上美流渡の森で制作する木工作家
この連載も今回で99回目。スタートして約4年が過ぎた。
編集者として20年ほど“文章”というものに関わってきたが、
実は執筆にはずっと苦手意識を持っており、
月に2回の更新はもがきつつ苦しみつつということも多かった。
けれど幸いなことに、書くネタに困ったことはなかった。
わたしが住む岩見沢の美流渡(みると)をはじめとする山あいの地域は、
人口は700人にも満たないが、個性あふれる人々が多いし、
毎月何かしらのイベントも開催されており、
これらすべてを紹介できないもどかしさを
いつも感じているような状態だった(200回までネタには困らなそう)。
そんな状態の中で、以前からずっと紹介したいと思っていたのは
木工作家の五十嵐茂さんだ。
3年前から地域PR活動として〈みる・とーぶ〉という展覧会を
札幌などで開催しており、その参加者のひとりではあったが、
彼のこれまでの歩みについて腰を据えて聞く機会はなかった。
そろそろ秋の気配が感じられるようになった9月、
わたしは上美流渡にある五十嵐さんのアトリエを訪ねて、本当に驚いた。
これまでさまざまな移住者を紹介してきたが、
これほどまでに波乱万丈な人生があっただろうかと言いたくなるような、
強い衝撃を受けたのだった。

五十嵐茂さんと妻の恵美子さん。後ろの小屋は恵美子さんが続けている機織りの制作小屋。
北海道と東京・青梅にアトリエがあり、行き来をしながら
木工作品の制作を行う五十嵐さんの第一印象は、寡黙で控えめ。
長年にわたり黙々と木工作品をつくってきた人物だと想像していたのだが、
それは私の思い込みだった。
取材で訪ねて最初に彼がしてくれた話は、
2014年にサンタクロースの格好をして舞踏をするという、
短編映画の主演を務めたことについてだった。
「ラッシュアワーの時間に西荻窪の駅前ロータリーで踊りました。
暗黒舞踏を踊るのはこのときが初めてだったけど、監督に
このままやっていけば1年でプロになれるって言われましたね(笑)」

アーティストがJR西荻窪駅付近に滞在し、このまちを舞台に作品を制作、発表するプロジェクト「西荻レヂデンス」の企画によって制作された短編映画。小鷹拓郎監督による『西荻サンタクロース』は、まちにサンタクロースが実在するという設定で、五十嵐さん扮する白塗りのサンタクロースが登場し、骨のようなプレゼントを行き交う人に配布した。
また、国立奥多摩美術館というインディペンデントなアートスポットで行われた、
路上生活者によるダンスグループ〈新人Hソケリッサ!〉のトークイベントで
司会をしたこともあるのだという。
イベントをきっかけに路上生活者のみなさんと意気投合し、
青梅の自宅に彼らを泊めた日のことを、懐かしそうに語ってくれた。
「ホームレスになったとき、最初の晩が一番辛いんだって。
線路に飛び込むか、段ボールを敷いて寝るか、そのどちらかだと誰もが考えるそうです」
こんなふうに、五十嵐さんの口からは、
わたしの想像がすぐには及ばないような話が次々と飛び出していった。

舞踏の演技の様子を手振り身振りで説明してくれた。
































































































