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千葉・ちっこ豆腐丼

美味しいアルバム
vol.009

posted:2014.6.18  from:千葉県南房総市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Yamaguchi
山口徹花

やまぐち・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

前回の続き「ちっこ豆腐 後編」をお届けします。

ここまでのあらすじを少々。

以前この連載で「やん米」を教えてくださった、鈴木俊子さん。
その鈴木さんからご連絡をいただき、千葉の南房総へと向かいました。
訪れた先は、鈴木さんのご友人である前田善治さん、みつさんご夫妻のご自宅。
前田さんは、18歳で始業し、今年で実に60年という来歴の酪農家さん。
子どもの頃からよく食べていたという、ちっこ豆腐を作ってくださいました。
ちっこ豆腐とは、牛乳を煮立て固めたもので、
千葉の酪農家さんのあいだで親しまれてきた一品。
濃厚な乳の香りとほわほわの食感、優しい味わいに包まれたひとときでした。

今回は、ちっこ豆腐を丼に仕立てていただきます。
作り手は、お母さんから鈴木さんへとバトンタッチ。
では、前田家の台所へと戻ります。

母「としちゃん、タマネギあるからやってみてよ」

お母さんから鈴木さんへ、ちっこ豆腐丼のリクエスト。

鈴木「じゃ、ちいとば鍋貸してもらえる?」

母「いいよ、いいよ、ほれ」

鈴木「玉ねぎなんかもある?」

母「あるよあるよ、ほれ」

着々と準備が整い、調理スタート。
聞けば、おふたりは高校の同級生とのこと。
としちゃん、みっちゃんと呼び合う仲。

母「あそこのお子さん、どうしてる? なんて子だったか、ほら」

鈴木「ああ、あの子、あの、右曲がったとこのね、ね」

なんて塩梅で、うわさ話に花を咲かせるおふたり。

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4人分の丼に、ご飯がよそわれた。
その上に、卵でとじたちっこ豆腐をこんもりと盛りつける。
美味しそ~。

鈴木「海苔かなんか、ちいとばある?」

母「あるよあるよ、ほれ」

鈴木「なんか、緑のもの、ちいとばある?」

母「あるよあるよ、三つ葉があるよ、ほれ」

この、鈴木さんの「ちいとば」=「ちょこっと」という言い回しが心地よい。

★ちっこ豆腐丼

材料 

ごはん 玉ねぎ 卵 ちっこ豆腐

醤油 砂糖 みりん 海苔と三つ葉、お好みで

1. 醤油、砂糖、みりん、水を煮立て、玉ねぎが柔らかくなるまで煮る。ちっこ豆腐を入れ、温める程度にさっと煮る。

2. 溶き卵を入れる。

3. 卵が半熟になったら火を止める。

4. 刻み海苔と三つ葉を散らし、出来上がり。

鈴木「12時過ぎちゃった、お父さん待ってるね、呼ばなきゃ」

テツ「私が行きましょうか?」

外で作業しているお父さんに声をかけにいく。

テツ「お父さん、お昼ご飯できましたよ」

照れくさそうに目をそらすお父さん。

父「お父さんなんて呼ばれるとはねぇ。
慣れてないから、誰のことか分からなかったよ」

テツ「は! 失礼しました! なんてお呼びすればいいでしょうか」

父「うーん、孫たちには「ちい」って呼ばれてますけどね」

……。

テツ「ちいって呼ばせてもらう訳には……、お父さん、でもよいですか?」

父「ふふふ、いいですよ~」

ちゃぶ台の上には、丼に漬け物、蓮根の酢漬けなどがずらり。
いただきまーす!

熱々、ほふほふ。
甘しょっぱい味つけとちっこ豆腐、猛烈にマッチング。
ちっこ豆腐に卵がまとわりつき、まろやかな味わいに。
ざっくり切られた玉ねぎの甘さが、さらに気持ちを落ち着かせてくれる。
いい、ちっこ豆腐丼、いいわ~。

母「あんまり煮すぎない方がいいんだよね、固くなっちゃうから」

なるほど。

鈴木「どう? 薄い? ちいと薄かったよねぇ?」

テツ「いえいえ、ちょうどいいですよ、美味しいです」

こうして皆さんと丼をかき込む感じ、楽しいな。

テツ「お父さんはお好きですか? ちっこ豆腐」

父「いや~、自分で作ってるとあんましねぇ」

あら。

テツ「牛乳は毎日飲むんですか?」

母「私は飲まない」

あら。

母「自分とこのだと濃すぎて飲めないのね。スーパーのだと飲めるけどね」

テツ「そんなに違うんですか?」

母「飲んでみる? 温めるから」

テツ「はい! ぜひ!」

うーん、確かに濃ゆーい。
乳そのものの香りがガツんとやってくる。
さっきまで乳房の中にあったよね、というお味。
牛乳好きにはたまらない味。
牛乳嫌いにもたまらない味。

テツ「お母さんの好物はなんですか?」

父「甘いもの!」

お父さんが代わりに答える。

母「ふふふ~」

お母さん、恥ずかしそうに体を揺らす。

テツ「洋菓子ですか? 和菓子?」

父「なーーーーーんでも」

またまたお父さん。

お互いを知り尽くしたようなムード。
仲のよさがうかがえる。

テツ「おふたりはご結婚何年目になるんですか?」

父「50年ですかねぇ」

テツ「どうしたらうまくいくんでしょうか、結婚生活ってものは」

うーーーんと考え、ひと言。

父「喧嘩しないってことですかねぇ」

なるほど。

母「喧嘩するとね、私がストライキすっからね、一週間でもね。
そうすっと困るんですよ」

頬をさすりながら、空を見つめているお父さん。
どうやら過去に起きた一件を思い出している様子。

父「ストライキされっと、おちおち寝てらんないですからね。
やっぱりできないですね、ひとりじゃ、お母さんがいないと」

二人三脚で50年。
共に歩んで来たおふたりには、穏やかでごく自然な流れが感じとれる。

テツ「お父さん、牛舎を見せていただけますか?」

父「はいはい」

玄関から出て少し進むと、高い屋根の牛舎が見えてきた。
中をのぞいてみると、大きい牛がずらり。
目を見開き、こちらの様子をうかがっている。

牛「ムウォ~」

父「来年でやめるんですよ、これも」

テツ「えっ、そうなんですか?」

父「もう78歳ですからね」

テツ「長年やってこられて、苦労したことってどんなことですか?」

父「うーーーん、なんだろ。

苦労も喉もと過ぎちゃったからね~」

頬を擦りながら、牛舎にゆっくりと目をやるお父さん。

テツ「次はいつ頃生まれるんですか? 子牛」

父「来月生まれますよ」

おっと。

父「送りましょうか? 初乳」

テツ「いいんですか!」

母「いいですよ、送りますよ」

やったー! 会える、初乳に会える~。

お土産に、先ほど煮立てたちっこ豆腐を持たせてくれた。
お礼を伝えて前田家を後にする。

父「また遊びに来てくださいね」

はい。

少し陽が傾き始め、景色が青白く染まり始めた。
鈴木さんがバス停まで送ってくださる。
ハンドルを握る鈴木さんの指先には、マニキュアがキラリ。

テツ「使ってくれたんですね」

鈴木「うん、でも取れてきちゃった」

恥ずかしそうに手元を隠す鈴木さん。
以前お会いしたとき、私の爪に塗られたマニキュアに
目を輝かせていた姿がとても印象的だった。
帰宅後、お礼の手紙と写真を添えて、マニキュアを送らせていただいた。
淡いピンク色の、そのマニキュア。

鈴木「今度、なにしようか。
なにかまた美味しいもの見つけたら、連絡するからね」

どこまでも思いやりの詰まった鈴木さんに感謝。

バス停に到着した。
鈴木さんに別れを告げ、さあ出発というところへ、なぜ?
車から飛び出してくるお父さんの姿が。

父「これ! これ!」

手にはなんと、カメラの三脚が……。

テツ「おとうさん、あ~、もう、本当に、申し訳ないです」

父「はいはい、気をつけて~」

テツ「せっかくなので、一枚いいですか?」

東京行きにのバスに乗る。
南房総の柔らかな夕景を眺めながら、先ほどまで過ごした時間をゆっくりと思い起こす。
この時間がたまらなく幸せなのだ。

後日、前田さんから荷物が届きました。
ずっしりとした初乳豆腐と、ツヤツヤのお米。
もう、本当に嬉しい。

ちっこと比べると、初乳のほうが黄みがかっている。
ちっこよりも雑味が残っていて、乳の香りそのまま。
日本酒に例えるならば、初乳は純米酒、ちっこは純米大吟醸、といった感じ。

「息子も、うんめ~うんめえって食べるよー」という、
お母さんおすすめの調理法でいただきました。
小鍋に醤油とみりん、お水を煮立て、玉ねぎと初乳豆腐を投入。
ギュッとしていた豆腐が、柔らかく溶けていく。
醤油と乳のマリアージュ、うんめ~。

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