〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
生まれも育ちも東京という私にとって、九州という土地は格別魅力的に見える。
柔らかく雄大な山並み、線香花火のように熱された夕陽。
見たことのない景色がそこには広がっていて、
それらに触れると体の細胞がすべて解放されるような感覚にとらわれてしまう。
海のものにも山のものにも恵まれた、その豊かな食にも魅了される。
以前訪れた天草諸島の宿で、何気なく購入した乾燥ひじきがすごかった。
水に戻した瞬間、海そのものの香りがバーッと立ち上り、
自分が海中にいるような気分になった。
九州を訪れるたびに、ここで暮らしたらどんなにか素敵だろうと思いを馳せている。
九州の中でまだ足を踏み入れていなかった唯一の県、それが大分県。
一度は訪れてみたいと思っていたところに、コロカルの出張が舞い込んできた。
取材で訪れたのは、大分県の西に位置する竹田市。
そこでもまた、素晴らしい光景に遭遇してしまった。
ひとつは満天の星空。
満天という言葉では収まりきらないほど、無数の星が手に届きそうな星空で、
そんな大きい星空に包み込まれていると、自分の体がとても小さいように思えた。
そんな不思議な感覚だった。
そしてもうひとつ、椎茸が栽培されている山林。
暗い林の奥のほうまで、見渡す限りほだ木が並んでいた。
その木々には愛らしい椎茸がたくさん生えていて、そこへちょうど木漏れ日が当たり、
それはそれは美しく神秘的で、完全にその光景にノックアウトされた。
おそらく、ここ数年で最も解き放たれた瞬間だったと思う。
さて、そんな竹田市での濃密な3日間を過ごしたあと向かったのは、
東沿岸部に位置する臼杵市。
以前から気になっていた郷土料理「きらすまめし」を習うのがその目的。
このきらすまめし、大分県のホームページで見たのだけれど、
一見してどんな食べ物なのかよくわからなかった。
が、なんだかその響きが気に入った。
調べてみると、きらすまめしは臼杵市だけでつくられている料理なのだそう。
今回の大分出張のついでに、このきらすまめしを教わりたいと
臼杵市在住の方にお願いをした。
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待ち合わせの場所、臼杵市江無田の農産加工所に着いた。
工場のような建物に入っていくと、ふたりの女性が出迎えてくれた。
割烹着とほっかぶり、足下は長靴の完全装備。
その姿から給食のおばちゃんが連想され、懐かしい気持ちになる。
一番人気の揚げパン、のびきったソフト麺もいまとなっては懐かしい。
山本道子(右)さん、五嶋昭子(左)さん。
おふたりは、この加工所で活動している女性グループの責任者で、
さまざまな加工品をつくって直売所で販売している。
春には山で採れた竹の子を水煮にしたり、蕗を炊いてきゃらぶきをつくるのだそう。
山本「普段はいいんやけどな、もうその時期になると必死やな」
五嶋「毎日毎日、立ちっ放しやしな、ほっんと、大変やわー」
和やかにつくる雰囲気を想像していたけれど、どうやらそうでもない様子。
かなりの重労働で、みなさん黙々と作業をしているのだとか。
そんなハードなお仕事をされているおふたり、
さすが手慣れた様子で、作業がテキパキと進んでいく。
山本さんがきらすまめしを、
五嶋さんが石垣もち(後編でお伝えします)を担当してくださる。
テツ「あ、ちょ、ちょっと、そこも撮ってもいいですか?」
あっという間に料理が完成してしまいそうで、焦ってシャッターを切る。
山本「きらすまめしっていうのはな、きらすっちゅうて、おからやな、
おからをまぶすから、きらすまめしって言うんよな」
きらすまめし
五万石の臼杵藩は深刻な財政難に陥ることが多く、
その度に倹約令を出して着るものにも食べるものにも細かく規制をしたという。
残り物の刺身の切れ端を使い、安価なおからで量をかさ増ししたきらすまめしは、
倹約料理でありながら栄養価が高く、しかもおいしい。
おからのことを“きらす”という。
刺身にきらすをまめした(まぶした)料理なので、
きらすまめしというのであるが“おからまめし”“おからまぶし”と呼ぶ人も多い。
「次代に残したい大分の郷土料理」より
山本「昔はね、魚一匹とれると、余すとこなく食べたんよ。
身は刺身に、骨はだしをとって大根煮たりして、で、切れ端はまめして。
もったいない料理なんよね」
★きらすまめし
材料(5人分)
きらす(おから):100g 魚:150g ねぎ:2本 生姜:少々
濃口醬油:大さじ2 淡口醬油:大さじ1 酒:大さじ2 みりん:大さじ1
砂糖:少々 かぼす:1個
テツ「す、すみません、この状態でひと切れ食べてもいいですか?
あんまり美味しそうなので……」
山本「ええよ、ええよ~」
パクリ。
想像どおり、脂がのっていて美味しい。
このままご飯にぶっかけたら、それはそれは幸せだろう。
さて、続きを。
山本「その昔はな、魚屋の店先で一杯お酒を呑むときに、
刺身の切れっ端をまめして客に出してたんよな」
ほー、それは粋ですね~。
着物姿の男性が、さっと一杯店先で引っ掛ける姿が思い浮かぶ。
山本さんが、きらすまめしを器に盛りつけてくれた。
山本「これ、食べたら」
はい、いただきます。これは初めての食感と味わい。
おからがしっかりと魚にまとわりついていて、
刺身でもない、おからでもない、もはや別の食べ物として完成している。
おからが、モソッとしたあとに、ひんやりした刺身の感覚と味わいがかぶさってくる。
畑と海、別々のところからやってきたふたりだけれど、相性は抜群。
テツ「酒の肴に最高ですね~」
レンタカーでなければ、一杯やりたい。
五嶋「そうやろ、そうやろ」
テツ「いまでもみなさん、よく召し上がるんですか?」
五嶋「うちなんかはな、旦那が好きやから、酒のつまみにしちょるよ。
スーパーなんかでも売っとるからな」
スーパーのお惣菜コーナーにも並ぶくらい、なじみのあるものなんですね。
テツ「この辺りに住んでらっしゃると、毎日魚を召し上がるんですか?」
山本「孫と住んどるから、肉ばっかしやな」
あら、そうですか。
五嶋「あたしら子どもんころは、よう魚食べとったけどなぁ。
魚屋が売りに来るんよ、トロ箱に入れてな」
山本「小学校から帰ったら、小鯵を炭で焼いてな、それを酢漬けの保存食にしたりなぁ」
テツ「お母さんがですか?」
山本「いや、あたしの役目やった」
小学生でそんなお手伝いを、すごい。
五嶋「あたしも5年生くらいには、ご飯炊いちょったわ。
昔は釜で炊きよったけん、薪も自分とこの山に拾いに行って」
薪を拾うところからですか。
五嶋「親が農家やからな、夜暗くなるまで働いとったから、
自分らでやるしかなかったんやね」
いまの小学生でも、やらせればできるのだろうな、きっと。
テツ「いまだと、炊飯器で簡単にご飯が炊けますけれど、どう思いますか?」
おふたり、目を見合わせて。
ふたり「いや、いいわー」
山本「手も顔も黒くならんし」
五嶋「早起きせんでもいいし」
一同(笑)
山本「でも、いまの人はいかにお金がいるかってことやな、
炊飯器買わないかんしなぁ、大変やなぁ」
五嶋「昔は炭も焼きよったから、お米炊くのにお金かからんかったしなぁ。
おやつなんかも自分とこでつくってたしなぁ」
山本「マックとか食べさせんで、石垣もちつくりゃいいのになぁ」
一同(頷く)
次回「石垣もち」へと続く。
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