収穫まで2年、原木しいたけができるまで

初めてのしいたけ作り。

「しいたけ、できてるー!!」
11月半ば、雑木林に並べておいた“ほだ木”の様子を見に行くと、
なんとしいたけができていました。
クヌギの木を伐採するところから始めて収穫まで実に2年。
この秋、やっと自分たちが育てたしいたけを食べることができました。

2012年10月に小豆島に移住してきて、見よう見まねで始めた農業。
農業経験ゼロだった私たちは、島のおっちゃん、おばちゃんたちに教えてもらいながら、
苗を植えたり、堆肥作りをしたり、ひとつずつ挑戦していました。
年が明けて2013年、普段からいろいろ教えてもらっていた
コスモイン有機園の旦那さんとおかみさんに
「原木しいたけ作らないか」と誘われ、そこから原木しいたけ作りがスタート。

まずは、ほだ木となるクヌギの伐採から。
ほだ木とは、しいたけを栽培するために菌を植えつける原木のこと。
オリーブ畑にするために切り開かれる雑木林があり、
許可を得てそこからクヌギの木を伐採。
直径が10〜15cmくらいの、なるべく真っ直ぐな幹を探して、
チェンソーとのこぎりでカット。
道のない森に入っていき、クヌギを探し、木に登り、カットして運び出す。
いろんなことが初体験すぎる(笑)。

オリーブ畑にするために切り開かれる雑木林、そこからクヌギの木を探して切ります。

持ち帰ってきたクヌギの木。しばらく乾燥させます。

そして次は、切ったクヌギの木にきのこの種菌の駒を打ち込みます。
ドリルで穴を空けて、木槌でコンコン。
これでほだ木の完成です。

きのこの菌の駒を打ち込むための穴をドリルであける。

いろはもお手伝い。木槌で種菌を打ち込みます。

コスモイン有機園に滞在中のウーファー(食事や宿泊場所を提供してもらうかわりに農業などの仕事を手伝う人)さんたちと一緒に作業。

さて、このほだ木をどこに並べようか。
直射日光のあたらない、雨のあたる、風通しのいい場所……がいいらしい。
考えた結果、家の裏にある山というか雑木林となっている土地を借りて、
そこに並べることに。
これまた大変な作業。
スペースを作り、棚を組んで、ほだ木を立てかける。
あとは自然にまかせ、1〜2年待ちます。

手伝いに来てくれていた父と一緒にほだ木を並べる。

ほだ木の設置完了。あとは自然にまかせて待ちます。

ひとつひとつの作業が、なんとなくは知っていても、やったことのないことばかり。
そして、こういうことをするためにはほんとに駆動力がいる。
まず軽トラックは必須(笑)。
チェンソーやのこぎり、木槌などの道具。
そして何より、作業する仲間。
ひとりでは到底できない作業、まさにみんなで力をあわせて作ります。

2014年11月、自分たちで育てた原木しいたけがやっとできました。
しいたけを見つけた瞬間の「わぁ!!」という気持ちの高揚感、
野菜もそうだけど、できたものを見るといつもこういう気持ちになります。
ほんとに美しくて、毎度感動する。

ほだ木設置から1年ちょっと。もうそろそろかなと様子を見に行く。

おぉぉ! なんとしいたけができてました。

2年越しの原木しいたけ。さっそくいただきました。

さてさて収穫したしいたけは、オリーブオイルをかけてオーブンで焼き、
小豆島産のお醤油と柑橘の絞り汁をかけてさっそく今晩のおかずに。
おいしすぎる!
この島は、やっぱりおいしいものだらけ、そう感じた夜でした。

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住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

備前の古民家

風もなく、穏やかな日の秋の昼下がり、
元浜倉庫のウッドデッキはこのうえなく気持ちのよい場所となる。
その日、事務所で原稿の最中に睡魔に襲われたぼくは、
気分転換にと、デスクの横に置いてあるギターをもってウッドデッキに出た。
デッキには先客がいた。サブだ。
気持ちよさげに午後の陽をいっぱいに浴びてねそべっている。
ぼくは眠気覚ましにしばらく音を出して遊びながら、
曲のような曲でないようなものをつまびいていた。
ギターを弾きながら歌うようなことはまずしないんだけど、
そのときは温かな陽差しのせいか調子が出てきて、
小さな声でくちずさむようにして歌っていた。
サブはぼくの歌にうっとりしているかのように目を閉じている。
ぼくもサブもそれなりに幸せな午後のひとときを満喫していた、
あるいはそう思っていたまさにそのときだった。
サブがおもむろにすっくと立ち上がったかと思うと、
だしぬけに目の前でゲロを吐きなさった。
吐き終わると、顔だけこっちに向けて涙目でぼくを見る。
ぼくはというと、さっきから妙なカタチでかたまっていた。
厳冬の地で振り回された濡れタオルのように、
右手はかきならす直前の弦の上で止まったまま。
「お、おまえ……」
直前まで歌っていたのはテリー・リードの古い曲で、
ぼくはまったくコード進行を知らない。おまけに歌詞もおぼつかない。
弾いている気分でいい加減な音を出し、
さらにその無茶な音を無視して無茶な英語で歌っていたわけだ。
「にしても、吐くことないだろ」
つぶやきながらウッドデッキでサブの粗相の後始末。
元浜倉庫のとある日、穏やかな秋の昼下がりの光景……。

サブの家探しから始まった我が家の購入計画、今回はその後編。
前編の前回は購入を決意した物件の内覧の当日、
不動産屋さんからすでに契約がまとまったことを知らされたところで終わった。
その後はというと、ショックでめげるようなことにはならず、
それどころか勢いがついて、週末になると物件を見て回る日々を過ごした。
しかし、いくら児島が田舎とはいえ、
1000万円の予算でそう簡単に気に入るような家が見つかるわけがない。
住んだその後の生活が楽しみになるような、そんな物件は皆無だった。
そこでエリアを広げることにした。
倉敷市内から近郊のエリアへ、またその近郊のエリアへ。
そうこうしているうちに「県北」と呼ばれるエリア、
最長は岡山県の美咲町まで物件を見に行った。
東京にたとえるなら、都内での家探しが、
山梨を越えて長野の上高地まで来たような感じだ。
でも、その美咲町でさえ、
現地の不動産屋さんに案内されて見学した家は気が滅入るようなものだった。
「こりゃもう島にでも行くしかないか」とあきらめかけていた、そんな時期のこと。
物件Aと巡りあった。一目惚れまではいかない。
でも、初めてのデートで結婚を意識した女性のようだった。
Aの環境、まわりが見事に美しい棚田で静かなことこのうえない。
それでいて海も近い。近くに保育園も小学校もある。
Aの建物、築110年の古民家。風通しがいい上に日当りがよく、
古民家にしては室内が明るい。
屋根と基礎部分も数年前に補修してあり、
トイレやキッチン、お風呂もリフォーム済みなのですぐに住める状態にある。
おまけに庭は広々として、
隣には70坪ほどの空き地までついているので車は何台でも駐車できる。
将来的にはタカコさんのお店を建てることだって可能。
しかし、難点がないわけじゃなかった。
この物件のあるエリアは備前焼で知られる備前市内。
児島から車で約1時間半かかる。
でも、家探しをスタートして以来、こんなに条件が揃っている物件は初めてだった。
タカコさんに聞いたら、住んでみたいと言う。
子どもたちも部屋の中で走り回って楽しそうだ。
その後、2週間の間にAを3回見に行った。
3回目は古民家の再生を専門にしている知り合いの建築家の先生をお連れして
「建物はすごくいいですね」との太鼓判をもらった。決めた。この家、買おう。

早速、前回の児島の物件で
1000万円の融資を約束してくれた信用金庫のMクンに電話した。
新しい物件を見つけまして、つきましては融資をお願いしたい云々。
「場所はどこですか? 児島ですか?」
「いや、今度はなんと備前」
「び、備前!」
「なに、都合が悪いとでも?」
「はあ、備前だと難しいですね」
Mクンの話によると、信用金庫は地域密着の金融機関であるがゆえに、
住宅購入の際の融資は近郊での購入に限られる。
倉敷をベースとするその信用金庫では、融資できる範囲は倉敷市内、
遠くても岡山市内までだと説明してくれた。
だったら地元となる備前の信用金庫に相談するまでだ。あった、備前信用金庫。
これ以上ないぐらいに地元だ。早速その支店のひとつの扉をくぐった。
「家を買いたいんですが、融資をお願いできますか?」
「現在、お住まいはどちらですか?」
「都窪郡の早島です」
「ああ、それは無理ですね」
「……うん? 無理?」
「備前か近郊にお住まいの方でないと、基本、融資はできないんです」
結論を受け入れがたいという意味で、これはパラドックスと言えるだろうか。
まあ「できない」と言うものをくどくど言ってもはじまらないので、
信用金庫での融資はきっぱり無理と判断し、
間髪を入れず銀行に相談をもちかけた。
我が社アジアンビーハイブが日頃お世話になっているT銀行。
担当のSクン(推定25歳)は必要な書類をあれやこれやとメモ書きして、
「これがすべて揃ったら審査に入ります」。結構な数の書類だ。
会社の決算書のほか、ぼくの収入証明書、Aの固定資産税の支払い証明書などなど。
あと面倒なのがリフォームの見積書。
タカコさんが早島町の図書館から借りてきてくれた
古民家の本やらリフォームの本を参考にあらかたの筋書きを考え、
一度備前までお連れした先生に見積もりをお願いした。
上がってくるまで2週間かかった。
揃えた書類をすべてSクンに手渡し、あとは結果を待つだけということとなった。
その間もぼくたちは家族で何度か備前に足を運び、
周辺をドライブしたり、近所を散歩したり。
また、同じ集落の人たちに話を聞くなどしていたので、
ぼくもタカコさんもそこで生活しているイメージは日々リアルなものになっていた。

銀行に書類を提出して約3週間後。ついにSクンから連絡があった。
待ちに待った電話だ。
「例の融資の件ですが……」
「うん、で?」
「今回は見送りということになりました」
「…………」
「担保物件(A)の査定額と融資の額に隔たりがあるというのが理由です」
それがすべてってわけじゃないだろう? 
ソフトバンクの孫さんに同じような査定をするか? 
担保の査定額が云々って言うのか? 
オレに支払う能力がないって判断したってことだろう? 
なんて煮え返る胸の内は露とも見せず。
「そうか。いや、覚悟してたよ。そう簡単じゃないよね」
「すいません」
「気にすることないよ。またリベンジするから、そのときはよろしくね」
(なにが「よろしくね」だ! 覚悟なんかしてないって、
あんたの銀行が貸してくれるものだとばっかり思ってたよ、
だって1000万円だよ、たしかに大金に違いないけど、
いまのオレには1000万円の価値もないのか? 
金融機関から1000万円を借りられないオレって、男としてどうなんだ?)
電話を切った直後、そんなこんなの思いが脳内を駆け巡り、
やっと落ち着いたと思ったら、今度はタカコさんのことを思ってズンと落ち込んだ。
彼女は子どもたちを寝かしつけて自分の時間ができると、
それが一日の唯一の楽しみとでもいうように、
ぼくが作ったAの写真ファイルを取り出して楽しそうに眺めるのが日課になっていた。
そんな彼女になんて言えばいい?

その日の夜、場所は早島のアパート。
夕飯が終わって、一段落したところでぼくはついに話を切り出した。
「ええっと、今日はいいニュースと悪いニュースがあります。
さあ、どっちから聞きますか?」
 タカコさんは「なになに?」と言ってすぐ「じゃあ、いいニュース」
「あのね、いいニュースを聞いた後に悪いニュースを聞くと、
今晩ずっと気分悪くなるかもよ。逆に後にいいニュースを聞いたら……」
「じゃあ、悪いニュース」
「はい、いきます。今日銀行から融資を見送りますとの電話がありました」
「ええっ! そうなんだ」
「残念ながら。申し訳ない」
タカコさんはさほど気落ちしているようでもなかった。
むしろ、顔は半分笑っていた。
しかし、だからといって喜んでいるわけでもないのがわかっていた。
「じゃあ、いいニュースは?」
「ええとね、今回の一件で家を買うのはたやすくないということが身をもってわかった。
ハードルは高い、思いのほか高い。
でも、こんなことでへこたれない。みんなで頑張ってハードルを越えよう。
そのハードルが越えられたとき、オレたち家族の絆はさらに深まっていると思う」
きょとん、という音が聞こえそうだった。そのときのタカコさんの表情。
そして、2秒ほどお互い無言の妙な間があって。
「え、それがいいニュース……どこが?」
「だから……絆深まる、みたいな」
帰りの車のなかで考えたシナリオは、
タカコさんから思うような反応は引き出せなかった。
まあ、思い通りになるような人じゃないのだ。
「わたしだったら平気だよ、それより赤星さん、落ち込んでない?」
「いや、オレは大丈夫だって。よく考えると、備前は遠いしね」
その日以降、彼女が例のファイルを見ている姿を見たことはない。
かくいうぼくも一度も見ていない。
ふたりとも、もうなかったことと受け入れていた。
切り替えの鮮やかさは、ぼくとタカコさんに共通した
数少ない美点のひとつだと思っている。
ぼくたちはすでに、新しい物件探しという、ゴールが見えない旅に出ていた。
それにしても、家探しは連載の2回でカタがつくようなものではないようだ。
サブには「この冬までには」と思っていたけど、いましばらく辛抱してもらうしかない。

ヨーロッパの人たちは100年、200年と大切に住み継いでいく。日本でそれができるのが古民家だと思う。しかし、なにより日本の古民家は美しい。庭(外)とつながっているようなつくり、あるいは外を家にとり入れたようなつくりも素晴らしい。Aと巡りあったことで、いっぺんに古民家ファンになった。

Information

元浜倉庫焙煎所 岡山のおいしいコーヒー「コロカルオリジナルセット」

著者・赤星 豊さんのパートナー・タカコさんの元浜倉庫焙煎所から「コロカルオリジナルセット」がコロカル商店で発売中!
布製のバッグ付きで、贈り物にも。2,808 円(税込)
https://ringbell.colocal.jp/products/detail.php?product_id=5140

今日は何の日? 東京は「チンアナゴ」、 神戸は「豚まん」、 秋田は「きりたんぽ」

今日は11月11日。1並びの日ということで、
たくさんの記念日に制定されています。その数なんと30個!
日本記念日協会によると、一年で最も多くの記念日が
登録されている日なのだそうです。

まず東京では、東京スカイツリータウン®にある、すみだ水族館が
ゆらゆらチンアナゴまつり」で盛り上がっています。
チンアナゴとは直径約1センチ、体長30~40センチのアナゴ科のおさかな。
砂の中から体を出して海の中をゆらゆら漂う姿がかわいらしい。

そもそも今日がチンアナゴの日になったのは、すみだ水族館が、館の人気者である
チンアナゴをさらにアピールするために制定したからということもあって、
「ゆらゆらチンアナゴまつり」ではチンアナゴファンの
カップルが結婚式を挙げたり、「チンアナゴ検定」が行われたりと大盛り上がりです。

体験プログラムは30日まで行われているので、
チンアナゴファンはぜひすみだ水族館へ。

いっぽう関西では「豚まん」の日ということで、
神戸市で「KOBE豚饅サミット」を開催。
「11」が豚の鼻に見えることから、今日は豚まんの日なんだそう。

イベントでは、豚まんの老舗である南京町「老祥記」、
元町駅前「四興樓」、「三宮一貫楼」の3店舗が仕掛人となり、
個性豊かな豚まんを販売します。

15日、16日には、17の店舗と団体が出品し、
南京町広場、曹家包子館、大丸神戸店にてこの日しか味わえない
創作豚まんなどを販売。詳しくは「KOBE豚饅サミット」Webサイトにて!

また関西では、大阪市のピップ株式会社が
「磁気の日」を制定。11と11が磁石のN極(+)とS極(-)に
ちなみ+-を重ねた日であることからなんだそう。

東北の秋田では、今日はきりたんぽの日。
秋田のご当地ヒーロー、超神ネイガーのツイートが大人気に。

長野では「長野県きのこの日」。
全国農業協同組合連合会長野県本部(JA全農長野)が制定しました。
その理由は11の数字が、きのこがニョキニョキと生えているに
似てるから。生産量日本一を誇る長野県産のきのこをアピールするのが目的。

そして11月11日といえば、平成11年11月11日から始まった「ポッキー&プリッツの日」。
今年は上空1,111メートルからチャレンジャーが地上の的を狙って飛び降り、
巨大ポッキーとプリッツを突き刺す「POCKY POLE PROJECT」を開催! 
その様子はインターネットで中継されます。
ポッキーは11時11分、プリッツは12時11分の予定です。

海あり山あり小豆島、全力で遊ぶ子どもたち

秋の景色の中、海へ、山へ。

11月、小豆島はこれから紅葉の季節です。
あちこちの山が赤や黄色に色づき始めています。

この季節の小豆島は、観光シーズンまっさかり。
過ごしやすい気候、美しい紅葉、澄んだ空気、外で過ごすには最高の季節です。

そんな11月の最初の週末に、島外から友人家族が遊びに来てくれました。
まちで暮らしている子どもたちが、
“田舎のばあちゃんち”ならぬ“田舎のいろはちゃんち”へ。

子どもたちはどんなところへ行くと喜ぶかな。
と考えながら、まずは腹ごしらえをして、海へ!

旧戸形小学校のグラウンド。すぐ目の前が海。

戸形崎の海岸で見つけた貝やシーグラス。

島の西端にある戸形崎。
ここには、約10年前まで戸形小学校がありました。
いまは、建物や運動場はほぼそのままで、戸形公民館として使われています。

車を停めてドアを開けた途端、みな一目散に海へと駆けていきました。
走りだしたその瞬間から、子どもたちの表情は
ほんとに生き生きとしていて、心から楽しそう。
何にもなさそうな海岸、でもよく見るとそこには子どもたちの遊び道具がいっぱい。
何度も打ち寄せる波、砂浜に落ちている貝がら、石、流木。
何も用意されていないほうが、かえって自由に遊べるのかも。

流木でチャンバラごっこ。

貝拾い。夢中になって探す。

こんなところも遊び場に。ほんとにどこでも遊べる。

そして、まだまだ遊び足りない子どもたちを連れて、今度は山へ!
小豆島のいいところは、何の装備もなくても気軽に行ける海と山が近いこと。
じゃ、海行こか。じゃ、山行こか。
と、その日の気分で行き先決定。
もちろん準備すればもっと本格的に楽しむこともできる、
その幅の広さがまた魅力なのかも。

戸形崎から車で走ること約30分。
銚子渓(ちょうしけい)を経由して、寒霞渓(かんかけい)へ。
標高が高くなるにつれて、道路脇の木々がどんどん色づいていきます。

11月上旬、四方指展望台から見た木々。紅葉し始めといった感じ。

寒霞渓に到着し、車を停めて山道を歩くこと5分。
この木々の中を歩く時間がまたいい。
さっきまで海にいたのに、もういまは山の中。
そしてついた先は、鷹取展望台。
海と家々を標高約600メートルから眺める。

さっきまで海で遊んでいたのに、今度は山道。

鷹取展望台からの眺め。標高約600メートルから海と家々を眺める。

海あり山あり小豆島。
子どもたちが夢中になって遊べる場所がここにはたくさんあります。

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小豆島カメラのこれからのこと

この活動を継続していくために。

10月下旬、大阪。
その日は、オリンパスプラザ大阪にて小豆島カメラのトークイベント。
朝一で島を出て、大阪までやってきました。

「見たい 食べたい 会いたい」小豆島カメラ写真展、
7月のgrafでの展示から始まり、今年最後の展示がオリンパスプラザ大阪。
その展示と合わせて、今回トークイベントの機会をつくっていただきました。
この日のイベントには、なんとオリンパスイメージング株式会社の小川治男社長や、
FM802の土井コマキさんにもご参加いただきました。
こんな日が来るとは!

オリンパスプラザ大阪でのトークイベント。

オリンパスイメージング株式会社の小川治男社長から、小豆島カメラのご紹介。

ひとつひとつの写真にはストーリーがあって、それを紹介。

新大坂駅で少し時間があったので、カフェでひと仕事。
そこで、たまたまこんな記事を読みました。
秋田県庁が発行するフリーペーパー『のんびり』の編集長、藤本智士さんのお話。
秋田県『のんびり』 地方の時代をつくる「編集」の力」というタイトル。

なんとなくその記事の内容が頭に残ったまま、いざ会場へ。
この日はトークイベントの前に、来年どうやって
小豆島カメラの活動をしていこうかという打ち合わせも。

grafの服部滋樹さん(写真左)と小豆島町役場の相原さん(写真右)にもご参加いただき、今後の小豆島カメラについて打ち合わせ。

写真家MOTOKOさんが撮影した小豆島のイメージ映像を見ながら。

小豆島カメラはこの1年、スタートの勢いとまわりの方々の力によって、
いろんな活動をしてきました。
島のことをよく知っていて、その写真を撮るのは島のメンバーだけれども、
カメラやレンズの提供、カメラ講習の実施、ツアーや写真展の段取りなど、
ほんとに多くのことをいろんな方にサポートしてもらっています。
そのサポートがなければ、ここまでやってこられなかったし、
いまの私たちもなかったと思います。

ふと思い出したのが、朝読んだ藤本智士さんの記事中の一文、
「地元のクリエイターを育てることが、僕の役割。
編集の力でできることはたくさんあるのに、
地方のクリエイターはそのことを知らない」
都会から来ている藤本さんたちのチームと地元の編集チーム、
そして行政が意見を出し合い、ともに活動することを通して、
地元の人たちの編集力、発信力を育てる。

私たちもまさにいま育ててもらっています。
写真家のMOTOKOさんやカメラメーカーのオリンパスさん、
写真雑誌「PHaT PHOTO」を出版するシー・エム・エスさん、
その他たくさんの人たちに。
外に対して小豆島での暮らしを伝えていくのに、どんなふうにすればいいのか、
ひとつひとつ具体的な経験を通して、教えてもらってるんだなと。

最新のPEN Lite E-PL7で、小川社長とみんなで自撮り。

カメラや撮影について直接話せるとても貴重な時間。

今回トークイベントに参加してくださったFM802の土井コマキさん(写真左)、いつもイベントを見にきてくれてアドバイスをしてくれるカメラマンの桑島薫さん(写真中)、小豆島カメラのロゴやTシャツをつくってくれているイラストレーターのCHO-CHAN(写真右)。

来年、再来年、そして5年後と、
小豆島カメラという活動を継続して自分たちでやっていくためには、
まだまだ身につけなければいけないことがたくさんあります。
伝える技術や方法だけじゃなくて、運営していくためのお金やチームづくりのことも。
これは、触れたくないけど、実はいちばん大切なことだったりするかもしれない。

小豆島カメラ2年目の活動は、継続できる仕組みづくりをすること。
自分の仕事とは別に、地域のことを仲間と一緒にしていく。
その仕組みができれば、もっとパワーアップできるんじゃないかなと。

そして、2016年は第3回目の瀬戸内国際芸術祭。
たくさんの人が小豆島にやってきます。
そのタイミングにあわせて私たちも何かできるように
準備を進めていきたいなと思っています。

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オリーブ収穫とオイルづくりから始まった 小豆島暮らし

2年前、初めてつくったオリーブオイル。

10月31日、2年前のこの日に私たちは小豆島に引っ越してきました。
もう2年、というよりまだ2年ですが、この2年はほんとに濃密で、
日々いろんなことが起こり、引っ越してきたのがもうずっと昔のことのようです。

朝晩が寒くなり始めるこの季節、小豆島ではオリーブの収穫が始まります。
オリーブは春に花が咲き、秋に大きくなった実を収穫します。
まさにこの季節に私たちは小豆島で暮らし始めました。

10月、島のあちこちでオリーブの収穫が始まります。

色づき始めたオリーブの実。緑から赤紫に変わっていきます。

当時は片づけに追われる日々でしたが、引っ越して2週間後、
小豆島に来る前から繋がりのあったオリーブ農家の友人(イズライフの堤祐也さん)に
オリーブ収穫祭(という名の本格的な収穫作業、笑)来ない? と誘われ、
それは楽しそうだと参加させていただきました。
もう引っ越してきた当時のことはだいぶ忘れてしまいましたが、
このオリーブ収穫体験のことはとてもよく覚えています。

3日間くらいがっつり参加。
たしか初日は雨でレインコートを着て収穫した気が。
後半2日は暖かくいい天気で、オリーブ畑で過ごす時間は最高に気持ちよく、
時おり休憩しながら家族で収穫を楽しみました。
その3日間は、オリーブに関する本も読んだり、
実体験と本からいろんなことを学びました。
そもそも、オリーブオイルが実をしぼってできるものだと知らなかったし、
品種もルッカやミッションなど何種類もあるということを初めて知りました。

小豆島に引っ越してきて半月後、オリーブ収穫。

この季節のオリーブ畑は、日中は暖かくとても気持ちいい。

収穫したオリーブの実。

その読んだ本の中に、たまたまオリーブオイルのつくり方の記事。
これは、つくってみるしかない、きっといましかつくれない。
と思いたち、オリーブの実を少しだけ分けてもらって、人生初のオリーブオイルづくり。

家に持ち帰ってすぐにオリーブオイルづくり開始。
オリーブを洗う、選別する。
ビニール袋に入れてモミモミ。
つぶしたオリーブの実をキッチンペーパーとペットボトルを使ってろ過。
一滴一滴落ちるのをひたすら待つ。
そして落ちたオイルをスポイトで吸い取る。

自宅の庭でオリーブオイルづくり。まずは洗って選別。

袋に入れてとにかく潰す。果汁と油がでてきます。

ペットボトルとキッチンペーパーでつくった手づくりのろ過装置。ポトポトとオイルと果汁が落ちます。

ろ過された果汁とオイル。上のオイルの部分をスポイトで吸い取ります。

台所中いたるところが油まみれ。
丸2日くらいかけて、なんとか1本半のオイルが完成しました。

手づくりのオリーブオイル。ピリッとワイルドな味でした。

私たちの小豆島暮らしは、まさにこのオリーブ収穫と
オリーブオイルづくりから始まりました。
あれから2年。
ぽん酢、ジンジャーシロップ、栗の渋皮煮、イチゴジャム、梅干し……などなど、
とにかく自分たちの手でつくれるものはいろいろ挑戦しています。

これからも私たちの暮らしのベースは、この“つくる”ということ。
まだまだ挑戦したいことだらけです。

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島中のお父ちゃんがかっこいい日、 小豆島の秋まつり

男の人が1年でいちばん、かっこよく見える日。

またこの季節がやって来ました。
1年に1度、島の男衆たちがとてもとてもかっこよく見える日。
小豆島の秋まつりです。

小豆島の秋まつりは、豊作を感謝する秋のお祭り。
小豆島にある6つの八幡神社で行われます。
今年は10月11日の葺田八幡神社から始まり、
13日の伊喜末八幡神社のお祭りは残念ながら台風で中止。
続いて、土庄八幡、内海八幡、富丘八幡、池田亀山八幡さんと
約1週間かけて開催されました。

お祭り前日は、宵まつり。
太鼓台を押して地元地区をまわります。
もうすぐ来るかねーと、近所のおばちゃんたちと一緒に家の前で太鼓台を待ちました。

宵まつりの日。肥土山離宮八幡神社を出発し、太鼓台を押して地区内を歩きます。

家々のあいだの狭い道を太鼓台があがってきてくれます。

10月に入ってからこの日のために太鼓の練習をしてきた地元の中学生の子たち。

私たちが暮らす肥土山地区は、富丘八幡神社に奉納します。
同じく富岡八幡さんに奉納する渕崎地区では、
お祭り前夜に「ぼんぼり祭り」が行われます。
太鼓台に提灯をつけて、暮れゆくまちの中を歩きます。
翌日の祭り本番に向けて、テンションがグッと上がります。

海と夕焼けをバックにぼんぼり祭りのスタートを待つ男衆。

明かりが灯った提灯。

暮れゆくまちの中を提灯をつけた太鼓台が通ります。

そして、お祭り当日。
今年は最高の天気。
晴れ渡る空の下、朝一番でたくちゃん(夫)は足袋を履き、法被を着て出発。
「お父ちゃん、いってらっしゃーい。」
さてさて私たちも準備をして、いざお祭りへ出発です。

祭り当日、足袋を履いて法被を着ていざ出発。

富丘八幡神社に到着すると、すでに始まってる、始まってる。
小太鼓から順番に鳥居をくぐって宮入りです。
続いて大太鼓。
鳥居の前にある一本松のまわりで、長さ20メートル近くもある各地区の大太鼓が
「えいしゃーしゃーげっ!」と持ち上げられます。
すぐ目の前でかつがれる太鼓の迫力に圧倒されます。

まずは小太鼓から。富丘八幡神社前の一本松のまわりで。

この日はほんとにいい天気でした。お神輿も宮入り。

大太鼓のど太い丸太。これを地区の皆で持ち上げます。

宮入り後、今度は馬場(神社の広場)で太鼓のかきくらべ。
どこの地区の太鼓がいちばん高くきれいに上がるかを競います。
それを私たち家族は桟敷から応援。

桟敷からの景色。

友人の家の桟敷におじゃまして割子弁当をいただきました。みんなでお弁当食べながら飲みながら祭りを楽しみます。

お父ちゃんやお祖父ちゃん、旦那さんや息子さん、そして友人。
この日は男の人たちがほんとに男らしい、力強くたくましい姿を見せてくれる。
そんな姿を見ることができるから、尊敬したり憧れたり素敵だなと思える。
こういう日があることはとても大切なんじゃないかな。

お父ちゃんの後ろ姿がかっこいい。

肥土山の太鼓台はとてもきれいに上がっていて、担ぎ手の手が丸太から離れるほど。

各地区ごとに太鼓のかきくらべ。うちんとこがいちばんかっこいいで!

また来年。
そのかっこいい姿を見られることを楽しみに。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

自分たちの手で、自分たちの地域のことを

「小豆島カメラ」の活動で学ぶこと。

私たちはいま、小豆島で暮らす7人のメンバーで
小豆島カメラ」という活動をしています。
自分たちが暮らしている小豆島で、日々の暮らしの中で出会うシーンを撮り、発信する。
写真を通して小豆島のことを知ってもらおう、そして来てもらおう、
さらに住んでもらおう、そんなプロジェクトです。

このプロジェクトは島のメンバーだけでなく、カメラメーカーのオリンパスさん、
写真雑誌「PHaT PHOTO」を出版するシー・エム・エスさん、
写真家MOTOKOさんと共同で進めています。
去年9月、オリンパスのミラーレス一眼カメラ OM-D E-M5で小豆島を撮り始めました。
初めて使うカメラに戸惑いながら、まずは撮ってみる。
そして11月、オリンパスさん、シー・エム・エスさん、
MOTOKOさん、島のメンバーと顔合わせ。
ここからいろんなことが動き出しました。

去年のいまごろ。小豆島で東京のメンバーと顔合わせしました。welcome to 小豆島!

MOTOKOさんの写真展「小豆島の顔」。この展示からすでに小豆島カメラの活動が始まっていたように思います。

あれから1年。
4月からは1日1枚、写真をWebサイトで発信し、
すでに200枚もの毎日の小豆島が蓄積されています。
夏には「見たい 食べたい 会いたい」と題した写真展を島内、島外で開催し、
小豆島を撮影しながらまわる1泊2日の写真ツアーも行いました。

小豆島カメラ写真展「見たい 食べたい 会いたい」。大阪のgrafさんでも展示していただきました。

大阪での展示に続き島内でも。初めて自分たちで設営しました。

島内2か所目の展示は古い建物で。自分たちで掃除から始めて、楽しい展示になりました。

この活動を通して、本当にいろんなことを学んでいます。
自分たちで撮りながら学ぶこともあれば、島でカメラの講習をしていただくことも。
先日はカメラマンの田川梨絵さんが島に来てくださり、
展示写真の選び方、組み方を学びました。
今月24日よりオリンパスプラザ大阪のオープンフォトスペースで開催する
写真展の写真選びです。
小豆島での暮らしを伝えるのにどんな写真がいいのか。
そもそも何を伝えたいのか。
そんなふうに考えることが、小豆島を見つめ直すことにつながってるんだと思います。

田川梨絵さんと写真講習。島でこんな勉強会をできるなんて思ってもみなかった。

10月24日よりオリンパスプラザ大阪で展示する写真セレクト。写真選びはほんとに難しい。

そして最近では外でお話させていただく機会もできました。
9月に開催されたシー・エム・エスさん主催の「御苗場vol.15関西」では、
「地域の魅力を写真で発信すること」と題して写真家MOTOKOさんとトークショー。
私たちの活動を通してどんなことを伝えられるか、
そして来てくださる方はどんなことを知りたいのか。
話す内容を考えることで、自分たちの活動の意味や
これからどんなことをすべきかを考えたり。

御苗場vol.15関西にて「地域の魅力を写真で発信すること」と題してトークショー。(撮影:yuki kitamori)

来てくださった皆さんと。いろんな地域から聞きに来てくれて嬉しかった。(撮影:MOTOKO)

御苗場では小豆島の写真も展示させていただきました。(撮影:yuki kitamori)

地方創世、最近ニュースでこの言葉をよく耳にします。
外の人たちに全部やってもらうのではなくて、自分たちの手で、
自分たちが暮らす地域をこれからも楽しく暮らせる場所にしていきたい。
でも自分たちの力や知識ではやりきれない、そんな時に
外の人たちと共に活動することでできないことも実現できたりする。
活動を続けていく中で、学びながら、少しずつ
自分たちでできることを増やしていけたらいいなと思います。

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住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
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「森の晩餐」山形県月山で開催! 自分で火をおこし森の恵みを調理。 狩猟の世界と森のテーブルマナー を学ぶ

山形県と新潟県の境に南北60km、東西30kmという広大なスケールで連なり
通称「東北のアルプス」と呼ばれる朝日連峰。
その朝日連峰の月山山系に、森をよく知るマタギの方たちと一緒に入り、
狩猟の世界を学びながら森の恵みを採集・調理する「森の晩餐」が
10月25日(土)、26日(日)の2日間にわたり開催されます!

一日目は山形県鶴岡駅に集合し狩猟の森をハイキング。
自分たちで火をおこし、森の晩餐会を開きます。
二日目は木の実やキノコを採集。
自らが採集した食材や森の食材を調理し、
時間をかけておいしくなる森のリキュールやキノコの保存食をつくります。

舞台となる月山(がっさん)は、山伏の修行する出羽三山の主峰。美しく四季の変化に富む原生のブナ林に囲まれます

わたしたちがいなくてもお構いなしに循環する森の生態系。
その循環の中にちょっとだけお邪魔し、
いったい何を見つけることができるのか。
食料を嗅ぎ分け、摘み、狩り、火をおこし、調理し、食べるといった
体験を通し五感フル稼働で自然を感じることができます。

なにが採れるか分からないのも面白みのひとつ!

いまなお原始の面影を残している土地で、
自然によりそって生きる方々との貴重な体験。
この機会にぜひ参加してみては。
詳細は下記サイトをご参照ください。

■「森の晩餐−採集と火」概要
日程:2014年10月25日(土) 13時 〜 26日(日) 17時
集合 / 解散 :JR鶴岡駅
参加費:29,000円(税込、食事代、宿泊代含む)
定員:20名
〆切:10月22日(水) ※定員になり次第受付終了

森の晩餐―採集と火

富山・魚津港 後編

謎の魚ゲンゲと、桜色の甘エビ。

引き続き、富山の港町、魚津からお届けします。
前回、お会いした漁協の浜住博之さんの案内で、
甘エビ漁を営む魚住義彦さん繁子さんご夫婦のお宅を訪ねました。

浜住「今回は無理言ってすみません」

テツ「すみません」

母「上がってください、どうぞ」

テツ「おじゃまします」

応接室へ通していただき、今回の取材内容を説明した。

母「たいしたもんできないよ~。ゲンゲと甘エビだけ、それだけ」

テツ「はい、十分です、ありがとうございます! 
ところで、ゲンゲというのを初めて聞いたのですが、
どんなものなんでしょうか???」

父「この辺りでよく獲れる魚でね、私の船でもたーくさん揚がってましたよ」

代々続く漁師の家に生まれたお父さん、自然と海の世界に入っていったそう。

父「生まれつきの漁師でね、10歳から海に行ってたんだよ。いまは陸まわりの仕事でね」

現在は、息子さんが漁師として後を継いでいる。
お父さんは息子さんが捕ってきた魚を、浜で氷詰めをして市場に出しているそう。

テツ「息子さんは、甘エビとゲンゲを獲るんですか?」

母「うん、そうそう」

テツ「昔からよく食べられていたのでしょうか?」

母「そうやよ~。吸い物でも煮付けでも、なーんでもおいしいよ。
寄せ鍋にしたら最高だよー! 
おかずの支度が面倒になったら、大きい鍋にゲンゲをぶつぶつと切って、
そこへ、白菜、糸こんにゃく、豆腐入れて食べると、
子どもたちも、だまぁ~って、口でチューチュー吸って、歯のところに骨だけ残るのよ、
それをパッと出してね、これやったら、ほかなんにもいらんね~って言うよ」

ゲンゲの話になった途端、お母さんのテンションが急上昇。
そんなにもすごい奴なのか、ゲンゲ。
しかも、チューチューで、骨をパッとって、いったい……。

母「そんで、余った汁にうどん入れて、またチュチュッと食べてね」

お母さん、相当ゲンゲがお好きなよう。

ゲンゲ(幻魚)は富山湾に棲む深海魚で、体長は20センチほど。
色は薄灰色で、全身がヌルヌルとしたゼラチン質で覆われている。
身は白く透き通っており、適度な脂がのっている。
漁村では昔から味噌汁や吸い物の具として使われていた。
いまでは、天ぷらや立田揚げなどでも食べられている。

テツ「お母さんはもともと、魚津のご出身なんですか?」

母「(ニヤリ)ぜぇ~んぜん違うの、北海道」

テツ「あら、じゃぁお父さんに見初められて、はるばる富山にお嫁入りを?」

母「うん、そう、っていうことかね。ハハハハ」

父「まぁ、なんていうか、ついてきた格好でね。エサ投げたら、食いついてきたの」

母「ぼけーっとしとったから、イカの針にくっついてきた」

ワハハハハ。

テツ「おふたりは、なんだかお顔立ちが似てらっしゃいますね」

母「おんなじ魚食べとるから」

ワハハハハ。

テツ「毎日お魚は食べるんですか?」

母「いや、朝昼晩」

おっと!

テツ「朝は干物ですか?」

母「いやいや、刺身」

なーんと、うらやましい~。

母「浜行ってきて、獲ったもんと物々交換したりしてね」

うわ、その交換会に混じりたい。

母「2、3日食べないとね、あ~、刺身食べたいな~ってなるのよ」

体に染みついているのですね。

母「そうすると、ちんこいのでも何でもいいから貰ってきて、
ご飯の上にバーッとのせて食べるとおいしいよー」

やはり、お母さんは魚の話になると熱がこもるようだ。

父「ガパーんて食べるんだよ、食べ方があんだよ。ガパーんて食べんだよ」

ギャハハハハ。

母「さあ、そろそろ作ろうか? お父さんゲンゲね!」

お父さん、にやりと嬉しそう。

父「よっこいしょー」

待ってましたとばかりに膝をポンとひとつ叩き、キッチンに移動。

充実のツアー「いやしの珠洲市と歴史の能登町」開催。世界農業遺産の能登におでかけ!

日本列島のほぼまんなか。石川県の、能登半島の
先端にある珠洲市と能登町。
ここは三方を海に囲まれ、豊かな海と山の恵みを受ける土地。
2011年には、この「能登の里山里海」が世界農業遺産に認定されました。

そんな珠洲市と能登町をめぐるツアー「いやしの珠洲市と歴史の能登町」が
この秋、開催されます!
日程は11月1日(土)と11月2日(日)。コースは4つ。
現地集合・現地解散、1コース2,000円という気軽に能登を楽しめるコースです。

1.波音をききながら歩く内浦エリア

こちらが蛸島

11月1日(土)は珠洲市エリアのツアー。
プラン1は、波音を聞きながら歩く「内浦エリア」。
能登半島北東端のまち「蛸島」を歩きます。
漁師町の風情あるまちなみを、ガイドさんと一緒に
ゆっくり1時間散策。

海辺の「クアの道」

昼食は珠洲ビーチホテルにて。
食後は地元で評判のおいしい珈琲、「二三味珈琲」でいっぷく。
「二三味珈琲」さんは来年春?公開予定の映画 「さいはてにて」のモデルです。
午後は海辺の「クアの道」を2時間散策します。
雨天の場合は珠洲焼体験になります。

2.アクティブに楽しむ外浦エリア

木ノ浦の風景

11月1日のツアー、もうひとつのプランは
「アクティブに楽しむ外浦エリア」。
国定公園特別地域に指定されている、美しい木ノ浦海岸に面した
「木ノ浦ビレッジ」にてコーヒー焙煎を体験。
ランチには地元の名物である、珪藻土の窯で焼いたピザを頂きます。

食後には木ノ浦ビレッジの方にご案内いただき、
1時間半のノルディック・ウォーキングに出かけましょう。
雨天の場合は大浜大豆の豆腐作りを予定しています。

3.縄文人のルーツに迫る真脇エリア

「真脇ポーレポーレ」のランチ!※当日とメニューが変わることがあります

11月2日は能登町のツアー。
能登町ツアーひとつめは、「真脇遺跡縄文館」で
能登町は、縄文時代、約4000年にもわたって繁栄を続けた地。
その遺跡が、他に例のない長期定住遺跡として残っています。
まずは真脇遺跡をじっくりと見学し、
竪穴式住居をイメージした建物が面白い「縄文真脇の宿 真脇ポーレポーレ」
でランチ。午後は野焼きや苧麻で縄編みなどの縄文体験をします。

4.神の盃で聖地巡盃 九十九湾エリア

九十九湾

11月2日、能登町のツアーのもうひとつは
「神の盃で聖地巡盃 九十九湾エリア」。
大小さまざまな、たくさんの入り江からなる
リアス式海岸の九十九湾をめぐります。
30分間のクルージングを楽しんだあとは、
能登豚チャーシューにいしり(魚醤)ベースのドレッシング、
能登野菜を盛り込んだ「のトン丼」でランチ。

午後は明治元年から能登杜氏の酒「大江山」を造る「松波酒造」を見学します。

■能登の食

ツアーにおでかけする方のために、能登のおいしい食のことも。
現地でのおやつは、能登の塩をつかったジェラート「マルガージェラート」や、
コロカル商店でもおなじみの、小木港のいかとんび串
おすすめのおみやげは、
名物のいも菓子や珠洲の塩ラスク、能登大納言小豆。
ひやしクリームパンが人気の古川商店のお菓子。
新海塩産業のオリジナルソルトやしおサイダー、
和平商店のいか糀漬け
横井商店のじろ飴などなど。

ほかにも書ききれない魅力がある珠洲・能登エリア。
申込締め切りは10月20日(月)、キャンセルは27日(月)までです。
ツアー以外の観光スポットについてなど、
下記お問い合わせ先までお気軽にご相談ください。

■ツアー「いやしの珠洲市と歴史の能登町」
2014年11月1日(土)、2日(日)
エリア:石川県珠洲市・能登町
締め切り:10月20日(月)※キャンセルは27日(月)まで

お申込み・問い合わせ先:
11日1日については:NPO法人能登すずなり
TEL 0768-82-4688 FAX 0768-82-6360
Eメール:info[at]notosuzu.org

11月2日については:能登町ふるさと振興課
TEL 0768-62-8532(土日、祝日を除く) 

すず観光ナビネット

畑から始まるひと皿のサラダ

自分たちが育てた野菜で、メニューをつくる。

小豆島でカフェをオープンして半年が過ぎました。
半年といっても、お店を開けているのは週に2回、金曜と土曜だけなので、
まだ50日くらいしか営業してないですが(笑)。
それでも毎週新しいメニューを考えたり、ディスプレイを変えたりして、
少しずつお店のイメージというか雰囲気ができてきました。

カフェには地元のおばあちゃんたちも来てくれます。ゲートボール後にお茶しに。

野菜の販売スペースも少しずつ拡充。野菜の販売は毎日したいなと。

私たちは、小豆島の肥土山(ひとやま)という農村で、
農業をしながらカフェを営業しています。
月曜〜木曜は畑作業、金曜、土曜はカフェ営業、
そして日曜は予備日(休んだり、たまった仕事をしたり)。
何してる人? と聞かれたら
「農家です。週末だけカフェを営業しています」という感じです。

カフェのメニューは、ざっくり言うと、カレーと焼き菓子と飲み物。
ごはんメニューはサラダがセットになったカレー2種のみ!
メニューを増やしたいねえと言いつつ、いまのところ具体的な予定なし(笑)。

肥土山産のイチゴを使ったマフィン。

夏の間は、焼き菓子のほかに冷たいデザートも。こちらも肥土山産のマスカットを使って。

カフェをオープンした頃は、ほとんどの野菜を仕入れていました。
もちろん畑で育てた野菜を使うけれど、それだけじゃ量も種類も足りないので、
知り合いの農家さんから購入したり。

自分たちが育てた野菜でカフェのメニューをつくる!
そう思いながら始めたカフェ。
それって実はとても大変で、それこそ野菜をつくるところから
カフェのメニューづくりが始まる。
春になる前に仕込み始めた春夏野菜が5月頃からようやく収穫できるようになり、
やっとこの夏くらいから野菜を外から仕入れずに、
カレーやサラダをつくれるようになりました。

畑での収穫作業。すでにサラダづくりが始まってます。

コルノデトーロピーマン。手のひらよりも大きなピーマンです。

収穫した季節の野菜を使って、サラダやカレーをつくります。

カレーは玉ねぎ、ジャガイモ、ニンニクなどを使ったシンプルなもの。
実は、そのカレーにセットでついてくるサラダのほうが季節ごとの野菜を楽しめます。

長なすの揚げびたし。

四葉(すうよう)キュウリ。輪切りにしてサラダに添えます。

ジャガイモはふかしてポテトサラダにしたり。

この日のサラダの具の一部。ひと皿のサラダに6〜10種類ほどの野菜を使っています。

ひと皿のサラダをつくるのに、畑から考えると約4か月。
そこにはいろんなストーリーが詰め込まれています。

ある日のサラダ。日ごとにちょっとずつ野菜の種類や料理の仕方が変わります。

カフェの料理はたくちゃん(夫)担当。
畑で野菜を育て、収穫しながら、
今週のサラダは何にしようかと想像したりしてるんだと思います。
野菜をつくる人と料理する人が一緒だからこそできるメニュー。
そういうメニューを出せるカフェでありたいなと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
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「とうきょうの真ん中で“地方暮らし”を考える - とっとりの場合」鳥取県と鳥の劇場による演劇&トークイベント

10月18日(土)・19日(日)、
東京のアーツ千代田3331にて
「とうきょうの真ん中で“地方暮らし”を考えるーとっとりの場合」が開催されます。

これは、鳥取県とNPO法人鳥の劇場による、
鳥取への移住と定住にまつわるイベント。
鳥取県についてのトークのほか、
鳥の劇場による演劇、読み聞かせ、
イラストレーターのClaraさんによる似顔絵コーナーが行われます。

因州和紙、智頭杉、陶器など、鳥取県の素材をいかしたインテリア製品をデザインしているデザイナーの白岡崇さん。

トークゲストは、
デザイナーの白岡崇さん、
森のようちえん まるたんぼう代表 西村早栄子さん、
株式会社漁師中村代表 中村隆行さん、
建築家の来間直樹さん、
hughug大山森のようちえん代表 北垣聡さん、
カフェ・ダール・ミュゼ代表 河崎妙子さん。
鳥取だからできるクリエイティブな活動や
鳥取での子育て、家づくりなどについて語ります。

上演演目「どろぼうがっこう」は、
かこさとしさんの原作によるお芝居。
大どろぼうをめざして勉強中の“どろぼうがっこう”の生徒たちが
先生と一緒に遠足に出かけるというお話です。
もうひとつの演目「アナンシと5」は、ジャマイカの民話のお芝居。
どちらも、鳥の劇場を代表する子ども向けの演劇です。

とにかく、地方暮らしを考えている方には、
貴重な話題が満載!
トークゲストのプロフィールと
登壇時間は、FACEBOOKをご覧ください。
FACEBOOK
鳥の劇場
とっとり暮らし支援課

一年に一度だけ!秋田県増田町の歴史を伝える豪華な内蔵が一挙特別公開!

長い歴史をもつ秋田県横手市増田町。
肥沃で利便性のよい立地のため、
江戸時代以前より人と物資の往来でにぎわい、商業が発展、
かつては経済の中心地のひとつとなった町です。
そしてその当時の繁栄期の面影と
職人たちによる卓越した技術を今に伝えるのが、
中七日町通りに並ぶ豪華な内蔵(うちぐら)群。
商人たちが贅を競って建てたもので、
多くは明治から昭和初期にかけて造られました。

いまでは多くの家で、内蔵とその周りの空間が生活の場として、また、
冠婚葬祭に利用されるような神聖な場所として使われているため、
通年公開されているいくつかの内蔵を除き
普段はなかなか目にふれることができません。

そんな内蔵や主屋も含めた歴史的建造物約25棟が
長いあいだ蔵を守り続けている所有者の厚意により、
10月5日(日)におこなわれる「蔵の日」イベントで特別公開されます!

内蔵については名建築ノート「増田の蔵(前編 後編)」でも詳しくお伝えしています。

増田町はこれらの特徴的な内蔵が多く残っていることや
当時の繁栄を今に伝える伝統的なまちなみが評価され
国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されました。
この機会にぜひ訪れてみては。

「第9回 蔵の日」
開催日時:平成26年10月5日(日) 午前9:00~午後4:00 雨天決行
会  場:横手市増田町中七日町(歩行者天国)、本町・上町の一部
     ※8:15~16:30の間、中七日町通りは一般車両通行止めとなります。
     ※蔵の見学には2時間以上かかります、当日は余裕を持ってお越しください。 
見 学 料:500円(共通見学料)、中学生以下無料 
     ※チケットの販売は午前9:00~です。前売り券は販売しておりません。
主  催:増田『蔵の日』実行委員会
共  催:増田「蔵の会」・横手市・一般社団法人増田町観光協会
 
イベント内容:■歴史的建造物25棟特別公開
       (一部内蔵外観のみあり ※当日は旧石田理吉家の内部は見学できません)
       ■内蔵ミニコンサート(国文祭事業)
       ■つるしかざり展(国文祭事業)
       ■パッチワークキルト展(国文祭事業)
       ■地産食材の販売
       ■増田じまん市
       ■手すき和紙展
       ■裏千家「お茶席」
       ■どら焼実演販売
       ■骨董市
       ■秋田写真集団 写真展
       ■増田の朝市
       ■クラシックカー展示(軽三輪自動車)
       ■スタンプラリー(国文祭事業)
       ■工学院大学企画展(国文祭事業)
       ※公開蔵及びイベントは変更になる場合があります。

増田町観光協会

本屋は、町の中心になれる可能性がある

山間の小さな町の「複合店」

札幌の「くすみ書房」で町の本屋の窮状に打ちひしがれかけてからおよそ1か月、
今度は西へと向かった。目指すは広島県庄原市東城町にある「ウィー東城店」。
今回も、夏葉社の島田さんが主宰する
「町には本屋さんが必要なんです会議(町本会)」の取材が目的だった。

東城は、僕が本屋をつくろうとしている勝山(岡山県真庭市)と同じく山間の小さな町だ。
人口も、東城およそ8,700人、勝山およそ8,000人とほぼ同程度だ。環境が似通っている。
おおきなヒントをつかめるのではないかと、いつにも増して期待に胸を膨らませていた。

ウィー東城店の外観。店の向こうに山の稜線が見える。山間の小さな町の本屋に、休日ともなると200人近いお客さんが訪れる。

ウィー東城店は、本屋でありながら、
文具やCD、タバコや化粧品といった多様な商材を扱うのみならず、
店には美容室やエステを併設し、年賀状の宛名書きや印刷代行、印鑑の制作まで引き受ける。
本屋の生き残り戦略として、粗利の高い商材と組み合わせる「複合化」が叫ばれる昨今、
ウィー東城店は、その先端を行く本屋として注目を集めている。

店長を務める佐藤友則さんは、東城町からほど近い広島県神石郡神石高原町で生まれた。
奇しくも、島田さんや僕と同じ1976(昭和51)年生まれである。
実家は、創業1888(明治21)年以来、代々続く書店「総商さとう」を営んでいる。
そこは、屋号の「総商」が雄弁に物語るように、
創業当初から、書籍に加えて石鹸やロウソク、衣類や薪などの生活雑貨、
文具に化粧品、タバコを扱う「複合店」であった。
時代とともに扱う商品は変わっていったが、
佐藤さんは、生まれたときから「複合店」としての本屋を見て育ってきた。
なお、今は佐藤さんの父が同社の3代目の社長を務めており、
10月には、佐藤さんが晴れて4代目の社長に就任する予定だ。

ウィー東城店は、「総称さとう」の2店舗目として、1998年7月にオープンした。
佐藤さんの父が、佐藤さんに継がせるつもりで店を出したのだという。
高校生のころまでは「継がなくていい」と言われていた佐藤さんだが、
当人は子どものころから「継ぐつもり」だった。
その気持ちが父の心を動かしたのかもしれない。
売り場面積は110坪、40坪の本店とくらべて3倍近い規模の店だ。
ここも開店当初から、本だけでなく文具やCD、タバコや化粧品を扱っている。
ウィー東城店も佐藤さんも、「複合店」としてのDNAを、たしかに受け継いでいるのである。

店内の一画を占める文具とCDのコーナー。本屋でありながら、地域住民の生活をしっかりと支えている。

続いて、ウィー東城店と佐藤さんの取り組みを紹介する「図書新聞」の記事を参考に、
店と佐藤さんの歩みを簡単に振り返ってみたい。

危機を乗り越えた先に

オープン当初のウィー東城店は、社業を窮地に追い込むほどの赤字を垂れ流していた。
「総商さとう」でも本を扱ってはいたものの、
書籍の売上は、学校向けの教科書販売や配達が中心を占めていた。
店売りのノウハウがあったわけではない。
規模を大きくしたウィー東城店で、思うように本の売上が伸びなかった。

そのころ、佐藤さんは名古屋の本屋で修業をしていた。
ウィー東城店の店長に就任したのは、オープンして3年後の2001年7月のことだ。
経営が厳しいと聞いてはいたが、思っていた以上にボロボロだった。
数字以上に、地元民からも従業員からも、信頼を得られていなかったのが衝撃だった。
佐藤さんが戻ってきたのと入れ替わりで、4人いたスタッフはみな辞めていった。
すると、息子に継がせたいから従業員のクビを切ったと、
尾ひれがついて噂が町中を巡り、店の信用はさらに下がった。

着任した佐藤さんがまず目指したのは、地元住民の信頼を得ることだ。
それが、赤字脱却の第一歩につながると信じ、とにかく顧客の御用聞きに徹した。
在庫のない本を求められたら、他店を駆けずり回り、ときにはネット書店を探し回り、
考えられるあらゆる術を講じて本を仕入れた。
顧客に手数料を負担してもらうケースもあったが、
それまでいくつ書店を回っても、探している本を手に入れられずにいた顧客にとって、
多少の手数料は高いものではなかった。

そうこうするうち、次第に本以外の相談や要望も寄せられるようになった。
自動車の運転免許を取得したいというブラジル人の若者の勉強に付き合い、
自分史を本にしたいと相談してきた87歳のおばあちゃんの自費出版を手伝った。
気づけば、町には欠かせない「よろずや」として、地元から受け入れられるようになっていた。

2005年ごろには、経営が好転の兆しを見せ始める。
CDを除く全商材の売上が上向きはじめ、顧客からさまざまな要望を寄せられるようになる。
化粧品を買いに来た顧客からエステの依頼を受け、年賀状や名刺の印刷代行を頼まれた。
そうした声を拾い集め、2008年には印刷機を、2012年には印鑑制作機を導入する。
当初は外注していたこれらの業務を自社で引き受ければ、
それだけ粗利を見込めると判断しての設備投資だ。
2010年には美容室とエステを併設し、
美容師の資格を持つ佐藤さんの奥さんが、自ら接客して髪を切る。
こうした一連の策が功を奏し、店の財務状況は劇的に改善へと向かう。

本屋に併設された美容室。中はゆったりと広い。佐藤さんの奥さんが、ひとりひとり接客する。

思わぬ副産物もあった。新たに始めたサービスが本の売上を呼び込んだ。
美容室での一対一での接客を通じ『お灸のすすめ』(池田書店)という本が100冊以上売れた。
健康・美容という括りで、相性がよかったのだろう。

生まれながらの「複合店」で生まれ育ち、
就任当初から「複合店」の立て直しを任された佐藤さんは、
さらなる「複合化」に本屋の経営の活路を見出した。
その経験から、あらゆるものとつながりうる本と本屋の可能性を、
一段と強く認識するようになったのだ。

男だらけの6人の旅

今回の町本会は、少し変則的なかたちで行われた。
会場は、店からクルマで1時間ほど離れた福山市(広島県)のとある貸会議室だ。
その日は福山で「一箱古本市」が開かれていて、その関連イベントとして、町本会が催された。
会場に行くまでも、いつもと趣が違っていた。
これまで2度(小豆島と札幌)は現地集合だったのに対し、今回は島田さんからこう誘われた。
「大阪の高槻からクルマで行くんですけど、一緒にどうですか?」

高槻に着くと、島田さんのほかに4人の同行者がいた。
大阪の三島郡島本町、阪急・水無瀬駅前で「長谷川書店」を営む長谷川稔さん。
同じく大阪の茨木市にある「ハイパーブックスゴウダ」で書店員を務める森口俊則さん。
奈良の大和郡山市に今年2月に本屋「とほん」をオープンさせたばかり砂川昌広さん。
そして、夏葉社さんとご縁のあるカメラマンのキッチンミノルさん。
キッチンさんは、この記事の写真も撮影してくれた。

いい年をした男ばかりのドライブは、ちょっとした遠足気分だった。
島田さん以外はみな初対面だったけれど、
本に携わる仕事をしている親近感から、すぐに打ち解けることができた。
4時間近い道中で、本屋や本にまつわる話もしたけれど、ほとんど他愛もない話をしていた。
そのころ、島田さん初の単著『あしたから出版社』(晶文社)の制作が大詰めで、
タイトルがまだ決まっていないと島田さんが言う。
ああでもないこうでもないと意見を出し合う。
結局、僕らの案は採用されることはなかったのだけれど……。

福山に着き、ホテルでチェックインを済ませて会場へ向かうと、30人近い人が集まっている。
この日はもうひとり、ゲストが招かれていた。作家の碧野圭さんだ。
書店で働く人たちを描く小説『書店ガール 1~3』(PHP文庫)が人気を集めている。
まずは、登壇者による自己紹介。夏葉社と町本会、ウィー東城店、
『書店ガール』シリーズの紹介が終わると、話はいよいよ本題に入っていった。

左から佐藤さん、碧野さん、島田さん。佐藤さんと島田さんは、どことなく風貌が似ている。

「本屋は町の中心になれる可能性がある」

島田さんは佐藤さんと、今回旅をともにした長谷川書店でばったり出くわしたことがある。
帰りは同じ電車に乗り、そのとき佐藤さんが発した言葉が印象に残っているという。
「本屋は町の中心になれる可能性がある」
その真意を知りたいと、島田さんが佐藤さんに話を振った。

町から、八百屋や肉屋といった個人商店の「屋業」が消えている。
そういう現状で、本屋はどうやって生きるのか――。
こういう時代だからこそ、本屋は町から消え行く「屋業」の受け皿になれる。
それが、佐藤さんの見解だった。

本は、本というかたちのなかに、あらゆるジャンルの素材を含んでいる。
本は、そのなかに書かれたもの、編まれたものと軽やかにつながっていく。
美容室とすんなりつながったのもそのためだ。
だからこそ、本屋が町の中心になり、あらゆる業態の受け皿になる可能性を秘めている。
実際、他業種からも商材を扱ってほしいと、営業が訪ねてくることがしばしばあるのだという。

本屋についての自説を披露する佐藤さん。実践に裏打ちされているだけに、言葉に力がある。

もうひとつ、島田さんの印象に残っていた佐藤さんの言葉がある。
「本屋はお客さんから信頼されている商売だ」
その真意についても、島田さんは佐藤さんに尋ねた。

昨年10月、アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんが亡くなられたとき、
全国で唯一、ウィー東城店でアンパンマンの原画の展示販売が開かれた。
佐藤さんの父が、やなせさんが亡くなられる前から企画を進めていたのだという。

展示販売を行うにあたり、ひとつ懸念されることがあった。
額装の制作が間に合わず、店頭でのものの引き渡しができなかった。
額装のでき上がりを待つと、引き渡しは数か月先になるが、
店頭での先払いをお願いしなければならなかった。
原画は、1点数万円から10万円単位のものもある。
いくつも買いたいという大ファンがいてもおかしくない。
それだけ高額の支払いを、現物との引き渡しではなく、先払いで納得してもらえるのか――。
支払い方法を巡ってトラブルが起きる可能性も十分に予想された。

蓋を開けてみれば、先払いに文句を言う人はひとりもいなかった。
それは、本屋という商売がほとんど無条件で信頼されているからだと佐藤さんは言う。
先人たちが積み上げてきてくれた信用のおかげである。
「本屋が町の中心になれる」のも、何とでも軽やかに結びつく本の力に加え、
本屋という業態が持つ信頼感が大きいと佐藤さんは力を込める。

コミュニケーションか棚づくりか

町の御用聞きに徹して経営の窮地を脱したウィー東城店は、
顧客との対面コミュニケーションに重きを置く。
一方で、本屋は本で勝負してこそ本屋だという見方もある。
本に対する深い知識を持ち、見る人を唸らせる棚をつくってこそ本のプロであるという見解だ。
町の本屋はどちらを目指すべきはなのか、という声が会場からあがった。

会の後半は、参加者全員が車座になって話をした。参加者からも活発な意見が出た。

それに対し、碧野さんが次のように意見を述べる。
とことん棚で勝負する店は、都会に多い。
それは、大型書店がひしめく都会で、個人店が生きていくには棚に特徴を出すしかないからだ。
だが、つくり込んだ棚は、店主の趣味趣向の産物ではない。
本に対する顧客のニーズを細かく広いあげた結果である。
ウィー東城店の「複合化」路線も、
顧客と向き合うという意味では、やっていることは変わらない。
「屋業」が消え行く地方の町では、顧客の声が都会とは違うだけのことではないか――。

その指摘を島田さんがフォローする。
棚をつくり込むことに力を入れている本屋は、
顧客との対面コミュニケーションに時間を割けないことを嘆いている。
その両輪で顧客に向き合うのが理想ではあるけれど、
なかなか両方に等しく時間を割くことができない。
そこにもどかしさを感じているのが現実だ――と。

佐藤さんがそれを受ける。
うちは逆の嘆きがある。コミュニケーションに力を入れるあまり、
棚をつくり込むところまで手が回らない。
コミュニケーションと棚づくりのバランスをとるのは難しい。
佐藤さんが、両者のバランスがとれていると感じたのは長谷川書店だという。

長谷川さんがそれに答える。
やりたいことは佐藤さんに近い。コミュニケーションには力を入れている。
ただ、それが必ずしも売上につながるとは限らないのがもどかしい。

コミュニケーションと棚づくり、そして経営のバランスをとることは、
本屋のみならず、あらゆる小売が抱える永遠の課題なのだろう。

会場からもさまざまな声が上がり、2時間の会はあっという間に終わる。
語り尽くせぬ思いは懇親会へと持ち越された。
それでも話は尽きない。名残惜しみつつ、懇親会もお開きとなった。

本屋というより、まるでワンダーランドのような

翌日は、一行でウィー東城店へ向かう。
福山から東城へのクルマでおよそ1時間の道中、佐藤さんにいろいろ話を聞いた。
「田舎には田舎特有のゆったりとしたリズムがある」という話が、何より印象深かった。
頻繁に棚をいじらない。でも、いつ来ても同じだと思われないようにちょっとずつ棚を変える。
場合によっては、お客さんから本を教えてもらうぐらいでちょうどいいのだそうだ。

名古屋で本屋修業をしていた佐藤さんは、そのリズムをつかむのに1年半の時間がかかった。
都会で売れている本が、東城でなぜ売れないかがわからない。
少しずつ少しずつ、田舎の時間の流れに馴染んでいった。

店に戻った佐藤さんは、水を得た魚のように、俄然いきいきと動き始めた。
子連れのお客さんが来ると、時間を惜しまず自慢の手品を披露する。
食い入るように見つめる子どもと、一緒になって遊んでいるようにさえ見える。
その記憶は、子ども心に強烈に刻まれるに違いない。
子どもの目には、本屋というよりもむしろ、
「あそこに行けば何かがある」と感じさせてくれるワンダーランドなのかもしれない。

レジカウンターは、佐藤さんの舞台だ。手品を繰り出す佐藤さんの手を、子どもが食い入るように見つめている。

取材を終えて……

今回の旅にはまだ続きがある。
大阪から道中をともにしてきた一行と佐藤さんと一緒に、勝山へ向かうことになっていた。
お目当ては、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社)のタルマーリーさんだ。
本に関わる人たちにとって、気になる本であり、気になるパン屋であるのだ。
この本の制作に携わったひとりとして、ただただ嬉しい限りである。

道中、島田さんと長谷川さんと話し込んだ。
というか、ふたりの会話をほとんどじっと聞いていた。本屋の経営に関する話である。
ふたりの話に付いていけない。本屋についてあまりにも知らなさすぎる。
自覚していたことではあるけれど、自分の無知ぶりに、不勉強ぶりに、
そして、そんな状態で本屋を始めるなどと公言した無謀さに、とことん嫌気が差してきた。

勝山に着くと、沈んでいた気分が幾分か和らいだ。
島田さんが、佐藤さんが、道中をともにしたみなが、嬉しい言葉をかけてくれた。
「この町で本屋をやりたくなる気持ちが、ここに来てよくわかりました」
「この町なら、本屋の可能性があると思います」

もともと本屋の経験がない僕に、そもそも自信もへったくれもないのだけれど、
リップ・サービスかもしれない温かい言葉を耳にして、
前向きな気持ちを少しは取り戻すことができた。

僕は勝山に残り、一行を見送る。
物件のことをはじめ、町の人と相談したいことがいろいろあった。
みな本当に気持ちのいい人たちだった。別れが惜しい。
本がつないでくれた縁をしみじみありがたく思う。

次回は、少しずつ進めている開業準備について書いてみようと思う。
取材もあちこちさせていただいているけれど、現実も動いている。
今の時点で見えていることを整理しておきたいと思うのだ。

information


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ウィー東城店

住所:広島県庄原市東城町川東1348-1
TEL:0847-72-1188
営業時間:10:00-21:00
定休日:元旦のみ

農と食がつながる暮らし、栗拾いと栗ご飯

栗を拾って、食べるまで。

実りの秋、小豆島はまさにいまそんなシーズン。
イチジクから始まり、ぶどう、栗、そしてもう少ししたら柿、みかんなど、
いたるところでおいしいものが実っています。

私たちが暮らす肥土山では、そういった果物を育てている家がたくさんあります。
家の畑にイチジクの木が2、3本植わっていたり、小さなぶどう棚があったり。
自分たちの家で食べたり、まわりの人におすそ分けしたり、
毎年収穫の時期を楽しみに果物を身近で育てています。

私たちの家の庭にも、サクランボ、イチジク、柿、レモンの木があります。
少し離れた畑には、ビワ、栗、梅、金柑など。
お祖父ちゃんがたくさんの果樹を残してくれました。

そしてつい先日、みんなで栗拾いをしました。
去年の秋も小豆島で暮らしていたのですが、
なんとなくタイミングを逃してしまい、小豆島で初めての栗拾い。
子どものときに実家の近くで栗拾いして以来だから、実に25年ぶりくらい。

まさに大きな栗の木の下で〜♪ 栗拾い。

どうやったらイガイガに刺されずに栗を取り出せるか。そんなことも子どもにとっては挑戦。(撮影:牧浦知子)

大人のほうが興奮。手袋二重にして必死で拾いました(笑)。(撮影:牧浦知子)

いやー、興奮するする(笑)。
実を採るっていうのは、ほんとにいくつになってもワクワクします。
割れたイガイガの間から見えるツヤツヤの栗。
それを見て嬉しくなりながら、足でイガイガをどけて栗ゲット。
時間を忘れて拾い続けました。

ほんとにツヤツヤの栗。こんなにもキレイなんだなーと見とれてしまうほど。

長靴でイガイガをよけて、中身を取り出します。

今年の栗はでっかい!

そしてたくさん拾ったはいいものの、どうしよか(笑)。
鬼皮と渋皮にしっかり守られた栗。
これをおいしく食べるために、ここからがひと苦労。

一緒に栗拾いした友人と、翌日の夜それぞれの家で栗ご飯にすることを約束。
いつもの私ならその面倒くささにくじけてしまうのですが、今回はその約束もあって、
鬼皮、渋皮と地道にむいて、無事に栗ご飯までたどりつきました(笑)。

栗拾いから栗ご飯まで無事つながりました。栗いっぱいのリッチな栗ご飯。

昔はこうやって畑や山から採ってきた実を、お母さんやおばあちゃんが調理して、
毎日のごはんで食べていたんだなぁと。
いまは、その多くの部分が暮らしの外に出てしまい、
皮のむかれた栗を買って栗ご飯にしたり、加工された栗ご飯を買って食べたり。
手間が少なくなり、そのかわりにお金を払うように。

何が豊かかはその人しだい。
手間が少なくなって、暮らしが楽になったというのも豊かさのひとつだと思うし。

ただ、みんなでワイワイと栗を拾う時間はとても楽しいし、
もくもくと栗の皮をむく時間も心地いい。
そして自分たちの手で自然からいただいたものが、
おいしいごはんになるというのはけっこう感動する。

栗ゲット! やっぱり実を収穫するって子どもも大人も楽しい。

収穫した栗を水につけて皮をやわらかくします。このあと鬼皮と渋皮をむきむき。

農と食が近くにある、農と食がつながってる暮らし。
これってほんとに豊かだなと、栗ご飯を食べながらあらためて思いました。

information


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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

「TOmagazine 品川区特集」広末先輩登場!東京のローカルを新鮮な視点で斬るタウンマガジン

実は脚光を浴びることが少ない、東京都内の
ローカルタウン。タウンマガジン「TOmagazine」は、
東京都内から毎号1つの区をターゲットにして
ディープに街を紹介していく画期的な雑誌です。
このたび、足立区、目黒区、中野区に続く
最新号「TOmagazine 品川区特集」が発売されます。

品川区といえば東海道新幹線の品川駅やオフィス街という
イメージがありますが、「TOmagazine」ではこれまでにない
視点から品川区を取り上げています。
まず注目は、表紙の女優・広末涼子さん!
広末さんが女優のスターダムを登り始めたころ、高知県から上京して
通っていた母校「品川女子学院」で撮影しました。
撮影は写真集「未来ちゃん」(ナナロク社)などでお馴染みの川島小鳥さん。
プロインタビュアーの吉田豪さんが、広末さんの内面を掘り下げるインタビューを
しています。ほかにも「愛の品川」というテーマのもと、多彩な記事が。

品川駅から徒歩0分の水族館、「しながわ水族館」をグラビアで。

花街・五反田のいま、むかし。

「空飛ぶ円盤」を探し続けた男・荒井欣一さんについて、「奇界遺産」著者の佐藤健寿さんが徹底取材。UFOと五反田の関係とは?!

ほか、古今亭志ん輔さん、まつ乃家栄太朗さんによるお座敷遊びや、
「初めての大井競馬場デートのために知っておきたい10のこと」
「デパート研究家、寺坂直毅が案内する、魅惑のTOCビル」
「区内在住者がおすすめ! ハイパーローカルな品川グルメINDEX 50」
など、知らない品川区の顔が盛りだくさん。
お買い求めは書店、もしくは通信販売で!

・TOmagazine 品川区特集号
発行:株式会社 双葉社
制作:東京ピストル
価格:本体¥1,300+税
URL:https://www.facebook.com/TOmagazine.tokyo

サブの家

いまとなってはこの話をどこから始めればよいのか難しいところではあるのだが、
シンプルに起承転結を考えたら「起」の部分がサブであったことは間違いないと思う。
発端は今年の1月、元浜倉庫の隣にあるアパートの住人から
「サブが夜中に吠えている」という苦情があった。
ひどいときはぶっ続けで3時間ほど吠えまくっているらしい。
アパートでは睡眠不足になっている人もいるとか。
まるで『マルテの手記』に出てくる老侍従である。
村の誰もが敬愛していた侍従が、
その死に際して十週間も夜中に吠え続けて村中を恐怖に陥れるという。
そんなことになったら、この連載の悠長な『昼下がり』のタイトルにも
偽りが生じてしまう。早速、その日からあれやこれやの対策が始まった。
最初は「夜寒いんじゃないか?」というので
ナンバ(近所のホームセンター)で電気アンカを買って毛布に仕込んだところ、
翌朝、蹴飛ばされてコンクリートの床に転がっていた。
ユウコさんが湯たんぽを用意してくれたこともあったが結果は似たりよったり。
「おなかが空いているのでは?」というので
餌やりの回数を変えたり餌の量を変えたりもした。
結局、夜に事務所の蛍光灯をつけっぱなしにし、
さらにラジオをかけたままにしておくことで一応の決着を見た。
そのおかげなのか偶然なのか、サブの夜泣きはおさまったようだった。
この「蛍光灯とラジオのつけっぱなし作戦」は、
効果のほどはよくわからないまま現在も継続中である。
でも、ぼくは夜泣きの原因に関しては、いまでは確信めいたものがある。
つまるところ、サブは寂しいのだ。

サブがこの元浜町に住み着いたのは2010年のこと。
気がつくと、元浜倉庫の隣のアパートに
おまけのように付いているようなトタンの倉庫を寝ぐらにしていた。
サブは正真正銘の野犬だった。
野犬自体、児島ではそれほど珍しいものじゃないのだが、
ほかの野犬と違って徒党を組まず、いつも一匹狼だった。
サブは薄汚れた、よぼよぼの老犬だった。走っている姿を見たことがなかった。
吠えもせず唸るようなこともせず、いつも困ったような顔をしてとぼとぼと歩いていた。
そんなおとなしい犬なものだから、野犬とはいえ誰も追い払おうとはせず、
元浜町界隈ではいわば黙認していた。
アパートの住人とかアパートの向かいのおばちゃんとか、いろんな人が餌をやっていた。
かくいうぼくもそのひとりで、サブが元浜倉庫の前を通ると、
「サブ!」と名前を呼んで、プラスチックのボールに入れた餌を差し出していた。
そんなときのサブはというと、餌を見て走って寄ってくるようなことは絶対にしない。
大抵、困ったような顔でしばらくぼくの顔を見つめてから、
おもむろに「食ってやるか」とでも言いたげな表情で重い足取りをこちらに向ける。
当然、餌を食べ終わったら無言で立ち去る。
野犬の矜持とでもいおうか、媚びることが一切ない。
カラダは触らせないし、頭も撫でさせない。
かわいげというものがまったくないからこっちも触りたいとも思わなかった。
それでも一度だけ、サブがぼくに少しなついていると思えるようなことがあった。
冬の夕暮れ時、ぼくが倉庫の鍵を閉めて、駅まで歩いて帰ろうとしたときのことだ。
倉庫を出てすぐの港で、暗がりのなか、向こうから歩いてくるサブとすれ違った。
「サブ、じゃあな!」と声をかけてそばを通り過ぎた。
しばらくして、ふと振り返るとすぐそこにサブがいた。
いつものとぼとぼしょぼい足取りでついてきていた。
「サブ、来るな! 帰れ!」
少々きつめに言っても、立ち止まるだけで帰ろうとしない。
そんなことを何回かやっているうちに駅のそばまでやって来た。
このままだと片側二車線の広い道路を渡ることになるので、威嚇して追い返そうとした。
サブはただでさえ困ったような顔をなお困り顔にしてまっすぐぼくを見ていた。
ぼくはその間に逃げるようにして道路を渡った。サブはもうついてこなかった。
でも、あの真っ黒な悲しそうな目が焼きついて、こっちまでしばらくずんと悲しかった。

サブを元浜倉庫で飼うようになったのは2011年の5月だった。
その日、近所に住んでいる小学生の女の子が、
サブと鉢合わせしたかなにかで驚いて走って逃げようとした。
そこで彼女は転倒してしまい、歯を折ってしまった。
その話を近所のおばちゃんから聞いて2時間も経たないうちに、
その親御さんが夫婦そろって元浜倉庫にやって来た。
ぼくは餌をやっていたという手前、申し訳ないという気持ちがあった。
それ以上に、ちょうどチコリが生まれたばかりというのもあって、
彼らの気持ちは察するにあまりあるものがあった。
サブがうちの犬だという彼らの言い分には承諾しかねたが、
反論はせず、謝罪した。ぼくに責任の一旦があるのは事実だった。
そして彼らの要求をのんで、その場でぼくがサブを飼うと約束した。
その夜からだ、サブがうちの犬になったのは。

最初の2年はひどいものだった。元浜倉庫にやってくる人には誰彼かまわず吠えたてた。
毎日のようにお昼を食べにやって来る縫子のフジタくんでさえ、
ほぼまるまる2年の間、律儀なまでに毎回吠えたり唸ったりした。
3年目にしてようやくである。何が変わったといって、サブの顔つきだ。
陰な部分が消えて、表情がやわらかくなった。振る舞いも別犬のようである。
いまでは人に触らせるどころか、犬好きの人に対してはいとも簡単におなかを見せる。
これはチコリの貢献度が大きいんだけど、
あれほど嫌いで逃げ回っていた子どもに対しても
自分から寄って行って顔を嘗めようとする。
元浜倉庫焙煎所のお客さんたちにもかわいがられていて、
ちょっとしたマスコット的存在だ。
サブが夜中に吠えるようになったのは、こうしたサブの変貌ぶりとは無縁じゃない。
思うに、「里ごころ」ならぬ「人ごころ」がついてしまった。
そんなサブの人生を思うと少々不憫ではある。
いまはすこぶる元気とはいえ、残された寿命もそう長くもないし……。
「サブのために一軒家を借りるか」
こうして展開はようやく起承転結の「承」に入る。

ここで何度か書いてきたが、ぼくは早島という町でアパート暮らしをしている。
典型的な子育て世代のアパートなのでペットの類は禁止。
しからば、サブを飼える環境を手に入れようということで
「一軒家を借りる」という案にたどり着いた。
しかし、この「承」はほとんど間を置くことなく「転」へと移る。
「いっそのこと買ってみるか、家を」
このあたりの無茶な展開も、ぼくの人生においてはそんなに無茶でもない。
家族の後押しがあったことも大きい。
タカコさんは「家を買う」と言ったその日から、
「買おう、買おう!」と元クラバーらしいノリで積極的に応援してくれている。
しかし、一番大きかったのはうちに出入りしている信用金庫のMクンのバックアップだ。
「あのさ、1000万円ぐらい貸してみてくれないかな?」
ダメもとで聞いてみた。
「なにを買うんですか?」
「うん、ちょっと家をね」
Mクンの反応はまったく予想外のものだった。
「大丈夫だと思いますよ」
「え、マジで? 貯金も担保もなんもないんだよ」
「買おうとする物件を担保に入れて借りるんですよ」
そう言って、Mクンはその日のうちにアジアンビーハイブの決算書をもって帰った。
そして数日後、淡々とした顔で「オッケーです」。
実は「借りる」から「買う」に転じた背景には、ある一戸建ての中古物件の存在があった。
たまたまその家が1000万円で売りに出ていたことを知り、
そこで初めて「買う」という発想が生まれたわけだ。
とはいえ、これまでの人生で家を買うなんてことは考えたこともなかったので、
「家を買う」とは口にしていても感覚的にはまったくリアルではなかった。
でも、Mクンのこのひと言で家の購入がぐっと現実感をともなってきた。
あの家だったら、山に囲まれているからサブなんて離し飼いにしてやれるかもしれない。
チコリとツツにもそれぞれ広い部屋をあてがってやれるし、
ぼくの趣味にできそうな手入れのしがいがある広い庭もある。と、
そんなあれこれを夢見ながら、いよいよ不動産屋との家の内見の日を迎えた。
外からは何度となく見に行っていた。
建築士の友人を連れて行って、基礎の部分を見てもらったりもしていた。
ぼくはもうその日にはすっかり買う気になっていて、
帰りに不動産屋と契約を交わすような勢いだった。
前を行く不動産屋さんの車が件の家の前で停まり、
ぼくはその後ろに車をつけて車から降りた。
タカコさんも子どもたちと一緒にはしゃぎながら車を降りてきた。
さあ、いよいよだ。ぼくたちの高揚感はマックスにあった。
その朝初めて会った年配の不動産屋さんがぼくたちの方に向かって歩いてきた。
手には封筒やら資料やらが束になっている。
当然、流れは「さあ、それじゃあ行きましょうか」と家の玄関に回って、
となるはずだった。ところが……。
「あのね、この物件、実は昨日契約がまとまったんですよ」
「………」
しばし、唖然。言葉もなにも出やしない。
「おすすめの物件がいくつかありますから、そちらに行きましょうか」
自分でも意外なほどの落胆ぶりだった。怒る気力さえないような。
「はあ、今日はもういいです……ぼくら帰ります」
「ああ、そうですか。わかりました。じゃあここで」
ひと言謝るでもなく、不動産屋はそそくさと帰って行った。
あのときまともな精神状態であれば、
「じゃあここで」と言って背中を向けたその背中に飛び蹴りを食らわしたうえに
池に蹴落としてやれたのにといまだに思う。
ともあれ、ぼくの生涯初の、そして最後かもしれないマイホーム購入計画は
こうして幕を閉じた————いや、幕を閉ろしちゃいけないのだ。
サブの問題は依然としてそのまま残っている。
いまのアパートではチコリとツツに子供部屋をあてがってやれないという、
サブの問題から浮上したとは思えない深刻な課題も露呈していた。

この話にはさらに先がある。
現段階、展開は「結」に近づきつつあるような近づいていないような。
その話はまた回をあらためてということで。

10月初旬発行の『風と海とジーンズ。』(児島商工会議所発行)、ファッションページにサブが登場してます。サブの存在によって「ローカルのファッション」を見事に体現できたのではないかと。それにしてもいい顔してるぞ、サブ!(写真/池田理寛)

Information

元浜倉庫焙煎所 岡山のおいしいコーヒー「コロカルオリジナルセット」

著者・赤星 豊さんのパートナー・タカコさんの元浜倉庫焙煎所から「コロカルオリジナルセット」がコロカル商店で発売中!
布製のバッグ付きで、贈り物にも。2,808 円(税込)
https://ringbell.colocal.jp/products/detail.php?product_id=5140

富山・魚津港 前編

それは、東京の魚津から始まった。

4月の中旬、コロカルの撮影で富山へ行くことになった。
富山といえば、何と言ってもホタルイカ。
子どもの頃からホタルイカが大好物で、旬になると
魚売り場に並ぶそれを見ては、ついごくりと喉を鳴らしてしまう。
そのホタルイカ漁のメッカである富山に、ずっと行ってみたかった。

撮影は1日で終わるとのこと。
ならば、延泊して美味しいものにありつきましょう。
さて、どうリサーチしたものかと考えながら、帰り道をぼんやりと歩いてると、
目に飛び込んできた「魚津」という居酒屋の看板。
おっと! 魚津といえば、富山の港町ではないですか。
20代の頃からちょくちょく寄らせてもらっているこのお店。
旬の魚と日本酒が、とびきり美味しい。
ひょっとすると、富山の有力な情報をお持ちなのではあるまいか。
お店の方と特に顔なじみというわけではないが、ダメもとで聞いてみよう。

富山のお酒を始め、各地の日本酒が味わえます。旬のお刺身とぜひ。「魚津」 住所:東京都杉並区荻窪5-29-11 TEL:03-3393-4629 詳細はこちら

ガラガラガラ~。
店員「いらっしゃいませ!」
威勢のよいお出迎えに、少々気まずさを覚える。

テツ「すみません、あの、飲みに来たのではなく、ちょっと伺いたいことがありまして」

店員「???」

テツ「今度、富山にいくことになったのですが、
美味しいお料理を作ってくださる方をご存知ないでしょうか」

店員「……ちょっとお待ちくださいね」

ご主人が厨房から出て来てくれた。

テツ「突然すみません。
今度富山に行くのですが、郷土料理を教えてくださる地元の方を探しておりまして」

一瞬きょとんとした表情を浮かべたご主人。
腕組みをしながら、ぐるっと考えをめぐらせてくださっている様子。

ご主人「電話してみるよ」

どこへ?

ご主人「あー、東京の魚津です」

しばらく会話が続いた後

ご主人「はーい、ありがとうございますー」

電話を切る。

ご主人「吉田鮮魚店ってとこに電話したんだけどね、
漁協に電話したらいいって、話通しとくからって」

電話番号を書いたメモをご主人から手渡された。

!!!

なんというスムーズな展開!

テツ「ありがとうございます!」

思い切って開けてよかった~、魚津の扉を。
その後、ご主人オススメの宿など、富山情報をたっぷり教えていただいた。
お礼を伝えて店を後にする。

後日、魚津漁協に連絡をしてみると、地元の方を当ってくださるとのこと。
どんな出会いがあるのやら、いよいよ楽しみになってきた。

福田アジアンバザール、小豆島でアジアな1日

ちょっと離れた集落で、イベントに参加。

9月に入り、小豆島は晴れの日が続いています。
8月の長雨のせいか、地面や空気の温度はさがり、朝夕はすっかり秋。
でも日中はまだまだ太陽の陽射しが暑い毎日です。

そんな9月の日曜日。
小豆島・福田(ふくだ)地区で、「福田アジアンバザール」が開催されました。

福田は、島の北東にある海に面した集落。
ここはかつて石の産地として栄えたそうです。
現在は900人ほどの人々が暮らしていますが、町の合併などにより、
5年前に地元の福田小学校は閉校になってしまいました。

そして、その閉校になってしまった福田小学校が、
去年の瀬戸内国際芸術祭2013の際にリノベーションされ、
いまは「福武ハウス」として開かれています。(小豆島日記 #014
現在「福武ハウス―アジア・アート・プラットフォーム2014」として、
アート作品の展示、福田とアジアの食や文化、歴史を通した交流、
そして福田とアジアにまつわるイベントを展開。

今回の福田アジアンバザールはそのイベントのひとつ。
私たちHOMEMAKERSは、タイやミャンマー、台湾料理と並んで、
ドリンクとして出店させていただきました。

この日はドリンク屋さんとして出店。青みかんや小夏かんなど小豆島の柑橘を使ったソーダを販売しました。

小豆島で暮らしていても、福田にはなかなか行く機会がありません。
小豆島は多くの人が思っているよりもずっと広く、いろんな地区があります。
うちから福田までは車で40分。
ちょっとしたドライブです。

この日はほんとにいい天気で、島の北側を走りながら眺める海は最高。
空気が澄んでいて、遠くに明石海峡大橋も見えたり。
島の北側の静かで穏やかな雰囲気ってやっぱりいいなあと思いながら、
北浦、大部、小部といった北側の集落を通過し、ワクワクしながら福田へ。

島の北側は海岸ギリギリまで山が迫っている感じ。静かで穏やかでいい。

会場に到着すると、運動場はいつもと違って、賑やかなお祭りモード。
楽しそうな雰囲気が始まる前からすでに漂っていました。

地元福田地区の人たちによる農産物の販売。新米、たまご、野菜など。準備完了。

アジア各国のグッズ販売も。

11時、福田アジアンバザールスタート。
スタートと同時にほんっとにたくさんの方がみえて、どこの屋台もずっと行列。
石のお宝探しや石の工作ブースも子どもたちでいっぱい。
音楽ステージもたくさんの方で賑わっていました。

ほんとにたくさんの方が見えてました。大漁旗がまた気分をもりあげる。

お客さんで賑わう農産物のお店。

サザエや小エビも! こういうのが海辺の集落らしくていい。

アジア各国の楽器を使った演奏も。

この日はなんと2000人近い人が来場されたとか。
私がいままで小豆島で参加したイベントの中で
最大規模だったんじゃないかなと思います。

福田って面白い場所だなとあらためて思いました。
福武ハウス、旧小学校体育館を利用した「福田アジア食堂」、
もともと郵便局だった古家を改修した「福田『家プロジェクト』」、
建築家西沢立衛さんによる葺田パヴィリオン、
そんな新しいものも生まれ、そして何よりもここには福田という集落がある。
集落の中の小道を歩いたり、海で釣りをしたり、1日楽しめる場所。
元気なおっちゃんおばちゃんたちがきっと迎えてくれると思います。

「福武ハウス―アジア・アート・プラットフォーム2014」は、
11月3日まで開催(土日祝のみ開館)。
秋の気持ちのいい週末に、ぜひ訪れてみてください。

小豆島を写真の島に! 初の撮影ツアー開催

充実の1泊2日ツアー。

小豆島で暮らし始めてもうすぐ2年。
ここで暮らすようになり、ほんとにたくさんの写真を撮るようになりました。

もともと写真が好きで、旅の写真とか家族の写真をよく撮っていたけれど、
小豆島に来てからはとにかく日常の暮らしの中で出会うものをよく撮るように。
美しい風景はもちろん、昔から残るまち並み、おいしいごはん、
季節を感じる自然、子どもたちの表情、暮らす人たちの日々の営み……。
畑作業をする時も、スーパーに買物に行く時も、犬の散歩をする時も、
いつもカメラを持つようになりました。

そんな小豆島の日常の写真を発信していこうと島の友人たち、オリンパス、
写真雑誌「PHaT PHOTO」、写真家MOTOKOとともに始めた「 小豆島カメラ 」の活動。
メンバーそれぞれがいいなと感じた暮らしの中の瞬間をカメラで切り取り、
1日1枚のペースで小豆島カメラの公式Webサイトで発信しています。
この夏は、Webサイトでの発信だけでなく、
「見たい 会いたい 食べたい」と題して写真展も開催。
島内でも2か所で展示を行い、小豆島で暮らす人々にも
私たちの活動を知ってもらえたんじゃないかなと思います。

そして、この夏のもうひとつの大きな企画が小豆島撮影ツアー。
8月最後の週末に1泊2日で開催されました。
今回のツアーは、PHaT PHOTOが主催。
私たちはアテンドということで、一緒に島内をまわりました。

神戸港からジャンボフェリーで。船内でさっそくカメラ講習など。

ツアーの2日間はほんとにいい天気で、最高のカメラ日和。

馬木のまち並みを歩く。参加者のみなさんと一緒に島内をまわりました。

正金醤油さんの醤油蔵で話を聞きながら撮影。
オリーブのリーゼントでリーゼントのかつらをかぶって撮影。
碁石山から最高に美しい夕景を撮影。
稲刈りをする中山のおっちゃんを撮影。

正金醤油さんの醤油蔵。生産者さんのお話を聞きながら。

馬木地区にあるオリーブのリーゼント。リーゼントのかつらをかぶって記念撮影。

今回の撮影ツアーの講師、神島美明先生。碁石山からの景色を撮ります。

稲の収穫が始まった中山地区。作業中の風景を撮らせてもらいます。

20人以上もの方々がツアーに参加してくださり、小豆島らしい美しい風景から
島で暮らす人々の営みまで、オリンパスのカメラで撮影。
天気にも恵まれ、充実の2日間だったと思います。

馬木で暮らす岩ちゃんと。オリーブのリーゼントに行くとだいたい出会えます。

ツアーのアドバイザー、台所研究家の中村優さん(写真右)。無印良品・暮らしの良品研究所の「これからの田舎と都会」のコーナーで小豆島を取り上げています。

一緒に島をまわった小豆島カメラメンバー。

小豆島に来てくれること。
それはいまの私たちにとっていちばんうれしいこと。
来てくれることで、出会いが生まれる。
その出会いによって、たとえばこの先ずっと小豆島のお醤油を使い続けてくれたり。
もしかしたら、小豆島で暮らすことを選んでくれる人がいたりするかもしれない。

写真をきっかけに小豆島に来てくれる人がひとりでも増えれば。
小豆島を写真の島に!
そんな企みをもちつつ、今後も活動を続けていこうと思います。

住み着く芸術・土着する文化「鳥取藝住祭2014」。アーティスト・リゾートをめざす鳥取にて芸術祭ならぬ“藝住祭”を開催!

今年の秋、鳥取にて「鳥取藝住祭2014」が開催されます。

2012年からアーティストが滞在制作を行う
アーティスト・イン・レジデンスを実施し、
アーティストが活動しやすい環境づくりを推進してきた鳥取県。
今年は国内外から約30組のアーティストを招聘し、
3ヶ月にわたり
アーティスト・イン・レジデンスや演劇祭を開催します。

■ 鳥取藝住祭2014の見どころ

アーティスト・イン・レジデンスとは、
アーティストを招聘し、その土地の
文化・歴史・自然・人と関わりながら
滞在制作を行う活動を支援する事業のこと。

鳥取県では、このアーティスト・イン・レジデンスの
概念をていねいにとらえ直し、
芸術家が地域の人々と出会う場を作っていくことで、
日常生活への新しいまなざしや楽しみを生みだし、
それらが地域に根づいていくことをめざしています。
プロジェクトパートナーは、各地域のまちづくり団体。
県内8カ所の拠点にて
さまざまなプロジェクトを展開し、
アーティストによるオープンアトリエや、
一般の人も参加できるワークショップ、トークなどを行います。

・アーティスト中島佑太を招聘する関金AIR温泉

関金温泉街

中島佑太「今日の看板公園ー松ケ丘小学校」アーカスプロジェクト アーティスト・イン・スクール2013 茨城県守谷市立松ケ丘小学校

・ここあん(子己庵)を拠点に人形劇とギターのパフォーマンスをつくる「コンニチハ人形劇」

「コンニチハ人形劇」招聘アーティスト ヨシダ人形劇・吉田貴志

・ダンサーの竹ち代毬也(たけちよまりや)、ボードビリアンのバロンらを招聘する倉吉市の「くらよしAIR 3/14」

「くらよしAIR 3/14」招聘アーティスト:バロン

・大山をモチーフにアニメーションをつくる「大山アニメーションプロジェクト2014」

「大山アニメーションプロジェクト2014」招聘アーティスト チャンキー松本/絵本「たがやせ!どじょうおじさん」

・地域に根ざしたユニークな国際演劇祭「鳥の演劇祭7」

「鳥の演劇祭7」旧鹿野小学校を活用した鳥の劇場

・米子の旧末次太陽堂ほか、米子中心市街地や中海周辺を活用したAIR475(エアよなご)
カナダからカーン・リーとシンディ・望月、日本から戸井田 雄の計3名のアーティストを招聘します。

Khan Lee 〈Hearts and Arrows〉

・現代美術家のホン・ヒュンキらを招聘する岩美郡岩美町の「岩美現代美術展」
・映画についてじっくり学ぶワークショッププログラム「浜村温泉湯けむり映画塾」
・フランス人演出家ディディエ・ガラスが、鳥取のまちを題材に書き下ろした台本を子どもたちと一緒にまちながで上演する「七つの人形 Sept Poupées(セ・プペ)」。

各拠点では展示や人形劇、ワークショップなど、
子どもから大人まで楽しめるイベントが予定されています。
詳細はプログラムをご覧ください。→こちら

また、県内各地で「芸術学校」と題したトークイベントを開催。
アーティストの日比野克彦さん(10月8日)、
アーツ前橋館長の住友文彦さん(10月31日)、
アートプロデューサーの相馬千秋さん(11月23日)を招き、
地域とアートの関係ついて、じっくり語り合う場をつくります。

また、アートと一緒に、
温泉や縁結び&パワースポットなど、
鳥取ならではの観光が楽しめるのもうれしい!
最新情報は公式サイトやFACEBOOKをご覧ください。

鳥取藝住祭2014
FACEBOOK

今年もヒカリエで「豊岡エキシビション2014」開催。来場者には「豊岡歳時記冊子」プレゼント!

昨年東京・渋谷のヒカリエで開催され、好評を呼んだ
兵庫県の豊岡市を発信するイベント「豊岡エキシビション」が今年も開催!
「豊岡エキシビション2014 豊岡から世界へ 芸術文化の発信」と題し、
9月15日(月・祝)から17日(水)の3日間にわたって
豊岡の魅力を発信する催しを行います。

15日に行なわれるのは、温泉街で浴衣を粋に着こなすための
ワークショップや、中貝宗治豊岡市長によるプレゼンテーション、
能楽師の田茂井廣道と角当直隆による新作能「田道間守」特別版、
そして劇作家・演出家の平田オリザ、女優のイレーヌ・ジャコブ、
俳優のジェローム・キルシャー、中貝宗治豊岡市長によるトークショー。

16日は、歌舞伎俳優の片岡愛之助、産経新聞編集委員の亀岡典子、
中貝宗治豊岡市長によるトークショー「城下町出石に息づく「永楽館歌舞伎」」。

そして17日は、ブックディレクターの幅允孝、
グラフィックデザイナーの長嶋りかこ、
NPO本と温泉 理事の片岡大介、中貝宗治豊岡市長による
トークショー「万城目学 新作短編小説「城崎裁判」」。
幅さんが企画編集、長嶋さんが装丁を手がけた、
小説家の万城目学さんが城崎温泉に滞在し書き下ろした
小説「城崎裁判」の制作発表です。
この小説が東京で販売されるのは、豊岡エキシビションのこの日だけ!

さらに!来場者には豊岡市を味わい尽くす67日間の日々を
イラスト付きでまとめた冊子「TOYOOKA 67DAYS」をプレゼント。
塩川いづみ、東海林巨樹、平山昌尚、前田ひさえら
人気イラストレーターが秋の豊岡の歳時記を描いています。
ほか、お隣のd47食堂では但馬牛などの豊岡の食材を
使った「豊岡定食」の限定販売も。
今年も盛りだくさんの豊岡エキシビション、期待です!

豊岡エキシビション

まだまだ知らない野菜のこと

野菜を作りながら、野菜について知る。

青々としていた田んぼが黄色になり、8月末から稲刈りが始まっています。
私たちが暮らしている小豆島・肥土山(ひとやま)地区では
毎年この時期が米の収穫シーズン。

青々としていた田んぼが黄色に。米の収穫シーズンです。

近くに寄ってみると、垂れ下がった稲穂が。新米が楽しみです。

そして、畑でも秋冬野菜の準備が始まっています。
ブロッコリーやキャベツ、レタスなどの秋冬野菜の苗作り。
人参や大根の種まき、そしてジャガイモの植付けも。

長年、田んぼや畑をしているおっちゃんおばちゃんたちは、
当たり前のように毎年こうして同じ時期に同じ作業をしています。
一方、私たちは小豆島に来てから2回目の秋冬野菜準備。
日々の作業に追われつつ、
「人参の種まかなきゃ」
「うね立てしなきゃ」
と、バタバタと準備(笑)。

秋冬野菜の準備。ブロッコリーの苗。

秋冬野菜の準備をする一方で、畑ではまだまだ夏野菜が元気です。
今年はピーマンが豊作。
そして、ナスも長雨のおかげなのか暑さが落ち着いたせいなのか、
葉っぱがいきいきとしています。
キュウリやオクラ、トマト、ズッキーニももうしばらく収穫できそうな感じです。

長なす。皮が薄く身も柔らかく、揚げなすにすると最高においしい。

ブラックチェリートマト。長雨で今年はトマトがすぐに腐ってしまいます。

四葉きゅうり。暑さが落ち着き少し元気を取り戻しました。

大葉の花。大葉はこのままにしておくと種が落ちて来年自然と生えてきます。

私たちは、育てた野菜数種類を「HOMEMAKERSの旬野菜セット」として
ダンボールにつめあわせて販売しています。
その際に、お野菜説明書を一緒に入れていて、
そのお野菜の特徴やどうやったらおいしく食べられるのかを紹介しています。
まだまだ野菜に関しての知識が乏しいので、本やインターネットで調べたり、
実際に調理してみたり、とにかく日々勉強と試行錯誤。

最近知ったびっくりなこと。
それは、緑色のピーマンと赤色のピーマンのこと。
ピーマンは、木にそのままつけておくと、赤くなったりオレンジ色になったりします。
それってもう赤くなっちゃったから食べられないなー、じゃなくて、
実はピーマンが完熟したもの。
スーパーなどによく売っている緑色のピーマンは、実は成長途中で収穫したもの。

そして驚きなのは、完熟するとビタミンA、C、Eなどの栄養価が
緑のピーマンの3~4倍になるそう。
糖度も高くなり(甘みが増す)、ピーマン独特の臭いも薄くなります。

完熟させてから収穫すると、木に負担がかかり、収穫できる量が減ってしまう。
流通の過程で傷みやすかったり、お店に並んでからの日持ちが悪かったり。
そんな理由もあり、一般的には緑色のピーマンが多く出回るそう。

いろんな色の実をつけるバナナピーマン。バナナというかニンジンだ。

緑色、赤色のトマトフルーツピーマン。野菜は収穫のタイミングによっていろんな色になる。

どうお野菜を売るかは、農家さんのやり方次第だし、
どうお野菜を選んで食べるかは、好みもあるしそれぞれだと思う。
ただピーマンひとつにしても、そんなことを知ってるのと知らないのでは、
売り方も食べ方も変わるなあと。
うちみたいな小さな農家では、量は少なくても完熟ピーマンの価値を伝えて、
普通より少し高い値段で販売するという方法もあるのかもしれない。

完熟したピーマンは甘い。生でサラダとして食べられます。

まだまだ知らない野菜のこと。
日々新しい発見であふれています。