連載
posted:2019.9.18 from:熊本県球磨郡五木村 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Yoko Yamauchi
山内陽子
やまうち・ようこ●企画と文章。熊本生まれ、熊本育ち、ちょっと放浪、熊本在住。地元を中心に、広告・広報の企画を手がけています。おいしいものが大好きで、お米、お水、お魚、お野菜、いろんなおいしいものにあふれている熊本から離れられません。
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撮影:山口亜希子(Y/STUDIO)
熊本県の南部に位置する球磨郡五木村(いつきむら)。
村の面積はおよそ250平方キロと広大だが、
村全体が九州山地にあたり、そのほとんどが山林。
そこに1000人の村人が暮らしている。
熊本県の市町村の中でも、人口が一番少ない村だ。
日本一の清流ともいわれる川辺川(かわべがわ)が地域の中心に流れ、
広大な村の中にあるわずかな平野部に、集落がぽつん、ぽつんと点在している。
夏には涼を求め、秋が深まると美しい紅葉を目的に、五木村には多くの観光客が集まる。
川辺川にかかる小八重橋では、高さ66メートルの橋の上から
バンジージャンプを楽しめる。
オープニングセレモニーで、熊本県のキャラクター「くまモン」が
バンジージャンプにチャレンジしたことでも話題になった。
ハイシーズンの休日には多くの人で賑わう村だが、
その日常はとてものどかで、静かな時間が流れている。
65歳以上の高齢者が、村民の50%近く。
そんな人口1000人の村、五木村で、
20代・30代の若者たちが地域づくりの会社を立ち上げた。
今回は、五木村で設立された〈株式会社日添(ひぞえ)〉の活動を通して、
これからの地域づくりのあり方について見ていきたい。
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株式会社日添を立ち上げたのは、新潟市出身の日野正基さんと
地元五木村で生まれ育った土屋望生さんのご夫婦。
「五木村の人のために、何かしたい」
大学4年生のときに、ふと胸にふつふつと湧き上がってきた
望生さんの思いがきっかけだった。
「昔から五木村は好きでしたが、何かをしたいとは思っていませんでした。
大学在学中にあらためて、五木村の人が何でもできること、
五木村は何もないようで、何でもある場所であることに気づきました。
五木村では、みんなの娘や妹として地域の人たちに育てられてきたので、
地域のために働きたい、役に立ちたい、と。
ただ学生で社会を知らない私が五木村に帰ってもダメ。
知識や経験を積んだうえで帰りたい、と強く思いました」と、当時を振り返る望生さん。
そのとき、熊本県内のメディア関係の会社からほぼ内定をもらっていた望生さんは、
「背中を押す意味で私をクビにしてください」と社長に直談判し、
修業先としてNPO法人〈ETIC.〉に就職。
100以上の地域と関わり、プロジェクト設計から人材のマッチングなど、
地域活性事業の事務局として3年半取り組んだ。
その修業中の3年の間に出会ったのが、新潟県長岡市で
中山間地域の活性化のために、インターンシップ事業、メディア開発、
起業支援、集落の計画づくりに携わっていた日野さんだ。
「大学在学中に中越地震の復興支援に関わったことがきかっけで、
中山間地域の地域づくりに携わってきました。
そのなかで感じていたのは、田舎にはおもしろい人たちがいる、ということ。
新潟での活動を通じて得たものをベースに、
地域づくりにもっと関わっていきたい、と思っていました」と語る日野さん。
地域づくりを、コーディネーターの立場で見てきた望生さんと、
地元で地域づくりのノウハウを蓄積してきた日野さん。
ふたりの歩いてきた道のりの先につながっていったのが、
五木村での地域づくり会社の起業だった。
目標として掲げたのは、1000人の村人の日常を“ちょっと幸せ”にすること。
九州山岳地域の一部である五木村の主な産業は、林業である。
家のまわりの自家菜園で野菜をつくっている家庭は多いが、田んぼや畑が少なく、
日用品を手に入れたくても、近隣のスーパーでも車で数十分かかる。
生活するうえではとても不便だ。
「五木村の人たちは、何もないからこそ、不便だからこそ、
どうにかする生活の術を身につけている」
その言葉どおり、地域の資源に目を向けたときに、
五木村の人たちが持っているポテンシャルの高さに気づいたという。
プロではないが、大工仕事がプロ並みのおじいちゃん。
頼まれたら水道の修理までできちゃうおじさん。
ミツバチの行動はすべてお見通しの、蜂蜜づくりの名人。
料理が上手で、おしゃべりもおもしろい近所のおばちゃん。
食べるものはほとんど自分たちでつくってしまう集落の人々。
地元で育った望生さんにとってはあたりまえだったことも、
外に出たからこそ、それが村の資源だと気づくことができた。
結婚をきっかけに五木村に移住してきた日野さんにとっては、
掘れば掘るほど出てくる宝の山だった。
「海岸沿いで育った自分にとって、海のない、見渡す限り山だらけの
この村に初めて足を踏み入れたとき、驚くことだらけでした。
まず最初に驚いたのは、村民が話している内容が
ほとんど理解できなかったことです(笑)。いまは、だいたいのニュアンスで
コミュニケーションできるようになりましたけど。
そして、川辺川の美しさ。村の自然、そして住んでいる人たちが持っている
生きるための技術や持っている趣味を発信することで、それが評価されたり、
ちょっとしたおこづかいになる、そんな村にできないか。
そうすることで、村民の日常が、ちょっとでも幸せにならないか。
その発想が、日添設立につながっています」と、日野さん。
内(地元出身)から見た、地域の資源。
外(移住者)からの発想で生かす、地域の資源。
このふたつの目線、視点で取り組んでいく事業に、
地域活性化への、小さいけれどしっかりと未来を照らす光が感じられた。
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地域づくり会社としての日添設立は、2018年10月。
社名とした「日添(ひぞえ)」は、
望生さんが生まれ育った五木村の集落の名前に由来する。
文字どおり、日を添える地域を意味する日添。
周りを里山で囲まれた日添集落は、日が当たらない陰の場所。
その隣の集落には、日がさんさんと降り注ぐ、日当(ひあて)集落がある。
村民の持つ資源に光を当て、自らは陰となって支えていく、
という思いが込められている。
現在、“1000人の幸せ”の目標のもと、1000人の村人の幸せにつながるような
さまざまな事業が進んでいる。そのうちのひとつが、蜂蜜の小商いだ。
五木村では、丸太をくり抜いてつくられる「はちうと」と呼ばれる
蜂箱(ミツバチの巣箱になるもの)で蜂蜜を採取している。
野生の日本ミツバチの蜂蜜は、独特のすっきりとした甘みがあり、
市場に出ると一升瓶で2万円から3万円の値段で売られるものがあるほど
希少価値がある。
しかも、「はちうと」を置く場所によって
ミツバチが集めてくる花の蜜の種類が異なるので、その味わいも変わってくる。
近所にミツバチの通り道を見つけ、タイミングを見計らって、
絶妙な場所にこのはちうとを設置する。
名人ともなると、ミツバチの引っ越し時期を事前に察知したり、
ミツバチを誘うために蝋をはちうとに塗ったり、細かいテクニックが冴えてくるという。
このはちうとのオーナー制度を始める準備をしている。
名人の手によって五木村に設置されたはちうとのオーナーになれば、
採取された蜂蜜が届けられる、という仕組み。
はちうとの設置が3月頃になるため、それまでに詳細を詰めているところだ。
全国からはちうとのオーナーを募り、
「マイはちうと」を見てもらうための見学ツアーや収穫体験ツアーを開くなど、
直接地域と交流してもらう取り組みにつなげていくという。
「地域に活力を与えるのは、私たちのような若者といわれますが、
私はむしろ、地域のおっちゃんやおばちゃん、高齢者に可能性を感じています。
生きる力、能力、技術など、できることが多く、学ぶことだらけです。
いままであたりまえに日常で行ってきたことを、
ちょっとしたお金を生む取り組みに変換していくことで、
村の人のちょっとした幸せにつながっていけば」
そう“五木村のみんなの妹”、望生さんは語る。
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日添の活動拠点となっているのが、2019年4月にオープンした〈CAFEみなもと〉だ。
もともと食堂だった古民家を改装して、地域の人はもちろん、観光客など
村外から訪れた人がゆっくりと“長居できる”カフェとしてオープンした。
改装の設計図こそプロに依頼したものの、
取り壊しから、建築資材を集めて内装を仕上げるところまで、
村民の協力を募り、インターンシップの学生や地域内外の協力者の力を借り、
手づくりで仕上げたという。
まさに、カフェオープンも地域資源をフル活用で実現させていた。
カフェの厨房で料理をつくるのは、五木村出身の木下保成さん。
周りからは“やっくん”の愛称で慕われている管理栄養士だ。
やっくんも望生さんと同じく、高校卒業後は村外に出ていたUターン組。
福岡で飲食店勤務、保育園の栄養士として勤めていた経験を生かし、
いつかは村に帰りたいと思っていたそうだ。
「五木村といえば、そば・うどんというイメージが強いですが、
地元である五木村の素材を使って、食の幅、選択肢を広げていくような
メニューをつくっていきたいと思っていました。
なので、地元の狩猟肉(鹿肉)を使ったカレーやハンバーグ、
特産品の原木しいたけを贅沢に使ったしいたけのボロネーゼなど、
五木村の素材をいろんな人に楽しんでもらえるようなメニューを出しています。
今後は村の食育に関する取り組みなどにもチャレンジしていきたい」
屈託のない笑顔で、そう語ってくれた。
CAFEみなもとは、日添の活動拠点であり、
食事や休憩などカフェとしての機能だけでなく、
地域の人たちが買い物に立ち寄ったり、お裾分けの野菜を持ってきてくれたり、
学生のインターンシップの受け入れの場となったり、いろいろな役割を担っている。
店内には、日野さんと望生さんのネットワークを通じて集めた
全国のおいしいもののセレクトコーナーが設けられている。
そのコーナーの近くには、村の人たちが買い物ができるように日用品売り場もある。
この日用品コーナーは、インターンシップの大学生たちが五木村の家庭を回り、
どんな日用品があったらうれしいか、
アンケート調査を行ったうえで品物が選ばれている。
6月には、通常のカフェ営業に加えて、五木村にある婦人会
「茶話菓子会(さわがしかい)」のメンバーが一日店長となり、
郷土料理や家庭料理をふるまう「さわがしランチデー」が開催された。
第2弾は10月頃に開催予定だ。
そのほかにも村民が料理や手仕事を披露する「みなもと市」なども開催している。
観光客が訪れるおしゃれなカフェであり、村の人が集まれる寄り合い所でもある。
なかなか手に入れることができない全国のおいしい加工品と一緒に、
小麦粉や油、洗剤などの日用品が置いてある。
ひとつの空間の中に、混沌としたいろいろな役割や機能が盛り込まれていることで、
さまざまな人たちが行き交う交流拠点としての場が、ここで少しずつ育っていく。
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CAFEみなもと
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