連載
posted:2019.7.11 from:三重県熊野市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Masaharu Tada
多田正治
ただ・まさはる●1976年京都生まれ。建築家。〈多田正治アトリエ〉主宰。大阪大学大学院修了後、〈坂本昭・設計工房CASA〉を経て、多田正治アトリエ設立。デザイン事務所〈ENDO SHOJIRO DESIGN〉とシェアするアトリエを京都に構えている。建築、展覧会、家具、書籍、グラフィックなど幅広く手がけ、ENDO SHOJIRO DESIGNと共同でのプロジェクトも行う。2014年から熊野に通い、活動のフィールドを広げ、分野、エリア、共同者を問わず横断的に活動を行っている。近畿大学建築学部非常勤講師。主な受賞歴に京都建築賞奨励賞(2017)など。
前回まで三重県尾鷲市梶賀町の〈梶賀のあぶり場〉を紹介してきましたが、
今回はそれより3年ほど前のお話。
熊野市で学生たちと古民家の改修に挑んだプロジェクトについて紹介します。
尾鷲市の隣の熊野市の山中に、神川町という人口300人ほどの集落があります。
神川町は、谷間を走る神上川(こうのうえがわ)に沿った集落で、
豊かな自然に囲まれています。
旧神上中学校の木造校舎がそのまま残されており、
いまでも当時の面影を知ることができます。
校庭や川沿いに桜が植えられており、春になると一帯が桜色に染まる
桜の名所としても知られています。
また神川町は「那智黒石」の日本唯一の産地でもあります。
那智黒石はキメの細かい漆黒の美しい石で、
碁石や硯(すずり)として用いられている石材です。
その歴史は古く、平安時代に硯として用られていた記録もあるほどです。
熊野の山中にはいくつもの集落がありますが、そこでよく見られるのが、
「石垣」と雨よけの「ガンギ」のある民家です。
平地が少なく、地質学的に石がたくさん採れる熊野では、
家や耕作地のために多くの石垣が築かれたようです。
いろいろなところで、丸い石を野面積み(自然石を加工せずに積むやり方)にした
石垣をよく見かけます。
また熊野の多雨に対応するため、家の妻側(建物の長い方向に対して直角な側面、
つまり家のシルエットをしている面)に雨を除ける板が取りつけられています。
熊野の大工さんはそれを「ガンギ」と呼んでいます。
東北地方の民家で見かける雪除けの「雁木」とは別物です。
石垣とガンギの風景は、民俗学の今和次郎も著書『日本の民家』に書いています。
昔からあった風景なのでしょう。神川町にも同様の民家がいくつも見られます。
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さて、そんな神川町。
足しげく通うことになったのは、旧神上中学校で毎年開催されていたイベント
「桜まつり」を2015年にお手伝いしたことがきっかけでした。
「桜まつり」に翌年からも継続的に関わることになって考えたのが、
神川町に拠点がほしいな、ということでした。
手伝っている身とはいえ、毎回、泊まるところや食事のお世話をしていただくのは
気がひけるし、地域のみなさんの負担になるかもしれない。
使用する工具を、毎回毎回運ぶのも、誰かにお借りするのも結構面倒。
手厚いもてなしがありがたくも、変な遠慮や駆け引きを生んでしまっては、
元も子もありません。
ということで、自分たちが気兼ねすることなく使える
「拠点」をつくるプロジェクトをスタートさせました。
まずは空き家探し。
神川町内で、自由に使わせていただける空き家を探しました。
といっても不動産屋さんがあるわけでもないので、人づてに聞いてもらい、
その結果、いくつかの候補があったので、それらを見て回りました。
立派な家、新しい家など、いろいろありましたが、
ひと目惚れしたのは、神川町神上にある空き家でした。
見て回ったなかで、一番ボロボロ、空き家というよりも廃墟という感じの物件。
しかし部屋から、庭から、川の向こうに旧神上中学校が見えるのが
とても気に入りました。
手頃な大きさの家で、クド(かまどのこと。この地方ではクドと呼びます)や
井戸、五右衛門風呂が残されているのも魅力的でしたし、
そして、なにより今和次郎が見たという「ガンギ」と「石垣」のある家なのです。
即決でした。
このプロジェクトは、近畿大学の住宅計画研究室の
佐野こずえ先生と共同で行うことになりました。
神川町神上(こうのうえ)にある家(いえ)なので、
プロジェクト名を〈コウノイエ〉として、ロゴマークもつくりました。
作業をするためのツナギもつくりました。
そして、実測した古民家の図面をもとに設計を行います。
一般的な日本の古民家は「田」の字型プランになっています。
それぞれの部屋を襖(ふすま)や障子で仕切り、それを開閉することで
生活のさまざまなシーンに対応する日本古来のプランです。
その田の字の一角を解体し、白い抽象的な「キューブ」を挿入して
ギャラリーとすることで、新しい民家のプランができるのではないか、
と考えて設計しました。
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【解体してみる】
設計した図面に基づいて、いよいよ解体です。
化粧プリント合板の壁や天井を剥がすと、下から黒い柱や壁があらわになりました。
思ったより状態は良さそうなので、そのまま使えそうです。
台所は、据えつけられていたシステムキッチンを解体し、
もともとあったクドを修理・掃除しました。庭も草刈りをしてきれいにします。
【床張りをしてみる】
解体後に最初に手がけたのが床。
もとは畳を敷いていたので、敷居のところに段差が出てきてしまいます。
それを解消するために、床を新たにつくる必要がありました。
床張りは、僕たちにとって初めての経験。
せっかくなので、いくつかの方法を試してみよう! ということで、
3種類の床をつくってみました。
1.(難易度★)
既存の床組みの上にラワンベニヤ(ラワン材を合板にしたもの)で仕上げました。
床の水平を出すのには集中力を要しました。
ラワンベニヤをできるだけ大判で使うことで、
施工の不慣れさを目立たせないようにしました。
2.(難易度★★)
既存の床組みの上に、カットした針葉樹林合板を「ウマ」に張ってみる。
ちなみに、タイルや板の張り方には「ウマ」と「イモ」があります。
目地が十字に揃わない張り方が「ウマ」です。
合板には赤っぽいものと白っぽいものと、個体差があるので、
できるだけランダムに見えるように施工しました。
ここでは、板同士がきれいに敷き詰められるよう注意しました。
3.(難易度★★★)
既存の床をすべて解体し、あらためて高さを調整し、既存の荒板を張り直す。
1~2で培った技術を駆使して、3つ目に挑戦です。
床の間があるので、床挿し(床の間に対して直角方向に板などを張ること。
日本建築では縁起が悪いとされている)にならないよう、
向きを90度回転して張り直しました。
こうして3種類のこだわりの床が完成しました。
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【タタキの土間をつくってみる】
田の字を解体したひとつは、タタキの土間として土間ギャラリーにします。
友人の造園屋さんにタタキのつくり方を教わりました。
タタキのつくり方は地域ごとにさまざまな方法があるようでしたが、
僕たちは、土、消石灰、塩化カルシウムを
3:1:0.3の割合で配合するやり方を選びました。
土は神川町で採れた渋土(と地元の人が呼ぶ土)を用意しました。
消石灰は、昔、校庭の白線に使われていたアレです。
いまでも園芸に使うので、ホームセンターで買えます。
塩化カルシウムは道路の凍結防止剤で使われています。
これもホームセンターで買えます。
これらを配合して水を加え、練る。そして地面に撒き、
あとはみんなでひたすら叩く。叩く、叩く、叩く。
【キッチンについて考えてみる】
キッチンを設計するとき、自分たちがコウノイエでどのように生活するか、
具体的に考えてみることになりました。
・「クド」が復活した。薪の火でご飯や汁物は煮炊きできる。
・いざとなったらカセットコンロやポータブルのIH調理器を持ち込めば調理できる。
・月に1回程度、数日の使用なので、大きな冷蔵庫は必要ない。
・みんなでワイワイと料理するかもしれないので、広く使いたい。
・薪を置く場所がほしい。
・収納はワゴンでいい。
そんなことを考えてみると、一般の住宅のようなキッチンではなく、
ガスをひかない、シンクと大きな調理台だけの、
シンプルなキッチンをつくることになりました。
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【土間ギャラリーのつくり方を考えてみる】
設計段階で考えた、土間ギャラリーのキューブ。
これはいったい、どのようにつくったらいいのだろうか。
工事が始まってから、ずっと考えていたのだが、良い方法が出てこない。
そんなとき、ある人から「野地三兄弟を紹介してあげるよ」と言われます。
野地三兄弟とは、神川町から車で15分ほどの製材所〈野地木材〉を率いる
年若い兄弟(伸卓さん、良成さん、陽介さん)でした。
「熊野の木」にこだわっている野地さん。
そんな彼らと話をしているうちに、パネルを熊野のヒノキでつくったらどうだろう、
と考えるようになり、すぐに相談してみました。
どうせつくるならDIYとはいえ、ビスや釘などの金物を使わず、
接着剤も使わないで、大工さんの仕口技術を援用して、
板と板を継ぐ方法があるのではないだろうか、と考えるようになりました。
その結果出てきたのが、こんな方法です。
このパネルを「クマノバン」と名づけています。
2枚のパネルをつき合わせて、お互いを離れないようにする部品と
ズレないようにする部品、2種類の部品で留める、という方法。
実際にいくつか試作をつくって確かめてみて、強度や施工性を確認。
そして、加工に必要な治具(部品や工具の位置を示すための器具)をつくったりして、
施工しました。
【木製建具をつくってみる】
建具は精度が必要なので、工事をしてくれる建具屋さんを探していました。
それで紹介していただいたのが、高見優さん。
すでに数年前に建具屋を引退して、持っていた機械や
大きな工具も処分されていましたが、今回のプロジェクトの話を聞いて、
名乗りをあげてくださいました。息子さんの話では、
「仕事を辞めて物足りなさそうだった父が、今回の件で元気を取り戻したよ」
と言ってくださいました。
最初は、自分たちで考えて設計し、自分たちで施工をしていました。
しかし、野地さんや高見さんといった、
地元にいる知恵と技術を持った人たちに積極的に頼るほうがおもしろいし、
ダイナミックな建築がつくれるのではないか、と思うようになりました。
熊野に来て、農業や漁業、林業に従事している人たちと接していると、
何でも自分たちでつくったり、直したり、
それらが彼らの生活の一部であることに気づかされます。
その反面、僕や学生たちは施工についてはまったくの素人。
そういった環境のなか、自分たちで施工をしてみて、
あらためて建築や設計デザインってなんだろうと考えました。
設計をすることは、前もって計画をすることで、その計画をベースに、
選択し決定をしていくことなんだと思います。
あるときはネットやホームセンターで知識やモノを仕入れ、
また別のところでは地元の人の協力のもとでつくる。
それは場当たり的なものではなく、「設計」に基づいた
編集的な行為をしているのだろうと考えています。
と、そんな自分の職能について煩悶しながら、
次回コウノイエの完成に向けて、つづく。
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