連載
posted:2017.3.15 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
sponsored by 真鶴町
〈 この連載・企画は… 〉
神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。
writer profile
Shun Kawaguchi
川口瞬
かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。
神奈川の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島に、岩海岸という小さな海岸がある。
人気の少ないこの海岸の目の前に、ひっそりとたたずむ小屋がある。
ここは「下小屋(したごや)」と呼ばれる、大工が材料を加工したりするための場所だ。
ここで日々仕事に励むのが〈原田建築〉の原田登さんだ。
「普通の大工さんの下小屋の10分の1ぐらいの大きさですよ(笑)。
でも最近の若い大工だと、下小屋を持っていない人がほとんどじゃないですかね。
最近はワンボックスカーに全部材料が乗ってて、それを組み立てるだけ。
材料も木じゃないんですよ」
大工、というと職人気質で、寡黙な人が多そうなイメージがある。
しかし、原田さんはとても自然体で、肩の力が入っていない人だ。
それは原田さんのブログにもよく表れる。
手がけた仕事の話ももちろんあるが、自分の子どもの話や趣味の熱帯魚の話など、
大工とは関係のない記事が多い。
眺めているだけでほっこりするような明るいブログだ。
このブログを見るだけでも、まずこわい人ではなさそうな印象を持つ。
「ブログはなるべく大工に関係ないところも出して、内面を出すようにしているんです。
そうすると依頼するときに構えないで済むじゃないですか。
でも本当は、口コミだけで成り立つのが目指すところ。
『職人が必要なら、とりあえず原田に聞いとけば』って」
原田建築は、東京・木場の材木屋から始まった。
2代目のおじいさんのときから真鶴で大工を始め、
現在は3代目のお父さんが社長を務める。原田さんは4代目。
手がける案件はほとんどが地元・真鶴に立つ住宅。最近はリフォームが多く、
トイレや風呂場など、劣化の早い水周りの修理が多いという。
「家が八百屋だったら八百屋やってたと思いますよ(笑)。
でも大変ですよ。仕事が少ないんで。一度、親にも『辞めたい』って
言ったこともあります。ほかに行きたいんだけどって。
でも『行かないでくれ』って言うから、しょうがねえなって」
「しょうがねえな」と言いながらも、大工の話をする原田さんは楽しそうだ。
「大工をやるからにはどんなものか試したくて」、
大工が腕を競い合う、技能競技大会にも出ている。
大会では、決められた課題に対して、制限時間内に図面の書き起こしから
木材の加工、組み立てを行い、その正確さを競う。
原田さんは昨年まで、〈青年技能競技大会〉という
35歳以下対象の大会に出場していた。
神奈川県の予選を勝ち抜くと、全国から75人ほどが集まる本戦がある。
一昨年、そこで原田さんは銅メダルを獲得した。
「青年技能競技大会は毎年課題が同じで、
『四方転び踏み台脚立』っていう脚立をつくるんです。
すごい緊張感で。人によってスピードも違う。
図面を紙の表裏に書くんですけど、自分がまだ表を書き終わらないうちに
紙をめくる音がフワッって聞こえたり……」
普段仕事をしているだけでは、自分の大工としての腕前が
どのぐらいか知ることはできない。
最近は材料が事前に用意されていることも多くなったので、
現場でノミなどを使う機会も減ってきた。
だから原田さんは、年齢制限のかかる昨年まで8年間、
勉強のために出場していたという。
「この脚立はもう100台以上つくってるかな。
何か月も練習して、最後の最後で大会に出るんです。
大工でも勉強しないとこんなのつくれないですよ(笑)。
実はお寺の鐘つき堂とか東屋はこれと同じ構造なんです。
兒子(ちご)神社の手洗い場も同じ構造で、うちでやらせてもらいました」
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もともと大工は組み立てだけでなく、「下職(したしょく)」と呼ばれる、
土建屋、水道屋、電気屋、瓦屋などの人たちの取りまとめをするのも
仕事のひとつだった。しかし最近の主流は、大工に依頼をするのではなく、
ハウスメーカーに頼むことが一般的だ。
ハウスメーカーが大工の代わりに指揮を執り、大工や下職の管理をするのだ。
「本当は大工に直で頼んだほうが安いのにね。結局やるのは大工だから。
それに施主さんが現場でここをこうしてほしいって言ったらすぐに対応できる。
ハウスメーカーだったら上に聞きますってことになる。
仮に震災が起きたとしても、まちの大工だったらすぐに自分がやった家に
駆けつけることができる。そういうとき職人じゃないと、結局何もできないから」
原田建築で受け持つ案件はすべて直接依頼されてくるもので、
ハウスメーカーからの仕事は受けていない。
だから、お客さんへの営業は欠かせない。
そこで営業ツールのひとつになるのが「包丁研ぎ」だ。
大工はカンナなどを常に手入れしているので、包丁研ぎなどわけがないと言う。
毎年決まった時期に組合で包丁研ぎを行うイベントを開く。
それをきっかけにお客さんと知り合って、仕事に結びつけるという。
ほかにも、真鶴港で月に一度開かれる〈なぶら市〉では、
子ども向けの木材のワークショップも開催する。
いらなくなった木材や木の枝などを使い、ボンドで自由に組み立てさせるのだ。
「ずっと大工やってると見えるんですよ。外から見るだけで、
家の構造ががどうなってるか、どういうパーツになってるかとか。
俺も始めた頃はこんな風にはなれないなと思ってた。
でもやってるとわかるようになるんです。
それはハウスメーカーで新築ばっかり建ててるとわからないと思う。
ここをどうやって仕上げていいかとか、どういう風にくっつけてとか、
そこがわかんないんですよ。そこはまちの大工の強みっすよ」
しょうがなく家を継いでいる、と本人は言うが、
そんな人が自ら何か月も勉強したり、営業をかけたりするだろうか。
海の見える下小屋で、黙々と修業している姿が容易に想像できる。
「住まいの町医者になりたい」と原田さんは言う。
病気になったらすぐに駆けつけてくれて、「直して」くれる町医者。
すっかり職人と距離ができてしまったいまの時代に、
原田さんのようなお抱えの職人を持つと心強いだろう。
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