〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
4月の中旬、コロカルの撮影で富山へ行くことになった。
富山といえば、何と言ってもホタルイカ。
子どもの頃からホタルイカが大好物で、旬になると
魚売り場に並ぶそれを見ては、ついごくりと喉を鳴らしてしまう。
そのホタルイカ漁のメッカである富山に、ずっと行ってみたかった。
撮影は1日で終わるとのこと。
ならば、延泊して美味しいものにありつきましょう。
さて、どうリサーチしたものかと考えながら、帰り道をぼんやりと歩いてると、
目に飛び込んできた「魚津」という居酒屋の看板。
おっと! 魚津といえば、富山の港町ではないですか。
20代の頃からちょくちょく寄らせてもらっているこのお店。
旬の魚と日本酒が、とびきり美味しい。
ひょっとすると、富山の有力な情報をお持ちなのではあるまいか。
お店の方と特に顔なじみというわけではないが、ダメもとで聞いてみよう。
ガラガラガラ~。
店員「いらっしゃいませ!」
威勢のよいお出迎えに、少々気まずさを覚える。
テツ「すみません、あの、飲みに来たのではなく、ちょっと伺いたいことがありまして」
店員「???」
テツ「今度、富山にいくことになったのですが、
美味しいお料理を作ってくださる方をご存知ないでしょうか」
店員「……ちょっとお待ちくださいね」
ご主人が厨房から出て来てくれた。
テツ「突然すみません。
今度富山に行くのですが、郷土料理を教えてくださる地元の方を探しておりまして」
一瞬きょとんとした表情を浮かべたご主人。
腕組みをしながら、ぐるっと考えをめぐらせてくださっている様子。
ご主人「電話してみるよ」
どこへ?
ご主人「あー、東京の魚津です」
しばらく会話が続いた後
ご主人「はーい、ありがとうございますー」
電話を切る。
ご主人「吉田鮮魚店ってとこに電話したんだけどね、
漁協に電話したらいいって、話通しとくからって」
電話番号を書いたメモをご主人から手渡された。
!!!
なんというスムーズな展開!
テツ「ありがとうございます!」
思い切って開けてよかった~、魚津の扉を。
その後、ご主人オススメの宿など、富山情報をたっぷり教えていただいた。
お礼を伝えて店を後にする。
後日、魚津漁協に連絡をしてみると、地元の方を当ってくださるとのこと。
どんな出会いがあるのやら、いよいよ楽しみになってきた。
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そうして迎えた当日。
コロカルの撮影が無事終了。
魚津に移動して、漁協の方にご挨拶をしておこう。
レンタカーを30分ほど走らせ、到着した。
青みがかった漁港からは、まったりとした潮の匂いが漂う。
日本酒を片手に釣り糸を垂らしたいな~、なんて気持ちにさせられる。
テツ「失礼します」
連絡を取らせていただいた、浜住博之さんを訪ねた。
浜住「山口さん?」
テツ「はい! 今回はありがとうございます」
浜住「いや~、あのね、実際大変だったよ、地元の人探すの」
テツ「あ、やはりそうでしたか……すみませんでした」
浜住「吉田さんから電話があって、この件をなんとかしてくれないんだったら、
今後知らないからって半分おどされてね」
……。
そ、そんなやり取りが……。
浜住「甘エビ漁をやっている魚住さんという方、明日の昼でオッケーいただいたから」
テツ「本当にありがとうございます!」
お茶を飲みながら、魚津港について伺う。
テツ「競りは毎日行われるんですか?」
浜住「ええ、あそこに見える建物の中でね、漁船がばーっとあそこに並んで水揚げしてね」
ほー、それは迫力がありそう。
テツ「その、競りというのには、一般の人も入れたりするのでしょうか?」
浜住「許可があればね」
テツ「私でも?」
浜住「許可があればね」
テツ「急に明日でも?」
浜住「許可があればね」
テツ「その許可はどなたに?」
浜住「私に」
……。
姿勢を正して座り直す。
テツ「浜住さん! 明日市場に入れてもらえないでしょうか!」
浜住「はい、いいですよ」
マジ!!!
テツ「ありがとうございます!!!」
浜住「長靴持ってる?」
テツ「いえ、ないです」
浜住「そしたら、朝行って、長靴借りて、浜住からって言えばいいから」
やっほーい!
浜住「朝5時くらいかな、始まるの」
テツ「了解しました!」
もう、もう、嬉しすぎて弾けそう~。
明日の朝が待ちきれないと感じたのは、いつ以来だろうか。
ホテルに戻り、ビールと日本酒、そしてプリップリのホタルイカしゃぶしゃぶを堪能し、
早めに寝床についた。
翌朝4時起床。
撮影機材を準備して漁港へ向かう。
外はまだ真っ暗。
駅前の街灯だけがぼんやりと浮かび上がる。
浜住さんに伺ったとおり、入り口で許可をもらい長靴を借りた。
その後どこへ行ったらよいやら、うろうろさまよっていると、
「あっちあっち、あそこから入ったらいいから」と、通りがかった方が教えてくれた。
大きい扉を開け、中へ入ってみる。
広々とした市場には、所狭しと魚が陳列してある。
ホタルイカが、じょろ~っと詰まったかご! かご! かご!
ピチピチキラキラ輝いている。
もう、その画を見ただけで大興奮。
周辺も見回してみると、カニや甘エビなど、まさしく海の宝石という
言葉がぴったりな、つやつやと煌めく幸がずらりと並んでいる。
なんだか猛烈に血が騒ぎ、夢中でシャッターを切る。
奥の人だかりへと近づいてみる。
中心にいるのがどうやら競り人のよう。
低く野太い声で、周囲をまくしたてる。
「☆○×□ 2△▽★~」
何を話しているのか聞き取ろうと試みるが、まったく聞き取れない。
勢いに圧倒されている間に、次から次へと魚が競り落とされていく。
このスピード感と活気、真剣な眼差しと張りつめた空気。
独特のオトコ世界に、いつの間にやら引きずり込まれていく。
これ、邪魔したらまずいよ、まずいよまずいよ、と自分に言い聞かせ、
隙間からそっとシャッターを切る。
競りが一段落した様子なので、場内をぐるっと一周してみた。
色とりどり、大小の魚たちを観察。
「どっから来たんけ?」
そう声をかけてくれたのは、水白澄子さん。
テツ「東京です」
水白「へぇ~~~、なにしに来たんけ?」
テツ「取材をさせてもらってます」
色白もち肌で、柔和な顔立ち水白さん。
あれやこれやと世間話。
水白「もう長いこと通っとるよ~。
毎日同じ、4時に起きて4時半にここへ来てね、
魚の顔見て、みんなの顔見て、それで元気をもらとらいちゃ」
テツ「お肌もツヤツヤですね~。おいくつですか?」
水白「昭和10年生まれ」
御歳80才。ピシャッとした出で立ちで、
仲間と元気に挨拶をかわす姿は、年齢を感じさせない。
水白「あ、あの人、競り人」
通りがかりの男性を指差す。
テツ「あ、先ほど競りを拝見しました」
水白「いっとくさーん、いっとくさーん」
こちらに誘ってくれた。
水白「なんか、東京から来たんだってよ」
テツ「あの、先ほど競りを拝見しました!
すっごいかっこ良かったです!」
水白「あーはっはっは! かっこいいって、いっとくさん。
コーヒーはまってやって」(はまって=おごって)
浜夛一徳さん。
18才からこの世界へ入る。
まずは魚の顔と生産者の顔を覚えることから始まり、
10年の下積みを経てようやく競り人に。
とにかく声が渋くてかっこいい。
テツ「素敵な声ですね~」
浜夛「最初はこうやなかったんやけど、やってるうちにね」
(『紅の豚』の主人公の声、といえば皆さんに伝わるでしょうか)
テツ「すごい迫力でした、競り。もうもう、圧倒されました」
浜夛「いまの時期はそうでもないがんよ、魚が少ないから。
冬になるともっとすごい活気づく、魚が増えてカニも始まるし。
活気ゆうか、むしろ殺気やな」
なるほど、そこで写真を撮るなんて怖いけど、その空気を目の当たりにしてみたい。
(後日、漁協の浜住さんに連絡をしてみた。
いつでも市場に入っていいです、と御承諾をいただいた。また冬に潜入します!)
せっかくなので、記念写真を撮らせていただこう。
水白さんの同級生で、80才になる岡本禮子さんもご一緒に。
この市場の最長老なのだそう。
禮子「毎日ね、海の新鮮な空気吸って、美味しい魚食べとったおかげで、いまでも元気やちゃね」
ではいきますよ~。
テツ「あら、みなさん急に固いんですけど」
一徳「こんな顔やちゃ」
ゲラゲラゲラ。
はい、ポーズ!
水白「魚問屋さん行くといいよ、カニ茹でとるから、お土産くれるかもしれん」
あら、それはどこですか?
水白「国道ずーっと行くちゃ。連れてってあげっちゃ」
わーい! 嬉しい。
車に乗り込み、いざカニ茹で現場へ。
工場のような建物に到着。
水白さんに誘われ、中へと入ってみる。
と、目の前に広がるカニ! カニ! カニ! の世界。
キャー、埋もれたい、というか、食べたい!
と思っているところへ、
水白さんがカニの間接をボキボキ折りながらこちらへやってきた。
水白「ほれ、これ」
ずろーんと抜け出したカニの身。
テツ「え! いいんですか?」
水白さんとこの工場の関係がよくわからないが、従業員の方たちも
好意的な視線を送ってくれているから、きっとアリなのだろう。
いただきます。
うーーー、あま! うま!
水白「ほれ」
もう一本くれた。
聞けば、水白さんがよく知る方の会社とのこと。
なので、気ままにカニを食べ歩いても許されるらしい。
予想外のこの展開がすごく嬉しかった。
水白さんにお礼を述べ、車を見送る。
テツ「水白さんのおかげで、とっても楽しかったです!
ありがとうございました!」
すると水白さん、にこーっと笑って、
水白「あんたもせっかく富山に来たんやから、
いい思いしないと、いい思い出つくらんとね。
また富山に来てね、またお会いしましょうね」
水白さんのその言葉が、しばらく心に響いていた。
最高の朝だった。
次回「魚津港 後編」をお届けします。
甘エビ漁の漁師、魚住さんのお宅にて、甘エビとゲンゲをいただきます。
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