空き家から見えてきた、 地域が抱える課題

裏に山が広がる、赤い三角屋根の空き家

コロカルの連載も今回で10回目となった。
半年間、エコビレッジをつくるために土地を探してきたわけだが、
ここにきて具体的な候補地が見つかった。
その土地とは、前回もチラリとお話しした、
ハイジの丘のように美しい山の土地だ(ただいま地主さんと交渉中)。
当初の構想だと、山の土地を買ってそこにエコビレッジを建てようと思っていたのだが、
インフラ問題など解決しなければならないことが予想以上に多いこともわかってきた。
そこで、山の土地を買ってゆくゆくはそこに家を建てるとしても、
同時にもう少しハードルの低い方法で、
夢への第一歩を踏み出したいと思うようになった。

新しい可能性を考えるきっかけになったのは、
ハイジの丘の近くに空き家が見つかったことだ。
まずはここでゲストハウスなどをスタートさせ、
徐々に規模を大きくしていくことはできないだろうかと、思い始めている。

2階建ての家。築年数はかなり古そうだが、以前の住人が大切に使っていた様子が感じられる。

1階部分。引き戸を開け放つと広々として、子どもたちが駆け回っていた。

この空き家は、岩見沢の東部丘陵地域の活性化に取り組む
NPO〈M38〉が管理する物件だ。
M38は、この地域に移住を希望している人たちに向けて
空き家を紹介する活動を主に行っており、代表の菅原新さんに、
わたしがエコビレッジをつくりたいという構想を話したところ、
物件を紹介してくれたのだった(その経緯は前回の連載に)。
場所は、山々が連なる美流渡(みると)という地区にある。
この空き家は、今年の10月まで使われていたそうで、
移住者がすぐに生活が始められるようにと家具や家電なども残されていた。

ストーブもすぐに使える状態。台にはタイルがあってデザインがかわいい。

棚や机も残されている。モダンなプリントが施された食器棚を発見。

昭和テイストの畳マット。敷物やドアノブ、引き戸のガラスなどの模様はどれも手が込んでいて見ているだけでも楽しい。

小豆島の静かで美しい冬の朝

目の前の景色を見て感じる瞬間

12月17日、今年の小豆島はこの日からぐっと冷え込み始めました。
天気予報でも週の後半から冷え込むでしょうと言っていたので、
これはようやく冬が来るかなと思っていたけど、ほぼ予報通り。
いつもより1か月くらい遅く、畑で育てているレタスなどの畝に
ビニールのトンネルをかけました。
霜で枯れてしまわないように。

冬支度した畑。レタスや葉ものなどの畝にはビニールトンネルを。

そして迎えた冬の朝。
びっしりと霜が降り、昨日までとは違う景色。
あ~、冬だなとうれしくなり、カメラを持って畑へ。

しゃがんでよーく見ると、落ち葉や草についた霜はとても美しい。
粉砂糖をふりかけたお菓子みたい。
拾い集めた落ち葉もそのへんの雑草もみんなきれい。

落ち葉もなんだか作品みたい。

ふだんは憎き雑草も、葉脈が美しくて見とれる。

アップルミント。霜が降り始めたらもう枯れちゃいます。

もうすぐ日の出です。

私たちが暮らす肥土山(ひとやま)地区は山に囲まれているので、
冬は日が昇るのが遅く、暮れるのが早い。
ちょうどいまがいちばんお昼の時間が短いですが、
朝は7時半過ぎにようやく山の後ろから太陽が昇ってきて、集落を照らしてくれる。
そして夕方4時半頃には反対側の山の後ろへ。

霜が降りた草たちに太陽の光があたり始め、キラキラと光り、
あっというまに溶けてしまいました。
冬の冷たくて静かで美しい朝はあっという間に終わりです。

山の後ろからようやく太陽が出てきました。

照らされてキラキラとするビニールトンネル。

一瞬で霜が溶けてしまいます。

おためし住宅から定住の住まいへ

地域の方々に助けられた引っ越し

「明日12月1日より、移住おためし住宅に住んでいた立石さんが
◯◯さん宅に引っ越され、定住されます。
1日も早く慣れていただけるよう、皆さまご協力ください」

空き家への引っ越しの日。
家に設置された集落放送のスピーカーから、こんな案内が流れてきた。
「立石さん」とはわが家のことである。
わお、と驚く夫とわたしと娘。
このスピーカーは各戸にあり、集落のいろんな情報が流れてくる。
いよいよ、移住おためし中の「お客さま」から
集落の一員になるのだなぁ、と実感した瞬間だった。

おためし住宅と、定住先の空き家は同じ集落のなかにあり、ほんの数百メートルの距離。
これまで地域の行事などを通じて知り合った方々も
わたしたちがここに定住することを喜んでくださり、それがとても心強いことだった。
距離が近いので業者には頼まずに荷物を運ぶことにしたが、
引っ越しの前週には、目の前の家の方がワンボックスカーを出して
冷蔵庫と洗濯機を運ぶのを手伝ってくださった。
さらに引っ越し当日には、集落の頼もしい男性陣4人が、
軽トラを2台出して、すばらしい手際のよさで荷物を運んでくださった。
わが家の荷物は結構たくさんあったので、家族だけではとても運びきれなかったと思う。
まさに地域の方々の助けがあって、乗り越えることができた引っ越しだった。

12月中旬には、集落のさらに小さな単位 “班” の
忘年会(兼わが家の歓迎会)が開催された。
会場の公民館で昼過ぎから準備をするので、時間があれば来てね、
とのことで、子どもを連れて準備から参加した。
和やかにおしゃべりをしながら、お鍋の材料を切ったり、器の準備をしたり。
その合間に、お酒やお茶を飲みつつ
ストーブで蟹を焼いて食べたり……のゆるく楽しい雰囲気。
子どもも、近所のお友だちと楽しそうに遊んで過ごしていた。
皆さん本当にいい方ばかりで、いわゆる“よそ者”の私たちにも
分け隔てなく、自然に接してくださる。
移住者に壁をつくらず歓迎してくださる地域にご縁ができたことは
なによりもうれしいことだと思う。

公民館で、忘年会の準備。鳥取といえば、の蟹をさばく。

準備の合間に、ストーブで焼いた蟹をつまむ。

公民館にあった“放送室”。ここから集落放送を流すらしい。

いよいよ商品発表会。 来場者の反応はいかに 淡路はたらくカタチ研究島 後編

東京を皮切りにイベントも続々と開催。淡路島ならではの商品の発表会

淡路はたらくカタチ研究島〉のプログラムのひとつ
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉で今年度開発された商品の発表会が、
渋谷の〈ヒカリエ 8/〉にて11月24日から29日まで行われ、
今年度開発された4商品に加えて、2013年と2014年に開発された10商品、
計14品が並んだ。3年分のすべての商品が揃うのはこれが初めてだ。
来訪者に商品の感想やフィードバックを聞き、
今後の商品展開に生かそうという場である。
また、実際に今年度開発されたいくつかの商品は購入できたり、
商談スペースで流通の相談ができたりと、
開発を手がけた実践支援員たちとコミュニケーションがとれる機会でもある。

会場では各商品の開発風景のムービーが上映中。

同所で商品発表会を行うのは昨年に引き続き2回目。
淡路島出身で故郷のこうした先進的な試みに
「淡路島もなんだかおしゃれに変わったなぁ」と感慨深く思う人、
地域デザインの事例として〈淡路はたらくカタチ研究島〉に興味があって見に行った人、
ヒカリエでの買い物中に立ち寄った人など、
6日間で500名以上の来場者が足を運んだ。

昨年度までの商品も並ぶ。昨年度の取材はこちら〈前編 後編〉。

淡路はたらくカタチ研究島は厚生労働省の委託事業で、
淡路地域雇用創造推進協議会が実施している。
発表会に来ていた同協議会の会長藤森泰宏さんにお話をうかがう。

まず、淡路島ってどんな島ですか?

「瀬戸内海と大阪湾のふたつの海に囲まれている淡路島は、
北から淡路市・洲本市・南あわじ市の、3つの市でできています。
淡路市は観賞用植物の栽培や水産業が盛んで、洲本市は商業の中心地、
南あわじ市は農業や特産である淡路瓦産業への従事者が多いという、
それぞれ市の産業に特徴があります。
そして、自転車でも一周できるくらいのコンパクト感。
洲本市の太陽光発電に南あわじ市の風力発電と、
エネルギー自給の島としても注目されていますね」

藤森さんは淡路島で生まれ育ったが、
淡路島の良さについては少しずつ見方が変わってきたのだと言う。

「淡路島出身の私よりも、淡路島を訪れる島外の人のほうが、
淡路島のいいところをよく知っているんです。
たとえば、私は“淡路島のいいものを”と言われて島の特産物を薦めましたが、
ある島外の人は、海や夕日といった淡路島の日常風景を“すばらしい”と言いました。
普段暮らしていると気づけない、その目のつけどころに驚きつつも、
それが淡路島の良さなのかと気づかされます。
この〈淡路はたらくカタチ研究島〉は、
島外からスーパーバイザーやデザイナー、講師を招きます。
そういう方々から教えてもらう島の魅力が多いなと、
この事業を進めてから特に感じるようになりました」

「あと、淡路島は“人がいい”って言われますね」と藤森さん。わかりますわかります。と頷く取材陣。

スーパーバイザーとして招いたのは、
過去にも数々の地域創生プロジェクトに参加するgrafの服部滋樹さんと、
ブンボ株式会社の江副直樹さん。
この2名に加え、セミナーや研修の講師を務めるUMA/design farmの原田祐馬さんや、
料理研究家の堀田裕介さん、働き方研究家の西村佳哲さんなど、
多くは島外からやってくる。
今回の4商品の商品開発でも4名のデザイナーに商品のコンセプト決めから
パッケージ制作まで伴走してもらったが、彼らもベースは阪神地域や四国などだ。
こうした“ソト”の視点と、
実際に淡路島で事業を起こそうとする提案者の“ウチ”の視点が合わさって、
商品の細部にしっかり落とし込めているという印象が
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉にはある。

今回の商品開発を例に挙げる。〈まちまち瓦〉のデザイナーは、
建築家の岡 昇平さんと家具デザイナーの松村亮平さんのユニット〈こんぶ製作所〉。
普段は香川県高松市の仏生山で活動し、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉などのプロジェクトで注目を集めている。
前編のまちまち瓦の製造現場のレポートでもお伝えしたように、
その岡さんたちのデザインセンスと淡路瓦職人の伝統と技術が融合し、
フラットな淡路瓦をつくりあげた。
今の技術をもってすれば均一に瓦を焼くことは造作もないことだが、
岡さんたちからのリクエストであえて色ムラや経年変化が起きやすいようにした。
それも瓦の個性にしてしまおうというアイデアは
デザインの一環であることに違いないが、昔の淡路瓦の製法で、
今はガス窯に変わってほとんど見ることができない達磨窯(だるまがま)や、
年月を重ね技術を確立してきた先人たちに対する、
こんぶ製作所と企画提案者・興津祐扶さんからの賛辞でもあるように思えた。

さて、発表会の会場の様子を見ていく。

じいちゃんが残してくれた柿の木

島で育てられてきた果樹を残し、活用する

冬になると毎日のように食べる“みかん”。
いまうちには、大きいダンボール3箱分くらいのみかんがあります。
どれもご近所さんからのいただきもので、作る人によって大きさや味が違い、
その違いを楽しみながらありがたくおいしく食べてます。

たくさんいただいたみかんをカフェのお客さんや友人におすそわけ。

畑作業の休憩にみかん。(撮影:太田有紀)

水分の多いみかんはお茶の代わりになります。おやつにも。

小豆島では柑橘の栽培がさかんです。
ずっと昔からいろんな種類の柑橘が育てられてきました。
仕事として作っている人、自分の家で食べるために作っている人、さまざまです。

うちの近所にもあちこちにみかん畑があります。
みかんのほかにも、ゴツゴツとして酸味の強い“ダイダイ”、
ゴツゴツしてるんだけど厚い皮をむくとなんともジューシーで
おいしい実が入っている“スイートスプリング”、それからスダチや柚子も。
最近、ライムを育てている人にも出会い、わけていただきました。
柑橘だけじゃなくて、柿や栗、梅も。
本当に食材豊かだなと思います。

島で育てられたタヒチライム。うちも育ててみたいと思いました。

宮崎県小林市に 移住した人を訪ねてみた。 半自給自足、薪ストーブがある 豊かなくらし。

個性派プロモーションビデオ「ンダモシタン小林
で一躍名を知られるようになった宮崎県小林市で、
移住した人を訪ねてみました。
今回訪ねたのは、東大阪市から移住してきた
安田進二さん、マイ子さんのご夫妻。
進二さんはメーカーに勤務されていましたが、
早期退職制度を使い、奥様の出身地の
小林に移住されました。
お子さんも独立されたタイミングということで、
大阪の都会から、自然豊かなライフスタイルに
切り替える良いチャンスだったのだとか。

もともと奥様が小林出身のご夫婦。
移住前に、市役所の空き家バンクに登録し、
空き家情報が掲載されているサイトで
良さそうな家を探していたところ、
中庭に大きな椿があり、広い敷地を持つ、
理想通りのこのお家を見つけたのだそう。
いまはお二人で、半時給自足の豊かな生活を
送っておられます。

とは言っても、移住生活は最初は大変なこともありました。
畑は石だらけ。トラクターを借り、たくさんの石を取り除いて
耕し、野菜づくりに取り組むことに。
いまでは100坪の家庭菜園で、
人参、ネギ、ピーマン、生姜、じゃがいも、
ブロッコリー、とうがらし、大根などなど、
無農薬で10種類前後の野菜を育てています。
これらは家庭で消費しているのだそう。

広い敷地に

キャベツや

ピーマン、

堆肥も手作り!

これらの野菜は、落ち葉や米ぬかで作った
自家製堆肥で育てています。
そして野菜だけでなく、にわとりもいるんです!
烏骨鶏と軍鶏を飼っています。
烏骨鶏はご近所の方がくださったのだそう。
そういうつながりができるのはすてきですね。

家の前には軍鶏と烏骨鶏が!

にわとりの飼料も天然のもの

ご夫妻は農業にチャレンジするのは初めてでしたが、
農業や森林組合の講座に出席したり、近所の方に教えて頂いたりして、
本当にいろいろなものを作っています。
こちらはきのこ。しいたけとヒラタケです。
2,000個ものタネを打ち込みました。

第22話・神戸の冬の風物詩 〈ルミナリエ〉におでかけ

第22話
神戸の冬の風物詩
〈ルミナリエ〉におでかけ

ちょっとおひさしぶりの更新です。
今週のグレアムさんは、神戸の冬の
風物詩〈ルミナリエ〉にお友達とおでかけ。
1995年の12月、阪神・淡路大震災の犠牲者への鎮魂
のために始まったルミナリエ。
あらためまして、グレアムさんがご案内!

それぞれの山ライフ実現に向けて 山を共同購入へ!

心強い仲間がいるから夢がかたちになっていく

エコビレッジをつくりたいと、北海道で始めた土地探しも半年が経とうとしているが、
実は……、とてもすてきな山の土地を見つけた。
小高い丘へのぼると、田園と山々のつらなりが見渡せる。
まるで『アルプスの少女ハイジ』のあの山の風景のようなのだ!
そしていま、地主さんと土地購入に向けての交渉を始めている。
地主さんに土地のお話をうかがっていると、とても愛着があるようで、
不動産屋を通じた売買とは違う、人と人との信頼関係が何より大切だと感じている。
土地購入の交渉の話については、おいおい書きたいと思うが
(いまは大事なときなので、リポートを楽しみに待っていてください!)
今回は、いままであまり語れなかった、
ともに夢を実現しようとしている友人のことを書いてみたい。

エコビレッジがかたちになるかもしれない、そんな実感があるのは、
この連載の第1回で紹介した、農家の林 宏さんの存在がなにより大きい。
山を買いたい仲間・山トモで、ハイジの丘(仮称ですが……)も一緒に見に行き、
お互いとても気に入った。
「一緒に購入できたら、いいですねぇ」
ということで、いま地主さんとの交渉にもふたりで出かけている。
ニコニコ笑顔を浮かべつつ、聞きたいところはズバッと質問してくれるし、
地主さんとの会話の内容も、林さんがいてくれるので全貌がつかめるといった感じだ。
地主さんも農家だったこともあり、林さんと共通の知り合いがいるようだし、
そもそも土地の大きさを、反(たん)とか、町(ちょう)という単位で話す時点で
わたしにはちょっと辛い。
ちなみに、林さんは新規就農者で、以前は北海道新聞の記者だったこともあり、
コロカルの原稿が書けないと悩んでいると、一緒にネタまで探してくれるのだ。

左が林 宏さん。右が妻の睦子さんと息子さん。林さんが北海道新聞の記者を辞めて新規就農したのは2005年。自分の仕事は自分でつくりたい、仕事も自給自足したいと農家を始めた。

林さんが山を買いたい理由は、しいたけを栽培したり、
木の実や山菜を採って自給自足的な暮らしを推し進めたいと思っているからだ。
いま、岩見沢の栗沢町に農地を持っていて、小松菜やほうれん草を主に栽培しているが、
自家用の小麦をつくるなど、少しずつ食糧の自給についても進めている。
また、太陽光発電にも取り組んでいて、オフグリッドという考えに共鳴している。
オフグリッドとは、狭い意味では、電力会社の送電網を使わない
ということになるが、林さんはこれを広く捉え、
自分たちとは別の論理で動いている経済や社会のシステムとの関係を、
できるかぎりオフにしていこうという気持ちを持っている。

そして、林さんの妻・睦子さんも、山でやってみたいことがある。
それは山の自然を満喫し、そこで生きる知恵を学んでいくような“学校”、
あるいは〈森のようちえん〉のような取り組みをしたいと考えているのだ。
睦子さんは、こうした夢を実現させようと、すでに一歩を踏み出していて、
今年は岩見沢市街にある公園でプレーパークを開催してきた。
プレーパークとは、大人ができるだけ介入せずに、
子どもの自主性を尊重し、自らの責任で遊ぶ場だ。
わたしもこの活動のお手伝いをしていて、
泥んこになってはしゃぐ子どもたちの姿を見ていると、
普段の遊びとは違う可能性を感じていた。
しかし、公園での開催だけでなく、岩見沢は車を30分ほど走らせれば、
山の自然が満喫できる場所もあることから、
こうした場を生かさない手はないのではないかと睦子さんは考えるようになった。
彼女のプランは、山に自らが住み、そこに子どもたちがやって来て、
暮らしと遊びとが密接に結びつく場をつくっていきたいというものだ。

ただし、わが家と同じように夫婦の思惑は重なるようでいて違っている。
夫である林さんとしては、
「畑があるからベースを移すのは難しいなぁ、冬だけなら住めるかなぁ」と、
ソフトな感じで困っている様子だった(わが家もしかり、妻が暴走するタイプ?)。

睦子さんが行ってきた岩見沢プレーパークの様子。子どもも大人もみんなで泥んこになって遊ぶ。

「ケガとお弁当は自分持ち」というのがプレーパークの精神。遊び場には子どもたちへのメッセージも掲げておく。

団地の持つ古きよき歴史を活かす 〈MUJI×UR 団地リノベーション プロジェクト〉が 福岡、京都に拡大!

団地の持つ古きよき歴史を活かしつつ、多くの人に長く、
心地よく住みつないでもらえるように。
2012年にUR都市機構と株式会社MUJI HOUSEがスタートした、
MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉。
これまで首都圏、中部、西日本と展開されてきたこのプロジェクトに、
新たな団地として、京都、福岡での募集が決定。
2016年1月30日(土)から、全国一斉に申込受付を開始します。

〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉のコンセプトは、
「こわしすぎず、つくりすぎない」というもの。
UR賃貸住宅などを手がけるUR都市機構と、
無印良品事業を行っている株式会社良品計画の住空間事業を担い、
”暮らしの器”としての家を提供する株式会社MUJI HOUSEのコラボレーション。
団地という住空間の素晴らしさを再認識してもらうとともに、
日本の暮らしに新たなスタンダードを実現する試みです。

それではどのプランもすてきな、
各地の〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉を
お写真でどうぞ!

・光が丘パークタウンゆりの木通り北(東京都板橋区)
特長:2列型キッチンにパントリー

光が丘パークタウンゆりの木通り北

・水草団地(名古屋市北区)
特長:階段で縦につながるLDK空間・メゾネットタイプ

水草団地

シトラスジンジャーシロップ、 育てる・つくる・売る!

農業をして、生活していく

私たちは、小豆島に移住してきて農業を始めました。
農業(農を生業とする)と言っていいのかどうかわかりませんが、
とにかく畑で野菜や果物を育てて、それを販売して、生活の糧にしています。
その収入だけでは厳しいのが現状で、週末はカフェを営業し、
そのほかにもWebサイトの制作や撮影などでも収入を得ています。

田舎に移住して農業をしたいという同世代の人たちの話を時々聞きますが、
私たちもきっとそのなかのひとりでした。
暮らしを変え、自分たちが食べるものは自分たちでつくりたい。
そんな思いで始めた畑。

いま思うと、いったいどうやって稼いで生きていこうと思っていたのか……。
移住するタイミングで、私たち夫婦はそろって会社を辞めました。
同時に無職。よくよく考えるとこわい(笑)。
しばらくの間はそれまでの貯金と雇用保険で生きていける、
その間に生き方を組み立てていこうと考えていました。

農業に本格的に取り組もうと思ったのは、移住して3か月くらいたってから。
想像してた以上に農村だった肥土山(ひとやま)で暮らすようになり、
そこにはじいちゃんが残してくれた畑と果樹があり、
近所のおっちゃんおばちゃんと話すうちに、
やるなら売れるくらいの野菜がつくれるようにがんばろうという気持ちに。
新規就農者に対する助成金があったというのも、
これならやっていけるかもと思った理由のひとつでした。

ダイダイの収穫。

近所のおっちゃんやおばちゃんから教わることはとても多いです。

小豆島ではいろんな種類の柑橘が育てられています。うちにもじいちゃんが残してくれた果樹がいまも実をつけてくれます。

そしていま、小豆島暮らし4年目となり、まだまだ試行錯誤中ですが
少しずつかたちが見えてきました。
毎週2回、収穫、出荷しているHOMEMAKERSの旬野菜セット。
だいたい10品目くらいのお野菜をダンボールにつめてお届けします。
10品目くらいをセットにするために、その倍の20品目くらいを育てていて、
その中からその日出荷できるお野菜を選びます。

移住から半年かかった空き家探し

期限ギリギリ、ようやく見つかった物件

11月末、智頭に本格的な冬が訪れた。
今シーズン初めての降雪。
「きょうねぇ、ゆきふったよ! でもぜーんぜんつもらなかった」
智頭に来てから、雪遊びできる冬を心待ちにしていた娘は、
ちょっと物足りなそうに、でもうれしそうに言った。
わたしはといえば、大した雪にならなかったことに安堵。
というのも、わが家はまだ冬用のタイヤを購入しておらず
雪の予報にビクビクしていたからだ。
職場では、雪道の運転について、周りの方々がいろんなアドバイスをくれた。
「車にはスコップと、窓の雪を落とす道具を常備しておいたほうがいい」
「橋の下と上は凍結しやすいから気をつけて」などなど……。
雪の多い地方に暮らしたことのない私たちは、いまから冬本番に向けてドキドキである。

そんな寒さが訪れるなか、わが家は半年間住んでいた「移住おためし住宅」から、
定住する空き家へと引っ越しをした。
智頭に来てから探し続けていた空き家が、ようやく見つかったのだ。

空き家探しは、思っていたよりも大変だった。
高齢化の進む田舎町、空き家自体はそこらじゅうにあるのだが、
仏壇があるから、とか、年に1回帰ってくるから、などの理由で
貸したがらない方が多い。また、貸してもいいよ、という物件も、
お風呂が壊れている、床や畳がダメになっている、設備が不十分……など
お金をかけて修繕しないとすぐには住めない場合が多い。
わが家は、智頭町の空き家バンクと、知り合いからの紹介と、
両方からあたっていたけれど、なかなか現実的に住める物件に出会うことができず、
おためし住宅の利用期限(半年)が迫るなか、焦りは深まる一方だった。

そして本当のギリギリになって、
同じ集落で新たに空き家登録をしてくださった方がおり、
そのお家を貸していただけることになったのである。

借りることになった空き家。縁側から見える小さな庭。

かつては山林を売買する事務所スペースだった入口の土間。ここで何かおもしろいことができそうだね、と夫婦で妄想。

片づけ前、まだ置物などがたくさん置かれていた。

わが家の場合はなんとかなったけれど、
空き家が見つからないために移住を断念するケースも多いと聞く。
森のようちえんに入園するために移住を希望する家族も毎年たくさんいるそうだけど、
やはり空き家探しが壁になって、実際に移住して来られるのはごく一部だそうだ。

そんな状況を改善しようと、森のようちえん・まるたんぼう代表の西村早栄子さんは、
移住者のためのシェアハウス(古民家)購入を考え、
クラウドファンディング(ネットを通じた支援金集め)も始めた。
これはぜひ実現してほしい取り組み。
空き家が見つかるかどうかはタイミング次第というところがあるので、
シェアハウスに住みながら、ゆっくり探すことができたらすごくいいと思う。

小さな村の暮らしを受け継ぎ、伝えていく Iターン4人組〈くらして〉

暮らしを生業にするということ

長野県の北西、新潟県との県境に位置し、特別豪雪地帯に指定されている小谷村。
そのなかでも最北端にあり、一度新潟県をまたがないと入ることができない
大網(おあみ)集落は、四方を山に囲まれ、
小谷村民でも「行ったことがない」という人がいるほどの秘境だ。

約44戸、70人あまりの住民の6割以上は高齢者。
そして、冬は積雪量が3メートルを超えることも少なくない。
そんな厳しい自然環境のなかで、人々は独自の文化と生活の知恵を育み、
我慢強くもたくましく、他人を思いやる心を持って生きてきた。

小谷村のなかでも大網集落は特に積雪量が多い。高く積もった雪の片づけは重労働だ。

その大網に根ざし、この地ならではの暮らしや伝統、
そして人々の魅力を受け継いで伝えていきたいという思いで、
2012年から活動をしているのが〈くらして〉だ。
メンバーは、いずれもIターン移住した前田浩一さん・聡子さんと、
北村健一さん・綾香さん夫妻の4人。

左から、北村健一さん、綾香さんと娘のおとあちゃん、前田聡子さん、浩一さん。

彼らの特徴のひとつは、ただこの地に暮らすのではなく、
林業や炭焼きといった山仕事や農業、伝統食の栃餅(とちもち)づくりなど、
自分たちの生業(なりわい)もつくり出していることである。

冬になると雪に閉ざされるこの地では、昔は出稼ぎに行く人が多く、
いままでは仕事がないからと近隣に移住する人も少なくなかった。
しかし〈くらして〉は「ここに住んで、ほかの地域に働きに行くのはもったいない」
と考え、「仕事がないなら自分たちで生業をつくろう」という考えに至った。

「暮らしていることが仕事になるといい。“働き手”ではなく“暮らし手”へ」
そんな思いが、〈くらして〉の名前には込められている。

自家製野菜で グッドモーニングサラダ

自給率100%の野菜で朝ごはん

ようやく寒くなり始めた小豆島。
今年の11月はほんとに暖かかった。
11月なのに半袖で大丈夫なほど。

暖かいのは過ごしやすくていいけど、畑にとっては想定外のことがいくつか。
まず虫が減らない。
暖かいのでいつまでたっても虫たちが元気で、
例年より虫の被害がひどい野菜もあります。
それから大根などの冬野菜に甘さがのってこない。
野菜は寒くなると寒さで凍ってしまわないように糖度をあげるので甘くなります。
寒さって大事なんだなとあらためて感じる日々です。

紫小松菜。虫の被害も少なく初めてきれいに育ちました。

11月に入って採れ始めた白菜。

この時期といえばカブ!

さて、この11月で小豆島で暮らし始めて4年目になります。
畑も4年目で、4回目の冬を迎えます。
少しずつ年間のリズムがわかってきました。
11月になるといよいよショウガの収穫!
中旬には新じゃがが採れる!
そして中まで赤ーい紅くるり大根がもうすぐ旬を迎える!
そのシーズン初の収穫は、それぞれの野菜との1年ぶりの再会でもあり
とてもうれしくなります。

ジンジャーシロップ製造のために、みんなでショウガを収穫しました。

半日で100キロ収穫!

山の恵みをいただきます! 木の実の収穫と草木染体験

採れたての山ぶどうっておいしい

さて、今回は、前回紹介した日端義美さんが所有する山での体験について、
続きを書こうと思う。
このところ、日端さんもメンバーとなっている
〈自然エネルギーを考える会〉が企画するワークショップなどに参加して、
山の恵みを生かすことの楽しさにハマっているし、
こうした経験をエコビレッジの暮らしにも生かしていきたいと思っているのだ。

紅葉もそろそろ終わりを迎える頃、自然エネルギーを考える会では、
山でクサギの実を収穫し、草木染を体験する会が開かれた。
クサギとは、葉っぱに独特の臭いがある木で、ちょうどこの時期に青い実をつける。
この青い実をつぶして煮ると、媒染剤を使わなくても
空色に布を染めることができるのだ。
また、赤いガクの部分も、ピンク色の染料となる。
この日は、日端さんの山に朝集合し、大人から子どもまで20名くらいで、
クサギの実とガクをひとつひとつ枝から摘み取っていった。

写真がクサギ。黒っぽい実に赤いガクがついている。これを摘み取っていく。

大雨が降って、実が落ちてしまったものが多い。それでも2時間ほど摘んでいくと、約2キロの実が集まった。

この日は、クサギだけでなく、秋の味覚があちこちに見つかった。
日端さんが、「こっちに山ぶどうがあるぞー」と声をかけてくれて、
子どもたちに実を分けてくれた。
山ぶどうはジュースなどの加工用で、生では渋くて食べられないとばかり思っていたが、
ジューシーで甘酸っぱくて、おいしいのには驚いた。
酸っぱいものには手を出さない1歳半の娘も、
種を口から一生懸命出しながら、モリモリ食べている。

北海道に移住してから知ったことだが、木になったまま完熟したフルーツは格別だ。
特にブルーベリーやプルーンは、生だとちょっと青臭くて渋いものだと思っていたが、
熟れた実はまろやかで甘みが口いっぱいに広がるのだ。
この山ぶどうも、太陽の光を浴びてゆっくり甘くなった、
そんな豊かな風味を持っていた。

山の持ち主、日端義美さん。木の実の活用方法を教えてくれた。

山ぶどうの実。ぶどうよりも種が大きくて実の部分が少ないが、甘酸っぱい濃厚な味!

そして、もうひとつ、見かけは山ぶどうと同じ黒い実を、
「食べてみて」と日端さんが渡してくれた。
こちらはキハダ。キハダは、草木染の染料にしたり、
漢方薬に用いられたりしており、みかんの皮を濃縮したような
渋くてすっぱい(でも、嫌な味わいじゃないのが不思議)ものだった。
日端さんによると、アイヌ民族が酸味を生かして香辛料として使っていたという。
こうやってひとつひとつ味を確認してみるのも、山の楽しみだということが実感できた。

来年、株を増やすためにキハダの実も収穫。

ツルウメモドキという木。実のついた枝は観賞用として使われることもある。

キリの実。キリの木は知っていたが、こんなに大きな実がつくとは驚き! ツルウメモドキとキリは、花瓶に差したりリースの材料に使えそう。

小豆島ですてきな結婚式〈Happy Outdoor Wedding〉

瀬戸内の素材をたっぷり使ったハッピーな料理!

いわゆる結婚式場じゃなくて、海だったり山だったり、
自分たちの好きな場所に大切な人たちを招いてハッピーな結婚式をしよう! 
というのが〈Happy Outdoor Wedding〉(以下、H.O.W)。
とてもすてきなプロジェクトだなぁと、以前から気になっていました。

そしてなんと今回、小豆島本島から1キロほど離れた余島(よしま)で、
H.O.W企画の結婚式が行われることに!
余島は、小豆島の有名な観光地〈エンジェルロード〉の先にあります。
エンジェルロードというのは、干潮時に出現する瀬(砂の道)で、
その道をふたりで歩くと恋が叶うというロマンチックなところ。
余島と小豆島本島は、干潮時だけこのエンジェルロードで陸続きになります。

余島まではボートに乗って行きます。

ボートから眺めるエンジェルロード。海の上に道があるみたい。

余島には、神戸YMCA(神戸キリスト教青年会)の野外活動センターがあり、
一般の人向けにもキャンプなどさまざまなイベントが企画されています。
新婦さんは、この神戸YMCAの卒業生。
新郎新婦のおふたりで小豆島にご旅行に来られたこともあるそうで、
そんなつながりもあり、小豆島・余島で結婚式を挙げることにしたそう。

新郎新婦とみんなで乾杯! 新郎さんはチェコご出身。

シャボン玉が大好きな新婦さんのために、みんなでいっぱいのシャボン玉を飛ばしました。

リングリレーは、新郎さんのご趣味である登山用のロープを使って。

余島には団体でのキャンプや研修用に大きな建物が何棟かあります。そのなかのひとつを使って。

H.O.Wは、地域の人、ものとのつながりも大事にされているそう。
大勢のスタッフでやって来てすべてをやってしまうのではなく、
結婚式を挙げる場所で活動していているチームや事業者さんに声をかけ、
一緒につくりましょう! というスタイル。
今回私たちHOMEMAKERSも、友人を通して
料理を担当してほしいとお声がけいただきました。
以前からH.O.Wのことを知っていたのでとてもうれしいお話でした。
ただ、私たちは結婚式の料理を担当したこともないし、
ましてや60人分の料理をケータリングしたこともない……。
なので、今回は高松の友人に声をかけて、
チームを組んで一緒に参加させてもらうことに。

結婚式前日の夜から仕込み開始。

ウエディングパンケーキの製作中。

エンジェルロードをサラダで表現。

森のようちえんから地域に感謝を伝える 〈ちづの森の感謝祭〉

感謝の気持ちをこめてみんなでつくるお祭り

冬の足音が少しずつ聞こえ始めた。
朝晩はずいぶん冷え込むようになり、明け方目が覚めて窓の外を見ると、
山は深い霧に包まれていることが多い。
少しずつ夜が明けて霧が晴れてくると、美しい朝の空を見ることができるのだった。

霧が晴れてきた明け方の空。

いま住んでいる“移住おためし住宅”には薪ストーブがあり、
先日ついに初点火することになった。
といっても夫もわたしも薪ストーブは初めてで、友人のSさんファミリーが
薪を持って遊びに来てくれ、点火しつついろんなことを教えてくれた。
薪ストーブの威力はすごくて、2階建ての吹き抜けの家全体が、
あっというまに暖まった。雪降る真冬の日も、ポカポカだそうである。
子どもたちは、薪が燃えてゆくのを楽しそうに眺めていた。

移住お試し住宅の薪ストーブに初点火。

そんな風にして秋が深まっていくなか、イベント三昧の日々はまだまだ続く。
11月の最初の週末には、森のようちえんの保護者による
〈ちづの森の感謝祭〉が、智頭小学校のグラウンドで開かれた。

この感謝祭は、お世話になっている地元の方々に感謝の気持ちをこめて、
毎年、智頭町内のいろんな場所を利用して行われているお祭りだ。
何か月も前から準備を重ねてつくり上げていく大規模なもの。

今年は、保護者による恒例の特製お味噌汁ふるまいや、
カフェ、フリーマーケット、あそびコーナー、ステージでの出し物のほか、
附属学校〈新田サドベリースクール〉の子どもたちによる出店、
ゲストの飲食店・雑貨店の出店など、盛りだくさん。

小学校のグラウンドに、たくさんのお店が並ぶ。

わたしは、お味噌汁ふるまい班に参加した。
森のようちえんでは、週1日“クッキング”の日があり、
子どもたちが野菜を持ち寄って切り、火をおこし、
自分たちでお味噌汁を作って食べている。
そのお味噌汁を、感謝祭で保護者たちが作り(野菜は子どもたちと一緒に切る)
無料でふるまって食べていただくのだ。
この日は板井原集落のおいしい水を汲んできて使い、
智頭杉の割り箸を添えてふるまった。

わたしは仕事でなかなか事前準備に参加できず、
ほかのメンバーに頼りっぱなしになってしまったのだけど、
「できる人ができることをやればいいんだよ」
とニコニコ、確実に準備を進めてくれるほかのお母さんたちは、
本当に頼もしく、格好よかったのであった。

森のようちえん特製お味噌汁をふるまう〈森のふるまい亭〉。

味噌も子どもたちの手作り。

お母さんたちがみんなで味見をしながら味噌を加えていく。

ふるまい班メンバーが頭に巻いたのは、自分たちで染めた杉染めのバンダナ。

小豆島の絶景をめぐる旅

「普段の絶景」に出会う撮影ツアー

小豆島にはいわゆる“絶景”に出会える場所があちこちにあります。
ほかでは見られない美しい景色。

先日、小豆島カメラのトークイベントで写真家のMOTOKOさんが、
小豆島にあるそういう景色のことを「普段の絶景」と表現されていましたが、
すごく腑に落ちました。
わざわざ何時間もかけて見に行くんじゃなくて、
普段の暮らしのなかにあったり、すぐそばにあったり。
それが小豆島の絶景。

普段の絶景 in 小豆島。こんなところが暮らしのすぐそばにある。小豆島にある山岳霊場のひとつ〈西の滝 龍水寺〉。

そんな絶景スポットや小豆島ならではの場所を
カメラを持ってめぐる旅が11月上旬に開催されました。
今年で2回目となる〈小豆島撮影ツアー〉。
写真雑誌『PHaT PHOTO』とカメラメーカー〈オリンパス〉の企画で、
私たち小豆島カメラのメンバーもスタッフとして参加しました。

今年で2回目の開催となる〈小豆島撮影ツアー〉。坂手港でお出迎え。

その季節ならではの小豆島を楽しんでもらいたい。
そんな思いで考えた今回の撮影コース。
11月といえば、小豆島はオリーブ収穫シーズンです。
赤紫色に熟したオリーブの実がついているのはこの時期だけなので、
オリーブ畑には行きたいね。
それからこの時期は夕景も美しいから、最近ドラマのロケ地として使われた
城山桜公園内の桜花亭からの夕日も見たいね。
あー、でもやっぱり山岳霊場からの絶景は外せないよね。
そんな感じで、PHaT PHOTOと島で暮らす小豆島カメラのメンバーで企画。

11月といえばオリーブ! 熟したオリーブがなっているのはこの時期限定。

小豆島には八十八ヶ所霊場があり、その中でも岩壁に建つ山岳霊場からの眺めはとても美しい。

西の滝 龍水寺へ向かう長い階段。後ろには瀬戸内海が広がる。

第21話・ 塩屋を愛するひとたちの 文化祭〈しおさい〉

第21話
塩屋を愛するひとたちの文化祭
〈しおさい〉

今週のグレアムさんは、塩屋で開催された
文化祭「しおさい」に参加。
宝の探し場所を入れたボトルをまちのあちこちに隠す
「塩屋宝探し」を企画し、いろんな人に楽しんでもらいました。
文化祭では塩屋を愛するひとたちによる
催しものがほかにもいろいろあったようですよ。

〈自然エネルギーを考える会〉で山の達人に出会う

山ライフを楽しむ日端さんとの出会い

エコビレッジをつくるために、山の土地を買ってはどうだろうか?
そんなアイデアをくれたのは、岩見沢で農家を営む友人、
林宏さんだ(詳しくは連載第1回に)。
秋のはじめに、その林さんに誘われて、岩見沢市内を中心に活動を行う
〈自然エネルギーを考える会〉の会合に参加をさせてもらった。
この会のメンバーは十数名ほど。
市内で自営業を行う人や元教員、農家など、立場はさまざまだが、
自然の恵みを利用しながら、暮らしを豊かなものにしていこうと、
山をフィールドにした活動を行っている。
今日は月に一度の定例会の日で、午前中は運営についての話し合い、
午後はメンバーのひとりである日端義美さんが所有する山で、
ちょうど食べごろになっているアロニアの収穫が行われた。

アロニアは北米原産のベリー系の小果樹。その実は果実酒やジャムなどに使われる。自然エネルギーを考える会の皆さんで手分けして収穫を行った。

ブルーベリーよりもポリフェノールが豊富ということで、アロニアは健康食材として注目されている。ひとつ口に入れたら……。フルーティーな味わいの後にパンチの利いた渋さが! アクをいかに抜くのかが、おいしく食べるコツのようだ。

この会に参加し、日端さんに出会えたことは、本当にありがたいことだった。
山を買ってそこで暮らす! なんて言っても、
実のところアウトドアなんて、これまでほとんど興味はなかったし、
山に水や電気などのインフラを整備するとかなりのお金がかかるようだしで、
「ちょっと難しいかな〜」と腰が引けていたところだったからだ。
日端さんは、岩見沢の上幌地区と宮村地区に、ふたつの山を所有し、
そこで木の実や山菜を採るなど、山ライフを本当にエンジョイしているのだった。

アロニアの収穫のために、この日訪ねたのは、上幌のほうの山だ。
日端さんがこの土地を買ったのは15年前。
当時は、ヨモギなどがおい茂っていたが、草をかきわけ、かきわけ進んでいくと、
見晴らしのよい風景がパッと目に飛び込み、その美しさにほれ込んだという。
そして、その日のうちに購入を決心。
地主さんに、自分がそのとき出せる最大限の金額を提示して、売ってもらった。
その後も、周辺の土地を4回にわけて買い足していって、
現在、その広さは8ヘクタールになる。

自然エネルギーを考える会は、日端さんの所有する山を中心に活動を続けている。

日端さんに、わたしがエコビレッジをつくりたいと思っていること、
山を買いたいと思っていることを話してみると、
すぐに「いい場所があるよ!」と教えてくれた。
日端さんが所有する宮村の山のほど近くに、
約1.5ヘクタールの土地があり、そこには空家もあるという。
なんと、家つきの山!? 
それなら、水も電気もあってインフラ問題は解決か!!
山の日差しのなかで笑顔を浮かべる日端さんは、まるでわたしにとっての“山の神”(!?)。
善は急げ! ということで、さっそく翌朝、
日端さんに山の土地を案内してもらうことにした。

小豆島の仲間とともに船に乗って ササヤマルシェへ

お客さんや出店者、いろいろな出会いがあるマルシェ

11月、過ごしやすい気候のこの時期、各地でいろんなイベントが開かれています。
小豆島でも毎週末のように商業祭や収穫祭などイベント続きです。

この春夏は日々のやることに追われ、あまり外に目を向けずに
ひたすら家や畑で働いていたように思います。
田舎暮しはとにかくやることが多い(笑)。
秋になってもやることに追われているのには変わりないのですが、
自分の半径5メートル以内のことだけじゃなくて、
もう少し外にも目を向けなきゃ! とそんな気持ちがして、
この秋はイベントなどにも時間をつくって参加してみることにしました。

11月最初のイベントは〈ササヤマルシェ〉。
ササヤマルシェは、兵庫県篠山市にある河原町妻入商家群で年に1回開催されています。
4日間にわたって開催され、丹波篠山地域はもちろん、
京阪神や周辺地域から約130店舗が参加。
ちなみに今年で6回目だそうです。
篠山城の城下町として発展したこの地区は、
いまもその趣が残っていてとても美しいところです。
一度行ってみたいなと思っていたので、
今回ササヤマルシェに参加するのがとても楽しみでした。

マルシェには私たちHOMEMAKERS単独ではなく、島の友人たちと出店。
オリーブの木でオリジナルプロダクトをつくってる
〈シマイトシ〉のいのうえただひろくんと、
今年6月にオープンしたカレー屋〈プラージュ〉の
井上憂樹くんとスタッフのめぐちゃんと一緒に、We are from 小豆島!
小豆島のオリーブとカレーとコーヒーとお野菜と。

シマイトシのいのうえくんちで今年収穫してつくったオリーブ新漬け。毎年10月10日に解禁されます。

カブ、いんげん、ショウガなど旬のお野菜を準備。

島外で出店となると、ネックとなるのが旅費交通費。
島から車をフェリーに乗せて行くと往復で約1万円。
そして当初は日帰りで行くつもりだったのですが、
よくよく時間を調べてみると朝イチのフェリーで行ったら間に合わない!
ということで結局前泊。そうなると宿泊費もプラス。
なんだかんだと出費がかさみます。
島外で出店してちゃんと儲けて帰ってくるには
それなりの売上をあげないとだめなんですよね……。
今回は、いろんな人との出会い、マルシェ全体の雰囲気を体験、
ほかの出店者さんがどんなふうにお店を出しているのかの勉強も兼ねて、
ササヤマルシェに向かいました。もちろん商売も!

実りの秋と森のようちえん

イベント盛りだくさんの秋

「おかあさん、おのみちで◯◯したよねぇ。たのしかったよねぇ」
4歳の娘は、智頭に来る前に住んでいた尾道のことを、
ふと思い出して話し始めることがよくある。
私が「そっかー、尾道が好きだったんだねぇ」と言うと、
「うん。でもちづもすきだよ!」と屈託のない表情で答える。
森のようちえんの友だちがいるから。というのが主な理由らしい。

そう、智頭に来てから半年、家族の誰よりも環境に順応し、
毎日をはつらつと過ごしているのは、間違いなく娘だと思う。
最初の頃は、ようちえんでみんなと一緒にいても、
ひとりで行動することが大半だったようだし、
周りがあまり見えていないようなところもあったけど、
最近では、友だちと関わりながら遊ぶことが増えてきて、
困っている子がいると助けに行くようなところもでてきた。

わたしが夏から仕事を始め、お迎えの時間が遅くなったことで
寂しがるかな? と最初は心配したのだけど、
毎日一番最後にお迎えに行っても、落ち着いた様子で待っている。
きっと、彼女にとって、ようちえんが心地よい居場所になったのだな。
「満たされている」という言葉がぴったりな表情を見ながら、
しみじみと思うのであった。

森のようちえんの拠点となっている古民家〈まるたんぼうハウス〉。夕方まで預かり保育の子は、ここでお迎えを待つ。

柿の木に登って得意気。

まるたんぼうハウスから見た夕暮れの空。

ある日のおみやげは、まるたんぼうハウスの近くで採ったイチジク。

秋はようちえん関連のイベントも盛りだくさんで
日々わくわくしながら過ごしている娘を見るのが楽しみでもあった。

秋の入口の快晴の日は、年少組の家族が集うデイキャンプ。
智頭町のお隣、用瀬町の河原にて、バーベキューをしながらのんびり。
お友だちのお父さんがカヌーを持ってきてくださり、子どもたちを順番に乗せてくれた。
水面を滑るように進むカヌーの気持ちよさそうだったこと!
最初は怖がっていた娘も、一度乗ってみたら相当楽しかったようで
満面の笑みで降りてきた。
そのうち友だちと一緒に服を脱いで水に入り始め、
(日差しは強かったけれど、水は冷たい!)
唇がすっかり紫色になるまで出てこなかった。

心地よい河原でのデイキャンプ。

お友だちのお父さんが持ってきてくれたカヌーが大人気。

服を脱いで冷たい水に入り始めた子どもたち。

写真とおいしいもので伝える小豆島

東京で初の〈小豆島カメラ〉写真展開催中!

島の友人たちとともに、島での暮らしを撮影し発信している〈小豆島カメラ〉の活動。
ちょうど2年前に動き始めて、チームを結成したのがその3か月後。
2014年4月からは毎日小豆島のいまの写真を発信してきて、
あっというまに1年半が過ぎました。

そして今年の秋、初の東京進出!(笑)
小豆島カメラの写真展をオリンパスプラザ東京で開催することになりました。

小豆島カメラ、東京での初の写真展開催。

写真展のオープニングイベントとしてトークとマーケットを開催。

10月23日から写真展が始まり、その翌日10月24日にオープニングイベントとして、
トークイベントと〈小豆島食べたいMarket〉を行いました。
当日は小豆島カメラメンバー4人と、マーケット担当として
HOMEMAKERSも一緒に朝イチのフェリーに乗っていざ東京へ!

小豆島と東京。近いようで遠い。一番速い移動手段は飛行機で、
去年くらいから成田空港と高松空港をLCCが結ぶようになり、
時間があえばそれを利用するのがコスト的にも時間的にもベスト。
その日は14時からトークイベントが予定されていたのですが、
朝5時半発のフェリーに乗って、新幹線を利用して、新宿についたのがお昼過ぎ。
移動だけでまるっと半日かかります。
ま、でも半日移動すると時間の流れも風景もまったく違う別世界です。

島からオリーブの枝を持って電車に乗り込みました。

岡山から東京まで新幹線でまるっと3時間。

家族のことを見つめ直す旅

心の穏やかさを取り戻せた体験

この夏、もっとも思い出深かった体験について、今回は書いてみたい。
その体験とは、北海道の南西部・虻田郡豊浦町にある
〈いずみの学校〉のサマースクールに参加したことだ。
この学校では、幼年から高校までシュタイナー教育を実践している。
前回の連載で紹介した〈ひびきの村〉と、もともと母体は同じだが、
大人の学びの場がひびきの村、
子どもの学びの場がいずみの学校と分かれて現在に至っている。
毎年夏休みを利用してサマースクールを開講しており、
子どもたちの学びを大人が体験できるプログラムも用意されていた。
わたしの長男が現在5歳。
そろそろ進学のことも考える時期となり、
3日間の〈大人の教育体験プログラム〉を受講した。

エコビレッジづくりの奮闘記を連載するこの記事で、
サマースクールのことを取り上げるのは、横道にそれると思われる方もいるだろう。
確かにそうかもしれない。ただ、前回連載で語ったように、
コミュニティをつくろうとしておきながら、
わたしの家ではいつでも争いが起こっていて、
人間的成長をしているのか? と問われれば、答えはノー。
夫には、わたしがエコビレッジをやりたいという以前に、
人間として問題があると指摘される始末(怒)。
ついつい、夫のほうが悪いんだ! と言い返したくなるが、
エコビレッジで共同生活をやっていこうと思っているのに、
家庭が平穏でなくてどうする? とちょっぴり不安も……。
頭ではわかっているつもりでも、いままでは行動がともなっていなかったのだが、
このサマースクールを受講したことにより、思いがけず自分の心に変化が訪れたのだ。

高台にあるいずみの学校。閉校になった校舎を2008年から活用している。

いずみの学校は、豊浦の噴火湾の近くにある。ホタテの養殖がさかんなほか、イチゴの栽培や養豚も行われ、海の幸山の幸に恵まれた場所。

片道交通費負担も! 広島県で移住促進イベント 「広島小商いメッセ in 海の街・山の街」開催

地方活性化を考える上でいまや重要になった、「小商い」(こあきない)というキーワード。
実は広島県は、移住してきた若者による小商いが盛んなところ。
尾道を始めとした瀬戸内の島々や、なだらかな中国山地の山間などで、
空き家をリノベーションしたおしゃれなお店が
多くの観光客を引き寄せ、地域活性化に貢献しているんです。

夏の「広島小商いメッセ」in東京の様子

そんな小商い先進県の広島県が、
広島での小商い活動の機会を提供し、広島らしいライフスタイルを体験する
イベント「広島小商いメッセin海の街・山の街」を初開催します!
会場は海の街編が呉市豊町御手洗地区、山の街編が府中市上下町。
歴史的文化遺産を活用したプロジェクトやキーマンの活躍で、
移住者の受け皿づくりが進んでいるところです。

イベントプロデューサーは、小商いを通じたライフスタイルの提唱者であり、
旅する本屋・放浪書房の富永浩通さん。
広島県に県内約50名、県外約16名の「小商い」実践者が集結し、
手作り雑貨や古本の販売、地域ゆかりの多彩なイベントを開催します。
東京圏在住の方は、片道の旅費を負担してもらえる「片道交通費支援制度」が
利用できるとのこと!
※詳細についてはひろしま暮らしサポートセンターへご連絡を。

御手洗のみかん畑

御手洗の「常磐通り」

まず第一弾の「広島小商いメッセin海の街」は、
2015年11月6日(金)から8日(日)まで。
会場は呉市豊町の御手洗(みたらい)地区。
小さな屋台村に古本市、トークイベント、パフォーマンス、ワークショップ、
映画上映などのイベントが盛りだくさん。
地元御手洗の「重伝建を考える会」や呉市の「くれブックストリート実行委員会」、
広島市の「ひろしまきもの遊び」、「やおよろづプロジェクト」が協力・出店します。
広島県呉市に移住し、江戸時代の船宿を改修したカフェを拠点に
地方移住のモデルづくりに取り組む井上明さんも参加。

御手洗移住者、井上明さん