瀬戸内・えひめで、 働く、暮らす、育てる。 〈えひめ職の担い手移住フェア〉 開催

2016年2月14日(日) 、2月21日(日)、2月27日(土)の三日間に渡り、
東京・青山の〈ラ コレッツィオーネ〉を会場に、
地方への移住、愛媛県へのU・J・Iターンを考えている方に向けたイベント
〈えひめ職の担い手移住フェア〉が開催されます。

イベントのテーマは"しごとから移住先の魅力をかんがえてみる。"
えひめでの職の魅力、そこから見えてくる暮らしや環境、交流を紹介するため、
会場には、愛媛県から、農業・福祉・サービスなど
さまざまなジャンルの企業が一堂に集結!
えひめの”職”はもちろん、暮らしや生活、子育て
といった情報についても、具体的な話を直接聞くことができます。
キッズスペースも完備されているので、お子さまと一緒でも安心。

都市部から地域移住を考える上で、
職の検討はリスクと考えがちですが、
実は、働くということにも、地域移住の魅力がたっぷり詰まっています。
地域移住の決断においては避けて通れないテーマ、”しごと”。
フェアの雰囲気は、えひめらしい楽しく自由なもの。
お気軽に参加してみてはいかがでしょう。

information

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えひめ職の担い手移住フェア

住所:ラ コレッツィオーネ(LA COLLEZIONE) 東京都港区南青山6-1-3 南青山コレッツィオーネ 3F

営業時間:13:00~17:00(受付開始12:30~) ※途中参加、途中退出も可能

参加方法:下記Webサイトより、事前にお申し込みください。

Webサイト

※当日参加も受付予定ですが、定員に達した場合、参加をお断りさせていただく場合がありますのでご注意ください。

お問い合わせ先:

愛媛県庁 企画振興部 地域振興局 地域政策課

〒790-8570 愛媛県松山市一番町4丁目4-2 電話番号(課直通)089-912-2261

もしくは、

えひめ職の担い手移住フェア事務局【月~金 10:00~18:00】

TEL 0120-054-4644 FAX 03-5510-4803

Email info@ehime-ijuu.jp

担当 小浦(コウラ)・藤田(フジタ)

機織りに舟屋での食事! 丹後の魅力を堪能する 無料バスツアー開催

2016年1月23日(土)、
京都の丹後地方をめぐる無料のバスツアー
〈ここでしか味わえない丹後の魅力が堪能できるモニターバスツアー〉が開催されます。
風光明媚で美味しいものたくさんな丹後の魅力を、
地元で盛り上げる人たちが考えた、
新しい丹後の楽しみ方が体験できるモニターツアーです。

与謝野町の織屋さん

旅の始まりは、宮津駅前から。
まずはちりめんで栄えた与謝野町を訪れ、
今注目の織屋さんのご主人さんご自身に、
手機がつくる美しいものづくりの世界を語っていただきます。

伊根では舟屋の景色を感じ、地物を食べる散策を。

続いては”舟屋”で知られる伊根町へ。
舟屋とは、1階が船のガレージ、2階が居間となった独特な建物。
海辺ぎりぎりに建ち並ぶ風景はここでしか見られません。
ここでは、舟屋の景色を感じ、地物を食べる散策をします。
訪れるのは、ひみつ基地のような、
眺めが素晴らしい舟屋の空間。
女性杜氏と”世界一のレストランで供されたお酒”で知られる〈向井酒造〉のお酒などと
ともに、景色とつまみがたのしめる体験をご用意。

宮津市

その後は、民話“笠地蔵”の郷、京丹後市を訪れ、
最後は宮津市へ。自由行動もしつつ、まちの人々が
宮津のツボをよみとく“みやさんぽ”をご案内。
B級グルメや夜のさんぽに誘います。
お申し込み方法など詳細はFacebookページをご参照ください。

information

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ここでしか味わえない丹後の魅力が堪能できるモニターバスツアー

Facebookページ

● お問い合わせ先

丹後クリエイティブ 実行委員会

事務局企画運営担当

メール:yosano@tangocreative.org

TEL:080-7002-8807

空き家を借りてリノベします!

めざすはデザイナーズ・イン・レジデンス

今年は雪が遅かったけれど、とうとうたっぷり積もりました~。
エコビレッジづくりのために、まずその拠点を固めようと
昨年から場所を探してきた結果、いよいよ、空き家を借りる決意をしました!
その場所とは、前回の連載で紹介した、岩見沢の東部丘陵地域、
美流渡(みると)で見つかった赤い屋根の家。

構想としては、この場所をさまざまな人が集う拠点にすること。
この拠点で、まずは自分のできることを始め、
それをエコビレッジへと拡大していこうという考えだ。
第一歩として、東京で暮らす友人たちが遊びに来られる
ゲストハウス的な場所にしたいと思っている。

わたしの本業は、美術やデザイン関連の本の編集だ。
仕事仲間や取材で知り合った人たちなどは、みんな多忙を極めているが、
仕事をしながらであれば、例えば2週間くらいのスパンで
滞在することができるんじゃないだろうか。
デザイナーやライターであれば、場所を選ばずに仕事ができるはず。
デザイナーズ(ライターズ)・イン・レジデンスみたいな動きをすることで、
それがいずれ長期ステイや移住へとつながっていくようにも思っている。
また、クリエイティブな才能を持つ人々に滞在してもらいながら、
ワークショップやトークなどをやってもらえたら、さらに楽しいことが起こりそうだ。

この日、空き家を訪れた仲間たち。中央が、空き家を管理するNPO〈M38〉の代表、菅原新さん。左隣が、空き家の使い道を一緒に考えている農家の友人、林さん夫妻。

もうひとつプランがある。
空き家探しと同時に進めている山の土地の購入計画。
この計画を一緒に進めている友人、林睦子さんがやりたいと思っている
森のようちえんの場所としても使うことだ。
この赤い屋根の家の裏には、山が広がっている。
ここで思いっきり遊びつつ、家の中でときどき休憩するのもいいように思う。

さらに、1階にカフェスペースを設けられたらなあと夢は広がる。
やっぱり人が集う拠点とするには、この場所がいつでも開かれていて、
誰もが立ち寄れるようにしておきたい。
それにある程度は、この場での収入の道も探っておきたいという気持ちもあるし。
ただし、カフェの運営となると、編集の本業との両立は難しいので、
いま友人にやってもらえないだろうかと声をかけているところだ。

前回の連載で紹介したときは下草が見えていた裏山は雪で真っ白。斜面になっているので、子どもたちがソリ滑りを楽しんだりもできそうだ。

日中も氷点下。窓には氷の結晶が! 北海道弁では「しばれる(凍る)」。

この地域には、特にこれといった観光名所はないけれど、そこがいいよね。里山の自然がすぐ近くに感じられる。

七草探して、七草粥をつくろう

探して集めて覚える、春の七草

2016年が始まりました。
この年末年始は1年分休んだんじゃないかというくらいしっかりお休みしました(笑)。
心も体もパワーチャージして、また今年も小豆島でがんばります。
本年もよろしくお願いいたします。

1月も数日が過ぎた頃、島の友人からこんなお誘いが来ました。
「7日、10時から七草採りと七草粥の会をします」

七草採り!
一度自分の手で七草すべてを集めてみたいな〜と思っていたので、
これは行こう! と乗り気で当日を迎えました。
いろは(娘)が通う子ども教室の子たちも参加することになっていて、朝から
「セリ ナズナ ゴギョウ ハコベラ ホトケノザ スズナ スズシロ これぞ七草〜」
と何度もつぶやいていました。

いままで何度か七草粥はつくりましたが、
スーパーで七草を買うのがなんとなく嫌でした。
嫌というか、ストーリーがなくておもしろくないなぁと。
結局どの草がどれなのか曖昧で、記憶に残らず。

やっぱり七草を探して集めるところから始めると全然違う。
普段は“雑草”とひとくくりにして見ている草の中から、
自分たちが必要としている草を探すのはすごくおもしろい。
細かな葉の形や色など、探し求めている草のことをしっかり見て覚える。

稲刈り後の田んぼでゴギョウを探します。

発見! 七草探し楽しい。

こんな田んぼの中を移動しながら探します。

セリ! 食べてみると三つ葉みたいな味! これおいしい。

みんなでハコベラを探し中。ほかの草との見分けが難しい。

こうしてみんなで集めた七草を並べてもう一度確認。
もう七草のことを忘れなさそうだな〜(笑)。

絵と見比べながら七草を探しました。

みんなで集めた七草。うれしいなぁ。

智頭で迎える初めての冬

雪遊びとお正月

「カメムシが多い年は雪が多い」
というのが、この辺の地域の定説らしい。
秋頃から、家の中でカメムシを見かけることが多くなった。
ほぼ毎日、数匹はいて、窓の外に逃がすのだけど、
翌日になるとまた何匹か入り込んでいる。
こんな経験は初めてなので、私たちは「多い」と感じたが、
近所の方いわく、今年は「少ない」そうで、多い年はこんなものではないらしい。
実際、今シーズンはいまのところ、けっこうな暖冬だ。
例年、12月にはある程度雪が積もるそうなのだけど、
まだ半日で溶けてしまうくらいの積雪しかない。
あまりに暖かいので、ご近所の方が、これでは来年の稲作はダメだ、と言っていた。
冬が暖かいと、稲を食べる虫が増えてしまうらしい。

初めて雪が積もった日。うっすら雪化粧した山が美しい。

12月下旬、初めてほんの少しだけ雪が積もった日、
娘を森のようちえんの集合場所まで送っていくと
車から降りた途端、雪の球が2、3個飛んできた。
地面に積もるわずかな雪をかきあつめて、
子どもたちがワイワイと雪合戦をしていたのである。
自分のつくった球のかたさを自慢しにくる子どもたち。
今シーズン初の雪遊びに、ウキウキとうれしそうだった。
今年もしっかり雪が降るといいよね。
寒さは厳しくとも、やはり本来の四季があってこそ、わたしたちは生かされている。
そのことを子どもたちに感じてほしいし、わたし自身も感じたい。
本当は、寒いのは苦手だけれど……。
せっかく智頭に来たのだから、冬の厳しさと美しさを体感してみたい、
と思うのであった。

わずかな雪で球をつくる、森のようちえんの子どもたち。

東京を離れて3年目、今年は初めて帰省せず、家族4人で、静かに新年を迎えた。
智頭で迎える初めてのお正月。
元旦は近所の氏神様に初詣に行き、あたりをのんびりと散歩した。
灰色の雲に覆われていることが多い山陰の冬、
元旦は珍しく1日晴れて、日差しがぽかぽかと暖かかった。

貴重な青空と、透きとおった川の流れ。

近所のお地蔵さん。

第23話・冬の味覚、 天然ふぐを神戸で食べる!

第23話
冬の味覚、天然ふぐを
神戸で食べる!

今週のグレアムさんは、エミリーさんの
ファミリーと一緒に、天然ふぐのお店におでかけ。
ぶつ切りのてっさ、てっちりなど、
次々出てくるふぐづくしに舌鼓。
おばあちゃんの思い出話を聞きながら…。

家族と一年誌『家族』創刊! 鳥取の森に自分たちの力で 家を建てたある一家の1年

どこに住み、どんな家に暮らし、
何を食べ、何をして生きていくのか。

1冊まるごと、ひとつの家族の1年を紹介する、家族と一年誌『家族』には、
そんな問いにまっさらなところから取り組んできた、とある一家が登場します。

『家族』は、フリーフォークデュオ〈PoPoyans〉としても活動中の
ノンちゃんこと中村暁野さん、
〈HYOTA〉クリエイティブディレクターの中村俵太さん夫妻が
「家族って一体何なのか。いろんな家族に出会ってみたい」。
そんな思いから創刊した雑誌。

写真:奥山由之

「“家族”とは、人と人が築く最小の社会のかたち。
どれもが尊く魅力的で、同じかたちはどこにもない。
そんなひとつひとつの家族を取り上げていけたら」と、編集長の暁野さん。

1年にわたって取材を重ね、ある家族の暮らしぶりや道具、
まわりの環境、ご近所さんなどを紹介しています。
取材には中村家の娘さんも同行します。

そう。この雑誌は、中村家というひとつの家族が
もうひとつの家族に出会い、取材する雑誌なんです。

その記念すべき第1号に登場するのが、
鳥取県西伯群大山に住む、谷本さん一家です。
〈SBALCO design〉として家具や空間のデザイン・制作を行っている谷本大輔さん、
音楽家・OLAibiとして活動する谷本愛さん、
現在中学校2年生の空南(あなん)君は、今から3年ほど前に
東京から大輔さんの故郷である鳥取へ引っ越してきました。

当初は大輔さんが幼少期を過ごした村に住んでいたそうですが、
ふと訪れた不動産屋さんで、大山(だいせん)の森の敷地に出会ったのだそう。

写真:奥山由之

“森といえば聞こえはいいけれど、
土地は何年も放置されたまま木や蔦に覆われ、
どこからどこまでが敷地なのかもわからない状態だった。
電気もガスも水道もない、通るかどうかもわからないとも言われた。
地球の一部を買うなんて我が強いなあと、
それまで土地を買うとは思ってもみなかったという愛さんは、
茂る木々になる実を見てわくわくとしてきて、
なぜか暮らしていくイメージが湧いたという。”

家族と一年誌『家族』 CHAPTER_1 “家族と一年” より

写真:奥山由之

その後一家は現在住んでいる森のなかに移り、ティピという、
北アメリカのインディアンが住居として用いたテントに暮らす生活を開始。そして、

“なるべく自然の赴くまま、森に生きていた植物や生き物たちに
「おじゃまします」という気持ちで暮らしたい”

そんな思いで木々や蔦を切り、自分たちの住む場所をつくっていきました。

この雑誌には、奥山由之さんや吉楽洋平さんらの美しい写真とともに
それからのことが描かれているのですが、
家を建てる話や3人のやりとりが、とにかくおもしろいんです。

携帯電話と小津映画

10年ほど前の話。とあるドイツ人の映画監督にインタビューしたときのこと。
どういう経緯かまったく憶えていないんだけど、
ともあれぼくが携帯電話を持っていないという話になった。
「それは素晴らしい! 不便は感じない?」
「まったく感じないですね。仕事で付き合いのある人たちからは“携帯を持て!”
とうるさく言われますけど」
彼は「そうだろう、そうだろう」とでも言うようにうなずいて、
それから低くはりのある声でこう言った。
「インターネットが普及して格段に便利になったという。
でも、このごろじゃだいたい午前中の時間がメールのチェックと返信で終わってしまう。
いまの時代、テクノロジーの進歩が生活に豊かさをもたらすというのは幻想だ」
このインタビューからほどなくして、
母の介護で岡山と東京を行ったり来たりするようになり、
家族との連絡用にやむなく携帯電話を買った。ちょうど冬のいまぐらいの時期だった。
小さな手提げ袋を手に、複雑な思いで中目黒のボーダフォンのショップを出たのを
いまもはっきり憶えている。

ときは現在、いまのいま。目の前になんの変哲もないバインダーがある。
挟んでいるのは4ページにわたるA4の書類。
内容は今年10月に浅口市鴨方町の体育館で開催された『原爆と戦争展』の
簡単なレポートと、会場に来た人たちからとったアンケートの紹介……。
さて、目の前にあるこれがいったいなにかというと、
ぼくが住んでいる鴨方町六条院T村が所属する町内会の回覧板なのである。
東京では回覧板なんて見たこともなかった。
倉敷の実家に戻ってからは2か月に一度ぐらい回ってきただろうか。
しかし、ここT村では回覧板が毎週のように、
多いときには週に2度も回ってくる。
回覧の内容はというと、地域の催しの案内だったり、町内会の報告事項だったり。
浅口市の配布する冊子も回覧板と一緒に定期的に回ってくるし、肥料や農薬、
野菜の苗などの注文書も回ってくる。
いつだったか、町内会で購入した備品の領収書だけが
バインダーに挟まれた状態で回ってきたこともある。

浅口市には今年の6月に都窪郡早島町から移った。
浅口に地縁があったわけじゃない。浅口のなにに惹かれたというわけでもない。
たまたま見に行った古い家が気に入って、
たまたまその家が浅口にあったという話(移住の経緯は『児島元浜町昼下がり』で)。
地味な岡山県内にあって、さらに地味な土地である。
市の人口約3万5000人は、東に隣接する倉敷市の12分の1以下。
地元の名産は、そうめんに日本酒とやっぱり地味め
(水揚げ量は少ないが寄島の牡蠣の美味さは別格!)。
輩出した有名人をウィキペディアで調べると、
「明治以降」という広いくくりにもかかわらず、
知っているのはお笑い芸人の春一番しかいなかった。
それでも、浅口は実によいところだと言いたい。
多島美の瀬戸内の海の素晴らしさはいわずもがな、
山間部には山陽地方特有の明るさと温かさがある。
そしてぼくが住んでいる六条院は、山の風情がたっぷりな環境のわりに海が近い。
山に憧れる海育ちのぼくとしては理想の土地だったりするのである。

やってきたものは次に回さなければならないのが回覧板である。
長居させてはいけない。できるだけ迅速にルートで
定められた次の家に持って行く。まったくたいした手間じゃないのだ。
でも、こう頻繁に回ってくると、気持ちの上で少々面倒になってくる。
一度はタカコさんにやわらかく毒づいたこともある。
タカコさんは倉敷市児島にある元浜倉庫焙煎所の焙煎人。
ぼくのパートナーであり、幼いふたりの娘たち、チコリとツツの母親だ。
「まったく意味がわからんね、なんでこんなにしょっちゅう回ってくるかな」
すると彼女は間髪入れずこう言った。
「隣の家に行くことに意味があるんじゃない? 
とくにお年寄りがたくさん住んでいるうちみたいなところだと」
とんちんかんなことを言うのが7割、2割がまずまずまとも。
残りの1割で、このようにぼくがたんなる阿呆のように思えてしまうことを
さらりと言う。ともあれあの日あのとき以来だ。回覧板の見方が劇的に変わった。
いまでは立派な回覧板シンパだ。
しばらく間が空いたりすると回覧板を心待ちにしていたりする。
なにより、こんなにアナログで面倒なシステムが細々と残っていることが嬉しい。
街に出ると、みんながみんなうつむいてスマホをいじくりながら歩いている
こんな時代だから。

冒頭に登場してもらったドイツ人の映画監督は、
小津安二郎の映画に心酔していることで知られている。小津の映画はいい。
いま見返すとさらに映画がまぶしいばかりだ。時代もよかった。
小津がもしもいまの時代に生きていたら、
映画を撮っていないんじゃないかとぼくは思う。ただただ、美しくないという理由で。

鴨方町六条院に移ってきて半年が経過したが、いまも周辺のなんでもない景観を見てきれいだと思う。写真は毎朝のサブの散歩道。朝の光を浴びた景色が好きだ。曇っていると、さすがに冬は寒々しいんだけど。

ちょっとずつうちの家族を紹介。これから登場頻度がもっとも高くなることが予想されるのが長女のチコリ。とにかくいろいろとやらかしてくれる。この夏には無意味に暴れて床柱に額をぶつけ、プロレスラーなみに流血。4歳にして人生初の縫合処置を受けた。左に写り込んでいるのは心霊ではなく次女のツツ。

空き家から見えてきた、 地域が抱える課題

裏に山が広がる、赤い三角屋根の空き家

コロカルの連載も今回で10回目となった。
半年間、エコビレッジをつくるために土地を探してきたわけだが、
ここにきて具体的な候補地が見つかった。
その土地とは、前回もチラリとお話しした、
ハイジの丘のように美しい山の土地だ(ただいま地主さんと交渉中)。
当初の構想だと、山の土地を買ってそこにエコビレッジを建てようと思っていたのだが、
インフラ問題など解決しなければならないことが予想以上に多いこともわかってきた。
そこで、山の土地を買ってゆくゆくはそこに家を建てるとしても、
同時にもう少しハードルの低い方法で、
夢への第一歩を踏み出したいと思うようになった。

新しい可能性を考えるきっかけになったのは、
ハイジの丘の近くに空き家が見つかったことだ。
まずはここでゲストハウスなどをスタートさせ、
徐々に規模を大きくしていくことはできないだろうかと、思い始めている。

2階建ての家。築年数はかなり古そうだが、以前の住人が大切に使っていた様子が感じられる。

1階部分。引き戸を開け放つと広々として、子どもたちが駆け回っていた。

この空き家は、岩見沢の東部丘陵地域の活性化に取り組む
NPO〈M38〉が管理する物件だ。
M38は、この地域に移住を希望している人たちに向けて
空き家を紹介する活動を主に行っており、代表の菅原新さんに、
わたしがエコビレッジをつくりたいという構想を話したところ、
物件を紹介してくれたのだった(その経緯は前回の連載に)。
場所は、山々が連なる美流渡(みると)という地区にある。
この空き家は、今年の10月まで使われていたそうで、
移住者がすぐに生活が始められるようにと家具や家電なども残されていた。

ストーブもすぐに使える状態。台にはタイルがあってデザインがかわいい。

棚や机も残されている。モダンなプリントが施された食器棚を発見。

昭和テイストの畳マット。敷物やドアノブ、引き戸のガラスなどの模様はどれも手が込んでいて見ているだけでも楽しい。

小豆島の静かで美しい冬の朝

目の前の景色を見て感じる瞬間

12月17日、今年の小豆島はこの日からぐっと冷え込み始めました。
天気予報でも週の後半から冷え込むでしょうと言っていたので、
これはようやく冬が来るかなと思っていたけど、ほぼ予報通り。
いつもより1か月くらい遅く、畑で育てているレタスなどの畝に
ビニールのトンネルをかけました。
霜で枯れてしまわないように。

冬支度した畑。レタスや葉ものなどの畝にはビニールトンネルを。

そして迎えた冬の朝。
びっしりと霜が降り、昨日までとは違う景色。
あ~、冬だなとうれしくなり、カメラを持って畑へ。

しゃがんでよーく見ると、落ち葉や草についた霜はとても美しい。
粉砂糖をふりかけたお菓子みたい。
拾い集めた落ち葉もそのへんの雑草もみんなきれい。

落ち葉もなんだか作品みたい。

ふだんは憎き雑草も、葉脈が美しくて見とれる。

アップルミント。霜が降り始めたらもう枯れちゃいます。

もうすぐ日の出です。

私たちが暮らす肥土山(ひとやま)地区は山に囲まれているので、
冬は日が昇るのが遅く、暮れるのが早い。
ちょうどいまがいちばんお昼の時間が短いですが、
朝は7時半過ぎにようやく山の後ろから太陽が昇ってきて、集落を照らしてくれる。
そして夕方4時半頃には反対側の山の後ろへ。

霜が降りた草たちに太陽の光があたり始め、キラキラと光り、
あっというまに溶けてしまいました。
冬の冷たくて静かで美しい朝はあっという間に終わりです。

山の後ろからようやく太陽が出てきました。

照らされてキラキラとするビニールトンネル。

一瞬で霜が溶けてしまいます。

おためし住宅から定住の住まいへ

地域の方々に助けられた引っ越し

「明日12月1日より、移住おためし住宅に住んでいた立石さんが
◯◯さん宅に引っ越され、定住されます。
1日も早く慣れていただけるよう、皆さまご協力ください」

空き家への引っ越しの日。
家に設置された集落放送のスピーカーから、こんな案内が流れてきた。
「立石さん」とはわが家のことである。
わお、と驚く夫とわたしと娘。
このスピーカーは各戸にあり、集落のいろんな情報が流れてくる。
いよいよ、移住おためし中の「お客さま」から
集落の一員になるのだなぁ、と実感した瞬間だった。

おためし住宅と、定住先の空き家は同じ集落のなかにあり、ほんの数百メートルの距離。
これまで地域の行事などを通じて知り合った方々も
わたしたちがここに定住することを喜んでくださり、それがとても心強いことだった。
距離が近いので業者には頼まずに荷物を運ぶことにしたが、
引っ越しの前週には、目の前の家の方がワンボックスカーを出して
冷蔵庫と洗濯機を運ぶのを手伝ってくださった。
さらに引っ越し当日には、集落の頼もしい男性陣4人が、
軽トラを2台出して、すばらしい手際のよさで荷物を運んでくださった。
わが家の荷物は結構たくさんあったので、家族だけではとても運びきれなかったと思う。
まさに地域の方々の助けがあって、乗り越えることができた引っ越しだった。

12月中旬には、集落のさらに小さな単位 “班” の
忘年会(兼わが家の歓迎会)が開催された。
会場の公民館で昼過ぎから準備をするので、時間があれば来てね、
とのことで、子どもを連れて準備から参加した。
和やかにおしゃべりをしながら、お鍋の材料を切ったり、器の準備をしたり。
その合間に、お酒やお茶を飲みつつ
ストーブで蟹を焼いて食べたり……のゆるく楽しい雰囲気。
子どもも、近所のお友だちと楽しそうに遊んで過ごしていた。
皆さん本当にいい方ばかりで、いわゆる“よそ者”の私たちにも
分け隔てなく、自然に接してくださる。
移住者に壁をつくらず歓迎してくださる地域にご縁ができたことは
なによりもうれしいことだと思う。

公民館で、忘年会の準備。鳥取といえば、の蟹をさばく。

準備の合間に、ストーブで焼いた蟹をつまむ。

公民館にあった“放送室”。ここから集落放送を流すらしい。

いよいよ商品発表会。 来場者の反応はいかに 淡路はたらくカタチ研究島 後編

東京を皮切りにイベントも続々と開催。淡路島ならではの商品の発表会

淡路はたらくカタチ研究島〉のプログラムのひとつ
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉で今年度開発された商品の発表会が、
渋谷の〈ヒカリエ 8/〉にて11月24日から29日まで行われ、
今年度開発された4商品に加えて、2013年と2014年に開発された10商品、
計14品が並んだ。3年分のすべての商品が揃うのはこれが初めてだ。
来訪者に商品の感想やフィードバックを聞き、
今後の商品展開に生かそうという場である。
また、実際に今年度開発されたいくつかの商品は購入できたり、
商談スペースで流通の相談ができたりと、
開発を手がけた実践支援員たちとコミュニケーションがとれる機会でもある。

会場では各商品の開発風景のムービーが上映中。

同所で商品発表会を行うのは昨年に引き続き2回目。
淡路島出身で故郷のこうした先進的な試みに
「淡路島もなんだかおしゃれに変わったなぁ」と感慨深く思う人、
地域デザインの事例として〈淡路はたらくカタチ研究島〉に興味があって見に行った人、
ヒカリエでの買い物中に立ち寄った人など、
6日間で500名以上の来場者が足を運んだ。

昨年度までの商品も並ぶ。昨年度の取材はこちら〈前編 後編〉。

淡路はたらくカタチ研究島は厚生労働省の委託事業で、
淡路地域雇用創造推進協議会が実施している。
発表会に来ていた同協議会の会長藤森泰宏さんにお話をうかがう。

まず、淡路島ってどんな島ですか?

「瀬戸内海と大阪湾のふたつの海に囲まれている淡路島は、
北から淡路市・洲本市・南あわじ市の、3つの市でできています。
淡路市は観賞用植物の栽培や水産業が盛んで、洲本市は商業の中心地、
南あわじ市は農業や特産である淡路瓦産業への従事者が多いという、
それぞれ市の産業に特徴があります。
そして、自転車でも一周できるくらいのコンパクト感。
洲本市の太陽光発電に南あわじ市の風力発電と、
エネルギー自給の島としても注目されていますね」

藤森さんは淡路島で生まれ育ったが、
淡路島の良さについては少しずつ見方が変わってきたのだと言う。

「淡路島出身の私よりも、淡路島を訪れる島外の人のほうが、
淡路島のいいところをよく知っているんです。
たとえば、私は“淡路島のいいものを”と言われて島の特産物を薦めましたが、
ある島外の人は、海や夕日といった淡路島の日常風景を“すばらしい”と言いました。
普段暮らしていると気づけない、その目のつけどころに驚きつつも、
それが淡路島の良さなのかと気づかされます。
この〈淡路はたらくカタチ研究島〉は、
島外からスーパーバイザーやデザイナー、講師を招きます。
そういう方々から教えてもらう島の魅力が多いなと、
この事業を進めてから特に感じるようになりました」

「あと、淡路島は“人がいい”って言われますね」と藤森さん。わかりますわかります。と頷く取材陣。

スーパーバイザーとして招いたのは、
過去にも数々の地域創生プロジェクトに参加するgrafの服部滋樹さんと、
ブンボ株式会社の江副直樹さん。
この2名に加え、セミナーや研修の講師を務めるUMA/design farmの原田祐馬さんや、
料理研究家の堀田裕介さん、働き方研究家の西村佳哲さんなど、
多くは島外からやってくる。
今回の4商品の商品開発でも4名のデザイナーに商品のコンセプト決めから
パッケージ制作まで伴走してもらったが、彼らもベースは阪神地域や四国などだ。
こうした“ソト”の視点と、
実際に淡路島で事業を起こそうとする提案者の“ウチ”の視点が合わさって、
商品の細部にしっかり落とし込めているという印象が
〈淡路島ならではの付加価値商品開発事業〉にはある。

今回の商品開発を例に挙げる。〈まちまち瓦〉のデザイナーは、
建築家の岡 昇平さんと家具デザイナーの松村亮平さんのユニット〈こんぶ製作所〉。
普段は香川県高松市の仏生山で活動し、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉などのプロジェクトで注目を集めている。
前編のまちまち瓦の製造現場のレポートでもお伝えしたように、
その岡さんたちのデザインセンスと淡路瓦職人の伝統と技術が融合し、
フラットな淡路瓦をつくりあげた。
今の技術をもってすれば均一に瓦を焼くことは造作もないことだが、
岡さんたちからのリクエストであえて色ムラや経年変化が起きやすいようにした。
それも瓦の個性にしてしまおうというアイデアは
デザインの一環であることに違いないが、昔の淡路瓦の製法で、
今はガス窯に変わってほとんど見ることができない達磨窯(だるまがま)や、
年月を重ね技術を確立してきた先人たちに対する、
こんぶ製作所と企画提案者・興津祐扶さんからの賛辞でもあるように思えた。

さて、発表会の会場の様子を見ていく。

じいちゃんが残してくれた柿の木

島で育てられてきた果樹を残し、活用する

冬になると毎日のように食べる“みかん”。
いまうちには、大きいダンボール3箱分くらいのみかんがあります。
どれもご近所さんからのいただきもので、作る人によって大きさや味が違い、
その違いを楽しみながらありがたくおいしく食べてます。

たくさんいただいたみかんをカフェのお客さんや友人におすそわけ。

畑作業の休憩にみかん。(撮影:太田有紀)

水分の多いみかんはお茶の代わりになります。おやつにも。

小豆島では柑橘の栽培がさかんです。
ずっと昔からいろんな種類の柑橘が育てられてきました。
仕事として作っている人、自分の家で食べるために作っている人、さまざまです。

うちの近所にもあちこちにみかん畑があります。
みかんのほかにも、ゴツゴツとして酸味の強い“ダイダイ”、
ゴツゴツしてるんだけど厚い皮をむくとなんともジューシーで
おいしい実が入っている“スイートスプリング”、それからスダチや柚子も。
最近、ライムを育てている人にも出会い、わけていただきました。
柑橘だけじゃなくて、柿や栗、梅も。
本当に食材豊かだなと思います。

島で育てられたタヒチライム。うちも育ててみたいと思いました。

宮崎県小林市に 移住した人を訪ねてみた。 半自給自足、薪ストーブがある 豊かなくらし。

個性派プロモーションビデオ「ンダモシタン小林
で一躍名を知られるようになった宮崎県小林市で、
移住した人を訪ねてみました。
今回訪ねたのは、東大阪市から移住してきた
安田進二さん、マイ子さんのご夫妻。
進二さんはメーカーに勤務されていましたが、
早期退職制度を使い、奥様の出身地の
小林に移住されました。
お子さんも独立されたタイミングということで、
大阪の都会から、自然豊かなライフスタイルに
切り替える良いチャンスだったのだとか。

もともと奥様が小林出身のご夫婦。
移住前に、市役所の空き家バンクに登録し、
空き家情報が掲載されているサイトで
良さそうな家を探していたところ、
中庭に大きな椿があり、広い敷地を持つ、
理想通りのこのお家を見つけたのだそう。
いまはお二人で、半時給自足の豊かな生活を
送っておられます。

とは言っても、移住生活は最初は大変なこともありました。
畑は石だらけ。トラクターを借り、たくさんの石を取り除いて
耕し、野菜づくりに取り組むことに。
いまでは100坪の家庭菜園で、
人参、ネギ、ピーマン、生姜、じゃがいも、
ブロッコリー、とうがらし、大根などなど、
無農薬で10種類前後の野菜を育てています。
これらは家庭で消費しているのだそう。

広い敷地に

キャベツや

ピーマン、

堆肥も手作り!

これらの野菜は、落ち葉や米ぬかで作った
自家製堆肥で育てています。
そして野菜だけでなく、にわとりもいるんです!
烏骨鶏と軍鶏を飼っています。
烏骨鶏はご近所の方がくださったのだそう。
そういうつながりができるのはすてきですね。

家の前には軍鶏と烏骨鶏が!

にわとりの飼料も天然のもの

ご夫妻は農業にチャレンジするのは初めてでしたが、
農業や森林組合の講座に出席したり、近所の方に教えて頂いたりして、
本当にいろいろなものを作っています。
こちらはきのこ。しいたけとヒラタケです。
2,000個ものタネを打ち込みました。

第22話・神戸の冬の風物詩 〈ルミナリエ〉におでかけ

第22話
神戸の冬の風物詩
〈ルミナリエ〉におでかけ

ちょっとおひさしぶりの更新です。
今週のグレアムさんは、神戸の冬の
風物詩〈ルミナリエ〉にお友達とおでかけ。
1995年の12月、阪神・淡路大震災の犠牲者への鎮魂
のために始まったルミナリエ。
あらためまして、グレアムさんがご案内!

それぞれの山ライフ実現に向けて 山を共同購入へ!

心強い仲間がいるから夢がかたちになっていく

エコビレッジをつくりたいと、北海道で始めた土地探しも半年が経とうとしているが、
実は……、とてもすてきな山の土地を見つけた。
小高い丘へのぼると、田園と山々のつらなりが見渡せる。
まるで『アルプスの少女ハイジ』のあの山の風景のようなのだ!
そしていま、地主さんと土地購入に向けての交渉を始めている。
地主さんに土地のお話をうかがっていると、とても愛着があるようで、
不動産屋を通じた売買とは違う、人と人との信頼関係が何より大切だと感じている。
土地購入の交渉の話については、おいおい書きたいと思うが
(いまは大事なときなので、リポートを楽しみに待っていてください!)
今回は、いままであまり語れなかった、
ともに夢を実現しようとしている友人のことを書いてみたい。

エコビレッジがかたちになるかもしれない、そんな実感があるのは、
この連載の第1回で紹介した、農家の林 宏さんの存在がなにより大きい。
山を買いたい仲間・山トモで、ハイジの丘(仮称ですが……)も一緒に見に行き、
お互いとても気に入った。
「一緒に購入できたら、いいですねぇ」
ということで、いま地主さんとの交渉にもふたりで出かけている。
ニコニコ笑顔を浮かべつつ、聞きたいところはズバッと質問してくれるし、
地主さんとの会話の内容も、林さんがいてくれるので全貌がつかめるといった感じだ。
地主さんも農家だったこともあり、林さんと共通の知り合いがいるようだし、
そもそも土地の大きさを、反(たん)とか、町(ちょう)という単位で話す時点で
わたしにはちょっと辛い。
ちなみに、林さんは新規就農者で、以前は北海道新聞の記者だったこともあり、
コロカルの原稿が書けないと悩んでいると、一緒にネタまで探してくれるのだ。

左が林 宏さん。右が妻の睦子さんと息子さん。林さんが北海道新聞の記者を辞めて新規就農したのは2005年。自分の仕事は自分でつくりたい、仕事も自給自足したいと農家を始めた。

林さんが山を買いたい理由は、しいたけを栽培したり、
木の実や山菜を採って自給自足的な暮らしを推し進めたいと思っているからだ。
いま、岩見沢の栗沢町に農地を持っていて、小松菜やほうれん草を主に栽培しているが、
自家用の小麦をつくるなど、少しずつ食糧の自給についても進めている。
また、太陽光発電にも取り組んでいて、オフグリッドという考えに共鳴している。
オフグリッドとは、狭い意味では、電力会社の送電網を使わない
ということになるが、林さんはこれを広く捉え、
自分たちとは別の論理で動いている経済や社会のシステムとの関係を、
できるかぎりオフにしていこうという気持ちを持っている。

そして、林さんの妻・睦子さんも、山でやってみたいことがある。
それは山の自然を満喫し、そこで生きる知恵を学んでいくような“学校”、
あるいは〈森のようちえん〉のような取り組みをしたいと考えているのだ。
睦子さんは、こうした夢を実現させようと、すでに一歩を踏み出していて、
今年は岩見沢市街にある公園でプレーパークを開催してきた。
プレーパークとは、大人ができるだけ介入せずに、
子どもの自主性を尊重し、自らの責任で遊ぶ場だ。
わたしもこの活動のお手伝いをしていて、
泥んこになってはしゃぐ子どもたちの姿を見ていると、
普段の遊びとは違う可能性を感じていた。
しかし、公園での開催だけでなく、岩見沢は車を30分ほど走らせれば、
山の自然が満喫できる場所もあることから、
こうした場を生かさない手はないのではないかと睦子さんは考えるようになった。
彼女のプランは、山に自らが住み、そこに子どもたちがやって来て、
暮らしと遊びとが密接に結びつく場をつくっていきたいというものだ。

ただし、わが家と同じように夫婦の思惑は重なるようでいて違っている。
夫である林さんとしては、
「畑があるからベースを移すのは難しいなぁ、冬だけなら住めるかなぁ」と、
ソフトな感じで困っている様子だった(わが家もしかり、妻が暴走するタイプ?)。

睦子さんが行ってきた岩見沢プレーパークの様子。子どもも大人もみんなで泥んこになって遊ぶ。

「ケガとお弁当は自分持ち」というのがプレーパークの精神。遊び場には子どもたちへのメッセージも掲げておく。

団地の持つ古きよき歴史を活かす 〈MUJI×UR 団地リノベーション プロジェクト〉が 福岡、京都に拡大!

団地の持つ古きよき歴史を活かしつつ、多くの人に長く、
心地よく住みつないでもらえるように。
2012年にUR都市機構と株式会社MUJI HOUSEがスタートした、
MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉。
これまで首都圏、中部、西日本と展開されてきたこのプロジェクトに、
新たな団地として、京都、福岡での募集が決定。
2016年1月30日(土)から、全国一斉に申込受付を開始します。

〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉のコンセプトは、
「こわしすぎず、つくりすぎない」というもの。
UR賃貸住宅などを手がけるUR都市機構と、
無印良品事業を行っている株式会社良品計画の住空間事業を担い、
”暮らしの器”としての家を提供する株式会社MUJI HOUSEのコラボレーション。
団地という住空間の素晴らしさを再認識してもらうとともに、
日本の暮らしに新たなスタンダードを実現する試みです。

それではどのプランもすてきな、
各地の〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉を
お写真でどうぞ!

・光が丘パークタウンゆりの木通り北(東京都板橋区)
特長:2列型キッチンにパントリー

光が丘パークタウンゆりの木通り北

・水草団地(名古屋市北区)
特長:階段で縦につながるLDK空間・メゾネットタイプ

水草団地

シトラスジンジャーシロップ、 育てる・つくる・売る!

農業をして、生活していく

私たちは、小豆島に移住してきて農業を始めました。
農業(農を生業とする)と言っていいのかどうかわかりませんが、
とにかく畑で野菜や果物を育てて、それを販売して、生活の糧にしています。
その収入だけでは厳しいのが現状で、週末はカフェを営業し、
そのほかにもWebサイトの制作や撮影などでも収入を得ています。

田舎に移住して農業をしたいという同世代の人たちの話を時々聞きますが、
私たちもきっとそのなかのひとりでした。
暮らしを変え、自分たちが食べるものは自分たちでつくりたい。
そんな思いで始めた畑。

いま思うと、いったいどうやって稼いで生きていこうと思っていたのか……。
移住するタイミングで、私たち夫婦はそろって会社を辞めました。
同時に無職。よくよく考えるとこわい(笑)。
しばらくの間はそれまでの貯金と雇用保険で生きていける、
その間に生き方を組み立てていこうと考えていました。

農業に本格的に取り組もうと思ったのは、移住して3か月くらいたってから。
想像してた以上に農村だった肥土山(ひとやま)で暮らすようになり、
そこにはじいちゃんが残してくれた畑と果樹があり、
近所のおっちゃんおばちゃんと話すうちに、
やるなら売れるくらいの野菜がつくれるようにがんばろうという気持ちに。
新規就農者に対する助成金があったというのも、
これならやっていけるかもと思った理由のひとつでした。

ダイダイの収穫。

近所のおっちゃんやおばちゃんから教わることはとても多いです。

小豆島ではいろんな種類の柑橘が育てられています。うちにもじいちゃんが残してくれた果樹がいまも実をつけてくれます。

そしていま、小豆島暮らし4年目となり、まだまだ試行錯誤中ですが
少しずつかたちが見えてきました。
毎週2回、収穫、出荷しているHOMEMAKERSの旬野菜セット。
だいたい10品目くらいのお野菜をダンボールにつめてお届けします。
10品目くらいをセットにするために、その倍の20品目くらいを育てていて、
その中からその日出荷できるお野菜を選びます。

移住から半年かかった空き家探し

期限ギリギリ、ようやく見つかった物件

11月末、智頭に本格的な冬が訪れた。
今シーズン初めての降雪。
「きょうねぇ、ゆきふったよ! でもぜーんぜんつもらなかった」
智頭に来てから、雪遊びできる冬を心待ちにしていた娘は、
ちょっと物足りなそうに、でもうれしそうに言った。
わたしはといえば、大した雪にならなかったことに安堵。
というのも、わが家はまだ冬用のタイヤを購入しておらず
雪の予報にビクビクしていたからだ。
職場では、雪道の運転について、周りの方々がいろんなアドバイスをくれた。
「車にはスコップと、窓の雪を落とす道具を常備しておいたほうがいい」
「橋の下と上は凍結しやすいから気をつけて」などなど……。
雪の多い地方に暮らしたことのない私たちは、いまから冬本番に向けてドキドキである。

そんな寒さが訪れるなか、わが家は半年間住んでいた「移住おためし住宅」から、
定住する空き家へと引っ越しをした。
智頭に来てから探し続けていた空き家が、ようやく見つかったのだ。

空き家探しは、思っていたよりも大変だった。
高齢化の進む田舎町、空き家自体はそこらじゅうにあるのだが、
仏壇があるから、とか、年に1回帰ってくるから、などの理由で
貸したがらない方が多い。また、貸してもいいよ、という物件も、
お風呂が壊れている、床や畳がダメになっている、設備が不十分……など
お金をかけて修繕しないとすぐには住めない場合が多い。
わが家は、智頭町の空き家バンクと、知り合いからの紹介と、
両方からあたっていたけれど、なかなか現実的に住める物件に出会うことができず、
おためし住宅の利用期限(半年)が迫るなか、焦りは深まる一方だった。

そして本当のギリギリになって、
同じ集落で新たに空き家登録をしてくださった方がおり、
そのお家を貸していただけることになったのである。

借りることになった空き家。縁側から見える小さな庭。

かつては山林を売買する事務所スペースだった入口の土間。ここで何かおもしろいことができそうだね、と夫婦で妄想。

片づけ前、まだ置物などがたくさん置かれていた。

わが家の場合はなんとかなったけれど、
空き家が見つからないために移住を断念するケースも多いと聞く。
森のようちえんに入園するために移住を希望する家族も毎年たくさんいるそうだけど、
やはり空き家探しが壁になって、実際に移住して来られるのはごく一部だそうだ。

そんな状況を改善しようと、森のようちえん・まるたんぼう代表の西村早栄子さんは、
移住者のためのシェアハウス(古民家)購入を考え、
クラウドファンディング(ネットを通じた支援金集め)も始めた。
これはぜひ実現してほしい取り組み。
空き家が見つかるかどうかはタイミング次第というところがあるので、
シェアハウスに住みながら、ゆっくり探すことができたらすごくいいと思う。

小さな村の暮らしを受け継ぎ、伝えていく Iターン4人組〈くらして〉

暮らしを生業にするということ

長野県の北西、新潟県との県境に位置し、特別豪雪地帯に指定されている小谷村。
そのなかでも最北端にあり、一度新潟県をまたがないと入ることができない
大網(おあみ)集落は、四方を山に囲まれ、
小谷村民でも「行ったことがない」という人がいるほどの秘境だ。

約44戸、70人あまりの住民の6割以上は高齢者。
そして、冬は積雪量が3メートルを超えることも少なくない。
そんな厳しい自然環境のなかで、人々は独自の文化と生活の知恵を育み、
我慢強くもたくましく、他人を思いやる心を持って生きてきた。

小谷村のなかでも大網集落は特に積雪量が多い。高く積もった雪の片づけは重労働だ。

その大網に根ざし、この地ならではの暮らしや伝統、
そして人々の魅力を受け継いで伝えていきたいという思いで、
2012年から活動をしているのが〈くらして〉だ。
メンバーは、いずれもIターン移住した前田浩一さん・聡子さんと、
北村健一さん・綾香さん夫妻の4人。

左から、北村健一さん、綾香さんと娘のおとあちゃん、前田聡子さん、浩一さん。

彼らの特徴のひとつは、ただこの地に暮らすのではなく、
林業や炭焼きといった山仕事や農業、伝統食の栃餅(とちもち)づくりなど、
自分たちの生業(なりわい)もつくり出していることである。

冬になると雪に閉ざされるこの地では、昔は出稼ぎに行く人が多く、
いままでは仕事がないからと近隣に移住する人も少なくなかった。
しかし〈くらして〉は「ここに住んで、ほかの地域に働きに行くのはもったいない」
と考え、「仕事がないなら自分たちで生業をつくろう」という考えに至った。

「暮らしていることが仕事になるといい。“働き手”ではなく“暮らし手”へ」
そんな思いが、〈くらして〉の名前には込められている。

自家製野菜で グッドモーニングサラダ

自給率100%の野菜で朝ごはん

ようやく寒くなり始めた小豆島。
今年の11月はほんとに暖かかった。
11月なのに半袖で大丈夫なほど。

暖かいのは過ごしやすくていいけど、畑にとっては想定外のことがいくつか。
まず虫が減らない。
暖かいのでいつまでたっても虫たちが元気で、
例年より虫の被害がひどい野菜もあります。
それから大根などの冬野菜に甘さがのってこない。
野菜は寒くなると寒さで凍ってしまわないように糖度をあげるので甘くなります。
寒さって大事なんだなとあらためて感じる日々です。

紫小松菜。虫の被害も少なく初めてきれいに育ちました。

11月に入って採れ始めた白菜。

この時期といえばカブ!

さて、この11月で小豆島で暮らし始めて4年目になります。
畑も4年目で、4回目の冬を迎えます。
少しずつ年間のリズムがわかってきました。
11月になるといよいよショウガの収穫!
中旬には新じゃがが採れる!
そして中まで赤ーい紅くるり大根がもうすぐ旬を迎える!
そのシーズン初の収穫は、それぞれの野菜との1年ぶりの再会でもあり
とてもうれしくなります。

ジンジャーシロップ製造のために、みんなでショウガを収穫しました。

半日で100キロ収穫!

山の恵みをいただきます! 木の実の収穫と草木染体験

採れたての山ぶどうっておいしい

さて、今回は、前回紹介した日端義美さんが所有する山での体験について、
続きを書こうと思う。
このところ、日端さんもメンバーとなっている
〈自然エネルギーを考える会〉が企画するワークショップなどに参加して、
山の恵みを生かすことの楽しさにハマっているし、
こうした経験をエコビレッジの暮らしにも生かしていきたいと思っているのだ。

紅葉もそろそろ終わりを迎える頃、自然エネルギーを考える会では、
山でクサギの実を収穫し、草木染を体験する会が開かれた。
クサギとは、葉っぱに独特の臭いがある木で、ちょうどこの時期に青い実をつける。
この青い実をつぶして煮ると、媒染剤を使わなくても
空色に布を染めることができるのだ。
また、赤いガクの部分も、ピンク色の染料となる。
この日は、日端さんの山に朝集合し、大人から子どもまで20名くらいで、
クサギの実とガクをひとつひとつ枝から摘み取っていった。

写真がクサギ。黒っぽい実に赤いガクがついている。これを摘み取っていく。

大雨が降って、実が落ちてしまったものが多い。それでも2時間ほど摘んでいくと、約2キロの実が集まった。

この日は、クサギだけでなく、秋の味覚があちこちに見つかった。
日端さんが、「こっちに山ぶどうがあるぞー」と声をかけてくれて、
子どもたちに実を分けてくれた。
山ぶどうはジュースなどの加工用で、生では渋くて食べられないとばかり思っていたが、
ジューシーで甘酸っぱくて、おいしいのには驚いた。
酸っぱいものには手を出さない1歳半の娘も、
種を口から一生懸命出しながら、モリモリ食べている。

北海道に移住してから知ったことだが、木になったまま完熟したフルーツは格別だ。
特にブルーベリーやプルーンは、生だとちょっと青臭くて渋いものだと思っていたが、
熟れた実はまろやかで甘みが口いっぱいに広がるのだ。
この山ぶどうも、太陽の光を浴びてゆっくり甘くなった、
そんな豊かな風味を持っていた。

山の持ち主、日端義美さん。木の実の活用方法を教えてくれた。

山ぶどうの実。ぶどうよりも種が大きくて実の部分が少ないが、甘酸っぱい濃厚な味!

そして、もうひとつ、見かけは山ぶどうと同じ黒い実を、
「食べてみて」と日端さんが渡してくれた。
こちらはキハダ。キハダは、草木染の染料にしたり、
漢方薬に用いられたりしており、みかんの皮を濃縮したような
渋くてすっぱい(でも、嫌な味わいじゃないのが不思議)ものだった。
日端さんによると、アイヌ民族が酸味を生かして香辛料として使っていたという。
こうやってひとつひとつ味を確認してみるのも、山の楽しみだということが実感できた。

来年、株を増やすためにキハダの実も収穫。

ツルウメモドキという木。実のついた枝は観賞用として使われることもある。

キリの実。キリの木は知っていたが、こんなに大きな実がつくとは驚き! ツルウメモドキとキリは、花瓶に差したりリースの材料に使えそう。

小豆島ですてきな結婚式〈Happy Outdoor Wedding〉

瀬戸内の素材をたっぷり使ったハッピーな料理!

いわゆる結婚式場じゃなくて、海だったり山だったり、
自分たちの好きな場所に大切な人たちを招いてハッピーな結婚式をしよう! 
というのが〈Happy Outdoor Wedding〉(以下、H.O.W)。
とてもすてきなプロジェクトだなぁと、以前から気になっていました。

そしてなんと今回、小豆島本島から1キロほど離れた余島(よしま)で、
H.O.W企画の結婚式が行われることに!
余島は、小豆島の有名な観光地〈エンジェルロード〉の先にあります。
エンジェルロードというのは、干潮時に出現する瀬(砂の道)で、
その道をふたりで歩くと恋が叶うというロマンチックなところ。
余島と小豆島本島は、干潮時だけこのエンジェルロードで陸続きになります。

余島まではボートに乗って行きます。

ボートから眺めるエンジェルロード。海の上に道があるみたい。

余島には、神戸YMCA(神戸キリスト教青年会)の野外活動センターがあり、
一般の人向けにもキャンプなどさまざまなイベントが企画されています。
新婦さんは、この神戸YMCAの卒業生。
新郎新婦のおふたりで小豆島にご旅行に来られたこともあるそうで、
そんなつながりもあり、小豆島・余島で結婚式を挙げることにしたそう。

新郎新婦とみんなで乾杯! 新郎さんはチェコご出身。

シャボン玉が大好きな新婦さんのために、みんなでいっぱいのシャボン玉を飛ばしました。

リングリレーは、新郎さんのご趣味である登山用のロープを使って。

余島には団体でのキャンプや研修用に大きな建物が何棟かあります。そのなかのひとつを使って。

H.O.Wは、地域の人、ものとのつながりも大事にされているそう。
大勢のスタッフでやって来てすべてをやってしまうのではなく、
結婚式を挙げる場所で活動していているチームや事業者さんに声をかけ、
一緒につくりましょう! というスタイル。
今回私たちHOMEMAKERSも、友人を通して
料理を担当してほしいとお声がけいただきました。
以前からH.O.Wのことを知っていたのでとてもうれしいお話でした。
ただ、私たちは結婚式の料理を担当したこともないし、
ましてや60人分の料理をケータリングしたこともない……。
なので、今回は高松の友人に声をかけて、
チームを組んで一緒に参加させてもらうことに。

結婚式前日の夜から仕込み開始。

ウエディングパンケーキの製作中。

エンジェルロードをサラダで表現。

森のようちえんから地域に感謝を伝える 〈ちづの森の感謝祭〉

感謝の気持ちをこめてみんなでつくるお祭り

冬の足音が少しずつ聞こえ始めた。
朝晩はずいぶん冷え込むようになり、明け方目が覚めて窓の外を見ると、
山は深い霧に包まれていることが多い。
少しずつ夜が明けて霧が晴れてくると、美しい朝の空を見ることができるのだった。

霧が晴れてきた明け方の空。

いま住んでいる“移住おためし住宅”には薪ストーブがあり、
先日ついに初点火することになった。
といっても夫もわたしも薪ストーブは初めてで、友人のSさんファミリーが
薪を持って遊びに来てくれ、点火しつついろんなことを教えてくれた。
薪ストーブの威力はすごくて、2階建ての吹き抜けの家全体が、
あっというまに暖まった。雪降る真冬の日も、ポカポカだそうである。
子どもたちは、薪が燃えてゆくのを楽しそうに眺めていた。

移住お試し住宅の薪ストーブに初点火。

そんな風にして秋が深まっていくなか、イベント三昧の日々はまだまだ続く。
11月の最初の週末には、森のようちえんの保護者による
〈ちづの森の感謝祭〉が、智頭小学校のグラウンドで開かれた。

この感謝祭は、お世話になっている地元の方々に感謝の気持ちをこめて、
毎年、智頭町内のいろんな場所を利用して行われているお祭りだ。
何か月も前から準備を重ねてつくり上げていく大規模なもの。

今年は、保護者による恒例の特製お味噌汁ふるまいや、
カフェ、フリーマーケット、あそびコーナー、ステージでの出し物のほか、
附属学校〈新田サドベリースクール〉の子どもたちによる出店、
ゲストの飲食店・雑貨店の出店など、盛りだくさん。

小学校のグラウンドに、たくさんのお店が並ぶ。

わたしは、お味噌汁ふるまい班に参加した。
森のようちえんでは、週1日“クッキング”の日があり、
子どもたちが野菜を持ち寄って切り、火をおこし、
自分たちでお味噌汁を作って食べている。
そのお味噌汁を、感謝祭で保護者たちが作り(野菜は子どもたちと一緒に切る)
無料でふるまって食べていただくのだ。
この日は板井原集落のおいしい水を汲んできて使い、
智頭杉の割り箸を添えてふるまった。

わたしは仕事でなかなか事前準備に参加できず、
ほかのメンバーに頼りっぱなしになってしまったのだけど、
「できる人ができることをやればいいんだよ」
とニコニコ、確実に準備を進めてくれるほかのお母さんたちは、
本当に頼もしく、格好よかったのであった。

森のようちえん特製お味噌汁をふるまう〈森のふるまい亭〉。

味噌も子どもたちの手作り。

お母さんたちがみんなで味見をしながら味噌を加えていく。

ふるまい班メンバーが頭に巻いたのは、自分たちで染めた杉染めのバンダナ。