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富山・魚津港 後編

美味しいアルバム
vol.011

posted:2014.10.10   from:富山県魚津市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Yamaguchi
山口徹花

やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

謎の魚ゲンゲと、桜色の甘エビ。

引き続き、富山の港町、魚津からお届けします。
前回、お会いした漁協の浜住博之さんの案内で、
甘エビ漁を営む魚住義彦さん繁子さんご夫婦のお宅を訪ねました。

浜住「今回は無理言ってすみません」

テツ「すみません」

母「上がってください、どうぞ」

テツ「おじゃまします」

応接室へ通していただき、今回の取材内容を説明した。

母「たいしたもんできないよ~。ゲンゲと甘エビだけ、それだけ」

テツ「はい、十分です、ありがとうございます! 
ところで、ゲンゲというのを初めて聞いたのですが、
どんなものなんでしょうか???」

父「この辺りでよく獲れる魚でね、私の船でもたーくさん揚がってましたよ」

代々続く漁師の家に生まれたお父さん、自然と海の世界に入っていったそう。

父「生まれつきの漁師でね、10歳から海に行ってたんだよ。いまは陸まわりの仕事でね」

現在は、息子さんが漁師として後を継いでいる。
お父さんは息子さんが捕ってきた魚を、浜で氷詰めをして市場に出しているそう。

テツ「息子さんは、甘エビとゲンゲを獲るんですか?」

母「うん、そうそう」

テツ「昔からよく食べられていたのでしょうか?」

母「そうやよ~。吸い物でも煮付けでも、なーんでもおいしいよ。
寄せ鍋にしたら最高だよー! 
おかずの支度が面倒になったら、大きい鍋にゲンゲをぶつぶつと切って、
そこへ、白菜、糸こんにゃく、豆腐入れて食べると、
子どもたちも、だまぁ~って、口でチューチュー吸って、歯のところに骨だけ残るのよ、
それをパッと出してね、これやったら、ほかなんにもいらんね~って言うよ」

ゲンゲの話になった途端、お母さんのテンションが急上昇。
そんなにもすごい奴なのか、ゲンゲ。
しかも、チューチューで、骨をパッとって、いったい……。

母「そんで、余った汁にうどん入れて、またチュチュッと食べてね」

お母さん、相当ゲンゲがお好きなよう。

ゲンゲ(幻魚)は富山湾に棲む深海魚で、体長は20センチほど。
色は薄灰色で、全身がヌルヌルとしたゼラチン質で覆われている。
身は白く透き通っており、適度な脂がのっている。
漁村では昔から味噌汁や吸い物の具として使われていた。
いまでは、天ぷらや立田揚げなどでも食べられている。

テツ「お母さんはもともと、魚津のご出身なんですか?」

母「(ニヤリ)ぜぇ~んぜん違うの、北海道」

テツ「あら、じゃぁお父さんに見初められて、はるばる富山にお嫁入りを?」

母「うん、そう、っていうことかね。ハハハハ」

父「まぁ、なんていうか、ついてきた格好でね。エサ投げたら、食いついてきたの」

母「ぼけーっとしとったから、イカの針にくっついてきた」

ワハハハハ。

テツ「おふたりは、なんだかお顔立ちが似てらっしゃいますね」

母「おんなじ魚食べとるから」

ワハハハハ。

テツ「毎日お魚は食べるんですか?」

母「いや、朝昼晩」

おっと!

テツ「朝は干物ですか?」

母「いやいや、刺身」

なーんと、うらやましい~。

母「浜行ってきて、獲ったもんと物々交換したりしてね」

うわ、その交換会に混じりたい。

母「2、3日食べないとね、あ~、刺身食べたいな~ってなるのよ」

体に染みついているのですね。

母「そうすると、ちんこいのでも何でもいいから貰ってきて、
ご飯の上にバーッとのせて食べるとおいしいよー」

やはり、お母さんは魚の話になると熱がこもるようだ。

父「ガパーんて食べるんだよ、食べ方があんだよ。ガパーんて食べんだよ」

ギャハハハハ。

母「さあ、そろそろ作ろうか? お父さんゲンゲね!」

お父さん、にやりと嬉しそう。

父「よっこいしょー」

待ってましたとばかりに膝をポンとひとつ叩き、キッチンに移動。

Page 2

お父さんがまな板の上にゲンゲらしき魚を広げている。

テツ「これですか! ゲンゲ」

ぬるーーーんとしたうす灰色の物体が、まな板の上にペタッと張りついている。

テツ「あの、あの、これ触ってみていいですか?」

ぬる、ぺと、ぎゃー! スライムみたい。

父「これね、冬なんかに浜行くと冷えるでしょ。
獲ったのを持って帰ってきて、すぐに汁にするわけ。
そうすっと、体がぽかぽか温まるよ~」

テツ「こうしてよく、おふたりで台所に立つんですか?」

母「うん、そうやよ~。漁師はたいてい料理するよ」

お父さん、さすがの手さばき。次から次へと、ゲンゲの内蔵が取り除かれていく。
魚をさばくお父さんの眼差しは、真剣そのもの。

甘エビはお母さんの担当。
とっても奇麗な桜色の甘エビが、ザルの上に並んでいる。

母「これは中エビね、立派なやつ。今日はお刺身でね」

テツ「お刺身以外だと、どうやって召し上がるんですか?」

母「甘エビは天ぷらがいちばんおいしいね!」

ふむ、なるほど。一瞬の沈黙。

テツ「あの、えと、その、天ぷらも作ってもらえたり?」

母「えーーっ!」

……

母「いいよ」

父「これ、作るだけでいいの? 食べんの?」

テツ「はい、ぜひ食べさせてください!」

父「はいはい」

テツ「ゲンゲは天ぷらってどうなんですか?」

ふたり「おいしいよ~」

……

テツ「あの、げんげも天ぷらで食べてみたいのですが」

母「はいはい、じゃ、半分天ぷらね」

やた!

お母さんが天ぷらを嫌がるには訳があった。

母「50肩でね、掃除するのが大変なのよ。
昨日も、お父さんが掃除するって言うから、天ぷらしたんだけど、
いっつも逃げるのよね」

聞こえていないのか、聞こえないフリなのか、お父さんはこちらを構わない。

テツ「すみません無理を言って。私、後で掃除しますね」

母「いいの、いいの、大丈夫だから」

天ぷら粉にお砂糖、お塩、片栗粉を混ぜる。
それを水で溶いたものに甘エビをくぐらせ、油の中へ投入。

「ジャーーーーーー」

油のはねるいい音とともに、エビがふわふわと油の中で踊る。
キャー! こりゃたまらん。

父「もう味つけていいかのぅ?」

お母さんに、ゲンゲ汁のタイミングをお伺い。

母「うん、もういいやろ」

弱火でコトコト煮たゲンゲのお汁に、醤油とお塩を入れる。
お玉ですくい、小皿にのせて味をみるお父さん。

テツ「どうですか?お父さん」

父「うん、うん」

どうやら良い案配のよう。

ぜいたくに、甘エビも投入。

ガラリ。

退席していた浜住さんが戻って来た。

母「ちょうどいいとこ、お昼ごはんにしましょ」

ゲンゲ汁と甘エビのお刺身、ゲンゲと甘エビの天ぷらがずらっと食卓に並んだ。
まずは撮影をさせていただこう。

テツ「あの、お父さんすみません、このお玉を持っていただいてもよいですか?」

そう、お父さんは何でも受け入れてくれる雰囲気をまとっている。

父「あぁ、いいよ~」

パシャ、パシャ。

浜住「本業はカメラマン?」

テツ「はい」

浜住「どんな写真撮ってるの?」

テツ「えーと、いろいろなんですが、食べ物とか、タレントとか」

浜住「タレントとかも撮るの?」

テツ「はい、撮りますよ」

浜住「へぇー、そういう風には見えんやけど」

……? 服装? 性格? オーラ?

ま、よしとして、さぁ、いただきましょう!

テツ「いただきまーーーす」

まずはゲンゲのお汁から。おー、すっごい魚ダシ。

母「チュルーって、骨だけ残るから」

お母さんに教わってやってみるも、うまくいかない。

父「最初からうまくいかんよ」

ハハハハハ。

左が、魚津漁協の浜住さん。

一同「じゅるじゅるじゅる~」

ゼラチン質の身、じょろーんという形容が相応しい。

父「天ぷらも、食べて食べて」

ほくほく、白身魚の天ぷらという感じで、汁よりもゼラチン感は控えめ。

母「甘エビも、甘エビも食べて」

うぐ~、後引くうまさ! 
次から次へと口へ運んでしまう。山盛りあるから許される?

テツ「すみません! 私ばかり食べてますね?」

母「いいのいいの、食べて。こっちは毎日食べてるから」

父「ご飯おかわりは?」

テツ「いや、もうお腹いっぱいです!」

母「エビ、のっけて食べたら?」

!!!

お腹はいっぱい、でも、経験したい。

テツ「いいんでしょうか、そんなことして」

父「ガパーんて食べんと」

テツ「おかわりください!」

母「はいはい」

白いご飯の上に、桜色ピチピチの甘エビをごっそりのっける。
醤油、わさび、大根おろしを少々。
皆が温かい眼差しで見守る中、贅沢な経験をさせていただく。

父「そう、それでガパーんと」

テツ「はい!」

口を大きく開けてガバッと搔き込む。もぐもぐ、うーなるほど~。
エビの甘さとご飯の甘みが一気に押し寄せてくる~。こりゃ幸せだ~。

父「ほれ、ちまちま食べんと」

はい!

そして完食。魚津の甘エビが好きだ、魚津が好きだー!

母「お茶あげようか?」

はい。

おっと、帰りの飛行機の時間が迫っていた。

「いいから、いいから」というお母さんの反対を押し切り、

台所の掃除を急いで済ませた。

テツ「最後におふたりのお写真を撮らせていただけますか?」

テツ「長い間すみませんでした、本当にありがとうございました!」

父「また遊びに、いつでもいいからいらっしゃい」

は~、嬉しいな。

お土産に、甘エビと干したゲンゲをいただいた。
玄関まで見送りに出てくださったおふたりを最後にパチリ。
また遊びに来ます。

エピローグ――再会

魚津を訪れてから2か月後、せり人の濱多一徳さんが連絡をくれた。

(前回、魚津市場で出会った方です)

大きいお祭りがあるので、よろしければ、とのお誘いだった。
ぜひぜひ伺います! お父さんとお母さんにも、またお会いしたい。
ご自宅に電話をかけてみた。電話口に出たのはお父さん。

父「おーーー! 元気かい?」

お祭りの日に、お父さんのところへ遊びにいってもいいか尋ねてみると、

父「いいも悪いも、いいよ。なーんも、もてなしできねぇよ」

大きいお祭りというのは、「たてもん祭り」。
90あまりの提灯がつるし提げられている、高さ約16mの船形万燈を
豪快に引き回すお祭り。豊漁と航海安全を祈願して、神前に供え物を捧げる。

太鼓や笛の囃子と、法被姿の地元の方々の熱に圧倒されます!

法被姿の濱多一徳さん。

8月2日、たてもん祭りが行われる日の夕暮れ時、魚住さんのご自宅へと伺った。
出迎えてくれたお嫁さんに誘導され、屋上へ。

テツ「こんばんは!」

父「おーーー! 来たか!」

母「ふふふふふ」

ごちそうの並んだ食卓を囲むかたちで、宴会のお座敷ができていた。
息子さんのご友人たちも集まり、毎年皆で花火大会を見るのだそう。
そんな楽しい会に、私も参加させていただくことに。

父「飲んで飲んで、ビールか?」

はい、いただきます! 食卓の上には、甘エビの天ぷら。

母「ほれ、食べて食べて」

もぐ、もぐ。ビールと甘エビ天、最高!

そのとき、大きな音が鳴り響き、花火がキラキラとこぼれ落ちた。

あ~、最高。

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