はじめまして。〈多田正治アトリエ〉の多田正治です。
京都の西大路七条の町家をリノベーションしたアトリエで設計事務所を営んでいます。
関西を中心に建築設計の仕事をしていますが、
4年ほど前から「熊野」と呼ばれる地域でも建築に携わっています。
紀伊半島の南部のエリアは、昔から「熊野」と呼ばれています。
世界遺産にも登録された「熊野古道」や「熊野大社」が有名で、
和歌山県と奈良県と三重県にまたがって「熊野」はあります。

熊野古道の馬越峠。

熊野本宮大社。
日本書紀や古事記に記されるほどに歴史は古く、自然崇拝の独自の宗教観を持ち、
寺社が多数ある文化的特異点でもある熊野。修験者が修行するほどに山深く、
黒潮の恵みからマグロをはじめとする魚介類を享受できるほどに海が近い、
自然に恵まれた熊野。
そして、雄大な自然に囲まれているがゆえに、
関西と隣接しているのに近くて遠い「熊野」!(そんな遠さも熊野の魅力です)
そんな熊野の東端にある三重県尾鷲市梶賀町で、
〈梶賀のあぶり場〉プロジェクトはスタートしました。
今回はそのお話の前編をお送りします。

梶賀港を見る。
三重県尾鷲市梶賀町は人口180人ほどの漁村です。
リアス式海岸の一部で、入江の奥まった部分に漁港を中心とした集落が広がり、
漁港の背後には急峻な山地が迫っている、そんな地形です。

三重県尾鷲市梶賀町周辺の地形図。

急峻な斜面に建ち並ぶ梶賀の民家。
梶賀町には、水揚げされた魚の中で売り物にならない小魚やアシの早い魚などを加工し、
自分たちのお弁当とした郷土料理「あぶり」が、古くから伝わっています。
桜や樫(カシ)などを燃やした炎と煙で、
焼きながら燻すという独自の製法でつくられる保存食です。
竹を削ってつくった串に、一匹一匹、丁寧にワタをとった小サバなどを刺していきます。
そのまま食べてもよし、ご飯のお供にもよし、
日本酒やビールにも合う絶品郷土料理です。

あぶりをつくる。(撮影:浅田克哉)

撮影:浅田克哉
近年では梶賀の特産品「梶賀のあぶり」として販売しており、
その認知度の向上と販路拡大を目指して、さらなる生産力アップや
品質向上のために加工場の建設が求められていました。

撮影:浅田克哉
漁師さんの朝は早く、朝の3時や4時に起きて明るくなる前に出航、
そして夕方に帰ってくる、というサイクルで生活されています。
なので、家やまちを守るのは主に女性。
梶賀にも女性たちで結成された「婦人会」があり、
その後「梶賀まちおこしの会」として引き継がれていきました。
そして2016年、梶賀に地域おこし協力隊の2名
(中川美佳子さんと浅田克哉くん)が派遣されました。
中川さんは中小企業診断士の資格を持つ経営コンサルタント。
いつも冷静沈着で的確な状況判断をしてくれる、
それでいてみんなを温かく見守ってくれる女性です。
浅田くんはグラフィックデザイナー。
PCに向かってクールなデザインをつくるときもあれば、
ペンキやノコギリを手に自分でモノをつくってしまうマルチなクリエイター。
彼らは2019年にその任期を終えましたが、いまでも梶賀に住んで仕事をしています。
そんな異色のふたりに課せられたミッションが、
梶賀に伝わる「あぶり」による地域おこし。
そこでさまざまな試行錯誤が始まりました。

あぶりを効率良く製造するための試作。
より効率よく加工する工夫をしてみたり。
売り場に並ぶパッケージデザインや容量や価格を変えてみたり。
伝統的なあぶりでは用いなかった魚介類で商品開発をしてみたり。

小分けにした分量、新しくデザインしたパッケージのタグ。

養殖のブリを使った新商品の開発。(撮影:浅田克哉)
そんななか、前述の通り加工場を建設することが必要になりました。
そして2016年12月、ひょんなことからぼくと浅田くんが出会って、意気投合!
次の日にはどこに加工場をつくるか、ぼくは彼と梶賀を歩き回っていました。