連載
posted:2019.7.23 from:富山県下新川郡朝日町 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Masayoshi Sakamoto
坂本正敬
さかもと・まさよし●翻訳家/ライター。1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の紙媒体、WEB媒体の記事を日本語と英語で執筆する。海外プレスツアー参加・取材実績多数。主な訳書に『クールジャパン一般常識』(クールジャパン講師会)。大手出版社の媒体内で月間MVP賞を9回受賞する。
photographer pforile
Yoshiyasu Shiba
柴佳安
しば・よしやす●富山生れ富山育ち。高校生の頃に報道写真やグラビアに魅せられ、写真を独学で始める。富山を拠点に、人をテーマとした写真を各種の媒体で撮影。〈yslab(ワイズラボ)〉 主宰。
「消滅するかもしれない最果てのまちにある製材屋に、何を取材しに来たの?」と、
地元出身の人に驚かれた。富山県の東端に位置する朝日町の〈尾山製材〉で行われた
〈倉庫参観日〉で、偶然隣り合わせた参加者に言われた言葉だ。
地元に関係がある人だけに自虐的な笑顔で語っていたが、
富山県民にとってさえ「辺境の地」で、
地元の県立高校も近く廃校になる朝日町の状況を考えると、一理ある指摘とも言える。
左が尾山製材の尾山嘉彦さん、右がプロダクトデザイナーの山﨑義樹さん。
尾山製材の3代目社長、尾山嘉彦さんは、
その朝日町で富山の森が抱える問題に一石を投じようと奮闘している。
尾山さんが、富山在住のプロダクトデザイナーである山﨑義樹さんと立ち上げたブランド
〈RetRe(リツリ)〉と原木解体ショーが行われた倉庫参観日の取り組みを、
今回は紹介したい。
尾山製材の工場。一般の人に向けて倉庫参観日が定期的に開催される。
「カシノナガキクイムシ」を知っているだろうか。5ミリほどの虫で、羽を持ち、
大勢で飛来してはフェロモンの導きによって健康なナラの木に集中攻撃をしかける。
成虫は喰い荒らした穴に卵を産み付け、卵からふ化した幼虫とともに幹の内部で越冬する。
その不吉な害虫の大群は初夏になると木の外に出て、
風に乗れば1キロ以上という飛行能力を生かし、「行軍」していく。
森林組合に貯木された虫喰いナラの山。(撮影:山﨑義樹[Designノyamazakiyoshiki])
地元紙によれば、2009年をピークに富山のナラもカシノナガキクイムシに襲われた。
被害が最もひどかった時期に、尾山さんは富山県の砺波にある森林組合の工場で、
虫喰いのナラが大量に貯木され、おがくずとして処理されている光景を目の当たりにした。
虫に喰われたナラは、商品にならないためつぶされるしかない。
その状況を何とかしたいと、尾山さんは山﨑さんとともに、
虫喰い材を利用したプロダクトのブランドRetReを立ち上げた。
虫喰い材は材木屋の目で見ると売り物にならないため、
本来であれば誰も手を出さないという。
どうして尾山さんはそのような木に手を出したのだろうか。
「ナラは堅くてポテンシャルも高いですし、もともと県産材を使って、
先例のない何かに取り組んでみたいという気持ちがありました。
今まで県産材はスギしかないと思っていましたが、
スギでは先行してやっていらっしゃる人がたくさんいます。
会社には製材機も、乾燥機もあって、環境が整っていましたし」
そこで、誰も踏み出していないナラの虫喰い材を使った商品づくりがスタートしたという。
当初の周りからの反応は冷ややかだった。
デザイナーの山﨑さんも、
「尾山さんはドМですし、尾山製材はドМメーカーなんです」と笑う。
尾山さんと出会う前に、山﨑さん自身も虫喰いナラを使った製品を
手がけた経験があるという。その山﨑さんから見ても、
わざわざ虫喰い材を使ったビジネスなど、
普通に考えたらメーカーとしてリスクが高いと語る。
墨流しの模様が出た虫喰いのナラ。(撮影:山﨑義樹[Designノyamazakiyoshiki])
それでも材料提供(OEM)というカタチで虫喰いナラを使ったiPhoneケースを販売したり、
フローリング材を自社商品として売り出したりと、県産の虫喰いナラの製品化に向けて、
道なき道を尾山さんは歩み始めた。
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RetReの〈虫喰いの花器(筒)〉。(撮影:山﨑義樹[Designノyamazakiyoshiki])
生活道具を虫喰いのナラでつくるRetReは、どのような背景で生まれたのだろうか。
富山県総合デザインセンターの仲介で尾山さんと知り合い、
プロダクト開発の話を持ちかけられた山﨑さんに、当時を振り返ってもらった。
「木の道具は、生活のなかにすでにたくさん存在しています。
そこに虫喰いナラを使った道具を普通に提案しても、
ただ素材の入れ替えが起きるだけだと思いました。
ですから、物として実用性はあるのだけれど、使っていないときは、
それ自体が木目を楽しめるインテリアになるような製品をつくろうと思いました」
RetReの〈虫喰いの鍋敷き(ブロック)〉。ひもを絞りブロックをまとめて壁に掛ければ、木目の美しいインテリアになる。(筆者撮影)
「例えばRetReのラインナップには掛け時計があります。
虫喰いナラ特有の黒い筋が入った模様を全面に出していますし、文字盤もつけていません。
時計としては正直、見づらいですが、単に時間を把握するための道具ではなく、
木の表情を楽しめるプロダクトになるようにデザインしました」
時計を手に取ってみると、フェイスには刃物跡も意図的に残されているとわかる。
表情に深みを出すためだ。ほかの製品、例えば〈虫喰いのカトラリーレスト〉も鍋敷きも、
使っていないときはつなげたりまとめたりして、
インテリアとして木目を楽しめるような工夫が施されている。
倉庫参観日のメインイベント「原木解体ショー」で公開された製材の様子。(筆者撮影)
バックヤードにあった商品も、どれひとつとして模様が同じではなかった。
虫が喰い荒らした痕跡があり、場合によっては各種の菌の影響で生まれる
墨を流したような杢(模様)も出ている。
仕入れの段階で、貯木された原木の取り出しやすい範囲内から、
尾山さんはおもしろい表情が出そうな木を見逃さないよう意図的に選んでいるという。
そのため、これだけ多種多様な個性が楽しめるのだ。
虫喰い材の表情を眺めるたびに、「こういう風に生きたんだ、こいつ」と、
山﨑さんも感じるという。
尾山製材の倉庫に保管された材木を見る参加者。(筆者撮影)
思えば筆者が今執筆で向き合っている自宅の机も、天板から脚に至るまで木の製品だ。
コーヒーが飲みたいと思えば、木製のフローリングを踏みしめてキッチンまで移動する。
夜になれば仕事机のテーブルランプをともすが、そのシェードも木製だ。
どれもこれももともとは森に生えていた木でできている。
しかし工業製品のように均一化された材木の家具からでは、
木が森で風雨や害虫のリスクにさらされてきた歴史を、ほとんど感じられない。
一方でRetReの製品からは、木の生きた痕跡や、森の気配が感じられる。
足を止め、心を落ち着かせてプロダクトの表情に向き合うと、
大げさではなく、製品の背後に森の気配が立ち上がってくるのだ。
当たり前の話だが、木のプロダクトは森に生えた木でできている。
RetReの製品は静かに、しかし命の厳粛さをもってそれを教えてくれる。
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RetReの〈虫喰いの鍋敷き(チェック)〉。(筆者撮影)
RetReの製品に対しては当初、経済的ではない価格に不満の声もあったという。
例えば虫喰いの鍋敷き(チェック)は7200円、〈虫喰いの花器(ボビン)〉は12500円だ。
法外に高いとは言えないが、高いという意見に敏感に反応していた時期もあると、
尾山さんは正直に語る。
「ただ2、3年前くらいから、高いという声はあまり聞こえなくなってきました。
自分自身が聞こえないように、シャットアウトしているだけかもしれませんが」
RetReのブランド力が時間とともに少しずつ高まり、
認知する人の数も増えていくに従って、
この値段でも欲しいと当たり前に考える人との出会いが増えてきたのだろうか。
倉庫参観日でRetReの商品を興味深そうに眺める参加者たち。(筆者撮影)
尾山製材が一般の人にも木に親しんでもらおうと
定期的に自社の製材工場で開催している倉庫参観日でも、
展示されたRetReの製品に参加者が群がり、
気持ちよく買い物をしていく人の姿も現に見かけた。
デザイナーの山﨑さんも「最初は僕も値段についての声を聞いていました」と
当時を振り返る。
「でも、高いと言う人は、高いと思った感想を素直に口にしてくださっているだけで、
何千円かその人のために安くしたところで、買ってくれるかといえばまた話は違います。
むしろ問題は製品を提供するわれわれの側にあって、
1万円の製品を1万円で売る努力をしていないのだと気づきました」
倉庫参観日の参加者にフリップを使って解説する尾山さん。(筆者撮影)
「値段を抑えるために、プロダクトづくりに携わってくれる木工作家さんに
“安くつくって“とは絶対に言いたくありません。
そもそもRetReは
つくり手に利益が還元されない環境を変えようと始めたプロダクトだからです。
その価格でも納得していただける製品をつくらなければいけないと思って
新商品をデザインし、ブランドを育ててきました」
何度か触れた倉庫参観日も、その「努力」の一環だ。
ある参観日では、〈D&DEPARTMENT〉の富山店と協力して、製材所の仕事紹介、
材木の解説、RetReの話、原木解体ショー、倉庫での材木販売が行われた。
製材で余った木片を使った燻製料理と、木の香りを移して味わうお酒、
さらには地元のお店〈ハーブと喫茶 HYGGE〉、〈ナチュラルスイーツぽんぽん〉、
近隣のシェアカフェで飲食店を運営する〈くりこども飯店〉の料理もふるまわれていた。
原木で香りをつけたお酒を説明する尾山さん。右はイベントを共催したD&DEPARTMENT TOYAMAの店長・進藤仁美さん。(筆者撮影)
定員は10名で、瞬く間に満席になったという。
製材所の駐車場には飛騨、川崎、諏訪、金沢などのナンバーが集まっていた。
もちろん、富山県内からの参加者も少なくない。
集いの最後に参加者が感想を順番に求められる機会もあった。
臆(おく)さずに自分の意見を語る参加者の姿が、とても印象的だった。
普段から木について、森について考えているみなさんの問題意識の高さが伝わってくる、
すてきな時間だった。
原木で香りづけをしたお酒。(筆者撮影)
ただ、こうしたイベントに関しては「継続が目的になってはいけない」と山﨑さんは語る。
「人を呼んで何をしたいのか、呼んだ人に何を知ってもらいたいのかを大事にしたいです。
当然、ひとつのゴールとして木を買ってもらいたいという思いがあります。
しかし、木を買ってもらうためには、
虫喰いナラとはどういった木なのかを知ってもらう必要があります。
イベントに参加した人が、そのとき木を買ってくれなくても、
家を建てたり、誰かに何かをあげるタイミングで思い出してもらえるような
働きかけが大切なのだと思います」
こうした情報発信が「種まき」となると、山﨑さんは考える。
その種がいつか芽を出し力強い成長を生んでくれればと、
尾山さんも山﨑さんも願っているのだ。
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尾山製材の倉庫で一般の参加者に売られている材木。(筆者撮影)
「種まき」は翌日、いきなり芽を出した。尾山さんと山﨑さんに話を聞いた次の日、
筆者は別件の取材で木彫刻の有名なまちに出かけていた。
取材場所にうつわがいくつか飾られており、そのひとつに墨流し杢(模様)が見て取れた。
「これ、スポルテッドウッド(墨流し杢が出た木)ですか?」と
さっそく仕入れた知識を披露したくなった。
スポルテッドウッドとは、木の内部を腐敗させようと活動した菌の痕跡が、
墨を流したように表れている木をいう。
模様(菌の活動の痕跡)が出やすい樹種があり、
虫喰いナラもそのひとつだと倉庫参観日で習った。
倉庫参観日で倉庫の材木を解説する尾山さん。(筆者撮影)
山﨑さんのいう種まきの意味に、得心がいった。
倉庫参観日で虫喰いナラの存在を知り、墨流し杢(模様)を知る。
その知識を持ち帰ってまちに繰り出せば、
本来なら素通りしていたはずの木のプロダクトの前で立ち止まる瞬間が生まれる。
その「出会い」の繰り返しで理解が深まり、種から出た芽が伸びていくのだ。
原木解体ショー直後に材木の説明をする尾山さん。(筆者撮影)
山﨑さんはデザイナーらしく、ビジョナリーな人だ。
一方で尾山製材の3代目社長の尾山さんは、社長というより山の労働者、
あるいは最前線に立ち、背中で兵士を鼓舞する野戦隊長といった雰囲気がある。
この先のRetReの展開も、山﨑さんが尾山さんにビジョンを示し、
尾山さんが決断と行動を繰り返していく。
人の暮らしを幸せにする手段として山﨑さんはデザインの仕事を考え、
尾山さんは森に関わる人たちが当たり前に暮らしていけるように木々の健全な循環を願う。
そのふたりがまいてきた種が今、各地で芽吹き始めている。
あわせてRetReのブランドが大きく育っていけば、
全国で木材の自給率が最も低いという富山県の森にも、
ゆるやかだが明るい変化が確かに見えてくるに違いない。
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尾山製材
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