連載
posted:2017.3.11 from:神奈川県横浜市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
tomito architecture
トミトアーキテクチャ
冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した「カサコ/CASACO」、都市の履歴が生んだ形態的特徴と移動装置の形態を結びつけた「吉祥寺さんかく屋台」などがある。
冨永美保
1988年東京生まれ。2013年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~15年東京藝術大学美術学科建築科教育研究助手。2016年から慶応義塾大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師。
伊藤孝仁
1987年東京生まれ。2012年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013年~14年 乾久美子建築設計事務所。2015年から東京理科大学工学部建築学科補手。
横浜市の丘の上にある、多国籍・多世代交流スペース〈CASACO(カサコ)〉。
トミトアーキテクチャでは、この設計を担当し、現在も運営に携わっています。
vol.3は、建設について。前回紹介した近所から集められた地域の素材を生かし、
「いろんな人が気軽に立ち寄れる場所にしたい」という思いをどう実現していったのか。
地域素材を近所から集めたり、住民からまちの話を聞いたり。このように手間をかけながら、
住宅を開かれた場所にリノベーションしようとしている、
そもそもの理由を少しお話したいと思います。
フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの『過去のない男』という作品は、
日常が埃をかぶったような冴えない雰囲気の地域に、
「よそ者」が登場するところからストーリーが始まります。
記憶をなくした男がヘルシンキの貧しい港町にたどり着くと、
何かと地域の人が世話をしに絡んでくる。それがきっかけとなり、
止まっていた時間が動き始め、埃が払われるかのように、
まちが生き生きしていく様子を描いたコメディ映画です。
CASACOのことを考えるとき、僕はよくこの映画を思い出します。
CASACOはもともと地域にとってよそ者だった若者たちが始めた活動です。
旅人がローカルな場所に訪れて、観光地では味わえない「暮らし」を体験すると同時に、
地域に長く住む人が「こんなところがおもしろいんだ」と勇気づけられたりするような、
お互いが「他者」であることが、
新しい発見を与えあうことにつながる環境づくりを目指しています。
それが、「多世代多国籍の人々に開かれた場所」というCASACOの基本理念に通じています。
CASACOの地域に対する姿勢に対して、
「人のためによく頑張れるね」
と言われることがありますが、
実は、地域のために何かをすることはCASACOの目的ではありません。
むしろ、自分たちが楽しい住み方、住宅地の新しい楽しさを追求していくことが、
根っこにあります。楽しさの追求が結果的に公共性につながるかもしれないところに、
可能性を感じています。
さて、ここからはCASACOのリノベーションの詳細を見ていきます。
まずは前回お話しした「地域素材」の行方から。
「カーンカーンカーン」
CASACOの裏庭から、住宅地では聞き慣れない音が響きます。
近所の野毛坂に敷かれていた石畳のピンコロ石を、
横浜市から2トントラック2台分譲り受けました。
「1個ずつ」に分離された状態のピンコロ石を思い描いていたのですが、
届いてびっくり、ほとんどモルタルと一緒に固まったものでした。
遺跡発掘現場さながらの、ピンコロ石整形現場。
それから半年に及ぶ、CASACO自主施工シリーズの最初の一手となりました。
CASACOのある東ケ丘の麓に広がる飲屋街「野毛」から、
横浜市中央図書館の脇を抜けて動物園へと通じる坂道「野毛坂」には、
大正時代から石畳の風景がありました。近所の人々からも愛着をもたれていた風景でしたが、
振動などの理由からアスファルトに置き換わることが決まってしまいました。
CASACO改修のサポートをしてくださっていた横浜市職員の方に相談したところ、
一部譲り受けることができました。2トントラック2台分のピンコロ石の固まりが、
CASACOの裏庭に運ばれてきました。石にとってみれば、
どこかの処分場に運ばれていくことよりも、幸せなことに違いありません。
数個でひと塊になっているものを、大きなハンマーで分解していきます。
作業をしてみると石は非常に頑丈で、モルタルは打撃に弱いことがよくわかります。
それでもこびりついているモルタルを、今度は小さなハンマーで叩いていきます。
最初は苦戦しますが、慣れてくると「ツボ」が見えてきて、
一発で剝がすことも可能になっていきます。
繰り返される単純作業と重労働に心折れる人もいれば、
そのリズム感と剝がれた時の快感によって「ピンコロ中毒」になっていく人もいたり(笑)。
石1個にこれほど向き合い、愛着をもったこともないように思います。
部活帰りの中学生や、近所のお母さんが、その珍しい光景に引き寄せられ、
一緒に作業することもしばしばありました。
多くの人に手伝っていただきながら、すべてのピンコロ石の整形を終えたころには、
2週間ほど経っていました。
整形されたピンコロ石は、CASACOの前面道路側に新たに生まれる「軒下空間」に敷かれます。これを地域の方々に呼びかけした参加型の施工ワークショップとし、
CASACO改修のメインイベントとなりました。
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大工さんに相談したり、インターネットでつくり方を調べたりしながら、素人のみで施工する。
きれいに仕上がるかどうか、実際にやるまで不安でしかたありませんでした。
当日はなんと80名を超す参加者が、子どもからお年寄りまで
たくさん集まっていただけました。中学生がモルタルを練り、
小学生がピンコロ石を敷き詰めていき、おじいちゃんが口を出す。
近所にお住まいの外国人夫婦も赤ちゃんを抱えながら参加してくれました。
改修後のCASACOで、こんなことが起きたらいいなと考えていたことが、
すでに実現している! と感じました。
素人工事なので、やはりプロのようにはいきません。見た目にも、その上に立った時にも、
「歪み」を感じます。しかしそれが、とてもポジティブなことだと思うようになりました。
手描きの絵のようないびつさは、親しみを感じやすい風景をつくっていて、
足下から伝わる歪みを通して、住宅の一部でありながらまちの一部でもあるということを、
身体で直接理解することができます。
参加型ワークショップは、地域を巻き込んで「自分事」として捉えてもらう
「主体形成」という意義が大きくあります。ただ、一方でそれだけでは、
むしろ「内輪感」を助長してしまったり、
ただただ素人施工の中途半端なものを生み出してしまう危険も隣り合わせです。
参加していない人にも親しみやすさを生みうる「風通しのいい」風景をつくることができるか、
素人施工という技術を逆手に、いびつさを空間の質に転化できるかといった視点が、
設計者である私たちには求められていると感じました。
次は家具や建具といった地域素材の行方を見ていきましょう。
近隣の空き家から家具や建具をたくさんいただいてきては、
改修前の空間にストックしていました。それらを採寸して設計に生かせる状態にし、
実際の空間に置いてみながら検討をしていきました。
普通の設計だと、空間のサイズが決まり、そこに合わせるかたちで
建具や家具を購入したりつくったりしますが、ここではその上下関係が逆転します。
建具や家具という条件が先にあり、それを空間の主役に据えながら、
壁などの寸法を決めていきます。その理由は、ものが持っているキャラクターが、
空間の中に多様に散らばっている状態をつくりたいと考えたからです。
建物を「不動産」というように、建具や家具や畳といった
日本建築における運べる要素は「動産」と呼ばれます。実際に江戸時代、
それらは規格化された寸法体系のもと、引っ越し先にももっていく存在だったそうです。
まちを「動産」という観点から見直してみると、
まだまだ眠っている可能性がたくさんありそうです。
このように、「偶然」いただいたものたちが主役になる空間をどうコーディネートするか。
私たちがずっと考えてきたことでした。
ただただ方針なく物を集めてレイアウトしているだけでは、
ルールが曖昧なままルーズな場所になってしまうかもしれませんし、
何やら楽しそうだけど内輪感のある入りにくい場所になる可能性もあります。
ここからは、空間の役割と考え方について見ていきます。
CASACOはもともと左右対称形の二軒長屋という形式でした。中央の戸境壁を軸に、
まったく同じ構成をしているため、中央にふたつの階段が並走しています。
私たちは、バラバラなものたちが主役になるためのガイドラインとして、
「中央のホール空間とその回りにある性格の違う空間」という形式を設定しました。
中央のホールは吹き抜け空間として、天井高さ6メートルほどの大きな空間です。
床にはカーペットが敷かれ、並走する階段が中央に鎮座する。
およそ住宅地には似つかわしくない空間です。この大きな空間が建築の中央にあることで、
ほかの空間がバラバラと個性をもっても、ルーズにならないと考えました。
大きな中心があって、その回りに小さな中心がある。小さな中心の空間では、
ピンコロ石やバラバラの寸法の家具や建具が生き生きと存在するように工夫しています。
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このような多中心的な構成は、空間の使い方や、
いろんな人が集まることを受け止めやすくしていると考えています。
居る人の視線が一点に集中してしまう空間は、どこか落ち着かないですが、
CASACOには小さな中心が多様に散らばっているので、いろんな居場所が生まれます。
ひとつの空間にいる雰囲気を感じながらも、ばらばらに時間を過ごしていて気まずくない空間。
いろんな人が集まることのできる場所を目指していたCASACOにおいて、
「知らない人と一緒にいても気まずくない」ことは最重要テーマでした。
道側に面した部分は、小さな中心のなかでも最も気を配って設計をしました。
前回のお話のなかで、人がまったく寄りつかなかったCASACOが、
道側の窓辺をきれいに設えたことでコミュニケーションが増えた経験をふまえて、
道側に立ち寄りやすい軒下空間をつくることとしました。
そのために、もともとは6畳間の和室だったところを、大胆に減築しています。
木造住宅では角が構造的に重要ではあるのですが、
鉄骨のフレームに置き換えることで開放感のある空間となっています。
前述のとおり、地域に愛されてきたピンコロ石を敷きつめることで、
まちの記憶を引き継いだ、新しいまちの風景を生むことができました。
もうひとつ、CASACOに人が集まりやすく、立ち寄るハードルをさげる空間的な工夫に、
通りから中まで連続する高さの設計があります。
道を歩いていく人の視線の高さと、縁側のような空間に座る人の視線の高さが
ほぼ同じであることが、心理的な距離感を縮めます。
また、広間や奥の和室でも床座や低めのソファを前提にしているので、
同様に親密さを感じる距離感になっています。
もともと押入れだったベンチや、石畳の立ち上がり、縁側など、
座るきっかけに溢れた寸法を散りばめることで、
人の居場所をさりげなく用意することを考えました。
半年間に及ぶ施工期間は、本当に骨の折れる作業でした。
施工費削減のため解体は自主的に行い、埃だらけになりながら連日作業をしました。
ピンコロ石や建具や家具は、材料自体にお金はかかっていませんが、
非常に手間のかかるものでした。
しかし、その「手間」がかかるものだったからこそ、人とものの間に、人と人の間に、
さまざまな関係が生み出されたと思います。
ようやく竣工したCASACO。次回はそこでどんな出来事が起きているのか、
どのように運営を行っているのかについてお話しします。
information
CASACO
住所:神奈川県横浜市西区東ケ丘23-1
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