連載
posted:2019.1.17 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
tomito architecture
トミトアーキテクチャ
冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した〈CASACO〉、真鶴半島の地形の中に建つ住宅を宿+キオスク+出版社へと改修した〈真鶴出版2号店〉ほか。受賞・実績として2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展、SD Review 2017入選、第1回LOCAL REPUBLIC AWARD優秀賞など。
どうもこんにちは、トミトアーキテクチャ(冨永美保+伊藤孝仁)です。
「リノベのススメ」には、横浜は東ヶ丘のプロジェクト
〈CASACO〉を紹介して以来の再登場です。
CASACOとは、地域と連動しながら木造二軒長屋を改修して、
2016年4月に誕生した地域拠点型シェアハウスです
(詳しくはこちらの記事からご覧ください)。
相変わらず仕事場はCASACOのすぐ横にあり、丘に広がる住宅地での生活を楽しみ、
そして自分たちで設計した建築の日常を傍らで見守りながら、
建築設計の活動に勤しんでいます。
今回は、神奈川県の真鶴半島で空き家を改修したプロジェクト
〈真鶴出版2号店〉についてご紹介したいと思います。
というのも、このプロジェクトは『コロカル』の記事をきっかけに始まったのです。
(撮影:小川重雄)
東ヶ丘での活動はCASACOにとどまらず、
事務所から歩ける範囲でプロジェクトは連鎖しています。
そのひとつに、大きな庭のある空き家を美容室とカフェに改修したプロジェクト
〈WAEN dining & hairsalon〉があります。
あたかも、地形的な単位である“丘”を、自分たちの活動の“フィールド”にすることに、
建築設計者としての喜びを感じていました。
一方で、その“町医者”的に限定された環境にとどまることで、
この先どう展開していくのかという悩みも感じていました。
CASACOと同じ東ヶ丘で2作目の〈WAEN dining & hairsalon〉。大きな庭がある環境を生かしている。(撮影:大高隆)
そんななか、CASACOで定期的に「スナックtomito」という会を開いていました。
1階のスペースを借りて、週末の夜にSNSなどで呼びかけをして、
30人くらいの人たちが集まって一緒にごはんとお酒を楽しむ会です。
私たちの知り合いが半分くらい、周辺住民の方が半分くらい。
最後は同じテーブルを共有してごちゃ混ぜになっている風景を、
毎回不思議な気持ちで眺めていました。
そこに〈真鶴出版〉のふたり(川口瞬さんと來住友美さん)が
遊びに来てくれたことをきっかけに、プロジェクトが始まりました。
スナックtomito「三浦展によるQUESTION 66-73」には総勢40名近くの人が集まった。
コロカルでとても人気の特集「真鶴半島イトナミ美術館」の一読者であった私は、
真鶴出版の活動にもともと興味をもっていました。
「真鶴」という地名は、建築やまちづくり関係者にとって、
どこか魅惑的な響きを持っており(その理由については後ほど)、
そこで生まれている新しい暮らしと仕事の姿を垣間見て、
同世代として共感していたのでした。
ところで、真鶴出版のふたりがなぜスナックtomitoに遊びに来てくれたのか。
聞くと彼らも、コロカルの記事を通じて私たちに興味を持ってくれたようです。
「2号店をつくろうと思っています」
真鶴出版(こちらの記事に詳しいのでぜひ読んでください)は
「泊まれる出版社」をコンセプトに、
真鶴に移住した夫婦が2015年から始めた活動です。
まちの魅力を暮らしの中で再発見し、オリジナルの本やウェブの記事、
まちの広報物などというかたちで広めていく“出版”と、
真鶴に興味を持った人の窓口や受け皿となるような“宿”の両輪からなっています。
左から真鶴出版の川口瞬さんと來住(きし)友美さん、トミトアーキテクチャの冨永美保、伊藤孝仁。プロジェクトのスタートを記念し、改修する空き家の前で。
1号店の玄関に置かれていた真鶴出版による出版物。(撮影:MOTOKO)
自宅兼オフィス兼宿であった1号店(現在の自宅)の前にある空き家を改修して、
そこを新しい拠点(2号店)にしたい。私たちにその建築設計を依頼したい。
そんな相談を、お酒を飲みながらラフに話すことができ、
近々真鶴に遊びに行くことを約束しました。
川口さんと來住さんが建築設計事務所に仕事を依頼するのはもちろん初めて。
どのようにコンタクトを取るべきか、断られてしまうのでは……と、
とても不安に感じていたなか、その事務所が開く“スナック”は、
気軽に行くことができたとふたりは振り返っています。
私たちにとっても、自分たちの仕事を知っていただいたうえで
依頼を受けた初めての経験でした。
500人ほどが暮らす“丘”の中で設計活動を展開していた私たちにとって、
7300人ほどが暮らす“半島”という地形からなる環境単位は、
まるで新しいフィールドに出会うような気持ちでした。
横浜から真鶴へ向かう1時間ほどの東海道線の車内では興奮がおさまりませんでした。
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2017年の2月、初めて真鶴半島を訪れた日、
ふたりは真鶴半島のまち歩きに連れ出してくれました。
真鶴出版に泊まったゲスト向けに行っているもので、駅の近くから港まで、
小一時間時間ほど、ふたりのお気に入りのルートを巡っていきます。
初めてのまち歩き、ふたりが気に入っている道を通って港へ向かった。
真鶴港を見渡せる、知る人ぞ知るスポット。
まず驚いたことが、道ですれ違う人々がふたりとことごとく知り合いで、
挨拶をしたり立ち話をしたりするのです。
テレビ番組であれば確実にやらせと疑いたくなるような光景なのですが(笑)、
川口さんと來住さんが移住してからの2年間、
ふたりにとっては日常的に積み重ねてきた行為であり、その自然な結果なのでした。
日々繰り返すことが育んでゆくネットワークの強度に、
思いをはせるきっかけとなりました。
まち歩きのルートや、訪れる場所や出会う人についてヒアリングした際の地図。
もうひとつ、まちを歩いて感じたことが、真鶴半島という環境の、
外部空間の魅力でした。直感的に、生命力を強く感じました。
地形豊かな空間を練り歩く体験は、多種多様な石垣との出会いの連続です。
改修前の2号店前の様子。幅2メートルの狭い道を挟んだ向かい、ゴツゴツとした小松石の石垣が、1号店の敷地を支えている。
石材業を営んでいた家の石垣。さまざまな石の積み方が試されており、生きた教科書のよう。
13万年ほど前の箱根火山の噴火活動を通して形成されたと言われる真鶴半島は、
箱根外輪山の一角に位置づけられ、良質な石材となる「小松石」の産地でもあり、
それは真鶴の主要な産業となっています。
地質や地形の形成過程という地球規模の時間の流れから、
江戸城や小田原城の築城をきっかけに産業化する人とものの歴史が、
風景として実感できます。
言い換えれば、環境の歴史そのものが風景になっている感覚です。
また例えばこの写真、道路のミラーと一体化した巨大なサボテン。
東京や横浜では決して見かけることのないサイズ感であり、
よくこのままにしてあるなという感じです(笑)。
トロピカルな風土特有の、あっけらかんとした気質を感じさせます。
圧倒的サボテンのパワーに目が奪われ、肝心のミラーに意識が向かないのではと心配に(笑)。
夜は〈草柳商店〉という酒屋に行こうと誘われました。
「多分やっている」というアバウトな情報を頼りに、
暗い道を歩くこと15分ほど、半島の奥へ奥へと進んでいきます。
「本当にお店はやっているのだろうか」と不安な気持ちになるなか、
漁港の近くにポツンと1軒、灯がもれる店がありました。
川口さんの予想どおり、常連客がふたり。
聞けばほぼ毎日来ているとのことで、来ない日はお店の人が逆に心配するほど。
店主の草柳さんやお母さんの明るいホスピタリティのおかげで
すぐに打ち解け、即席の宴になりました。
よそから来た若者を歓迎してくれたことが、すごくうれしかったです。
酒屋〈草柳商店〉で行われた即席の宴会。地元の常連さんから、初めて真鶴を訪れた人まで、気楽に一緒に時間を過ごすことのできる不思議な空間。
この出来事を通じて、いろんなことを考えました。
都市で生活をし、例えば夜中にコンビニに行くとき、
「本当にやってるかな」と不安に思うことはありません。
目の前の道路が陥没でもしない限り(福岡で以前そんなことがありましたね)、
ちゃんとオープンしているのは、物流や人材の配置といったネットワークからなる、
高度に管理された“システム”によって支えられているからでしょう。
草柳商店でのこのすてきな夜の出来事は、何に支えられているのか。
コンビニを支えるシステムとは別種の、より日常的なもの。
“暮らし”や“日常”といった言葉の奥にある、繰り返されることの強度であり、
真鶴での体験はどれも営みとの結びつきを感じます。
逆に都市空間では、生産することや管理すること、
上からのまなざしが強くなってしまいがちで、その結びつきが薄いのかもしれません。
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真鶴出版のふたりから日々の生活のことと、2号店に求めることをヒアリングしても、
同じようなことを感じます。
彼らの生活と仕事の境界線は、明確にありません。
仕事が“暮らし”という言葉の内側に吸収されている感じです。
まち歩きという宿での取り組みも、まちのことを訪ねて歩く取材活動も、
どれも肩肘張らない生活の延長線にあります。
またそれを可能にしているのは、生活への徹底した“こだわり”であるように思いました。
『生活をあきらめるな』。
これは2017年に真鶴に移住した画家の山田将志さんによる、
真鶴の生活風景を丁寧に描いた絵を中心とした展覧会のタイトルです。
画家の山田将志さんと真鶴出版の協働でつくられた『真鶴カレンダー 2018-2019』。山田さんが切り取る日常的な風景は、単に写実的であることを超えたリアリティに溢れている。
都市から移住して来た若い世代に共通して、半島の中で培われてきた
「普通の生活」を再発見することへの驚きや喜びがあるように感じられます。
仕事に夢中になり、疲れて生活が適当になるのではなく、
きめ細かく丁寧に向き合うことやそのこだわり自体が、
仕事につながっていくような感覚は、懐かしくも新しい生き方ではないでしょうか。
2号店に求められたのは、宿の客室をつくること、
真鶴出版のオフィス機能を入れること、
日用品や書籍を購入できるショップ機能を入れることでした。
プライバシーに配慮しながらも、ゲストだけに閉じられた空間にはせず、
いろんな人が一緒にいられるようたくさんの居場所が欲しい、
というのも重要なことでした。
改修の対象となる2号店は、1号店と背戸道(せとみち)を挟んだ向かいにあります。
背戸道は車の通れない幅2メートルほどの生活道路であり、
真鶴の起伏の激しい地形の中に張り巡らされています。
石垣や庭の緑によって、迫力と親密さをあわせ持っているところが特徴です。
2号店となる空き家は、周りを背戸道に囲まれた三角州のような土地で、
建物の周りに個性豊かな庭、外部空間を持っていることが印象的でした。
この背戸道との関係が改修の鍵となりそうです。
2号店を上から眺める。切妻屋根(山型に折れる屋根形状)が、敷地の歪みに合わせてズレながら連続している。道を挟んだ右側手前が1号店。(撮影:小川重雄)
そして何より印象的だった要望は、
『美の基準』を生かすように設計してほしいということ。
『美の基準』。真鶴という土地に建築やまちづくり関係者が
特別な響きを感じてしまうひとつの要因となっているそれは、
1993年に制定された真鶴町独自のまちづくり条例の中にあります。
バブルの終わりの頃、真鶴の風景を一変させてしまうような開発計画が押し寄せたとき、
真鶴にすでにある生活風景の価値を見つめ直し、
それを守り受け継いでいくために制定された規範、ガイドラインです
(こちらの記事に詳しく書いてあるので興味のある方はぜひご一読ください)。
真鶴町まちづくり条例のひとつ『美の基準』。
この美の基準は、クリストファー・アレグザンダーという建築家が
1969年に出版した「パターン・ランゲージ」という理論・手法を応用し、
建築・法律・まちづくりの専門家と町が協働して作成したものでした。
その中心人物であった建築家の池上修一さん。
一度お会いして話をうかがってみたいと思いつつも、なかなかたどりつけませんでした。
そんなある日、大学時代の友人で、現在中国で活躍する池上碧さんと
新宿の飲み屋で近況を共有していたら
「そういえばうちの親父も昔、真鶴で建築設計やってたな」
のひと言に、むむっと反応しました。
もうみなさんお気づきのことと思いますが(笑)、
その友人のお父さんが、真鶴で伝説の人物になっている池上修一さんだったのです!
そんな運命のいたずらを頼りに、『美の基準』について、
そして真鶴についてうかがいに、池上さんのご自宅にお邪魔したお話は、また次回。
information
真鶴出版
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2
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