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トミトアーキテクチャ vol.4
CASACOの日常のはじまり。
設計者として運営に関わること

リノベのススメ
vol.144

posted:2017.4.14   from:神奈川県横浜市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

tomito architecture

トミトアーキテクチャ

冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した「カサコ/CASACO」、都市の履歴が生んだ形態的特徴と移動装置の形態を結びつけた「吉祥寺さんかく屋台」などがある。
冨永美保
1988年東京生まれ。2013年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~15年東京藝術大学美術学科建築科教育研究助手。2016年から慶応義塾大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師。
伊藤孝仁
1987年東京生まれ。2012年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~14年 乾久美子建築設計事務所。2015年から東京理科大学工学部建築学科補手。

トミトアーキテクチャ vol.4

2016年4月9日、今から1年ほど前に、横浜市の丘の上の住宅街に木造二軒長屋を改修した
〈CASACO〉(カサコ)は無事オープンの日を迎えました。
改修のお手伝いをしてくれた多くの方々や、
CASACOに期待を寄せてくださるまちの方々に見守られるなか、
これから始まる「日常」のことを思っていました。

オープン時のメンバー。 後方左から冨永美保、伊藤孝仁、濱島幸生、玉腰純、前方左から春日井省吾、柴田真帆、加藤功甫。(photo:大高隆)

オープニングイベントの際の様子。(photo:大高隆)

石をたたいたり、埃まみれになったり、壁を壊したり、ペンキを塗ったり。
「汚れてもいい格好」で過ごした6か月間の「非日常」な日々から、
突如として穏やかな日常へと切り替わる。正直なところ、あまり想像がつきませんでした。

オープンの日は、設計者にとってみれば、ある責任から解放される日です。
ただ私たちは、継続して運営にも関わっていくことに決めていました。

旅・教育・まちづくり・建築といったバックグランドをもつ7名のメンバーが
CASACOの運営を担っています。
週1回のミーティングと、ウェブ上での情報共有を基本に、
CASACOでの出来事や活動を整理し、時間や空間やお金のマネジメントをしています。
CASACOがどういう場所であるべきかを、
短期的・長期的な視点にたって試行錯誤しながら検討しています。

自分たちが設計した建物が、どのように使われ、どこに問題があり、
どういった工夫を経て誰かの居場所となる日常を獲得していくか。
空間に血が通っていくプロセスを最前列で体験することは、
私たちにとってこれ以上ない学びの機会でもあると思いました。

CASACOの大家さんにお願いをして、同じ敷地内の建物の一室を事務所としてお借りしました。
設計中ずっとお世話になった横浜の古民家(vol.1登場)を後にし、
窓からCASACOが見える場所へ。トミトアーキテクチャの活動を始めて、
2年が経った頃でした。

(photo:大高隆)

住宅と公共的なスペースを両立させる運営は可能?

CASACOの現在の使われ方は、1階と2階で異なるのが特徴です。
2階はシェアハウスの居住スペースで、4つの部屋があります。
そのうち1〜2室は海外から語学留学に来ている学生のための
ホームステイ用の部屋になっており、スペースの管理を担う住民が、
ごはんや日本語の勉強の世話をしています。大きな広間やキッチンがある1階は、
住民の共有空間でありつつ、時間によって住民以外のまちの方々にも使われるような、
広い意味での共有空間です。

地域住民の「日直さん」によって運営されるカフェやバーであり、
ママさんたちのクラブ活動の場であり、子どもが放課後に立ち寄れる児童館のようであり、
散歩中にふと立ち寄る休憩スペースであり、
旅人が観光地では味わえないローカルな体験ができる場所であり、
いろんな人が出会い、思い思いの時間を過ごす場所です。

月毎に発行しているカレンダー。日直さんの個性があらわれるプログラムが日替わりで実施されています。

住宅でありながら不特定多数の人にスペースを開くというのは、
実は相当にチャレンジングなことだなと日々痛感しています。
曜日や時間、登場する人物によって場所のキャラクターが変わりながら、
人が居心地よく時間を過ごすために、きめ細かい調整を行う運営が必要になります。

毎日のようにイベントが実施され、たくさんの人がCASACOに出入りをしていたら、
2階の住民の心が休まりにくいですし、
1階がいかにも家のようになってしまうと入りにくい雰囲気になってしまいます。
また、CASACOが持続的に運営していくために必要なお金を稼ぐ必要もあります。

住民とまちの人、よそから遊びにくる方の関係をよりよくするための、
空間と時間とお金のマネジメントの方法を、試行錯誤しながらつくっていっています。

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ご近所さんから届いた大量のお裾分け

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夏みかんジャムからの学び

オープンして1か月が経った頃の印象的な出来事があります。
ご近所さんの庭でなった夏みかんを、文字通り大量にお裾分けしていただきました。
たくさんの日を浴びる東向きの丘である住宅地には、庭を持つ家が多く、
さながら果樹園と言ってみたくなるほど、実のなる木で溢れかえっているのです。

机いっぱいに並ぶ大きな夏みかん。

さて、この大量の夏みかん、CASACOに住んでいるメンバーだけでは食べきれないですし
(食べるにはちょっと酸っぱいということもありますが笑)、どうしたものでしょう。

考えあぐねているころ、CASACOのすぐ横にお住まいのお母さんが偶然立ち寄られました。
実は和菓子づくりや洋菓子づくりの勉強をされていて、プロ級の腕前をお持ちなのです。
大量の夏みかんを見せて相談した結果、ジャムをつくることになりました。

これまた偶然、放課後にCASACOに遊びにきていた子どもたちに、
さっそく夏みかんの皮はがしをやってもらうことになりました。
子どもにとってみれば遊びのようなものです。

夏みかんの皮むきに夢中になる子どもたち。

いろいろな人の知恵と手間が加わることで、夏みかんはジャムへと生まれ変わり、
CASACOのカフェやバーでジュースやお酒になって、まちの人々の胃袋へと収まりました。

泥だらけになった改修の日々から、穏やかな運営の日々へ。
そこには「非日常」と「日常」というような強固な境界線があり、
まったくの別の時間へと移ったものだと思っていたのですが、
この頃から「実は本質的には変わらないのでは?」という気持ちを抱くようになりました。

それは一体どういう意味なのか。運営の日々を振り返りながら考えたいと思います。

地域素材が集まり、生まれ変わる場所

この夏みかんのエピソード、どこか「改修」の時と同じ印象を感じたのでした。
大量にできてしまった夏みかん、という地域素材がCASACOに集まってくる。
それは、桐ダンスや建具やピンコロ石をいただいたときと似ています。

居場所が定まらなくなったものたちがCASACOに集まり、
そこに人の知恵や工夫や労力が重なりあって、
まちに小さな喜びをもたらすものに生まれ変わる。
「夏みかんジャム」と「軒下の石畳」は、その観点からすれば同じなのです。

別の近所のお母さんが企画した「CASACOに苗を植えよう」というワークショップでは、
道路に面した外構の持て余していた部分に、いろいろな種類の花や香草を植えました。
子どもが主役のワークショップでしたが、お父さんたちが活躍する様子が新鮮でした。

日直の中尾さんが企画した「カサコに苗を植えよう」ワークショップの様子。

またCASACOの裏庭に、小さな畑もできました。
お世話になっている近所のそば屋さんから鰹節の削りかすをいただき、
近所の野毛山公園の落ち葉をかき集め、肥料をつくる。
その肥料を使った畑の土は驚くほど育ちが良く、茄子や枝豆、ルッコラやパクチー、
白菜や大根といった野菜が季節ごとに収穫され、こちらもカフェやバーの料理に利用されます。

裏庭に畑をつくっている際の様子。

vol.2で書いた「出来事の地図」に、どんどん新しい出来事がつぎたされ、
線が増えていくような、人とものの関係の気持ちのいい循環を感じるようになりました。
設計という行為と、場を営むという行為が、地続きのものにさえ思えました。

主婦からシェフへ

裏方の運営だけでなく、私たちトミトアーキテクチャがバーをオープンさせる日もあります。
月1回くらいのペースで実施している「スナック とみと」では、
私たちがスナックのマスターとチーママ(?)に扮し、自分たちでごはんをつくったり、
あるいは料理上手な友人たちをシェフに招き、
建築界隈の仲間や、ご近所さんがふらりと立ち寄って、楽しいお酒のひと時を過ごします。

バーにあわせて音楽の演奏があることもしばしば。20〜30人くらいの人が気楽に集まり、お酒や音楽を楽しめる場所が住宅地にあると、思いもよらない出会いが多くある。

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リノベーションの役割とは?

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私たち以外にもバーのマスターはたくさんいます。
旅と教育にフォーカスをしたNPOによる「CoCバー」や、
ご近所に住む「ノブさん」による「NOB’s BAR」、
パワフルなお母さんチームによる「バー・ババーズ」や
本格スペイン料理を楽しめるバーなどなど。
留学生が自国の料理を振る舞うときもあります。

みなさん、特技や趣味の延長線上で、ただしメニューや格好はきちんと本格的に、
バーをオープンさせます。本気の「ごっこ遊び」とも言えるかもしれません。
これからお店をもちたいと思っているとか、かつての夢だったりとか、
ただ人に会いたいからだったり、とモチベーションはさまざまです。
そこにはその人なりの個性が表れてきます。

スナックとみとでお招きしたゲストシェフ、小泉瑛一さんによる低温調理されたローストビーフ。

趣味や特技をきっかけに、もうひとりの自分に生まれ変わる舞台

こと住宅地において、人の趣味や個性が表れてくる場所って案外少ないんだな、
と逆に痛感することになりました。住宅地の中では、○○ちゃんのお母さんとか、
固定した役割や肩書きに陥りがちなのです。CASACOでは個性が顔をのぞかせる瞬間が多く 、

「そんな特技をお持ちだったんですね」とか「海外にたくさん行かれてたんですね、意外!」

とか、まちの人同士でも新しい発見があったりします。

特技や趣味をフックにしながら、いつもと違う自分になる。
CASACOは、そのための舞台であって、
運営チームは舞台の裏方という見方もあるなと思います。
その場所が舞台になれるかどうかは、居心地のよさ、雰囲気、
やっていて気持ちがあがるかどうかといった、空間の腕の見せどころでしょう。

特技や趣味といった、アマチュア以上プロ未満、0と1の間のスキルを引き出すような場所が、
住宅地の中にもっとあるべきだと思います。私たちはそこに、
リノベーションの役割のひとつを見出しています。

夏の定番イベント流しそうめん。ご近所さんがたくさん集まった。

4回にわたって紹介してきたCASACOは今回でひと段落です。
第1回目は近所の子どもたったひとりしか来なかった流しそうめん。
2016年の夏は中も外も人であふれかえるほどのイベントになったことを思うと、
感慨深いものがあります。

そうこうしているうちに、
CASACOから徒歩1分もしない場所の改修の仕事をすることになりました。
大きな庭がある住宅を、美容室兼住宅に。次回はそのお話をしたいと思います。

information

map

CASACO 

住所:神奈川県横浜市西区東ヶ丘23-1

http://casaco.jp/

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