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〈宗像日本酒プロジェクト〉
自然栽培米の山田錦で
酒を醸し、環境を保つ

Local Action
vol.152

posted:2019.10.10   from:福岡県宗像市  genre:食・グルメ / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer

Yuichiro Yamada

山田祐一郎

やまだ・ゆういちろう●福岡県出身、宗像市在住。日本で唯一(※本人調べ)のヌードル(麺)ライターとして活動中。麺の専門書、新聞などで麺に関する記事・コラムを執筆する。著書に「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡」。http://ii-kiji.com/ を連載中。

2008年、自然栽培をスタートした〈農業福島園〉

福岡県宗像市内にある福島さんの田んぼ。ここで自然栽培の酒米・山田錦が栽培されている。写真は田植え時の様子。

福岡県宗像市内にある福島さんの田んぼ。ここで自然栽培の酒米・山田錦が栽培されている。写真は田植え時の様子。

本格的な夏が到来する直前の6月中旬。僕は田んぼにいた。
目の前には、背丈の低い苗が整然と並び、遠くのほうは霞む。
日差しは強く、とはいえ時折、吹き抜ける風のおかげで汗ばむほどではない。
視界いっぱいに広がる小さな、小さな苗が天に向かって背を伸ばそうとしている様子に、
なんともいえない力をもらった。

写真は8月下旬の田んぼ。すっかり緑が濃くなっていた。いよいよ収穫が近づいている。

写真は8月下旬の田んぼ。すっかり緑が濃くなっていた。いよいよ収穫が近づいている。

ここは福岡県のなかでも、北部福岡の中心都市・北九州市と、
福岡の中心地・福岡市とのほぼ中間に位置する宗像市。
近年では宗像エリアの「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が
世界遺産に登録されたことで話題を集めた。

この地で、今、注目されているのが「宗像日本酒プロジェクト」であり、
プロジェクト名がそのまま銘柄となった純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉だ。
これから紹介するのはこの宗像の酒米から生まれた日本酒の誕生ストーリーだが、
実は酒づくりの前に、米づくりにおける物語があった。

酒米・山田錦の苗。「山田錦は粒が大きく、選別に特殊な網が必要。そのため、現在はそのような負担がない寿司専用米『笑みの絆』を、第2弾プロジェクトとして栽培しています」と福島さん。

酒米・山田錦の苗。「山田錦は粒が大きく、選別に特殊な網が必要。そのため、現在はそのような負担がない寿司専用米『笑みの絆』を、第2弾プロジェクトとして栽培しています」と福島さん。

冒頭で紹介したのは酒米と呼ばれる酒造用に植えられた山田錦の苗である。
この苗を育てているのが〈農業福島園〉の福島光志さん。
この福島さんこそ、「宗像日本酒プロジェクト」の発起人だ。

笑顔がさわやかな福島さん。事務所の一角で自社栽培の食材を販売している。

笑顔がさわやかな福島さん。事務所の一角で自社栽培の食材を販売している。

農業を営んでいた祖父母の影響で農業に興味を持った福島さんは、
現在の九州東海大学(以下、東海大)の農学部へ進学。
この大学での学びが、今日の福島さんの土台となった。

昨今、農業の従事者が年々、高齢化し、
跡を継ぐ人がいないという状況が全国的に問題となっている。
福島さんは東海大で過ごすなかで、先進的な農学の見地に触れてきた。
これからの農業の未来に何が必要なのか。
持続可能な農業、そして環境保全といった観点から農業を考えるようになった。

「今、僕が取り組んでいるのが、農薬や化学肥料を使わないことを前提とした農業です。
この宗像日本酒プロジェクトの根底にあるのも、無農薬、無肥料による米づくり。
この取り組みは環境保全にもつながっています」

写真中央、やや右あたりに写っているのが通称・ジャンボタニシ。水中の植物を食べるため一般的には害虫とされているが、福島さんはこれをうまく雑草駆除に活用している。

写真中央、やや右あたりに写っているのが通称・ジャンボタニシ。水中の植物を食べるため一般的には害虫とされているが、福島さんはこれをうまく雑草駆除に活用している。

2008年に東海大を卒業した福島さんは、22歳で祖父母の後 を継ぎ、農業に従事した。そして翌年、無農薬・無肥料栽培=自然栽培による米づくりを開始。

「本当は2008年の時点で自然栽培に取り組みたかったんですが、
大学卒業後の4月からでは、準備が間に合わなかったんです。
だから本当の意味での 僕の1年目は2009年。不安はありませんでした」

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お酒をつくりたくてもツテがなかった。

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自然栽培は環境保全につながる

こうしてスタートした農薬・化学肥料不使用の米づくりに、
福島さんは初年度から手応えを感じた。

「 祖父とは真逆のやり方ですから、最初のうちは喧嘩も多かったですね。
ただ、しっかりと結果を出していくことで、僕がやろうとしていることも、
段々と理解してもらえるようになりました。
もちろん、まだまだ僕自身、勉強中ではありますが」という福島さん。

そして芽生えたのが、「自然栽培での稲作は決して難しいことではない。
それを一般の人々、そして自分の周りにいる農家の方々に
もっと、もっと知ってほしい」という思いだった。

毎日の田んぼのチェックは欠かせない。降水量が極端に少ない、もしくは多いと死活問題。そんなときにはさらに頻繁に田んぼに足を運ぶそうだ。

毎日の田んぼのチェックは欠かせない。降水量が極端に少ない、もしくは多いと死活問題。そんなときにはさらに頻繁に田んぼに足を運ぶそうだ。

「自然栽培の米づくりが広がれば、安心、安全なお米が世の中に増え、
多くの人々に食べてもらえます。
そして、そのような田んぼでは微生物が増え、
生態系が豊かになるというメリットもあります。
この田んぼを水が通ることで、まず川がきれいに。
引いては海の環境回復へとつながっていくのではないかと思っています。
だからこそ、本気で取り組みたいんです」

とはいえ、福島さんひとりが農薬・化学肥料不使用の米づくりに取り組んでも限界がある。

「周りの農家さんに真似してほしいと願うものの、自分では売り切れないため、
やはり現状維持になってしまうんです」

そんな折、自然栽培による日本酒を飲む機会を得た福島さんは、その味に感動した。

「こんなお酒になる山田錦を自分もつくってみたいと思ったんです。
そして山田錦をグループでつくれるようになれば売り先が確保でき、
やってみようと考える農家さんが現れるんじゃないか」

目の前がパッと晴れた福島さんだったが、肝心の酒蔵のツテがない。
頭を悩ませていた福島さんに酒づくりのきっかけを与えてくれたのが、
お酒を愛してやまない知人だった。

「自然栽培の米を酒にしてみたらどうだろうと、
実際に酒販店へ話を持っていってくれたんです。本当にありがたいことですよね」

その知人も参加した山田錦の田植えの様子。「酒づくり3年目の今年からこうした米づくりの過程も見学してもらおうという話になりました。参加者にはとても喜んでもらえましたよ」と福島さん。

その知人も参加した山田錦の田植えの様子。「酒づくり3年目の今年からこうした米づくりの過程も見学してもらおうという話になりました。参加者にはとても喜んでもらえましたよ」と福島さん。

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出荷するお米に厳しい条件を突きつけられた!

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山の壽酒造と本気でぶつかり合う酒づくり

この知人からのバトンを受け取ったのが、
福岡の酒好きから圧倒的な支持を得ている人気酒販店〈とどろき酒店〉であり、
そのとどろき酒店から酒づくりを引き受けてもらえないかと打診されたのが、
1818年の創業以来、200年以上にわたって福岡県・久留米で酒づくりに向き合ってきた
酒蔵〈山の壽(ことぶき)酒造〉だった。

福岡県久留米市の西部に蔵を構える山の壽酒造。おいしい以上の「すごくおいしい」を目指し、チームワークで酒づくりに臨んでいる。

福岡県久留米市の西部に蔵を構える山の壽酒造。おいしい以上の「すごくおいしい」を目指し、チームワークで酒づくりに臨んでいる。

2017年に7代目・山口伊平さんの次女として生まれた片山郁代さんが8代目を襲名。
これを機に、杜氏を中心としたピラミッド型の体制から、
片山さんを軸としながらも蔵人ひとりひとりの個性を生かし、
チームワークを重視したフラットな体制による酒づくりに切り替わった。
2019年度の全国新酒鑑評会において〈純米大吟醸 山田錦 38〉が金賞受賞酒に輝くなど、
今、全国から熱い視線が注がれている酒蔵だ。

取材後、蔵を案内してくれた気さくな斉田さん。

取材後、蔵を案内してくれた気さくな斉田さん。

同社で広報を担当する斉田匡章さんは福島さんとの出会いをこう振り返る。

「福島さん自身、とても熱い人物ですし、その志にも共感できました。
このプロジェクトにも二つ返事 で快諾したかったのですが、
ひとつだけネックがありました。酒米の価格です。
私たちが取り扱っている酒米よりも高めに設定されていたため、
こちらもそれ相応の覚悟を持って、酒づくりに臨まなければならない状況でした。
流通に乗せて販売させなければならないため、
デザインは当社の方針に添っていただくことを大前提として、
ひとつ、こちらから条件を提示させてもらったんです」

酒づくりの1シーン。写真は蒸した山田錦の粗熱をとり、室(むろ)に引き込んでいる様子。

酒づくりの1シーン。写真は蒸した山田錦の粗熱をとり、室(むろ)に引き込んでいる様子。

その条件は「一等米以上しか受け入れない」という
酒米そのものの品質における線引きだった。

斉田さんは「私たちが酒づくりに用いるお米は
一等米から三等米までが『純米酒』などを謳える特定名称酒の基準となりますので、
まずこれをクリアする酒米であることが絶対条件でした」と言う。

福島さんも「一等米と三等米では買い取ってもらう価格もとても大きく変わってきます。
自然栽培に挑むにあたり、
私たちは一般的に流通している米より価格も高めに設定していました。
つまり、価格に釣り合う品質を死守してくださいね、ということなんです」と振り返る。

ただ、それは簡単なことではなかった。
「宗像での山田錦の栽培自体が近年ないうえに、
農協の方に聞いても自然栽培による山田錦の一等米は記憶にないという話でした」
という福島さん。

それでも福島さんはこの条件を受け入れ、
プロジェクトの初年度にあたる2017年から見事、すべて一等米を納品する。

斉田さんは「私たちは最高の酒をつくりたい。だからこそ、素材には妥協したくない。
とてもシンプルな考えなんです。
クオリティが伴っていれば価格においても納得できますからね。
福島さんの本気を見せてもらいました。
あとは私たちが全力を尽くすだけです」と言葉に力を込めた。

室に引き込んだ酒米を規定の温度まで下げた後、均一に広げて種麹を振っている様子。

室に引き込んだ酒米を規定の温度まで下げた後、均一に広げて種麹を振っている様子。

宗像日本酒プロジェクトにおける指針も、その輪郭をなしていく。

「つくるからには長く、
多くの方に愛していただけるような1本 に仕上げたいと考えました。
精米歩合は65%に。40%以下の大吟醸といった高級酒ではなく、
普段の食卓にさりげなく置かれるような、価格は極力抑えながらもおいしい、
そんな日常使いの純米酒を目指しました。
山の壽として意識しているのが“良い時間”です。
お酒を醸して終わりではなく、
そのお酒を介して良い時間が生まれることまでイメージし、
酒づくりに向き合っています。
宗像日本酒プロジェクトにおいてもその方針にブレはありません」

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さて、はじめての日本酒の味は?

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3年目の酒づくりに向けて米農家が必要だ

2017年収穫の山田錦を使った初年度の酒づくりは、早々に蔵元完売という大反響。
飲んだ人々からの賞賛の声も多く、
続く2年目においても、全量を山田錦の一等米 でまかない、酒づくりが進められた。

「初年度からこちらの想像を超えるおいしさに仕上がり、社員一同、驚きました。
何しろ、自然栽培による山田錦での酒づくりは弊社としても初の試みでしたから」
と斉田さんは目尻を下げて回想する。
2年目にはさらに味わいが進化し、いよいよ3年目の酒づくりのための準備が始まった。

初年度、2年目には、純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉はそれぞれ1樽分(一升瓶で1000本分)が醸されていた。3年目の本年度は過去2年の好評を受けて、その倍の2樽分に。「ゆくゆくは10樽分まで増やしたい」と斉田さんは意気込み十分。

初年度、2年目には、純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉はそれぞれ1樽分(一升瓶で1000本分)が醸されていた。3年目の本年度は過去2年の好評を受けて、その倍の2樽分に。「ゆくゆくは10樽分まで増やしたい」と斉田さんは意気込み十分。

斉田さんは「ありがたいことに毎年、売り切れる人気商品になりました。
ただ、定番酒を目指している私たちにとって、売り切れは避けたいところです。
今年は昨年度の倍の量を仕込む予定になっています。
ゆくゆくは自然栽培の山田錦による大吟醸といったように、
広がりが生まれればうれしい ですね」と今後の展望を語ってくれた。

時にはイベント時に直接、お酒を販売することもあるという斉田さん。ソムリエのように的確に味を表現してくれるため、ついついお酒が進みすぎるお客さんが続出。

時にはイベント時に直接、お酒を販売することもあるという斉田さん。ソムリエのように的確に味を表現してくれるため、ついついお酒が進みすぎるお客さんが続出。

この言葉を受け、「そのためにはさらに協力者が必要ですね」という福島さん。
この宗像日本酒プロジェクトに賛同し、
自然栽培の山田錦を育てる仲間も徐々に現れているが、まだまだ十分ではない。

福島さんは「周りの農家の方々が動くには売れることが一番響きます。
買ってもらえない、せっかく育てても儲からない。
これでは、それぞれの生活を捨ててまで自然栽培の米づくりに移行できません。
そのことは僕にも理解できます。
だからこそ、おいしい酒が今後も生まれ続け、販売してくれる酒販店、
心待ちにして飲んでくれるファンが増えることで、
比例して宗像日本酒プロジェクトの製造量が増加し、
最終的に農家の賛同者が後に続いてくれればと思っています」と熱い思いを口にした。

そして、福島さんはこうも続ける。
「この取り組みが成功したら、どんどん真似されてほしいんです。
同じように全国に、自然栽培の米づくりによる酒づくりに取り組む人々が増えれば、
より大きな環境保全になりますから」

ボトルデザインのフックになっているアルファベットは、原生種の蘭を取り扱う「PLACERWORKSHOP」のオーナーであり、グラフィティアーティストでもある内田洋一朗さんが手がけた。

ボトルデザインのフックになっているアルファベットは、原生種の蘭を取り扱う「PLACERWORKSHOP」のオーナーであり、グラフィティアーティストでもある内田洋一朗さんが手がけた。

この秋、収穫された酒米を用いた3回目の宗像日本酒プロジェクトは
翌年の1月から2月にかけて醸造される。
そして、私たちが実際に飲めるのはその後、来春となる見通しだ。

純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉の販売店についてはとどろき酒店のほか、
現在は関東にも広がりを見せている。
一部の販売店ではまだ昨年度の宗像日本酒プロジェクトが若干、残っているようなので、
気になる方、本年度の完成が待ちきれないという方は、ぜひ問い合わせを。

information

map

宗像日本酒プロジェクト

https://www.facebook.com/munakatanihonsyuproject/

農業福島園(自然栽培について)

住所:福岡県宗像市光岡408-1

TEL:0940-36-1958

Web:https://100sho.net/

山の壽酒造株式会社(酒づくり・販売について)


住所:福岡県久留米市北野町乙丸一・二合併番地

TEL:0942-78-3025


Web:http://yamanokotobuki.com/

純米酒〈宗像日本酒プロジェクト〉取り扱い店(順不同):

【福岡県】


とどろき酒店(福岡市博多区) 許山酒販(古賀市)
 備前福岡屋カネヒコ酒店(福岡市南区)
 ほしくま酒店(福岡市城南区) こば酒店(福岡市中央区) など


【関東地方】

いまでや(千葉市、東京都・銀座、東京都墨田区) 酒舗まさるや(東京都町田市) 大阪屋沼利二商店(東京都武蔵野市) など

※取り扱い店の詳細は「山の壽酒造」に問い合わせください

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