連載
posted:2015.1.5 from:東京都 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
editor's profile
Yu Miyakoshi
宮越 裕生
みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。
credit
撮影:川瀬一絵(ゆかい)メインカットのみ
北極や南極、アジア、アフリカ、ヒマラヤなど、
世界を旅して未知の風景を写してきた写真家の石川直樹さんが
大分県の国東(くにさき)半島に通い、人びとや自然、伝統文化をカメラに収めた。
2014年の秋に発売された写真集「国東半島」には、
その中から厳選された172点がつまっている。
撮影にのぞんだのは、今年初開催された「国東半島芸術祭」がきっかけだった。
石川さんは芸術祭のメインビジュアルを撮影し、参加作家として展覧会も開催した。
同祭のクロージングを見とどけ、東京に戻ったばかりの石川さんにお話を聞いた。
「国東半島には以前から興味をもっていました。
ちょっと変わった仮面のお祭りがあると聞いて、見に行きたいと思っていたんです。
日本各地に仮面が登場する祭祀儀礼があって、
僕は10年以上前からそうしたお祭りを撮り続けてきました。
たとえば鹿児島のトカラ列島のボゼとか、岩手県のスネカとか、秋田のナマハゲもそうですね。
そうしたお祭りのことを調べているうちに
国東半島の『修正鬼会(しゅじょうおにえ)』と『ケベス祭り』を知り、
行きたいと思っていたところへ芸術祭の話が来たんです」
国東半島は、周囲を別府湾・伊予灘、周防灘に囲まれ、
半島の中央には両子(ふたご)山をはじめとする火山群がそびえたつ。
石川さんは今年の秋に開催された「国東半島芸術祭」の
プレ事業「国東半島アートプロジェクト」(2012)の立ち上げ時から参加。
以来、幾度となくその場所へ通い、さまざまな角度からアプローチしていった。
「空撮をしたり、漁師さんに同行して海に出たり、
猟師さんについて行って山の中で鹿や猪狩りを撮ったり。
これまで、海外のどこかにフォーカスをあてたことはあったのですが、
日本のひとつの地域をここまでつぶさに撮影し、一冊にまとめたのは初めてです。
国東半島は、朝鮮半島から伝わってきた文化が九州北部を伝って
瀬戸内海に入ってくる際に出会う交差点のような場所に位置しています。
そこで山の文化と、渡来の文化がまじりあい、独特の風土が生みだされました」
石川さんが興味をもったお祭りのひとつ「修正鬼会」は、
天念寺、成仏寺、岩戸寺という3つの寺を舞台に行われる、
六郷満山(国東半島の6つの郷にある寺院の総称)を代表する伝統行事だ。
修正会という正月法要に鬼祭りと火祭りの行事が集合したといわれており、
国指定重要文化財にも指定されている。
「修正鬼会では、お寺のお坊さんが鬼役をつとめます。
普段は物静かなお坊さんが体中を荒縄で縛り、鬼の仮面をつけて鬼に変身するんですよ。
この鬼はご先祖さまが姿を変えて現れた、善い鬼とされています。
鬼を『おにさま』と呼んで敬意をもって接するような場所は、日本でもめずらしい。
修正会というものは各地にありますが、修正鬼会となっているのは、
全国でも国東半島だけです」
鬼はお寺で松明(たいまつ)を振り回して舞った後、
お堂を飛び出し、集落の家を一軒一軒まわる。
石川さんはこの鬼について、明け方まで続く儀礼の一部始終を撮影した。
「家に入った鬼は、まず仏壇に向かい、ご先祖さまに祈ります。その隣には神棚がある。
国東には、古くから神と仏が同居する神仏習合の文化が受け継がれているんです。
その後、鬼はご馳走とお酒をふるまわれて心からのもてなしを受け、
最後は家の人たちの頭に手をあて、無病息災を祈っていました。
怖がって泣いてしまう子どももいましたけどね(笑)」
「鬼はそうやって家を一軒ずつまわり、最後はもとの寺へ戻って行く。
お酒をしこたま飲んだ上に、仮面によってトランス状態になっていますから、
手がつけられない状態です。
そこを寺のお坊さんたちが押さえつけて餅をくわえさせると、
我に返って、鬼から人間に戻っていく。お祭りはこれで終わりです」
こうした日常と非日常を行き来するような光景が、石川さんの心をとらえた。
写真集には「修正鬼会」のほか、奇怪なお面をつけたケベスと白装束のトウバが争う
火祭り「ケベス祭り」の様子も収められている。
2009年に群島を意味する「ARCHIPELAGO」という名の写真集を出版した石川さんは、
以前から島や半島というものに興味をもち、自然やそこで育まれた人や風土を撮影してきた。
そこには、6,000以上もの島からなる日本を含む、環太平洋の国や地域を
“島の連なり”としてとらえ直したいという思いがあった。
「陸側から見ると島や半島の端は行き止まりですが、
海や空から見ると、入口でもある。
そうやって半島を見直すことによって、新しい世界が立ち現れてくる。
仮面のお祭りは日本列島の東北、北陸、九州、沖縄に点在していて、
しかも海沿いに集中しています。日本の人たちは、
海の彼方からやってくる他者を拒絶したり排除したりするわけではなく、
恐れながらも言葉を交わし、時に受け入れてきた。
仮面のお祭りには、そうした身ぶりが表れているのではないかと思います」
また国東では、はるか昔の九州と朝鮮半島の繋がりを想像させるランドマークにも出会った。
「田原山の奥に熊野磨崖仏という巨大な石仏があるのですが、
とても魅力的な顔をしています。
国東にはそうした磨崖仏がいくつかあって、
同じようなものが韓国の南東部・慶州にもあります。
また、慶州には国東半島の修験道のルーツとも繋がる修験道の文化が残されています。
昔、仏師や僧侶が朝鮮半島から渡ってきたことを考えると、
山の文化と海の文化が国東という場所で融合したことについての
手がかりが見えてくるのではないか、と思うんです」
BEPPU PROJECTの山出淳也さんが総合ディレクターをつとめた「国東半島芸術祭」には、
アントニー・ゴムーリーさんやオノ・ヨーコさん、飴屋法水さん、
川俣正さんらが参加し、全国から噂を聞きつけた人が集まった。
石川さんも国見ふるさと展示館にて、写真展「国東半島 KUNISAKI PENINSULA」を開催。
訪れた人からは、感動とともに「国東の見え方が変わった」、
「石川さんの書いた文章も良かった」という声が伝わってきた。
同展に展示されていた写真とテキストは、写真集「国東半島」に収録されている。
また、国東で女性モデルを撮影したことをきっかけに生まれた“髪”をテーマにした
新作の展覧会「HAIR」も同時開催された。こちらも写真集として刊行されている。
石川さんは写真集を出版後も、国東半島を撮り続けているという。
「三年間半島をまわって、農家の人や猟師さんをはじめ、
いろんな市井の人と知り合えましたし、これからもずっとつき合っていきたい場所です。
今回の写真集は地元の方が買って下さっているというのが嬉しいですね。
その土地のことを、誰よりもよく知っている地元の人に写真を見ていただくのは
緊張しますし、国東半島を知らない人はもちろん、
地元の人たちにこそ新しい半島の姿を見せたいんです。
やっぱり、その土地で撮った写真はその土地に還さないといけない、と思っていて」
写真集のアートディレクションを手がけたのは、
資生堂の企業文化誌「花椿」などで知られる仲條正義さん。
布張りの表紙の碧(あお)い色がうつくしい。
「今回は気合いが入っていたので――といっても、
すべての写真集に気合いが入っているんですけれど(笑)、
昔から敬愛している仲條さんのご自宅へ通い、お願いしに行きました。
仲條さんはすぐには引き受けて下さらなかったのですが、
国東の写真を見せながら説明して、つくっていただけることになりました」
印刷には、朝から翌日の明け方まで立ち会った。
「僕がいない時に何かあったら困りますから、印刷には毎回立ち会っています。
印刷所は、写真集の印刷を数多く手がけている
京都のサンエムカラーというところなんですが、夜通し印刷機を回してくれて。
そんな対応をしていただけるだけでもありがたいです」
最後に、国東半島に通い続けた石川さんに、お気に入りの場所を聞いてみた。
「やっぱり修験道の道は面白いと思いますね。
ヒマラヤを登っていると体を使い果たして、
自分の中身が入れ替わるような感覚があるのですが、修験道も同じだと思っています。
山を歩き続けることによって、いつしか生まれ変わる。
8,000mの高さまで行かなくてもそういう体験ができるのは、ちょっとすごいですよね。
国東半島では、来春に峯道ロングトレイルという道が開通します。
10のコースに分かれているのですが、10日間、通しで回れたら最高ですね。
修験道の道がロングトレイルとして整備されているのは
日本全国でも国東ぐらいなので、すごく面白くなると思います」
写真集「国東半島」は、国東を深く、じっと見るまなざしに包まれている。
その土地が愛おしくなってくるような写真群は、
見る人の視点をぐっと高みへ引き上げてくれるようだ。
空から、海から、陸からのアプローチ、そして地元の人たちとの関わりについてうかがい、
その秘密に少しふれられたような気がした。
information
石川直樹写真集「国東半島」
出版社 :青土社
価格:¥5,000(税別)
profile
NAOKI ISHIKAWA
石川 直樹
1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。2000年、PoletoPoleプロジェクトに参加して北極から南極を人力踏破、2001年、当時の世界最年少で七大陸最高峰登頂を達成。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞。『CORONA』(青土社)により第30回土門拳賞受賞。著 書多数。最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』 (SLANT)を四冊連続刊行。最新刊に写真集『国東半島』『髪』(青土社)がある。
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