岩見沢の山間部にある美流渡(みると)地区には、
そこかしこに空き家が点在し放置されたままとなっている。
人口減少による空き家増加は、各地で問題になっており、この地区も例外ではない。
こうしたなかで、7月30日に〈美流渡ビンテージ古家巡り〉というイベントが行われた。
この地域はもともと炭鉱街として活気づき、
全盛期には人口が1万人以上になったというが、現在住むのは450人足らず。
日増しに高齢化も進んでおり、人口流出はいまなお続いている。
ひとつ、またひとつと家の灯りが消えていくことは寂しさを感じさせるが、
「空き家となった建物を地域の資源と捉え活用することはできないか」
そんな思いを抱く人たちが、いま美流渡で活動を始めている。
この地域の空き家対策と地域活性を目指すNPO〈M38〉を設立した
代表の菅原新(連載10回)さんらと、美流渡を中心として
活動する地域おこし推進員(協力隊)の吉崎祐季(連載16回)さんだ。
昨年より本格的に実態調査を始めており、
今回のイベントは、この地区の空き家の現状を
まずはみなさんに見てもらう機会をつくろうと企画されたものだ。
午前中は菅原さんと吉崎さんが案内役となり空き家を実際に巡り、
午後はほかの地域の空き家活用の事例を見ながら、
その可能性について考えることとなった。

〈美流渡ビンテージ古家巡り〉ツアーの始まり。まずは吉崎さんお手製のマップが配られ、約1時間30分ほどで美流渡地区を一周することに。

案内役のひとりとなった吉崎祐季さん。インテリアデザイナーとして活動をしつつ、1年前から岩見沢の地域おこし推進員となった。
最初に訪ねたのは、昭和30年代に建てられた〈旧美流渡洋裁学院〉だ。
炭鉱街の面影を伝える主要な建物のなかで唯一残っているもので、
当時、ここで女学生たちが洋裁を学んでいたという。
木造3階建てで、カフェなどにしたらおしゃれな場所になりそうだが、
窓ガラスが壊れ、床板が抜けている部分も多く、
もし使うとなればかなりの手直しが必要そうだ。
「全体を修繕するとなると相当な費用がかかると思いますが、
まず一部分だけに手を入れて使っていくなど方法を考えたいと思っています」
と菅原さんは語っていた。

旧美流渡洋裁学院の建物。玄関があるのは2階部分。奥側を見ると3階建てになっている。

内部には洋裁学院の名残を感じさせる足踏みミシンが置かれていた。
次に向かったのは、青いトタンの屋根が印象的な個人宅。
その風情あるたたずまいに、吉崎さんがひと目で気に入ったという建物だ。
持ち主は年内に取り壊したいという意向があるようで、
「解体しないで残す道を探りたい」と吉崎さんは考えているという。

マンサード屋根と鮮やかな青いトタンが特徴的。屋根が途中で折れ曲がっているマンサード屋根は、積もった雪を落としやすくし、また天井部分に空間が取れることもあり北海道の納屋などでよく見かける構造。築80年ほどで、その後増築を繰り返したようで、構造的にもおもしろい。
その後、一本道を歩きながら、菅原さんは参加者に語りかけた。
「ここは美流渡の一番の繁華街だった場所です。
料亭や飲み屋が両脇にずらりと並び、パチンコ屋までありました。
炭鉱の仕事は1日3交替制で24時間フル稼働していたため、食堂などはほぼ終日営業。
いまは想像するしかありませんが、眠らないまちだったんです」
そして交差点のところまで来ると、菅原さんは山のほうを指差した。
この山は炭鉱ではおなじみのズリ山だ。
ズリ山とは石炭の採掘のときに出た捨石の集積場のことで、
小さな山のようになっているものだ。
「昭和45年に炭鉱が閉山して、ズリ山はそのまま放置されていました。
それがいまでは森になっているんです。植樹などをしたわけではなく、
何も手を入れていないのにもかかわらず、木が生い茂るようになった。
北海道には有名な原生林がありますが、そうしたところとは
まったく違う自然の有り様がここにあるんです」と菅原さんは語っていた。

炭鉱が稼働していたとき、ここが美流渡のメインストリートだった。

両脇には空き家が点在している。炭鉱の労働者たちが人づてに貸したり借りたりした建物もあり、所有者がわからないものも多いという。美流渡は北海道有数の豪雪地帯。放置された空き家は、雪の重みで屋根が壊れるケースがあとを絶たない。

道の向こうに、こんもりと見えるのがズリ山。炭鉱の閉山から45年以上が経過し、木々で覆われた森となった。
その後、炭住(炭鉱の労働者が住んでいた炭鉱住宅のこと)のひとつを訪ねた。
中に入ってみると、家財道具がそのまま残されている状態だった。
こうした状態を参加者に見せるべきかどうか、菅原さんと吉崎さんは迷ったそうだが、
この地域の空き家の現状を知ってほしいという想いから、公開に踏み切ったという。
「空き家のなかにある家財道具をどうするかは課題のひとつです。
不動産屋が扱っている物件とは違って、
まず荷物を整理しなければ、住める状態にはなりません」
全部で5軒の空き家を巡り、午前中のツアーは終了。
午後は、吉崎さんがこの春訪ねた福岡での
空き家の活用方法についての報告会が開催された。

空き家となった炭住。美流渡には炭住がいくつか残されており、木造の長屋形式のものが多い。

高台にある空き家。このエリアは炭鉱の管理職クラスの人たちが住んでいたそうで、建物のつくりも立派なものが多い。