連載
posted:2013.10.24 from:新潟県十日町市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
Toshikazu Goto
後藤寿和
ごとう・としかず●東京生まれ。株式会社ギフト・ラボ代表。2005年に池田史子とともに同社を設立し、東京・恵比寿にて空間や家具のデザインや、広い意味での「場づくり、状況づくり」の企画などをおこなうかたわら、ギャラリー・ショップ「gift_lab」を運営。2012年には縁あって新潟・十日町松代に「山ノ家カフェ&ドミトリー」をオープン。現在恵比寿と松代でのダブルローカルライフを実践中。
http://www.giftlab.jp
「ある空き家があって、誰かに好きに使って何かやってほしい」
そう聞いたのは、2011年の初夏のこと。
震災後の東京ではなんだか皆がいそいそと通常どおりの生活に戻っているふりをして、
まだどこか上滑りな気持ちと折り合いをつけかけていた頃のことだ。
僕らは、東京・恵比寿を拠点にgift_という名前で空間のデザインや企画の仕事をしている。
古いビルの2Fの一室を、展示やイベントスペースなどとしても機能するように、
可変な空間として内装も自分たちでできることは手がけた。
事務所でありながらも人が出入りする「場」としてオープンに、
かつ多様で刺激的な空間として2005年にスタートし、
音楽のイベントやアーティスト・トーク、上映会、アートワークの展示などを
実験的にいろいろ行ってきた。
おかげでさまざまなアーティストとの縁もたくさんつながっていった。
しかし、これが例えば1Fでカフェなどが併設できたらやれることが広がるのでは、
といった考えが次第によぎるようになっていた。
もっと開かれた、人が自然に集い、行き交い、
出会えるような「場」をつくりたいという気持ちを漠然と心の中に持ちつつ、
まちなかのビルの空室をおもむろに外からのぞきこんでみたりもするけれど、
なかなかそう好都合な物件は近くには見当たらず。
また、そこまで真剣に探すつもりもあまりなかったのだとも思う。
そんなとき、冒頭の「空き家」の話を聞いた。
しかもそれは都内ではなく、新潟県中南部の十日町市まつだいにあるという。
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の開催地のひとつとして知られている土地だ。
地方で行われるアートイベントの先駆けだった大地の芸術祭に、以前僕らも訪れたことはあった。
すばらしい里山の風景の中に、
アートの作品がこつぜんと姿を現すという
なんともわくわくする体験を思い出した。
移動は少し大変だったが、今となっては不思議とポジティブな印象しか残っていない。
この越後妻有の地にある空き家。
その上「好きにしていい」というのが、僕らにとってはとても魅力的な響きだった。
漠然と、しかし、ふつふつと温めていた「より開かれた場」についての妄想が、
思ってもみなかった土地での話と不思議と結びついた。
それはおそらくほぼ初めてと言っていいほど、
いわゆる「地方」と呼ばれているようなエリアに自分ごととして興味を向けた瞬間だった。
ここで何かできるのかもしれない。面白そうだ。直感的にそう思った。
なぜか分からないが何か可能性があるような気がして、とにかく現地を見に行くことにした。
十日町市まつだいは東京の都心からは、車で行くと3時間から4時間かかる。
行きの車の中で、仲介者である知人を相手に、何ができるのか、何ができないのかも
分からないながらも、これからの勝手な妄想を広げていた。
構想はいつも妄想から始まる。
最初にイメージを重ねたのは、ちょうどその前年までディレクターの一員として関わっていた、
「CET=Central East Tokyo(セントラル・イースト・トウキョウ)2003-2010」のことだ。
東京の東側のエリアで8年間行われたイベントで、これをきっかけに
少しずつアーティストやデザイナーたちがイベント会場となった空き家物件などに移住したり、
アトリエをかまえたりしだして、ある意味自然発生的に(イベントの時にだけ賑わうのではなく)
日常的に面白いことが営まれているまちへと変容していった。
その状況を目の当たりにした経験はまだ記憶に新しく、
このプロジェクトに関われたことは現在の僕らの発想や活動に重要な位置を占めている。
環境は違うが、まつだいでもそんなふうにすることができたらそれは本当に理想的だな……などと
妄想はとどまる所を知らずに僕らの頭のなかで広がっていった。
まず、人が出入りしやすいようなきっかけとしての、カフェをつくろう。
そして滞在もしてもらえるような宿泊設備が併設されているといい。
カジュアルに、でもかっこいいような。
東京とローカルをつなぐような新しい拠点となってもいい。
もちろん、地元の人たちとも何かできたら。
ワークショップやイベントなども、ユニークに企画できるかもしれない。
と、妄想が膨らむ一方で、一抹の不安も頭をよぎらなかったわけではない。
その地にいる人たちは、どんな人たちなんだろう? うまく受け入れてもらえるのだろうか?
とはいえ、今、
僕らは東京に事務所を持ち、東京に生活の基盤を持っている(それを捨てるつもりはない)。
果たして、東京と里山を行ったり来たりしながら
両立させてやっていくという選択肢の可能性はあるのだろうか?
一時的なイベントではないかたちで、何かをやり続けることは可能なのだろうか?
その空き家は、「ほくほく通り」という商店街のちょうど真ん中あたりにあった。
通りは昭和の終わり頃まではとても賑わっていたというが、現在はその面影はなく、
商店らしき看板を残してはいるが、
明らかに今は住宅としてしか使われていない……というところも少なくない。
いわゆるシャッター商店街とはちょっと違うのだが、少しさびしい印象だった。
事前に最近の様子というのを写真で見ていたので、
ある程度の覚悟はしていたが、実際に見ると現実に引き戻された感じになる。
そして、空き家は何も特別な感じのない、
古民家でもない、店舗兼住宅? 倉庫? といった物件だった。
正面の開口部には重たい錆びたスチールのシャッターが付いている。
脇には木枠でざっくり囲ってある物置のようなものがあり、
何に使うのかわからない容器やら、スキー板やら、さまざまなものがごちゃっと放置されている。
古民家という言葉から連想されるようなある種の情緒的な雰囲気はない。
物件そのものの表層には魅力は(失礼ながら)全く無く、
中途半端に昭和の時代を感じるようなトタンが貼られていて、
あきらかにだいぶ放置されていたような感じだ。
うーん、これはリノベーションのしがいのある物件だな……(冷汗)
しかし、同時に、どんな物件であろうと
「全く違う存在に変換できる」という、不思議な、そして確かな自信があった。
もちろん、それはいつものことなのだ。
あとは、僕らがここにどのように関わっていくことになるのか。それ次第。
そこで大きな決断をすることになるとは、まだこの段階では考えても見なかったのだが――
つづく
information
YAMANOIE
山ノ家
住所 新潟県十日町市松代3467-5
電話 025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
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