〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
引き続き、富山の港町、魚津からお届けします。
前回、お会いした漁協の浜住博之さんの案内で、
甘エビ漁を営む魚住義彦さん繁子さんご夫婦のお宅を訪ねました。
浜住「今回は無理言ってすみません」
テツ「すみません」
母「上がってください、どうぞ」
テツ「おじゃまします」
応接室へ通していただき、今回の取材内容を説明した。
母「たいしたもんできないよ~。ゲンゲと甘エビだけ、それだけ」
テツ「はい、十分です、ありがとうございます!
ところで、ゲンゲというのを初めて聞いたのですが、
どんなものなんでしょうか???」
父「この辺りでよく獲れる魚でね、私の船でもたーくさん揚がってましたよ」
代々続く漁師の家に生まれたお父さん、自然と海の世界に入っていったそう。
父「生まれつきの漁師でね、10歳から海に行ってたんだよ。いまは陸まわりの仕事でね」
現在は、息子さんが漁師として後を継いでいる。
お父さんは息子さんが捕ってきた魚を、浜で氷詰めをして市場に出しているそう。
テツ「息子さんは、甘エビとゲンゲを獲るんですか?」
母「うん、そうそう」
テツ「昔からよく食べられていたのでしょうか?」
母「そうやよ~。吸い物でも煮付けでも、なーんでもおいしいよ。
寄せ鍋にしたら最高だよー!
おかずの支度が面倒になったら、大きい鍋にゲンゲをぶつぶつと切って、
そこへ、白菜、糸こんにゃく、豆腐入れて食べると、
子どもたちも、だまぁ~って、口でチューチュー吸って、歯のところに骨だけ残るのよ、
それをパッと出してね、これやったら、ほかなんにもいらんね~って言うよ」
ゲンゲの話になった途端、お母さんのテンションが急上昇。
そんなにもすごい奴なのか、ゲンゲ。
しかも、チューチューで、骨をパッとって、いったい……。
母「そんで、余った汁にうどん入れて、またチュチュッと食べてね」
お母さん、相当ゲンゲがお好きなよう。
ゲンゲ(幻魚)は富山湾に棲む深海魚で、体長は20センチほど。
色は薄灰色で、全身がヌルヌルとしたゼラチン質で覆われている。
身は白く透き通っており、適度な脂がのっている。
漁村では昔から味噌汁や吸い物の具として使われていた。
いまでは、天ぷらや立田揚げなどでも食べられている。
テツ「お母さんはもともと、魚津のご出身なんですか?」
母「(ニヤリ)ぜぇ~んぜん違うの、北海道」
テツ「あら、じゃぁお父さんに見初められて、はるばる富山にお嫁入りを?」
母「うん、そう、っていうことかね。ハハハハ」
父「まぁ、なんていうか、ついてきた格好でね。エサ投げたら、食いついてきたの」
母「ぼけーっとしとったから、イカの針にくっついてきた」
ワハハハハ。
テツ「おふたりは、なんだかお顔立ちが似てらっしゃいますね」
母「おんなじ魚食べとるから」
ワハハハハ。
テツ「毎日お魚は食べるんですか?」
母「いや、朝昼晩」
おっと!
テツ「朝は干物ですか?」
母「いやいや、刺身」
なーんと、うらやましい~。
母「浜行ってきて、獲ったもんと物々交換したりしてね」
うわ、その交換会に混じりたい。
母「2、3日食べないとね、あ~、刺身食べたいな~ってなるのよ」
体に染みついているのですね。
母「そうすると、ちんこいのでも何でもいいから貰ってきて、
ご飯の上にバーッとのせて食べるとおいしいよー」
やはり、お母さんは魚の話になると熱がこもるようだ。
父「ガパーんて食べるんだよ、食べ方があんだよ。ガパーんて食べんだよ」
ギャハハハハ。
母「さあ、そろそろ作ろうか? お父さんゲンゲね!」
お父さん、にやりと嬉しそう。
父「よっこいしょー」
待ってましたとばかりに膝をポンとひとつ叩き、キッチンに移動。
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お父さんがまな板の上にゲンゲらしき魚を広げている。
テツ「これですか! ゲンゲ」
ぬるーーーんとしたうす灰色の物体が、まな板の上にペタッと張りついている。
テツ「あの、あの、これ触ってみていいですか?」
ぬる、ぺと、ぎゃー! スライムみたい。
父「これね、冬なんかに浜行くと冷えるでしょ。
獲ったのを持って帰ってきて、すぐに汁にするわけ。
そうすっと、体がぽかぽか温まるよ~」
テツ「こうしてよく、おふたりで台所に立つんですか?」
母「うん、そうやよ~。漁師はたいてい料理するよ」
お父さん、さすがの手さばき。次から次へと、ゲンゲの内蔵が取り除かれていく。
魚をさばくお父さんの眼差しは、真剣そのもの。
甘エビはお母さんの担当。
とっても奇麗な桜色の甘エビが、ザルの上に並んでいる。
母「これは中エビね、立派なやつ。今日はお刺身でね」
テツ「お刺身以外だと、どうやって召し上がるんですか?」
母「甘エビは天ぷらがいちばんおいしいね!」
ふむ、なるほど。一瞬の沈黙。
テツ「あの、えと、その、天ぷらも作ってもらえたり?」
母「えーーっ!」
……
母「いいよ」
父「これ、作るだけでいいの? 食べんの?」
テツ「はい、ぜひ食べさせてください!」
父「はいはい」
テツ「ゲンゲは天ぷらってどうなんですか?」
ふたり「おいしいよ~」
……
テツ「あの、げんげも天ぷらで食べてみたいのですが」
母「はいはい、じゃ、半分天ぷらね」
やた!
お母さんが天ぷらを嫌がるには訳があった。
母「50肩でね、掃除するのが大変なのよ。
昨日も、お父さんが掃除するって言うから、天ぷらしたんだけど、
いっつも逃げるのよね」
聞こえていないのか、聞こえないフリなのか、お父さんはこちらを構わない。
テツ「すみません無理を言って。私、後で掃除しますね」
母「いいの、いいの、大丈夫だから」
天ぷら粉にお砂糖、お塩、片栗粉を混ぜる。
それを水で溶いたものに甘エビをくぐらせ、油の中へ投入。
「ジャーーーーーー」
油のはねるいい音とともに、エビがふわふわと油の中で踊る。
キャー! こりゃたまらん。
父「もう味つけていいかのぅ?」
お母さんに、ゲンゲ汁のタイミングをお伺い。
母「うん、もういいやろ」
弱火でコトコト煮たゲンゲのお汁に、醤油とお塩を入れる。
お玉ですくい、小皿にのせて味をみるお父さん。
テツ「どうですか?お父さん」
父「うん、うん」
どうやら良い案配のよう。
ガラリ。
退席していた浜住さんが戻って来た。
母「ちょうどいいとこ、お昼ごはんにしましょ」
ゲンゲ汁と甘エビのお刺身、ゲンゲと甘エビの天ぷらがずらっと食卓に並んだ。
まずは撮影をさせていただこう。
テツ「あの、お父さんすみません、このお玉を持っていただいてもよいですか?」
そう、お父さんは何でも受け入れてくれる雰囲気をまとっている。
父「あぁ、いいよ~」
パシャ、パシャ。
浜住「本業はカメラマン?」
テツ「はい」
浜住「どんな写真撮ってるの?」
テツ「えーと、いろいろなんですが、食べ物とか、タレントとか」
浜住「タレントとかも撮るの?」
テツ「はい、撮りますよ」
浜住「へぇー、そういう風には見えんやけど」
……? 服装? 性格? オーラ?
ま、よしとして、さぁ、いただきましょう!
テツ「いただきまーーーす」
まずはゲンゲのお汁から。おー、すっごい魚ダシ。
母「チュルーって、骨だけ残るから」
お母さんに教わってやってみるも、うまくいかない。
父「最初からうまくいかんよ」
ハハハハハ。
一同「じゅるじゅるじゅる~」
ゼラチン質の身、じょろーんという形容が相応しい。
父「天ぷらも、食べて食べて」
ほくほく、白身魚の天ぷらという感じで、汁よりもゼラチン感は控えめ。
母「甘エビも、甘エビも食べて」
うぐ~、後引くうまさ!
次から次へと口へ運んでしまう。山盛りあるから許される?
テツ「すみません! 私ばかり食べてますね?」
母「いいのいいの、食べて。こっちは毎日食べてるから」
父「ご飯おかわりは?」
テツ「いや、もうお腹いっぱいです!」
母「エビ、のっけて食べたら?」
!!!
お腹はいっぱい、でも、経験したい。
テツ「いいんでしょうか、そんなことして」
父「ガパーんて食べんと」
テツ「おかわりください!」
母「はいはい」
白いご飯の上に、桜色ピチピチの甘エビをごっそりのっける。
醤油、わさび、大根おろしを少々。
皆が温かい眼差しで見守る中、贅沢な経験をさせていただく。
父「そう、それでガパーんと」
テツ「はい!」
口を大きく開けてガバッと搔き込む。もぐもぐ、うーなるほど~。
エビの甘さとご飯の甘みが一気に押し寄せてくる~。こりゃ幸せだ~。
父「ほれ、ちまちま食べんと」
はい!
そして完食。魚津の甘エビが好きだ、魚津が好きだー!
母「お茶あげようか?」
はい。
おっと、帰りの飛行機の時間が迫っていた。
「いいから、いいから」というお母さんの反対を押し切り、
台所の掃除を急いで済ませた。
テツ「最後におふたりのお写真を撮らせていただけますか?」
テツ「長い間すみませんでした、本当にありがとうございました!」
父「また遊びに、いつでもいいからいらっしゃい」
は~、嬉しいな。
お土産に、甘エビと干したゲンゲをいただいた。
玄関まで見送りに出てくださったおふたりを最後にパチリ。
また遊びに来ます。
魚津を訪れてから2か月後、せり人の濱多一徳さんが連絡をくれた。
(前回、魚津市場で出会った方です)
大きいお祭りがあるので、よろしければ、とのお誘いだった。
ぜひぜひ伺います! お父さんとお母さんにも、またお会いしたい。
ご自宅に電話をかけてみた。電話口に出たのはお父さん。
父「おーーー! 元気かい?」
お祭りの日に、お父さんのところへ遊びにいってもいいか尋ねてみると、
父「いいも悪いも、いいよ。なーんも、もてなしできねぇよ」
大きいお祭りというのは、「たてもん祭り」。
90あまりの提灯がつるし提げられている、高さ約16mの船形万燈を
豪快に引き回すお祭り。豊漁と航海安全を祈願して、神前に供え物を捧げる。
8月2日、たてもん祭りが行われる日の夕暮れ時、魚住さんのご自宅へと伺った。
出迎えてくれたお嫁さんに誘導され、屋上へ。
テツ「こんばんは!」
父「おーーー! 来たか!」
母「ふふふふふ」
ごちそうの並んだ食卓を囲むかたちで、宴会のお座敷ができていた。
息子さんのご友人たちも集まり、毎年皆で花火大会を見るのだそう。
そんな楽しい会に、私も参加させていただくことに。
父「飲んで飲んで、ビールか?」
はい、いただきます! 食卓の上には、甘エビの天ぷら。
母「ほれ、食べて食べて」
もぐ、もぐ。ビールと甘エビ天、最高!
そのとき、大きな音が鳴り響き、花火がキラキラとこぼれ落ちた。
あ~、最高。
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