連載
posted:2019.3.19 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
tomito architecture
トミトアーキテクチャ
冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した〈CASACO〉、真鶴半島の地形の中に建つ住宅を宿+キオスク+出版社へと改修した〈真鶴出版2号店〉ほか。受賞・実績として2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展、SD Review 2017入選、第1回LOCAL REPUBLIC AWARD優秀賞など。
神奈川県の真鶴半島にある空き家を、ゲストと住民をつなげる
ゲストハウス〈真鶴出版2号店〉に改修したプロジェクト。
施工の過程と建築の全貌をお伝えします。
真鶴駅から〈真鶴出版〉に向かう徒歩7分ほどの道中に、真鶴郵便局があります。
車が通れる、つまり真鶴の中では比較的大きな道に面しており、
木造2階建ての端正な建築だったのですが、
老朽化を理由に解体されるという噂がささやかれるようになりました。
真鶴出版2号店の設計が中盤に差しかかっていた頃です。
廃棄する予定の家具類の一部を見せていただく機会があり、
味のあるデスクや椅子、何に使うのかよくわからない
魅力的なオブジェクトを物色するなか、
解体を待つばかりの2階のアルミサッシが、
突如わたしたちの目には魅力的な資源に映るようになってきました。
というのも、設計中の真鶴出版の改修デザインにおいて、
背戸道との間にどんな「窓」をつくるかが、設計のポイントであり、
同時に悩みの種だったからです。当時は道に平行するような、
低い位置で水平に連続する窓(水平連続窓)をデザインしたいと考えていました。
生まれ変わる建築の最大の「見せ場」であったのですが、
予算との折り合いのなかで、どうやってつくるかが宙づり状態だったのです。
「この窓があの細い背戸道に移設されたら、どんなことが起こるだろうか?」
そんなワクワクに後押しされる熱意でもって、郵便局長に何度も頼み込んだところ、
「建物解体直前の2時間以内に取り外せるなら」という条件つきで、
許可をいただけました。
2号店の施工をお願いしている地元真鶴の大工
〈原田建築〉の原田登さんにアルミサッシの採取について相談したところ、
こんな回答が。
「そんなことやったことない(笑)」
しかし原田さんは建具屋〈橘田建具店〉の橘田孝之さん、
左官屋〈柏木左官店〉の柏木健一さんを巻き込み、即席でチームを編成し、
郵便局2階のアルミサッシの窓を制限時間内で取り外すという
前代未聞の救出劇について、さっそく作戦会議が始まりました。
どこから屋根に乗り込むか、どうしたらきれいに外せるか、どう搬出するか、
2時間で本当にできるのかという検証を重ね、いざ本番当日。
3人の息の合ったチームワークによって、
2時間でふた組のアルミサッシを救出することができました。
搬出用の脚立の長さが足りない! というハプニングも、
実は郵便局の隣にある橘田建具店から長い脚立を持ってきて無事解決。
という具合に、物理的な近さによる瞬発力や、
電話1本ですぐ集まって会議できる緩やかな信頼関係があったからこそ、
まるでジャズのセッションのような即興性をもって、アルミサッシは救出されました。
使い方の決まっていないふた組のアルミサッシは、
ひとまず真鶴出版の裏庭にストックされました。
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もともとデザインしていた爽快感のある大きな水平連続窓に比べたら、
郵便局のアルミサッシはダイナミックさの観点では負けています。
建築家が関わるからこそ生まれるダイナミズムを諦めて良いのか?
という葛藤が私たちには少なからずありました。
しかしこのふた組のアルミサッシとの出会いを通して、
だんだんと別の考え方が芽生えてきました。
大きな水平連続窓のように、建築として固定された見せ場である
「静的なハイライト」をつくるのではなく、
時間や季節、外の状態に左右され移り変わっていく「動的なハイライト」をつくる。
それをお膳立てするような建築の考え方はできないだろうか。
例えば、もとから真鶴出版2号店についていた普通のアルミサッシの窓は、
真新しい大きな水平連続窓の登場により、
脇役的な古い窓、という印象を持たれるかもしれません。
しかし郵便局のアルミサッシは、もとからある窓と大きさの違いこそあれ、
どちらかという仲間であり、コントラストは抑えられています。
明確な主役と名前のない脇役たち、という関係ではなく、
だれが主役かわからないまま進むサスペンス映画
(『ツイン・ピークス』や『桐島、部活やめるってよ』などの
「主役不在」映画がわかりやすいかもしれません)のような、
中心がたくさんある状態を目指しました。
コントラストを薄めることで、室内を揺れ動く光や影、響き渡る音、
人が道を通り抜ける風景などの、五感で感じる「状態」こそを、
空間の主役にしたいと思っています。
ふた組のアルミサッシは、まったく同じ窓でありながら、
別の雰囲気をまとうことになりました。
片方は新たに設ける玄関の横につけました。
既存の塀は解体し、道から室内を覗き込めるような関係であり、
室内からは道の風景が切り取られ、まるで舞台を鑑賞しているように感じられます。
玄関の横は、道と建築の関係をあっけらかんとつなげる
開放的な窓になっているのに対して、もう片方は奥まった広間につけました。
こちらは道との間にある塀をそのまま残すことで、室内から庭の緑や光を感じつつ、
道からの視線を受けない落ち着いた窓辺が生まれました。
ひとつの主役的な窓の登場ではなく、
窓と庭と塀の相互関係を繊細に調整して空間をつくる行為は、
環境の調律(チューニング)です。
「C」という安定した和音を、「Csus4」や「Cmaj7」という、
少し不安定だけど動的な和音へと変質させていくように、
もとの雰囲気を残しつつも、さまざまな感情の受け皿となり、
常に別の何かへ移り変わる予感を含んだ空間にしていく。
こうして主役不在の建築は、アンビエントミュージック(ambient music)に
近づくのかもしれません。直訳すると環境音楽であり、
「人間を取り巻く外部環境の独特な雰囲気を表現するもの(大辞林より引用)」
のことですが、真鶴出版2号店の建築も、真鶴半島での生活を取り巻くものごと、
その独特な雰囲気・質感と連続するものにしたいと考えました。
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アルミサッシの使い方が決まったあと、
今度は横の玄関扉をどうつくるかの検討が始まりました。
こちらも、はじめは全面ガラスで、大きく軽やかなものを想定していましたが、
予算の折り合いがつくものや方法には出会えませんでした。
それでも工事は始まってしまうため、ネットで即日発注して翌日届く、
かなり簡易的なアルミ製の扉を仮候補とし、予算枠を確保しながら、
「別の方法」を工事が始まってからも模索し続けていました。
そんななか、真鶴に巨大な工房を持つ、彫刻家の橘智哉さんと出会いました。
真鶴出版のおふたりが、酒屋さんで知り合った際、玄関扉について相談をしたところ、
「壊れた碇(いかり)を使ってみたらどう? たまに港でみかけるよ」
と助言をくれました。
扉の取手などに使えそうだと、お世話になっているひもの屋
〈高橋水産〉の辰己敏之さんに碇を手に入れる方法はないでしょうかと、
相談をしました。すると翌日にはこんな連絡が。
「いかり届きました」
まるでネットで買った商品の到着通知のようですが(笑)、
辰己さんの漁師仲間などの情報網を駆使して、まさに一網打尽。
カレイ漁に使われていた壊れた碇をいただくことができました。
どんな商品もネットで注文してすぐ手に入る世界を生きている私たちは、
高度な産業や流通システムに、生活の多くを委ねています。
距離があまり意味をなさなくなった世界がある一方で、
真鶴半島におけるローカルな情報の網は、
半島という地形を共有する「近さ」にこそ支えられている。
かつては後者が主流で、情報化を通して
前者に「進化」しているという見立てもありますが、
どちらが劣るというものではないことを、碇との出会いは気づかせてくれます。
真鶴出版のふたりが行っている「まち歩き」も、何度も同じ道を歩き、
人や物ごとと出会うからこそ、ローカルな情報の網に触れることができています。
彼らが描く軌跡は、まるで半島の中の「けもの道」のように、
新しいつながりをもたらしています。
2号店の設計では、ネットでものがすぐ届く安心感を片手に握りしめながら、
偶然的な出来事も建築に結びつけられるように、絶えずもう片方の手をまちに伸ばし、
待ち続けました。「どう待つか」という態度のデザインが、
建築設計におけるひとつの創造性ではないでしょうか。
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碇はすぐさま彫刻家の橘さんの巨大な工房に届けられ、どう使うかの検討をしました。
碇を幹の部分で切断し、四又爪のほうを道側に、
アンカーリングのほうを室内側に使用し、扉に碇が刺さったような格好としました。
建築を経験するとき、最初と最後に触れる玄関扉の取手は、
その手触りや質感を通して真鶴の物語を静かに伝えてくれています。
それを受ける扉の面材は、どうあるべきか。
幅や高さ、角度が与える印象の検討や、
対峙することになる石垣や緑の迫力にどう調和するか、予算の問題もある。
そこで思い起こされたのが、美の基準をつくった建築家の
池上修一さんの自邸にお邪魔した際に見た「テーブル」です。
ホームセンターで買ってきた薄い合板を、お酒を飲みながら
日々彫刻刀で削って仕上げたというテーブルの存在感にヒントを得て、
ホームセンターで買った5.5ミリの合板を彫刻刀で削り、
柿渋で何度も塗り込むことで仕上げました。
合板は繊維方向の異なる薄い層を重ねてつくるため、
削ると別の表情が出るおもしろさがあります。
扉のサイズも合板サイズにし、少し角度をふって取りつけました。
ほかにも、石材屋の軒先に転がっていた小松石をくり抜いてつくった洗面ボウルや、
解体中に発掘された波板型枠によるコンクリート基礎を真似した床の立ち上がり、
砂を混ぜた塗料をスポンジでたたいて仕上げた光を拡散する壁、
ホームセンターで購入した板材のザラついた裏面を利用した天井、
石材の製材の過程で生じる「木端石」という細切れの小松石を使って
土間床の検討(2期工事での実施を予定)など、身の回りにある資源を使って、
環境の質感(テクスチャ)と連続する空間をつくりました。
オープン前日まで、現場では砂を混ぜた塗料と格闘しており、
役割はすでに済んでいたのにもかかわらず、
大工の原田さんも心配して助けに来てくれました。
本当に完成を迎えられるのかという不安に包まれながらも、
2018年6月9日、無事にお披露目会を迎えることができました。
真鶴出版のふたりも、原田さんも、わたしたちも、みんなで一緒にホッとした瞬間です。
朝から夜まで2号店の室内で過ごしていると、まるで日時計のように
刻々と明るい場所が移り変わることに気づきます。
午前中は前面の背戸道にあかりが溜まり、室内は落ち着いています。
昼過ぎとなると、南西から入る光が隣の住戸の庭になる青々とした木を通りぬけ、
やわらかい光が室内を満たしていきます。さっきまで一番明るかった道よりも、
室内のほうが明るいという逆転現象が起きていたり、
光や風、絶えず動く人の流れといった現象に影響を受け、
ひとつの空間の中にさまざまな印象を持つ場所が生まれていました。
訪れてくれる方々の顔を見るたびに、この建築はどれほど多くの人に支えられて
完成したのだろうかと、感慨深くなります。
これまで紹介したメンバーだけでなく、
設備工事の菊池芳史さんや電気設備の菊原慶太さんなどの工事関係者や、
ひもの屋さんのネットワークや、何度も貸してくれた軽トラックにも助けられました。
酒屋さんで出会った人々の個性やスキルにも。
専門性にかかわらず、多くの出来事が重なってできたその偶然性に、
あとから眺めることで気づかされます。
2号店を訪れた人の多くは、もともとここにあった空間にいるように、
自然に過ごしていると、真鶴出版のふたりから教えてもらいました。
「誰がデザインしたんですか?」とはほとんど聞かれないそうです(笑)。
でもそれこそ、真鶴を訪れた人々が、この建築の経験を、
真鶴半島の経験の一部として感じ取ってくれている証しだと思っています。
この建築の経験が、真鶴半島の見え方を変えるとしたら、
これほどうれしいことはありません。
次回は、真鶴出版のおふたりと一緒に2号店プロジェクトを振り返り、
それを取り巻く真鶴での暮らしについてうかがっていきます。
information
真鶴出版
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2
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