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連載

〈真鶴出版2号店〉にとって
『美の基準』とは。
トミトアーキテクチャ&
建築家・池上修一さん対談

リノベのススメ
vol.178

posted:2019.5.31  from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

tomito architecture

トミトアーキテクチャ

冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した〈CASACO〉、真鶴半島の地形の中に建つ住宅を宿+キオスク+出版社へと改修した〈真鶴出版2号店〉ほか。受賞・実績として2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展、SD Review 2017入選、第1回LOCAL REPUBLIC AWARD優秀賞など。

credit

撮影:MOTOKO
構成・文:中島彩

撮影:小川重雄

トミトアーキテクチャ vol.5

1993年、真鶴町のまちづくり条例として『美の基準』が制定されました。
建築家のクリストファー・アレグザンダーの理論『パタン・ランゲージ』を応用して、
法律家の五十嵐敬喜さん、都市プランナーの野口和雄さん、
建築家の池上修一さんと真鶴町が協働してつくりあげたものです。
その後、池上さんは、美の基準を体現する建築物として、
真鶴のコミュニティセンター〈コミュニティ真鶴〉の設計を手がけました。

それから25年、空き家をリノベーションした〈真鶴出版2号店〉が完成したいま、
その建築を手がけた〈トミトアーキテクチャ〉が池上さんをお招きし、
夢の対談が実現しました。
25年前といまとを行き来しながら進んだ本対談からは、
世代を超えた建築家の喜びや苦悩、そして真鶴へのまなざしが浮かび上がってきました。

建築家の顔が見えない建築

伊藤: 雑誌『ポパイ』に〈真鶴出版2号店〉を載せてもらったんです。

池上: それはすごい! やっぱりこういうものは、ポップじゃないとダメなのよね。
建築誌の中だけにいてもダメなのよ。すばらしいなぁ。

建築家の池上修一さん。真鶴出版2号店にて。

建築家の池上修一さん。真鶴出版2号店にて。

伊藤: 今晩はここ、真鶴出版2号店に宿泊されるんですよね。
先ほど内覧していただきましたが、
ざっくばらんに感想をいただけたらうれしいなと思います。

池上: なぜ宿泊するかというと、ここはパッと観てコメントするものではなくて、
ひと晩泊ってどんな感じがするか見たかったんだよね。
ただ、いま各部を見ていると、光が回るし、
まちのおばあさんが通る風景がおもしろいし、非常に良くできている。
やっぱり『美の基準』のポイントをついているのはよくわかるし、
高さを上げたり、下げたり、削ったり、愛情を湧かせるように
建築主も建築家もみんなでやったというのがよくわかる、というのが総括的な感想かな。

冨永: ありがとうございます。みんなで議論しながらつくったんですけど、
最初の提案ではエントランス側の背戸道から空間を通って
反対側までスパッと抜けるような提案をしていたんです。

トミトアーキテクチャの冨永美保さん。

トミトアーキテクチャの冨永美保さん。

冨永: だけど、〈真鶴出版〉のおふたりと話していくうちに、
真鶴のおもしろさは「ここが主役です」と一点を引き立てる感じではなく、
いろんな場所にいろんな特徴がちょこちょこあって、
見どころが各自に設定できるようなおもしろさがあるから、
それを建築の内側にも入れたいと思いました。
『美の基準』を見ていても、いろんな言い方でそれを表現しているように感じたし、
そういうおもしろさを、徐々に意識するようになってこの空間ができあがりました。

伊藤: ありがたいことに、いろんなメディアに取り上げていただきました。
でも建築的にはいろんな批評があり、褒めてくださる方もいれば、
「地味だね。何をしたの?」という意見もあります。

池上: 建築の価値のひとつとして、
「デザインが気持ちいい」ってことがあるんだよね。
それは“清涼感”と言ってもいいのだけど。
でも『美の基準』で言っているのは、清涼感ではなくて、
いわゆる無名の質、“cannot be named”の質を目指そう、ということなんだよね。

それがどうやったらできるのか、答えは決まっていない。
みなさんもそうだったと思うけど、議論を重ねながらつくっていくと、
清涼感とは違う価値を生んでくる。
ここの視線をドヤッと抜いたら気持ちいいし、例えば三角の家みたいな、
見慣れてない非日常の空間はとっても気持ちいいよね。
だけど、「深い思い」(*) には引っかかってくる。

*深い思い(Deep Feeling):クリストファー・アレグザンダーの理論によく出てくる言葉であり、個の快楽/欲望を超える普遍的な「美」と解釈できる。『美の基準』の指針ともなっている考え方。

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『美の基準』はどうしてつくられた?

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池上: 真鶴に来ると、つまんないことがおもしろいわけよ。
2号店の目の前にある石垣の階段とかさ、清涼感なんて全然ないでしょ(笑)。
だけど、日の当たるところに草が生えていて、なんかいいなぁと思うんだよね。
そういうのを再現するのが建築かもしれないし、出版かもしれない。
いい方向を目指してつくっていると思うよ。

伊藤: いまおっしゃったことは、急いでいると見過ごしちゃうような、
些細な物とか質感に対するまなざしがあって、僕らも真鶴出版のおふたりも、
そういうことに興味があるのですが、仮にバブル期に自分たちがいたとしたら、
それに気づくことはできなかったと思います。
だからこそ当時、池上さんたちが『美の基準』をつくっていたことに
すごく興味があって。どんなきっかけで『美の基準』の制作が始まったのですか?

池上: 当時はバブルの煽りで都市に計画性がなかった。
いまもまったく同じだけどさ、箱だけどんどんつくって、そこに外資を呼んで、
経済を復活させようとするストーリーになっていた。
そういう時代に、都市をあらためて考えようと、
建築家と法律家が集まる会を法律家の五十嵐敬喜さんが主催していたんですよ。

そこでもう少し具体的に、家や都市をつくる方法論を学ぼうと、
アレグザンダーの勉強会を始めたわけ。いろいろ本はあるけど、
具体的な方法が書いてあるのは、『パタン・ランゲージ』だけだったから。

池上さんが『美の基準』と〈コミュニティ真鶴〉の原点とした書籍『パタン・ランゲージ』。マーカーや付箋がつき、長年読み込まれた年季物。

池上さんが『美の基準』と〈コミュニティ真鶴〉の原点とした書籍『パタン・ランゲージ』。マーカーや付箋がつき、長年読み込まれた年季物。

池上: 『パタン・ランゲージ』では、建築は言語だと言っているから、
とにかく読んでみようと、内容を反復しながら、建築家7~8人で
まるでお経のように(笑)、ずっと本の読み合わせをしていた。
これは古いねとか、近代と矛盾するからこれはできないとか、
意見も出しながら検証していった。それが始まりかな。

伊藤: 『美の基準』を体現した建築としてコミュニティ真鶴がありますよね。
あの空間を体験したとき、民主主義的なプロセスや手続きがある一方で、
多数決では絶対生まれない頑固さや個性みたいなものを感じて、
それがすごくおもしろかったんです。

池上: 『美の基準』があるから、なるべく建築家的じゃなく
つくろうとしてはいたのよ。ところがそう簡単にはいかない。予算を出して、
役場の中に建設委員会をつくって、ヒヤリングしていく。みんなで敷地に行って、
アレグザンダーにならって現場で棒を立てて、大きさの確認をすると、
「この桜の木は切りたくない」とか、「日が当たらないじゃないの」とか、
まとめるのが困難ないろんな意見が出てくるんだよね。
それをメモして、3パターンくらいは計画案をつくったかな。

池上: 『美の基準』を取り込んでもなかなかかたちにならなくて、
会議室でちゃんと会議もやってイメージを組み立てていくんだけど、
永遠に残していくものをつくろうと思ったら、そんなにうまくいかない。
だから自分で方針を決めてやってみるしかないと腹をくくった。
その代わり、 “清涼感”で解決しないと決めたわけ。

伊藤: 自我は出さない、ということでしょうか。

池上: とにかくどの建築家がつくったか、わからないようなものをつくりたい、
と思っていたね。そもそもなぜコミュニティ真鶴を建てることになったかというと、
「美の基準にならった建築物をひとつつくってみてください」という話なんだよね。
つまり「これが美の条例です」って大見得切って建てるわけだから。
それが明らかにインチキな、まるで建築家の作品みたいなものだったらまずいわけで。
それだけは恥ずかしいからしたくなかったな。

コミュニティ真鶴の中庭。

コミュニティ真鶴の中庭。

伊藤: コミュニティ真鶴は中庭形式になっていますよね。

池上: 真ん中が空いていて、いつでも通り抜けられて子どもたちが遊べるなら、
部屋が埋まっていなくても建物自体が役に立つからと、中庭形式になった。
アレグザンダーの理論は、有機的秩序(*)の脈絡をとても大切にする。

また、何を建設すべきかの決定権は利用者にある。
三味線やお琴などの先生がお稽古事に使える和室と、
若いお母さんたちが自由に使える場所と、展示会ができる大きい場所がいる、
と使い手との関係から組み立てていったかな。
みんなで相談しながら毎日考えて、とにかくずっと現場にいたね。

*有機的秩序:計画や施工は、全体を個別的な行為から徐々に生み出してゆくようなプロセスによって導かれること。(参照:『オレゴン大学の実験』1977)

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現場はどんなふうに進めた?

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真鶴の風景と溶け合うための工夫

伊藤: 真鶴出版2号店の改修のとき、ここに開口をつくりたいとか、
ここの壁を取り払いたいなどの空間構成に関するデザインの話と、
一方で偶然アルミサッシの窓が手に入ったとか、竹を使ってみたらおもしろそうなど、
素材の話を同時並行して進めました。
コミュニティ真鶴では、素材の材料リストや実験表みたいなものがありましたね。
素材決めと施工は同時並行的に進んでいったのでしょうか?

池上: かなり同時進行でやっていたよ。全部現場に入ってからやるわけだから。
モチーフとしては、土地から材料を探して、
なるべく真鶴らしさが見えてくるようにつくろうとした。

例えば、まちに実在する石階段の美しさに憧れて、これをつくりたいと思うわけよ。
だけど、どうやってつくればいいかわからない。
それは長い年月をかけて補修しながらつくっている石段で、もはや神に近いよね。
図面も描くし、いろいろなものを見て試すんだけど、本物には勝てない。
でも憧れに近づくために、泣きながら一生懸命やるわけさ(笑)。

コミュニティ真鶴では、真鶴特産の石「小松石」を大量に使っている。

コミュニティ真鶴では、真鶴特産の石「小松石」を大量に使っている。

池上: 例えば、少年が乱積み(*)の石を積んだって、
下のほうと上のほうとを比べると、手慣れてきた上のほうが断然美しいわけよ。
やろうと思えば、理想に近づけられるわけで、そういう仕方は僕らにもできる。
それに関していうと、真鶴なんておもしろいものだらけじゃない。
結局は何ひとつ同じようにはできないことはわかるけど、
チャンレンジするのはすごく大切なことだよ。

*乱積み:形や大きさのふぞろいな石を不規則に積んだ石積み。

冨永: 私たちも真鶴の風景に憧れを持ちながらやりました。

池上: そこよ。そこが大事。

伊藤: エントランスの横に窓をつけることで石垣が見えて、
いろんな石積みの方法が見えます。ザラザラした外に対して
中をツルツルっとキレイにつくると、どんどんコントラストが生まれてしまう。
なので、僕らも各部を決めていくときに、
表の石垣とのコントラストを少しでも薄める方法はないか考えました。
例えば、左官屋さんに無理を言って段差部分の表面を波板にしてもらったり、
いかりのドアノブをつけたり、どうにか質感を似せていこうと工夫しましたね。

冨永: 塗装も砂を混ぜて塗ることで、日が当たるとグレーにもなるし、
ブルーにも見える瞬間があるようにするとか、
垂れ壁もセットバックして影をわざと見せるとか。
ひとつひとつはささやかなんですけど、群れになったときに
ブワッと情報量の持つ質感が浮かびあがるよう考えながら設計しました。

真鶴出版2号店の窓から見える石垣と背戸道。

真鶴出版2号店の窓から見える石垣と背戸道。

池上: 外の質感を部屋の中にちゃんと取り込んでいるって、
ここに長く座っているとわかるし、愛情を感じる。
愛情なんて言っちゃうと身も蓋もないけど、結局、そういった小さいものの集合で
全体像の脈略ができているという意味では、『美の基準』と近いよね。

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『美の基準』をどう取り入れる?

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『美の基準』という共感できる指針

伊藤: 実は真鶴出版のおふたりから、改修設計するときに、
『美の基準』をうまく使ってほしいとリクエストをもらっていたんです。

池上: そういう建築主が出てくるとは驚きだね。

伊藤: 『美の基準』については、僕らももともと知っていたのですが、
部分から全体へと組み上げて設計することの難しさも感じます。
『美の基準』は、方法論や構造をガチガチに整理するというより、
思いがけない箇所が偶然的につながるルーズさを、
言語によってカバーできるところがおもしろいなあと思っています。

冨永: 設計段階で、どれくらい『美の基準』に該当しているか、
図面にいっぱい番号を書き込んだり、建築主である真鶴出版の川口瞬さんも
計画案の段階で、『美の基準』の言葉を拾って、
文章でこの建築を表現してくれたりもしました。
それはそれで確認作業になったけど、やっぱりどこか方法論っぽくなってしまう。
そこから少し時間をおいて『美の基準』を開いたときに、
「いいなあ」と思ういろんな場所に、合いづちを打っていくような感覚がありました。

池上: 建築家は頭が堅いからねえ。建築は言語で、言語は実体だっていう
アレグザンダーの話があとでわかってくるんだけど、
小説を例えに考えれば、長編や短編もあるし、全4部作もあるし、
あるいは俳句の刹那みたいな情景もあるわけじゃない。
それを場所のコンテクストに込めてつくればいいんだと思うね。

伊藤: そうですね。『美の基準』がすご過ぎるので、
それを参考書みたいに進めてしまうと、それで満足してしまう。
だからあえてキーワードを考えないで設計してみる。
だけど、根っこではつながっていて、その場所のコンテクストや環境の声を聞いて、
移住してきた若い人たちの生活のリアリティと結びつけながら考えていく。

あとから『美の基準』と照らし合わせてみると、
結果的に似ているかもしれないと気づくんです。
これは「こういうことかな?」と、共感できる鏡みたいに設計をしました。
『美の基準』は完成して何年も経っているけど、すごく近くに感じるというか、
友だち感覚じゃないですけど、同じ悩みを持っているような気がして(笑)。

池上: ものをつくっている人はみんな友だちなんだよ。
つくるのってけっこう苦しいしね。

「池上先生が真鶴に来ている」と聞いた人が次第に真鶴出版2号店に集まり、賑やかな対談となった。

「池上先生が真鶴に来ている」と聞いた人が次第に真鶴出版2号店に集まり、賑やかな対談となった。

伊藤: いま、改修による更新の多い時代だからこそ、
こういった小規模のプロジェクトをやるときの総括的な役割として、
『美の基準』はすごく有用だと感じます。
そして、キーワードの「触れる花」「小さな人だまり」など、
これらを言葉にすることもすごいなあと、勇気のいることだなあと思います。
それって普通じゃん、みたいなことも言葉として定着させると、
いろんなものが見えてきますよね。

冨永: 言葉があると、“あること”になるんですよね。

池上: 『パタン・ランゲージ』ってすごいのよ。
誰が見ても、いいなあって感じがする。

冨永: そうですよね。
特別なものはなにも写ってないのに、すごく惹きつけられます。

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文化ができるには時間がかかる?

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自分たちの価値観を発信していくこと

池上: このプロジェクトみたいに、『美の基準』を取り入れたいと思う建築主が
出てくるまでに25年かかるんだなぁとつくづく思った。
でも誰かが言い始めないと気がつかないことも、もちろんあるからね。
『美の基準』をつくって実現するチャンスがあったのが、本当に良かったなと思うよ。

伊藤: 人口減少の局面に立ち、空き家問題が叫ばれる時代になって、
価値観や人の興味が変わり、ようやく立ち止まって
いろんなものに目を向ける余裕ができた。ここまで25年かかったということですね。

冨永: 住むまちを選ぶ基準が、便利さだけじゃなくて、暮らしの質や、
風景的な魅力に向かうようになったのかなと思います。

トミトアーキテクチャの伊藤孝仁さん。

トミトアーキテクチャの伊藤孝仁さん。

伊藤: 真鶴出版のふたりと文化について話したのですが、
文化は急にできるものじゃなくて、
ちょっとした風景や共感を呼ぶものがきっかけになって、
自分もやってみようと、少しずつ増えていき場所に定着していくのだろうと。
それにはやっぱり時間がかかるのだろうと思います。

池上: 文明が腐ると文化になるわけでしょ。時間がかかるんだよね。

伊藤: 高度経済成長は回して壊していくことでお金を生み、
みんなが経済的な概念にとらわれていたけど、僕らの世代では人口も減っていくし、
そこに縛られず、どう生きていくかを考え始めている人が多くて、
そのライフスタイルのひとつの表れが、移住なのかもしれません。
都心から離れた場所に住んで、新しい生活を考えていく若者が増えているんですよね。

池上: すごく二極化しているよね。

伊藤: 二極化しているなかで、僕らの世代は
難しいところに立たされているように思います。
例えば「Amazonは希薄なシステムだから」と、
昔ながらのものに身を委ねることはただのノスタルジーなのではないか? 
高度産業システムから距離をおくだけでいいのか? という思いがあって。
片方を否定するだけじゃ難しいなぁと。

池上: 否定する必要は全然ないんじゃない? 
否定しようと何だろうと、脈々たる世界の流れであるわけで。
産業革命だってそうだったし、いつの時代もそうだよね。
ただ自分たちが価値あると思うものを、自分たちの力でアピールしていけばいい。
それに共感する人は自然と集まってくるということだと思うんだけどね。

対談を行う前に真鶴のまちを散策。地元の人たちを含めみんなで交流するワンシーン。

対談を行う前に真鶴のまちを散策。地元の人たちを含めみんなで交流するワンシーン。

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トミトも真鶴出版2号店の書籍を…?

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冨永: 真鶴出版2号店は、いかりとか郵便局の窓とか、
まちの材料が集まってできているので、
ここがまちの民芸館みたいな存在になれたらいいなと思っています。
そして、真鶴出版のおふたりは、まちを歩いて案内する活動をしていて、
2号店はまち歩きの始点と終点であり、『美の基準』の影響を受けた建物でもある。
まち歩きと建物とをそれぞれ参照できるような場所をつくれたのが
よかったと思っています。

池上: それはもうエクセレントだよ。
真鶴出版2号店はそのまま『美の基準』でつくったと言っても全然おかしくないし、
そう言っていい。

冨永: 真鶴出版は、まち歩きというローカルに根ざした活動と、
出版というもっと広いスケールの活動の、
極小と極大のふたつのスケールを並走させているのがおもしろいなあと思っています。
私たちの世代がやらなくてはいけないことって、
ふたつのスケールを意識しながら泳ぐということ。

いいなと思った価値を自分の中で言語化して、
価値としてわかってもらえるような理論を構築できたら一番いいですよね。
それを共有できたらもっといい。その方法を考えなければいけないと思います。

池上: それは、まったくその通りだと思うよ。
あなたたちも書籍を書く必要があるよね。僕もコミュニティ真鶴をつくってから、
「君には書く義務がある」と、五十嵐先生にさんざん言われたのよ。

野口さんと3人で、何週間か別荘に缶詰になって、
『美の基準』やコミュニティ真鶴の制作などをまとめた書籍
『美の条例』を書いたわけだけど、やっておいてよかったと思うよ。
25年経ってもまだ廃本になっていないし、インパクトはあったんだよね。
こういうことは繰り返し、実践者が言っていかないとダメなんだよね。

冨永: 自分たちの活動を広く発信したことに、ちゃんと戦略があったんですね。

池上: あなたたちには『美の条例』を出した当時の私たちとは
また違う感性があるはず。その世界観で真鶴出版2号店のことを書いて、
ぜひ真鶴出版から出してほしいな。

伊藤: 建築がまちに佇んでいるのと同じように、
『美の基準』も書籍や条例となってまちに佇んでいる。
池上さんたちの25年前の思いや熱量はいろんなかたちで息づいていて、
僕たちに「無名の質」をささやき続けてくれました。
バトンを受け継いだ気持ちで、25年後の誰かに語りかける何かを、
真鶴出版のおふたりと一緒につくっていけたらと思います。
その頃にはみんな50代半ばかぁ(笑)。

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池上さんからの言葉

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対談の翌日、真鶴出版2号店で宿泊をした池上さんから、
トミトアーキテクチャのおふたりにこんなメールが届きました。

真鶴出版2号店で迎えた朝の感想です。

たっぷりと二日酔いの朝、
やわらかい光に励まされ、うつろ・うつろ。
ここはどこなんだろう? と

頭は半分アルコーブ。
窓越し気配は町の香りか? 
ちょっと何かの音? がする……ノヵ……

ぬくもる布団を押し上げて
ゆったりとした階段を下ります。

左右に、上下に、ぬるぬる広がる大きさが
だんだん眠気を覚まします。

あちこちから巡り来る朝のガス。
柱、梁、束、マド
光か? 質か? 実体か?
空間と表現できない快楽が押し寄せているのかな? 
そんなことどうでも良いわいな。
幸せ。

絹磨き仕上げの面台で味わうスープとコーヒー。
こりゃ誰が作ったんだい? 
『美の基準』は誠に表現しにくいけれど
誰でも経験はできまする。

お見事。
よくぞ我慢して組み立てました。
この先は、もっと自由に。
天衣無縫に創造できると思うよ。

2019年2月
池上修一

撮影:小川重雄

撮影:小川重雄

information

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真鶴出版

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2

http://manapub.com/

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