連載
posted:2019.7.26 from:福岡県八女市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Hironori Nakashima
中島宏典
なかしま・ひろのり●1985年 福岡県山門郡生まれ。有明高専建築学科卒業、千葉大学大学院修了。2010年より(公財)京都市景観・まちづくりセンターにて、京町家の保全活用、地域まちづくり支援に携わり、2014年に福岡・八女にJターン。まち並み(歴史的な建物)と森(林業)に関連した活動を行う。NPO法人八女空き家再生スイッチ事務局(2014年~)、福岡の森八女の木プロジェクト(2016年~)、歴史的建築物活用ネットワーク(HARNET)事務局(2013年~)、先斗町まちづくり協議会事務局・まちづくりアドバイザー(2014年~)、京都造形芸術大学非常勤講師(2014年~)。
福岡県八女市の伝統的な大型木造建築〈旧八女郡役所〉のリノベーション。
今回は内装と外壁づくり、外構のリノベ、完成後の運営について紹介していきます。
屋根瓦の葺き替えや土壁塗り、躯体工事が完了し、続いては内装工事です。
建物南側の物販店舗〈朝日屋酒店〉と、
西側のスペース〈kitorasu〉をつくっていきます。
まず、南側店舗部分(朝日屋酒店)に着手しました。
もともとあった内装は解体して躯体だけの状態にします。
100年以上積み重ねられた埃と屋根から降りてきた瓦の残骸が1階に溜まっていて
苦しめられましたが、なんとか片づけが終わりました。
その後、自分たちでスコップと一輪車を使って、
基礎づくりのための穴掘りも行い、生コンを流入し、下地をつくりました。
床は地元産の木材として、天然乾燥の八女杉の床材(厚み3センチの荒材)を、
自分たちで張っていくことにしました。
続いて、西側のスペース、kitorasuの内装改修に入りました。
ここには絵本カフェの〈絵本や・ありが10匹。〉が入居することになりました。
もともと古いまち並みの一角で〈絵本や・ありが10匹。〉を開いていた
伊藤寛美さんに、かつて幼稚園給食をつくっていた経験を生かして
絵本カフェとして移転オープンしていただきました。
梁組を見せつつ、床や壁には杉板を張り、
部分的にボードなどの下地にペンキ塗りすることで予算を抑えました。
床を張るのに四苦八苦しましたが、張り終えたときの杉の香りと、
凛とした空間の雰囲気には感動しました。
こうして、朝日屋酒店と、〈絵本や・ありが10匹。〉の移転オープンを
無事に迎えることができました!
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今回のリノベーションでは、照明にもこだわりました。
朝日屋酒店とkitorasuの店舗や家具などで関わってもらった
〈STUDIO RAKKORA ARCHITECT〉の木村日出夫さんの紹介で、
〈BRANCH lighting design〉の中村達基さんが、
全体的な照明デザインを引き受けてくださいました。
〈大きなホール〉では、梁組の見せ方に重点を置きました。
照明実験をして、照明器具を梁上に隠して、自然な陰影をつけることになりました。
バランスの良い配置にしつつ、照明数も絞ることになりました。
ほんわりと小屋裏を照らす灯りによって、
大空間の持つ趣のある雰囲気が伝わりやすくなりました。
また夜には、ガラス窓から光が漏れて、
外から見るとあたたかい雰囲気を演出しています。
店舗部分も中村さんに照明計画をつくっていただき、
ソケット照明やペンダント照明などシンプルな照明器具を
組み合わせることになりました。
光の演出でごまかすのではなく、適切な配置と光量によって、
素材や歴史が持つ純粋な空間の良さを引き出してくれることになったと思います。
多くの方々の協力支援をいただき、なんとか大規模な応急処置の工事が終わり、
2017年5月から建物が使えるようになりました。
このように、自分たちで頭と体を動かしながら進めることで、
結果的に費用や改修規模を適切な範囲に収めたリノベを行うことができました。
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建物躯体の応急処置後に、外壁と外構の処置を行います。
伝統家屋のメンテナンスで大事なのは、何といっても雨漏り対策と風雨対策でしょう。
木部の割合が多く、水にはめっぽう弱いからです。
旧八女郡役所の外観の材料はこれまでの履歴を尊重して、2種類の木材を使用しました。
ひとつは、焼杉の壁。
その名のとおり、杉板を焼いて黒色っぽくなった材料を張る方法です。
焼杉は、特段に手を入れなくても、耐久性・耐水性抜群の材料です。
焼杉の実演講習会も行い、地元の職人さんにつくっていただいています。
もうひとつは、杉板にベンガラ柿渋塗装をする方法です。
独特の臭いが塗布後しばらくするものの、伝統的な塗装方法であり、
全国的に利用される自然塗料です。
八女には渋柿から生成する柿渋工場が残っていて、積極的に柿渋塗装をしています。
外部は雨風に当たって塗料が剥がれてくるので、
2~3年に1回は塗装していくことになります。
ですから、定期的に関心のある方々を集い、
塗装を体験していただくよう企画しています。
昨年は、ユネスコ未来遺産運動の一環で、航空会社〈ジェットスター〉の
パイロット、CA、社員さんたちに楽しく塗っていただきました!
現在、建物はNPOである〈八女空き家再生スイッチ〉が所有し、
土地は行政である八女市が所有しています。
かつての土地の所有者(個人)が寄付したいという希望があり、
2017年に八女市が土地の寄付を受け入れてくれました。
大幅なリノベをして建物を使い始めることになった私たちNPOの活動を、
行政が応援してくれることになったのです。
土地所有者となった八女市と、建物所有者である八女空き家再生スイッチが協働し、
外構全体の配置計画と排水計画、駐車場計画を調整し、
公民連携で整備を進めてきました。
外構の一部には有志で作物をつくれる畑を設けたり、
専門家のアドバイスのもと、植樹ができる空間をつくったりして、
この場所が“まちの公園”として、みなさんが心地よい時間を過ごせる場所になるよう、
少しずつ育てていけたらと考えています。
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旧八女郡役所が再オープンしてから、2年の月日が経ちました。
オープン後は、アートの展示や音楽ライブ、ポップアップショップ、
トークイベントなど、大小さまざまなイベントが行われています。
当初想定していたよりもたくさんの活用方法が生まれ、
使い手のアイデア次第で空間の可能性はどんどん広がっていくこと、
そしてこの空間の価値をあらためて実感しています。
「空間は使い倒すことが大事」ということを、
地域のみなさんやイベントに訪れてくれるお客さんたちから教わりました。
大きなホールは、誰にでも自由な発想で使っていただきたいので、
最低限のルールさえ守られれば“基本的にどんな使い方もあり!”という方針で、
関心ある方からの相談をいつでも受けつけています。
「とにかく建物を残したい!」という気持ちから、
旧八女郡役所再生プロジェクトは始まりました。
そして、20年以上にわたって眠っていたこの場所を、
無事に再起動させることができました。
当初は「無理でしょう……」という声が聞こえてきましたが、
いまではここを気に入ってくれる人が徐々に増えてきたように思います。
瞬間的な盛り上がりではなく、楽しみたい人が自発的に関わってくれて、
顔の見えるつながりが広がっていることがとてもうれしいです。
現在も、建物を使いながら修繕は続いています。
明治時代の郡役所や木蝋工場時代の遺構を尊重しながら、傷んだ土壁の修理は毎年行い、
外壁をボードで応急処置した箇所も土壁に変えていく予定です。
荒壁の上に、重ね塗りをして、防水性を高めることも少しずつ行っています。
周囲に植樹し、花壇や畑もつくり、緑あふれる
居心地のよい場所にしていきたいと考えています。
こうしてできる範囲で「直しながら使っていく」という手法をとり、
身の丈に合った運営とメンテナンスを実現させています。
建築工事は設計と工事業者さん任せではなく、
手や体を一緒に動かすワークショップなどを通じて、
改修費用を抑えることに留まらず、一般の人も関わる余白をつくっています。
それによって、この郡役所自体がおもしろい活動を
持続的に生みだすエンジンとなっていく気がしています。
かつて八女周辺では、新築工事の際は近所の方が土壁づくりを手伝っていたそうです。
今回の市民のみなさんを巻き込んだ活動は、
それを現代版にアレンジすることへのチャレンジでもあります。
潤沢な資金がなくても、本気の覚悟と工夫をもって取り組めば、
まちの核となる大型の建物を守ることができる。
そこから地域の輪が少しずつ広がっていく。
身をもってそう学び、まだまだ建物とその周り、
そしてまち並みエリアに眠った物件の活用は続きます。
全国でまだ活用方法が決まらないまま眠っている建物の再生や、
地域活動の参考になればうれしいです。
次回は、八女市と協働で進めている林業の取り組みについてお話します。
information
旧八女郡役所
住所:福岡県八女市本町2-105
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