連載
posted:2015.4.21 from:島根県仁多郡奥出雲町 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。
どことなく熊野古道と似た空気が流れているなと思いながら訪ねた森田醤油は、
古事記や日本書紀の「ヤマタノオロチ退治」や
スサノオノミコトが降臨したという神話が発祥した島根県奥出雲に位置します。
近い記憶で言えば、「もののけ姫」の「たたら場」のモデルになった土地です。
森田醤油で使う丸大豆の6割が地元、島根県産。
残りの4割の大半が広島県産。
小麦も島根や山口県産と、近くのものを使う。
「地元の農家さんに約1ヘクタール分の種を渡して、
これでつくってもらうよう言ったこともありますよ。
ここは雪で材料が入ってこなくなることもありますしね。
なくなったら仕入れる、仕込みの時期だから仕入れるのではなく、
いいときに仕入れるようにしています。
仕入れすぎて怒られることもありますけどね」
森田醤油4代目の森田郁史さんは笑って言いながら、
壁のように積み重なる材料を優しい表情でゆっくりと見渡した。
この土地のもので造っているとなるといいイメージが湧くものの、
森田醤油が地元産・無添加の蔵元になったのは、郁史さんの代になってしばらくのこと。
「地元の材料で無添加で造りたいと思っていましたが、
父は地元の人に根づいた混合醤油(*)を造るべきだと、なかなか譲りませんでした」
父に反対されても、材料は地元産、無添加の商品を造るという想いを
少しずつかたちにしていき、いまでは100%国産・無添加にしたのには、
息子の浩平さんの存在がありました。
「ポン酢を開発するときでした。試作段階のときに味見をしていると、
販売先の担当者から、使っていた“かつおエキス”や“昆布エキス”の原材料について
ちゃんと調べたほうがいいとアドバイスをもらいました。
さっそく調べたところ、“かつおエキス”にはいろいろなものが含まれていると知って
心底驚きました。当然、かつおからできていると思ってましたから。
そのとき、息子がやってきてそのポン酢を舐めようとし、
思わず『そげなことはやめ』と、止めてしまって気づいたんです。
これは、僕にとって100%じゃないって」
*混合醤油:搾った醤油にアミノ酸液を混ぜ合わせたもの。
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100%のものを造ろう。子どもが一生口にしても、ずっと体にいいものを。
これまで3年かけて造っていたレシピを破棄し、
かつおや昆布を厳選し、自分でだしをとって再スタートを切りました。
「そこからいろんな人に食べてもらって、自信を持って出せる
一番いいポン酢ができるまでに、2年もかかりました。
前段階の開発も含めれば、5年もかかりましたよ」
と話す表情が、なんと生き生きしたことか。
無添加で材料は地元産。
そんな材料で造った商品なら、息子が一生口にしていても大丈夫。
郁史さんが、ずっと「いい商品」の判断基準としてきた息子、
弱冠24歳の浩平さんが、2015年1月に森田醤油に戻ってきました。
「もともと将来は食品に関わることをやりたいと思っていたんです。
中学時代に食品添加物についての本を読み 、
食品とは何だろう? 安全とは何だろう? と考え、
将来は無添加の食品製造をしたい。そう思うようになりました。
そのときはこの蔵に戻ってくるとは思っていませんでしたが、
大学生のときに、展示会を手伝った際、その現場がまさにうちの蔵だと知り、
いつかは戻ってうちのお醤油造りをしようと決めました。
大学卒業後、食品宅配事業の会社に勤めながら
さまざまな生産者やメーカーの方々とお話していくなかで
父からたくさん学べるうちに戻ろうと思いました」
と、話す浩平さんの言葉は力強い。
「息子にはね、醤油屋の息子だからという理由なら勤め人になったほうがいい。
うちで働くと3倍働いてやっと給料が勤め人と同じ。
でもね、楽しさは3倍以上だと、随分前に言ったんですよ」
と、にやりと浩平さんに目をやると、
「いつの間にか洗脳されていたのかもしれませんね。でも、結果オーライですね」
と、浩平さんは苦笑い。
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その息子の帰りを予測してか、郁史さんは平成21年に工場を増設しました。
その中には木桶がずらりと並び、地元の材料が大量にストックされています。
「今後はここに製造現場を移す予定です。まだまだやりますよ!」
と話す郁史さんも、父の背中を見る浩平さんも誇らしげ。
家に帰って、ポン酢と醤油を使って驚きました。おいしい!
使うたびに、我が家の食卓は、そのおいしさに盛り上がりました。
私自身、ポン酢はいろいろ買ったりつくったりして試していますが、
こんなに柑橘の本来の味わいが豊かで、
料理の味の輪郭を引き立ててくれるポン酢は初めてです。
醤油も、炒め物や揚げ物、焼き魚や肉にかけると、
香り高く豊かな味わいに仕上げてくれます。
なんと芯の強さとしなやかさを感じる醤油でしょう。
無添加を後押しした存在の浩平さんが、運命か否か、
目指すべきことに合致していると郁史さんのもとに戻ってきたのは最近のこと。
「その栓は開けとかんと!」
「あ、ごめんなさい。ここはどうすればいいのですか?」
と、醤油造り自体もまだまだこれから。
そしてきっといいものを目指すからこそ、想いがぶつかり合うこともあるでしょう。
始まったばかりの二人三脚に期待が膨らみます。
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