colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

野球部の団結力によって生まれた醤油
福岡・クルメキッコー

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.023

posted:2015.5.29   from:福岡県久留米市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

200本の木桶仕込みも丁寧に

訪問すると、背筋を伸ばした3人の男性が待ち構え、ハツラツと迎えてくれました。
こんな出迎え方は初めてで、驚きながら話していると
「うちの社員は全員野球部出身なんですよ」と製造部次長の大塚伸一さんがひと言。
だから社員がきびきびとしているのか、と納得しつつ……全員野球部出身とは!
クルメキッコーでは、地元の原材料を使い、木桶に仕込むなど
さまざまなこだわりがあるなか、何よりも質を高めているのは、
野球部によって培った人間性とチームワーク。
訪問してそう感じました。

クルメキッコーがあるのは、福岡県久留米市。
良質な原料や水に恵まれた筑後川沿いの地を選び、明治7年に創業しました。
以来伝統を重んじて木桶を年々増やし続け、いまでは200本の木桶で仕込んでいます。
近々蔵を移転して、今後は300本を目指しているのだとか。
木桶に仕込む大豆はすべて福岡産か佐賀産の丸大豆「ふくゆたか」。
小麦も地元の「チクゴイズミ」を使っています。

蔵の中は隅々まで丁寧に手入れされており、
心地のいい澄んだ香りが広がっています。
木桶がずらりと並ぶもろみ蔵の中も、壁も桶もなんと清潔に保たれていることか。

大豆を蒸す釜。よくメンテナンスされている。

クルメキッコーでは、地元の材料を使う。

見学用に原材料が用意されており、丁寧に説明してもらえる。

そしてふと気づきました。もろみ蔵にエアー攪拌するための配管がない。
通常、木桶の中のもろみはエアーを送って混ぜているのですが、その道具がないのです。
どのようにして混ぜているのか尋ねると、にっこり笑って櫂棒を手にし
「これです。200本すべてこれで混ぜています」
というのだから、驚いて言葉を失いました。

戦前はどの蔵も櫂棒で混ぜていたけれど、
体力と気力と時間がかかるので、いまではエアー攪拌が一般的。
しかも蔵の中は外温より暑くて、もろみからは、
アルコールに弱い人は酔うくらいアルコールが出ます。
櫂棒で攪拌したことがある人は、その作業を
「地獄のもろみ混ぜ」と呼ぶこともあるくらい。
ましてや200本もあるなら、ふつうは迷いなくエアー攪拌を選ぶに違いありません。
「だから野球部じゃないと無理なんですよね」
と大塚さんがさわやかに笑いながら言いました。
なんでエアー攪拌しないんですか? と尋ねると
「エアー攪拌すると飛び散りますからね」とあっさり。
そんな、いまではなかなか手の行き届かないところまで
人の手を尽くしているのがクルメキッコーです。

20石の桶が200本並ぶ。当たり前ながら混ぜるのに慣れており、美しい所作につい見とれてしまう。

搾ったばかり醤油を味わうと、深い甘みと旨みが口の中に広がった。

Page 2

醤油造りに生かされる野球部の哲学

「仕事=野球と考えているんですよ」という言葉のとおり、
野球によって見えてきた哲学が醤油造りに反映され、
社内にも県大会に出場するほどのチームがあります。

副社長の深町吉秀さんがずっと掲げている「健康と教育」というポリシーは、
深町さんが久留米市の学童野球の事務局長をやっているときに
「人をまとめあげるためにはどうすれば」と考えて出てきた言葉。
「体だけじゃなく、心も組織も健康でなければなりません。
教育も、自主的に学ぶ姿勢が大切です。それには、礼儀、挨拶が伴ってきます」
と、たしかに野球にも醤油造りにも言えることです。製造部次長の大塚さんは
「『ドンマイ野球』を定着させました。
野球で失敗した人を責めるのではなく『ドンマイ』と声を掛け合い、
助け合うようにしようと。醤油造りでも同じですよね」と話します。

そして目上の人を大切に思う姿勢からか、4代目の社長は異例の102歳。
その歳では社長の代を若手に譲ることが多いのですが、
「“社長”だと、気が張って元気でいると思って。
実際、自転車に乗ってあちこち行ったりして、元気そのものですよ」
と社員は誇らしげに話します。

また、クルメキッコーでは、商品開発をみんなで行っているそう。
「うちの自信作を持ち帰ってください」と、「うまかばい」 という
方言の響きが心をつかむ、だし醤油を渡してくれました。
「みんなでネーミングを考えたんですよ。
完成するまでみんなでアイデアを出し合って試食会を開き、
社員みんなで意見を交わしました。
うちは新商品を出すときはいつもみんなで考えを出し合いますよ」と大塚さん。

地元の材料を使った濃口醤油(左)とだし醤油「うまかばい」(右)。

日本全体で一升瓶離れが進んでいるなか、クルメキッコーはいまなお地元の人が好む一升瓶を多く出す。

そんなクルメキッコーが造る醤油は、心地いいすっきりと澄んだ香りが高く立ちます。
味わうと、品とコクのある甘みが波紋のように広がっていきます。
この雑味のなさは木桶仕込みでは珍しいもの。
いかに蔵人の手が尽くされているかを感じ、感動しました。

浅漬けにひとかけすると、浅漬けの塩辛さが和らぎ、甘みと旨みが引き立ちます。
浅漬け特有の香りも消え、心地いい香りが食欲をそそります。
白身や貝類の淡白な刺身、卵かけご飯やネギトロ、
切り干し大根や卯の花ような煮物など、繊細で旨みのある料理に向く印象。
なんと珍しい醤油だろうか。

クルメキッコーの社員は約40人。
いちばん上が50代前半で次いで40代、多いのは30代だそうです。
若い人材で構成されている面も珍しい一方、社員が102歳の社長も愛し、
尊敬しているのもクルメキッコーらしい。
機械に頼りがちで「良質」の判断基準も変わるいまだからこそ、
人の力や関係を重んじるクルメキッコーの醤油造りは大切だと、
深く思わせてくれました。

浅漬けに醤油をひとかけ。

副社長の深町吉秀さん(左)と製造部次長の大塚伸一さん(右)。

information


map

クルメキッコー

住所:福岡県久留米市宮ノ陣5丁目15番10号

TEL:0942-34-4147

http://www.kurumekikko.com/

Feature  特集記事&おすすめ記事

Tags  この記事のタグ