淡路島はたらくカタチ研究島 前編

島の雇用を生みだそう。商品づくりに留まらない“仕組み”づくり

人口14万人ほどの淡路島は、北に神戸、南に徳島という交通の便のよさと、
温泉や海水浴場、別荘地があることから、西のリゾート地としても親しまれている。
これらの観光と、名産であるたまねぎを始めとする農業や、
ちりめん、タコ、ハモなどの漁業が島を支える産業となっている。

そんな淡路島は、ここ数年で移住者が増えていることが話題となっている。
だが、地方での仕事探しは容易ではない。ここでは仕事を生み出すことが大切だ。
そのサポートをしているのが、淡路地域雇用創造推進協議会であり、
「淡路はたらくカタチ研究島」だ。

「淡路はたらくカタチ研究島」は、
厚生労働省の委託事業として、地域の雇用創出を図るプロジェクトである。
淡路島で仕事を探す人や、事業を立ち上げたい人が対象で、
島の豊かな地域資源を活かした家業・生業(なりわい)レベルの起業や
企業の商品開発をサポートするために、ワークショップを含めた18の講座と、
ツアーと商品の開発を行っている。

「淡路はたらくカタチ研究島」のプロジェクトメンバー。左から、魚﨑一郎さん、竹下加奈子さん、やまぐちくにこさん、藤澤晶子さん、大村明子さん、加藤賢一さん、平松克啓さん、松本貴史さん。

スーパーバイザーに、
関西を中心に活動するクリエイティブユニット「graf」の服部滋樹さんと、
「ブンボ株式会社」の江副直樹さんを迎えた。
コロカルでも昨夏取材を行った、建築家の「ヒラマツグミ」平松克啓さんも
アドバイザーとして参画しており、
陶芸家の西村昌晃さんも講座で移住の先輩として、
そして島で仕事をする同志として話をしている。

「graf」の服部滋樹さん(上)と、「ブンボ株式会社」の江副直樹さん(下)。写真提供:淡路地域雇用創造推進協議会

「淡路はたらくカタチ研究島」は、2011年から本格的な事業が始まり、
2013年からはより実践的に、と「淡路島ならではの付加価値商品開発プロジェクト」が始動。
淡路島ならではの価値を見直し、再発見し、商品開発の場をつくる。
そして販売拡大をはかり、より高い付加価値、より高度な実践を定着させ
淡路島での起業を応援するのだ。

2013年は4つの商品を展開し、2014年は6商品が開発された。
4月の公募で集まった19提案のうち6提案を採用し、
協議会で、実践支援員がデザイナーや専門アドバイザーとともに商品を開発する。
約半年間の開発期間でつくられた商品は、翌年1月の試験販売を経て、
そのレシピやノウハウまでを公開する。その上で事業社(者)を募集し、
提案者や開発者以外でも、淡路島内でに事務所のある事業社なら、
だれでも製造・販売できるようになる、というのがこの事業の特長だ。
「単なる商品開発ではなく、人をつなげて仕事や商品をつくる“仕組み”を生み出すのです」
と語るのは、「淡路はたらくカタチ研究島」の統括実践支援員の加藤賢一さん。
今回お送りするのは、2014年度に誕生した商品のうち、3商品にまつわる開発奮闘記だ。

第4話・ 今日はなんだか調子が悪い

第4話
今日はなんだか調子が悪い

グレアムさんの神戸日記、第4回め。
いつもは元気に塩屋のいいところを
紹介してくれるグレアムさん。
でも今週はちょっと具合が悪いみたい。
グレアムさんが寝込んだことを知った
塩屋の人たちは…?

子どもと楽しむワークショップ、みんなで凧をつくろう

絵を描くところから始まる凧づくり。

ここ最近の小豆島では、いろいろなワークショップやイベントが開催されています。
子ども向けのもの、大人向けのもの。
食に関するもの、音楽に関するもの。
1000人規模のもの、20人規模のもの。
内容も規模もさまざまです。

2015年もさっそく開催されています。
先日は「妖怪凧をつくろう」というワークショップがありました。
土庄町の迷路のまちという地区にある
MeiPAM(メイパム)さんが主催のワークショップ。
妖怪絵描鬼(えかき)の柳生忠平さんが先生です。

凧作りワークショップ。先生はMeiPAMの柳生忠平さん。

和紙に絵を描くとこから凧をつくるなんて面白そうだなと、
友人、子どもたちと一緒に参加してきました。

会場はMeiPAM03という場所。
この辺りは迷路のまちというだけあって、ほんとに迷路です(笑)。
車の通れない細い道沿いに民家が建ち並ぶ面白いエリア。
こんなところあるんだなと初めての道を歩いて行きました。

到着早々、さっそく凧づくりのスタート。
いろは(娘)にとって和紙に絵を描くというのはたぶん初めての経験。
「凧が重くなり過ぎないように、なるべく絵の具を水で薄めてね」
と言われて少し緊張気味。

凧づくりスタート。真っ白な和紙に思い思いに妖怪の絵を描きます。

絵を描く道具たち。

柳生忠平さんに教えてもらいながら。

傘の妖怪。かわいすぎる。

一枚一枚丁寧に乾かします。

なんだかんだと、みな思い思いに妖怪(?)の絵を描いて、
今度は竹ひごとタコ糸を取りつける作業。
凧ってこんなふうにつくるんだと私自身思いながら、なんとか完成。

筆にボンドをつけて竹ひごを和紙に貼り付け。

バランスをみながら、タコ糸をとりつけ。

気づけばあっというまに3時間。
子どもたちは凧をつくり終わった後も、
忠平さんが妖怪の絵を描くのを囲んで夢中になって見ていました。

凧づくりの後も、子どもたちは忠平さんの妖怪の絵に夢中。

絵を描いたり、何かをつくったりするのは、子どもも大人も一緒に楽しめる。
今年はそういうワークショップにいっぱい参加しようと思います。
そして、うちのお店でもそんな企画をできたらいいなと。

完成したマイ凧。風のある日にあげに行こう。

information


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MeiPAM

住所:香川県小豆郡土庄町甲405
TEL:0879-62-0221
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜
http://meipam.net/

information


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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

茶道の道具「茶筌」はどうやって出来る? 奈良・生駒で冬の風物詩「竹の寒干し」始まる

茶道において、抹茶をたてる道具の「茶筌(ちゃせん)」は、
職人さんが竹を細かく細かく割って作る工芸品。
この茶筌、じつは奈良県生駒市が国内生産の90%以上を占めているんです。
生駒市のなかでも高山町はとくに茶道、茶筌が伝統産業として盛んなところ。
この高山町で、今年も、冬の風物詩である「竹の寒干し」が始まりました。
茶筌をはじめとする竹製品を作るために、軒先や田んぼに竹を干して
乾燥させるもの。1束30~50本の竹が円錐状に並べられています。

インディアンのテントのようです

傘を広げたように組み合わせられています。

淡竹は、1月~3月のやわらかい日差しと冷たい風の中で、
固く身がしまったつやのある白い竹になります。
干した後は倉庫で1年ほど寝かせ、完全に水分を無くして
カビがはえないようにしてから、製品が作られるというわけです。
こちらの動画では茶筌の作り方がわかりやすく説明されているので、
ご興味がある方はぜひチェックしてみてください。

奈良県生駒市「自転車でめぐる 茶筌のさと高山コース」

母の遺影

母が脳梗塞で入院したのは2004年の9月末だった。
朝、電話で知らせを受け、すぐに新幹線で岡山に向かった。
入院先の病室に入ると、母はベッドで半身を起こした状態でまっすぐぼくを見た。
久しぶりに会うぼくの顔を見ても喜ぶでも驚くでもなく、
顔にはベニヤ板が張りついたようで表情というものがまるでなかった。
命には別状がなかった。でも、母は右半身に麻痺を負っていた。
言葉も思うように出てこない。
しかしそのときは、「こういうのってリハビリで結構治ったりするんじゃないの?」
とお気楽に考えていて、
まさかその後10年以上にわたって介護生活を送るなんて思いもしなかった。

かなり早い時期から、ぼくは母の介護態勢のなかで重要なポジションにいた。
入院の付き添いからしてそうだった。
月曜日から木曜日の4日間を父が病室に寝泊まりし、
金〜日曜日の3日間をぼくが泊まった。
ほぼ毎週、東京から金曜日の午後に新幹線で岡山に戻り、
月曜の朝に東京に戻る(その3日間は実家に帰ることはまずなく、
ずっと病室で母と過ごした)。
そんな慌ただしい生活を母が退院する12月まで約3か月続けた。
退院後は自宅での介護に切り替わるわけだが、
病院での付き添いがそうだったように、
母の介護態勢について家族で話し合うようなことは一切なく、
ぼくのポジションはそのままなしくずし的に継続となった。
でも、なしくずし的ではあったが、それはぼくが自ら選びとったポジションでもあった。
母は善い人だった。なにより善き母だった。

母は昭和4年、香川県の丸亀市で生まれた。
実家はうちわづくりをして生計をたてていた。
姉がふたりに妹が4人、兄弟も4人いた。総勢11人の兄弟姉妹。
家は相当に貧しかったが、にぎやかだったに違いない。
丸亀の女学校を出て、高松の看護学校を卒業した後、
看護師として自衛隊に入隊した。
いくつかの赴任地を経て、広島県の福山に赴く。そこで隊員の父と知り合った。
知り合ったのは、父が自衛隊を除隊するまさにその日の朝だった。
父は結核治療のため、実家のある倉敷の病院に向かってそのまま入院する予定だった。
同僚の隊員に見送られ乗り込んだバスに夜勤明けの母も偶然乗り込んだ。
そのバスのなかでどんなやりとりがあったかまでは知らない。
除隊していく部下へねぎらいの言葉をかけ、
そこから話が発展して「お茶でも飲んで行く?」と母の方から言ったのかもしれない。
七歳年上の母から見れば二十歳そこそこの父は異性として意識するには幼すぎた。
でも、母にまったくその気がなかったとも断言できない。
というのも、父はとんでもなくハンサムだった(悲しいかな、ぼくは母親似である)。
そのあたりの母の心情はいまとなっては薮のなかなのだが、
いずれにしても父を家に上げた時点で母の運命は決まってしまった。
命運が尽きた、と言い替えることもできる。父は母と違って善の人じゃない。
かといって、純粋に悪というわけでもないのだけれど、とにかく行動が尋常じゃない。
若かりし頃の父をあえて一字で記すなら、「狂」の人だった。

父はその日から母の家に強引に居座り、帰ろうとしなかった。
いったん倉敷の病院に入院はするものの、
病室を抜け出しては福山にいる母の下宿に舞い戻った。
倉敷にいる父の兄や従兄弟が福山まで行って実家に帰るように説得したが、
父は頑として受けつけなかった。
そんな父に対して、母は「好きなようにしたらいい」と言ったという。
ほどなくして籍を入れ、その報告にと父は倉敷の下津井にある実家に母を連れて行った。
当時、家で絶対的な権力をもっていた父の祖母は、ふたりに「帰りなさい」と言った。
正面の玄関からではなく、裏の勝手口から。事実上の勘当のようなものだった。
その当の祖母が亡くなった後は勘当も解かれているはずなのだが
(父の両親は実に穏やかで優しい人たちだった)、
当時受けた仕打ちを父はいまも忘れていないようで、
いまだに本家とはぎくしゃくした関係をつづけている。
ともあれ、母は父と一緒になったせいでしなくていい苦労をいやというほどした。
本家との間の気まずい関係もそのひとつに挙げていいと思う。

夫婦にとって激動の昭和三十年代。
その半ばに待望の第一子である兄が生まれた。父が24歳、母は31歳だった。
そして3年後に次男のぼくが生まれた。ぼくが生まれた当時、父は無職だった。
数か月前まで福山の建設会社に勤務していたが、
労働争議に巻き込まれて解雇されていた。
しかし、ぼくが生まれても家事を手伝うでもなく、
朝から家を出ては映画ばかり見ていた。
幼い子供たちの世話に追われる母のもとには、
4人いる妹のひとりが泊まりこみで手伝いに来ていた。
そしてぼくが1歳にもならないとき、一家は丸亀に移り住む。
住んでいたのは精肉店の2階で、
いつもコロッケを揚げる油の匂いがたちこめていたらしい。
丸亀には約2年いた。
それから、従兄弟の口利きで父が倉敷のバス会社で運転手の職を得て、倉敷の児島に移った。
丸亀から児島を結ぶフェリーを一家4人で降り立ったときの写真がある。
3歳になるかならないかのぼくが兄と一緒に笑っている。父と母も笑っている。
家族みんなが新しい生活に胸を躍らせていた。

児島での二十年間、母はぼくと兄を育てるためにすべてを捧げた。
趣味らしい趣味はもたなかったし、洋服や宝飾品にお金を遣うこともなかった。
旅行にも一切行っていない。
日々の家事をこなすだけでなく、
看護師として毎日ひたすら働いて一家の生計の柱となり、
貧しいなりにぼくら兄弟にはなにひとつ不自由な思いをさせなかった。
勉強しなさいなんてただの一度も言われたことがない。
ぼくの思い出しうるかぎり、なにかを禁止したり、
強制するようなことも一切なかった。甘いといえば甘かった。
原付免許をもっていることがバレて高校から呼び出されたときも
「そんなことでなあ」と笑っていたし、
ぼくが「しばらく旅に出ます」と書き置きして、
家のお金を持ち出して家出したときも、
翌日しらっとした顔で帰って来たら「お帰り、カレーあるけど食べる?」と
なにごともなかったように家に入れてくれた。
堅実で保守的ではあったけど、リベラルな面をもちあわせていた。
なにより、明るかった。
こうした母の性格には丸亀の家庭環境と温暖な気候が関係しているとぼくは思っている。

そんな母がぼくに一度だけ頼みごとをしたことがある。
小学校の教員をしている兄が
大腸の病気で数年にわたって入退院を繰り返していた頃のことで、
ぼくが正月休みに帰省していたときだ。
やせ細った兄を見舞った後、
母はぼくの目の前でぼろぼろ涙をこぼしながら一言、「帰ってきてや」と言った。
ぼくはなにも言えなかった。母もそれ以上なにも言わなかった。

昨年の秋になって、母は施設から病院に移されていた。
母の喉は切開され、そこに円柱のプラスチックの呼吸器がとりつけられていた。
両の底の部分から苦しげな呼吸音が漏れる。
喉を切開しているから声は一切出ない。
不規則に空気の漏れるヒューヒューという音が聞こえるだけである。
父もタカコさんも、母の病室に行くといつも目を閉じて眠っていると言う。
目を開けてもどこを見ているかわからないと言う。
でも、ぼくがひとりで病室に入っていくと、
うつろではあるが目を開けてまっすぐぼくを見た。
ぼくにはわかっていた。母がぼくに言いたかったことはひとつだけだ。
早く逝かせてほしい、と。
でも、その願いにもぼくは応えることができなかった。

2014年12月22日午後2時18分、
入院先の病院で母は亡くなった。享年85歳だった。

母にとってこの十年は苦しいことばかりだった。
いっそのこと、脳梗塞を起こしたあの日に亡くなっていたら
母はどんなに楽だったかと何度思ったかしれない。
この十年は母になんの意味があったのか。
でも、父にしてみれば、この十年があってはじめて善き夫になれた。
母はそのチャンスを父に与えた。そしてぼくには家族を与えてくれた。
母は最後まで自分を犠牲にして、父とぼくをまっとうな道に引き上げてくれた。

2004年に母が入院していた当時のこと。
東京から毎週末に帰って来ていたぼくは、
月曜日の朝に病院を出て児島駅を発車する瀬戸大橋線の電車に乗って岡山に向かった。
列車がホームを出てほどなくして、母の入院している病院の前を通過すると、
きまって父と母がふたり並んで病室の窓から手を振っていた。
電車は相応に混んでいるし距離もあるので、父と母にぼくの姿は見えていない。
にもかかわらず、
あたかもぼくが見えているかのように電車が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
ふたりのその姿をはじめて見たときからぼくにはわかっていた。
母が亡くなって、思い出すのはあのときの姿だと。

遺影には5年前に父と一緒に家の前で撮った写真を使った。
数年ぶりに写真を見た。記憶していたよりも、母はずっと笑顔だった。

※著者・赤星 豊さんご尊母のご訃報に接し、コロカル編集部一同、謹んで哀悼の意を表します。

冬の野良仕事

外で体を動かして働く。

楽しみにしていた年末年始のお休みが終わり、すっかりいつも通りの日々。
今日も朝から野良仕事です。

いつもの景色の中、愛車(軽トラ)にワラを積んで畑へ。

年末年始は島を離れ、マチに住む家族とともにのんびりと過ごしていたのですが、
島を離れて思ったこと、それは野良仕事がほとんどないということ。
何かいつもの暮らしと違うなーと。
そう、まず手が汚れない。
いつもは爪の間や指のしわに土が残っていて、なんとなく黒い(笑)。
そしてガサガサしてる。
それが、2、3日島を離れただけで、汚れがとれてツヤツヤしてる。
あー、ほんとにマチでの暮らしは土を触らないんだなとしみじみと思いました。

それと基本的に暖かい。
毎日外で作業していることもあって、上も下もかなりの重ね着で挑んでるのですが、
いつもの装備で出かけると暑すぎる。
暖房がしっかりきいてるショッピングモールや、気密性の高い家。
そんなに着込む必要がないんだなと。

そんな快適なマチでの暮らし。
でも1週間も島を離れていると体がなまってしまって、
とにかく外で体を動かしたい気持ちに。

島に戻って、2015年最初の活動日。
朝起きて、勝手口から外に出て、冷たい空気の中いつもの景色を眺める。
そして洗濯機をまわす。

朝焼け。この山と山の間から朝陽が昇る。

いつものように畑に行き、野菜を収穫し、手入れをする。

ナバナの収穫。

ワラをきざんで、畑にすきこむ。

収穫したにんじん。ビビッドなオレンジ、見てるだけで元気になる。

家では工事が続いていて、大工さんと一緒に働く。

母屋横の蔵周辺の工事。

大工さんと一緒に土を運びます。

夕方になったら、廃材を燃やしながら片づけをする。

暮れゆく空を眺めながら片づけ。

そんなふうに1日のうちのほとんどを外で過ごし、野良仕事をする。
田舎でのこういう暮らしにすっかりハマってしまったようです。

2015年も毎日野良仕事をしながら、小豆島での暮らしを楽しみたいと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

秋田県大館市でかわいい秋田犬の六つ子が誕生!ふわっふわのあか、しろ、とらが勢揃い

秋田県の秋田犬といえば、ピンと立った耳に巻き尾、
「忠犬ハチ公」に代表される、主人への忠誠心で知られる天然記念物。
コロカルニュースでも「ののちゃん」でお馴染みです。
ところで以前コロカルニュースでご紹介した、
白い秋田犬の夏子ちゃんが、このたび11月10日に子どもを産みました。
六つ子です!しかも、あか、しろ、とら(ごま)の3種類の毛色の子たち。
一度に3種類別々の毛色のこどもが産まれるのは珍しいこと。
こどもなので、まだ耳が寝ています。
大館市観光協会さんが、飼い主さんのところで撮影した写真をご紹介します!

左からしろ、とら(ごま)、あか。白が女の子、とらとあかが男の子です。

全員集合!あまりにも元気な子たちのために、檻のなかでしか集合写真が撮れませんでした

秋田はすごい雪。「犬は喜び庭駆け回り」という童謡さながら、元気いっぱい遊びまわっています。

飼い主さんのことが大好き。

小さいのにもうお座りもマスターしています

かわいすぎです

大館の方に、秋田犬について聞いてみました。
答えていただいたのは、大館市役所観光課の嶋田さんです。

――大館ではどれくらいの人が秋田犬を飼っていますか?
嶋田:飼主の人数は残念ながら把握していませんが、
市内にいる秋田犬は約60頭余りだそうです。
子犬は他へ譲られることが多いので、市内に残る数は少ないんです。

――秋田犬の性格の特徴は?
嶋田:一般的には「飼主に忠実で温和」といわれています。
忠実な部分は「忠犬ハチ公」の物語でも有名ですが、これは秋田犬全般にいえることです。
大人になると体は大きくなりますが、非常におとなしく、
いざというときには頼りになるといいます。
もちろん犬により違いはありますけどね。
(たまにめちゃめちゃ吠えるヤツに会うと、ビックリします。
秋田犬=吠えないという固定観念があるからでしょうね。)

――秋田犬を飼育するコツはありますか?
嶋田:過去に飼主さんへインタビューした際の資料が
残っていましたので、こちらから引用します。
・家族の一員として愛情いっぱいで育てることが基本。
・規則正しい食事と運動(朝・夕)が重要。
・子犬は6~10ヶ月頃までに性格が固まってくる。
 持って生まれた性格があるので、良いところは褒め、悪いところはハッキリ叱る、
というように子犬に合った躾を性格が固まるまでに続けるが大切。
実際に飼主さんとお話ししているととても大変そうですが、
ほとんどの方が「秋田犬のために生きているようなもんだ」と笑顔で答えてくれます。
自分の子供のように育てているんだなーと感じます。

大館市観光協会のFacebookでは、秋田犬の情報も掲載中。
2月14日と15日には、大館市でかわいい秋田犬に会える「大館アメッコ市」が開催されます。

大館市観光協会

御殿場・みくりや蕎麦

代々受け継がれてきた、家庭の味。

昨年のはじめ、大学の同窓会に出席した。
久しぶりに再会して互いの近況を報告し合あうと、
東京から離れて地方で暮らしている友人が何人かいることがわかった。
そのうちのひとりがナガイちゃん。
ナガイちゃんの生まれ育った場所は富士山の麓、静岡県は御殿場市。
大学卒業後に東京で数年暮らしたあと、
御殿場へ戻って実家のそばで暮らしているという。
ふむふむ、御殿場か〜、美味しいものがありそうな予感。

テツ「御殿場って、どんな郷土料理があるの?」

ナガイ「うーん、何だろ~。母親のほうが詳しいから聞いてみようか」

テツ「ぜひ、お願いします」

数日後、ナガイちゃんが連絡をくれた。

ナガイ「みくりや蕎麦っていうのがあるんだけど、知ってる?」

テツ「いや、初耳です」

ナガイ「近所のおばあちゃんが、それの名人なんだけど」

テツ「それ、教わりたい!」

ナガイ「いいよー、母親に言っておくー」

わーい! 
同窓会が開かれたおかげで、「みくりや蕎麦」なるものに出会えることとなった。

ーーー

迎えた当日。
新宿から高速バスに乗り一時間半、御殿場へ到着。

テツ「こんにちは~」

母「あ、いらっしゃーい!」

張りのある声で元気いっぱいに出迎えてくれたのは、
ナガイちゃんのお母さん、永井すみ代さん

母「どうぞどうぞ、上がって」

奥の居間へとおじゃますると、おばあちゃんがふたりお茶をすすっていた。

母「こちら近所のおばちゃん、佐藤ちゑさん」

ゆっくりと、上品に会釈をしてくれた。

母「で、こちらがうちのおばあちゃん」

永井いささん。
割烹着にもんぺ姿。
昔ばなしに出てくるような、典型的な優しいおばあちゃんという雰囲気。
こういうおばあちゃんに憧れていたの~、心が躍る。

第3話・ 塩屋のちいさなカレー屋さん 「ワンダカレー」

第3話
塩屋のちいさなカレー屋さん、
ワンダカレー

グレアムさんの神戸日記、
第3回はグレアムさんが通う、
塩屋のちいさなカレー屋さん
「ワンダカレー」をご紹介。
まちのひとに愛される名物シェフ、
「ワンダさん」ってどんな人?

写真家 石川直樹さん

空から、海から、陸から

北極や南極、アジア、アフリカ、ヒマラヤなど、
世界を旅して未知の風景を写してきた写真家の石川直樹さんが
大分県の国東(くにさき)半島に通い、人びとや自然、伝統文化をカメラに収めた。
2014年の秋に発売された写真集「国東半島」には、
その中から厳選された172点がつまっている。
撮影にのぞんだのは、今年初開催された「国東半島芸術祭」がきっかけだった。
石川さんは芸術祭のメインビジュアルを撮影し、参加作家として展覧会も開催した。
同祭のクロージングを見とどけ、東京に戻ったばかりの石川さんにお話を聞いた。

「国東半島には以前から興味をもっていました。
ちょっと変わった仮面のお祭りがあると聞いて、見に行きたいと思っていたんです。
日本各地に仮面が登場する祭祀儀礼があって、
僕は10年以上前からそうしたお祭りを撮り続けてきました。
たとえば鹿児島のトカラ列島のボゼとか、岩手県のスネカとか、秋田のナマハゲもそうですね。
そうしたお祭りのことを調べているうちに
国東半島の『修正鬼会(しゅじょうおにえ)』と『ケベス祭り』を知り、
行きたいと思っていたところへ芸術祭の話が来たんです」

杵築市奈多 奈多宮 Photo: Naoki Ishikawa

国東半島は、周囲を別府湾・伊予灘、周防灘に囲まれ、
半島の中央には両子(ふたご)山をはじめとする火山群がそびえたつ。
石川さんは今年の秋に開催された「国東半島芸術祭」の
プレ事業「国東半島アートプロジェクト」(2012)の立ち上げ時から参加。
以来、幾度となくその場所へ通い、さまざまな角度からアプローチしていった。

「空撮をしたり、漁師さんに同行して海に出たり、
猟師さんについて行って山の中で鹿や猪狩りを撮ったり。
これまで、海外のどこかにフォーカスをあてたことはあったのですが、
日本のひとつの地域をここまでつぶさに撮影し、一冊にまとめたのは初めてです。
国東半島は、朝鮮半島から伝わってきた文化が九州北部を伝って
瀬戸内海に入ってくる際に出会う交差点のような場所に位置しています。
そこで山の文化と、渡来の文化がまじりあい、独特の風土が生みだされました」

見過ごしてしまいそうな場所に、突然異世界の入口が現れる。自分自身が異人となりながら、日常と非日常を、ハレとケを、彼岸と此岸を往来できる希有な土地、それがぼくにとっての国東半島である。―石川直樹写真集「国東半島」収録「日常と非日常の渚」石川直樹 P.178より / 豊後高田市香々地 長崎鼻 行者洞穴 Photo: Naoki Ishikawa

古くから途切れることなく続く、国東の祭り

石川さんが興味をもったお祭りのひとつ「修正鬼会」は、
天念寺、成仏寺、岩戸寺という3つの寺を舞台に行われる、
六郷満山(国東半島の6つの郷にある寺院の総称)を代表する伝統行事だ。
修正会という正月法要に鬼祭りと火祭りの行事が集合したといわれており、
国指定重要文化財にも指定されている。

国東市国東町岩戸寺 岩戸寺 修正鬼会 Photo: Naoki Ishikawa

「修正鬼会では、お寺のお坊さんが鬼役をつとめます。
普段は物静かなお坊さんが体中を荒縄で縛り、鬼の仮面をつけて鬼に変身するんですよ。
この鬼はご先祖さまが姿を変えて現れた、善い鬼とされています。
鬼を『おにさま』と呼んで敬意をもって接するような場所は、日本でもめずらしい。
修正会というものは各地にありますが、修正鬼会となっているのは、
全国でも国東半島だけです」

鬼はお寺で松明(たいまつ)を振り回して舞った後、
お堂を飛び出し、集落の家を一軒一軒まわる。
石川さんはこの鬼について、明け方まで続く儀礼の一部始終を撮影した。

「家に入った鬼は、まず仏壇に向かい、ご先祖さまに祈ります。その隣には神棚がある。
国東には、古くから神と仏が同居する神仏習合の文化が受け継がれているんです。
その後、鬼はご馳走とお酒をふるまわれて心からのもてなしを受け、
最後は家の人たちの頭に手をあて、無病息災を祈っていました。
怖がって泣いてしまう子どももいましたけどね(笑)」

国東市国東町成仏 成仏寺 修正鬼会 Photo: Naoki Ishikawa

国東市国東町成仏 成仏寺 修正鬼会 Photo: Naoki Ishikawa

「鬼はそうやって家を一軒ずつまわり、最後はもとの寺へ戻って行く。
お酒をしこたま飲んだ上に、仮面によってトランス状態になっていますから、
手がつけられない状態です。
そこを寺のお坊さんたちが押さえつけて餅をくわえさせると、
我に返って、鬼から人間に戻っていく。お祭りはこれで終わりです」

こうした日常と非日常を行き来するような光景が、石川さんの心をとらえた。

国東を体現するような行事、修正鬼会は日常と非日常の渚として、ぼくの目前にゆらゆらと立ち現れ、国東半島への扉を開くきっかけとなった。―石川直樹写真集「国東半島」収録「日常と非日常の渚」石川直樹 P.174より / 国東市国東町岩戸寺 岩戸寺 修正鬼会 Photo: Naoki Ishikawa

写真集には「修正鬼会」のほか、奇怪なお面をつけたケベスと白装束のトウバが争う
火祭り「ケベス祭り」の様子も収められている。

新しい世界への入口

2009年に群島を意味する「ARCHIPELAGO」という名の写真集を出版した石川さんは、
以前から島や半島というものに興味をもち、自然やそこで育まれた人や風土を撮影してきた。
そこには、6,000以上もの島からなる日本を含む、環太平洋の国や地域を
“島の連なり”としてとらえ直したいという思いがあった。

杵築市奈多 奈多宮 Photo: Naoki Ishikawa

「陸側から見ると島や半島の端は行き止まりですが、
海や空から見ると、入口でもある。
そうやって半島を見直すことによって、新しい世界が立ち現れてくる。
仮面のお祭りは日本列島の東北、北陸、九州、沖縄に点在していて、
しかも海沿いに集中しています。日本の人たちは、
海の彼方からやってくる他者を拒絶したり排除したりするわけではなく、
恐れながらも言葉を交わし、時に受け入れてきた。
仮面のお祭りには、そうした身ぶりが表れているのではないかと思います」

また国東では、はるか昔の九州と朝鮮半島の繋がりを想像させるランドマークにも出会った。

「田原山の奥に熊野磨崖仏という巨大な石仏があるのですが、
とても魅力的な顔をしています。
国東にはそうした磨崖仏がいくつかあって、
同じようなものが韓国の南東部・慶州にもあります。
また、慶州には国東半島の修験道のルーツとも繋がる修験道の文化が残されています。
昔、仏師や僧侶が朝鮮半島から渡ってきたことを考えると、
山の文化と海の文化が国東という場所で融合したことについての
手がかりが見えてくるのではないか、と思うんです」

豊後高田市田染平野 熊野磨崖仏 Photo: Naoki Ishikawa

その土地に写真を還す

BEPPU PROJECTの山出淳也さんが総合ディレクターをつとめた「国東半島芸術祭」には、
アントニー・ゴムーリーさんやオノ・ヨーコさん、飴屋法水さん、
川俣正さんらが参加し、全国から噂を聞きつけた人が集まった。
石川さんも国見ふるさと展示館にて、写真展「国東半島 KUNISAKI PENINSULA」を開催。
訪れた人からは、感動とともに「国東の見え方が変わった」、
「石川さんの書いた文章も良かった」という声が伝わってきた。
同展に展示されていた写真とテキストは、写真集「国東半島」に収録されている。
また、国東で女性モデルを撮影したことをきっかけに生まれた“髪”をテーマにした
新作の展覧会「HAIR」も同時開催された。こちらも写真集として刊行されている。
石川さんは写真集を出版後も、国東半島を撮り続けているという。

「三年間半島をまわって、農家の人や猟師さんをはじめ、
いろんな市井の人と知り合えましたし、これからもずっとつき合っていきたい場所です。
今回の写真集は地元の方が買って下さっているというのが嬉しいですね。
その土地のことを、誰よりもよく知っている地元の人に写真を見ていただくのは
緊張しますし、国東半島を知らない人はもちろん、
地元の人たちにこそ新しい半島の姿を見せたいんです。
やっぱり、その土地で撮った写真はその土地に還さないといけない、と思っていて」

豊後高田市田染荘小崎 後藤文治さん Photo: Naoki Ishikawa

写真集のアートディレクションを手がけたのは、
資生堂の企業文化誌「花椿」などで知られる仲條正義さん。
布張りの表紙の碧(あお)い色がうつくしい。

「今回は気合いが入っていたので――といっても、
すべての写真集に気合いが入っているんですけれど(笑)、
昔から敬愛している仲條さんのご自宅へ通い、お願いしに行きました。
仲條さんはすぐには引き受けて下さらなかったのですが、
国東の写真を見せながら説明して、つくっていただけることになりました」

印刷には、朝から翌日の明け方まで立ち会った。

「僕がいない時に何かあったら困りますから、印刷には毎回立ち会っています。
印刷所は、写真集の印刷を数多く手がけている
京都のサンエムカラーというところなんですが、夜通し印刷機を回してくれて。
そんな対応をしていただけるだけでもありがたいです」

最後に、国東半島に通い続けた石川さんに、お気に入りの場所を聞いてみた。

「やっぱり修験道の道は面白いと思いますね。
ヒマラヤを登っていると体を使い果たして、
自分の中身が入れ替わるような感覚があるのですが、修験道も同じだと思っています。
山を歩き続けることによって、いつしか生まれ変わる。
8,000mの高さまで行かなくてもそういう体験ができるのは、ちょっとすごいですよね。
国東半島では、来春に峯道ロングトレイルという道が開通します。
10のコースに分かれているのですが、10日間、通しで回れたら最高ですね。
修験道の道がロングトレイルとして整備されているのは
日本全国でも国東ぐらいなので、すごく面白くなると思います」

国東市安岐町両子 両子寺にて 副住職 寺田豪淳さん Photo: Naoki Ishikawa

写真集「国東半島」は、国東を深く、じっと見るまなざしに包まれている。
その土地が愛おしくなってくるような写真群は、
見る人の視点をぐっと高みへ引き上げてくれるようだ。
空から、海から、陸からのアプローチ、そして地元の人たちとの関わりについてうかがい、
その秘密に少しふれられたような気がした。

information

石川直樹写真集「国東半島

出版社 :青土社
価格:¥5,000(税別)

profile

NAOKI ISHIKAWA
石川 直樹

1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。2000年、PoletoPoleプロジェクトに参加して北極から南極を人力踏破、2001年、当時の世界最年少で七大陸最高峰登頂を達成。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞。『CORONA』(青土社)により第30回土門拳賞受賞。著 書多数。最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』 (SLANT)を四冊連続刊行。最新刊に写真集『国東半島』『髪』(青土社)がある。

お客さんを招くために、 地域の人たちと初めてのコラボレーション

ちょっと東京の拠点のこと

gift_lab GARAGE 内部・Before

新潟の「山ノ家」を運営する ”gift_” の拠点「gift_lab(ギフト・ラボ)」は
この秋、創業から9年間お世話になった東京・恵比寿から、東京・江東区へ移転。
東京都現代美術館の最寄り駅 清澄白河駅から徒歩1分、
同潤会アパートメントと同じ頃に建てられた「清州寮」という
趣き深い築80年の建築で、元車庫だった1階を借りました。
そのまま「GARAGE」と名付けることに。

ここもマイペースにこつこつリノベ中。
引っ越して3か月経過するも、まだまだ途上。
さてどんなモノゴトをこのガレージに蓄積していけるのだろうか。

gift_lab GARAGE 正面・After

この新拠点、「gift_lab GARAGE Lounge&Exhibit」では、
本業である空間デザインの事務所に加えて、
恵比寿時代にも展開していたギャラリーの機能を強化、
そして、「山ノ家」と呼応するカフェ機能もつい先頃、試運転を開始。
正式発進イベントは2月に予定しているところ。

“Lounge & Exhibit” —— 平たく表現すれば、
Café & Galleryということになるだろうか。
かつて、この清澄白河に隣接する佐賀町に、
再生された建築の中で、現在進行形のアートを
1983年から17年間発信し続けた実験場、
既存の美術館でもギャラリーでもないオルタナティブスペース、
「佐賀町エキジビット・スペース」という「場」が存在していた。

そこを訪れることは大切な時間/体験であり、
はかりきれない刺激を吸収させてもらったものである。
今回、私たちが自分たちのささやかな場所を
Galleryではなく“Exhibit=提示する現場”と呼びたかったのは、
この先達へのリスペクトとオマージュであり、
ここが発信の器でありたいという願いをこめてのことである。

また、Loungeはゆっくりくつろぐ、という動詞でもある。
Loungeも、Exhibitも、常に「動詞」でありたいと願う。
何かが常に胎動し、うごめいていてほしいと思う。

さて、東京ではそんなリノベを進めながら、
今月も山ノ家へ向かうと今年は数十年ぶりの大雪でした。

すごい雪!

山ノ家をオープンしてから、
私たちは根雪が積もり始めるクリスマスにいったん山ノ家を閉じて、
年が明けてからまた十日町へ戻る。

今年は、地元の人も驚く数十年ぶりの師走の大雪。
例年だと、クリスマスまでは、雪が降っては溶けてしまい、
あまり積もらないのだが、今年は既に積雪3m超えで、
屋根の雪下ろしは、3回も行った。
雪祭りの雪像用の雪が足りなかった昨年とは大違いである。
外装リノベ中だった2011年、雪国での冬を初めて経験してから、
今年で4度目の冬となるけれども、
まだまだ雪のゆくえはまったく読めない。

2012年晩秋。まだ雪は降らない。

晩秋の山ノ家周辺。

初雪が降り始めるのはたいてい11月。
「山ノ家」が始動した2012年の11月も、秋はしんしんと深まっていったが
まだ雪が降り始める気配はない。

その頃、私たちは、賑わった大地の芸術祭の夏を見送って迎えた
まったく人の気配が途絶えた晩秋の松代の商店街で、
呆然とした日々を過ごしていた。

とにかく人通りがない。
お客さんがいない。
まったくのお手上げであった。
10月に収穫されたばかりの棚田のおいしい新米も食べていただく相手がいない。
(このエリアは魚沼産コシヒカリの生産地)

どうしたらいいんでしょう?
思いあまった私たちは、この松代の空家に私たちを巡り会わせた
張本人であり、自ら、果敢にさまざまな地域活性に取り組んでいる
地元の大先輩、若井明夫さんに訴えた。

真剣に私たちの話に耳を傾けてくれる若井さん。

まだまだ残念ながら「山ノ家」は地元の人たちには知られていない。
何をしようとしている、何者かも、あまり伝わっていない。
ましてや、この現在無人のままの空間がいったい何のための場所なのか
伝えようがないのである。

やはり今は、自分たちの価値観に共鳴してくれる都市圏の人々=ヨソモノに
ここの日常の魅力をきちんと紹介して、とにかく「来てもらう」、
この場所を「発見してもらう」しかないんじゃないか、という結論に至った。

とにかくいつ降り出すやらわからない初雪の前に
人が参加したくなるようなイベントをしよう。

「うちの田んぼの脇で、うちの棚田のおいしい新米食べてもらおうよ。
羽釜で焚火で炊いてさ」
若井さんが言った。

羽釜(はがま)の前で微笑む若井さん 。

日ごとに冷気を帯びていく晩秋の風景を眺めながら聞いた、若井さんの言葉。
彼の言葉そのものが、エネルギーを発していて、
寒風の中で温かい焚火に手をかざすように、じんわりしたのをまだ憶えている。

新米をめぐるワークショップ

申し遅れたが、若井さんは「発酵」研究家というか実践家である。
いち早く「どぶろく特区」の制度を活用して、国内でもいの一番に
自家製どぶろくの製造販売をリーガルに開始した人物。
余談であるが、このどぶろくがまたとてもおいしい。

残念ながら、一般人がどぶろくをつくるのは違法である。
では、ワークショップをするなら、
どぶろくをつくっている若井さんを見学?
いや、参加者にはやはり自分の手でつくってもらいたい。

では、新米で甘酒をつくろう。
新米の玄米と糀だけでつくる甘酒。
いいね。

「米のとぎ汁の発酵液って知ってる?」と若井さん。
何と言うかヨーグルトの上澄みみたいなやつですよね。
うんうん。
「これ万能なんだよ
食器でも顔でもからだでも洗える」
へえ。
「とぎ汁と塩と砂糖でつくれるよ」
何だか化学実験みたいですね。

発酵中の甘酒 。

結局、「米をめぐるワークショップ」は、
一泊二日の泊まりがけのワークショップツアーとして計画した。
1日目は、若井さんを講師として、玄米甘酒ととぎ汁発酵液をつくる。
そして、近くの温泉でゆっくりあたたまって、
若井さんに昔の田んぼづくりの話を聞きながら夕ごはん。

到着して、若井さんが甘酒づくりの準備をしている間、
参加者のみなさんには紅葉した松代城山周辺に点在する
大地の芸術祭の野外設置作品を見学散策していただくことにした。
その案内人は、山ノ家の斜め向かいに住む、
(当時)小学六年生の鈴木大貴くんにお願いすることにした。

当時の大貴くん 。

大貴くんはリノベの最中からよく山ノ家の様子をのぞきに来ていたのだが、
この無人状態が続く10月以降の山ノ家カフェの唯一の
「お客さん」だったのである。
「入ってもいい?」
いいよ。
「宿題してていい?」
いいよ。
「このゲームが終わるまでやってていい?」
ちゃんと晩ごはんまでにゴールしてね。

彼は、とても自然に、ものおじせずふらりと山ノ家に入って来ては
のんびりと居心地よさそうに時間を過ごして、
じゃあねと帰っていく。
ほぼ毎日通ってくれていたと思う。
その頃の山ノ家は、
彼の毎日の訪問のみが存在理由だったと言っても過言ではないくらいであった。

そして、大地の芸術祭がスタートした年に生まれた彼は、
芸術祭をこよなく愛していて、よく公式図録を持って来ては
私たちに作品の解説をしてくれていた。
「作品見学散策のガイドをどうしよう?」ということになった時、
私は迷うことなく彼を推薦した。

そして、2日目は、朝から近隣の山できのこ狩り。

樹上のきのこ。

地元のタクシー会社の代表できのこ狩り名人の村山達三さんを
若井さんに紹介していただいた。この名人にきのこ狩り講師をお願いする。
採ったばかりのきのこできのこ汁を大鍋でつくる。
その間に火をおこして羽釜で新米を炊く。
クライマックスはもちろんこの炊きたてごはんをみんなでほおばること。

羽釜で炊きたてのごはん。

行程が決まると、講師のみなさんにスケジュールを承知していただき、
大急ぎで告知の準備を進めた。
すでに開催予定日の3週間前であった。

山ノ家としての初めての大イベント、
地域の方たちといっしょにつくっていくワークショップ。
たった3週間で、果たして参加者は集まるのか……

Vol.3につづく

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山ノ家

住所:新潟県十日町市松代3467-5
TEL:025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
https://www.facebook.com/pages/Yamanoie-CafeDormitory/386488544752048

ジンジャーシロップ、ありがとうの気持ちをこめて

気持ちを伝えるために、何かをつくって贈りたい。

2014年も残すところわずか。
私たちにとって怒涛の1年が終わろうとしています(毎年言ってる、笑)。

今年の2月、移住して1年半が経った頃にオープンしたカフェ。
まずは継続しようとやってきて、もうすぐ1年になろうとしています。

そして私たちの暮らしの中心である農業。
昨年1年間の農業研修で得た知識・技術・繋がりをいかして、
少しずつ収穫できる野菜の種類も増え、常時6〜8品種の野菜を
旬野菜セットとして販売できるようになりました。

そのほかにも活動の幅が広がり、ほんとにたくさんの人たちに出会い、
共に動き、お世話になった1年。
とにかく「ありがとうございます」。それにつきます。

そんな気持ちを私たちなりの方法で伝えたい。
何かを買って贈るんじゃなくて、何かをつくって贈りたい。
というわけで、今年もジンジャーシロップづくり。

今年収穫した生姜。土の中からみごとな生姜が出てくると嬉しい限り。

収穫した生姜のうち、小さいサイズのものをジンジャーシロップに。

生姜をカットしてからミキサーにかけます。

生姜、水、砂糖で煮出します。

シナモン、カルダモン、ブラックペッパーなどのスパイスもあわせます。

完成したジンジャーシロップを瓶詰め。

瓶詰め完了。

ジンジャーシロップ自体は、生姜の収穫が始まる10月頃からつくっていて、
カフェのメニューにも自家製ジンジャーエールやホットジンジャーがあります。
それを贈れるかたちにする。要は、つくったジンジャーシロップを
小さな瓶に入れて、飲み方などの説明書を添える。
書いてみると簡単そうですが、瓶はどうするのかから始まり、
説明や飲み方をテキスト化したり、ラベルのデザインを考えたり、
送るための梱包材を用意したり、やることは意外と多い。

瓶に貼るラベルを作成。

瓶に貼り付け。地道な作業だけどできあがっていくのが楽しい。

梱包作業。

あー、12月が終わってしまうと焦りつつ、なんとか今年も完成しました。

私たちがつくっているジンジャーシロップは、
「シトラスジンジャーシロップ」という名前にしていて、
その名の通り、柑橘がたっぷり入っています。
小豆島は柑橘の栽培が盛んで、私たち自身も
レモンやダイダイなどの栽培をしているし、近所にも柑橘畑がたくさんあります。
種類も豊富、酸味の強いものから甘みの強いもの。
そして時期も幅広く、真夏を除けば何かしらの柑橘が手に入ります。

庭のレモンの木。その奥にはお隣さんのみかん畑。あちこちで柑橘が実っています。

今回つくったジンジャーシロップに使ったのは、
まだ酸味が強くてそのままでは食べられない夏みかん。
レモンを使ったときよりも、甘い夏みかんの香りがほんのりしていい感じ。
これからもっといろいろな柑橘とあわせてつくってみようと思っています。

ありがとうの気持ちを込めて、寒い冬に贈るジンジャーシロップ。
また来年もたくさんの人に届けられればと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

第2話・アボカドがない!

第2話
アボカドがない!

グレアムさんの神戸日記、
第2回はグレアムさんが暮らす塩屋の商店街から。
小さな商店街には魚屋さん、八百屋さん、
いろんなお店やさんがあるのですが、
アボカドを売っているお店が見つからなくて…

海も森も楽しめる無人島、余島

船で2分で無人島へ。

小豆島には有名な観光地「エンジェルロード」という場所があります。
名前はちょっと恥ずかしいですが(笑)、とても美しい場所。
1日2回干潮の時にだけ、海の中からあらわれる砂の道。
小豆島本島とその先にある無人島が陸続きになります。

その無人島は「余島(よしま)」という名前で、中余島、大余島というふたつの島。
前々からどんな場所なのか気になっていた島。
小豆島本島から見ると、大余島には大きな建物が見えます。
あれはいったいなんだろう、あの島には何があるんだろう、いつか行ってみようと。

小豆島本島から余島へは小型船で2分ほど。干潮時に砂の道を歩いて渡ることもできる。

小豆島本島の船のりばから余島を眺める。ほんとにすぐそこ。

ちょっと調べてみると、余島には神戸YMCAの野外活動センターがあり、
現在は島全体を神戸YMCAが所有しているそう。
定期的にキャンプや日帰りで遊べるイベントなどが開催されています。
イベントがなくても普段からロッジなどに宿泊することもでき、実は誰でも行ける島。
今回は「クリスマスファミリーデイ」というイベントがあり、
これを機会に一度遊びに行ってみることに。

12月中旬、冷たい風が吹く、ザ・冬という日。
余島には小豆島から船に乗って渡ります。
神戸YMCAが運行している30人ほどが乗れる船に乗ること2分、余島に到着。

余島に到着。クリスマスファミリーデイということで、いたるところにクリスマスの飾りつけが。

「海のホール」で受付。この建物の屋根が小豆島本島からは見えます。

小豆島本島から見えていた建物は「海のホール」という場所で、ここで受付。
そしてさっそく余島の中を歩きながら探検。
この日は「サンタの島」をテーマに、
島の中にいろんなアトラクションが用意されていました。
子どもの背丈ほどもある葦の迷路でサンタの宝を探すゲームや、
落ち葉のお風呂、大きな木の枝に取り付けられたトナカイのブランコ。
とにかく子どもたちは大はしゃぎ。
寒さも忘れ、駆けまわってました。

葦の迷路でサンタの秘宝探し。

落ち葉のお風呂。ふかふかの落ち葉に子どもたちはダイブ!

アーチェリー初体験。

余島は周囲2.2キロの大きさ。
アトラクションを楽しみながら南へ歩いて行くこと1時間。
お昼ごはんはメインホールで。
ダッチオーブンで焼いた鳥の丸焼き、ぜんざい、カレー、おでん、焼き芋。
最高の冬のごちそう。

カレーライスにおでんにぜんざいに。冷えた体を温めてくれます。

鶏の丸焼き。ダッチオーブンが欲しくなる。

最後は島の南にある浜で貝殻拾い。

余島の南の浜。大きな岩の上でゴロゴロ。

南の浜にはいろんな貝殻がたくさん落ちてました。ヒトデも。

海藻と落ち葉と松ぼっくりと小石でお弁当づくり。

海も森も楽しめる場所、余島。
まだまだ小豆島には面白いところがたくさんあります。

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住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
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山を歩いて、クリスマスの準備

自然の素材でつくるアドベントカレンダー。

12月も中旬、クリスマス、お正月が近づいてきました。
うちでは、毎年12月になるとアドベントカレンダーを飾ります。
アドベントカレンダーは、12月1日からクリスマスまでの日にちを数える
カレンダーで、毎日ひとつずつその日の窓や袋などを開けていきます。
そうすると、中にはお菓子や手紙などの小さなプレゼントが。

今年はいいものが見つからず、気づいたらもう12月まで数日。
「そうだ、気に入ったのがないのならつくろう!」と思いたち、
自分たちでつくることにしました。

材料を買いに行かないでつくりたい。
それなら自然の素材を拾ってきてつくろうということになり、
さっそく家のすぐ裏にある山へ。
探しものは、プレゼントをぶら下げる素敵な枝と、飾り用の葉っぱや木の実。

家のすぐ裏にある山へ。黄色や赤に色づいた木々がとてもきれい。

はっと目を引く赤い葉っぱ。美しいものがたくさんあります。

普段何気なく歩いている道も、枝や木の実を探しながら歩くとなんとも楽しい。

これかわいいじゃん。
こんな実もあるんだねー。

と、いろは(長女)とふたりでぶらぶら歩くこと30分。
こんなにもいろんな種類の植物があるんだなとあらためて思いながら、
少しずつ拾ったり、おすそ分けしてもらったり。
自然のものってほんとに美しくて、かわいらしい。

秋の山はほんとに豊かです。
もっと植物のことを知りたいなと思いました。
少なくとも拾った木の実や枝の名前を知りたい(笑)。

落ち葉や木の実を収集。宝物探しみたいで楽しい。

ちょうどいい枝と木の実を収集。気軽に拾いに行けるのがいい。

家に戻って、さっそくカレンダーづくり。
まずは、木の枝にぶら下げる24日分の袋に日付のスタンプを押してお絵かき。
そしてその中に、小さなお菓子とお手紙を入れていきます。

お菓子を入れるための袋。1枚ずつ絵を描きました。

お菓子と手紙を入れていきます。なんとも楽しい作業。

拾ってきた枝をちょうどいい長さに切り、そこに木の実や葉っぱを飾り付け。
これに袋をぶら下げていきます。

袋をぶら下げるための枝に集めてきた葉っぱやツルを巻きつけました。

ひとつずつ袋をぶら下げていきます。

山から素材を集めてきて完成まで約半日。
こんなふうに子どもと一緒に自然を楽しみながらものづくりができる。
それってすごく素敵なことだなと。
来年は近所の子たちも一緒に、みんなでつくれたらもっと楽しいかも。

制作時間は約半日。素材集めからやるのが楽しい。

さて、クリスマスまで残りわずか。
毎日自分たちでつくったアドベントカレンダーを見ながら、
お菓子も順調に減っています(笑)。

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赤々舎ゆかりの写真家たちが那覇・宮古島に集結!「AKAAKAスライドショーツアー2014」

出版社・赤々舎ゆかりの写真家たちが那覇・宮古島に集結!
2014年12月13日から15日の3日間にかけて、
AKAAKAスライドショーツアー2014 in 那覇&宮古島
ON THE MOVE 写真の種を蒔く
」が開催されます。
写真は、表現や伝達の方法として、とても身近なものでありながら、
見る対象としては難しく遠いものに思われがち。
写真家と写真、そして見る人の間の新鮮で真剣なコミュニケーションの
場として、スライドショーのツアーが行われるのだそう。

参加するのは浅田政志、石川直樹、石川竜一、
インベカヲリ★、ERIC、古賀絵里子、高橋宗正、百々武、
仲田絵美、藤岡亜弥、山内悠の11名。
気鋭の作家らによるスライドショーやトークは必見です。

那覇では、12月13日に「AKAAKA スライドショー 2014 in 那覇」と
「写真家・石川竜一氏の出版祝賀会」、12月14日には「AKAAKAミーティングプレイス」。
宮古島では12月15日に「AKAAKAスライドショーツアー2014 in 宮古島」。
ジュンク堂書店那覇店では「AKAAKAブックフェア」が12月31日まで開催されます。
それぞれのイベントについては赤々舎のWebサイトにて。

沖縄県宮古島市のカフェギャラリー「うえすやー」では
石川直樹さんの写真展「ARCHIPELAGO 宮古島」が開催中です。
こちらも是非!

AKAAKAスライドショーツアー2014 in 那覇&宮古島 ON THE MOVE 写真の種を蒔く

第1話・塩屋の洋館

第1話
塩屋に息づく
洋館をご紹介

グレアムさんの神戸日記、
第1回は塩屋に息づく洋館をご紹介。
山と海に挟まれた風光明媚な塩屋のまちには、
19世紀に外国人が移り住んで
いくつもの洋館を建てました。
さて、グレアムさんのお気に入りは?

生活文化誌『疾駆』第3号発売!写真家の畠山直哉さんと行く岩手県・陸前高田特集

春、夏、秋、冬と年に4号、
とても手間をかけてつくられている雑誌があります。
その名も、生活文化誌「疾駆/chic(シック)」。
編集者の菊竹寛さんが、
生活の豊かさの意味をきちんと考える場を作りたい
という想いを込め、さまざまなテーマとデザインでおくる雑誌です。

内容は、その土地に根ざした生活や食べものの話、
暮らしのそばにあるアートやインテリア、音楽のことなどなど。

「疾駆/chic」は、毎号毎号、どこかひとつのまちを特集。
第3号では、岩手県の陸前高田にフォーカスをあてます。
同地出身の写真家・畠山直哉さんの案内で陸前高田を巡り、
復興の拠点施設ともなっている「みんなの家」の管理人・菅原みき子さんや
アーティストの瀬尾夏美さんなど、さまざまな人の声を収録。
震災から3年と半が経過したいま、
ありのままの陸前高田の姿を伝える、貴重なルポルタージュです。

下の写真は、
取材先で仕入れた特産品やめずらしい食材を
東京・目黒のレストラン「BEARD」に持ち込み
ゲストとともに味わう連載「ロ・サンジンシリーズ」。

今号には、写真家の花代さんと
ベルリン在住のアーティスト・吉田真悟さんが登場します。
食材は東北から仕入れた帆立や塩蔵わかめ、いわて牛など。
なんといっても、三軒茶屋のビストロ「uguisu」で修行を積んだ
「BEARD」オーナーシェフ・原川慎一郎さんのつくる料理が美味しそう。

ほか、音楽家の蓮沼執太さんや
ミヤギフトシさんの洋菓子モーム、
“コーヒーのある風景”をつくりだすユニットL PACK、
BEAMS創造研究所の青野賢一さん、
テキスタイルデザイナーの安東陽子さん、
DIGAWELデザイナーの西村浩平さん、
画家の村瀬恭子さん、
キュレーターの保坂健二郎さん、
映像作家の石田尚志さんなど、
多彩な執筆者が登場します。

「疾駆/chic」は雑誌といっても、
見た目はまるでハードカバーの本のよう。
しかも、毎回装丁が変わるんです。

デザインは、ホンマタカシさんの作品集や、
アーティストユニット“Nerhol (ネルホル)”の活動などで知られる
田中義久さん。
この手間ひまかけた佇まいからも、
生活の豊かさの意味を考えるという
コンセプトが伝わってきます。
この雑誌は一部書店、または定期購読で購入が可能です。
くわしくは公式サイトをご覧ください。

疾駆/chic
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小豆島・生産者と暮らしに出会う旅

小豆島の暮らしを感じる2日間。

11月最後の週末、無印良品小豆島カメラで一緒に企画した
小豆島・生産者と暮らしに出会う旅」が開催されました。

無印良品と一緒に小豆島ツアーをつくる。
小豆島での暮らしの風景を写真におさめ、公開している小豆島カメラにとって、
同じく暮らしをテーマにしている無印良品となら何か一緒にできるんじゃないかな。
そんな話がでたのは半年前。

無印良品には「くらしの良品研究所」という
良いものづくりをめざした研究の場が社内に設けられています。
そこで「これからの田舎と都会」と題して、
田舎の暮らしを紹介しながら、田舎の暮らしと都会の暮らしを
どうつないでいくか考えるプロジェクトが展開されています。
その田舎のひとつとして小豆島も紹介されており、そこで見つけ出された
小豆島のお素麺やお醤油が、Found MUJI Marketで販売されています。
その取材で小豆島を訪れていたのが、中村優さん。
「一緒にツアーを企画できないかな」
という相談に快くのってくれて、そこから話が進んでいきました。

台所研究家の中村優さん。小豆島に何度も遊びに来てくれています。

ただ商品を販売するだけでなく、そのものがつくられる過程や
背景にある暮らし、風景を体験したい。

無印良品としてもそんな思いを持っていました。
思いが同じなら、話は早い!
すぐにツアーをやりましょうという話になり、
第1回目のツアーは冬が来る前、11月に開催することに。

ありきたりの体験じゃなくて、小豆島での暮らしの中に入り込みたい。
この季節、何がいいだろう。

11月といえば、小豆島ではオリーブの収穫シーズン。
オリーブの収穫からのオリーブオイルづくり。
さらにはそのオイルを使った料理を、
地元の食材を自分たちで調達するところから挑戦する。
こんな内容のツアーを開催することになりました。

ツアー1日目のオリーブ収穫。

オリーブ農家、岬工房のおかあさん。オリーブの新漬けをごちそうしてくれました。

収穫したオリーブを搾油機に入れて、オリーブの実からオイルをしぼりだします。

自分たちの手で収穫し、搾油したオイルを試食。

オリーブは岬工房さんで収穫&オイルづくりをさせてもらえることに。
お魚は地元の魚屋、魚伝さん。
そして野菜の収穫はHOMEMAKERSで。

ツアー2日目は、HOMEMAKERSの畑で旬の野菜を収穫。

掘りたての新じゃが。フライにしていただきます。

じゃがいも、モロッコインゲン、ナバナを収穫しました。

雲ひとつない空のもと、畑で集合写真。

内容が固まりいよいよ募集開始、ツアー開催日まで1か月を切っていました。
どれくらいの人が来てくれるのかと不安を感じながら、
あちこちでお知らせをしてもらい、最終的にはほぼ定員いっぱい
14名の方が参加してくださることに。

ツアー初日、朝まで雨が降っていましたが午後からは晴れ。
そして2日目は雲ひとつない快晴。
最高の天気のもとで、オリーブや野菜を収穫したり、
料理をしたり、本当に素晴らしい2日間でした。
小豆島ってこんな暮らしができるんだなと私自身も改めて感じた日でした。

小豆島で調達した食材たち。これから料理スタート。

それぞれの食材について説明。いろんなストーリーがあります。

収穫したナバナ、インゲン、レタス、赤大根、フェンネルのサンド。

みんなでいただきます!

締めはお素麺。なかぶ庵さんの生そうめん。

小豆島・生産者と暮らしに出会う旅、また違う季節に開催予定です。
表面的な体験じゃなくて、小豆島で暮らしているような
気持ちになる内容にしたいなと思っています。
次回は魚釣り? 柑橘収穫?
内容を考えるだけで、私たちもワクワクします。

information


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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

コロカルとソトコトのコラボレーションブースも!「森林(もり)からはじまるエコライフ展2014」

2014年12月11日(木)から13日(土)までの3日間、
東京ビッグサイトで開催される日本最大の環境展示会「エコプロダクツ2014
にコロカルが出展いたします!
展示会内の「森林(もり)からはじまるエコライフ展2014」にて、
ブースの出店やトークショーなどを開催。
ここでは森づくり・木づかいに取り組む
約50の企業・NPO等が出展。会場のエントランスやメインステージ、お休み処は
木質化され、メインステージでの「トークショー」や「スタンプラリー」
等が開催されます。

コロカルはコマ番号4-904に展。
展示内容のひとつめは、ソトコトとコロカルがコラボレーションしたブース、
「木のある暮らし Life with Wood」ROOMS。
こちらでは、日本の木を使う暮らしを、
生活シーン別にインテリアコーディネートしてご紹介します。
手がけるのはインテリアスタイリストの荻野玲子さん。
お部屋に木のフローリングを敷き、
リビングルーム、ダイニングルーム、キッズルームをコーディネート。
また、12日(金)には、食空間コーディネーターの慈道美奈子さんによる、
テーブルコーディネートを使ったワークショップ
「私の「おいしい!」を演出! 木の器のテーブルコーディネート」を開催します。

高知県安芸市「ストローファーム」の木のおもちゃ

もうひとつは、コロカルのブース
「木のある暮らし Life with Wood」GALLERY。
コロカルのシリーズ「木のある暮らし Life with Wood」で取材している
全国各地のメーカーのプロダクトや家具を展示するギャラリーです。
選りすぐりの、グッドデザインな木の製品を実際に見ていただけます。

さらにトークイベントも開催!
12月12日(金)の15:30〜16:15には、
東5ホールのステージイベントにて、モデルのKIKIさん、
食空間コーディネーター慈道美奈子さん、
ソトコト編集長指出一正さん、コロカル編集長及川卓也の
4名が出演するトークイベントを行います。

昨年の模様

また同会場では、「森とつながる、「都市での木づかい」シンポジウム」も開催。
今井敏 林野庁長官らが参加し、
CSV時代の“企業の森”等を活かした オフィス・店舗での木づかいを語ります。
こちらは2014年12月11日(木)の14:00~16:30、
『東京ビッグサイト』レセプションホールAにて。
参加方法についてはシンポジウムのWebサイトをご覧ください。

エコプロダクツ2014
「森林(もり)からはじまるエコライフ展2014」
主催・「フォレスト・サポーターズ」運営事務局(日本経済新聞社)
【会期】2014年12月11日(木)〜2014年12月13日(土)
【会場】東京ビッグサイト東1〜6ホール

おおぬで村の収穫祭、村の皆でおいしいを楽しむ

4つの集落でとれた、おいしいもの。

11月後半の暖かい日曜日、私たちの暮らす地区で
第3回となる「おおぬで村の収穫祭」が行われました。

かつてここは、私たちが暮らしている肥土山(ひとやま)、
笠ヶ滝(かさがたき)、黒岩、小馬越(こうまごえ)という
4つの集落が集まった大鐸村(おおぬでそん)というひとつの村でした。
それが、昭和中期に吸収合併され、現在の土庄(とのしょう)町に。
8年ほど前には、この地区の小学校が閉校となり、
いまは大鐸幼児園、大鐸郵便局など施設の名前として残っていますが、
あまり表に出ない名前。

そんな中で年に1回、11月に開催されるようになった収穫祭。
おおぬで地区は、島の中でも農業が盛んな地域です。
といっても、そもそも島自体が小さいので、広大な田畑が広がる農村地帯ではなく、
昔から人々の暮らしの中に畑仕事がある日本の里山という感じ。
お米や柑橘などが主に栽培されています。
収穫祭では、ここで収穫されたものが販売されます。

おおぬで地区、肥土山の風景。田んぼの向こうに見える建物は肥土山農村歌舞伎舞台。

美しい田園を守る地元の人々。ここでおいしいお米が育てられます。

やっぱりこの時期はみかん!

地元のおっちゃんおばちゃんが育てたお野菜を販売。

私たちもこの地区で農業に携わる者として、収穫した野菜を販売。
新じゃがや生姜、金時人参、赤大根、かぶなど旬のお野菜10種類以上を用意しました。
そして、あわせてコーヒーも(笑)。
野菜を売るすぐ横で、コーヒーや収穫した生姜で作ったホットジンジャーを販売する、
いつもの私たちのスタイルです。

HOMEMAKERSのお野菜。少量ずつですが旬のお野菜を10種類以上揃えました。

お野菜販売の横でコーヒーも!

そして、私が毎年収穫祭でいちばん楽しみにしてるのが、豚汁!
地元のおばちゃんたちが、地元のお米と大豆で作ったお味噌で作ってくれる豚汁。
これが絶品なのです。
この日のお昼ごはんは、新米おにぎり、豚汁、つきたてお餅、おやつは焼き芋。

地元のおばちゃんたちが作ってくれる絶品の豚汁。用意した300食分があっという間になくなったそう。

今年からお味噌も販売。地元のお米と大豆を使って作った味噌。味噌作り体験もしています。

ほかにも、地元のおっちゃんたちがぼんっ!ぼんっ! と作ってくれる
ポン菓子があったり、地元青年会による焼きそばも。
そして、締めのビンゴゲームの一等賞は、地元の新米!
おおぬでのおいしいをお腹いっぱいいただきました。

つきたての新米(もち米)で作ったお餅。

じゃんけん大会、買ったほうがお米をすくいどり。うちの娘は10合くらい持って帰ってきました(笑)。

地元のおっちゃんたちによるポン菓子。ぼんっ!ぼんっ! と鳴り響いてました。

来年は、食べる、買うだけじゃなくて、
楽しむ、体験するブースが増えるといいなと思いました。
あと、新じゃがのフライとかあったらいいなぁ。
と、いろいろ考えつつ、今年のおおぬで収穫祭は無事終わりました。
また来年、お楽しみに。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/

木ノ浦ビレッジ

何かに出会えるような体験を。

豊かな自然をたたえる石川県能登半島。
その美しさは「能登の里山里海」が世界農業遺産に認定されるなど、
訪れた人を魅了し続けている。
その能登半島の最北端に位置する珠洲市の体験宿泊施設が「木ノ浦ビレッジ」だ。
今年8月にオープンしたばかりの木ノ浦ビレッジには、
木ノ浦海岸に面した長期滞在向けのコテージが8棟あり、部屋からの眺めは抜群。
食事は奥能登の素材をいかした夕食と「一汁三菜」の朝食が味わえる。
週末は家族連れで利用する人も多いが、ものづくりの工房や
研修棟も併設しているため、研修などさまざまな用途にも対応している。

木ノ浦ビレッジはもともとは「木ノ浦荘」という国民宿舎だった。
老朽化して建て直しが決まり、新施設は地元の人たちで
運営してほしいという市の意向により、
現在は株式会社「日置之国」によって経営されている。
とはいえ、社員はふたり。30代の女性支配人と、今年新卒で入った女性社員で、
あとはパートで地元のお母さんたちが調理や清掃を担当している。

木ノ浦海岸に面したロケーションは抜群。各部屋から海が見える。

木ノ浦ビレッジの入り口となる「管理棟」。食堂や、おみやげを販売するショップもある。

中は明るい空間。この冬初めて火が入る薪ストーブは、今後大活躍しそう。

支配人の小寺美和さんは石川県白山市出身。
金沢の大学でまちづくりを専攻し、閉校になった小中学校の
利活用案を考えるという課題のために訪れたのが、珠洲との出会いだった。
その後、金沢で就職。まちづくりのコンサルタントのような仕事だったが、
もっと現場に入り込んで働きたいという思いがあり、6年前に珠洲に移住した。
「結局、まちづくりの総合計画のもとに事業を進めていても、
それが実際に地域住民にまで下りていっているかというと疑問でした。
だったら、何も手つかずのところにこそ、
自分ができることがあるんじゃないかと思ったんです」

管理棟を囲むように並ぶコテージ。6名用コテージが7棟と2名用コテージが1棟ある。

6名用コテージは家族がゆったり過ごせそうな空間。各部屋にお風呂とキッチンがある。

珠洲に移住後、珠洲市のまちづくり支援員として働き、木ノ浦ビレッジの支配人となった小寺さん。

木ノ浦ビレッジはただの宿泊施設ではなく、
「奥能登すず体験宿泊施設」と銘打っているように、
珠洲が体感できるような体験プログラムを用意している。
珠洲の地で太古の昔からできてきた「珪藻土」でつくった窯で
ピザを焼く「窯焼きピザづくり」。
木ノ浦に自生するやぶつばきの種から、
純度100%の天然つばき油をしぼる「つばき油しぼり」。
生豆を自分で焙煎し、ゆっくりコーヒーの時間を楽しむ「オリジナル焙煎珈琲」。
珠洲の自然を感じながら里山里海を歩く
「ノルディックウォーキング」の4つのプログラムだ。

この体験プログラムの企画を担当しているのが、志保石薫さん。
「“体験”ってどこでもやっていますし、私自身、
よくある“体験”にはあまり魅力を感じていませんでした。だからこそ、
ただ楽しかったで終わるのではなく、体験を通して何かに出会えるような、
何かのきっかけになるような体験になったらいいなと思いました。
地域のことを知ってもらうという面では、ここだけではなくて、
日本の地域でこんな問題があるんだとか、
何かを考えるきっかけや、自分の暮らしについて
もう一度見つめ直そうと思えるような体験になればと思っています」

能登の名産である珪藻土七輪と炭火で生豆を焙煎する体験プログラム。

インストラクターを務める志保石さん。体験プログラムをメインで担当している。

おしゃべりを楽しみながらじっくり時間をかけて焙煎していると、いい色に。

自分で焙煎したコーヒーはまた格別の味。味だけでなくこの時間を楽しむ。

珠洲の食材を乗せて、珪藻土のピザ窯で焼いたピザをみんなで食べる体験プログラム参加者たち。(写真提供:計画情報研究所)

新しい土台をつくる仕事。

志保石さんは東京生まれの東京育ち。
国際協力に興味があり、大学では国際地域学部という、
国際的な問題を地域規模で考えるような学部で学んでいた。
だが海外への短期留学がきっかけで「豊かさ」の価値観を見つめ直すようになり、
やがて国際協力より日本の地域に関心が向いていった。
「青春18きっぷ」で日本全国を旅して回ったことも大きかったという。
大学のゼミで初めて訪れた能登で、面白い人々との出会いがあり、
その人たちにまた会いたいという気持ちで能登に通うように。
友人とフリーペーパー『スズノコト』をつくり、珠洲は卒業論文の題材となった。

東京で就職する予定だったが、卒論を書き終えたとたん、
珠洲との関わりがなくなってしまうことに違和感を覚えた。
本当にこれでいいのだろうか……と考え直した志保石さんは、
東京での就職をやめ、能登で地域に携われるような仕事をしようと決意。
たまたま木ノ浦ビレッジのオープンに伴い、現在の仕事に就けたというわけだ。
まったく潔い行動だが、本人は
「新卒で失うものも何もなかったので。
私にとって東京で暮らすか珠洲で暮らすかの違いは、
高円寺で暮らすか吉祥寺で暮らすか程度の違いだったのかもしれません」と笑う。

志保石さんは体験プログラムの企画運営のほかにも、
厨房に入ることもあれば、配膳や掃除、予約や売り上げの管理など、
木ノ浦ビレッジの運営にまつわることは何でもする。
もちろん小寺さんも同じだ。
社員がふたりしかいないのだから当然なのだが、
ふたりとも生き生きと楽しみながら仕事をしているように見えた。

夕食の支度をする志保石さん。少ないスタッフで運営しているので1日中動き回っている。

この日の夕食は、金沢の郷土料理「治部煮(じぶに)」のほか、旬の魚の刺身、塩焼きなど。小鉢には「うみぞうめん」と呼ばれる海藻の酢の物などが並ぶ。

厨房では地元のお母さんたちが料理をつくる。地元の素材を使った素朴でおいしい家庭の味。

小寺さんは、珠洲でまちづくりの基本となるのがこの施設だと考えている。
体験プログラムを通して外から来た人に
珠洲を知ってもらうことができるということももちろんだが、
木ノ浦ビレッジがわずかでも雇用を生み出していることは、とても重要なことだ。
「この地域もどんどん人口が減っていっています。
若い世代にとどまってもらいたいですが、それには雇用を生み出さないといけない。
若い人がここに残りたいと思っても、就職先がないから残れないんです。
だからいまの目標は、来年4月に地元の飯田高校の卒業生をひとり雇うこと。
私みたいなIターンはそういう土台をつくることが仕事だと思っています」

木ノ浦ビレッジの駐車場の裏にはかつて棚田があった。
現在は荒れてしまっているが、その棚田を復活させるプロジェクトを、
高校生たちと進めている。
そんな小さな動きが、次の一歩につながっていくに違いない。

木ノ浦に自生するつばきの種からとれた椿油は、木ノ浦ビレッジのショップで販売。

夕食にも並んでいた「うみぞうめん」も販売されていた。

珠洲の魅力を小寺さんに聞いてみた。
「なんといってもこのロケーションのすばらしさ。
それに食べ物がおいしい。そして素朴なところでしょうか。
珠洲って細かく10地区に分かれるんですが、市長さんが
10の民族と表現するほど、それぞれにカラーがあって面白いんです。
海も山もある外浦とよばれる地域では、女の人たちが朝から晩まで働いているので、
おばちゃんたちの気性も荒い。冬も厳しいし、人間的に強くなりますよね。
生きていく大変さってこういうことなんだと思います」

志保石さんは、お客さんに「ここに来るのをとても楽しみにしていた」
と言われたことがとてもうれしかったと話す。
以前そのお客さんが木ノ浦の民宿に泊まったことがあり、
いまはやめてしまったその民宿を営んでいた女性が、
木ノ浦ビレッジの食事をつくっていたのだ。
「懐かしい味をとても喜んでくださって『ありがとう』と言われたときは、
この仕事をしていて本当によかったと思いました」

木ノ浦ビレッジは単なる宿泊施設ではなく、また人に会いに来たくなるような、
どこか民宿のような温かさが感じられる場所だった。

information


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奥能登すず体験宿泊施設
木ノ浦ビレッジ

住所:石川県珠洲市折戸町ホ部25番1
TEL:0768-86-2014
http://kinoura-village.com/

「さて、ここに集うのは誰?」 古民家をリノベした山ノ家の新たなスタート。

その後の「山ノ家」の日常と現実。

お久しぶりです。
リノベのススメにて「山ノ家ができるまで」を連載させて頂いていたgift_です。

東京で、空間や家具のデザインや、広い意味での「場づくり、状況づくり」の
企画などを行うかたわら、
ギャラリー・ショップ「gift_lab」を運営していた私たちでしたが、
2012年、縁あって新潟・十日町松代(まつだい)に
「山ノ家カフェ&ドミトリー」を始動させました。

どちらかがアウェイで、どちらかがホーム、なのではなく、
どちらも同じ重さの「地元」、シームレスに等距離に行き交うことを
「ダブル・ローカル」と称してスタートした時点では、
何を目指しているのかという自覚的なゴールはなくて、
日々、目の前にある to doを積み重ねる日常でした。

オープンから早くも丸2年を経た現在、いつのまにか、じわじわと、
次なる種子のようなものがゆっくりと胎動してきているようです。
その一端として、過疎化が進む山間地域の日常から「タカラモノ」を
発見して都市圏の人たちにきちんと届ける仕組みとして
「山ノ実プロジェクト」がスタートしつつあったりします。

ここからまた何が始まっていくのか。
ちょっと楽しみにしているところです。

さて、ここで時計をふたたび2012年の秋に巻き戻します。

ひと夏かけて山ノ家のリノベがひとまず完成した後、
オープン直後の盛夏には、大地の芸術祭2012のにぎわいに支えられて
まずまず順調なスタートを切ったかと思われた「山ノ家」。
だがしかし、そこに待ち受けていたのは、厳しい現実でした。

春は曙、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて(=早朝)。
枕草子にも「いとをかし」と謳われている通り、
もちろん秋の夕暮れは、とてもすてきだ。
適度な寂寥感というものは心ふるわせる趣深いものだ。
それは認める。
しかしまったく誰も来ない里山のカフェの夕暮れほど
むなしく寂しいものはない。

大地の芸術祭が閉幕したのは9月なかば。
2階のドミトリーがようやく本オープンにこぎつけてから約2週間後。
芸術祭のクライマックスには連日満室だったドミトリーも
9月はまだしも、10月に入るとぱったりと宿泊予約が途絶えてしまう。
10月1か月の宿泊客はなんと5人のみ。
それも、10月前半に集中していて、10月後半は皆無。

宿泊客というのは基本遠方から来るヨソモノである。
地元に家がある人は宿泊はしない。
とにかく来訪のほとんどを占めていた東京圏からの旅人はぱったりと途絶えた。
そして、どんどん高く透きとおっていく秋の空のもと、
田畑の収穫に追われる地元のみなさんは忙しく、まちなかには出歩けない。
「山ノ家」が立つ商店街を通っていく者はほとんどいなかった。

旅人が途絶えたならば、地元の方にカフェを利用してもらいたい。
しかしそもそも、人通りがない。
思い起こせば、宿泊客のほとんどが都市圏からの芸術祭ファンだったように
カフェのお客さんもまたしかり、
ほとんどが都市圏からの旅人が立ち寄ってくれたもの。

リノベで知り合った職人さんたちや、
よく差し入れをしてくださったお向かいのハマダヤさんなど
ごく少数のご近所の方々、
もともと、私たちにこのプロジェクトをスタートするきっかけをつくってくれた、
地元の地域活性活動の旗ふり役である若井明夫さんたち以外で、
私たちが何ものであり、何をしようとしているのか知っている人は、
この頃、実はほとんどいなかったのである。

後で聞いたところ、芸術祭の拠点のひとつで、夏が終わったら、
あたかも海の家のようにたたんで、
東京に帰ってしまうんだろうなと思われていたそうである。
当時、地元の平均的なみなさんにとっては、
あくまでも、「テンポラリーな作品」のようなものと認識されていて
商店街の日常を構成する一店舗とは見なされていなかったらしい。

いや、ここはカフェなのだ。
今日だって営業中なのに。

どうすればよいのだ。

開いてるかどうかわからない、という声を耳にした。
あわてて「Open!」の張り紙をしてみる。

そもそも、カフェだってわからないんじゃない?
山ノ家のロゴデザインをしてくれたDonny Grafiksの
Donnyくんこと山本くんに、ロゴのカフェの部分から
コーヒーカップを肥大化させた看板をつくってもらう。

山ノ家は前面がすべてオープンのガラス張り。
夏の開業時からブラインドやカーテンはつけずに、
日が暮れるとカフェの中からの灯りが外にこうこうと光を放って
建物自体が発光するランタンのようで、
スタッフ一同気に入っていた。

しかし、朝から夜まですべて丸見えで、
定休日にも丸見えで、
待ちわびていたお客さんがせっかく来てくださったのに、
定休日とわからず、鍵のかかったガラスの扉が開かずに
入れない! と叱咤を受ける。

窓にカーテンをつけた。

オープンしていない時には閉め、
オープンしている時には開ける。

わかりやすくなったねとほめてくださる方もいた。
それはよかった。

「もっと目立たせるためには、派手で大きい、
行灯式の看板置かなくちゃだめだよ」とアドバイスされたが、

置きません。

日に日に肌寒くなっていく。

レンズ豆と根菜のスープをつくってみる。
クミンの香り。白い湯気が立ちのぼる。
いい匂い。
とてもおいしいんだけどな。
あったまるし。

デモンストレーションとして、窓際でふうふうと食べてみる。
誰も通らないね。

晩秋ともなれば、5時前には暗くなってくる。
ソファ席の上に広がる白い壁に映画を投影してみる。
日暮れの静かな空気の中に映像がうごめいてとても美しい。
しかし誰も通らない。誰も立ち止まらない。

断言する。
まったく誰もいない秋の夕暮れのカフェで観る
『パリ、テキサス』ほど寂しいものはない。

ライ・クーダーの乾いたギターが悲しく空中に溶けていく。

カフェの壁に映像を投影してみる。

芸術祭が終わると本当に人がいなくなるよ、とはもちろん聞いていた。
多少の覚悟はしていた。
けれども、これほどとは。

いったいどうすればよいのだ……。

Vol.2につづく

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山ノ家

住所:新潟県十日町市松代3467-5
TEL:025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
https://www.facebook.com/pages/Yamanoie-CafeDormitory/386488544752048

島ぐらし体験、小豆島でのリアルな暮らしを知る

交流しながら小豆島を知ってもらう。

小豆島では、移住を考えている方を対象に「島ぐらし体験」ツアーを実施しています。
今年も10月と11月に開催されました。

島ぐらし体験ツアーは、1泊2日のおためし移住体験ツアー。
ハローワークでの就労相談や、空き家物件見学、すでに移住した人との交流会など、
普通の観光ツアーとはまったく異なる内容。
実際に小豆島でどんな暮らし方ができるか。
どんな働き方ができて、どんな家に住めるのか、
そのほか子育てや地域の人との関わり方など、
そういう移住のリアルな部分を知ることができるとても貴重なツアーです。

今年のツアー2日目は、HOMEMAKERSカフェでお茶を飲みながら、
移住者との交流会。
こんなふうにカフェを使ってもらえるのは、私たちにとってすごく嬉しいこと。
少しでもいい時間にしてもらいたいなと思いセッティングしました。

11月はオリーブ収穫シーズン。小豆島らしい風景のひとつ。

移住者との交流会をオリーブ畑で。

オリーブ畑にテントを張って、温かいコーヒーと焼き菓子を用意。

11月のツアーは、友人であるイズライフさんのオリーブ収穫祭と同じ日。
それならば、会場をカフェじゃなくてオリーブ畑にしようということで、出張カフェ。

朝いちばんでオリーブ畑に行き、さっそく準備。
きれいに手入れされたオリーブの木々の間にテーブルをセッティング。
そして、温かいコーヒーと焼き菓子を用意。

参加者の方々が到着し、さっそく交流会スタート。
この日は天気もとてもよく暖かくて、最高のオリーブ畑日和。
小豆島らしい風景の中で、小豆島町、土庄(とのしょう)町の移住担当の方と
移住者、移住に興味がある方々がここでの暮らしのことを思い思いに話されていました。

家族で島ぐらし体験に参加された方。お子さんと一緒にオリーブ収穫。

イズライフさんのオリーブ畑はほんとにきれいです。

移住者であり地域おこし協力隊の向井くん。というより農家のせがれの雰囲気(笑)。移住に関するいろいろな話をしてくれます。

役場の方の話によると、去年1年で小豆島には200人近くのIターンがあったそうです。
ここでのIターンというのは、小豆島出身でない人が
都会から小豆島へ引っ越してくること(転勤は除く)。
人口約3万人の島にそれだけの人が、転勤でなく、
自分たちで選択して引っ越してくるのはすごいことだなと思います。
それでも小豆島の人口は毎年約500人ずつ減少しています。

小豆島へ視察に来られた広島県・世羅町の皆様に、小豆島、土庄町の移住担当者の方からいろいろな取り組みについての話(島ぐらし体験とは別イベントです)。

小豆島にあるふたつの自治体、小豆島町、土庄町では、
平成19年度から小豆島移住交流推進協議会を運営し、
香川県とも連携して移住者の受け入れを促進しているそうです。
この島ぐらし体験ツアーのほかにも、移住希望者に賃貸・売買できる
空き家の情報を提供する「空き家バンク制度」や
比較的低予算で長期滞在できる「島ぐらし体験の家」などの施策を行っています。

小豆島で暮らす。
そのリアルな部分を事前に知ることで、
不安が取り除かれ移住につながればすごくいいし、
もしかしたらその人には島での暮らしは合わずに、
移住しないという結果になってもいいんだと思う。
そのきっかけとして、今回みたいなツアーは
今後も継続して行われるといいなと思います。

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HOMEMAKERS

住所:香川県小豆郡土庄町肥土山甲466-1
営業時間:金曜、土曜のみ 11:00~17:00(L.O. 16:00)
http://homemakers.jp/