連載
posted:2014.11.14 from:岡山県倉敷市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
コロカル伝説の連載と言われる『マチスタ・ラプソディー』の赤星豊が連載を再開。
地方都市で暮らすひとりの男が、日々営む暮らしの風景とその実感。
ローカルで生きることの、ささやかだけれど大切ななにかが見えてくる。
editor’s profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
風もなく、穏やかな日の秋の昼下がり、
元浜倉庫のウッドデッキはこのうえなく気持ちのよい場所となる。
その日、事務所で原稿の最中に睡魔に襲われたぼくは、
気分転換にと、デスクの横に置いてあるギターをもってウッドデッキに出た。
デッキには先客がいた。サブだ。
気持ちよさげに午後の陽をいっぱいに浴びてねそべっている。
ぼくは眠気覚ましにしばらく音を出して遊びながら、
曲のような曲でないようなものをつまびいていた。
ギターを弾きながら歌うようなことはまずしないんだけど、
そのときは温かな陽差しのせいか調子が出てきて、
小さな声でくちずさむようにして歌っていた。
サブはぼくの歌にうっとりしているかのように目を閉じている。
ぼくもサブもそれなりに幸せな午後のひとときを満喫していた、
あるいはそう思っていたまさにそのときだった。
サブがおもむろにすっくと立ち上がったかと思うと、
だしぬけに目の前でゲロを吐きなさった。
吐き終わると、顔だけこっちに向けて涙目でぼくを見る。
ぼくはというと、さっきから妙なカタチでかたまっていた。
厳冬の地で振り回された濡れタオルのように、
右手はかきならす直前の弦の上で止まったまま。
「お、おまえ……」
直前まで歌っていたのはテリー・リードの古い曲で、
ぼくはまったくコード進行を知らない。おまけに歌詞もおぼつかない。
弾いている気分でいい加減な音を出し、
さらにその無茶な音を無視して無茶な英語で歌っていたわけだ。
「にしても、吐くことないだろ」
つぶやきながらウッドデッキでサブの粗相の後始末。
元浜倉庫のとある日、穏やかな秋の昼下がりの光景……。
サブの家探しから始まった我が家の購入計画、今回はその後編。
前編の前回は購入を決意した物件の内覧の当日、
不動産屋さんからすでに契約がまとまったことを知らされたところで終わった。
その後はというと、ショックでめげるようなことにはならず、
それどころか勢いがついて、週末になると物件を見て回る日々を過ごした。
しかし、いくら児島が田舎とはいえ、
1000万円の予算でそう簡単に気に入るような家が見つかるわけがない。
住んだその後の生活が楽しみになるような、そんな物件は皆無だった。
そこでエリアを広げることにした。
倉敷市内から近郊のエリアへ、またその近郊のエリアへ。
そうこうしているうちに「県北」と呼ばれるエリア、
最長は岡山県の美咲町まで物件を見に行った。
東京にたとえるなら、都内での家探しが、
山梨を越えて長野の上高地まで来たような感じだ。
でも、その美咲町でさえ、
現地の不動産屋さんに案内されて見学した家は気が滅入るようなものだった。
「こりゃもう島にでも行くしかないか」とあきらめかけていた、そんな時期のこと。
物件Aと巡りあった。一目惚れまではいかない。
でも、初めてのデートで結婚を意識した女性のようだった。
Aの環境、まわりが見事に美しい棚田で静かなことこのうえない。
それでいて海も近い。近くに保育園も小学校もある。
Aの建物、築110年の古民家。風通しがいい上に日当りがよく、
古民家にしては室内が明るい。
屋根と基礎部分も数年前に補修してあり、
トイレやキッチン、お風呂もリフォーム済みなのですぐに住める状態にある。
おまけに庭は広々として、
隣には70坪ほどの空き地までついているので車は何台でも駐車できる。
将来的にはタカコさんのお店を建てることだって可能。
しかし、難点がないわけじゃなかった。
この物件のあるエリアは備前焼で知られる備前市内。
児島から車で約1時間半かかる。
でも、家探しをスタートして以来、こんなに条件が揃っている物件は初めてだった。
タカコさんに聞いたら、住んでみたいと言う。
子どもたちも部屋の中で走り回って楽しそうだ。
その後、2週間の間にAを3回見に行った。
3回目は古民家の再生を専門にしている知り合いの建築家の先生をお連れして
「建物はすごくいいですね」との太鼓判をもらった。決めた。この家、買おう。
早速、前回の児島の物件で
1000万円の融資を約束してくれた信用金庫のMクンに電話した。
新しい物件を見つけまして、つきましては融資をお願いしたい云々。
「場所はどこですか? 児島ですか?」
「いや、今度はなんと備前」
「び、備前!」
「なに、都合が悪いとでも?」
「はあ、備前だと難しいですね」
Mクンの話によると、信用金庫は地域密着の金融機関であるがゆえに、
住宅購入の際の融資は近郊での購入に限られる。
倉敷をベースとするその信用金庫では、融資できる範囲は倉敷市内、
遠くても岡山市内までだと説明してくれた。
だったら地元となる備前の信用金庫に相談するまでだ。あった、備前信用金庫。
これ以上ないぐらいに地元だ。早速その支店のひとつの扉をくぐった。
「家を買いたいんですが、融資をお願いできますか?」
「現在、お住まいはどちらですか?」
「都窪郡の早島です」
「ああ、それは無理ですね」
「……うん? 無理?」
「備前か近郊にお住まいの方でないと、基本、融資はできないんです」
結論を受け入れがたいという意味で、これはパラドックスと言えるだろうか。
まあ「できない」と言うものをくどくど言ってもはじまらないので、
信用金庫での融資はきっぱり無理と判断し、
間髪を入れず銀行に相談をもちかけた。
我が社アジアンビーハイブが日頃お世話になっているT銀行。
担当のSクン(推定25歳)は必要な書類をあれやこれやとメモ書きして、
「これがすべて揃ったら審査に入ります」。結構な数の書類だ。
会社の決算書のほか、ぼくの収入証明書、Aの固定資産税の支払い証明書などなど。
あと面倒なのがリフォームの見積書。
タカコさんが早島町の図書館から借りてきてくれた
古民家の本やらリフォームの本を参考にあらかたの筋書きを考え、
一度備前までお連れした先生に見積もりをお願いした。
上がってくるまで2週間かかった。
揃えた書類をすべてSクンに手渡し、あとは結果を待つだけということとなった。
その間もぼくたちは家族で何度か備前に足を運び、
周辺をドライブしたり、近所を散歩したり。
また、同じ集落の人たちに話を聞くなどしていたので、
ぼくもタカコさんもそこで生活しているイメージは日々リアルなものになっていた。
銀行に書類を提出して約3週間後。ついにSクンから連絡があった。
待ちに待った電話だ。
「例の融資の件ですが……」
「うん、で?」
「今回は見送りということになりました」
「…………」
「担保物件(A)の査定額と融資の額に隔たりがあるというのが理由です」
それがすべてってわけじゃないだろう?
ソフトバンクの孫さんに同じような査定をするか?
担保の査定額が云々って言うのか?
オレに支払う能力がないって判断したってことだろう?
なんて煮え返る胸の内は露とも見せず。
「そうか。いや、覚悟してたよ。そう簡単じゃないよね」
「すいません」
「気にすることないよ。またリベンジするから、そのときはよろしくね」
(なにが「よろしくね」だ! 覚悟なんかしてないって、
あんたの銀行が貸してくれるものだとばっかり思ってたよ、
だって1000万円だよ、たしかに大金に違いないけど、
いまのオレには1000万円の価値もないのか?
金融機関から1000万円を借りられないオレって、男としてどうなんだ?)
電話を切った直後、そんなこんなの思いが脳内を駆け巡り、
やっと落ち着いたと思ったら、今度はタカコさんのことを思ってズンと落ち込んだ。
彼女は子どもたちを寝かしつけて自分の時間ができると、
それが一日の唯一の楽しみとでもいうように、
ぼくが作ったAの写真ファイルを取り出して楽しそうに眺めるのが日課になっていた。
そんな彼女になんて言えばいい?
その日の夜、場所は早島のアパート。
夕飯が終わって、一段落したところでぼくはついに話を切り出した。
「ええっと、今日はいいニュースと悪いニュースがあります。
さあ、どっちから聞きますか?」
タカコさんは「なになに?」と言ってすぐ「じゃあ、いいニュース」
「あのね、いいニュースを聞いた後に悪いニュースを聞くと、
今晩ずっと気分悪くなるかもよ。逆に後にいいニュースを聞いたら……」
「じゃあ、悪いニュース」
「はい、いきます。今日銀行から融資を見送りますとの電話がありました」
「ええっ! そうなんだ」
「残念ながら。申し訳ない」
タカコさんはさほど気落ちしているようでもなかった。
むしろ、顔は半分笑っていた。
しかし、だからといって喜んでいるわけでもないのがわかっていた。
「じゃあ、いいニュースは?」
「ええとね、今回の一件で家を買うのはたやすくないということが身をもってわかった。
ハードルは高い、思いのほか高い。
でも、こんなことでへこたれない。みんなで頑張ってハードルを越えよう。
そのハードルが越えられたとき、オレたち家族の絆はさらに深まっていると思う」
きょとん、という音が聞こえそうだった。そのときのタカコさんの表情。
そして、2秒ほどお互い無言の妙な間があって。
「え、それがいいニュース……どこが?」
「だから……絆深まる、みたいな」
帰りの車のなかで考えたシナリオは、
タカコさんから思うような反応は引き出せなかった。
まあ、思い通りになるような人じゃないのだ。
「わたしだったら平気だよ、それより赤星さん、落ち込んでない?」
「いや、オレは大丈夫だって。よく考えると、備前は遠いしね」
その日以降、彼女が例のファイルを見ている姿を見たことはない。
かくいうぼくも一度も見ていない。
ふたりとも、もうなかったことと受け入れていた。
切り替えの鮮やかさは、ぼくとタカコさんに共通した
数少ない美点のひとつだと思っている。
ぼくたちはすでに、新しい物件探しという、ゴールが見えない旅に出ていた。
それにしても、家探しは連載の2回でカタがつくようなものではないようだ。
サブには「この冬までには」と思っていたけど、いましばらく辛抱してもらうしかない。
Information
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