連載
posted:2018.12.28 from:富山県射水市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Hiroyuki Akashi
明石博之
あかし・ひろゆき●1971年広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。
こんにちは、グリーンノートレーベル(株)の明石博之です。
今回は、富山県に来てから初めて身内以外の人から
お仕事として場づくりのプロデュースを依頼された、
記念すべきふたつのプロジェクトをご紹介します。
東京時代にまちづくりのコンサルタントをしている頃、いつかは地方に移住して、
まちづくりに貢献できる「プレイヤー」になりたいと思っていました。
暮らす地域で仕事をして、そのまちに貢献できる事業をするのが、
私の理想的な生き方です。
いまでは大好きになった新湊内川に〈カフェuchikawa六角堂〉ができて、
それから事業拠点となるオフィス〈ma.ba.lab.〉ができて、
ついに富山市から新湊に住まいを移したことで、
かねてからの夢が現実のものとなりました。
vol.5でご紹介した〈小さなキッチン&雑貨Lupe〉は、
新湊内川に拠点を持ったからこそできたプロジェクトでした。
同時に、思いつきや気まぐれでなく、私たちがビジョンを持って活動していることが、
なんとなく地域のみなさんにも理解してもらいつつあるような気がしていました。
そんな2016年の春、と言ってもまだ雪が残る季節。
小さなキッチン&雑貨Lupeのリノベ計画を思いついたちょっと前の話です。
「内川沿いにお店やオフィスをつくりたいという人、誰かいないかなぁ」
と思っていた矢先に、地域行事の委員会でお会いする方から相談を受けました。
その方は、地元で3代続く貸衣装店を営む川口貴巳さん。
川口さんは、地元でまちづくりに取り組んでいる
NPO〈水辺のまち新湊〉さんが主催している夏のイベント〈内川十楽の市〉に
毎年参加していて、来場した人に着物や浴衣をレンタルして、
和装姿でイベントを楽しんでもらおうという企画をしていました。
あくまでも年1回のイベントでやっている企画でしたが、川口さんは次第に
「内川の活性化のために、和装姿で散策を楽しめる拠点をつくりたい」
と考えるようになったそうです。
その拠点となる物件はすでに決まっていて、商店街に面した古い町家でした。
かつては洋品店を営んでいた住居兼店舗で、
住居の入り口が商店街の裏手にある内川に面していました。
この商店街通りにある店のほとんどは、同じような建物の造りをしています。
町家の中庭から半分は商店の造り、あとの半分は居住空間となっていて、
生活の出入りは内川側を利用している場合が少なくありません。
物件の持ち主さんは県外に住んでいて、2階の一部だけを親戚の方に貸していました。
1階部分は利用されないままで、水回りを中心に床や壁の傷みが激しくなっていました。
川口さんは、利用されていない1階部分を借りて、
和装に着替えてまち歩きをするための拠点づくりをしようと考えました。
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まず、建築的な問題よりも、事業者が古い建物の一部を借りて、
リノベーション工事をするという、
この地域ではあまり事例のないスキームが心配でした。
工事の費用負担や賃料の設定、それから管理の責任範囲や原状復帰の条件など、
非常にハードルの高いリノベーションになります。
結局、整備に関わる費用分担については、所有者であるOさんに
床組や一部の配管、中庭の整備など「修繕」に値する工事費を負担していただき、
その他の工事は川口さんが事業設備として投資することにしました。
また、1階部分のみを賃貸することとして、
2階の屋根の雨漏りや外壁の修繕に関しては、
所有者のOさんが負担することになったようです。
Oさんは、実家が活用されて、人のつながりが生まれ、
そして故郷に帰ってくる楽しみができることをうれしく思っているようです。
今回は建築士と組まずに、工務店の現場監督さんや職人さんと相談しながら、
デザインを決めることにしました。
設計図面を最初からカッチリと描くよりも、だいたいのゾーニングをしてから、
現場合わせでアイデアを膨らませるほうがいいと思ったからです。
予算の上限を決めたうえで、そのやり方について、川口さんからの了承を得ました。
工事は2016年の5月末にスタート。
7月30日に開催される内川十楽の市にオープンするため、
約2か月間の工期で完成させなければなりません。
川口さんの構想では、内川側で和装のレンタル、
商店街側で洋装のレンタルをすると決めていました。
もともと洋装店だったこの店舗のことを思うと、ストーリーとしては申し分ありません。
この建物の隠れた価値は、内川側に和室があることです。
しかし、この和室と内川を遮断するように、外部に面した倉庫スペースがあるために、
本来見えるべき内川の景色は、
倉庫のブロック塀で完全にシャットアウトされていました。
この倉庫部分を貫き、内川の景色を室内から楽しめるようにして、
中庭から風が通り抜ける空間にしたら、それだけで新たな価値が生まれると思いました。
着物がモチーフの場なので、基本的には昭和レトロなイメージを残しつつ、
ちょっとしたモダンな雰囲気を加えました。
内川からの動線を「表側」と考えて、
外部から内部へと続くコンクリート土間の空間をつくり、
さらに小屋根をかけて、自然な雰囲気で和室へとつながるよう工夫しました。
中庭に面した水回りは天井から床までが朽ち果てており、
この部分は屋根と一部の壁を残して、まるごと入れ替えることにしました。
また、古いアルミサッシや朽ち果ててしまった木製建具は、
まだまだ使えそうな古い木製建具を探してきて、
大工工事で枠の寸法を合わせて入れ替えました。
こういったことの積み重ねでコストを下げていきます。
洋装のレンタルスペースは、川口さんの会社のスタッフさんや、
地元の知り合いなどに頼んで、店舗の古い化粧材をはいだり、
ペンキ塗りをしてもらいました。
一部の床貼りや装飾などは弊社のスタッフでDIYしました。
ここでも大幅にコストが下がりました。
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ついに完成です。新湊内川に新しいカルチャーが誕生しました。
これは単に空き家をリノベーションしただけではありません。
地方のインバウンド時代も近く、2次曲線で成長する予感がしており、
地域に新しい視点と可能性を与える事業になると確信しています。
この場所は〈おきがえ処・内川KIPPO〉と名づけられ、
無事に内川十楽の市に合わせてオープンし、みなさんにお披露目されました。
川口さんはオープンした当日
「当分採算は合わないけど、ここから新しい何かを得られると信じている」
と語っていました。
オープンして2年半が経ちました。
SNSやタウン誌でのPR、イベント開催などを通じて、
いまやKIPPOは内川の名所となっています。
最近では、土日ともなると、KIPPOの着物や浴衣を着て、
内川を散歩している人を見かけない日はないというくらい、
人気のスポットとなっています。
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その後、KIPPOのプロジェクトをキッカケに、
物件オーナー・Oさんとのおもしろい展開が生まれていきました。
Oさんは、内川で生まれ育ち、結婚を機に大阪で暮らすようになった
岡田典子さんといいます。
KIPPOのリノベ工事の最中のこと。岡田さんから
「実はもう1軒、小さな倉庫があるが、雨漏りがひどいので壊そうと思っている」
という話をお聞きしました。
どんな場所なのかと気になって、その建物を見せてもらうことにしました。
現地に行ってみると、間口が1間半(9尺≒2.7メートル)の2階建てで、
1階を駐車場として貸していました。
1間半であれば、ちょうど普通自動車がギリギリ入って、乗り降りができる幅です。
しかし、2階は雨漏りがしていて、放置されている状態でした。
岡田さんが壊そうとしている理由も理解できましたが、
この建物を見た瞬間、屋根つき駐車場のある
小さなオフィスみたいに使ったらおもしろいかも、というアイデアが浮かびました。
そのアイデアをすぐさま岡田さんに共有したところ、
そもそもこの建物を再利用しようという発想に驚いていました。
確かにおもしろいアイデアだと理解してもらいましたが、
実際に利用してくれる人がいるのかという心配が先に立ったようです。
確かにそうです。すぐに入居者が現れるかどうかはわかりません。
しかし、この地域の空き家事情と、通りで1軒壊されると、連鎖反応のように
次々と同じ通りで空き家が解体されてしまうという話をしました。
すると岡田さんは「どんなリノベーション構想なのか提案してほしい」
と言ってくれました。僕はうれしくなって、頭の中にあるイメージをもとに、
すぐにパースを描き始めました。楽しいことは作業も早く進みます。
1週間後には、岡田さんに提案するデザインができ上がっていました。
それから間もなく、岡田さんはご主人と一緒に帰省され、
カフェuchikawa六角堂でお会いすることにしました。
図面とデザインパースを見てもらいながら、
リノベーション構想についてプレゼンテーションしました。
まだやると決まってないことを、こちらのお節介で提案するのは初めての経験です。
利用コンセプトは、フリーランスの人が仕事をするオフィス。
ここで簡易的に寝泊まりすることもでき、1階には駐車場もある。
駐車場スペースは、いざとなればイベントスペースにもなる。そのような提案です。
岡田さんはこの提案を大変気に入ってくださり、
上限予算ありきでプロジェクトにゴーサインを出しました。
条件としては、完成後に入居者を探すこと。
僕はここまで責任を持とうと思いました。
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予算内で設計費を捻出することができなかったため、
今回は知り合いの若手建築士にお願いして技術指導してもらいながら、
空間設計を進めていきました。
施工は、今回初めて仕事をお願いする宮大工さんです。
建築に対する考え方の違いなどは、とてもいい勉強になりました。
小さなキッチン&雑貨Lupeでやったように、
素人でもできる作業は積極的にワークショップを取り入れました。
荷物処分と内装の解体、塗装、それから金ゴテを使った壁塗りです。
古い町家が隣接しているので、事前に考慮すべきことがいくつかありました。
内装解体の初期段階、慎重に壁を壊していたにもかかわらず、
崩れた壁がお隣の壁との隙間にどっさりと落ちてしまいました。
この振動によって、隣のお宅に大変迷惑をかけてしまいました。
隣の方が心配になって様子を見にくると、僕はその都度平謝りをして、
より一層気をつけながら作業を進めました。
なぜ素人が作業しているのかも、理解してもらえるよう説明しました。
塗装に使った柿渋の始末や、作業途中の片づけなどがちゃんとできておらず、
大工さんに何度も叱られました。
ワークショップに参加した人には楽しく作業をしてもらいたい。
しかし、ボランティアでも最低限守るべきルールやマナーもある。
一定の技術レベルが必要なこともある。
そのようなマネジメントの難しさも、このプロジェクトを通じて経験していきました。
予算配分の考え方の違いも勉強になりました。大工さんは
「屋根と外装をケチってまで、内装にお金をかける必要はない」と断言しました。
さらに「町家だとしても、くっついている隣の家がなくなっても
しっかり自立できるよう補強しなければいけない」と考えていました。
ここにお金をかけてしまうと、十分に内装を仕上げることができず、随分と悩みました。
しかし、大工さんの言うことも理解できる。
そこで考えたのが、珪藻土や漆喰塗りを職人さんに頼まずにDIYでやることです。
この考え方も大工さんに反対されましたが、この選択しかありませんでした。
リノベ工事は、すばらしい仕上がりとなりました。
正面入り口の根継ぎした柱は伝統工法の金輪継ぎです。
この地域の町家でここまでやっている工事は見たことがありません。
各所の仕上げの質、建材へのリスペクトは、さすが宮大工さんだと思いました。
また、断熱と防音対策として、既存の柱の上からプラスターボードを貼り、
さらに半身の柱を「付け柱」することによって、
伝統工法の雰囲気を損なうことなく、快適な空間にすることもできました。
こうして2017年7月、間口1間半の賃貸オフィスが完成しました。
市役所の空き家バンクに登録したり、SNSやブログで紹介したり、
無料掲示板に投稿したり、いろいろな方法で入居者を見つけました。
ひとり目の入居者が退居したあとも、すぐに次の入居者が決まりました。
東京と北陸を行ったり来たりしている映像技術系の会社です。
北陸のサテライトオフィスとして利用されるそうです。
このふたつのプロジェクトを通じてわかったことがあります。
カフェuchikawa六角堂のときは、自分の思い、経営責任、
社会的なニーズを同時に叶えようとしました。
しかし、その後のma.ba.lab.、そして今回のKIPPOと町家オフィスのプロジェクトは、
主体者の思いを聞いて、経営責任者をリスペクトしつつ、
社会的なニーズを考えるという仕事です。
つまり、今後のマチザイノオトは、自分自身がそこの一番の顧客であり、
その店や空間のファンという視点を持つことが大切だとわかりました。
次回は、新湊内川から隣町の氷見市へと広がりを見せた活動についてご紹介します。
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