連載
posted:2019.2.5 from:富山県氷見市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Hiroyuki Akashi
明石博之
あかし・ひろゆき●1971年広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。
こんにちは。グリーンノートレーベル(株)の明石博之です。
気がつけば、本連載はもう7回目を迎えます。
毎回、当時のことを懐かしく思いながら、
自分の決意と向き合ういい時間となっています。
vol.1〜vol.6では、射水市の新湊地区を流れる内川周辺の活動をご紹介してきました。
そして次第に、その活動範囲は周辺のまちへと広がっていったのです。
今回の舞台は、寒ブリで有名な氷見市です。
新湊と同じく、富山湾に面した北陸有数の漁業のまち。
漁師町の風情あふれる黒瓦の町家群は、私の大好きなまち並みです。
古い建物好きが高じて、2014年頃から、
氷見市の歴史的建物の保存活用事業に関わるようになりました。
それからのご縁で、このまちに移住したい人たちを増やして、
移住するまでの支援をするというお仕事を、市役所の委託事業としてやっています。
この事業の運営組織として〈IJU応援センター・みらいエンジン〉を立ち上げ、
お借りした氷見市内の町家を拠点に、活動を展開しました。
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活動2年目にあたる2017年の7月、このプロジェクトの一環として、
東京で開催された富山県主催の移住フェアに氷見市ブースとして出展しました。
フェア当日は、地方への移住を考えている大勢の人たちが、
朝から会場にやってきました。
そこで出会ったのが、東京に暮らしている20代の若いご夫婦。
ご主人は、氷見市出身の山本悠貴さん、奥様は秋田出身の梢(こずえ)さんです。
小さなお子さんも一緒でした。
悠貴さんは、東京でクラフトビールを製造販売している会社に勤務していて、
近いうちに故郷に帰って、クラフトビールの店を開業したいとのことでした。
山本さんたちは、富山県内で店を出すなら、人通りが多い富山市内か、
地域密着でやるなら地元氷見市か、かなり悩んでいる様子でした。
私は、どちらがいいかは言えませんが、自分の経験をふまえて、
地元氷見市でも十分にやっていけるのではないかとアドバイスさせてもらいました。
その時点で、とくにオススメの物件はありませんでしたが
「必ずいい物件を探します」と山本さんご夫婦に約束をして別れました。
物件探しといっても、私たちは不動産屋ではありません。
しかし、空き家に関する相談窓口を兼ねた〈氷見市空き家情報バンク〉の
Webサイトを運営しているのが私たちの強みでもあります。
基本的には、不動産屋が仲介できる状態の物件が登録対象となります。
つまり、このサイトにはあまりにも状態が悪く、
すぐに住めないような物件は登録ができないルールになっています。
空き家情報バンクに登録されている物件以外に、
私たちではどうにもならない相談案件を数多く抱えていましたが、
その中にも山本さんたちにピッタリの物件はありませんでした。
しかし、移住フェアが終わってから間もなく、奇跡が起こりました。
氷見市内の空き家の所有者から連絡がありました。
氷見漁港にも比較的近く、歴史的なまち並みが続く中心市街地の中を流れる
湊川の河口に位置した、小さな3階建ての古いビル。
ここを何とか活用してもらいたいという相談でした。
海沿いの道路をクルマで走っていると、必ず目に入ってくる好立地に建っていて、
建物の3階からは海辺のムードを満喫できる景色が一望できます。
天気が良ければ富山湾越しに立山連峰を見ることができるという
最高のロケーションです。
現地を見てすぐに、「山本さんのクラフトビールはここだ!!」と、
ひとり盛り上がってしまいました。
この奇跡的な「点と点の出会い」。その間に立った私の頭の中に、
映画『トワイライトゾーン』のテーマソングが流れてきました。
こんなことって、現実にあるんですね。
その場で、所有者さんに「ここを必要としている人がいます!」と伝えました。
そしてすぐに、山本さんにも連絡しました。
所有者さんは氷見市外に住んでいて、
空き家になってから10年近くは経っていると思われます。
その間、1階の一部を事務所として活用されていた時期もありましたが、
人が住んでいないために、3階の屋上からの雨漏りや外壁の傷み、
給排水設備の劣化などが目立ちました。
8月、山本さんは、私たちが主催の移住体験&空き家見学ツアーに参加。
候補地のひとつとして、この空きビルも見てもらうことにしました。
すると、広さもロケーションもイメージにぴったりとのことで、
大変気に入ってくれました。
しかし、ここで商売が成り立つのか、リノベーション工事が予算に収まるのか、
などの不安はあったと思います。
私は「超」がつくプラス思考なので、「何事もなんとかなるさ!」と思う性分ですが、
山本さんはさらに上を行っていました。
見学してから間もなく、この空ビルを譲り受けることを決意。
2017年の秋、家族で氷見市に移住し、
それから大急ぎで開業に向けた準備が進められました。
資金調達は地元の銀行で、設計や工事も地元の工務店に依頼。
通常、IJU応援センター・みらいエンジンのお仕事としてはここまで、です。
ですが、なんと(もちろん期待していましたが)、
山本さんから店舗の空間デザインのご依頼をいただきました。
つまり、ここから先は、〈マチザイノオト〉本来の活動として、
お店のオープンまで関わることができるのです。なんてうれしいことでしょう!
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今回のリノベチームは、初めてご一緒するメンバーです。
工事担当は、山下勝社長が率いる地元工務店〈山正〉さん。
そして、山正さんとコンビを組んで設計している建築士の竹尚晃さんです。
まず、3階建ての空間をどう使うか?
この大事な部分は、オーナーである山本さんが店舗運営の大まかなコンセプトを考え、
各フロアの使い方の方針を打ち出しました。
通常営業では1階だけを使い、ふたりで回せる規模に。
1階にはお店の心臓部とも言えるビール醸造室をつくりますが、
かなり厳格な基準をクリアしなければ醸造免許がもらえません。
それから、大勢のグループが利用することを想定して、
景色がいい3階フロアにも客席をつくることになりました。
3階に上がるには、屋外階段を上がって2階へ行き、
そこからさらに屋内階段を使って3階へ上がる、というゾーニングになりました。
私の仕事は、それをもとにしたフロアレイアウトと
細部に至る空間デザイン、照明計画、インテリアコーディネートです。
デザインパースやイメージコラージュをもとに、設計担当の竹さんが図面化します。
それをみんなで検討し、アイデアを出し合い、何度も修正を繰り返す、
そういった作業が延々と続きます。
課題解決スピードをアップするため、
躯体をはっきりと露出するように内部解体を進めていきます。
このビルの躯体は鉄骨とコンクリートブロック、
外壁はALCパネル(軽量気泡コンクリート建材)という造りです。
過去のリフォームによって、なくてはいけない鉄骨の水平ブレース(筋交い)が
切られているのを発見しました。
こうした問題は、空間レイアウトを決定する前に知っておくことが大切です。
天井の内装を解体してみたら、思ったより梁が低かったり、
不思議な場所から配管が伸びていたりしました。
そうすると、最初に思い描いた計画が無駄になることがあります。
かといって、最初から全部の内装を解体してしまったら、
必要な部分を無駄に壊してしまう恐れもあり、
つくり直しのコストがかかってしまいます。
見通しを立てることは大変ですが、リノベーションは手順が大切であり、
チームワークによって難題をクリアしていくことが、
もっとも楽しい作業のひとつでもあります。これこそがクリエイティブな仕事です。
さて、空間デザインのイメージですが、
こちらは山本さんご夫妻から提供していただいた、
好きなお店の写真やクラフトビールに関する雑誌などを参考にしました。
それをもとに「クラフトビール×海辺×工場(醸造)」のイメージを膨らませて、
デザインに落としていきました。
1階は、醸造場の広さや内装制限などが厳しく決まっているため、
スペースの配置が決まってからほかのことを考えました。
山本さんからもらったキーワード、
「飲みながらビール醸造場を眺める」
「ビールを注ぐタップの演出」
「クールだけど落ち着く」
「予算が足りない場合はDIY」などによって、イメージはどんどん膨らみました。
工場っぽい空間にするため、化粧材はほとんど使わず、
無機質な素材で表情を豊かに、クールなデザインにしました。
床はコンクリート土間に、壁はタイルやしっくい塗り仕上げを、
天井板は高く取り、色はモノトーンで統一すると、より「ファクトリー感」が出ます。
ビール醸造場は、鉄製サッシにガラスをはめ込んだ空間にして、
ここでビールがつくられているというリアルな現場感を演出しようと思いました。
2階は、屋外階段を上がって、もとあった玄関を入口に。
廊下や階段、部屋の引き違い戸などの住宅っぽさが気になるので、
床を貼り替え、壁は塗り壁に。
2階のトイレも、無機質な質感によってクールな印象にしようと思いました。
3階は、8畳と6畳の和室がありましたが、この壁を全部ぶち抜き、
合板とフローリングの広い空間にしようと考えました。
また、和室の床の間をそのまま利用し、その一方で鉄製の金網を仕切り壁に使い、
同じ空間に雰囲気も素材も違う要素を用いて、
ちょっとおもしろい印象のデザインを提案しました。
山本さんご夫婦は、この斬新なデザインを大変気に入ってくださり、
基本的なデザインの方針が決まりました。梢さんはインテリアに興味があって、
好き嫌いがハッキリしている点は、大変助かりました。
ご主人の悠貴さんは、おもにオペレーションと予算管理の担当です。
梢さんの膨らむアイデアを予算面から厳しくチェック! という具合に、
夫婦でしっかり役割分担があって、そのやりとりを聞いているのも楽しかったです。
12月、いよいよ本格的に工事がスタート。
私のデザインがちゃんと建築として成り立つのかどうかは、
建築士の竹さんがしっかりとチェックしてくれます。
逆に図面が先行した部分は、私が細かいデザインを検討します。
どうしても予算に収まらないことは、山本さんご夫婦がDIYで
壁塗りなどの仕上げ作業をすることになりました。
そうすることで、結果的に味のある、いい雰囲気の仕上がりになりました。
職人さんに「あんまり上手に塗ると、わしらの仕事がなくなるねかぁー」と
冗談を言われたりしていました。
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2018年3月、ついに完成しました。
お店の名前は〈Beer Cafe Brewmin(ブルーミン)〉といいます。
「brew」は醸造する、「bloom」は花が咲く、
このふたつをかけ合わせて「Brewmin」と名づけたそうです。
一般的には、ビール醸造と販売、パブを兼ねた「ブルーパブ」と呼ばれる形態ですが、
あえて「ビアカフェ」としたところが、立ち寄りやすさにつながると思います。
内部解体によって明るみになった、鉄骨梁の下面が低いという問題。
普通に梁の下に天井板を貼ってしまったら、かなり圧迫感があります。
とはいえ、鉄骨を露出すると頭上がごちゃごちゃしてしまいます。
ダウンライトを埋め込むために、どうしても天井はほしいところ。
……であれば、ギリギリまで天井を上げて、
露出する鉄骨も一緒に頭上全体を白色に塗ってしまえ! というのが
みんなで考えたアイデアです。照明器具も白色に統一しました。
また、ビール醸造室を囲む鉄製サッシは予算内に収まらないため、
鉄っぽい雰囲気のアルミサッシ材を使い、
さらにガラス越しに鉄製のメッシュで仕切りを入れることで、
パッと見たとき、全体がスチールサッシのように見える、という工夫もしました。
オープンは、2018年4月です。
山本さんご夫婦に加えて、飲食店で働いていた悠貴さんの弟、
尚弥さんが店長として経営に参加しました。
オープン前には、このビルの元所有者さんご一家や
工事関係者、親しい人たちを招いたパーティーが開催されました。
ブルーミンは、1回の仕込みが約150リットルと少量で、
いわゆるマイクロブルワリーと言われるもの。
いまや、全国に300か所を超えるほど人気の業態となっています。
山本さんご夫婦は、若くて前向きで明るい性格。
誰にでも好かれるタイプです。そういう人柄だからこそ、
いろいろな人に応援してもらえるお店になってきたと思います。
地元のイベントにも積極的に参加して、確実にファンを増やしていて、
富山県内のビール好きにはしっかり認知されているようです。
今後は、地元の原材料を使ったビールの開発や、
お店に来られない人向けに瓶ビールの販売を展開していく計画があるそうです。
この場ができたことをキッカケに、
どんどん氷見市のリノベーションカルチャーが広がっていくことを期待します。
もちろん、私たちもそれに協力していきたいと思っています。
次回は最終回。東京から内川に移住してきた外国人が
バーをオープンさせるストーリーをお届けします。
information
Beer Cafe Brewmin
住所:富山県氷見市比美町24-10
TEL:0766-54-6596
営業時間:11:30~14:00、18:00~22:30(土曜11:30~22:30、日曜11:30~21:30)
定休日:火・水曜
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