連載
posted:2019.8.28 from:北海道夕張郡長沼町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
自分たちの手で、わが子や自分が“学ぶ場”をつくれたら楽しいんじゃないだろうか。
人口400人に満たない岩見沢市の美流渡(みると)地区に移住してから、
私はこう考えるようになった。
この考えが芽生えたのは、過疎地に住んでみて、
歩いて通える児童館がないことや習い事の選択肢が少ないことが挙げられる。
しかも今春には息子が通っていた小学校が閉校となり、
当たり前にあると思っていたものがなくなるという現実に直面し、
学校についてあらためて見直す機会を得たことも理由のひとつ
(現在、子どもはスクールバスでもう少し大きな小学校に通っている)。
そして、「ないなら自分たちでつくってみよう」という気持ちが自然にわきあがって、
ワークショップを開催したり、旧校舎の活用方法を模索したりと、
さまざまなプロジェクトが生まれていった。
自分がこうした活動するようになって、
ほかの地域ではどんな動きがあるのかに関心を持つようになった。
道内でも、さまざまな学びの場をつくる動きが展開されているのだが、
なかでも注目しているのは〈北海道に自由な小学校をつくる会〉の活動だ。
「森のようちえん」やフリースクールよりも、学校法人の認可を受ける小学校設立は
かなりハードルが高いのではないかと考えてしまうが、
個人の想いが集まれば設立も夢ではない、
そんな勇気をこの会の活動は与えてくれている。
わたしが小学校をつくる会の活動を知ったのは、昨年5月のこと。
札幌で開催された説明会に参加したのがきっかけだ。
以来、何度か説明会に参加し、その様子は以前もリポートしたが、
いま、さらなる展開が起こっているので、今回それについて紹介したい。
会の母体は、1980年代から活動し、現在認定NPO法人となった
〈北海道自由が丘学園・ともに人間教育をすすめる会〉。
新しい教育提案とその実現を目指そうとする組織で、
このNPOに関わる細田孝哉さんと吉野正敏さんが、
既存の公教育とは異なる価値観を持つ小学校をつくりたいという活動を長年続けてきた。
これまで活動は思うように広まらなかったが、
吉野さんが運営を手がけるフリースクールでボランティアを行い、
学校教育に以前から興味を持っていた綿谷千春さんが、
昨年、小学校づくりのメンバーに参加。
彼女がSNSで説明会開催を呼びかけたことで、学校教員や子を持つ親など、
さまざまな立場の人が、この活動を知ることとなった。
説明会で語られたことのひとつは、どんな学校をつくりたいのか。
和歌山にある〈きのくに子どもの村学園〉をモデルにしており、テストや宿題、
学年の壁もなく、子どもが主体的に学べる場をつくっていきたいと語られた。
また、懸案事項として挙げられたのが設立場所で、
旧校舎などの利用を検討中とのことだった。
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最初の説明会では具体的な動きはこれからというところだったが、
説明会を繰り返すことで人とのつながりが生まれ、
今年の5月には活動が新たな局面に入った。
念願だった設立予定地が決定することとなったのだ。
場所は札幌から約1時間の長沼町にある北長沼小学校。
2020年に統廃合される予定のここを町から借り受ける協定が結ばれた。
きっかけをつくったのは、長沼町で〈メノビレッジ〉という農園を営む
荒谷明子さんが説明会に参加したことだ。
長沼町では2020年に5校あった小学校を1校に統合する方針が出されており、
明子さんと有志のメンバーは、少人数の良さを生かした特認校として
北長沼小学校を残せないだろうかという活動をしていた。
署名活動や請願を行ったものの願いは届かなかったのだが、
明子さんは引き続き、地域の人々の交流を育むような活動を続けていたのだった。
説明会参加後、明子さんは、特認校をつくろうと一緒に活動していた仲間に声をかけ、
長沼に細田さんと吉野さんを招き、小さな説明会を開くことにした。
集まった仲間たちからは、日頃感じている学校教育に関する疑問や、
わが子がどんな場で学んでほしいかというさまざまな意見が語られた。
また、北長沼小学校を特認校化することはできなかったけれども、
自由な小学校を誘致できたら、多様な選択肢が生まれて
すばらしいのではないかという希望が口々に語られた。
この後、さまざまなやりとりを重ねるなかで、教育委員会や役場との交渉もスタート。
町民への説明会も行われ、短期間のうちに校舎の貸与交渉が成立したのだった。
「校舎が決まったことは大きかったと思います。
設立に半信半疑だったみなさんからも
『夢じゃないかもね』と言ってもらえるようになりました」(綿谷さん)
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このニュースは新聞やテレビでも報道され、
町民の関心も高まっていくなかで、8月10日、11日に
「みんなの学校をつくろう!! 学校設立予定地 長沼を楽しむ2日間」
というイベントが開催された。
1日目に行われたのは、教育に関するシンポジウムや講演会。
会場には長沼の生産者やショップの出店、
ミニコンサートや子ども向けのワークショップも開催された。
2日目には、長沼ツアーが行われ、設立予定の校舎や景勝地、
ユニークな活動をする町民などをめぐった。
わたしは1日目のイベントを訪ねてみたが、会場に入って胸が熱くなった。
昨年、説明会に参加したときも会場には40名ほどの人がつめかけ
盛況ではあったものの、今回はその何倍もの広さの会場に200名ほどの人が訪れ、
一角で子どもたちが楽しそうに遊んでいて、にぎやかさと笑顔であふれていたからだ。
そして、小学校をつくる会のメンバーもハツラツとした表情を見せていて、
10年以上前からコツコツと続けてきた活動が、
新しいステージへ進もうとしていることが実感できた。
また、会場には長沼で有機栽培の作物をつくる生産者や、
添加物を極力使わないお弁当屋さんやカレー屋さんなどのお店が並ぶ様子を見て、
わたしは長沼だからこそ、自由な小学校づくりの未来が切り拓けたのではないか
という思いを強くした。
「長沼はおもしろい地域だと思います。
持続可能な農業を目指す人々がいて、芸術家も多く住んでいます。
こうした地域の人々にも学校に参加してもらって、
長沼らしい教育の場をつくっていきたいと思います」(細田さん)
この地域には、大量生産、大量消費とは違う生き方を求める人々が集まっており、
明子さんら仲間たちが、地域独自の農業のあり方を模索したり、
地域のルーツを紐解く〈ながぬま羊まつり〉というイベントを開催したりと、
ローカルで人と人とがいかにつながっていけばいいのかを考える活動をしており、
町内には賛同者も増えていた。
こうした土地だからこそ、“自由な小学校”を望む声が高く、
長沼の仲間たちのチームワークと小学校をつくる会の想いがひとつになって、
いまこの会場で一気に花開いているようにわたしには感じられた。
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このイベントを終えての次なる目標は資金集め。
これまでの集会参加者は延べ500名。
賛同署名は3000筆となり、およそ1000万円が集まった。
しかし、2021年の開校目標までに集めたい資金は2億円。
継続的に学校を運営するために必要な額なのだという。
「自由な小学校が生まれてほしいという賛同は多いのですが、
寄付する人はまだまだ少ないのが現状です。
できるのを待っているだけでは実現しません。
ぜひ協力してもらえたらと思います」(細田さん)
8月末からは、クラウドファンディングが立ち上がる予定という。
目標は1億円(9月18日追記:5000万円目標でスタート)。
なかなか高いハードルではあるが、会のメンバーの綿谷さんは
日々淡々と、やるべきことを進めている。
「わたしには学校ができない理由が見つかりません。
ただ、目の前のことをクリアしていくだけですから。
みなさんに『大変だね』と言われますが、活動に大変さを感じたこともありません。
やりたいことをやっているというのは、こういうことなのだろうと思います」(綿谷さん)
綿谷さんは、自身が幼い頃に、威圧的に振る舞う先生の姿に
疑問を感じたことがあったという。
また、わが子が小学校に通うようになって、公教育に疑問を感じる点も多くなったそう。
そのため、日本の教育の歴史を学び、フリースクールや
学校現場でのボランティアを通じて現状を知るなかで
「公教育とは違うシステムをつくって新しい風を呼び起こしたい」と考えたそうだ。
まるで、個人個人の想いという何本もの糸が紡がれて、
1本の太いヒモになるように進んでいる自由な小学校づくり。
わたしも記事を書くという自分の専門分野を生かして、
この学校づくりに想いを寄せていきたいと考えている。
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