連載
posted:2019.8.27 from:神奈川県鎌倉市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
Photographer Profile
Yumi Saito
斉藤有美
さいとう・ゆみ●神奈川県出身。谷内俊文に師事した後、フリーランスフォトグラファーとして活動中。雑誌、Web、書籍などで生活の風景や食べ物、旅、人物を中心に日々写真撮影を行う。年に2、3回移動式記念写真館〈PHOTO CARNIVAL〉を出店して4年目となる。
http://www.yumisaitophoto.com
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
個人事業主として働く人も少なくない鎌倉のまちでは、ふたりでお店を切り盛りしたり、
共に事業を営んでいる夫婦と出会う機会もしばしばある。
公私ともにパートナーの関係を築くことの楽しさや喜びがある反面、
その距離感の近さ、接している時間の長さなどから、
難しい点も多々あろうことは想像に難くないが、
東京から鎌倉に移り住んだ石川隼さんと有理子さんは、
夫婦で働くということに対して、新しい視点をもたらしてくれるような、
ユニークな働き方を昨年から続けている。
内装や家具の設計の仕事を続けてきた隼さんと、
クリエイターのマネジメント業を営んできた有理子さんは昨年、
鎌倉の海沿いのまち・材木座に、
〈STOVE〉と〈John〉という隣り合うふたつのお店を、
それぞれが別々にオープンさせたのだ。
オリジナルやヴィンテージの家具、日用雑貨などを扱うSTOVEと、
さまざまなクリエイターが展示を行うカフェ併設のギャラリーJohn。
それぞれが個人で続けてきた仕事の延長線上で店舗を持つに至ったふたりは、
現在も本職を続けながら、自らのお店に立つというワークスタイルを実践している。
ひとつの店舗を共に営むのではなく、それぞれが独立した空間を持ち、
緩やかにつながりながら、お互いに影響を与え合う。
STOVEとJohnの間には、まさに夫婦ならではの関係性が築かれているように見える。
開店からちょうど1年を迎え、地域におけるハブにもなりつつある
STOVEとJohnを営むふたりを訪ね、材木座のお店に足を運んだ。
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石川隼さん、有理子さんのふたりが鎌倉で暮らすようになったのは、
いまから7年ほど前の頃。当時のふたりはまだ結婚はしておらず、
先に鎌倉で暮らし始めたのは有理子さんのほうだったという。
「内陸の栃木出身だった私には、海があるまちへの異常な憧れがあったんです(笑)。
当時勤めていた東京の会社まで通える範囲内で、海のそばの住まいを探しているなかで、
たまたま友人も暮らしていた鎌倉に引っ越すことになりました」(有理子)
「僕も以前から、周囲に自然があって、東京からほど良い距離感がある場所で
暮らしたいという思いはありました。
実は鎌倉には子どもの頃によく遊びに来ていたのですが、
妻の家を訪ねて久々に来たときにここだと思い、
僕もすぐに引っ越すことにしたんです」(隼)
やがて有理子さんは、それまで務めていたマネジメント事務所から独立し、
東京に自らのオフィスを構えることになる。
一方の隼さんも家具関連の会社を退社し、
内装や家具の設計の仕事を個人で請け負うようになったが、
その間に温め続けてきたひとつの構想があった。
「オーダーメイドの家具の設計を本格的にやっていきたいという思いがあり、
ショールームの機能も兼ねたお店が開けないかと考えるようになったんです。
それから3年ほど鎌倉で物件を探し続け、いまの場所が見つかったんです」(隼)
ようやく見つかった物件は、もともと倉庫として使われていたこともあり、
お店を開くためには、相当手を入れる必要があったという。
「物件を借りてから、STOVEをオープンさせるまでに
結局2年半もかかってしまったのですが、その間に、偶然にも
同じ大家さんが持っていた隣の物件が空くことになったんです。
ここはもともとおでん屋さんで、改装作業を終えたあとなどに、
よく一杯飲みに来ていた場所でした(笑)」(隼)
当初、オーナーから誰か新しい借り手がいないかと相談されたそうだが、
そこで手を挙げたのが、当の本人である有理子さんだったのだ。
「電話とメールがあればどこでも仕事ができるので、東京の事務所に行かない日も多く、
鎌倉での作業場所が欲しいとちょうど考えていた頃でした。
また、事務所に所属するフォトグラファーらの作品発表の場としても使えないかと
漠然と考えたりするなかで、この場所をギャラリーにすることにしたんです」(有理子)
もともと飲食店として使われていた物件だったため、
STOVEとは対照的にほぼ手を入れる必要がなく、
結果的にふたつのお店は同時期にオープンする運びとなった。
かくして、隣り合うお店を夫婦それぞれが運営するという、
本人たちも予想していなかったユニークなチャレンジがスタートすることになったのだ。
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思わぬ偶然から生まれたJohnは、月2回ほどの企画展の開催に加え、
ある展示の企画がきっかけとなり、現在は曜日限定のカフェ営業も行うなど、
周囲の状況に身を委ねるようにして、その活動が広がっている。
一方のSTOVEは当初の構想通り、隼さんが設計した家具も一部置かれているものの、
自らがセレクトした日用雑貨や器、
さらには知人に卸してもらうことになったヴィンテージウェアまで、
家具のショールームとは言い難いほど多彩な品揃えになっている。
開店から丸1年を迎えたいまも、試行錯誤をしながら
進化を続けているふたつのお店だが、お店を持つようになったことで、
それぞれの本業にも良い影響が生まれているようだ。
「家具のショールームという当初の目論見とは異なり、
現在は小物が中心になっていますが(笑)、お店があることで、
いいものを長く使い続けてもらいたいという自分の思いや世界観が表現できるし、
それを感じてくれたお客さんから内装の仕事を依頼されたりと、
これまでにはなかったようなことが起こるようになりました」(隼)
「本業では電話やメールなどひとりで作業することが多かったので、
仕事の愚痴などが言える相手は旦那だけだったのですが(笑)、
カフェができたことで、いろいろな人たちと話せるようになりました。
また、長期的にクリエイターをサポートしていく本業に対して、
ギャラリーのほうは作家さんと対面しながら
比較的短期間でさまざまなものをつくり上げていく仕事。
仕事に新しい軸ができたことで、自分の時間こそ減りましたが、
気持ち的にはだいぶ楽になったところがあります」(有理子)
Johnで個展をした作家の作品をSTOVEで継続的に販売するなど、
ふたつのお店の間にはゆるやかなつながりが生まれているが、
両者の距離感について、ふたりはどのように考えているのだろうか。
「もともとお互いに独立して仕事をしているから、
本業に対しては強い思いを持っているし、我も強い(笑)。
それぞれが別のお店を営み、他人の領域には踏み込まないくらいの
距離感が保てているからこそ、お互いに意見を言ったり、
聞き入れたりしやすいところがあるし、隣り合っているから、
もちろん何かがあれば手助けもできるという関係性です」(有理子)
「もし仮に同じ店をやっていたら、ふたりの混ざった色になるはずですが、
現在はJohnでは妻の色が、STOVEでは僕の色が表現されていると思います。
だからこそ、同じ作家の作品を置いても、見え方が大きく変わる。
こうした相乗効果にはお店を始めてから気づきましたが、
別々に(お店を)やっていて良かったなと感じています」(隼)
お互いの個性がしっかりと表現されながら、
ほど良い距離感でつながっているふたつのお店。
これこそまさに、理想的な“大人の夫婦”の関係そのものと言えるのかもしれない。
「来てくれたお客様にはお互いのお店を紹介し合っていますが、
そうするとやはり、なぜ一緒にやらないのかと少し不思議な顔をされるんです。
でも、『近くにはいてほしいけど、同じ仕事はしたくない』ということを
それとなく言うと、特に奥様方からとても共感されるんです(笑)」(有理子)
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STOVEとJohnが隣り合うこの界隈は、観光エリアからは離れた住宅街だ。
お店を営むうえではやや不利な立地条件と言えるが、
夫婦それぞれがお店を営むというユニークなスタイルも相まって、
ふたつのお店の存在感は日増しに強まっている。
「続けていくうちに関わってくれる人たちがどんどん増え、
つながりのなかから少しずつお客様も集まってくれるようになってきました。
地元の人たちにとって、駅まで行かなくても
ここに来ればのんびり誰かと話ができたり、おもしろいものに触れられると
思ってもらえるような場所になれたらいいなと思っています」(有理子)
そう有理子さんが話すように、STOVEとJohnを訪れるお客さんには
近隣の人たちが多いが、週末などには遠方からわざわざ足を運ぶお客さんもいるそうだ。
「駅から歩いても来られる場所ですし、海に抜ける道沿いなので、
ある意味ちょうどいい場所にあるのかなと思っています。
最近はこの通りにいろいろなお店が集まりつつあるのですが、
ゆくゆくはここがものづくりのストリートになったらおもしろいですし、
そのなかでSTOVEは、何かをつくりたいと思った人たちにとって、
よろず屋的な場所になれたらと思っています」(隼)
隼さんの言葉のように、新しい飲食店やショップがオープンするなど、
かつて多くの材木商人たちで賑わったこの界隈にいま、
新たなムーブメントが生まれつつある。
「材木座に来てみて、周辺のお店の人たち同士でお互いのお客様を紹介するなど、
みんなが協力し合っている場所だと感じました。
ここに来るお客様たちも、周りのいろいろな情報を教えてくれるので、
そういうところから、また新しい展開も生まれるかもしれません。
まずはギャラリーカフェ、家具屋というそれぞれの業態を
しっかり確立することが最優先ですが、いずれはJohnやSTOVEだけではなく、
材木座に行けば何かおもしろいことがあると思って
足を運んでくれる人が増えるといいですね」(有理子)
すでに、同じ通り沿いにあるドーナツ屋さんで買ったドーナツを、
Johnに持ち込んでコーヒーと一緒に楽しめるなど、
近隣店舗が協力し、エリア全体を盛り上げていこうとする動きも見られる。
そうしたなかで、現在のSTOVEとjohnのように、ひとつの商品やサービスが、
材木座のさまざまな店舗間で共有されるような未来も想像してみたくなる。
「ゆくゆくは材木座のお店同士がリンクして、そうしたおもしろいことを
やっていけるような状況が生まれるといいなと思っています。
材木座はお店が1か所に集中するのではなく、ほどよく点在しているまちなので、
その距離感ならではのおもしろい発信ができると思いますし、
周囲との連携は強めていきたいですね」(隼)
夫婦が営むふたつのお店の緩やかなつながりがまち全体に広がっていったとき、
そこにはひとつの新しい地域モデルが生まれているのかもしれない。
information
STOVE
住所:神奈川県鎌倉市材木座1-6-24
TEL:0467-67-7612
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜
information
John
住所:神奈川県鎌倉市材木座1-6-22
TEL:080-5389-5005
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜(ギャラリー)、月~水曜、日曜不定休(カフェ)
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