〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。
credit
撮影:嶋本麻利沙
秋田県湯沢市。雪深いこのまちに慶応3(1867)年から続く味噌醤油醸造元がある。
「ヤマモ味噌醤油醸造元」。
髙橋 泰さんは、その代々継承される名跡「髙橋茂助」の7代目にあたる。
「僕は名前をふたつ持っているということになるんです。海外では考えにくいですよね。
“7th generation of Mosuke Takahashi”というと、伝わりやすいです」
海外には7代続く企業はそう多くないが、
日本は100年以上続く企業が数万社あると言われる、世界に冠たる老舗大国。
けれど、老舗というだけでは生き残っていけない。髙橋さんはそんな危機感を抱いている。
高校卒業後、関東の大学に進学し、デザイン工学科で建築を学んだ。
いずれは家業を継がなくてはいけないことはわかっていたが、
それまでは好きなこと、やったことのないことをどんどんやった。
バックパックを背負って旅にも出た。
卒業後、継ぐことを考えて東京農大の短大に進学、
その後、業界大手の醤油メーカーで商品開発などを学び、故郷に戻って来た。
現在も会社社長は髙橋さんの父、嘉彦さんが務めるが、
泰さんが家業を継いでから今年で7年目になる。
「最初は嫌々という感じでした。フラストレーションばかりたまって、
最初の1年は特にきつかったですね」
あるとき嘉彦さんに、会社のパンフレットをつくるように言われる。
が、地元の業者に発注したところ思うようなものができず、
それならばと、写真、テキスト、デザイン、すべて自ら手がけることに。
そこから、さまざまなことを自分でやるようになる。
創業者、髙橋茂助にちなみ屋号は「ヤマモ」。創業140年余。
もろみ蔵には百有余年使われている古い樽が。ここでじっくり熟成される。それぞれの樽には火入れをした日付と回数が描かれている。
上段から樽を見下ろす。味噌は一年の天然醸造ののち、雪解けの季節に食べごろを迎える。
ヤマモは従業員数14名の小さな会社だが、その顧客は9割以上が地元の一般家庭。
リピーターも9割以上だという。
卸を通さず、直接の顧客が9割というのは強みだが、
それも時代が変わり、流通が変化すれば大きなダメージを受け兼ねない。
ましてや、地域の過疎化は深刻だ。
これからはマーケットを県外、そして海外に広げていく必要があると、髙橋さんは考えた。
JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)が出展支援をしている
海外での展示会や商談会に、これまで何度も応募し参加してきた。
まずは市場調査で2度、その後は企業マッチングのための商談会に参加するため
4度渡航した。
当初はJETROからも、海外の企業やバイヤーからも厳しい指摘を受けた。
当然だが、ただ自社の商品を持って行くだけでは見向きもしてくれない。
戦略が必要なのだ。
「まずコンセプトを見直すことが必要でした。
そして商品はどれくらいの容量がいいのか、どんなパッケージがいいのか。
特にパッケージに関しては、外国の方から高い要求がありました」
もらった意見や要求にはできるだけ素早く対応していく。
こうして、ひとりで商品開発に手をつけ、
容量も手頃でデザイン性の高いパッケージの商品を考案。
ただ、中身の味は変えていない。
伝統のヤマモの味はそのままに、自分なりのアイデアで、
これまでなかった限定商品もつくった。
「焦香(こがれこう)」は、地元の農家でとれたセージやバジル、
唐辛子などを漬け込んだ醤油。肉料理に合いそうな風味の漬け込み醤油だ。
「肉味噌」は、コクのある熟成三年味噌を使った商品で、
料理にも使いやすく、もちろんそのまま食べてもおいしい。
展示販売のイベントの際に、味噌だけを試食させるのではなく、
肉味噌に調理して出したところ好評で、売ってほしいという声があったため商品化した。
「焦香も熟成三年味噌も、時間をかけておいしくするという点では唐突ではないんです。
新商品も、ヤマモのコンセプトからは外れていません」
現在は台湾、タイにも取引先ができた。
でも、海外でバーンと売上を伸ばそうというのではない。
「長くつき合っていけるところと組みたいと思っています。
継続的な関係を築けるところを徐々に増やしていきたい」
ペットボトルの商品もあるが、昔ながらの一升瓶でも出荷している。瓶をリサイクルしているので、いろいろな色の瓶が。
従来の商品も、塩分控えめの「あま塩しょうゆ」、濃縮めんつゆの「あじ自慢」、濃縮だし「白だし」などバリエーションがある。
こちらも中身は同じ。120ml~300mlと、ひとり暮らしでも使いやすいサイズ。さまざまなヒヤリングを行い、髙橋さん自らデザインした。
いろいろなことに取り組み始めて約2年。
いまはやりたいことが少しずつできるようになってきたという。
そのひとつが、ショップ。
会社の入り口を入ってすぐの小さな部屋を簡単に改装し、
セレクトショップ「ゴヨウキキ茂助」をこの2月にオープンさせた。
もともと友人と趣味のようにトートバッグや缶バッジをつくっていたが、
オリジナルグッズとしてショップで販売することに。
部屋には古いステレオなどが置かれ、
髙橋さんの好きなものを集めたプライベートのような空間だ。
「東京にいたときから家具を集めていたので、それを使ったり、
古い家具を蔵から引っ張り出してきて磨いたりしました。
だから、この部屋をつくるのに3万円くらいしか使っていませんよ。
基本的に何でもお金をかけないでやるのがモットーなんです」
オンラインでも商品は買えるが、店がほしかったという。
「ネット上でお客さんとのやりとりは増えても、
地元のお客さんと直接ふれ合える場所がなかった。
場所があると不意な出会いも誘発できますし、
波及効果が同心円状に広がっていくと思うんです。
地元にいい影響や効果を与えたい」
万事快調に見えるが、ここまでくるのには、時間がかかった。
否、時間をかけたのだ。急激な変化は、周囲を不安にさせる。
父である社長も、すぐには自由を許してくれなかった。
「定番商品を買ってくれている地元のお客さんに、
“息子が帰ってきて味を変えるんじゃないか”と思われたくなかった。
実際に、定番商品はいっさい変えていません。
いまはオンラインショップでも売り上げが伸びてきて、
社長も少しずつ認めてくれているのだと思いますが、
それまでは変革のスピードもセーブしていました」
従業員もこの変化を楽しいと感じてくれたら。
従業員のために揃いの作業着をつくったりもした。
海外への出荷が決まったり、ショップができたりすることによって、
彼らの意識が向上すれば、地元でいい効果が表れることにもつながる。
念願のショップ「ゴヨウキキ茂助」。江戸時代、初代の前身が御用聞きとよばれる商人だったことに由来する。
趣味でつくっていたトートバッグも、会社の事業にした。「だんだん趣味と仕事が近づいてきた」と髙橋さん。
オリジナル前掛けも販売。
商品開発やデザインはひとりで手がけているが、仲間と組んで活動する楽しさもある。
稲庭うどんの「麻生孝之商店」の麻生孝一郎さんとは、
海外のセミナーで知り合い、意気投合。
業態は違うが海外に行くときはコンビのように同行し、
興味を示してくれたバイヤーを互いに紹介し合ったりしている。
また、湯沢市にゆかりのある建築家、白井晟一の建築である
湯沢酒造会館「四同舎」で仲間たちとカフェイベントを行ったことも。
白井氏の孫にあたる白井原多さんも気鋭の建築家で、それを機に交流が続く。
建築を志していた髙橋さんは、いつか原多さんと面白いことができたらと考えている。
そのほか、湯沢市の商店街のシャッターを開けるイベントを仕掛けたり、
秋田県の味噌醤油蔵の若手後継者の集まり「若紫」では、
新しいロゴを髙橋さんがデザインするなど、自分の会社のためだけでなく、
地域を盛り上げるための活動もしてきた。
でもいまは、役割分担があるのかもしれないと思っている。
「地元のイベントをやってほしいという声もありますが、
イベントをやりたい人はほかにもたくさんいますし、
それはまた別の担い手が出てくればいいなと思っています。
僕は、いまは海外のマーケットで求められることがあれば応じていきたいし、
自分がそうやって外に出ていくことで、勇気づけられる人もいると思うんです」
先ごろ、タイの「DEAN & DELUCA」でも商品の取り扱いが決まった。
現在はアジアが販路開拓のメインだが、今後は欧米への進出も視野に入れ、
ヨーロッパの業者とも交渉中だ。
また今後は大学と連携してインターンの受け入れも行いながら、
新しい人材の育成にも取り組んでいく。
「僕は単なる経営者とは思われたくない。
実際に“つくり”の仕事もしているので、経営者と職人の中間の存在になりたい。
つくって売って、何でもやる人間がいちばん強いと思っています」
イベントなどで人前に出るときは、シャツの上にビンテージのワークジャケットを羽織り、
前掛けをつけて、オリジナルトートバッグを肩にかけて出かける。
どこまでも自分のスタイルなのだ。
ショップには古いラベルの原本も展示。髙橋さんのおじいさんにあたる5代目は自分でラベルを描いていたそう。髙橋さんは「このDNAか? と思いました」と笑う。
profile
YASUSHI TAKAHASHI
髙橋 泰
1979年秋田県生まれ。千葉大学デザイン工学科卒業、東京農業大学短期大学卒業。2006年に家業を継ぎ、代々続く味を広く届けるために日々奔走中。
information
ヤマモ味噌醤油醸造元/髙茂合名会社
住所 秋田県湯沢市岩崎124 電話 0183-73-2902
営業時間 8:00~17:00(「ゴヨウキキ茂助セレクトショップ」は11:00~16:00)
定休日 日曜・祝日(ショップの開店状況は来店前にご確認ください)
http://www.yamamo1867.com/
present
秋田の味をプレゼント。
ヤマモ味噌醤油醸造元の商品をセットで1名様にプレゼントします。塩分控えめの「あま塩しょうゆ」(300ml)、おそばやうどんなど麺類との相性ばっちりの「あじ自慢」(300ml)、煮物やお吸い物に重宝する「白だし」(300ml)、バジル、ローリエ、セージ、唐辛子、にんにくの5品目の漬け込み醤油「焦香」(120ml)、熟成三年味噌を使った「肉味噌」(85g)の5点セットです。ご応募はコロカルのfacebookページからお願いします。
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