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トミトアーキテクチャ vol.2
空き家を公共的な交流空間へ。
でも、誰の声を聞いて設計する?

リノベのススメ
vol.137

posted:2017.2.11   from:神奈川県横浜市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

tomito architecture

トミトアーキテクチャ

冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した「カサコ/CASACO」、都市の履歴が生んだ形態的特徴と移動装置の形態を結びつけた「吉祥寺さんかく屋台」などがある。
冨永美保
1988年東京生まれ。2013年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~15年東京藝術大学美術学科建築科教育研究助手。2016年から慶応義塾大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師。
伊藤孝仁
1987年東京生まれ。2012年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~14年 乾久美子建築設計事務所。2015年から東京理科大学工学部建築学科補手。

トミトアーキテクチャ vol.2

横浜市の丘の上の住宅街に生まれた〈CASACO〉(カサコ)は、
木造二軒長屋を改修した、多国籍・多世代交流スペースです。
トミトアーキテクチャでは、この設計を担当し、現在も運営に携わっています。

はじまりは、NPO法人〈Connection of the Children〉を主宰する
加藤 功甫さんからの依頼でした。
目的は「家をまちに開きたい」というもの。しかし、予算は0円。
前途多難ですが、まずは市や地域の協力者を募ることにしました。

若者 × 空家 = 不気味?

記念すべきワークショップ第1回。周到に準備をしたつもりが、近隣住民の参加はひとりだけでした。

さて、突然ですがこの写真、みなさんどう思いますか?
いろんな世代のご近所さんが集まって仲睦まじく交流している、
そんな印象を抱く方もいるかと思います。

カサコの改修計画をつくるにあたり、地域の人にも愛着をもって使ってもらうために、
ワークショップを開くことになりました。
近隣住民を招いて初めて開催したのはカサコをどんな風に使ってみたいかをヒアリングする
「お話を聴く会」。写真は、ワークショップのワンシーンなのですが、
実は肝心の「近隣住民」はピンクのシャツを着た元気な男の子ひとりだけ。
あとは全員、会を主催した側の人やその友人、つまり「内輪」なのです! チラシを配り、
楽しんでもらうための最強コンテンツ「流しそうめん」まで用意したのですが……。

5年以上空き家だった建物に突然若い人が移り住んできて、
次第に同じ世代の人が集まり、夜な夜なミーティングをしている。
大きなバッグを背負った外国人もたまに泊まりにきている。

「地域・子ども・旅人のみなさんのために家を開こうと思っているんです! 
ぜひ遊びにきてください!」

と目を輝かせながら言われても、近所の人には少し不気味に映ったことでしょう。
今振り返るとよくわかります(笑)。
しかし当時の僕らは「どうして集まらないんだろう」と、悩みました。

救世主は、横浜市のユニークな制度「まち普請」

問題はまだあります。カサコの改修予算は0円。スポンサーを募る? 寄付をお願いする? 
クラウドファンディング? どれも現実味がないなか、
横浜市の「ヨコハマ市民まち普請事業」に出合いました。

この事業、全国でも珍しい取り組みなのです。

「普請」とは相互扶助による道や家の建設行為のこと。
現在の言葉では「DO IT WITH OTHERS」でしょうか。
市民自らが公共性をもつスペースの整備を企画し、
自分たちで運営をしていくという意志と持続可能性があるものについて、
その改修に関わる「ハード」整備費用を最大500万円まで市が補助するものです。

審査に1年かかり、そこから地域住民を巻き込みながら場所を整備することが求められるので、
2年以上かかるプログラムなのです。整備の内容ももちろん問われますが、
もっとも重視されるのは、地域の人が求めているか、どう思っているか、
持続的に運営できる内容かなどといった「ソフト」のほうなのです。

先ほどのワークショップの悩みは、まち普請事業の一次審査に通過した後、
運営や設計の計画を練っている頃にぶちあたったものでした。

やりたいことと動機を発信する

通りからよくみえる場所にある窓。しかし中は雑然としており、あまり入りたい雰囲気ではなかった。

アドバイザーに入っていただいていた〈コトラボ合同会社〉の岡部友彦さん
リノベのススメにも登場)に悩みを相談したところ、
「通りからの見え」を指摘されました。確かに、あまり入りたいとは思えない状況です(笑)。

通りを見通すことができる場所に位置する窓は、地域の人々とコミュニケーションを図る
絶好の道具であるにもかかわらず、そのポテンシャルに気づいていませんでした。
その指摘を受けた直後、窓辺を掃除し、改修後の姿をしめす模型をレイアウト。
自分たちがどんな思いで何をしたいのか伝えるために、
「道行く人へのプレゼンテーションコーナー」をつくりました。

窓を掃除し、模型をレイアウト。道行く人が覗いていくようになった。

この試み、じわじわと効果がでてきました。
「何をしようとしているのか、ちょっとわかった気がする」
と声をかけていただいたり、窓を介した挨拶も増えていきました。

何をしたいのか、なぜしたいのか。それをきちんと伝えること。

この重要性に気づいたカサコメンバーは、地域向けに新聞をつくることにしました。
東ケ丘での出来事やカサコでの活動を月一でA3版の新聞にまとめ、
町内会に協力いただくかたちで、町内約250世帯すべてに配布させていただいています。
最新号は34号。約3年が経つ現在も、継続して発行しています。

歴代の新聞を展示。ワークショップやイベントに顔を出してくださる住民も増えてきた。

丘のまちの住宅地の地域素材

このような取り組みを経て、無事まち普請事業に採択されて
改修資金の足がかりを得ることができましたが、改修する面積に対する費用の割合でいったら、
ほとんど不可能に近いような規模であり、改修費を抑えるための工夫が不可欠です。

その工夫のひとつとして僕らが考えたのが、地域素材を活用すること。
豊かな自然が近くにあるわけでもない住宅地のど真ん中で、地域素材とは一体どういうことか。

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軽トラで向かったのは

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先ほどのA3の新聞で、改修プランや自分たちによる施工を取り入れながら
計画中である旨を発信したところ、

「だったらあの家、今度壊されちゃうみたいだから、行ってみたら? 何かいただけるかも」

といったような、地域に長年住む方のネットワークからしか得られないような
ディープな情報が、どんどん舞い込むようになっていきました。
木製の建具や味わい深い家具、庭に生えている植物にいたるまで、
さまざまな地域素材をありがたくいただいては、改修前の空間にストックしていきました。

解体を待つ丘の上の空き家に軽トラックで向かい、建具や家具をいただいた。敷居と鴨居を押し広げ、木製の建具を外している様子。

地形が厳しい丘のまちでは、高齢化とともに空き家が増加している。

地域素材の一番の目玉は、近くの「野毛坂」に敷かれていた石畳の「ピンコロ石」です。
大正時代から石畳の風景が受け継がれていた野毛坂ですが、
付近にマンションが増えるにつれ振動や騒音が問題となり、
剝がされることになってしまったのです。
それを横浜市の職員の協力のもと、譲り受けることができました。

在りし日の石畳。横浜市中央図書館、野毛山動物園といった公共施設を結ぶ歴史的な坂道。

住宅地の真ん中に2トントラック2台分の石畳が運ばれてきた様子。

時間を編み込むように

改修費用を抑える目的があった地域素材の活用ですが、
この作業は必然的に、人の記憶やまちの歴史に目を向けていくきっかけとなりました。
建築は、いろんな場所から届けられたさまざまな素材が集まってできるものです。
身の回りにある物、例えば今座っている椅子も、どこかに立っていた木が切られ、
誰かが加工し、組み合わされ、運ばれ、というような、
いろいろな出来事の重なりの先に、あなたを支えています。
高度に産業化された建築を構成する部材は、
性能をたよりにカタログから選びとる対象になっています。
出来事の重なりのような偶然性は、そこにはあまり感じられません。

集まってきた素材は採寸し写真を撮影し、改修設計に生かせる状態に。

産業化される前の、かつてのような建築のつくり方をしようではないか、
というわけではなく、カタログから選ぶという選択肢のほかに、
もっと積極的に素材をつかみとるような姿勢もあるんだな、ということに気づかされたのです。
言い換えれば、建築を性能のまとまりとして捉えるのではなく、
いろんな出来事の重なりとして捉える視点に立った時に、
いままで見えなかった可能性に気づけるのではないか、ということです。

「地域の声」は聞かない?

さて、このころから、私たちトミトアーキテクチャの中で、
設計するにあたってのひとつ疑問が生まれました。

「誰の声を聞いて設計したらよいのだろう?」

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たどり着いた答えは……

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ようやくカサコに人が集まり始め、さまざまな人とお話をするなかで、
どんなことを求めているかが聞こえてくるようになりました。

地域に開かれた場所を設計するために、ずっと求めていた「地域の声」。

それはまさしく地域の声なのですが、
はたして本当にそうなのだろうか? という禅問答のような疑問が生まれてきます。
例えばお隣のお母さんがカサコに求める意見と、
そのお隣のお母さんの意見は同じとは限りません。どれも数ある声のひとつであり、
多数決や声の大きさをもとに設計するのは、正しいとは思えませんでした。

改修計画の地域住民向け説明会。要望をいただく一方、まちの歴史の話なども聞くことができた。

何を信頼して建築を設計すればいいのか。そんな疑問の中、
わたしたちが可能性を感じていたのは、地域の中で見聞きした出来事、
東ヶ丘新聞に載せたいようなささやかな小話の、根底に見え隠れする何かでした。

信頼できるものを探すための「出来事の地図」

前回お話しした古民家の事務所での経験から可能性を感じた、
出来事と空間の関係を見えるかたちで描くことを、
東ケ丘というまちを対象に実践してみることにしました。
今回はまちの歴史を、絵巻物のように描こうと試みました。
手始めに、まちの中で見聞きした出来事を、4コママンガのような簡単な絵にします。

市民プールの閉鎖:カサコから徒歩1分のところにあった市民プールが数年前に閉鎖されたことを知った。日本近代水道発祥の地と言われ、水と関係の深い野毛山ならではのエピソード。

麓から/丘からの通学路:東ケ丘の中腹にある小学校。丘の麓のまちから通学する子ども、丘の上から通学する子ども。どんな場所を通っているかがわかる。丘の上からの通学路には、カサコが登場している。

設計に関係するかどうかはあまり考えず、とにかくたくさん描きます。
そして、それらの関係性がみえるようにレイアウトしました。
東ケ丘という住宅地においては、「丘の標高」が重要なので、
縦軸に標高(丘の上部での出来事は上側に)、
横軸に時間軸(過去の出来事は左側に)をとり整理することができました。

出来事の地図:縦軸に東ケ丘の標高、横軸に時間をとった、出来事を配置するためのプラットフォーム 。

一見ごちゃっとしていますが、矢印をたよりに、ひとつひとつの出来事を追うことができます。
また、このようにまとめるまで思いもしなかったものが近くにあることを発見したり、
新しい線を勝手に引いてその意味を考えてみたり、
設計を考えていくうえでのプラットフォームとして捉えました。

例えば、近所のお母さんの庭いじりのスキルが高く、
苗木を分けていただいたエピソードがありました。
前述のように、それはあくまで個人の特徴であって、地域全体の特徴ではありません。
しかし、東ケ丘は東側から日を浴びる良好な環境の丘であり、多くの家が庭をもっています。
こうしてみると、個人の特徴ということを超えて、
地形のような変わらないものと結びついている、
匿名的なスキルとして考えることができると思いました。

住民の庭いじりのスキル:住民の庭いじりのスキルが、東ケ丘の地形と関係していることがわかると、個人の特徴を超えたものとして信頼することができる。

出来事の地図によって、ささいなことの中に、信頼できるものを浮かび上がらせる。
個人の要望を聞くだけではなく、より多くの見聞きしたことから、
声にならない声を聞き取るよう努力しました。
その感覚を体得したうえで、何を残し、何を壊し、何を追加するかという、
リノベーションの判断の基準を決めていきました。

さて、最後にこの写真、みなさんなんだと思いますか? 遺跡の発掘現場? 
いいえ。これ、カサコリノベーションの現場なんです!
次回はついに壮絶な建設の過程と、リノベーションが完了したカサコの全貌をお伝えします。

information

map

CASACO 

住所:神奈川県横浜市西区東ケ丘23-1

http://casaco.jp/

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