〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
前回に引き続き、静岡県の御殿場市よりお届けします。
ご登場いただくのは、引き続きこのお三方。
ナガイちゃん(私の大学の同級生)のお母様、永井すみ代さん。
おばあちゃんの永井いささん。
ご近所に住む、佐藤ちゑさんです。
今回はお母さんに御殿場流の白和えを教えていただきます。
お母さん、ここいらではよく知れた白和えの名人とか。
では続きをどうぞ。
母「東京じゃ、白和えっていうと胡麻使うんだって?」
はい。
母「リエコ(ナガイちゃん)が言ってた。
東京で白和え食べたら、胡麻だったからびっくりしたって」
テツ「あの、お母さん何を使うんですか?」
母「ピーナツ使うのよ、このあたりじゃ」
ほー、それは食べたことないですね。
母「これ、材料」
お母さん、とってもご準備がよくて助かります。
母「それとこれ、スキッピー」
なぬ! 久々に見たぞスキッピー!
子どものとき、好きすぎてパンにつけずにそのまま舐めてたっけな~。
母「ほんとはね、ちゃんとピーナツを擦ってペーストにするんだけど、今日はいいよね」
はい、いいです。
★御殿場流白和え
材料
絹ごし豆腐 ほうれん草 にんじん こんにゃく 味噌 砂糖 スキッピー(粒なし)
豆腐を水切りしておく(1~2時間)。
にんじんを短冊切りにして茹で、醤油、みりん、酒、砂糖で下味をつけて冷ましておく。
こんにゃくも同様の下処理をしておく(濃いめに下味をつけるのがポイント)。
ほうれん草を塩を入れたお湯でさっと茹で、水気を絞って切っておく。
テツ「けっこう手間がかかるんですね。切ったり茹でたり、練ったり」
母「そうなのよ、1~2時間かかるよね。
だから、いっぺんにたくさん作って、近所に配ったりするの」
ちゑ「この人の白和えは美味しいよ~、美味しくてすぐ食べちゃうよ」
母「おばちゃん、今日もたくさん作ったから持って帰ってね」
ちゑさん、嬉しそうに頷く。
テツ「仕上がったものを撮らせていただきますね」
母「はいはい、どうぞー」
カシャ、カシャ
うーん、つやつやでホワっとしていて、美味しそ~。
母「こんなのも作ってみたけど、どうかな」
!
朱色のお膳の上に、ずらりとおかずが並んでいる。
テツ「お母さん! すごいですねこれは!」
母「大丈夫? こんな感じで」
テツ「大丈夫どころか、素敵すぎます~」
母「煮豆と、あとこれはちゑさんが作った八頭の茎の酢の物、それとおにぎりね」
うわー、感激~。
母「これ撮り終わったら、みんなで食べましょう」
はい!
パシャパシャ
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一同「いただきまーす」
まずは白和えから。
おー、クリーミーで滑らかな口当たり。
具材にからんだ濃いめの味付けが豆腐と混ざり合い、ちょうどよい味加減。
スキッピーのしっかりとした甘さと濃厚さが全体にコクを与えている。
胡麻の白和えよりも、こってりずっしりしている。
あら、胡麻よりこっちのほうが好きです。
テツ「いいですね、ピーナツ、美味しいです」
母「あら、そう?」
テツ「ナガイちゃんも言ってましたよ、お母さんの白和えは美味しいんだって」
お母さん、ちょっと嬉しそう。
八頭の茎の酢の物をいただく。
ほんのり桃色に染まった様子が可愛らしい。
シャキシャキの力強い歯ごたえと甘酸っぱい味付け、
疲れた体にガツンと効きそうな一品。
いさ「おにぎりも食べて、お腹空いたろ?」
つやつやと純白な輝きを放つおにぎり、見るからに美味しそう。
いただきます。
しっとりモチモチな食感、甘みも抜群。
母「御殿場コシヒカリっていうのがあるのね、けっこう美味しいのよ」
ちゑ「お豆もどうぞ」
はい!
甘さ、塩加減、固さと、完璧なバランスの煮豆。
熟練された技が、一瞬にして感じられるお味。
テツ「これ、これ、美味しく炊けてますねー」
母「もともとはおばあちゃんの味だよね。見よう見まねで作ってるけどね」
いさ「美味しく炊けてるよ~」
この柔らかいやり取りが、心地よい。
母「金時豆をね、一晩水に浸しておいて、次の日煮始めるのね。
沸騰したら一度茹でこぼして、水を足してまたしばらく煮るの。
40分くらいかな~、柔らかくなったら砂糖、塩、
隠し味程度に醤油をほんのちょっと入れて味付け。
そこからまた煮始めて、また40分くらいかな。
そしたらそのまま置いておいて、翌日また火にかけて煮詰める。
冷ましてできあがり」
うーーーん、やはり手間のかかった一品。
母「よくこの辺で言うのね、しゃーしゃー煮じゃうまくにゃ~、って。
ざっと煮たんじゃ美味しくないってことね」
いさ「そうそう、しゃーしゃー煮じゃうまくにゃ~」
一同(笑)
ちゑ「やっぱりね、美味しくするには手間ひまかけるってことだよね」
なるほど。
ちゑ「昔はみんな、何でも手間ひまかけて作ってたよ」
母「このあばちゃんはね、どぶろく作りの名手だったのよ。旦那さんがお酒好きでね」
ちゑ「うちのお父さん、朝起きると朝飯と一緒に呑んでたよ。
みんな作ってたよ、あの時分は」
いさ「見つけにくるんだよ、酒税(税務署の酒類指導官)ってのが。
見つかんないように、竹やぶに埋めて隠しておくだ。
そうすると、棒で地面をつつくんだ、酒税が。
ずぼって穴が見つかって、ぜーんぶ持ってかれて、罰金も取られるだ」
ちゑ「いっぺんつらまって(捕まって)沼津の酒税に。
おばさんは酒屋の娘かって、よっぽど慣れた作り方をしているって。
普通、アルコール度数15度なのに、17度あるって」
一同(爆笑)
ちゑ「酒なんか買えなかったからよ、一升300円もしたよ。1957年まで作ってた」
さらりと年数まで出てくるとは、すごい。
ちゑ「夢にも思わなかったよ、こんな豊かで便利な世の中になるとは。
昔は何でも工夫して作ってたよ、醤油でも酒でも、何でも。
いまはみーんな買うね、ちとお金使い過ぎじゃないかと、私なんかはそう思うよ」
大正生まれ、御年90才のちゑさんから出てくる言葉が、とても心に染みる。
母「おばちゃんの手作りのこんにゃくも美味しいよー。漬け物も名人だし」
テツ「ちゑさんの手にかかれば、作れないものないですね」
母「女の子だけはつくれなかったね、おばちゃんとこ、みーんな男の子」
一同(爆笑)
ずーっと話を聞いていたいな~と、この場から離れがたい気持ちになっていた。
テツ「あの、また遊びに来てもいいですか?」
母「どうぞどうぞ」
母「これ、お蕎麦まだあるから持ってく?」
ありがとうございます。
母「これは?」
冷蔵庫と冷凍庫から、次々とお土産を出してくれた。
母「これ、いただき物だけど、かぼすね」
いい香り~。
母「これ、山椒のふりかけ」
手作りふりかけ、美味しそ~。
母「これ、きんぴら。晩ごはんの足しになるでしょ」
ありがたい。
母「駅まで車で送っていくね」
何から何まで、本当にありがとうございます。
ちゑ「あんた、このまま帰るの?」
テツ「はい」
ちゑ「そしたら、正月のお飾りくれてやるよ、うち寄って」
聞けば、ご自分でお米を育て、その藁を使ってお飾りを編んでいるのだそう。
ちゑさんのお宅にお邪魔して、お飾りを3つもいただいてしまった。
ちゑ「またいつでも、遊びにおいでよ~」
手を高く上げ、溌剌とした笑顔で見送ってくれた。
ちゑさんの瞳はどこまでも透き通っていて、輝いていて、それがとても嬉しかった。
ちゑさん、ありがとう。
また来ます。
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