連載
posted:2021.1.22 from:石川県小松市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Nao Nagai
永井菜緒
ながい・なお●株式会社SWAY DESIGN代表取締役。1985年石川県生まれ。住宅・オフィス・店舗のリノベーションを手がける傍ら、設計者の視点から物件の価値や課題を整理し、不動産の有効活用を提案する不動産事業を運営。解体コンサルティングサービス「賛否、解体」、中古物件買取再販サービス「よいチョイス」の事業を展開。
石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、
不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、
〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。
今回は石川県小松市、売場面積が2坪弱のパン屋の事例です。
同建物内には店主の家族が営む居酒屋、隣の敷地には打ちっ放しのゴルフ場が並ぶ、
不思議な複合施設ができあがった経緯をご紹介します。
店主は高校の同級生である吉野克俊さんとその妻の麻子さん。
長年パン屋に勤めてきた麻子さんがパン職人、克俊さんが経営を担うかたちで、
2017年5月に〈パンの朝顔〉が開業しました。
当初の依頼内容は、以下のふたつ。
・夫婦ふたりでのスタートなので、まずは小さく始めたい。
・店主の母が営む居酒屋〈味処あさぶ〉の敷地内の余白に店舗を構えたい。
お隣には父が営むゴルフ練習場があり、敷地は潤沢でした。
しかし、車社会の地方では駐車場の確保が必須。
この場所に来る人たちは日中はゴルフ、夜は居酒屋が目的で、
どの時間帯も駐車場が満杯になることも多く、駐車場を減らすのは得策ではありません。
そこで、駐車場として使われていない建物の北側の余白スペース、
または南側の居酒屋出入り口付近に建物を増築するかたちで検討がスタートしました。
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まずはどのような形態のパン屋をつくるか、そのためのヒアリングを重ねます。
設計のプロセスでは、大きくふたつの段階に分かれます。
第1段階は、前提条件を整理する調査フェーズ。
・施主からの潜在的な要望を探り、可能性を広く検証します。
・仮説を立て、その妥当性をファイナンス、法的制約、
建築的な課題などから検討する企画と調査を行います。
第2段階は、上記の前提条件を整理したうえで
具体的な方針を立て、実行に移すフェーズ。
・絞り込んだ方針に対して具体的な策を考え、複数案を検討し最適解を探ります。
・設計と施工間のコストコントロールや意思疎通の分断を解消するための
マネジメントを行います。
設計の依頼というと、図面を描くことや
デザインを考えることがメインだと思われがちですが、
第1段階である調査フェーズが計画の方針を大きく左右します。
調査の結果、選択肢の幅が広がることもあれば、その逆も。
物事をつくる過程は常に選択の連続です。
理想に対して実現可能かを初期段階で見極め、領域設定をすることが重要です。
今回のパンの朝顔の計画でも、いくつかの調査すべき項目がありました。
建物を建てるには、敷地に対して建ててよい建物の大きさや、
道路からの後退距離、給排水の接続ルートなど、
いくつもの条件を満たす必要があります。
調査の結果、それらの諸条件をクリアする建築可能範囲は限られることが判明。
今回パン屋を増築する位置は、その限られた選択肢の中で検討しました。
既存の建物に何かを接続する場合、古い部分の建物が
どんな計画でつくられているか調べる必要があります。
築年数やその当時の書類をもとに、構造に問題はないか、
どの時代の法律に基づいて建てられているか、
建物を増築し接続しても問題ないかを調査しました。
パン屋に限らず、飲食店の営業では管轄の保健所に届け出を出し、
検査を受ける必要があります。今回は既存の居酒屋と合体させる案も検討し、
その方向で営業許可申請が可能か否かを判断するために、事前調査を行いました。
看板の設置にあたって、屋外広告物の許可や
避難・安全確保のために必要な消防設備などを調べました。
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上記で記した通り、敷地や建物には目には見えないさまざまな制約や条件がつきまとい、
適切な資金計画と具体的なプランがあっても、
法律に抵触するならば計画は白紙に戻ってしまいます。
DIYするなど設計者や建築会社が入らない計画では、
開業に必要な書類を出す段階になり、法に適合していないことが発覚することも。
独立当時は「行政から指摘を受けているがどうしたらよい?」という相談が続き、
適法化に向けて必要な設備を加えたり助言をしたりするなかで、
いかに前提条件の調査が重要かを痛感しました。
そんなことをフリーランスで活動していた不動産業を営む友人と話し、
これこそ我々が解決すべき問題だと始めたのが
〈カフカリサーチ〉というサービスでした。
カフカの意味は「可か不可か」。
その建物で計画していることが、法的に可能か不可能かを調べるサービスです。
空き家や中古物件の活用促進のため、建物の構造や状態(ハード面)を調査する
ホームインスペクションというサービスを
あちこちで聞くようになったのもこの頃でした。
ただ、上で述べたように、調査に必要なのはハードだけではありません。
目に見えない、そして見えないからこそおろそかにされがちな
法律や許可申請(ソフト面)も重要な要素です。
行うべきは「難しいからやめよう」ではなく
「どうやったらできるのか」という解決手段の提示です。
課題を明確に洗い出せれば、足りないもの(技術、資金、時間、人)の
具体的解決に乗り出せるはず。
それらを考えた結果、明確な理由で計画の延期や中止となればやむを得ないのですが、
検討の余地を探さぬまま、専門家がNGを出すことは避けるべきだと考えています。
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パンの朝顔においても、調査を重ねるなかでいくつかの問題が立ちはだかりました。
排水ルートの確保、敷地と道路高低差の解消方法といった建築的課題、
厨房レイアウト変更に伴う機器の配置、
居酒屋動線への干渉など運営上の課題、
その他コスト、工事中の居酒屋営業など、
打ち合わせを重ねるたびに課題が続々と現れてきます。
新築であれば発生しない問題も多く、改修工事と営業中の店舗との調整を進め、
プラン作成と同時に要件整理のし直しを繰り返します。
また、今回の計画は居酒屋、ゴルフ練習場に新しくパン屋が加わり、
3つの業態が合わさることにおもしろさが生まれるはずなのに、
パン屋を加えることで、ほか2業態の営業を妨げてしまうことは
避けなければいけません。
当初は増築計画として進めていましたが、話し合いを重ね、
最終的には居酒屋のテーブル席をひとつ減らしてその場所にパン屋をつくり、
ポーチと屋外階段のみ増築することになりました。
目指すべき方向性を維持したうえで、
この先10年後はどうなるかといった時間軸も意識したプランです。
いまはご両親も含めた家族経営ですが、お店の床は増築せず
余計なスペースを最小限まで詰めることで、
将来的な世代交代にも対応できるように考えました。
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最終的に完成したパン屋の売り場面積は1.5坪。
店舗内にはパンの陳列台がひとつ、冷蔵ショーケースとトング台がひとつ。
そしてレジカウンター。
お客さんがふたり入ればいっぱい、というお店です。
小さな陳列台は少量多品種のパンを並べ、
売れ行きに応じて補充というオペレーションでの工夫を行い、
結果的には、常にできたてのパンが提供できるかたちに。
また、スペースの都合から居酒屋の厨房と一部設備の共有を行いましたが、
居酒屋の看板メニューである牛すじ煮込みを使ったカレーパンや
出汁巻きたまごサンドなど、居酒屋メニューとの融合も生まれ、
パン屋の人気商品となりました。
さらに、閉店後に残ったパンは、夜の居酒屋で販売されます。
これまでゴルフ場に来るお客さんは夜の居酒屋に立ち寄るしかなかったのですが、
居酒屋の日中の空いた時間を活用して、
パンの朝顔が店舗スペースを間借りするかたちでランチ営業を始め、
それぞれの顧客層が行き交う場所となりました。
建築において、いつも完成後ばかりが注目されがちですが、
その背景にはさまざまな経緯が発生しています。
当初の目的から、ヒアリングや計画の調整を経て別の形態になるものや、
途中でやりたかったことが明確になり、前向きに計画を延期するものも。
つくってしまった建築はそう簡単にはつくり替えることができません。
未来に目を向けたときに、いま考えるべきことは何なのか。
過去と現在と未来を、事実と予測、その不確実性から分類したうえで
考えることが大切だと考えています。
とはいえ、起きていないことを想像したり、推論のもとで判断するのは難しいもの。
そこでこれまでカフカリサーチの調査を通じて蓄積してきたさまざまな事例を、
その経緯とともにデータベース化しようと目論見中です。
新たなサービス名は〈既知と未知〉。
これまでの調査のリアルな過程を共有することで、
「これは自分にも当てはまる」とか
「こうやって乗り越えて実現したのか」などさまざまな事例を見ながら、
プロセスや要点をお伝えし、未知への挑戦を共有したいなと考えています。
次回は、地域から愛される神社に隣接するカフェの事例を通じて、
“建物を壊すか残すか”というテーマについて考えていきたいと思います。
information
パンの朝顔
住所:石川県小松市八幡癸125
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