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携帯電話と小津映画

鴨方町六条院回覧板
vol.001

posted:2015.12.25  from:岡山県浅口市鴨方町  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル連載、『マチスタ・ラプソディ』『児島元浜町昼下がり』の著者・赤星 豊さんの新連載。
岡山県浅口市鴨方町に引っ越した赤星さん。“町内会の回覧板”をテーマに地方都市での日々の暮らしを綴ります。
更新は「回覧板が届いたとき」。気長にお待ちください。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●東京でライター・編集者として活動した後、フリーマガジン『Krash japan』を創刊。 広告制作会社アジアンビーハイブの代表を務める傍ら、岡山市内でコーヒースタンド〈マチスタコーヒー〉を立ち上げる。 マスターとして奮闘するも、あえなく2013年に閉店。2015年、岡山県浅口市に移住。

10年ほど前の話。とあるドイツ人の映画監督にインタビューしたときのこと。
どういう経緯かまったく憶えていないんだけど、
ともあれぼくが携帯電話を持っていないという話になった。
「それは素晴らしい! 不便は感じない?」
「まったく感じないですね。仕事で付き合いのある人たちからは“携帯を持て!”
とうるさく言われますけど」
彼は「そうだろう、そうだろう」とでも言うようにうなずいて、
それから低くはりのある声でこう言った。
「インターネットが普及して格段に便利になったという。
でも、このごろじゃだいたい午前中の時間がメールのチェックと返信で終わってしまう。
いまの時代、テクノロジーの進歩が生活に豊かさをもたらすというのは幻想だ」
このインタビューからほどなくして、
母の介護で岡山と東京を行ったり来たりするようになり、
家族との連絡用にやむなく携帯電話を買った。ちょうど冬のいまぐらいの時期だった。
小さな手提げ袋を手に、複雑な思いで中目黒のボーダフォンのショップを出たのを
いまもはっきり憶えている。

ときは現在、いまのいま。目の前になんの変哲もないバインダーがある。
挟んでいるのは4ページにわたるA4の書類。
内容は今年10月に浅口市鴨方町の体育館で開催された『原爆と戦争展』の
簡単なレポートと、会場に来た人たちからとったアンケートの紹介……。
さて、目の前にあるこれがいったいなにかというと、
ぼくが住んでいる鴨方町六条院T村が所属する町内会の回覧板なのである。
東京では回覧板なんて見たこともなかった。
倉敷の実家に戻ってからは2か月に一度ぐらい回ってきただろうか。
しかし、ここT村では回覧板が毎週のように、
多いときには週に2度も回ってくる。
回覧の内容はというと、地域の催しの案内だったり、町内会の報告事項だったり。
浅口市の配布する冊子も回覧板と一緒に定期的に回ってくるし、肥料や農薬、
野菜の苗などの注文書も回ってくる。
いつだったか、町内会で購入した備品の領収書だけが
バインダーに挟まれた状態で回ってきたこともある。

浅口市には今年の6月に都窪郡早島町から移った。
浅口に地縁があったわけじゃない。浅口のなにに惹かれたというわけでもない。
たまたま見に行った古い家が気に入って、
たまたまその家が浅口にあったという話(移住の経緯は『児島元浜町昼下がり』で)。
地味な岡山県内にあって、さらに地味な土地である。
市の人口約3万5000人は、東に隣接する倉敷市の12分の1以下。
地元の名産は、そうめんに日本酒とやっぱり地味め
(水揚げ量は少ないが寄島の牡蠣の美味さは別格!)。
輩出した有名人をウィキペディアで調べると、
「明治以降」という広いくくりにもかかわらず、
知っているのはお笑い芸人の春一番しかいなかった。
それでも、浅口は実によいところだと言いたい。
多島美の瀬戸内の海の素晴らしさはいわずもがな、
山間部には山陽地方特有の明るさと温かさがある。
そしてぼくが住んでいる六条院は、山の風情がたっぷりな環境のわりに海が近い。
山に憧れる海育ちのぼくとしては理想の土地だったりするのである。

やってきたものは次に回さなければならないのが回覧板である。
長居させてはいけない。できるだけ迅速にルートで
定められた次の家に持って行く。まったくたいした手間じゃないのだ。
でも、こう頻繁に回ってくると、気持ちの上で少々面倒になってくる。
一度はタカコさんにやわらかく毒づいたこともある。
タカコさんは倉敷市児島にある元浜倉庫焙煎所の焙煎人。
ぼくのパートナーであり、幼いふたりの娘たち、チコリとツツの母親だ。
「まったく意味がわからんね、なんでこんなにしょっちゅう回ってくるかな」
すると彼女は間髪入れずこう言った。
「隣の家に行くことに意味があるんじゃない? 
とくにお年寄りがたくさん住んでいるうちみたいなところだと」
とんちんかんなことを言うのが7割、2割がまずまずまとも。
残りの1割で、このようにぼくがたんなる阿呆のように思えてしまうことを
さらりと言う。ともあれあの日あのとき以来だ。回覧板の見方が劇的に変わった。
いまでは立派な回覧板シンパだ。
しばらく間が空いたりすると回覧板を心待ちにしていたりする。
なにより、こんなにアナログで面倒なシステムが細々と残っていることが嬉しい。
街に出ると、みんながみんなうつむいてスマホをいじくりながら歩いている
こんな時代だから。

冒頭に登場してもらったドイツ人の映画監督は、
小津安二郎の映画に心酔していることで知られている。小津の映画はいい。
いま見返すとさらに映画がまぶしいばかりだ。時代もよかった。
小津がもしもいまの時代に生きていたら、
映画を撮っていないんじゃないかとぼくは思う。ただただ、美しくないという理由で。

鴨方町六条院に移ってきて半年が経過したが、いまも周辺のなんでもない景観を見てきれいだと思う。写真は毎朝のサブの散歩道。朝の光を浴びた景色が好きだ。曇っていると、さすがに冬は寒々しいんだけど。

ちょっとずつうちの家族を紹介。これから登場頻度がもっとも高くなることが予想されるのが長女のチコリ。とにかくいろいろとやらかしてくれる。この夏には無意味に暴れて床柱に額をぶつけ、プロレスラーなみに流血。4歳にして人生初の縫合処置を受けた。左に写り込んでいるのは心霊ではなく次女のツツ。

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