連載
posted:2019.9.20 from:長野県下水内郡栄村 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Akira Ikeda
池田彰
いけだ・あきら●編集者。兵庫県生まれ。小学校6年生の各学期を名古屋、杉並、小金井と過ごし、旅の喜怒哀楽にちょっと目覚める。人生で、寝たことのない県は滋賀と岡山なので、まずは琵琶湖の湖畔で夕陽と朝日を見る旅に憧れます。
credit
撮影:宮川ヨシヒロ、久高良治(小滝集落、空撮)
長野県を流れる千曲川が、その名を信濃川に改める
新潟県との県境に位置する長野県栄村。
その中で千曲川のほとりにあるわずか13戸の集落が、
開墾から300年を超える小滝(こたき)集落です。
まもなく秋の実りに恵まれる田畑に、子どもたちの声が響いたのは、今年6月のこと。
子どもを連れて訪れた親たちにお願いされたルールはたったひとつだけ。
それは「どれだけ騒いでも、子どもたちを叱らないでくださいね」でした。
2011年の震災を乗り越え
「美しく恵深い里山をさらに300年後まで残したい」
と取り組んでいる集落の人々と、
2日間を過ごした27名の親子が見つけたものとは?
2019年6月の土曜日、銀座の子ども服の老舗〈ギンザのサヱグサ〉が主催する
里山ツアー「SATOYAMA Wonderland Tour」に参加した13組の家族が
小滝に集まってきました。
初めて参加する親子連れ、おばあちゃんとのふたり旅の子どももいれば、
参加は5回目という女の子もいて、その顔ぶれはさまざまです。
ここ長野県栄村小滝は、ブナ林に囲まれ、清らかな雪解け水が注ぐ千曲川に沿った
河岸段丘の小さな棚田と、日本の原風景が残る美しい小さな集落です。
ですが東日本大震災翌日に発生した長野北部地震の震源地として、
家屋は全壊3棟、半壊7棟、そして田んぼの7割も被害を受け、
作付けができなくなるなど、2011年には深刻な集落の存続危機を迎えました。
けれどもボランティアの力を借り田んぼを復活させ、
収穫量の少なさから幻の米と言われた〈小滝米〉の栽培を再開します。
また住民たち自らも「集落外の方と交流を持つこと」を柱に
全戸が出資して〈合同会社小滝プラス〉を設立するなど、
「この地で300年続いてきた想いや営みを、さらに300年後に引き継ぐ」
という夢とロマンを実現するために、日々の暮らしを営んでいます。
そんな小滝地区で行われる親子のための里山体験も、今年で4年目になります。
公民館2階に参加者とスタッフが全員集合し、初夏の里山散策、
そして田植えを体験する2日間のプログラムが始まります。
「東京では、子どもたちを叱っている風景をよく目にしますよね。でも」
という不思議な挨拶に続いて伝えられたのが、
「ここではどれだけ騒いでも、子どもたちを叱らないでください」
という小滝ならではのルールでした。
東京から遠く離れた小滝の時間には、里山ならではのさまざまな体験が待っています。
新しく楽しい体験ほど、子どもたちはにぎやかになるものです。
全員で子どもたちの安全を見守り、親子一緒に少しでも多く
楽しい里山の記憶を持ち帰ってほしいという小滝のみなさんとサヱグサの願いなのです。
恒例の参加者、スタッフ全員の自己紹介を終えて、
さあ最初のプログラム「植樹」に向かいます。
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未来の小滝を花いっぱいの集落にしようと、
今年始まった新しいプログラムがヤマツツジの植樹です。
長野県林業総合センター指導部の小山泰弘さんの指導を受けて
さっそく子どもたちはクワを手にします。
「それぞれの植物には好きな環境があってね、ヤマツツジは林の下の斜面が好き。
ここは雪も多いから斜面だと成長が楽なんだよね」
なるほどですが、慣れないクワを斜面で扱うのは、大人でも大変。
親子一緒にクワを手にして頑張りました。
「もうひとつ、できるだけ過酷な環境に植えてあげることが大切です。
この苗木は、今日まで植木屋さんで大切に育てられてきたでしょう。
でもこれからはしっかりと根を張って、水も自分で探さなければいけない。
冬は雪にも埋もれます。だから『明日からはここでひとりきりで生きるんだよ』と
苗木にしっかり言い聞かせながら植えてくださいね」
植物のお話というよりもまるで子育てへの教えのようです。
「将来の背比べが楽しみ」
「場所覚えておかないと」と、にぎやかに15本の植樹は無事終了し、
再来年の春には、朱色の花で麓から続く小滝の入口を飾ってくれるはずです。
植樹を終えると里山散策の始まりです。
まず向かったのはビオトープ。
そこは「コロロ、コロロ……」と鳴き声の響くカエルたちの住まい。
虫かごや水槽を用意してきた虫好きの子どもたちにとっては、本領発揮の時間です。
昆虫採集に夢中になる子どもたち、いや親子たちにスタッフが
「田んぼのほうに降りていけば、もっとたくさんいるよ。ホウネンエビもふ化してるよ」
「ホウネンエビ? ふ化?」と驚く声に、スタッフから
「ホウネンエビはきれいな水の田んぼに住んでる2センチぐらいのエビの仲間だね。
ほらそこにいるよ」
確かに田んぼのあちらこちらにたくさんの足を持つ奇妙な生き物が集まっています。
そんな昆虫好きにはたまらない小滝の田んぼですが、あぜ道はまるでお花畑です。
シロツメクサの花かんむり、クローバーのブーケ、色とりどりの花束。
参加者同士でつくり方を教え合い
「初めてつくった!」と喜ぶ親子もいれば
「その花、どこにあった?」と情報交換して、次々と花束をつくって
スタッフにプレゼントする子どももいて、楽しいお散歩が続きます。
この日はまさに晴天でした。
水を張ったばかりの田んぼの水面はまるで鏡のよう。
そこに映る青空、雲、信州の山並みの美しいこと。
日本の里山の魅力を親子で満喫できる道草だらけの散策となりました。
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散歩を終えて、公民館に戻ると、そこに敷かれたシートの上で、
何か作業が始まっていました。
「夕飯の準備だよ! 手伝ってね」
今夜の食事は、参加者全員が楽しみにしている
栄村で生まれた食材を中心に振る舞われるBBQです。
シートの上に置かれているのは、山から刈り取ったばかりの
千島笹の若竹「根曲がり竹」です。
細い小ぶりのタケノコには、灰汁がなく、そのままでも、軽く炙っても、
シャキシャキの食感がおいしさを際立たせます。
その下ごしらえに、植樹や散策の出来事をおしゃべりしながら全員で取り組みます。
いつの間にか小滝のみなさんも姿を見せ、
テーブルには集落のお母さん手づくりの山菜料理が並びます。
BBQコンロの炭が赤くなると肉の焼ける芳ばしい香りがあたりに漂い、
「いただきます!」の合図で子どもたちの食欲が爆発します。
大人にはビールも振る舞われ、晴天に恵まれ楽しかった1日の記憶と
明日の田植えへの期待でおしゃべりも弾みます。
参加者にはリピーターも多く、親同士、子ども同士が久しぶりに会えた
“小滝での友だち”との再会をのんびりと喜ぶひとときなのです。
食事を終えた子どもたちは、マシュマロを焼いたり、
花火に歓声をあげたりとにぎやかに楽しみ、
大人たちは星空の下でグラスを手に、小滝のみなさんが語る
この里山での暮らしの魅力にのんびり耳を傾けていました。
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実はここの棚田でつくれるお米は、ひと味もふた味も違います。
とてもおいしいのです。まずはそのお話を少しだけ。
小滝集落は毎年3メートルの雪が積もる、まさしく雪国です。
けれどもその気候、深い雪が育む豊かな土壌、
ミネラル豊富な水源と、300年前に先人が山中に苦労の末つくり上げた水路と、
まさに「気候、土、水」に恵まれた土地なのです。
ここで育つコシヒカリ〈小滝米〉は、上品な甘みと程良いもち感があり、
炊きたてはもちろん冷めてもおいしい!
そのおいしさには定評がありましたが、ほとんどが地元で消費されるので
「知る人ぞ知る」お米だったのです。
そんな「幻の米」が育つ田んぼに、今年も子どもたちが集まってきました。
集落のみなさんも総出でお手伝いに来てくれます。
水が張られ、苗を植えていく目安になる筋引きも終わった田んぼを前にした参加者に
「田植えはチームプレーです。そのためにまず覚えてほしいのが
“苗取り”と“苗投げ”です」と声がかかります。
まずは田んぼの横に置かれた苗床に集まり、苗をまとめてワラで縛って束にする
「苗取り」を教わります。
「親指を伸ばして。ワラを挟んで。親指の上でグルグルまいて。
あ、結んじゃだめだよ」
「そのままでは解けにくいけど、引っ張ればスルリと抜けるでしょう」
「これぐらいでいいですか?」と集落の方を先生にして苗取りは進みます。
「あ~、こんなにひとつの作業に集中できるなんて、久しぶりだね」
と、大人は真剣かつ笑顔なのですが、子どもたちには苗取りはちょっと退屈?
苗取りではなく、カエル取りに励む姿があちこちで見られました。
苗の束がたくさんできあがり、苗取り作業は終了。
「さあ、苗投げするよ」
田植えをする途中で苗を補給できるよう、田んぼのあちらこちらに
できあがった苗の束を投げ込んでおき、いよいよ田植えが始まります。
裸足になり、苗の束を手に恐る恐る田んぼの泥に足を踏み入れる親子も多いのですが、
なかには泥に足を取られることもなく次々と苗を植えていく子どもたちいます。
そんな子は「苗は3本か4本がちょうどいいよ」と初参加の子どもにアドバイス。
時が経つに連れ、そんな親子が入り乱れて田植えする様子は、教えてもらった
「横一線に並んでペースを合わせてチームプレーで植えてください」
とは正反対の有様です。
例えるならば……自分も田んぼの中に立っていると想像してください。
そして大勢の老若男女が笑う声のバックコーラスに
「ママ」「来て!」「見て!」「ケロちゃん」「さわりたい」「痛い」「どうして」
「昔は」「田んぼ」「ばらまき」「これ全部」「ここ!」「なに?」「パパ」
「珍しいね」「また今度」「いい?」「投げて!」「のど乾いた」「4匹」「早く」
「終わった」「違う」「いっぱい」「大丈夫!」「泥だんご」「また入るの」「どこ?」
これらの言葉が同時に聞こえてくる、といったら近いかもしれません。
そんなにぎやかな田んぼで過ごした3時間は、
どの顔を見ても、とびきりの笑顔が輝いていました。
「今回の田んぼの仕上がりって、過去一番芸術的ですね」
との声に、あらためて田植えの終わった水面を眺めてみました。
なるほど小さな手と大きな手で植えられた苗たちは、
右に左に美しい(?)曲線を描いて、その水面には
小滝の青空がキラキラと輝いていました。
この田んぼで、小滝のほかの田んぼに負けないおいしいお米が育つはずです。
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田んぼ横の水路で泥を落とし、あぜ道での全員での記念撮影を終えて
公民館に戻ってくると、そこには
「田植えのときはね、忙しいから女性たちが総出で握るおにぎりがご馳走なんです」
と、集落のお母さんたちが愛情込めてぎゅっと握ってくれた
小滝米のおにぎりと豚汁、旬のアスパラガスとワラビが待っていました。
子どもたちは、大人の拳よりも大きく握られたおにぎりを
大きな朴の木の葉をお皿にしてペロリと。なんとおかわりする強者も現れて、
それを見た参加者や集落のお母さんから「よく働いたからね」と歓声があがります。
お母さんたちだけでなく、今回のプログラムの植樹、お散歩、BBQ、田植えに、
たとえ初参加であろうと、毎回参加していようと、
楽しい思い出をつくれるように準備していただき、いまではすっかり仲良くなった
まさゆきさん、としゆきさん、たけおさん、けんごさん、つよしさんだけでなく、
集落のみなさんが集り、参加者と一緒に思い思いの場所でご馳走をいただきます。
そうそう、子どもたちが小滝を好きな理由がもうひとつありました。
小滝の住民の姓はほとんどが「中沢さん」か「樋口さん」なので、
住民たちは、お互いに屋号で呼び合うのが習わしです。
その屋号がすてきなんです。
「大工どん」「おけや」「たんすや」、そして「上り」もあれば「下り」もあります。
集落を歩くとそれぞれの家の軒先には、
桜の一枚板に書かれた屋号がぶら下がっていますが、
子どもたちはその看板を見ながら散歩するのが大好きです。
つよしさんの本職はダンプカーの運転手さん。
田植えでも、天秤棒にカゴをぶら下げて、みんなでつくった苗の束を
どんどんと運んでくれる力持ちは子どもたちの人気者、小滝のスーパーマンなのです。
おいしい小滝米のおにぎりでお腹を満たす頃には、
お迎えのバスが到着し、終わりの会が始まります。
「今日、みなさんが植えてくれたので、小滝の田植えは今年も無事に終わりました。
これからは私たちで、毎日稲と話をしながら、大切に育てていきます。
9月の稲刈りでの再会を楽しみにしていますよ」
すっかり集落に溶け込んだ子どもたちにとって、
お別れをする相手は「中沢さん」や「樋口さん」ではなく、
力持ちでやさしい「つよしさん」であり、軒先にぶら下がった看板で覚えた
「大工どんのまさゆきさん」や「たんすやのけんごさん」です。
そしてここ小滝の里山で知り合った友だちともお別れの時間です。
「また稲刈りでね」
「楽しかったね」
そんなおしゃべりのなかで、ひとり泣き出した女の子がいました。
どうやらお昼ごはんの間にお母さんのためにとつくり上げた花束を、
どこかに置き忘れてしまった様子です。涙が止まりません。
「大丈夫。ちゃんともらったよ。ここにね」とお母さんは自分の胸を軽く叩いて、
手をつないでバスに向かって歩き始めます。ふたりにゆっくり笑顔が戻ってきました。
斜面を踏ん張ってヤマツツジを植え、
カエルやホウネンエビを追いかけ、
花束やブーケをつくって道草を楽しみ、
集落のみなさんと一緒の田植えでお尻を泥だらけにした2日間は
まさに笑いあり、涙ありでした。
いつまでも消えることのない花束を見つけた親子のように、
子どもたち、そして大人たちが、小滝の自然とそこに住む人々から、
たくさんの輝きをその胸に収めて持って帰ったはずです。
また「この地で300年続いてきた想いや営みを300年後に引き継ぐ」
という夢とロマンを持つ小滝の人々にとっても、
子どもたちが集落に残していった笑い声が、未来への扉を開く大きな力になるはず。
9月には、稲刈りでの集落のみなさん、友だちとの再会が待っています。
その様子はまた次回に。
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1869年(明治2年)に創業され、150年の歴史を重ねてきた
子ども服の老舗〈ギンザのサヱグサ〉。
創業時から大切にしてきた「子ども」というキーワードを
今日では「未来への希望」と捉え直し、子どもたちが本物の体験ができ、
感性の翼を広げることのできる場所づくりにも取り組んでいます。
その事業の一環として、サヱグサが小滝集落と出会ったのが2014年のことでした。
そのきっかけをつくってくれたのが、今回のプログラムで
植樹の先生となった小山さんだったと、サヱグサの三枝亮さん。
「自然体験の場所をいろいろと探していたなかで、
長野県庁に電話したら偶然小山さんにつながり、小滝の存在を教えていただきました。
初めてうかがった際に、麓からの道の突き当りにあり、ほどよい大きさだし、
坂の下に千曲川が流れて、棚田があって、裏山があって、
小滝は子どもたちがにぎやかに集落の中で遊ぶイメージが
しっかりと浮かんだ唯一の場所でした」
さっそくキャンププログラム「GREEN MAGIC」を開催し、
小滝近くのキャンプ場を利用して自然体験を始めただけでなく、
個人的にも月に1、2回は小滝に通うことで
集落のみなさんとの結びつきも深まるなかで、
震災からの復興に悩む小滝の姿を知るようになったそうです。
「小滝のみなさんの誇りはやはり小滝米です。
その米づくりを柱にして、おいしいお米を広く世の中に送り出して
集落の復興を進めていこうと決意していたのですが、
なにぶん送り出すルートづくりに困っていました。
そこからこんな発想が生まれたのです。
サヱグサには良いものを送り出すノウハウがあります。
食べ物のブランドではないけれど、お米をつくる人たちと組むことによって、
おいしさという価値を世の中に届けることができ、
また子どもたちが小滝に米づくりに通うことで、
里山の未来につながっていくものが生まれるのではないかと思いました」
2016年に開始した親子で田植え、稲刈り体験をする里山プログラムを、
今回からは米づくりだけでなく、より小滝の自然と人々とのふれあいや
里山ツーリズムを実現できるようにと
「SATOYAMA Wonderland Tour」として再スタートし、
今回初めて取り組んだヤマツツジの植樹も、500本を目標にして、
近い将来、初夏に小滝を訪れた人が、ヤマツツジが咲き誇る里山の風景を
楽しめるようにと継続していく計画だといいます。
「小滝の300年後を支えるために小滝米のプロデュースにも本格的に取り組みを始め、
2015年には社内に米事業の担当部署を設置して、
小滝集落で収穫したコシヒカリ、小滝米だけをパッケージした
〈コタキホワイト〉の販売を行っています。取り扱い量は年々増え、
昨年は自家消費分を除く全量を買い取るまでとなりました。
これからも集落の暮らしや財産を守りながら、一緒に
『美しい里山を300年後に引き継ぐ』という夢を実現できればいいと思っています」
9月には「SATOYAMA Wonderland Tour」で、
稲刈りを楽しむ子どもたちの笑い声が小滝の里山にまた響きます。
その報告もお楽しみに。
小滝村の美しい映像はこちら。
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KOTAKI WHITE
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