旭川市〈HOKUO LAB〉
築64年の醸造倉庫を
複合型シェアオフィスへリノベーション

野村パターソンかずたか vol.6

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
元ミュージシャンで世界の都市を巡った経験から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

今回も前回に引き続き旭川市大町地区で、
先祖代々受け継がれてきた大型の倉庫が
複合型シェアオフィスにリノベーションされた事例をご紹介します。

管理が難しい寒冷地の物件

マイナス1度なのに陽気すら感じてしまうこの頃。
最高気温がプラスになる日も増え「もう春だねえ」なんて声も聞こえてくる。
道民ならではの感覚だろうか。

今年の元旦はいつになく冷え込みが激しかった。
年始休みで人が家やオフィスをあけることが多い数日間、
北海道中で給水管の凍結事故があったと聞いた。
当社も例に漏れず複数の物件で水回りの事故に見舞われた。
給水管の凍結は経験済みだったが、排水管の凍結は今年初めて経験した。
しかも2か所、ほぼ同時に。

寒冷地では、夜間の水道の凍結を避けるために、蛇口を軽く開けておき、
水を滴らせる方法をとることがよくある。給水管の凍結防止には有効な手段だ。

問題は、この水は排水管を流れきる前に管内で氷となってしまうこと。
ひと晩かけて徐々に盛り上がっていく“ちょろぽた水”。
今年はマイナス20度にもなった旭川の冬、
当社の物件ではメートル単位で排水管が凍りついていた。
管内凍結に気がつかずトイレやシャワーを流してしまうと最悪で、
排水が流れず逆流してしまう。

このように、北国での不動産管理は、温暖な地域とは異なる注意を払う必要がある。
以前書いたとおり、空き家のオーナーが、
秋の終盤から雪の季節になるとそわそわし始めるのはこのためだ。

どのような物件であれ、活用できないなら負担にしかならないのが
空き家・空き店舗を受け継いだ者の実状だ。
毎秋不安に駆られるくらいなら、いっそ物件を売却して楽になったほうがいいだろう。

しかしそんな「先祖代々受け継いだ物件」をなんとか活用しようと考え、
複合型シェアオフィスに仕立て上げたのが、
今回ご紹介する〈HOKUO LAB〉のオーナーである川島千幸さんだ。

工事中の様子。敷地面積は900坪にも及ぶ倉庫。

工事中の様子。敷地面積は900坪にも及ぶ倉庫。

野毛山〈藤棚デパートメント〉前編
空き店舗を使って、
商店街の課題解決に挑む

YONG architecture studio vol.2

横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
現在は長野県にも拠点を持ち、2地域で活動を展開しています。

前回は藤棚の商店街で始まった〈藤棚のアパートメント〉と、
そこから地域へと広がる暮らしについてご紹介しました。
今回は次第に見えてきた商店街や地域の課題、
その後に立ち上げたシェアキッチンのプロジェクト
〈藤棚デパートメント〉の成り立ちを振り返っていきます。

暮らすことで聞こえてきた地域の課題

藤棚商店街では、毎年5月に「こども商店街」というイベントが開催されます。
地域の方々が商店街に露店を出し、地域の子どもが店長になって
お店を出したりと家族で楽しめるお祭りで、毎年多くの人が
商店街にやってきます(昨年はコロナで中止となってしまいました……)。

〈藤棚のアパートメント〉も屋台を出させてもらえることになり、
いつもお世話になっているご近所の方たちと一緒におやつやスープなどを出しました。

ちなみにこの屋台は、本連載で以前に紹介した、
同じ神奈川県の山北の間伐材を使った屋台です。
当時のプロジェクトを知っていてくれた商店街の方が
「ぜひ、商店街でも使ってください」と声をかけてくれたのがきっかけで、
藤棚まで運ぶことになりました。

「こども商店街」では商店街を歩行者天国にして露店が賑わう。

「こども商店街」では商店街を歩行者天国にして露店が賑わう。

また、夏休みには、商店街の近くにある映画館
〈シネマノヴェチェント〉さんでのアニメ上映との連動企画として、
藤棚のアパートメントでアニメキャラお菓子ワークショップなども開催。
ご近所の方々が親子で参加してくださり、小規模ですが盛況のうちに終わりました。

日本一小さなフィルム映画館〈シネマノヴェチェント〉。

日本一小さなフィルム映画館〈シネマノヴェチェント〉。

〈藤棚のアパートメント〉にて。アニメ映画のキャラクターのお菓子づくりは親子で参加。

〈藤棚のアパートメント〉にて。アニメ映画のキャラクターのお菓子づくりは親子で参加。

こうして日々、商店街や地域と関わりながら暮らし、活動しているうちに、
次第に地域の課題や本音を耳にするようになります。

「商店街で教室を開ける場所があったらいいのに」
「気軽に集まれる場所が商店街の中にあったら」
「ランチの選択肢があまりない」

地域の人たちの声はさまざま。

地域の人たちの声はさまざま。

一方その頃、お祭りや映画イベントなどを経て
商店街の理事会にもたまに参加させていただくようになり、
お店の方々の声も聞くことができました。

「空き店舗が増えてきた」
「若い人がもっと商店街に来てくれるといいのだけれど」

店舗が突然立ち退いてしまったり、理事会の人数が減って
商店街の運営が難しくなった時期があったりと、
みなさん地域を守るために苦心されてきたようです。

商店街の理事のみなさん。

商店街の理事のみなさん。

そんななか、商店街の理事のひとりである、かまぼこ屋さんの今井宏之さんから
「お祭りで使っていた屋台をポップアップショップとして商店街で使えないか」
という提案をいただきました。

藤棚の商店街では、歩道にアーケードがかかっています。
そこに屋台を置いて、1日限定出店というかたちで新しい人を外から呼べたら、
話題にもなるし、賑わいになるのでは、という相談でした。

「ぜひやりましょう!」とすぐ返事をして意気込んでいましたが、
これがなかなか難しかった……。
軒先を使わせてくれる店舗が見つからず、
また、屋台をストックしておく場所もネックとなりました。

商店街の新たな活動を牽引する老舗かまぼこ屋〈今井かまぼこ店〉の今井宏之さん。

商店街の新たな活動を牽引する老舗かまぼこ屋〈今井かまぼこ店〉の今井宏之さん。

スチールラックと間伐材でつくったワゴン。

スチールラックと間伐材でつくったワゴン。

食卓で季節を楽しむ!
野菜宅配で旬の野菜の
お取り寄せはいかが?

日々の食卓に、ちょっとした楽しさを!

外食できない、旅行に行けない、イベント中止、そんな日々が続いています。
暮らしのメリハリが減ってしまった。
季節を感じる機会が減ってしまった。
そんないま、私がいいなと思っていることは、
食卓いっぱいに旬の野菜の料理を並べて食べること!

〈HOMEMAKERS〉のまかないごはん。季節を感じさせてくれる旬野菜の料理が並びます。

〈HOMEMAKERS〉のまかないごはん。季節を感じさせてくれる旬野菜の料理が並びます。

普段から私たちは家が働く場でもあるので、家で過ごす時間が長いです。
家が好きなので、家で過ごすこと自体にはそんなにストレスを感じない。
それとオフィスに通勤していた人たちに比べたら、
コロナ禍でそこまで生活が大きく変わってしまったというわけでもない。

それでもやっぱり1年もこんな期間が続いていて、小さな我慢をし続けていて、
気づかないうちに心に小さなストレスがたまり続けているような気がします。
気分転換に島を出て都会に買いものにいくのをためらったり、
いつもお世話になっている人たちに会いに行くのも諦めたり。

毎日外で過ごす時間が多いので窮屈な気持ちにはならないけれど、いつもと違う刺激が欲しくなったり、気分転換したくなる。

毎日外で過ごす時間が多いので窮屈な気持ちにはならないけれど、いつもと違う刺激が欲しくなったり、気分転換したくなる。

畑の脇では梅の花がきれいに咲いてます。もうすぐ春~。毎年この時期は肥土山農村歌舞伎の練習が始まり忙しくなる頃。

畑の脇では梅の花がきれいに咲いてます。もうすぐ春~。毎年この時期は肥土山農村歌舞伎の練習が始まり忙しくなる頃。

そして昨年に引き続き、今年も私たちが暮らす地区の伝統行事
「肥土山農村歌舞伎」は中止になってしまいました。
夏の虫送りや秋の太鼓祭りなどもどうなるかなぁ。
地域の行事や祭りに参加するのは、準備や練習、
朝早くからの弁当づくりなどとても大変なのですが、中止になってしまうと、
こうも暮らしにメリハリがなくなってしまうんだなぁと寂しく感じます。

知らない間に季節が流れていき、1年が終わってしまうような……。

季節の行事や気分転換の旅行、久しぶりの人に会いにいく、
そういう時間があることで、私たちは毎日の生活を楽しみ、季節を感じることができ、
記憶に残る日々を過ごしていたんだなぁとあらためて感じています。

でも、こういう状況のなかでどう楽しむか、
どうメリハリをつくりだし、日々が流れていってしまわないようにするか。
いまみんなが考えていると思います。
お菓子づくりをしたり、映画を見たり、いい入浴剤を入れてゆっくりお風呂に入ったり。
ちょっとしたワクワクや驚き、幸せを、毎日の生活のなかに取り込みたい!

冬の間ほとんど成長してなかったけど、2月に入ってからようやく茎を伸ばし始めたチンゲンナバナ。

冬の間ほとんど成長してなかったけど、2月に入ってからようやく茎を伸ばし始めたチンゲンナバナ。

紅菜苔(こうさいたい)という紫色のナバナ。いまが旬!

紅菜苔(こうさいたい)という紫色のナバナ。いまが旬!

白山市〈やすまる ごはんカフェ〉
設計者が考える、
壊すこと、壊さないこと

SWAY DESIGN vol.5

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

今回のテーマは、石川県白山市の「安産(やすまる)日吉神社」に併設したカフェ。
その背景では、建物を「壊すか、残すか」という課題に向き合うこととなりました。
リノベーションにまつわる本連載ですが、
今回は「解体」についても考えていきたいと思います。

日本で数少ない「安産」の名を冠した「安産日吉神社」。参道では狛犬が子どもを足元に抱えている。

日本で数少ない「安産」の名を冠した「安産日吉神社」。参道では狛犬が子どもを足元に抱えている。

神社に人が集える場所をつくりたい

白山市美川町の安産日吉神社。
その近くに古くからあったごはん屋さんが閉店し、
この地での食事どころがなくなってしまう。
近隣には図書館もあり人の行き来が多いのに集う場所がない。

そんなお話を地元の建設会社さんからいただいたのが始まり。
まちおこしも兼ねて、神社の近くにカフェをつくり、
自社で運営したいという相談でした。

現地には木造2階建ての納屋が1軒あり、その活用が検討されました。
古い建物ですが想定する席数に見合う大きさで、構造の状態も悪くなく、十分使えそう。

ところが、最終的に出た結論は「解体して新築する」というものでした。

解体途中の様子。作るのは人の手でひとつひとつ、壊すのは重機で一気に。木造の納屋であれば、10日ほどで更地になる。

解体途中の様子。作るのは人の手でひとつひとつ、壊すのは重機で一気に。木造の納屋であれば、10日ほどで更地になる。

敷地と建物を調査する

建物は境内から高さが1.7メートル下がった位置。境内から建物は見えるものの、
建物に入るには一度神社の外へ出て遠回りする必要がありました。

左手に見える石塀が神社境内。神社へは右手の道路を奥に向かって上り、Uターンすることになる。

左手に見える石塀が神社境内。神社へは右手の道路を奥に向かって上り、Uターンすることになる。

神社の参拝者や境内を散歩する方もふらっと立ち寄れるカフェをつくりたい。
そして神社のお守り売り場もつくりたい。そんな要望をまとめると、
神社からのアクセスの良さが最優先事項となります。

境内から直接行き来できる位置に出入り口をつくる案を検討しましたが、
床の高さが中途半端。スキップフロアの計画も出しましたが、
建物からの景観や店のオペーレーションを考えると難しいので断念。
調査と検討を重ねた結果、おもしろい建物ではあったのですが、
目指す方向性には合わず、「残すことは不適」という判断になったのです。

境内側から見た納屋。フェンスを壊し、橋を架ける案も検討したが、建物と敷地高低差が制約となってしまう。

境内側から見た納屋。フェンスを壊し、橋を架ける案も検討したが、建物と敷地高低差が制約となってしまう。

根本的に何かが変わった。
北海道のアトリエで描いた
MAYA MAXXの新作

撮影:佐々木育弥

“生きている”っていう感じがします

昨年夏、私が住む美流渡(みると)地区に移住した
画家のMAYA MAXXさんが、3月1日から東京で個展を開くこととなった。

MAYAさんは愛媛県今治市の出身。
大学進学を機に上京し1993年に画家としてデビューした。
以来、東京をベースに活動を続けており、
2008年からの10年は京都で制作を行ってきた。

北国で暮らすのは今回が初めて。
十分な広さの制作環境を確保するための移住であったが、
以前から、アイヌやイヌイットなど北方の民族に興味を持っていたこと、
いままでとはまったく違う場所に身を置いてみたかったことも
北海道を選んだ理由となった。

美流渡は豪雪地帯。アトリエも雪に埋もれる。

美流渡は豪雪地帯。アトリエも雪に埋もれる。

「夏から秋、冬にかけて、新しい経験が常にありました。
いまちょうど10年に1度の大雪に見舞われているし、本当に大変です。
だけど、何もなくつつがなく暮らすよりも、困難も含めて何かが起こっていて、
それを乗り越えようとしている状況のほうが自分には合っています。
移住して半年ですが、振り返ってみると3年くらい過ごしたような感覚です。
“生きている”っていう感じがします」

移住した夏には制作環境を整えるためにアトリエにペンキを塗り、
秋には本格的な制作が始まった。
そして、作品に大きな変化が起こっていった。

撮影:佐々木育弥

撮影:佐々木育弥

老舗でありながら革新的。
湯沢の〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉が
カフェで追究する新しい発酵の世界

秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。

湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介する連載、
第4回目は、湯沢岩崎地区で慶應3(1867)年から続く
〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉の7代目、髙橋泰さんを紹介します。

進化する伝統産業

雪深い湯沢市岩崎地区に、江戸末期より続く〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉があります。

水資源豊かな土地で髙橋茂助が創業して以来150余年。
伝統を守りながらも先進的な活動を次々と行い注目されているのが、
7代目の髙橋泰さんです。

「お客様は変わらない味を求めますが、変わらないと産業は終わってしまう。
進化しなくてはいけない」と新たな発酵の世界を追究しています。

関東の大学に進学し、2007年に家業を継いだ7代目の髙橋泰さん。従来の商品に加え、新しいパッケージのデザインを自ら手がけるなど、少しずつ自分のビジョンをかたちにしてきました。以前コロカルで取材した記事はこちら。

関東の大学に進学し、2007年に家業を継いだ7代目の髙橋泰さん。従来の商品に加え、新しいパッケージのデザインを自ら手がけるなど、少しずつ自分のビジョンをかたちにしてきました。以前コロカルで取材した記事はこちら

地元で愛され続ける定番商品をつくりながら、
「世界の食文化と和の調味料が融合し、進化していくこと」を理念に、
2012年より味噌醤油製品の海外輸出を開始。
最初は蔵の軒先に小さなショップをつくり、やがて回遊式庭園を整備、
〈YAMAMO GARDEN CAFE〉とアートギャラリーをつくり、
地域の活性化にもつながるインバウンドツアーも行うようになりました。

蔵に併設する〈YAMAMO GARDEN CAFE〉。蔵元が存続した背景やその世界観を伝えたいという思いからリノベーションし、自社の味噌醤油を使用したジェラートの提供から営業がスタートしました。

蔵に併設する〈YAMAMO GARDEN CAFE〉。蔵元が存続した背景やその世界観を伝えたいという思いからリノベーションし、自社の味噌醤油を使用したジェラートの提供から営業がスタートしました。

カフェからは美しい庭園が臨めます。(写真提供:ヤマモ味噌醤油醸造元)

カフェからは美しい庭園が臨めます。(写真提供:ヤマモ味噌醤油醸造元)

泰さんがリスペクトする、町長も務めた本家髙橋七之助や、4代目にまつわる作品を展示するギャラリー。アート作品として時代を超え100年前のメッセージを伝えること、地域の人に美意識をもってもらうことも伝統産業の役割と考えています。

泰さんがリスペクトする、町長も務めた本家髙橋七之助や、4代目にまつわる作品を展示するギャラリー。アート作品として時代を超え100年前のメッセージを伝えること、地域の人に美意識をもってもらうことも伝統産業の役割と考えています。

蔵独自の特殊酵母を発見!

泰さんがデザインした商品の一部。中央は、火入れをしていない、肉をやわらかくするなど酵素の効能がある〈KIJOYU〉(864円・税込)。

泰さんがデザインした商品の一部。中央は、火入れをしていない、肉をやわらかくするなど酵素の効能がある〈KIJOYU〉(864円・税込)。

味を守っていくというスタンスを守りながらも、泰さんは新しいことに挑戦。
試験醸造を重ね、さまざまな研究を続けるなかで、自社蔵から特殊な酵母を発見します。

酵母を培養する実験室「cultivator」は、カフェと蔵をつなぐスペースにあり、ガラス越しに見学可能です。

酵母を培養する実験室「cultivator」は、カフェと蔵をつなぐスペースにあり、ガラス越しに見学可能です。

発見した酵母は、味噌醤油の仕込みのみならず、
肉や魚の肉質改善や、ワインの醸造もできる特性を持ったもの。

さまざまな料理に応用できる菌を発見する確率は、
新しい惑星を見つけるのに等しいほどの天文学的な数字であること、
発見した菌が魚介系の旨みをつくるコハク酸を持つことから、
惑星と鉱物(琥珀:amber)の名前を掛け合わせ
〈Viamver(ヴィアンヴァー)〉と命名しました。

「お酒の酵母は塩分があると死滅するため料理に使うことができないですし、
反対に塩分を好む酵母を塩分のない状態にしてしまうと死滅してしまいます。
ヴィアンヴァーは塩分があってもなくても働くので、
お酒も料理もつくることができる、ほかに類を見ない酵母なんです」

小豆島の渓谷「銚子渓」。
高さ21メートルの滝が凍る!

動物園に、凍る滝まで。渓谷を楽しむ!

小豆島には、日本三大渓谷美のひとつである
「寒霞渓(かんかけい)」という有名な渓谷があります。
日本三大渓谷美と言われるだけあって、渓谷はもちろん、
その先にある小豆島のまちなみ、瀬戸内海を望む景色はとても美しく、
観光スポットとしても人気ですし、知っている方も多いと思います。

その寒霞渓から西に10キロほどのところに
「銚子渓(ちょうしけい)」という渓谷があります。

小豆島の山間にある銚子渓エリア。写真真ん中の建物の右下あたりに銚子の滝があります。

小豆島の山間にある銚子渓エリア。写真真ん中の建物の右下あたりに銚子の滝があります。

銚子の滝の下にはこんな大きな岩が重なってます。

銚子の滝の下にはこんな大きな岩が重なってます。

寒霞渓に比べたら小さな渓谷ですが、滝があったり、
野生の猿が餌付けされている〈銚子渓自然動物園 お猿の国〉があったりして、
意外とおもしろい場所なんです!

野生の猿たちがいる〈銚子渓自然動物園 お猿の国〉。柵はなくて、目の前で猿たちが歩いてます。

野生の猿たちがいる〈銚子渓自然動物園 お猿の国〉。柵はなくて、目の前で猿たちが歩いてます。

突然、孔雀もいたりします。小さな動物園みたいな感じです。

突然、孔雀もいたりします。小さな動物園みたいな感じです。

実はこの銚子渓、私たち〈HOMEMAKERS〉の畑から見える
美しい山々の景色の中にあって、うちから車で10分くらいで行けるところにあります。

あらためてその風景を眺めてみると、私たちは島暮らしだけど
海じゃなくて、美しい山の景色の中で暮らしているんだなぁと思います。
当たり前のように毎日そこにありますが、
ふとしたときに美しいなぁと感じさせてくれる渓谷です。

〈HOMEMAKERS〉の生姜畑の奥にあるのが銚子渓。島の中にある畑とは思えない風景。

〈HOMEMAKERS〉の生姜畑の奥にあるのが銚子渓。島の中にある畑とは思えない風景。

この銚子渓には、銚子の滝という高さ21メートルほどの滝があります。
小豆島で一番大きな滝らしいのですが、普段は流量がそんなに多くなくて、
山の中にひっそりとある感じです。
豪快な滝! みたいなイメージで見に行かないでくださいね(笑)。

とても寒い日が続いた1月。
そういえば、銚子の滝って寒いと凍るんだよなぁと思い出し、見に行ってみることに。
銚子の滝はちょっとわかりにくいところにあります。案内板などもありません。
お猿の国の駐車場から500メートルほど西に下っていくと、
道沿いのガードレールが一部ないところがあります。そこから入っていきます。

ちなみに以前は〈銚子茶屋〉という、食事処&お土産屋さんが滝のすぐ上にあり、
そのすぐ横から銚子の滝に行けたのですが、いまは行けないみたいです。
そして残念なことにその銚子茶屋自体がいまは閉まっています。
ガードレールの間から入って山道を歩くこと3分ほどで銚子の滝が見えてきます。

銚子の滝へ続く山道。落ち葉で滑りやすいので、歩きやすい靴で行きましょう。

銚子の滝へ続く山道。落ち葉で滑りやすいので、歩きやすい靴で行きましょう。

アイヌの音と物語に触れる、
OKIさん、Rekpoさんによる
小さな音楽会

縁がつながって、美流渡にふたりがやってくることに

昨年末に岩見沢市の美流渡(みると)で小さな音楽会が開かれた。
「アイヌの音と物語」というタイトルで、
カラフトアイヌの伝統弦楽器トンコリの奏者であるOKIさんと、
アイヌ伝承歌の歌い手であるRekpoさんがやってきてくれた。

この音楽会が開かれるきっかけとなったのは、
道内各地のアートプロジェクトなどでディレクターを務める
木野哲也さんとの出会いによる。
3年ほど前から私は仕事でお世話になっていて、今回
「アイヌ音楽の子ども向けの公演を開こうと思っているので、
美流渡でもやりませんか?」と声をかけてくれたのだった。

出演するおふたりの名前を聞いて私は心が踊る思いがした。
常々公演に行ってみたいと思っていたおふたりで、
これまでは子どもが小さかったり遠方だったりしてなかなか叶わなかったからだ。
さっそく、会を開けるように会場の選定や
地域の声掛けなどのサポートを行うこととなった。

会の当日、木野哲也さん(写真右)は、昨年、美流渡に移住した画家・MAYA MAXXさん(写真左)のアトリエに立ち寄った。木野さんは、芸術文化プロデューサーとして活躍しており、白老町で行われている飛生(とびう)芸術祭やウイマム文化芸術プロジェクトなど数々のディレクターを務めている。

会の当日、木野哲也さん(写真右)は、昨年、美流渡に移住した画家・MAYA MAXXさん(写真左)のアトリエに立ち寄った。木野さんは、芸術文化プロデューサーとして活躍しており、白老町で行われている飛生(とびう)芸術祭やウイマム文化芸術プロジェクトなど数々のディレクターを務めている。

この会の開催を決めたあと、新型コロナウイルスの感染者が市内でも確認されるなど、
北海道全体の緊張感がより高まっていった時期ではあったが、
なんとか開催できる方法を模索したいという気持ちがあった。

ちょうどその頃、子どもたちが通う小学校では
アイヌ文化を学ぶ取り組みが行われていて、学校に講師を招く予定が中止となり、
とてもがっかりしている我が子の姿を見ていたからだ。

子どもたちは授業でアイヌ文化について調べ、壁新聞にして発表した。

子どもたちは授業でアイヌ文化について調べ、壁新聞にして発表した。

この公演は文化庁の採択事業で、
道内の学校など5か所で開催されるツアーとなっていて、
出演者は事前にPCR検査を受け、万全の感染対策をしながら行うというものだった。

受け入れるこちらも、100人以上収容できるスペースを借り、
地域の20人ほどの親子だけに限定するという最小単位で行おうと考えた。
手探りではあったが、それぞれの家族に参加してみたいか尋ねていったところ、
思った以上にいい反応だった。
OKIさん、Rekpoさんの大ファンだと言ってくれた友人もいて、
私はとても勇気づけられた。

会場としたのは地域のコミュニティセンター。普段は地元主催のイベントで使用されている大広間を借りた。

会場としたのは地域のコミュニティセンター。普段は地元主催のイベントで使用されている大広間を借りた。

湯沢の伝統工芸品「川連漆器」の
新しい挑戦。
〈秋田・川連塗 寿次郎〉のものづくり

秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。

湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介する連載、
第3回目は、800年以上の歴史を誇る伝統工芸品「川連(かわつら)漆器」を手がける
〈秋田・川連塗 寿次郎〉の佐藤史幸さんを紹介します。

木地づくりから担う漆器の一大産地

湯沢の川連地区は、国の「伝統的工芸品」に指定されている「川連漆器」の産地。
そのはじまりは鎌倉時代、時の稲庭城主の弟が、
家臣に刀の鞘・弓・鎧など武具を塗らせたこととされ、800年以上の歴史があります。
漆器の製造工程である木地づくり、塗り、沈金・蒔絵は、専門の職人が分業で行い、
川連はすべての工程をまかなうことができる、全国でも数少ない産地です。

その川連で明治初期に創業し、漆塗りをする小さな工房が〈秋田・川連塗 寿次郎〉です。
シンプルながらも美しい、日常で使いたくなるような漆器をつくっています。

〈寿次郎〉の佐藤史幸さん。写真は中塗りの工程の様子。漆塗りの工程には下地塗り・中塗り・上塗りがあり、中塗りでは下地層の表面を滑らかにしていきます。

〈寿次郎〉の佐藤史幸さん。写真は中塗りの工程の様子。漆塗りの工程には下地塗り・中塗り・上塗りがあり、中塗りでは下地層の表面を滑らかにしていきます。

漆のみを塗り重ねていくのが最も堅牢とされていますが、高価になってしまうため、通常は漆に砥粉を混ぜ合わせた下地を塗り重ねます。寿次郎では、川連では珍しく珪藻土も取り入れていますが、下地に珪藻土を加えるのはより堅牢にするための輪島の技法。史幸さんは高校卒業後に輪島で学び、その技術を取り入れ独自の手法を生み出しました。現在は自ら探し出した秋田県産の珪藻土を使用しています。

漆のみを塗り重ねていくのが最も堅牢とされていますが、高価になってしまうため、通常は漆に砥粉を混ぜ合わせた下地を塗り重ねます。寿次郎では、川連では珍しく珪藻土も取り入れていますが、下地に珪藻土を加えるのはより堅牢にするための輪島の技法。史幸さんは高校卒業後に輪島で学び、その技術を取り入れ独自の手法を生み出しました。現在は自ら探し出した秋田県産の珪藻土を使用しています。

川連漆器の大きな特徴は「花塗り」と呼ばれる、磨かずに塗りのみで仕上げる最終塗装。
漆の調合と、刷毛目やゴミを残さない滑らかな塗り仕上げには、高度な技術を要します。

下地塗りのあと中塗りを行い、硬化乾燥をしている状態。

下地塗りのあと中塗りを行い、硬化乾燥をしている状態。

温度や湿度をチェックするための試し塗り。漆を乾燥させる漆室に中塗りを終えた器と一緒に入れ、上塗り作業のたびに乾き具合を確認。それによって器に塗る漆の量や乾燥時間を調整します。

温度や湿度をチェックするための試し塗り。漆を乾燥させる漆室に中塗りを終えた器と一緒に入れ、上塗り作業のたびに乾き具合を確認。それによって器に塗る漆の量や乾燥時間を調整します。

旭川市〈理容室アパッシュ〉
地域に愛された床屋が
バーバーカルチャーの発信地へ

野村パターソンかずたか vol.5

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

今回は旭川市大町で地域に愛された床屋(理容室)が、
現代的なバーバーへと生まれ変わったお話です。

あの頃の床屋さんの記憶

地域に愛されていた商売が、オーナーの高齢化などで
廃業を余儀なくされるケースが増えているという。
事業を受け継ぐ人もおらず、自分が現場に立てるギリギリまでは立って、
あとは運命任せ。

今回紹介する物件は、創業者の急逝によって廃業してしまった
床屋・事務所・住居・共同住宅を含む複合型の建物だ。

〈ヘアーサロンナカジマ〉の名前で旭川市大町で親しまれてきた床屋さん。
夫の死後、残された老妻は廃業の道を選んだ。

小学生の頃、自分も近所の床屋に散髪しに行っていた。
2か月か3か月に1度くらいだったろうか。
ヘアーサロンナカジマのように地域に愛される床屋だった。
当時多くの小学生男子は「スポーツ刈り」と呼ばれる髪型で走り回っていた。
馴染みの床屋のおばさんにスポーツ刈りをお願いすると、
前髪は軽めに残し、後ろや横はバリカンで刈り上げてくれたものだ。

話慣れたおばさんがおらず、おじさんが切ってくれる日は少し緊張した。
気のせいか、スポーツ刈りもいつもより尖った仕上がりだった。
別の客と一緒になってしまったときなどは、
お客とおじさんの共通の趣味である野球の話に耳を傾けた。
自分にとって床屋に足を運ぶことは、連続する日常に現れた異空間に身を投じること。
あの古めかしくて重たい扉が、そこへの出入り口だった。

小学校5年生の夏、登校すると親友が、というか親友だと思っていたSくんが
もうひとりの友人Tくんと揃って茶髪になって現れた。
10歳の男の子ふたりが、当時で言う「ヤンキー」の象徴である
ブリーチした茶髪で登校してきたのだ。全校に衝撃が走った。

Sくんからこの計画についての連絡はまったくなかった。
なによりも、親友だと思っていた僕に誘いがなかったことに傷ついた。
当時、10年間生きてきて、茶髪にしたいと思ったことは一度もなかった。
このふたりを駆り立てたものが何だったのか、
考え始めるとその日は勉強に手がつかなかった。

数日後、ふたりは不自然な黒さにまで染め直された頭で登校してきた。
どこか自信なさげに振る舞うふたりをみて、親に相当絞られたんだろうと思いきや、
主導者はなんと母親ふたりだった。
思い返せばふたりの母親はいまでいうヤンママで、プリン頭で授業参観に来ていた。

何やら落ち着かない数日が過ぎた頃、校庭のジャングルジムの上で
Sくんに「どうやって髪の色を変えたのか」尋ねた。
ブリーチの仕組みなど知らない純朴な小学生だったのだ。

「美容室でやってもらったんだ。床屋なんてもうだせぇよ」

Sくんと僕は同じ床屋に通っていた。
お互いの家からちょうど真ん中くらいにあり、
切り終わってから互いの家で遊ぶこともあった。

スポーツ刈りにしたばかりのSくんがうちに遊びにくることはもうない。
しかも、僕が散髪に通っている「床屋」には、
ませた同級生は誰も通っていないらしいのだ。
小学生の自分には厳しい現実だった。ジャングルジムを降りる頃には、
幼稚園時代からドッジボール仲間だったSくんが別の道を歩んでいることを悟った。

鎌倉に3店舗を展開。人気麻婆豆腐店
〈かかん〉の小嶋章太さんが追求する、
これからの飲食店のかたちとは?

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鶴岡八幡宮から海へと続く鎌倉の目抜き通り「若宮大路」。この通り沿い、古都と海の中間地点に、〈みやげ屋かかん〉が先日オープンした。

鶴岡八幡宮から海へと続く鎌倉の目抜き通り「若宮大路」。この通り沿い、古都と海の中間地点に、〈みやげ屋かかん〉が先日オープンした。

多くの人を惹きつける鎌倉発の麻婆豆腐

「鎌倉においしい麻婆豆腐のお店があるんでしょ?」
ここ1~2年の間に、東京に暮らす知人などからこんな質問をされる機会が増えた。
なかには、山椒が適度に効いた深みのある味わいの虜となり、
すでに何度も通っているという人も。

地元住民から観光客までを惹きつけてやまない麻婆豆腐を提供しているのは、
2016年に鎌倉・梶原で開業し、現在は市内に3店舗を構える〈かかん〉だ。
かかんの麻婆豆腐が生まれたのは、梶原店のオーナー・小嶋章太さんが、
旧知の仲だったシェフの小出幸生さんとともに、
現在の〈かかん鎌倉本店〉がある場所で営んでいたカフェバー〈カジェヘロ〉。
このお店で常連客たちに愛されていた名物メニューが、麻婆豆腐だったのだ。

適度な辛さと花山椒による痺れ、ひき肉の旨みが絶妙なハーモニーを奏でる〈かかん〉の「麻婆豆腐定食 」(1100円・税込)。一度食べたら癖になるその味わいが、鎌倉のローカルから旅行者までを惹きつけている。

適度な辛さと花山椒による痺れ、ひき肉の旨みが絶妙なハーモニーを奏でる〈かかん〉の「麻婆豆腐定食 」(1100円・税込)。一度食べたら癖になるその味わいが、鎌倉のローカルから旅行者までを惹きつけている。

各地でのイベント出店や数々のメディア露出などによって、
近年人気が全国区となりつつあったかかんの勢いは、
多くの飲食店に打撃を与えたコロナ禍においてもとどまることはなく、
先日、テイクアウト専門の新業態〈みやげ屋かかん〉を由比ヶ浜にオープンした。

小嶋さんのこだわりや美意識、ホスピタリティが凝縮したカジェヘロ、
地域の住民が気軽に立ち寄れる食堂〈かかん梶原店〉、
かかんブランドを全国に広める拠点となった鎌倉本店や各地でのイベント出店、
そして、高まるテイクアウト需要に応える新業態であり、
EC販売の拠点ともなるみやげ屋かかんーー。

常に自らが自由でいられるための選択肢を模索しながら、
個人の表現と店舗の経営の両立を図って進化してきたかかんは、
アフターコロナ時代における飲食店のあり方を体現しているように思える。
コロナ禍においても果敢なチャレンジを続ける小嶋さんに話を聞きに、
オープンしたばかりの新店舗を訪ねた。

横浜・野毛山〈藤棚のアパートメント〉
設計者自らが暮らし、
地域とつながる場へ

YONG architecture studio vol.1

こんにちは。〈YONG architecture studio〉の永田賢一郎と申します。

「リノベのススメ」では、2016〜2017年にかけて
〈IVolli architecture〉として掲載させていただき、今回は4年ぶりの連載となります。

IVolli architectureとして設計した〈藤棚のアパートメント〉を拠点に、
2018年から個人の設計事務所・YONG architecture studioとして横浜で活動を始め、
2021年現在、横浜市の野毛山エリアで新たに設計事務所兼シェアキッチンの
〈藤棚デパートメント〉、シェアアトリエ〈野毛山Kiez〉、
オフィス兼住居の〈南太田ブランチ〉など、複数の拠点をつくり活動をしています。
また現在では、長野県でも活動を始め、2地域でライフワークを展開しています。

今回の連載では、野毛山エリアに各拠点をつくった経緯やその後の変化を振り返り、
それらがつながることで生まれた新たな生活スタイルについて、
順を追って紹介してきたいと思います。

以前の連載では、藤棚のアパートメントのオーナー川口ひろ子さんとの出会いや
コンセプト作成の経緯をご紹介しました。
今回はその続編として、藤棚のアパートメントの完成後に
自ら設計したアパートに暮らすことで広がった地域との関わりについて、
振り返っていきたいと思います。

地域の住民として暮らすこと。ライフワークとしての建築

舞台は、横浜市戸部というエリアの5つの商店街が連なる藤棚町。
当時IVolli architecutreとして設計した藤棚のアパートメントが竣工したのは
2016年の12月。2013年に依頼をいただき、小規模ながら3年もかかった
壮大なプロジェクトでした(当時の苦労の様子はこちらから)。

藤棚のアパートメントは、ふたつの住戸の間に、
第三者が利用できる共有部を設けているミニマムなシェアアパートです。
アパートの入居者が使うだけでなく、
ワークショップなどでも使える場所を建物の真ん中に設けることで、
いろんな人がアパートに関われるきっかけをつくっています。

2住戸(茶色の部分)の間にL字型の共有部がある〈藤棚のアパートメント〉。共有部から庭につながっていく。

2住戸(茶色の部分)の間にL字型の共有部がある〈藤棚のアパートメント〉。共有部から庭につながっていく。

共有部と庭がつながり、建物の外にも居場所を広げることで、
たとえ小さくても、2住戸だけでも閉鎖的にならず、
地域に開かれた暮らしができると考えました。
各部屋の中にはお風呂、トイレ、ミニキッチンがあり
アパートの部屋としての機能は完結しているので、部屋に籠ることもできます。

部屋、共有部、そして庭。
暮らしのなかで周りとの距離感を調整できる場所づくりをしました。

天気のいい日はみんなで庭を楽しむ。

天気のいい日はみんなで庭を楽しむ。

共有部ではワークショップも開催。

共有部ではワークショップも開催。

設計の仕事をしていると、設計した先の暮らし方について提案することはあるものの、
引き渡したあとの使い方はお客さんに委ねることが大半です。

ですが、藤棚のアパートメントでは、自ら提案した
“小規模ながら広がりのある暮らし方”が実際どのようなものになるのか体験してみたい、
また、建築家が地域で暮らすことで設計以上にできることがあるのではないか、
という思いが大きくなり、自ら入居して運営もすることにしました。
日々暮らすことが設計のフィードバックにもつながり、自分自身の勉強にもなります。

考えれば、すべての人はどこかの地域で日々暮らしているわけです。
自分の身の周りの環境に目を配ること、“自分ごと”として地域で活動していくことが、
建築を生業とする人間の使命のような気もしていました。

庭につながる共有部。

庭につながる共有部。

瀬戸内レモンはおいしい!
小豆島でレモンを育てる

もっと気軽に! レモン生活のすすめ

1月、小豆島は冬ど真ん中。
足の指がしもやけになったり、野菜を水洗いする手が冷えすぎて
真っ赤になってしまったり、そんな寒い日が続いています。

こんな寒い時期ですが、レモンやみかんなどの柑橘の収穫はいまが最盛期です。
柑橘の種類によって収穫タイミングが少しずつ違い、
冬の間は何かしらの柑橘を収穫したり、いただいて食べたりしてます。
今週はぽんかんをいただきました。
柑橘は種類が多すぎて、どれがどれだかいまだにわかってないです(汗)。

11月末頃から黄色く色づくレモン。4月くらいまで順番に収穫していきます。

11月末頃から黄色く色づくレモン。4月くらいまで順番に収穫していきます。

温州みかんとはっさくをかけあわせたスイートスプリングという柑橘。皮を向いてそのままみかんみたいに食べられます。

温州みかんとはっさくをかけあわせたスイートスプリングという柑橘。皮を向いてそのままみかんみたいに食べられます。

「瀬戸内式気候」と呼ばれる、降水量が少なく冬も温暖な気候の小豆島では、
昔から柑橘の栽培が盛んです。
昔は南向きの山の斜面では一面みかんなどの柑橘が栽培がされていたそうで、
うちの裏山も山のずっと上のほうまでみかん畑でした。

いまは高齢化により畑作業ができなくなってしまったり、
柑橘類の消費が減ったことで価格が下がってしまったりして、
柑橘栽培をやめてしまった畑も多く、あっというまに山に戻っていっています。
収穫されずに実がついたままの柑橘の木が島のあちこちにあります。

集落の中には小さな柑橘畑がぽつぽつあります。寂しいですが少しずつ放置された柑橘の木が増えています。

集落の中には小さな柑橘畑がぽつぽつあります。寂しいですが少しずつ放置された柑橘の木が増えています。

これは「ダイダイ」という柑橘。酸味が強く、果汁を搾って使います。醤油とあわせてフレッシュな自家製ポン酢をつくったり。

これは「ダイダイ」という柑橘。酸味が強く、果汁を搾って使います。醤油とあわせてフレッシュな自家製ポン酢をつくったり。

小松市〈パンの朝顔〉
居酒屋の一角に併設された2坪のパン屋

SWAY DESIGN vol.4

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

今回は石川県小松市、売場面積が2坪弱のパン屋の事例です。
同建物内には店主の家族が営む居酒屋、隣の敷地には打ちっ放しのゴルフ場が並ぶ、
不思議な複合施設ができあがった経緯をご紹介します。

写真中央の白く囲われている部分が〈パンの朝顔〉。居酒屋の一角をパン屋につくりかえ、ポーチ部分のみを増築し、屋外階段を設けた。パン屋部分は間口1.7メートル、奥行2.4メートルの売り場があり、カウンター奥の厨房部分で居酒屋とつながる。最小限の増築で居酒屋とパン屋を共存させた。

写真中央の白く囲われている部分が〈パンの朝顔〉。居酒屋の一角をパン屋につくりかえ、ポーチ部分のみを増築し、屋外階段を設けた。パン屋部分は間口1.7メートル、奥行2.4メートルの売り場があり、カウンター奥の厨房部分で居酒屋とつながる。最小限の増築で居酒屋とパン屋を共存させた。

家族の店の敷地内でパン屋を始めたい

店主は高校の同級生である吉野克俊さんとその妻の麻子さん。
長年パン屋に勤めてきた麻子さんがパン職人、克俊さんが経営を担うかたちで、
2017年5月に〈パンの朝顔〉が開業しました。

当初の依頼内容は、以下のふたつ。

・夫婦ふたりでのスタートなので、まずは小さく始めたい。

・店主の母が営む居酒屋〈味処あさぶ〉の敷地内の余白に店舗を構えたい。

お隣には父が営むゴルフ練習場があり、敷地は潤沢でした。

ビフォー。左手に見える鉄柱がゴルフ練習場〈八幡ゴルフセンター〉。駐車場を挟み、右手に居酒屋の〈味処あさぶ〉がある。間にはふたつの施設の共有駐車場。

ビフォー。左手に見える鉄柱がゴルフ練習場〈八幡ゴルフセンター〉。駐車場を挟み、右手に居酒屋の〈味処あさぶ〉がある。間にはふたつの施設の共有駐車場。

しかし、車社会の地方では駐車場の確保が必須。
この場所に来る人たちは日中はゴルフ、夜は居酒屋が目的で、
どの時間帯も駐車場が満杯になることも多く、駐車場を減らすのは得策ではありません。

そこで、駐車場として使われていない建物の北側の余白スペース、
または南側の居酒屋出入り口付近に建物を増築するかたちで検討がスタートしました。

どうして不便なところに住んでいるの?
北海道の過疎地に住む人々の
“本音”をまとめた本

撮影:佐々木育弥

ハタチの学生が山あいに住む人々にインタビュー

3月初旬に地域の人に取材した本ができあがる。
昨日、原稿のチェックをすべて終え、最終工程に入る段階までこぎつけた。
このコロカルで、岩見沢市の山あいに暮らす人々のことを書いてきて5年、
いつか単行本にまとめられたらと思っていたのだが、
今回、思いがけないかたちで実現することとなった。

きっかけはコロナ禍だ。
2019年より、私は北海道教育大学岩見沢校による
「万字線プロジェクト」というプロジェクトに関わっていた。
かつて炭鉱輸送の要として岩見沢市の山あいにあった路線から名前をとったもので、
学生がここでアートマネジメントについて学ぶという取り組みだ。

昨年は閉校になった美流渡(みると)中学校の体育館を使って
地元の人々と交流するイベントなどを実施。
今年度の活動を準備中だった矢先に新型コロナウイルスの感染が拡大し、
学生たちの授業はほとんどオンラインとなり、
イベントなどの開催は難しい状況となってしまった。

2019年に実施した万字線プロジェクトでは、閉校となった校舎で学生がイベントを企画。久しぶりに子どもたちが集まった。

2019年に実施した万字線プロジェクトでは、閉校となった校舎で学生がイベントを企画。久しぶりに子どもたちが集まった。

こうしたなかではあったが、秋になって対面での授業も一部は実施されるようになり、
担当教授・宇田川耕一先生は、学生を少人数のグループに分ければ、
地域でフィールドワークが可能ではないかと考えた。

そして、「学生と一緒に地域をテーマにした本をつくってみませんか?」と
宇田川先生から誘いを受けた。
年度末までの刊行という差し迫ったスケジュールではあったが、
地域の人々10組に学生が10問ずつ質問を投げかけ
1冊にまとめてみたいと私は考えた。

コロカルでもこれまでたくさんの地域の人を取材してきており、
人選は悩みどころだった。
今回は「地域の課題をアートを通じて解決する」という題目があったため、
まちづくりに関わったり、アートやものづくりに関わったりしている人に登場を願った。

このプロジェクトに参加したのは26名の3年生。
宇田川先生が5名ほどのグループに学生を振り分け、
10組の取材を1か月半かけて行う計画を立てた。

雪が降り積もる季節に学生たちの取材が行われた。(撮影:佐々木育弥)

雪が降り積もる季節に学生たちの取材が行われた。(撮影:佐々木育弥)

温泉熱を産業に活用!
〈栗駒フーズ〉と
湯沢に続々誕生する地熱発電所

秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。

湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる――。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介していきます。

温泉熱を活用した低温殺菌牛乳

「地熱のまち」湯沢の代表的な温泉郷「小安峡温泉」がある旧皆瀬村地域では、
1970年代から当時の村長の働きかけもあり、地熱の恵みである温泉の産業利用が盛ん。
野菜などの乾燥や、三つ葉やパクチーのハウス栽培、
暖房、融雪などに活用されてきました。

日本で初めて温泉熱を利用して低温殺菌処理をし、
牛乳やヨーグルトを製造販売する〈栗駒フーズ〉もそのひとつ。
1987年に地熱エネルギー利用モデル事業として認定を受け、
小安峡温泉に製造工場を構えています。

低温殺菌処理で製造された〈栗駒高原牛乳〉と〈栗駒高原ヨーグルト〉。創業当時からのロングセラー商品。

低温殺菌処理で製造された〈栗駒高原牛乳〉と〈栗駒高原ヨーグルト〉。創業当時からのロングセラー商品。

栗駒フーズの創業者・高橋惇さんはもともとは酪農家。
自らも乳製品の製造・販売を始めようと機械設備を導入する際、
ほかと差別化を図るために地元の資源である温泉を生かそうと考えました。

工場から約300メートルの湧出池から引く温泉水は約98度。熱交換機でその温泉水をエネルギーに変換し、工場の機器の動力として活用しています。写真はヨーグルトの発酵・殺菌を行う製造タンク。温泉の地熱で動いています。

工場から約300メートルの湧出池から引く温泉水は約98度。熱交換機でその温泉水をエネルギーに変換し、工場の機器の動力として活用しています。写真はヨーグルトの発酵・殺菌を行う製造タンク。温泉の地熱で動いています。

「高温殺菌よりコストも時間もかかりますが、低温殺菌することで
味も成分も生乳に近い状態の牛乳やヨーグルトをつくることができます。
製法も味も特徴ある商品が生まれたんです」と、栗駒フーズの井上幸子さん。

お話をうかがった栗駒フーズの井上幸子さん。東京のホテルに勤務後、創業者である父を手伝うために秋田にUターン。ヨーグルトマイスターの資格を取得し、県内外の素材を使用した健康志向のヨーグルト開発に熱心です。

お話をうかがった栗駒フーズの井上幸子さん。東京のホテルに勤務後、創業者である父を手伝うために秋田にUターン。ヨーグルトマイスターの資格を取得し、県内外の素材を使用した健康志向のヨーグルト開発に熱心です。

(左から)イチゴ(秋田産)、レンコン(千葉産)、竹炭(高知産)を使用したヨーグルト。「大手メーカーさんがやっていないような、少ない量でもつくれる製品にチャレンジしています」と井上さん。一番右はモンゴル生まれの乳酸菌を利用した〈腸若返りヨーグルト〉。

(左から)イチゴ(秋田産)、レンコン(千葉産)、竹炭(高知産)を使用したヨーグルト。「大手メーカーさんがやっていないような、少ない量でもつくれる製品にチャレンジしています」と井上さん。一番右はモンゴル生まれの乳酸菌を利用した〈腸若返りヨーグルト〉。

ヨーグルトは酸味を出さないために発酵温度を36度に統一。
瓶詰めの前にひと晩寝かせるというひと手間をかけ、
よりおいしい商品づくりを目指しています。

人気の〈牛乳屋さんのソフトクリーム〉。脱脂粉乳や香料、卵を使用せず、生乳を半分になるまで成分を濃縮させているため、ねっとりとして生乳本来の味を感じられます。ワッフルコーンも自家製。生地に栗駒高原牛乳が使用されています。

人気の〈牛乳屋さんのソフトクリーム〉。脱脂粉乳や香料、卵を使用せず、生乳を半分になるまで成分を濃縮させているため、ねっとりとして生乳本来の味を感じられます。ワッフルコーンも自家製。生地に栗駒高原牛乳が使用されています。

温泉の滝に、地獄の景色まで!
地熱のまち湯沢の小安峡温泉と
川原毛地獄・川原毛大湯滝

秋田県の最南に位置する湯沢市。
山形県と宮城県に接し、その県境は国内でも有数の地熱地帯です。
湯沢市の大地をつくりあげたマグマは、いまも「見えない火山」として活動を続け、
観光や産業に生かされています。

湯沢市には、「地熱」という自然エネルギーの恩恵を受けながら、
アツく、力強く、たくましく生きる「自熱」を持った地元の人々がいる——。
新しいことがモクモク起きているこのまちの、新しいワクワクを紹介していきます。

温泉郷に恵まれた「いで湯の里」

「いで湯の里」と呼ばれる湯沢市は、その名のとおり小安峡温泉、
秋の宮温泉郷、泥湯温泉など、県内でも有数の温泉に恵まれた土地。
一帯に湯を湧き上がらせる地熱の力は、地層から水蒸気や湯が吹き出す
全国でも珍しい「大噴湯(だいふんとう)」や、
日本三大霊地と呼ばれる「川原毛地獄(かわらげじごく)」などで体感することができ、
「日本ジオパーク」としても認定されています。

ジオパークを軸に、観光客に大地の魅力を伝えるだけでなく、
地域の子どもたちへの教育にも熱心な湯沢市。
その見どころを、〈ゆざわジオパークガイドの会〉のジオガイド
渡部彰夫さんと菅英夫さんに案内していただきました。

2013年に湯沢市の第1期ジオガイドとして認定されて以来、案内を続ける渡部彰夫さん(右)と菅英夫さん(左)。

2013年に湯沢市の第1期ジオガイドとして認定されて以来、案内を続ける渡部彰夫さん(右)と菅英夫さん(左)。

地熱と豪雪がもたらす全国でも珍しい景観

湯沢駅から車で約40分、小安峡温泉エリアにある「小安峡」は、
深さ60メートルの渓谷です。断層を皆瀬川が削りとり、
岩の割れ目から約98度の温泉と水蒸気が吹き出しています。

「湯沢では見えない火山がまだ活動しているんです。
1分間にドラム缶1本くらいの温泉がどっこんどっこんと湧いているんですよ」
と渡部さん。

約60メートル上の河原湯橋からも肉眼で見えるほど力強く蒸気や温泉が噴き出ています。

約60メートル上の河原湯橋からも肉眼で見えるほど力強く蒸気や温泉が噴き出ています。

この湯が吹き出しているところは「大噴湯」と呼ばれ、約300〜400段の階段を下ると、
遊歩道を散策しながら蒸気のトンネルをくぐることができます。

近づいて見ると、岩の割れ目から湯が吹き出しているのがわかります。すごい迫力!

近づいて見ると、岩の割れ目から湯が吹き出しているのがわかります。すごい迫力!

高温の蒸気や熱水が溜まる「地熱貯留層」の亀裂が露出しているのは全国でも珍しく、
有害なガスも含まれていないため、
大地のエネルギーを間近に感じることができるのも特徴です。

川を流れているのは温泉。小安峡温泉エリアは、一帯に「マグマ溜まり」があるため、どこを掘っても温泉が湧いてくるんだそう。

川を流れているのは温泉。小安峡温泉エリアは、一帯に「マグマ溜まり」があるため、どこを掘っても温泉が湧いてくるんだそう。

こうした景色が見られるのは、地層に加えて、
湯沢が豪雪地帯であり(2021年1月4日現在、積雪は150センチ超え!)、
雪解け水に恵まれていることにも起因しています。
冬、日本海を流れる対馬海流の影響を受けて流れ込んでくる水蒸気を含んだ空気が、
岩手県境の奥羽山脈にぶつかることで、湯沢には大量の雪が降るのです。

「滝、温泉、酒、米、稲庭うどん……湯沢を代表する産業には
全部おいしい水が必要です。いろんな業種が雪の恩恵を受けている、
湯沢は豪雪のおかげで成り立っているとも言えます」と渡部さん。

熱心に解説してくれる渡部さんは湯沢市出身。営業職を経てジオガイドに。「父が石屋だった。自分の地域のことは当たり前で興味もなく過ごしてきたんだけども、ガイドをするようになって、湯沢ならではの仕事だと気づかされました」

熱心に解説してくれる渡部さんは湯沢市出身。営業職を経てジオガイドに。「父が石屋だった。自分の地域のことは当たり前で興味もなく過ごしてきたんだけども、ガイドをするようになって、湯沢ならではの仕事だと気づかされました」

紅葉に加えて、新緑も雪景色も美しい小安峡には、日帰り入浴を楽しめる宿や、
四季折々の景色を楽しめる露天風呂を備えた宿もあり、滞在におすすめです。

小安峡は紅葉の名所。訪れた11月中旬は雪との共演も見ることができました。

小安峡は紅葉の名所。訪れた11月中旬は雪との共演も見ることができました。

小豆島で山歩き!
海も山もまちも近いから楽しめる絶景

小豆島のお正月

あけましておめでとうございます。
2021年も「小豆島日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

この年末年始は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、
地元に帰省されなかった方も多いと思います。
私たちもいつもなら家族に会いに帰省して、
東京や名古屋などでお世話になっている方々に挨拶しに行っていたのですが、
今年は初めて年末から年始までずっと小豆島で過ごしました。

しめ縄づくり。稲わら、橙、松の木、ウラジロなど材料は身近なところで集めてきます。

しめ縄づくり。稲わら、橙、松の木、ウラジロなど材料は身近なところで集めてきます。

わらの束をねじりながら、もう1本のわらの束とねじっていく。

わらの束をねじりながら、もう1本のわらの束とねじっていく。

ばらばらのわらが力強い縄になる。ちょっと感動。何事も自分でやってみることが大切。

ばらばらのわらが力強い縄になる。ちょっと感動。何事も自分でやってみることが大切。

年末はぎりぎりまで野菜を収穫、発送。
気づけば2020年も残すところあと2日! という日に、
急いでお餅をついて、しめ縄をつくりました。

お正月に実家に帰らないということは、
お正月準備を自分でいろいろと全部するわけですが、
大掃除、おせちづくり、餅つき、しめ縄飾り……
お正月を迎える準備ってなんて大変なんでしょ。
いやー、ほんと全部はできないです(汗)。
結局ずっとばたばたしながら大晦日を迎え、新年を迎えました。

2021年初日の出を早起きして見に行きましたが、雲に隠れてしまって見えなかった。小さな島と島の間から太陽が見えるはずでした。小豆島の花寿波島(はなすわじま)にて。

2021年初日の出を早起きして見に行きましたが、雲に隠れてしまって見えなかった。小さな島と島の間から太陽が見えるはずでした。小豆島の花寿波島(はなすわじま)にて。

年末についたお餅で元旦の朝はお雑煮。香川は「あんもち雑煮」(白味噌仕立てのお汁にあんもちが入った雑煮)が有名ですが、うちはシンプルなすまし汁に焼いた丸餅とかしわ肉のお雑煮。

年末についたお餅で元旦の朝はお雑煮。香川は「あんもち雑煮」(白味噌仕立てのお汁にあんもちが入った雑煮)が有名ですが、うちはシンプルなすまし汁に焼いた丸餅とかしわ肉のお雑煮。

元日夕方に初詣。日の出は見られませんでしたが、日の入はきれいに見られました。

元日夕方に初詣。日の出は見られませんでしたが、日の入はきれいに見られました。

観測史上最多の積雪!
雪とともにある暮らしのリアル

雪をかいても捨てるところがなくなる

私が住む岩見沢市は、年末にいまだかつてないほどの大雪に見舞われた。
雪が激しさを増していきJRなどが運休し、
連日全国ニュースで取り上げられるようになったのは12月14日のこと。
しかしそれでも雪は収まらずに、19日の時点で積雪が12月の観測史上最多となった。

この記録は、私たちが移住した10年前の大雪を超える。
このとき、道の災害派遣要請を受けて自衛隊が除雪作業に当たったのだが、
それを上回る量の雪が降ってきたことになる。

この原稿を書いている12月28日の時点で、累積の降雪量が428センチメートル。
昨年のほぼ倍となった!

私の仕事場から見える景色。物置の雪がマッシュルームのようになっている!

私の仕事場から見える景色。物置の雪がマッシュルームのようになっている!

東京で暮らしていた頃、豪雪に対しては日々の雪かきが大変(!)
というイメージしかなかったが、今年のような災害レベルの豪雪では、
実際にどんな困りごとがあるのかについて、今回は書いてみたい。

まず大きな問題となるのは、雪かき以上に、たまった雪をどこに捨てるのかだ。
玄関先の雪を脇に除けるだけでは、2、3日で高い山になってしまうため、
捨て場所にすぐに困ってしまう。
そのため、みなさん工夫していて、近くの空き地まで雪を持って行って捨てたり、
トラックの荷台に積んで指定の場所に持っていったり。

ただ、今回のような豪雪になってくると「排雪」が追いつかない事態がやってくる。
私が住んでいる美流渡(みると)地区は過疎地なので
雪の捨て場はたくさんあるのだが、市街の状況は深刻で、
2車線だった道路は、車1台がギリギリ通れるレベルとなり、
大渋滞が起こってしまった。

排雪が追いつかずにバスが運休したり、子どもの徒歩通学にも
支障をきたすようになって、いくつかの学校もお休みとなった。

2車線あった道路の幅が狭くなり、対向車が来ると譲り合いながら通行している。(撮影:平野義文)

2車線あった道路の幅が狭くなり、対向車が来ると譲り合いながら通行している。(撮影:平野義文)

道路脇の雪をトラックで運び出す作業は連日行われている。
私の仕事場の近くにも雪堆積場があって、
今年はトラックがひっきりなしに雪を捨てにやってきて、
市の除雪体制のおかげでなんとか暮らすことができていることを実感する。
そこに容赦なく新たな雪が降るという状況になっていて、
除雪作業に当たる人たちの大変さは計り知れないものがある。

道路脇の雪をトラックに積む様子。(撮影:平野義文)

道路脇の雪をトラックに積む様子。(撮影:平野義文)

また、道路脇に雪がうず高く積まれると、見通しがきかなくなって、かなり厄介だ。
私は運転が苦手で美流渡の周辺しか走らないのだが、雪は驚くほど白く、
道路と雪の壁の境がまったく見えなくなって、ヒヤッとすることがたびたびある。
道路脇の雪溜まりに車を突っ込んでしまい、
身動きが取れなくなるというケースも多発している。

道路と路肩を見分けるときの頼りになるのが矢印の標識。

道路と路肩を見分けるときの頼りになるのが矢印の標識。

こんな状況のなかで、吹雪になってホワイトアウトをしてしまうと、
命の危険を感じるレベルになってくる。出歩かないというのが一番なのだが、
これまで体験したホワイトアウトのことを考えると、
予想不可能で巻き込まれる場合も多い。

雪がチラチラと降ってきたかと思うと、数キロ進んだ途端に吹雪になることもあって、
こうなると、後ろから追突されないように、ソロソロと走り抜けるしかない。
夫によると「まだ地面がわかるうちはいい。本当にひどくなると
左右だけじゃなくて、上下すらもわからなくなる」のだという。

吹雪になると視界が本当に悪くなる。

吹雪になると視界が本当に悪くなる。

2020年、〈HOMEMAKERS〉は
どんなふうに変わった?

大きく変わった生き方、働き方

思いもよらぬ日々が続いた2020年も残りわずかとなりました。
いままでとは生き方、働き方が本当に大きく変わった1年。
私たち〈HOMEMAKERS〉にとっても大きな変化があった年でした。
2020年最後の「小豆島日記」なので、
今回はそんな変化についてまとめておこうと思います。

2020年3月、あれよあれよとコロナ感染が広がり、
子どもの学校は突然休校となってしまいました。

このあたりから私たちの生活にいろいろな変化が起こり始めました。
地域の伝統行事「肥土山(ひとやま)農村歌舞伎」の開催は中止され、
いつもなら練習や準備で大忙しなのに、ぽっかりと予定があいてしまいました。
それと同時に、オンラインストアでの個人のお客様からの野菜の注文がぐっと増え、
注文対応が少しずつ忙しくなってきました。

不要不急の外出が制限され、スーパーに野菜を買いに行くことも大変な時期がありました。

不要不急の外出が制限され、スーパーに野菜を買いに行くことも大変な時期がありました。

ご注文を受けた分だけ収穫、その日のうちに発送します。

ご注文を受けた分だけ収穫、その日のうちに発送します。

4月に入り、毎週金・土曜日にオープンしているカフェの営業を
しばらくお休みすることにしました。
当時更新したSNSにはこんなふうに書いています。

「HOMEMAKERS Farm & Cafe には、
島の外から来てくださる方もたくさんいますし、近所の方々もよく来てくださいます。
古家を改修した狭いカフェで、さらにコミュニケーションも比較的濃厚なので、
ここでいろいろな人が出会うことで感染を広げてしまわないようにという思いです。

そして今は、皆さんが家で心地良く過ごせるように、
野菜やシロップなどの加工品をお届けすることに専念します。
配送会社の方々がいつもと変わらず動いてくださることに感謝し、
私たちは小豆島から心を満たしてくれるおいしいものを届けます。

旬野菜セットやジンジャーシロップはいつも通り発送いたします。
皆さんの家での時間が少しでも豊かになりますように」

このあと、7月にカフェの営業を再開したのですが、カフェオープン日は土曜日のみに。
それまで週2日営業していたカフェを週1日営業に減らし、
その分、畑仕事や、野菜やシロップの出荷作業の時間を増やしました。
農業と発送業務により重きを置くように。

カフェからの眺めはすっかり冬景色。〈HOMEMAKERSカフェ〉は現在冬季休業中です。

カフェからの眺めはすっかり冬景色。〈HOMEMAKERSカフェ〉は現在冬季休業中です。

2020年最後のHOMEMAKERSのスパイスカレーは、ジンジャーポークカレー。

2020年最後のHOMEMAKERSのスパイスカレーは、ジンジャーポークカレー。

冬季休業前最後の日は、たくさんの常連さんたちが来てくれました。ホリデイケーキをご用意しました。

冬季休業前最後の日は、たくさんの常連さんたちが来てくれました。ホリデイケーキをご用意しました。

島牧村の小さなマルシェで考えた、
本当に自然に寄り添う暮らしとは?

森と海とに囲まれた開放的な空気が漂う村

移住して9年になるが、本当に北海道は広いなぁとたびたび実感させられる。
数時間、車を走らせると気候が変わり、生えている木々の感じも変わってくる。
2か月ほど前に訪ねた、北海道の西部に位置する島牧村は、
森が深く海も近く、私が住む美流渡(みると)とは異なる景色が広がっていた。

ここを訪ねた理由は、10月17日に開催された小さなマルシェに参加すること。

「本当の意味で自然に寄り添った暮らしとは何かをみんなで考えたい」

そんなコンセプトから始まったのが「小さな町の小さなマルシェ」。
開催場所は〈島牧ユースホステル〉の敷地。
ここは吉澤隆さん、伊久子さん夫妻が45年以上続けている宿で、
息子の俊輔さんがマルシェの主催者だ。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

開催前日に私はこの宿に1泊。吉澤さん一家はやわらかな笑顔で迎え入れてくれた。
イベントの準備に追われているのではないかと想像していたが、
そんなそぶりも見せずに、地元で採れたキノコや野菜、
鮭などをふんだんに使った食事を出してくれた。
食後に山で採ってきたというコクワの実を俊輔さんが勧めてくれた。
素朴で甘酸っぱいキウイフルーツのような味がした。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

翌朝、マルシェの開催前に隆さん、伊久子さんが、
宿から車で十数分のところにあるブナの原生林を案内してくれた。
島牧はブナの北限帯で、国内はもとより世界各国から研究者が訪ねてくるという。
隆さんは、こうした研究者の案内役を務めることもあり、
動植物の生態やブナの森の成り立ちなどを詳しく説明してくれた。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

紅葉が見頃を迎えていた。

紅葉が見頃を迎えていた。

ブナはちょうど葉が色づき始めたところ。
黄色い葉の間から木漏れ日が差し込んでいる。
地表には無数の苔が生え、キノコが顔を出していた。
木々に囲まれているのに、ブナの森は明るくキラキラと光っているような感覚がした。

旭川市〈nest co-living〉
名匠・佐藤武夫が設計した歯科医院を
コワーキングスペースへ

野村パターソンかずたか vol.4

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

今回は旭川市と稚内市をつなぐ国道40号線沿いにある歯科医院が、
コワーキング&イベントスペースにリノベーションされた事例をお届けします。

苦境の先に希望は見えるか

旭川がまた有名になっている。
感染拡大が止まらない新型コロナウイルスの猛威によって引き起こされた
複数の病院クラスター。旭川という字面が頻繁にメディアに上がり、
見慣れていたはずの市長がどこか遠くの人になってしまったようだ。

市内の中心部にひしめく飲食店のネオンサインと
誰も歩いていない通りのコントラストは世紀末を感じさせ、
SF小説の世界観が突然この小都市にやってきたような錯覚すら覚える。

空き店舗の看板が増えているのは気のせいではない。
これまでもずっと空いていた店舗に借り手募集の看板が出ている。
物件を放置する余裕のあった人々も切羽詰まってきたのか、
それとも不景気が引き起こす店舗のダウングレードなどの
引っ越し需要を見越してのことだろうか。

ここから地方の不動産はさらに変わっていくだろう。
ベトナム戦争の頃に都市を脱出し地方で自給自足を始めた人々のような流れが、
バブル崩壊や東日本大震災などの頃にもあったと聞いた。

豊かな自然と、価格が暴落した大量の不動産、そして人々のアイデア。
苦しい状況だが、新しい指標を持つ人々の草の根運動が盛り上がることで、
地方の不動産の流通、ひいてはリノベーションの流れが加速することは一筋の希望だ。

国道40号線沿いの目立つ場所に位置する〈nest co-living〉。

国道40号線沿いの目立つ場所に位置する〈nest co-living〉。

地続きの土地は高くても買え

「人の行く裏に道あり花の山」ではないが、
野村家は先代からなかなかのアイデアマンで、
誰も欲しがらない物件や土地に目をつけて運用していたらしい。

旭川市と稚内市を結ぶ国道40号線は全長300キロほどもあり、
これを北上するだけで北海道の景色を次々に楽しむことができる。
10年以上前、この国道沿いの旭川中心部から遠くないところに
変形地が売りに出ていた。

長いこと売り手がつかず、ずっと空き地だった土地を父は購入し、広告を立てた。
交通量は市内でもトップクラスだった場所なので、
住居や店舗にはできなくても、広告を設置するなら効果は抜群と考えたからだろう。

ある日不動産会社から電話が入り、すぐ横の「上物(ウワモノ)ありの土地」を
更地にするから買わないかという相談が来た。

土地情報で「上物あり」と書いてある場合、
それは不動産会社の判断で利用が難しいと認定された建物が建っていることになる。
いまでこそ「改修すればまだまだ使えます!」という触れ込みの広告は増えたが、
少し前までは内部のダメージがひどいものや老朽化したものは
すぐに「利用不可」の烙印を押されていた。

歯科医院兼住居。実は父からの事後報告でこの物件の購入を知った。
前回の話にも通じるが、地続きの土地だし、解体する可能性も含めて
あとで自分たちで考えればよいという判断らしい。
父本人も具体的な活用アイデアはないようだったが、もう一度書く。
それほど「地続きの土地は大事」らしいのだ。

2階建の歯科医院兼住居。レンガと大きなドアや窓枠が特徴のエントランス。

2階建の歯科医院兼住居。レンガと大きなドアや窓枠が特徴のエントランス。

離島で新型コロナウイルス感染が
広がるということ

急激な感染拡大、いま私たちができること

この文章を書いている12月9日現在、小豆島では
新型コロナウイルス感染がいままでにない規模で広がっています。
昨日12月8日夜、「【新型コロナ】香川県で1日としては最多17人の感染確認、
全員が小豆島在住」というニュースが流れ、
ここ数日で一気に30人以上の方がPCR検査などの結果で陽性に。
正直こわいです。

畑はいつもと何も変わらず。今年は昨年よりも野菜の栽培量をだいぶ増やしました。

畑はいつもと何も変わらず。今年は昨年よりも野菜の栽培量をだいぶ増やしました。

畑から眺める集落の風景。穏やかで美しい。

畑から眺める集落の風景。穏やかで美しい。

小豆島ではこれまで、ひとり、ふたりという人数で
新型コロナに感染された方がいたのですが、
それ以上広がることはありませんでした。
日々ニュースを見ていて、東京や大阪は大変だなぁと他人事のように感じていて、
あまり島外には出かけないほうがいいかなと思っていましたが、いまは状況が一変。

突然やってきたこの状況にみんながあたふた。
島の中では、どこで発生した? 誰がなった? 
病院はどうなってる? というコロナの話題ばかり。

小豆島に限らず、地方の狭いコミュニティの中では、
誰が誰とつながっている、誰と会っていたなんて情報はすぐに広がります。
今回の感染拡大に関して、誰が感染したのか、どこで広がったのかなど、
いまの段階では私は知りません。
でも情報の拡散力はすごくて、きっとすぐ伝わってくると思います。

紫色がとってもきれいな紫カリフラワー。

紫色がとってもきれいな紫カリフラワー。

ブロッコリーやカリフラワー、キャベツ、ナバナなど畑には冬野菜の葉っぱがワサワサ。

ブロッコリーやカリフラワー、キャベツ、ナバナなど畑には冬野菜の葉っぱがワサワサ。

とにかくいまは、正しい情報を得て、その情報をもとに

・自分たちが感染しないように気をつける。

・自分たちが感染を広げないように気をつける。

・やみくもにすべてを自粛しないで、いつもどおりやれることはやる。

ようにするしかないなと思っています。

今年の7月からは週1日、土曜日のみの営業に変更した〈HOMEMAKERSカフェ〉。

今年の7月からは週1日、土曜日のみの営業に変更した〈HOMEMAKERSカフェ〉。

新たに設置した外席。畑や山々を眺めながらランチ。

新たに設置した外席。畑や山々を眺めながらランチ。

加賀市〈さえ季〉
住宅会社のショールームを
和食店にリノベーション

SWAY DESIGN vol.3

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

今回は元住宅会社のショールームをリノベーションして生まれた、
加賀市小菅町にある和食店の事例です。
目指す事業と物件とのミスマッチへの挑戦、そしてマイナス条件を逆手にとったプラン。
そのプロセスをご紹介します。

夜になると行燈看板に光が灯る。建物正面は真っ白な壁にシンプルなこの看板がひとつだけ。

夜になると行燈看板に光が灯る。建物正面は真っ白な壁にシンプルなこの看板がひとつだけ。

やりたい事業と物件とのミスマッチ

JR北陸本線、加賀温泉駅から徒歩10分ほど。
周囲には飲食チェーン店や大型ショッピングモールなどがある、
加賀市の中心部に位置する和食店〈さえ季〉。
2017年8月のオープンから3年が過ぎ、
市内だけでなく県内各地から人が訪れる地元の人気店です。

既製品の椅子と壁紙、造作の障子とテーブル。コストと設えのバランスを意識して特注すべきものの選定を行った内装。

既製品の椅子と壁紙、造作の障子とテーブル。コストと設えのバランスを意識して特注すべきものの選定を行った内装。

このさえ季を営む佐伯真さんは、京都の老舗料亭を経て
石川県内の和食店に料理人として勤めたあと、独立し開業されました。

当初ご相談をいただいた際から、つくりたい店舗のイメージが明確で、
「和食居酒屋ほどカジュアルではない、でも割烹ほど敷居の高いものにはしたくない」
というご依頼。

店舗設計の依頼を受ける際、物件を見立て一緒に選ぶパターンが多いなか、
今回は物件がすでに賃貸契約済という段階でした。

そこで、まずは建物の現場調査にうかがいます。
計画地は片側2車線、加賀市の主要道路に面する木造平屋の賃貸物件です。

もとは住宅会社のショールーム兼営業所として使われていた建物。
入り口は洋風の両開きドア、庇(ひさし)には洋瓦。
建物内部がよく見える大きなはめ殺しのガラスが入った外観。

フランス瓦の乗った玄関ポーチ、両開きの洋風扉、奥へ行くにつれ天井高が低くなっているのが特徴の物件。

フランス瓦の乗った玄関ポーチ、両開きの洋風扉、奥へ行くにつれ天井高が低くなっているのが特徴の物件。

洋風であり、いま風な建物で、立地も良く、
事務所としての使い勝手は良さそうですが、
意図する“ちょっと粋な料理屋さん”をつくるには
方向性が大きくズレるな、というのが初見の感想でした。