連載
posted:2019.6.14 from:三重県尾鷲市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Masaharu Tada
多田正治
ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。
三重県尾鷲市梶賀町で立ち上がった〈梶賀のあぶり場〉プロジェクト。
vol.1に続き、工事から完成までの様子をお届けします。
いよいよ〈梶賀のあぶり場〉の工事が開始です。
海女小屋は改装し、小屋の正面には増築をする計画で、
掃除から引き続き、学生や地域のみなさんとセルフビルドで進めました。
改装部分の工事と増築部分の工事をそれぞれご紹介していきます。
【解体してみる】
まずはみんなで解体作業をしました。バールで壁や床をはがします。
天井も「せーの!」で一気に落としました。
みんなで解体。(撮影:浅田克哉)
【床をつくってみる】
床の下地の一部は傷んでしまっており、別の材に取り替えました。
その上から合板を張っていきます。
床下地の合板張り。(撮影:浅田克哉)
根太(下地材)の入れ替えのため、仕口(部材の接続部分)の加工をする。(撮影:浅田克哉)
【断熱材を入れて天井を張ってみる】
垂木と垂木(屋根の下地)の間に断熱材を入れていきます。
昔の小屋なので、粗いつくりです。垂木は直角にも平行にもなっていないので、
各部分の寸法を測り、その形に合わせて断熱材を切り出します。
断熱材の上から仕上げの板(シナベニヤ)を張りますが、
それも垂木に釘を打つ都合上、各部の寸法に合わせてカットしました。
天井に断熱材を入れる。場所によっては下地を追加する。(撮影:浅田克哉)
【FRPで防水、塗装してみる】
床の上にFRP防水をします。
FRPとはプラスチックの一種で、ガラス繊維で補強されたプラスチックです。
身の回りだとユニットバスなどがFRPでできており、
建築でも防水工事などで用いられます。
漁船の甲板修理などでも用いられるので、漁師にコツを教わり、
ネットで使い方を予習して、いざ作業開始。
ふたつの液体(ポリベストと硬化材)を混ぜて、
ガラスマット(ガラス繊維をマット状に加工したもの)の上から垂らして、
ローラーで伸ばしていきます。
液体の混合比率で硬化する時間が変わるし、
ガラスマットから繊維が飛び散るし(肌に触れるとチクチクする!)、
うまく施工するのに悪戦苦闘しました。
壁と床の角には、曲面型の面木(面をとるために角に打つ材)を入れています。
FRPを流しこむ。
FRP施工後。
硬化したら次は塗装。滑り止めの砂入を混ぜた塗料を使って、
床から少し立ち上がった位置まで青で塗装しました。
この青色は、海や船をイメージした色で、塗料屋さんに調色していただきました。
仕上がると、爽やかな青が包み込むような空間ができあがりました。
青に塗っていく。(撮影:浅田克哉)
【シンク台をつくってみる】
シンク台は本体を耐水合板でつくり、天板にDIY用のモザイクタイルを貼り、
側面は塗装しました。シンクや水栓金物はネットで注文をし、
配管は梶賀の水道屋さんにお願いして取り付けました。
足元は床と同じように曲面型の面木をつけて途中まで青で塗装しました。
床から「生えた」ようなシンク台のできあがり。
シンク台をつくる。(撮影:浅田克哉)
床と連続するシンク台。
【照明器具をつくってみる】
シンクの上につく照明器具は海に浮かんでいる「ブイ」を加工してつくりました。
それ以外の照明は、いわゆる裸電球(ただしLED)ですが、古い民家で使われていた、
電線を支持・絶縁する「碍子(がいし)」を再利用して吊るしています。
照明器具を取り付けてみたところ。
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増築工事にいく前に、工事作業以外の梶賀での様子をご紹介します。
【魚(カツオ)のさばき方を習う】
ある日、カツオが大漁でした。
ということで、漁師からカツオを3枚におろす方法をレクチャーしてもらいました。
包丁1本で骨と身をきれいに分けることができました。
とれたての魚(コリコリしてちょっと固め)、
1日おいた魚(程よく熟成されている)、などを食べ比べてみました。
おいしくいただきました。
デザイナーの浅田克哉くんによる厳しい(?)さばきの指導。それを見守る若手漁師の門司浩平くん。
【バスケットゴールをつくってみる】
現場の前にバスケットゴールをつくってみました。
梶賀らしくネットは漁網ロープ。梶賀の子どもたちに編むのを手伝ってもらいました。
これで時々、3 on 3で遊びます。ボールが転がると海に落ちるので要注意。
ゴールのネットを取り付け。
3ポイントシュート。
【梶賀港の風景、魚を買ってみる】
早朝、漁師たちが帰ってくると、梶賀港は一気に慌ただしくなります。
とった魚は仕分けされ、それを買う人で賑わいます。
そのおこぼれにあずかろうと猫がウロウロ。
梶賀港の日常風景。
【台風が来た!】
2018年9月4日、台風21号が関西・紀伊半島を直撃し、多大な被害を及ぼしました。
梶賀でも、港にあるコンテナが吹き飛ばされて、海に水没してしまいました。
それをみんな総出で引き上げ作業。ぼくたちもお手伝いをしました。
クレーン車、漁船数隻、漁師はダイバーとして、
陸・海上・海中と連携してコンテナとその内容物を引き上げました。
水没したコンテナを引き上げる。
こうして、工事以外にも地域のみなさんと学生たちとの交流がありました。
学生にとっては、いままでまったく知らなかった
漁師さんたちの生活を垣間見る機会になり、地域のみなさんにとっては、
騒がしいながらも刺激あるひとときとなったのではないかと思います。
人や場所、コトに関わりながら建築をつくることは、とても有意義であり、
そして幸せなことだと思います。
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続いて増築部分の工事をご紹介します。
【建築の基礎も自分たちで施工】
基礎の位置を掘削し、型枠と鉄筋を配置、そしてコンクリートを打設しました。
特に、建築の荷重を支える立ち上がりには、
魚を入れるコンテナを型枠として利用しました。
よく見知ったサイズのコンクリート塊が建築の足元にできました。
立ち上がりの型枠(魚のコンテナ)の設置。
【建て方】
建築の柱や梁には「尾鷲ヒノキ」を使っています。
山深い紀伊半島は良質なスギやヒノキの産地です。
製材所に行き、各部材の寸法に見合うヒノキ材を在庫の中から探してもらい、
安価で提供してもらいました。
それを尾鷲の大工・前納正志さんにご指導いただき、加工していきます。
普通は仕口の加工はプレカットの機械を使いますが、
急勾配の屋根が特徴の今回の建築は機械でつくれません。
前納さんに大工スキルを教わりながら、
デザイナーの浅田くんがすべて手刻みで加工してくれました。
私、多田はインフルエンザでダウン。
仕口加工。(撮影:浅田克哉)
現場に木材を運び、いざ建てていきます。
基礎に土台をセットし、柱を建て、梁でつないでいきます。
ロープを使い、登り梁を持ち上げ、屋根としてつないでいきます。
実際に組み上げてみると、微妙に傾いていたり歪んでいたりするので、
その場で仕口を修正し、また組み立ててみる、の繰り返し。
さらに構造用合板を張り、防水シート、断熱材、そして外壁を施工して、
数日かけて全体のシルエットができあがりました。
できあがっていく様子。
【排煙窓をつくってみる】
三角屋根の頂部に、煙を抜くための開口部をつくります。
雨が入らないように(尾鷲市は全国でも有数の多雨地域なのです!)
しっかりと庇(ひさし)をつくり、その下で開口部が
どのような挙動をするのが一番いいか、図面と現場を照合しながら最終確認。
排煙窓の可動域をチェック。
それで完成したのがこちら。
窓には釣りで使うオモリがついていて、自重で開くようになっています。
漁網ロープが結びつけてあり、下から引っ張ると閉まります。
簡単な仕組みですが、繊細な加工が必要になる部分で、
何度もやり直してようやく完成しました。
開けたところ。(撮影:松村康平)
【あぶりのコンロをつくってみる】
漁師は、自分たちの船の簡単な修理は自分たちでやるため、
溶接の工具や技術をお持ちです。それをお借りしての溶接作業。
この日のために、溶接の資格を取得した浅田くんがメインとなって組み立てていきます。
生産力高めのあぶりコンロを製作。
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工事開始から1年をかけてなんとか完成しました。
最後の仕上げをみんなで行う。(撮影:松村康平)
ついに完成!(撮影:松村康平)
工事前の海女小屋。
全体はこんな感じです。
工事前の写真と比べると、改装+増築で建築が再生された様子がわかります。
この建築は梶賀の入口ともいえる場所にあります。
車やバスで梶賀にやって来た時、船から港に入る時に、必ずここを目にします。
シンボリックな屋根をつくることで
「梶賀にやって来た、帰ってきた」と思える建築を目指しました。
高い位置に排煙窓、低い位置に吸気窓を設けていて、また日中は
海から風が吹いてくるので(海陸風)、室内には風が通り抜けていきます。
吸気窓の高さは人の背よりも低くしているので、
ちょっと変わったスケール感の建築、内部空間になっています。
増築部分の面積は9.93平方メートルと、とても小さいですが、
重心を下げた窓と、高い位置から光が入ってくることで、
狭さを感じない、上昇感のある空間になっています。
断面パース。
増築棟の内観。吸気窓はとても低い。(撮影:松村康平)
改装部分は、床のブルーと、壁の白、既存の柱梁の濃い茶色が相まって
爽やかな空間になっています。
改装棟の内観。鮮やかなブルーと古材のコントラストがいい。(撮影:松村康平)
ふたつの異なる空間である増築棟と改装棟の間を行き来する開口部は、
別世界の入口のように感じます。
ふたつの空間をつなぐ開口部。(撮影:松村康平)
改装棟で下処理をして、増築棟で熱加工、そして改装棟でパッケージするという、
あぶりの工程をそれぞれの棟で行います。
こちらが平面図。
最後に、試運転の様子です。
煙の抜け方をチェック。(撮影:松村康平)
製造したあぶりの脂の残り方とか、香りのつき方など、
梶賀のお母さん方による細かなチェックがなされました。
試作のブリのあぶりは、もう少し改良の余地はあるものの、とても良い感じとのこと。
建築についても、空間をみなさんに体験していただき、
「立派なものができた」
「思っていたよりも広く感じる」など、とても喜んでいただけました。
完成が当初のスケジュールから遅れてしまい、
建設途中は心配されることもしばしばでした。
そんな苦労もあって、ホッとすると同時に胸がいっぱいになる1日でした。
ところでこの日は、大雨洪水警報が出されるほどの大雨。
どしゃ降りの雨の中、みなさんに集まっていただきました。
ある意味、尾鷲らしい1日でした。
味やあぶり加減に厳しい目が注がれる。(撮影:松村康平)
春になり漁が始まり、小鯖などが水揚げされています。
それに合わせて〈梶賀のあぶり場〉も本格始動。
中川美佳子さんをはじめとする〈梶賀コーポレーション〉のみなさんの尽力で、
販路も大きく広がりました。まずはその注文に対応するため、
生産量を増やす計画で稼働しているとのことです。
出荷されない小さな魚を焼きながら燻すという独自の製法でつくられる保存食、梶賀のあぶり。(撮影:浅田克哉)
「梶賀のあぶり」は梶賀のお母さん方によって、
愛情を込めてひとつひとつ手づくりでつくられています。
これは単なる商品ではなく、6次産業として地域と密接に結びついており、
いままで培ってきた梶賀の生活や文化の結晶です。
今回のプロジェクトも同じように、愛情を込めて会社をつくり、
建築をつくり、人のつながりを築いてきました。
梶賀と梶賀のあぶりが、次世代にも引き継がれていくことを切に願っています。
project
梶賀のあぶり場
増築+改装 セルフビルドプロジェクト
2016年12月〜2018年9月
設計・監理:多田正治
基本設計協力:小刀夏未(大阪大学大学院)
構造アドバイス:門藤芳樹(門藤芳樹構造設計事務所)
造作デザイン:浅田克哉、多田正治
施工
浅田克哉、多田正治、大塚瑠花(近畿大学)
小刀夏未、ティカ・ララス・クスマ、増田湧士(大阪大学大学院)
井之村菜緒、小田陽基、北岡優樹、小林奈那子、定田賢典、清水海、新田達生、竹中悠馬、古川拓実、米田奈央、渡辺瑞生(近畿大学)
施工協力
大工工事:前納正志(前納建築)
木製建具工事:吉澤実(吉澤木工店)
電気工事:大川隆友(大川電気)
上下水道工事:榎本秀安(榎本水道)
梶賀町のみなさん
中村和文、中村祟良、中村照、中村公一、中村あさみ、倉本 富可、濱中靖人、榎本隆文、中川矩子、井上和希
梶賀大敷(漁師)
門司浩平、塚本健矢、青木海斗、中川哲義
尾鷲市役所のみなさん
野田憲市、西村美克、中川健一
尾鷲市地域おこし協力隊
中尾拓也、鈴木教平
尾鷲市議会議員
小川公明、内山將文、上岡雄児、栖裕次
Special Thanks
日比寛生(ダイハツ工業)
梶賀コーポレーション
中川美佳子、中村貴美代、中村美恵、榎本尚代、川口初音、倉本寛子
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