連載
posted:2019.2.14 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
tomito architecture
トミトアーキテクチャ
冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した〈CASACO〉、真鶴半島の地形の中に建つ住宅を宿+キオスク+出版社へと改修した〈真鶴出版2号店〉ほか。受賞・実績として2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展、SD Review 2017入選、第1回LOCAL REPUBLIC AWARD優秀賞など。
神奈川県の真鶴半島にある空き家を、
ゲストと住民をつなげるゲストハウス〈真鶴出版2号店〉に改修したプロジェクト。
今回は改修に着手するまでの思考のプロセスについてご紹介していきます。
真鶴町への若い移住者の多くが、移住を決心した理由のひとつに、
真鶴町独自のまちづくりのガイドライン『美の基準』の存在を挙げます。
「静かな背戸」「小さなひとだまり」といった69のキーワードを通して、
一見ありふれた、だけど生活や産業や歴史に深く根ざした風景を、
町が独自の条例を制定し大切に守り育てようとしている。
その美意識にただならぬものを感じるのでしょう。
『美の基準』の冊子。(撮影:MOTOKO)
真鶴の環境から見出された69のキーワードを紹介している。(撮影:MOTOKO)
真鶴に関わり、町の歴史や美の基準ができるまでの過程を知るなかで、
一番興味深く不思議な存在だったのが、美の基準の制定に関わり、
公共施設〈コミュニティ真鶴〉を設計した建築家、池上修一さんでした。
〈真鶴出版2号店〉の設計を進める過程で幾度となく、
約25年前の池上さんの底知れぬ熱量とその痕跡に出会うのです。
コミュニティ真鶴の正面外観。左側1階の外壁は、小松石の加工の過程で発生する破片である「木端石」を利用しています。さまざまな人が施工に参加した手づくり感は、既製品にはないおおらかな質感。
真鶴の各地でとれた石や竹といった地域素材や、漁網を編む技術などが寄せ集まってできている。また、既存樹木を生かした中庭型の配置計画が、建築によって裏表が生じないような工夫につながっている。
例えばそれは、美の基準がつくられるまでの紆余曲折を
書籍を通して知ることであったり、
コミュニティ真鶴の空間の質や創意工夫に満ちた建築のディテールを
肌で体験することであったり、
役場に眠っていた「植物秘伝帳」や「石材秘伝書」といった資料との出会いであったり。
私たちが関心を持ちリサーチや検討を始めようとすると、
すでに四半世紀前の池上さんの足跡がありました。
その事実に感動したり驚いたり悔しがったりしている私たちを、
微笑ましく眺めてくれているような、そんな温かい感覚がありました。
真鶴出版のふたりが役場の本棚に埋もれているのを見つけた「植物秘伝帳」と「石材秘伝書」。コミュニティ真鶴の設計時に調査した石の加工方法や相場、真鶴に自生する植物のリストなどをまとめ、その後に町や設計者に活用されることを目指した資料。
幸運なことに、その池上さんのご自宅にお邪魔をする機会を得ました(vol.1)。
真鶴の話、クリストファー・アレグザンダーという建築家の話、
建築家の働き方や役割と工務店の話、石材秘伝書や植物秘伝帳の話。
美の基準に込めた思いや、理想と現実の話、真鶴出版2号店の話。
おいしいごはんをご馳走になりながら、
このプロジェクトは決して自分たちだけのものではなく、
いろんなたくさんの取り組みに連なる一手であって、
その期待や責任の大きさをあらためて感じました。
池上修一さんのご自宅で会食。ご自身で設計された家は、親密なサイズ感の中に、立体的な遊び心のある空間が広がっていた。
ご自宅もすてきで、黒いテーブルの天板は、ホームセンターで買ったベニヤを、
お酒を飲みながら時間をかけて少しずつ削ったと聞き、
流通製品に固有の質感を(楽しみながら)与えていく作業に感銘を受けました。
このアイデアは2号店のとある部分で真似をしています。
本棚のクリストファー・アレグザンダーによる著作が集まる一角。
ホームセンターで購入した合板を、ご自宅でお酒を飲みながら彫刻刀で少しずつ削ってできたテーブル。
池上さんとのお話を通して最も強く感じたこと。
それは美の基準やコミュニティ真鶴という建築の、
一見した素朴さの影に、強烈な個性が見え隠れするということです。
多数決的な決め方や人々の意見の間をとり、結果として凡庸になるのではなく、
数人の核となる個性と信念が、ある頑固さをもって突き進んでいき
初めて創造されるもの。そんなイメージを美の基準に重ねて抱くようになりました。
やさしい雰囲気の奥にある強烈な頑固さは、私の大学時代の同級生である
池上さんの息子さんにもしっかり受け継がれていて、妙に安心したものです。
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とはいえ、専門家が町の声を聞かずに独走したというわけではありません。
むしろ、真鶴半島という環境が発する声に、
池上さんは注意深く耳を傾けていたのではないでしょうか。
箱根火山の地温分布図。(神奈川温泉地学研究所より)
これは真鶴や湯河原周辺の「地中温度分布図」であり、
右に突き出ている半島が真鶴です。
噴火によって形成された箱根火山帯の大きな魅力が温泉であることは、
みなさんご存知の通りです。
しかし真鶴は、ご覧の通り温度が低く、温泉が出ません。
昭和の旅行ブームで、近くの熱海や湯河原の温泉に人が集まり、
観光地として発展するかたわら、真鶴は半島という形の袋小路感も手伝い、
その波からは取り残されます。火山の噴火でできた半島であるため、
水源も乏しく、川がまちにひとつもありません。
隣の湯河原町に頼り、水を購入している現状があります。
バブル期になると、リゾート開発の波が周辺の観光エリアに押し寄せました。
例えば熱海では次々とリゾートホテルやマンションが建設され、
海岸の風景は一変しました。真鶴にもその波が遅れて届き、
7階建てのマンションが建設され、即日完売したことを契機に、
連日町役場の駐車場には不動産開発会社の高級車が並びました。
バブルが終わりかけていた頃です。
港の上から望む真鶴のまち。
開発されることを歓迎する地主もいれば、景観が乱されることを危惧する人、
水不足への不安を口にする住民もいる。
まちの意見が二分するなかで選挙が行われ、僅差で開発反対派の町長が選出されました。
これは、町民が声をあげ開発を止めた歴史であると同時に、環境が持つ資源の声、
言い換えれば「地中温度」や「水の量」の声が反映されたものと捉えることができます。
「町民 VS 不動産開発会社」という構図(人 VS 人)とは別の見方、
「資源としての環境 VS 開発」という構図(資源 VS 行為)という見方を、
私はあえてとりたいと思います。
後者の見方のとき、「人」はそれを動かし、巻き込まれ、表現する存在です。
条例にそぐわない開発行為は、水道の給水と地下水の採取を制限することで
阻止するという方法は、それを象徴的に物語っています。
美の基準は、環境が発する「声にならない声」に耳を傾け、
人々の生活がその声に寄り添い生まれた空間を発見し、
再び声(言葉)として捉え直したもの。
環境と人をつなぐものであると感じるようになりました。
美の基準は、制定後のすべての真鶴町での建築行為に影響を与えています。
役場に相談に行くと、美の条例が要約された用紙が渡され、
町としての意見を丁寧に示されます。
美の基準やそれを具現化した公共施設のコミュニティ真鶴は、後に続く建築にとって、
設計のヒントとなるような創発的な側面が期待されていましたが、
積極的に解釈して設計に展開した事例はこの25年間でほとんどなかったと聞きました。
真鶴出版のふたりに、美の基準を使ってほしいとリクエストを受けている私たちでさえ、
どのように設計に取り入れるか、美の基準との「距離感」のつくり方には悩みました。
69のキーワードをただたくさん盛り込むだけでは、
美の基準が単なる採点チェックシートになってしまいますし、
キーワードを使っている=OKという思考停止に陥りかねません。
私たちにとって美の基準は、鏡のような存在だったと思います。
設計のさまざまなフェーズで美の基準と照らし合わせることで、
「ここにくぼみをつくろうとしているのは、
“小さな人だまり”をつくろうとしているんだね」というように、
無意識だった部分を意識的に理解したり、真鶴出版のふたりと、
何を目指していくべきかを考える際の重要なコミュニケーションツールとなりました。
平面図には、キーワードとの関係が書き込まれています。
初期提案時の平面図。黒い丸に書かれた数字は「実のなる木」「路地とのつながり」「小さな人だまり」といった美の基準のキーワードとの対応を示している。
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ここからは、どのように改修設計を進めていったかについてお話しします。
私たちにとって、真鶴半島の外部環境、特に道を歩く経験はとても重要なものでした。
そこで、「背戸道を通った先にたどり着く建築物」をデザインするという意識を捨てて、
「背戸道を部分的(今回の敷地)に改修し、道を通る経験」をデザインする、
と捉えるようにしました。
建築物や外構を材料にして、道をつくる。
その検討として使ったのが「風景展開図」です。
真鶴出版2号店の横を通るふたつの背戸道を通り抜けるという経験を
連続スケッチとして描きました。
石垣もブロック塀も植栽も建築もフラットに、
どこかに意識を集中するのではなく、真鶴出版に訪れる人の気分というより、
買い物から帰るご近所さんのような心持ちで描いていきます。
まずは既存の状態を描き、設計案を考えるたびに、
カラーコピー+修正ペンで変更部分を消し、描き重ねていきました。
窓をデザインするときも、建築の中から窓を通して
どう風景が切り取られるかを考えると同時に、
道からどのように見えるか、どう感じられるかを重要視しています。
風景展開図の作成の様子。元の絵をカラーコピーし、変更を検討する箇所を修正ペンで消す。その上に新しい提案を描き込むことを繰り返し行った。
建築内部の展開図(室内側から見た各室の壁面の形状を表した図面)と
風景展開図というふたつの体験的な展開図が、
今回の改修設計のアイデアを検討するうえでとても重要でした。
新築における展開図は、平面図や断面図などで行った検討を反映させ、
室内の壁のどこに何を配置するかという確認に使われることが多くあります。
それは見積もりや工事を円滑に進める役割が大きいと言えますが、
今回の展開図の役割は、背戸道を通る経験を確かめること。
これは改修ならではのアプローチと言えるかもしれません。
改修設計の検討のために、30分の1サイズの大きな模型も製作しました。
ここでも背戸道を通る経験が確かめやすいことを念頭に、範囲などを設定しました。
隣家の石垣など、設計対象ではない部分もなるべく質感がわかるようにつくっています。
というのも、例えば真鶴出版2号店の目の前にある隣家の石垣が、
コンクリートのツルッとした表情なのか、石のゴツゴツした表情なのかで、
設計の判断は変わるはずです。設計者である私たちが、
そのことに繊細に気づける設計環境をつくること、
模型が私たちに語りかけてくれるかどうかが重要でした。
すべてを精細に、解像度高くつくることは不可能ですが、
どこをどんな解像度でつくるかは、その設計者が
そこで何を検討したいかということと密接に関係しています。
初期提案時の模型。30分の1のサイズで、真鶴出版2号店に面する道の両側の庭や建物の雰囲気がわかるような模型としました。
真鶴出版2号店の建築を道の延長として考えた結果、
勝手口を含めもともと3つあった出入口が、倍の6つに増えました。
建物に入り、室内を回ってまた同じ入り口に戻ってくるのではなく、
道のように通り抜けられるような体験が生まれました。
改修前の既存1階平面図。
改修後の1階平面図。
背戸道側に新しくつくったメインとなる入り口の部分は、
少し減築して建物の壁のラインを下げることで、
道と連続した屋外の人だまり空間をつくりました。
道からどう建築が見えるか、道からどう気軽に中に入ることができるか、
中から散歩中の人や犬、光を受ける石垣がどう感じられるか。
そういった検討を積み重ねた先に、
自然と美の基準のキーワードとの出会いがありました。
中から背戸道をみた様子。道を通る人たちや、光を受ける石垣が印象的に見え、外を近くに感じることができる。(撮影:小川重雄)
親密な領域である背戸道と連続する、道から1段下がったところに屋根のかかった屋外空間。(撮影:小川重雄)
次回は偶然的な資源との出会いを縫い合せるようにつくった、
真鶴出版2号店の建築の全貌をお話したいと思います。
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真鶴出版
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2
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