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隠れた絶品郷土料理を全国へ発信。
〈梶賀のあぶり場〉ができるまで

リノベのススメ
vol.176

posted:2019.5.15  from:三重県尾鷲市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Masaharu Tada

多田正治

ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。

多田正治アトリエ vol.1

はじめまして。〈多田正治アトリエ〉の多田正治です。
京都の西大路七条の町家をリノベーションしたアトリエで設計事務所を営んでいます。

関西を中心に建築設計の仕事をしていますが、
4年ほど前から「熊野」と呼ばれる地域でも建築に携わっています。

紀伊半島の南部のエリアは、昔から「熊野」と呼ばれています。
世界遺産にも登録された「熊野古道」や「熊野大社」が有名で、
和歌山県と奈良県と三重県にまたがって「熊野」はあります。

熊野古道の馬越峠。

熊野古道の馬越峠。

熊野本宮大社。

熊野本宮大社。

日本書紀や古事記に記されるほどに歴史は古く、自然崇拝の独自の宗教観を持ち、
寺社が多数ある文化的特異点でもある熊野。修験者が修行するほどに山深く、
黒潮の恵みからマグロをはじめとする魚介類を享受できるほどに海が近い、
自然に恵まれた熊野。

そして、雄大な自然に囲まれているがゆえに、
関西と隣接しているのに近くて遠い「熊野」!(そんな遠さも熊野の魅力です)

そんな熊野の東端にある三重県尾鷲市梶賀町で、
〈梶賀のあぶり場〉プロジェクトはスタートしました。
今回はそのお話の前編をお送りします。

梶賀港を見る。

梶賀港を見る。

梶賀町の郷土料理「あぶり」

三重県尾鷲市梶賀町は人口180人ほどの漁村です。
リアス式海岸の一部で、入江の奥まった部分に漁港を中心とした集落が広がり、
漁港の背後には急峻な山地が迫っている、そんな地形です。

三重県尾鷲市梶賀町周辺の地形図。

三重県尾鷲市梶賀町周辺の地形図。

急峻な斜面に建ち並ぶ梶賀の民家。

急峻な斜面に建ち並ぶ梶賀の民家。

梶賀町には、水揚げされた魚の中で売り物にならない小魚やアシの早い魚などを加工し、
自分たちのお弁当とした郷土料理「あぶり」が、古くから伝わっています。
桜や樫(カシ)などを燃やした炎と煙で、
焼きながら燻すという独自の製法でつくられる保存食です。

竹を削ってつくった串に、一匹一匹、丁寧にワタをとった小サバなどを刺していきます。
そのまま食べてもよし、ご飯のお供にもよし、
日本酒やビールにも合う絶品郷土料理です。

あぶりをつくる。(撮影:浅田克哉)

あぶりをつくる。(撮影:浅田克哉)

撮影:浅田克哉

近年では梶賀の特産品「梶賀のあぶり」として販売しており、
その認知度の向上と販路拡大を目指して、さらなる生産力アップや
品質向上のために加工場の建設が求められていました。

撮影:浅田克哉

撮影:浅田克哉

「あぶり」による地域おこしを目指す

漁師さんの朝は早く、朝の3時や4時に起きて明るくなる前に出航、
そして夕方に帰ってくる、というサイクルで生活されています。

なので、家やまちを守るのは主に女性。
梶賀にも女性たちで結成された「婦人会」があり、
その後「梶賀まちおこしの会」として引き継がれていきました。

そして2016年、梶賀に地域おこし協力隊の2名
(中川美佳子さんと浅田克哉くん)が派遣されました。

中川さんは中小企業診断士の資格を持つ経営コンサルタント。
いつも冷静沈着で的確な状況判断をしてくれる、
それでいてみんなを温かく見守ってくれる女性です。

浅田くんはグラフィックデザイナー。
PCに向かってクールなデザインをつくるときもあれば、
ペンキやノコギリを手に自分でモノをつくってしまうマルチなクリエイター。
彼らは2019年にその任期を終えましたが、いまでも梶賀に住んで仕事をしています。

そんな異色のふたりに課せられたミッションが、
梶賀に伝わる「あぶり」による地域おこし。
そこでさまざまな試行錯誤が始まりました。

あぶりを効率良く製造するための試作。

あぶりを効率良く製造するための試作。

より効率よく加工する工夫をしてみたり。
売り場に並ぶパッケージデザインや容量や価格を変えてみたり。
伝統的なあぶりでは用いなかった魚介類で商品開発をしてみたり。

小分けにした分量、新しくデザインしたパッケージのタグ。

小分けにした分量、新しくデザインしたパッケージのタグ。

養殖のブリを使った新商品の開発。

養殖のブリを使った新商品の開発。(撮影:浅田克哉)

そんななか、前述の通り加工場を建設することが必要になりました。
そして2016年12月、ひょんなことからぼくと浅田くんが出会って、意気投合!
次の日にはどこに加工場をつくるか、ぼくは彼と梶賀を歩き回っていました。

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〈梶賀のあぶり場〉プロジェクトスタート!

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会社設立! 加工場の建設計画へ

2017年4月、加工場の設計と建設に先駆けて、
中川さんの尽力により〈株式会社梶賀コーポレション〉が設立されました。
梶賀まちおこしの会を母体として、地域住民が株主、取締役、社員となった
梶賀の会社で、社長は中川さんです。

梶賀町民が出資し、あぶりの製造に関わる資金や売上げなどを透明化し、
みんなに分配される仕組みをつくりました。
梶賀コーポレーションは、梶賀住民でないと参加できない規約になっていますが、
ひと口1万円で参加できる「梶賀サポーター制度」を創設することで、
全国各地や海外からも梶賀のあぶりを応援したいという支援が集まってきました。

加工場を建設する主体も梶賀コーポレーションとなり、
設計、そして施工の方法が検討されることとなりました。
そして加工場建設に関する資金についても明確になり、
資金はとても少ないことが見えてきました。

少ない予算でどうするか。
まず「新築で工場をつくる」というのは諦めなければなりませんでした。

ピカピカで現代的な工場であぶりが大量生産されるのではなく、
軒先でお母さんがつくる「あぶり」という
素朴な雰囲気を大事にするべきだと思いました。
結果、古い建物をリノベーションし、
その中で衛生的な生産環境を整えるのが合理的だと判断しました。

さらに、建設コストを大幅に抑えるために、建築系の学生、
地元住民や漁師とセルフビルドでつくる! という決断もしました。

設計、そして見積もり、しかし……!?

ぼくと浅田くんは、梶賀中の空き家を探して歩き回りました。
これは! という物件を見つけては、その場で持ち主に電話して交渉をしました。
なにせ180人ほどの集落です。すぐに連絡できます。

まちで使われなくなった木造の旧公民館も候補として検討し、
市役所と交渉しましたが成立せず、
梶賀で釣人客のための宿と渡船を営む〈勝三屋〉さんの倉庫を
リノベーションして、加工場とすることで動き出しました。

〈勝三屋〉さんの倉庫をリノベーションする! と思いきや……?

〈勝三屋〉さんの倉庫をリノベーションする! と思いきや……?

鉄フレームをふたつの空間に横断させる計画案。

鉄フレームをふたつの空間に横断させる計画案。

漁師は漁船修理のために溶接技術に長けているので、その技術を生かして
鉄フレームを使ったり、ブイ(浮標)を照明器具にするアイデアが出てきました。
そして大まかに建設費用を計算して、工事の進め方も検討してまとめました。

ところが……、あとは着工するだけ! というところでストップがかかりました。
風向きと煙について検討しましたが、
どうしても民家のある方向に煙が流れてしまうのです。

最初はそれでも大丈夫ということでしたが、
洗濯物に煙がかかる、匂いがつくなどの意見があがり、
ついにはこの計画を中断せざるをえなくなってしまいました。
頭をかかえる中川、浅田、多田……。

ついに物件と出会う。天井が高い空間を増築へ

しかしここで諦めるわけにはいきません。
中川さんと浅田くんがいろいろ手を尽くして、新しい物件を探してきました。

20平米ほどの小さな小屋。

20平米ほどの小さな小屋。

それは海沿いにある木造平屋の、かつて海女さんが使っていたという小屋。
周りには民家がないので、煙の問題もありません。

初めてこの物件を見たとき、そのボロボロさよりも、かわいらしい佇まいと
集落の入り口という立地から、以前の計画よりも良いものになると確信しました。

あぶり製造の工程を収める建築としては、面積と部屋の数が足りないので、
増築がすぐに決まりました。増築する面積は、確認申請が不要な10平米未満。
そのかわり、煙を効率良く外に出すために天井の高い空間を。
そして、1か月で図面を新しく書き、模型で検討し、構造設計をやり直し、
いままでの予算枠の中で見積もりも組み直しました。

あぶり場の模型。

あぶり場の模型。

なんとなく建築をつくる目処がたちました。
細かな設計はつくりながら進めることにして、とりあえず着工することに。

梶賀のみなさんで建物前の畑の掃除をして、家財道具の処分をしてもらいました。

老いも若きも手伝ってくれました!

老いも若きも手伝ってくれました!

そして学生と梶賀のみなさんで、建物の前の港で宴を開きました。

港での宴会。(撮影:浅田克哉)

港での宴会。(撮影:浅田克哉)

撮影:浅田克哉

撮影:浅田克哉

これから1年にもおよぶ、大変な工事が待っているとはつゆしらず。

次回は、梶賀のあぶり場の施工の様子と完成後の展開についてご紹介します。

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