことが後押しとなり、
地元の原材料だけを使って無添加の醤油を造るようになります。
真摯な造りと愛情いっぱいに歩むふたりに共感する人が力となり、
販売量は毎年倍に増え続けています。
谷川醸造を訪ねると、朗らかなお兄さんが柔らかな声で出迎えてくれました。
100年余り続く蔵元ながら「蔵人」という威厳がない。
寄り添う奥様はおかっぱのかわらしい女性で「およね」と呼ばれているらしい。
予想外の呼び名ながら、本人にも蔵の雰囲気にもぴったりの呼び名。
蔵の中に入ると「桜」のイラストが描かれた大きなボトルが
たくさん出荷待ちをしていました。
能登半島の北半分の多くの家庭がサクラ醤油を使い、
輪島では、醤油と言えばサクラ醤油とされるほど浸透しています。
サクラ醤油の醤油は甘い。
九州の醤油は甘いというけれど、本州の日本海側でも甘い醤油は定着していて、
能登半島の醤油も甘い。
特に北に行くほど都市の影響が少なく、甘みが強くなる傾向があります。
「地元の人にはこの醤油が地元の味として定着しています。
漁師にはさらに甘い醤油が支持されていますよ」
そう話す谷川さんに、地元のお母さんが
「あ、サクラさん」と声をかけ、親しげに会話が続きます。
その地元で長年愛された甘い醤油を大切にしつつ、
谷川醸造では2012年から地元の在来種「大浜大豆」を使って仕込んだ、
無添加の醤油の販売を始めました。
実はその醤油は、単に新商品となっただけではなく、
醤油の仕込みを復活させるという、醤油業界では極めて珍しい試みから始まりました。
Page 2
谷川醸造では酒と醤油の両方を造っていたものの、
1995年に工場長の他界を機に醤油の仕込みを止め、
2003年に酒の仕込みを止めてしまいました。
貴昭さんが戻ったのは2002年。
たった1年ながら酒の製造を経験し、
「杜氏さんの考えに触れて、ものづくりはおもしろいと思ったんです。
醤油はほかで仕込んだものを買って自社で調合するようになっていて、
それはそれで味も安定し、設備もいらないので楽なんですが、
やっぱり醤油も自分の手で造ろう、そう思いました」
とはいえ、周りには醤油の造り方を知る人はいなく、二の足を踏んでいました。
後押しとなったのは結婚して子どもが生まれたこと。
「きっと自社で造っていることが、子どもが将来継ぐときにも、
子育てをするうえでも、プラスになると思ったんです。
例えば、自社で原材料から調達することで大豆や小麦などの農家さんと関わり、
一次産業の大切さや大変さを知ることができます。
自社で仕込むことで、出会う人、考えることの幅が広がるんです」
と話す声は、お子さんへの愛情に満ちています。
「いま実感しているのは、蔵は工場というより“命を育む場所”だなってこと。
うちの蔵の環境も1代で完成するものではなく、
数十年かけて整っていくんだなって思うんです。
仕込みを復活させるには資金もいりますが、子どもの代でプラスになればいいんですよ。
僕だって100年ほどの歴史を引き継いでいまがあるんですから」
そんな貴昭さんは家族を大切にし、そして地域も大切にします。
大豆は地元固有の大浜大豆、今年からは小麦も塩も
地元のものを使い始めました。そしてできた醤油は
「主に金沢で取り扱ってもらっています。
道の駅、セレクトショップ、雑貨を売るカフェや自然食品など、
紹介や出会いを通じて置かせてもらっています。
はじめはこれまで出してきた醤油と同じように、
僕が仕込む醤油も甘味料などを入れたほうがいいのかなと思ったりもしたのですが、
およねから『入れなくてもいいんじゃない?』と言われ、
確かに入れなくてもおいしかったので、無添加で販売すると支持されて」
そして販売量は毎年倍増しているのだそう。
順調な滑り出しは丁寧に造る姿勢、そして貴昭さんのお人柄があってこそ。
「耕作放棄地に、地元のみなさんと一緒に青大豆を30キロ分植えて育て、
みんなと一緒に醤油を造るということもやっています。
みんなで学んで伝える。そんなことを大切にしています。
ほかにも地元の酒蔵や味噌、いしる(イカの魚醤)、黒にんにくなどの
生産者のみなさんと「のと発酵マルシェ」を行ったり、
醤油の香りと歌声が響き合う『蔵コンサート』を開いたりもしています」
谷川醸造は地域の人と接点を育むことにも、
醤油を造るのと同じくらい丁寧に取り組んでいます。
Page 3
貴昭さんが手がけて3回目の醤油は、これからの夏の季節にぴったりな
すっきりとした清涼な味わいと、柔らかな甘みがあります。
新玉ねぎにひとかけ。新玉ねぎの甘みがひきたち、
爽やかでみずみずしい初夏の味わいを堪能できます。
「これまでできた醤油は3回とも風味が違うんです。
特に大きく変えたことはないのですが」と貴昭さん。
たしかに、初めて仕込みができたときに送っていただいた醤油は深いコクが特徴でした。
蔵の味ができあがるのに歳月がかかるということは、こういうことかと実感。
だからこそ、これからどんな味わいが出てくるのか楽しみです。
「これまでは、ひとりで仕込みをしていましたが、
今年は23歳の新卒の子に入ってもらったんです。
若い人につないでいくこともできますし、何より意見を言い合えるのがいいなと思って」
地元の農家さんに寄り添い、能登の気候と風土のもとで仕込み、
地元の人の声に素直に耳を傾け、地元の人に届けていく。
貴昭さんの醤油造りは、原材料調達から販売まですべて、
顔が見える範囲で行われています。
こうした地元の人を想いながら造って届ける姿勢は、
甘い醤油を造ってきた先代にも、無添加の醤油を造る貴昭さんにも共通すること。
常に身近な人に寄り添い、かたちを変えながら地元の食卓を支えているところに、
谷川醸造の「らしさ」があります。
まだ小さなお子さんが大人になる頃には、
どんなおいしさを届ける蔵元になっているのだろう。
能登のこれからの食卓が楽しみです。
information
谷川醸造
Feature 特集記事&おすすめ記事