連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
今回は、2020年春、東京・台東区に拠点がオープンするという
新しいプロジェクトについて紹介してみたい。
プロジェクト名は〈RINNE(りんね)〉。
生命が無限に転生を繰り返すという
「輪廻(りんね)」の思想が言葉の由来になっており、
モノを捨てることなくクリエイティブな価値を見出し
循環させていこうとするプロジェクトだ。
その第1弾として、不要なモノを素材にして、お酒を飲みながら
ワイワイものづくりを楽しむバーの立ち上げが計画されている。
RINNEの活動を知ったきっかけは、このプロジェクトのメンバーであり、
コミュニケーションデザイナーの山中緑さんと東京で約半年ぶりに再会したことだ。
札幌在住だった緑さんは、昨夏、娘さんとふたりでポートランドへ電撃移住。
住まいも仕事も決めずに現地に向かった彼女は、
この移住を“冒険の旅”と名づけ、さまざまな暮らしの挑戦を行っていった。
ハプニングを乗り越えつつ住まいを見つけたり、娘さんの学校を探したり。
Facebookで発信される日々の挑戦にわたしは引き込まれ、
昨冬の一時帰国のタイミングに合わせ、
わたしの住む美流渡(みると)で彼女にお話会を開いてもらったこともある。
今年の6月、たまたまわたしの上京予定と彼女の帰国のタイミングが重なって、
東京で会うことができて驚いたことがある。
たった半年のあいだに、緑さんのまわりでは、
新しいプロジェクトがたくさん始まっており、その中でも、
これから本格始動するというRINNEプロジェクトに、大きな興味を持ったのだった。
わたしが移住した岩見沢の山あいの美流渡地区は、過疎化が進み、空き家も多い。
これらの家の中には生活道具が残されていたり、
倒壊の危険のある古家はどんどん壊されているのだが、
廃材として捨ててしまうには惜しいものも多く、
なんとか活用する手段はないのだろうかと、つねづね感じており、
このプロジェクトがヒントになるのではと感じたからだ。
RINNEプロジェクトのアイデアの源泉になったのは、
ポートランドにある〈SCRAP PDX〉と〈DIY BAR〉という取り組みだ。
緑さんは、日々の暮らしのなかで、なぜポートランドが「世界の先端」と言われ、
「クリエイティブシティ(創造都市)」と言われるのか、その秘密を探っていた。
そんななかで大きな刺激を受けたものがこのふたつだったという。
SCRAP PDXは非営利の団体で、紙製品や布、文房具など、
クリエイティブな素材になりうる、ありとあらゆるモノが
集められたショップを運営している。
仕入れは売れ残りの商品や余った材料など寄付によってまかなわれていて、
ボランティアが仕分けを行っている。
緑さんの娘さんは、ここに入ったとたん「宝の山だ」と狂喜乱舞したそうで、
誰もが何かがつくりたくなってくる、
そんなワクワクした気分になれる場所なのだという。
もうひとつのDIY BARは、クラフトビールなどポートランドらしい飲み物を飲みながら、
和気あいあいとした雰囲気のなかでものづくりを楽しめる場所。
「わたしはもともとの真面目な性格と、デザイナーとしての変な意識(プライド?)で、
気持ち肩に力が入った気がしたけれど、それがだんだん、
どんどん“どうでもよくなって”いって、さまざまな手法を試したくなる!」
緑さん革小物づくりをこのバーで体験し、そんな感覚を覚えたという。
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このふたつの取り組みをミックスし、日本という場所で展開してみたい。
そう考えたのが、東京でクリエイティブに特化した
人事・採用業務の仕事を手がけている小島幸代さんだ。
緑さんとは以前からの知り合いで、小島さんもまた
緑さんの“冒険の旅”に魅せられたひとり。
そして、ポートランドで起こっているさまざまな取り組みは、
自身の仕事にも生かせるのではないかと考えて、緑さんにリサーチ業務を依頼。
それが、RINNE誕生のきっかけとなった。
小島さんの行動は早かった。
まだ移住して間もない緑さんのもとを訪ね、現地の状況を見たあと、
すぐに事業計画書を書き上げ、仲間を募ってRINNEプロジェクトを立ち上げた。
躊躇なく行動に移せた理由は、15年間続けてきた人事・採用業務で感じた
ある想いからだった。
「わたしは、デザインというフィールドで活動するクリエイティブな人と、
ビジネスのフィールドで働くエグゼクティブとの橋渡しをこれまで行ってきましたが、
正直行き詰っていました。クリエイティブとビジネスのフィールドで働く
両者の溝がなかなか埋まらなくて、そこにフラストレーションを感じていたんです」
会社の制作物や広告をつくるとき、ビジネスフィールドの人たちは
「自分はデザインのことはよくわからないから」と
クリエイティブな人たちに“外注”する意識になってしまいがちだが、
こうした感覚では、新しい時代を切り拓くのは難しいと小島さんは感じていたという。
「みんなが創造性や個性に自信をもつことが必要だと、
経験から強く感じるようになりました」
そんななかで小島さんは、ポートランドのさまざまな取り組みを参考にするようになり、
クラフトマンシップ、リユース、エコシステムの豊かさに衝撃を受けたという。
「特に、捨ててしまうものを創作素材に生かし、
それを活用していこうという地域社会があり、そこに関わる人同士の
コミュニケーションを活発にするエネルギーがあると感じました」
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小島さん、緑さん、そのほか5名のメンバーでスタートしたRINNEプロジェクトは、
ものづくりのまちとして知られる「カチクラ」
(御徒町から蔵前、浅草橋にかけての地域の呼び名)エリアで、
ものづくりバーのオープンに向けて、現在さまざまな準備を行っている。
まず、バーとなる空間自体にも廃材を取り入れ、独創的なリユースを試みている。
リノベーションに協力してくれたのは、〈ゆくい堂〉という上野の工務店。
メンバーの祖父母の家を解体したときに出てきた建具や古材を利用し、
職人さんたちに指導を受けながら、メンバーも自分たちの手で
空間をつくりあげようと奮闘中だ。
また、広尾学園を会場に8月3日、4日に開催された
「Learn X Creation(ラーン・バイ・クリエイション)」というイベントで
Rinne. barを初出店。端材や製品にならない端革、
レジ袋を圧着してつくった「ポリフ」という素材による3つのワークショップを開催。
評判は上々で、当初2日間で40名ほど見込んでいたそうだが、
70名以上がものづくりを楽しんだという。
このイベントの会場が学校だったこともあり、ノンアルコールのドリンクを提供したが、
来年グランドオープンさせようと思っているカチクラの拠点では、
お酒の提供も大切なポイントだと考えている。
「ものづくりって、わたしは勇気だと思っているんです。
自分から生まれ出るものを止めない。
それをいいと思える勇気が必要で、お酒を飲みながらであれば、
失敗を恐れないし、大胆にもなると思います」と小島さんは語る。
緑さんもポートランドのDIY BARでのものづくり体験を
「食べながら、しゃべりながら、作業しながら、飲みながら……。
日本的常識で言えば、とても行儀が悪いけれど、めちゃくちゃ自由で、
ぐちゃぐちゃで何かが解放されていく」と振り返っていた。
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小島さん、緑さんが、なぜ大人のものづくりのこだわるのか。
その眼差しの先には、日本の社会システムや教育のあり方への問題意識がある。
子どもの頃は遊びの延長線上にものづくりがあったはずだが、
いつしか「絵を描いたり、ものをつくったりするのは苦手」
と思うようになった人は少なくない。
こうした苦手意識をたどっていくと、そこには
「自己肯定感の欠如、もしくはその低さ」があるのではないかと緑さんは考えている。
そして、自分も含めた個人個人の抱える問題の多くが、
この「欠如」に起因しているのではないかと思うようになったのだそう。
「自分が自分を好きになるには、どうしたらいいのか?
そのヒントをポートランドの『クラフト(モノづくり)』に見出しました。
手を動かして、楽しんで、時には無心になってものをつくるという行為が、
忘れたものを思い出させてくれるのです。
実際に『モノを作ることができる』という経験は、
少しずつ、少しずつ自信につながるはずです」
小島さんも同じ気持ちを持っている。
そして、「受動的消費者から創造的生活者へ」転換をすることこそ、
自分たちが幸せになる道なのではないかと考えている。
「創造的生活者になれれば、ゴミと思っていたものも
クリエイティブリユースできるのではないかと思います。
家の中にあるもので循環させられるようになれば、
何もスクラップする必要がなくなるはずです。
RINNEが、捨てられるものに価値を見出し、
サスティナブルな未来をクリエイションする活動になっていったらと思っています」
こんなふうに自分たちの目指す道を熱く語ってくれたふたりとの話のなかで、
わたしがとても印象に残ったものがあった。
それは、どちらにも共通するものづくりの原体験だ。
小島さんが幼稚園に通っていた頃、幼稚園で親からクリスマスプレゼントを預かり、
子どもたちに渡すイベントがあったという。
「手渡された箱を開けたら千代紙でつくったお人形が入っていました。
ほかのお家は買ってきたものがプレゼントになっていたのですが、
私の親は仕事で忙しかったので買いに行く時間がなかったのかもしれません。
ただ、夜なべしてつくってくれたのかなと思い、そこに感動したことを覚えています。
おそらく既製品だったら、記憶に残っていないかもしれませんね」
緑さんの母親も仕事があり忙しかったというが、
ときどきものづくりをしてくれたそうで
「楽譜の刺繡が入ったカバンが大のお気に入りだった」と語ってくれた。
「お父さんお母さんも、夜の空いている時間に
Rinne. barでものづくりを楽しんでもらって、
それを子どもへのプレゼントにしてくれたら、とてもうれしいですね」と小島さん。
人が手を動かして何かをつくることは、つくったものの出来栄えを超えて、
記憶に残る物語があって、さまざまな感情がわき起こる
きっかけになるのだということを、わたしはふたりの話から教えてもらった。
そして、Rinne. barは東京で始まるけれども、
美流渡でも同様の取り組みができるんじゃないかという希望も持った。
わたしはこれまで、子どもに向けたものづくりのワークショップを
地元で何度か開催してきたが、まず大人同士がものづくりの喜びを
分かち合うことが大切であるという言葉に大きく共感した。
さらに、こうした取り組みの先には、
人が幸せになれる社会があるんじゃないかという想いにもハッとさせられた。
大きなビジョンの第一歩として、ものづくりのワークショップがあると考えられれば、
ふたりのようにブレない想いをずっと持ち続けられるに違いないからだ。
東京にRinne. barがオープンするのは来春。
ものづくりの喜びをお酒とともに味わってみる機会を楽しみに待っていたいと思う。
information
Rinne. bar
https://www.facebook.com/rinne.earth/
Rinne. barオープンにあたり、クラウドファンディング実施中。
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