〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
昨年のはじめ、大学の同窓会に出席した。
久しぶりに再会して互いの近況を報告し合あうと、
東京から離れて地方で暮らしている友人が何人かいることがわかった。
そのうちのひとりがナガイちゃん。
ナガイちゃんの生まれ育った場所は富士山の麓、静岡県は御殿場市。
大学卒業後に東京で数年暮らしたあと、
御殿場へ戻って実家のそばで暮らしているという。
ふむふむ、御殿場か〜、美味しいものがありそうな予感。
テツ「御殿場って、どんな郷土料理があるの?」
ナガイ「うーん、何だろ~。母親のほうが詳しいから聞いてみようか」
テツ「ぜひ、お願いします」
数日後、ナガイちゃんが連絡をくれた。
ナガイ「みくりや蕎麦っていうのがあるんだけど、知ってる?」
テツ「いや、初耳です」
ナガイ「近所のおばあちゃんが、それの名人なんだけど」
テツ「それ、教わりたい!」
ナガイ「いいよー、母親に言っておくー」
わーい!
同窓会が開かれたおかげで、「みくりや蕎麦」なるものに出会えることとなった。
ーーー
迎えた当日。
新宿から高速バスに乗り一時間半、御殿場へ到着。
テツ「こんにちは~」
母「あ、いらっしゃーい!」
張りのある声で元気いっぱいに出迎えてくれたのは、
ナガイちゃんのお母さん、永井すみ代さん
母「どうぞどうぞ、上がって」
奥の居間へとおじゃますると、おばあちゃんがふたりお茶をすすっていた。
母「こちら近所のおばちゃん、佐藤ちゑさん」
ゆっくりと、上品に会釈をしてくれた。
母「で、こちらがうちのおばあちゃん」
永井いささん。
割烹着にもんぺ姿。
昔ばなしに出てくるような、典型的な優しいおばあちゃんという雰囲気。
こういうおばあちゃんに憧れていたの~、心が躍る。
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いさ「遠いとこ、よく来たよねぇ」
ちゑ「まぁ、お茶あがって」
テツ「いただきます、ありがとうございます」
もうすでに、部屋中によい香りが充満している。
テツ「美味しそうな香りが漂ってますね~」
母「蕎麦の“したじ”用にね、鶏ガラを朝から煮込んでるの」
テツ「したじ?」
母「東京じゃ蕎麦つゆっていうのをね、
この辺じゃ蕎麦したじ(下味)っていうんだよね」
なるほど。
母「鶏ガラを4、5時間煮込むのね」
え! そんなに長いこと? ガス代かかりますね、申し訳ない。
テツ「台所を拝見してもよいですか?」
母「どうぞどうぞ」
コンロに大きい鍋が置いてある。
覗き込んでみると、鶏ガラがグツグツ煮えている。
うーん、こっくりとしたいい香り~。
母「で、ここに鰹節を入れるわけ。入れちゃっていい?」
はい。
テツ「ずいぶんたくさん入れるんですね」
母「だって、こんぐらい入れないと美味しくないのよ」
はい、けちっちゃダメですね、ここは。
母「5分くらい鰹節を煮込んだら取り出して、にんじんと鶏肉としいたけ入れて、
やわらかくなったら醤油と酒、みりんで味付けして完成」
じっくりと煮込んだ鶏ガラ+贅沢な鰹だし、そこへさらに鶏肉を投入するなんて~。
こりゃ美味しいに違いないわ。
母「ちょっとしょっぱいな、ってくらいに味付けすると
ちょうどいいんだよね、蕎麦したじには」
なるほど。
母「おばあちゃーん、おばあちゃーん」
いさ「ん???」
母「ほら、味見味見。うちはね、最後はやっぱりおばあちゃんなのよ、昔から」
いさ「うん、うまいうまい」
納得のご様子。
嫁姑間のこのやりとりって、なんかいいな。
テツ「こうやって台所に立って、いろいろお料理を教わったんですか?」
母「教わったっていうのはないよね。手伝いながら覚えたってとこかな」
いさ「見よう見まねって言うでしょう、そうやってどこの家でもやってきたんだよね」
母「うちは、みーんなおばあちゃんの味だよね、
味噌汁にしたって煮物にしたって、なんでもね」
すみ代さん曰く、おばあちゃんの味加減は格別なのだとか。
「息子も言うもんね、おばあちゃんの味噌汁のほうが美味しいって。
なーんでかわかんないんだけど、少しのさじ加減なのか、
入れるタイミングなのか、どっか違うんだよね~」
おばあちゃんの味に近づけようと、日々試行錯誤を重ねるすみ代さん。
美味しいものを食べさせてあげたい、家族を喜ばせたい。
台所を預かる母親のそういう気持ちがあってこそ、
家庭の味が受け継がれてきたんだな~。
代々台所に立ってきた母親像を想像し、胸が熱くなってしまった。
テツ「ナガイちゃんにも伝わっているんですか?」
母「いや~、まだ全然。もう少し年とったら興味が湧くんじゃないかな。
私も若くて忙しかったときは、興味持てなかったもんね」
頼むぞナガイちゃん。
この永井家の味を、どうか継いでおくれー。
ちゑ「これ、ぶち始めていいかね?」
テツ「はい、お願いします」
蕎麦を「打つ」ことを「ぶつ」と言うそう。
ここで、みくりや蕎麦の解説を。
みくりや=御厨(みくり・みくりや)
御厨とは、「御」神の「厨」台所の意で、神饌を調進する場所のこと。
神饌を調進するための領地であった各地方に、御厨地方という呼び名が残っている。
御殿場もそのひとつ。
みくりや蕎麦は御殿場地域の各家庭に伝わる郷土料理で、
お正月や人が集まる際に食べられている。
つなぎに山芋を使用することと、鶏でだしをとることが特徴。
ちゑ「これをね、まずすり下ろすの。たくさん作るときはこれが大変なのよね」
ジョリジョリジョリジョリ。
ちゑ「そしたら、そば粉とうどん粉を混ぜたとこに、この山芋を入れて」
手に力を込め、真剣な眼差しでぶち始めた。
ちゑさんの全身に、力がみなぎっていく。
生地の様子を見ながら、山芋の量を調整していく。
しだいに粉がまとまっていき、きれいな丸い団子状になった。
おみごとー!
この力強い姿に、聞かずにはいられなかった。
テツ「あの、ちゑさん、いまおいくつですか???」
ちゑ「今年90才」
!!!
どこから出てくるんでしょう、そのエネルギーは。
ふと、駅の階段で息切れしている自分が恥ずかしくなった。
テツ「ちゑさん、元気の秘訣は何ですか?」
よくTVで聞いている質問だな、これ……。
ちゑ「うーん、なんだろうねぇ。
こうしてお蕎麦ぶったり、何か人に作ってあげると喜んでくれるでしょ。
そうすると心の栄養になるな~と思うのよ、元気をもらえるんだよね。
今日までこうしてこられて、ありがたいよ~」
じーーーーん。
そうこうしているうちに、ちゑさんの手の中にあった丸いお団子が、
平たくきれいに伸ばされていた。
またまたおみごと!
ちゑ「そしたら切ってくよー」
トントントントン、まな板にあたる包丁の音が心地よい。
すべての生地があっという間に切りそろえられた。
母「そろそろお湯沸いてると思うよ~」
ちゑ「はいはい」
ちゑさん、お勝手口から外へ。
私も続いて出てみる。
テツ「わ! すごい!」
庭先では、大きい羽釜にグラグラとお湯が沸いており、
水を張ったバケツやザルなどが、完璧に配備されていた。
ちゑ「もういいね」
お湯の中へ、先ほどのお蕎麦が投入された。
いささんと二人三脚、慣れた手つきで蕎麦を茹で上げていく。
バケツでよくもみ洗いをしてから、水を切ってからもろばこへ。
ツヤツヤとした輝きを放つ蕎麦、ごっくん、喉が鳴る。
山芋と粉、たったそれだけの材料から、こんなご馳走を作り出せるなんて。
ちゑさん御年90才、最高にクールだー。
母「これ、じゃあ盛りつけるね」
お椀にお蕎麦を入れ、その上から熱々のしたじをたっぷりと。
キャー! たまらん。
早く、お母さん、早く食べたい。
テツ「いただいてもよろしいでしょうか」
一同「いただきまーす」
ほふ、ほふ、うまーい!
蕎麦の豊かな香りが、口中にほわっと広がる。
山芋のせいなのか、とんがっていない、角のない、まあるくて優しい味わい。
その麺に、ガツンと効いた鰹のだしと、鶏のまったりとしたコクが
しっかりと絡まってくる。
蕎麦とだしと醤油の完璧なバランス、日本人全員が好きな味に違いない。
至極の一杯、心も体もあったかい。
次回、すみ代さんの得意メニュー、御殿場流「白和え」をお届けします。
御殿場の白和えは胡麻を使わないんですよ。
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