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連載

池ヶ谷知宏さん

PEOPLE
vol.016

posted:2013.1.17   from:静岡県静岡市清水区  genre:ものづくり / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

editor's profile

Yu Ebihara

海老原 悠

えびはら・ゆう●エディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。

credit

撮影:山口徹花

ハレの日もケの日も変わらない富士山が好きだから。

日本のシンボルとして悠然とそびえ立つ富士山。
富士写真家、富士登山家という分野があるように、
その御姿に魅了されライフワークとする人は多い。
池ヶ谷知宏さんもそのひとりだ。

「goodbymarket(グッバイマーケット)」の代表、池ヶ谷さんは、
富士山の雄姿をユーモアあふれるプロダクトに落とし込む。

代表作は、『Fuji T』。
3776と書かれたTシャツの裾をつまんで外側にめくると、
めくったところを頂点に富士山が顔を出す。
見た目は数字(言うまでもなく、3776とは富士山の標高)が書かれた
変哲もないTシャツだが、裏地に富士山の絵柄が描かれているのだ。
「初めて富士登山するときにはオリジナルのTシャツを着ていきたいと思っていて、
思案中に着ていた真っ白いTシャツの裾をつまんだときにふと考えついたんです。
あれ、ここにも富士山があるじゃないか! って」
自分が初めて富士登山をするときの記念につくったTシャツが、
今では、静岡市美術館のミュージアムショップや、東京のインテリア雑貨店に並ぶ。
ほかにも、ティッシュを富士山の積雪に見立て、
つまみ出すと先の尖った富士山が完成するという
「ポケットティッシュケース『case 3776』」、
封をする部分に富士山の絵柄を施した
「封筒『Mt.envelope』」と「ポチ袋『Mt.envelope pochi』」などを次々と発表。
生活のなかでふとしたものごとの瞬間を、池ヶ谷さんは敏感に察知し、
ものづくりへと昇華させる。

「ポケットティッシュケース『case 3776』」

「封筒『Mt.envelope』」

池ヶ谷さんのつくり出す富士山はどれも鮮やかな青色をしている。「小さい頃から富士山と言えば“青”で“冠雪”だったんです」(池ヶ谷さん)

静岡県民でもこれほど富士山愛が強い人は稀なのではないか。
池ヶ谷さんは生まれも育ちも静岡市(旧・清水市)だが、
幼いころの住まいは富士山が見えるところではなかったそうだ。
「なので、たまに父が車で出掛けた時に海沿いから見せてくれた富士山は特別だったんです」
と話す。
池ヶ谷さんにとって、近くにいるのになかなか会えない恋人のような富士山。
だからこそ人一倍思い入れが強い。
音楽活動、建築の専門学校への進学、インテリアショップへの就職など、
上京し8年間を都内で過ごしながらも、
「いつかは地元・静岡に戻りたいとずっと思っていた」という宣言通り、
Uターンしたのが2008年。念願の富士山が見える部屋に住みながら、
プロダクトのデザインと販売を手がける企業に勤めたのち、
2011年に「goodbymarket」を設立。以降、静岡県内の企業の依頼で
広告やフライヤー、ロゴのグラフィックデザインを手がけつつ、
富士山をモチーフとしたプロダクト「Fuji」シリーズを企画販売している。

「ほかの地域で生まれ育っていたとしても、きっとその地域のアイデンティティを探してものづくりをしていたと思う」(池ヶ谷さん)

中指の第二間接を折り曲げたとんがりが富士山のようだと気づけば、第二間接部分のみ着色をした「軍手『Fuji Love Glove』」を販売。『Fuji T』とともに、富士登山のおともにどうぞ。

コミュニケーションツールとしてのプロダクト。

冒頭の『Fuji T』の話には続きがある。
Fuji Tをつくって実際に初富士登山に行った池ヶ谷さん。
無事頂上でFuji Tとのツーショットを納めることができた。
「そうしたら、“そのTシャツなに?”“どこで売っているの?”って、
他の登山客から次から次へと声をかけられたんです。
物がそこになくても、“富士山に登ったらこんなTシャツを着ていた人がいてね”
と、物のエピソードは語り継がれる。
いかにしてその商品がコミュニケーションを創造できるかということを
大事にしています」
それ以来、プロダクトには、日本一の霊峰・富士山という、
わかりやすくて誰からも愛されるモチーフから生まれる親近感に加えて、
ツッコミたくなるような、誰かに話したくなるような話題性を織り込んだ。

パッケージに書かれた商品コピーにもその姿勢が見て取れる。

「人生はわずかな思い込みから歯車が動き出すこともある」(『Fuji T』)
「突然の山雨、鼻水、大粒の涙…『突然』に備える人のことをオトナといいます」
(ポケットティッシュケース『case 3776』)

「小さいころから、いたずらをしかけてはその人の驚く顔を見るのが好きでした。
誰かの心を揺さぶるということが僕のテーマだとしたら、
この商品コピーはその延長線上にあるのだと思います」と笑う。
商品コピーを考えることで生まれた「言葉」への探求心は、
やがて池ヶ谷さんのデザイナーとしての活動にも影響を与え、
漢字をリデザインして立体作品やポスターなどで表現する
「emoglyph(emotion(感情)+hieroglyph(象形文字)を組み合わせた
池ヶ谷さん考案の造語。日本語にすると「情形文字」)」の個展を
2011年に県内のアートスペースで開催するなど、活動の幅を広げるきっかけとなった。
「漢字って見方を変えると面白いんですよね。
漢字が本来持つ意味とは違うものを感じたり、かたちを疑ったり。
富士山もそうですが、見慣れたものやあたりまえのものに
違う価値を見つけることが面白いんです」と言う。

よみかた:「気持ちで乗り越える」
意味:「あなたの目の前に現れたのは本当に壁だろうか? 本当にそうだろうか?
もう一度よく見て欲しい。壁を形成している辛(つらい)という文字が、幸(しあわせ)に塗り替えられているでしょ?
そう。その壁は気持ち次第で、壁にも踏み台にもなるわけです」

goodbymarket(グッバイマーケット)の名には、
「“マーケット”に“グッバイ”するのではなく、
“グッド”という感情が作品と結びつく場でもある、“マーケット”を見つめなおし、
新たなコミュニケーションプロダクトの創造を試みたい」
という想いを込める。
「だから、いつか一度くらいは富士山頂で
ポップアップショップの展開なんていいかもしれませんね」
と、茶目っ気たっぷりに言う池ヶ谷さん。その志は富士より高い。

「木」に一冊の本を加えたら「本」になる。一冊用の本棚『HONDANA』。

profile

TOMOHIRO IKEGAYA
池ヶ谷知宏

goodbymarket(グッバイマーケット)代表・デザイナー。
1982年静岡県静岡市清水区小河内生まれ。県立庵原高校卒業後、音楽活動をする傍ら都内で建築を学んだ後、ショップマネージャーとして都内インテリアショップの立ち上げや店舗運営に携わる。静岡県に戻りプロダクトブランドに参加した後、2011年goodbymarketを立ち上げる。プロダクトを通じて生まれるコミュニケーションに興味を抱き、コミュニケーションツールの創造と提案を試みている。
http://goodbymarket.com/

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